VRMMOでアフロになったので嫁とデートしたいと思います   作:久木タカムラ

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006.幽刻の狩人

『スキル【弓の心得Ⅲ】が【弓の心得Ⅳ】に進化しました』

 

「はいはい、そりゃどうも」

 

 スキル進化のアナウンスにぞんざいに返し、アフロを揺らしながらヨメカワイイは弓を引く。

 狙う先には、満天の星空を我が物顔で飛び回るタイラントバットの群れ。

 悪魔の如きシルエットが何匹も、翼を翻して眼下に広がる森へと急降下する。入れ替わるように上昇する個体が餌として咥えているのは、森に生息する気の毒な小型モンスターだ。時には数匹で協力し、自分達の体長の倍はある獲物まで仕留め、上空まで持ち上げている。

 正に『暴君』の名を冠したモンスターに相応しい狩猟の光景が、ヨメカワイイの陣取る場所からまじまじと観察出来た。

 

「……【チャージショット】」

 

 放たれた矢が光の尾を引きながら夜空を駆け抜け、群れから少し離れて飛んでいた一匹の胴体を綺麗に貫通する――それなりの距離があるため断末魔の叫びは聞こえなかったが、光の粒となって消えるタイラントバットを確認し、ヨメカワイイは足元の撃墜数に小枝で×印を一つ書き足した。

 

「これでちょうど三十匹目。にしても町からちょっと遠いし壁登りは疲れるし、初心者がやるには面倒過ぎやしないかこのクエスト……」

 

 ぶつくさと愚痴を垂れるが、それに同意してくれる者はいない。

 タイラントバットが縄張りとするこの森には、古代遺跡の名残を思わせる巨大な石の柱が何本も天に向かって突き出している――そのどれもが木々よりも高く、自力でよじ登らなければならない苦労こそあったが、ヨメカワイイにとって絶好の狙撃ポイントとなっていた。

 

「嫁は今頃何をしてんのやら……【チャージショット】!」

 

 三十一匹目を八つ当たり気味に撃墜しつつ、愛妻の顔を思い浮かべるヨメカワイイ。

 何故一人でコウモリ狩りを続けているのか――それは数日前まで遡る。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「一緒にプレイ出来ないってどーゆー事よ?」

 

 新品ハードともう一つの『NewWorld Online』のパッケージが自宅に届き、さあゲームの中でデートだと意気込んだ矢先。

 嫁からのまさかの発言に、飲みかけの缶ビールを危うく落としそうになった。

 風呂上がりで色気三割増しの嫁は、パジャマ姿で牛乳をくぴくぴ飲むと申し訳なさそうに、

 

「実は私ね、ギルドを作……じゃあなかった、ギルドに所属しててね? それで、他のメンバーに旦那様と一緒にプレイするってまだ言い出せてなくて……」

「だったらさっさと言っちゃいなさいよ。何なら俺もそのギルドに入ろうか?」

「それだけはダメぇっ!!」

 

 滅多にない剣幕で嫁が声を荒げた。

 確かに、夫婦で同じゲームをして、さらにギルドメンバーに説明するのは、年頃の嫁にとっては保護者同伴のようで気恥ずかしい事なのかも知れないけれど、そこまで露骨に拒否されてしまうと流石にちょっと傷付く――娘に別々に洗濯するよう言われた父親の気分である。

 

「…………うん、ごめんな? 知り合いに会わせたくない旦那で……」

「へ? ……あっ!? ち、違う、違うの、旦那様はちっとも悪くないの! 私の心の準備がまだ出来てないだけだから!」

「今度から洗濯物は別々に洗う事にするよ。明日、帰りに布団も買ってくるから、ベッドはお前が一人で使って良いぞ?」

「ちーがーうーのー! 一緒が嫌とかじゃないのー!」

 

 まあ、冗談な訳だが。

 これ以上からかうと本気で泣き出してしまいそうだったため、ソファに腰掛け、嫁を抱き寄せて定位置である両足の間にセッティング。

 目尻に涙を浮かべ、唇を尖らせながら肩越しにこちらを見る嫁。

 

「……旦那様のイジワル」

「何を今さら」

 

