ナルルース、天然です。
ヴァレールは館の窓から集まる冒険者を確認して、館の屋上に向かう。そこで過ごす上司を呼ぶためだ。
階段の先にある屋上への扉の前には一匹の猫が座っていた。
胸にだけ白い模様のある黒猫で、愛らしい姿をしているが大きさは犬くらいある。
ヴァレールに一声鳴きかけると黒猫は前足で器用に扉をひっかき、わずかな隙間から屋上に出ると尾でパタンと閉める。
…まるで側仕えだな、まあその通りなのだろうがと、複雑な表情で扉の前で待つヴァレールの耳元で先ほど黒猫の鳴き声が聞こえた。
ヴァレールが扉を開け屋上に出ると、風が体にまとわりつき、服や髪を一通りなびかせてから去って行く。
一瞬妖精の姿が見えたような気がするが、ダンジョンを有するこの森では時折こういう事が起こるし、彼の上司の前ではその頻度はさらにあがる。
屋上の隅では、ヴァレールの上司、美しい装飾の仮面をかぶった女性ナルルースが空を見上げていた。
「手当たり次第に追放してやがる。
肝が冷えたよ。正直まだ恐ろしい。」
二人の関係を考えるとヴァレールの口調は砕けすぎているが、これはむしろナルルースが望んだものだった。
「まだまだ続くよ。」
仮面越しにもかかわらずナルルースの声にはくぐもった印象は無かった。
「これ以上おどさないでくれよ。もう充分ビビってる。」
「この規模の財宝が出たら戦だっておこるさ。泣けてくる。」
応えるナルルースだが彼女の目線はずっと空に向けられたままだ。
「空に何か?」
「泣いてるのさ。せっかくこの森の魔獣と友人として契約が出来ると期待していたのに。
冒険者の入れ替わりにすっかり警戒されてしまった。戦でも始まったら契約はもう無理だろう。
…その前に力尽くの契約しかない。悲しいよ。」
「それは気の毒に」
「せっかくの狩り場だったのになあ。」
大いに落ち込むナルルースの姿にヴァレールは呆れる。
多くの部下を失ったことよりも魔獣に関心があるらしい…彼女らしいと言えばその通りだが。
小さく肩をすくめ、本題