 分かり切っている事を非難されても困る。

 とは言え、これからどうしたものか――そもそも嫁に誘われて始めたゲームなのだ。肝心の嫁がいなければ自分が『NewWorld Online』をプレイする意味は薄くなる。自宅の同じ部屋で、同じゲームを別々に遊ぶ奇妙な光景が出来上がるだけだ。

 嫁の頭に顎を載せ、考える。

 

「要するに、俺がお前を探し出せば良いんだよな?」

「うぅ、探さないでよぅ。あんなの旦那様に見られたら私死んじゃうぅ……!」

「そうかいそうかい。じゃあ、何が何でも恥ずかしがるお前を拝んでやるとしようか」

「やっぱり旦那様はイジワルだぁ……」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 そんなやりとりがあって。

 デートの前に、この世界で嫁を探し出すという目標が追加された。

 行動範囲を広げるためにも経験値稼ぎとPS(プレイヤースキル)を磨く目的でソロプレイに勤しみ、その過程で偶然出会ったNPCからクエストを受諾したヨメカワイイだったが――

 

「……減ってるよなぁ、やっぱり」

 

 タイラントバットはクエスト用に発生する限定モンスターであるらしく、一定の範囲を旋回する動きを繰り返し、それ以上外に移動しようとはせず新たにリポップもしない。

 クエスト自体は特に目立った条件もない単純な討伐依頼で、倒した数に応じて通貨や素材などの追加報酬も得られる内容となっている。

 なので、狩れるだけ狩るつもりで矢を射続けているのだが、不思議な事に、タイラントバットの生き残りと討伐した数を足しても、発見時の数に届かないのだ。

 

「時間経過で消滅してるのか、俺以外にも誰かが狩ってるのか……」

 

 可能性としては後者。

 現に今も狙った覚えのない個体が――おそらく遠距離からの攻撃を受けて――森へ墜落するのが見えた。利益を独占するつもりはないし、割り込みだの横入りだのと見苦しく目くじらを立て喚くつもりもないが、追加報酬が討伐数に左右される以上は恨みっこなしの早い者勝ちだろう。

 

「【チャージショット】」

 

 挑戦状を叩き付けるように、ヨメカワイイはペースを上げていく。

 

「【チャージショット】」

 

 頭部を、胴体を、翼を射抜かれて、空の暴君だったはずの獣達は、二人の狩人によって瞬く間に仲間の数を減らし――最後の一匹をヨメカワイイが仕留めた事で、その圧政は完全に崩壊した。

 クエスト達成のアナウンスが流れるも、ヨメカワイイの視線は正面に注がれたままだ。

 正確には、タイラントバットの縄張りだった領域を挟んで真向かいに立つ石柱――何時の間にか存在し、自分と同じように弓を携えた人影に。

 

「…………」

 

 地盤の沈下かそういう建築なのか、若干斜めに傾いた石柱を滑り降りる人影。その動きはまるでヨメカワイイにわざと見せ付け、誘うようなものだった。

 クエストクリア後はログアウトするつもりだったが、何の意図があるのか興味が湧く。

 すぐにでも後を追いたい衝動を抑え、まずはステータスの確認を行う。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ヨメカワイイ

 

 Lv14

 

 HP 1113/1113

 MP 420/1088

 

【STR 5〈+18〉】

【VIT 15】

【AGI 25】

【DEX 30】

【INT 25】

 

 装備

 

 頭 【空欄】

 体 【空欄】

 右手 【丈夫な弓】

 左手 【丈夫な弓】

 足 【空欄】

 靴 【空欄】

 

 装飾品 【空欄】【空欄】【空欄】

 

 スキル

 

【チャージショット】【ファイアボール】

【弓の心得Ⅳ】【火魔法Ⅰ】【反響】【施しの報酬】【毒耐性中】

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 得たステータスポイントはHPとMPに振り分け、加えて森に向かう道中でプレイヤーを十人ほどこっそり回復させたため、HPには余裕がある。

 不安要素があるとすれば――何となく戯れに取得した【ファイアボール】を含めても、攻撃用のスキルが2種類しかない点か。

 石柱を降り、人影が消えたと思しき方角へ向かって森林を移動すると、木々ばかりだった光景が一気に開け、石畳が円状に敷き詰められた広い場所に出た。

 朽ちてひび割れ、雑草に侵蝕されてこそいるが――障害物として人間サイズの立方体の石の塊が無数に配置されたその場は、紛れもない『決闘場』であった。

 

『エクストラクエスト【幽刻の狩人】が発生しました』

 

 クエストの通知を表示する青いモニター。

 であるならば、人骨やモンスターの骨が散乱する決闘場の中央に立ち、こちらを待ち構えている人影の正体こそが、クエスト名にもなっている幽刻の狩人とやらなのだろう。

 膝まである漆黒のレザーコートを身に纏い、顔面や手足などは包帯で覆い隠しているため素肌の露出は一切ない。手にした弓に装飾の類はなく、実用一点張りで使い込まれた代物に見える。

 その弓におもむろに矢を番え、幽刻の狩人はヨメカワイイに狙いを定めた。

 

「ゥヴヴヴォオオオオオオオオオッ!!」

「……やっば」

 

 淀みない動作とは裏腹に、理性など感じさせない咆哮。

 慌てて一番近い石塊の陰に飛び込むと、一瞬前までヨメカワイイが立っていた場所を風切り音と共に矢が駆け抜ける。

 

「……ったく、コウモリ狩りの次は人狩り(マンハント)か?」

 

 石塊の陰から陰へと転がるように移動を繰り返し、ヨメカワイイは悪態を吐く。

 幽刻の狩人の射撃は正確無比で、少しでも顔を出そうものならそこに矢が飛んで来る。その辺に転がっていた何かの頭蓋骨を放り投げてみると、それさえも空中で射抜かれて木端微塵と化した。

 しかし、どれだけ威力があろうと弓は弓。一発撃てば必ず次の一撃まで時間を要する。

 逆転のチャンスはそこにある。

 

「だからって、こっちの攻撃が効く訳じゃないんだよなぁ……」

 

 武器の性能の差か――HPバーの減り具合から見て、ヨメカワイイが隙を突いて放つ矢は幽刻の狩人にとって蚊に刺された程度でしかないらしい。避けようとする素振りすら見せない。

 それでも、HPは減らせると判明しただけ幸運と思わなければ。

 

「ヴォアアオオオァオォッ!!」

「っと!?」

 

 幽刻の狩人の攻撃が石塊を貫通し、ヨメカワイイのHPを削ぎ落とす。

 それまで固定砲台のように中央を占拠していたレザーコートの姿はない――石塊の向こう側から馬鹿げた威力の貫通攻撃で風穴を開け、その延長線上にいるヨメカワイイを狙い始めたのだ。

 

「おいおい、石だぞ石。豆腐じゃねぇんだぞあんにゃろう……」

 

 こちらは壁を射抜けないが、向こうは壁だろうと何だろうと問答無用。

 勝利を掴むには、身を隠して狙撃を行う幽刻の狩人の居場所を突き止め、回り込み、攻撃直後の空白を利用して反撃する――もしかしたら、本来はパーティー向けのクエストなのかも知れないと後悔するが、こうなった以上は一人でどうにかしなければならない。

 

「【反響】」

 

 まずは相手の位置を探るため、タイラントバットを倒した際に取得したスキルを使用する。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

【反響】

 MPを消費して超音波を発し、周囲の地形や状況を把握出来る。

 範囲は発動した地点を中心に半径五十メートル。

 取得条件

 タイラントバットを六十匹倒す。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 言うなれば潜水艦のソナーだ。

 決闘場を丸ごと包み込むように超音波がドーム状に広がり、石畳の凹凸から、舞い散る木の葉に細かな骨の欠片、そして石塊の後ろに潜む幽刻の狩人を捕捉。

 すぐにその場から飛び退き、数瞬遅れて、砲撃を超えた射撃が貫き抜ける。

 放つまでに溜めが必要な【チャージショット】は使えない――仮に使えたとしても、向こうから飛んで来る『お返しの品』を考えれば、とてもじゃないが割に合わない。

 インベントリの中身も念のために持って来たポーション数個と、

 

「こいつだけか……」

 

 小瓶に入った乳白色のクリーム――フォレストローヤルゼリーを見る。

 掲示板で調べた所、NPCの店でかなりの高値で買い取ってくれるらしいが、どうにも売る気にはなれずお守り代わりにずっと持ち歩いていたのだ。

 非常に高価で栄養満点だが火気厳禁。

 何度目かの射撃が左脇腹を抉る中、フォレストローヤルゼリーの説明文を思い出し、悪い考えが脳裏に浮かぶ――自分でも笑ってしまうほど頭の悪い考えが。

 

「さてさて、丁と出るか半と出るか――【反響】!」

 

 射撃の後に必ず移動を行う幽刻の狩人の位置を、超音波で再び把握。

 貫通して出来た穴の奥へ、蓋を開けた小瓶を捻じ込み、自分は石塊の陰から走り出す。

 スキルを使わない通常攻撃では与えるダメージは微々たるものだが、幽刻の狩人の気を引くには十分過ぎる。

 

「【反響】!」

「ヴォロロロロロロッ!!」

「【反響】!」

「ヴァヴォオルヴァ!!」

 

 石塊から石塊へ。

 お互いに射撃と移動、捕捉と潜伏を数え切れないほど繰り返し――ついに、ヨメカワイイが望むポイントへ幽刻の狩人が身を隠した。

 幽刻の狩人の技量は精密そのもの。

 砲撃じみた矢の威力にばかり目が奪われてしまうだろうが、重要なのはそこではない――石塊に開けられた穴が、全て同じ高さで統一されている事にヨメカワイイは気付いたのだ。

 そして幽刻の狩人は【反響】など使わずとも、ヨメカワイイの居場所を感知出来る。

 そこに大きな弱点がある。

 

「…………やっと、そこ(・・)に立ってくれたな」

 

 ヨメカワイイは静かに言った。

 もう逃げも隠れもしない。

 正面、十メートルほど先。

 石塊の向こう側からヒシヒシと伝わる殺気と狂気。

 

「【ファイアボール】!!」

 

 それに応えるように、ヨメカワイイは叫んだ。

 たかだか【INT 25】では、石塊を破壊する事は不可能だろう。

 だがしかし、その石塊に既に穴が開けられていて、さらにそのトンネル内部に火気厳禁の物質(・・・・・・・)が詰め込まれていたとしたら?

 

「ぶおっ!?」

 

 答えは、耳をつんざく轟音と爆風が教えてくれた。

 吹き飛ばされダメージを負いながらも、ヨメカワイイはどうにか起き上がる。

 即席の砲身代わりに使った石塊は、内側からの圧力に負けて半分ほどの高さになっていた。

 穴に詰め込んだフォレストローヤルゼリーを【ファイアボール】で爆発させる。逃げ場を失った炎と爆圧は噴火さながらに穴の外へ――その前に立つよう誘導した幽刻の狩人を攻撃したのだ。

 

「俺が何処にいるか分かるってんなら、お前が何処に立つかある程度は予想できるわな」

 

 あの爆発の直撃を受け、それでも立ち上がる幽刻の狩人。

 けれど、その身体は右胸から腹部にかけて大きく抉り取られ、あれだけあったHPバーの残量も一割以下にまで減ってしまっている。

 

「ヴォ……ヴォロ、ヴァ……」

「恨み言なら聞かねぇよ――【チャージショット】」

 

 弓を構える力すらない強敵の眉間に、最後の一矢を撃ち込む。

 仰け反り、顔に巻かれた包帯が解ける――その奥に隠されていたのは肉も眼球も失った骸骨。

 

「…………ぁ、りが……と、ぅ……」

「…………」

「これ、で妻の、とこ、ろ、へ……」

 

 恨み言ではなく感謝の言葉を残して、幽刻の狩人は光となって消えさった。

 

「……嫁さんとお幸せに」

 

 例えゲームの演出の一つに過ぎないのだとしても。

 そう願わずにはいられないヨメカワイイだった。

 

『レベルが20に上がりました。スキル【魔弓の極技】を取得しました』

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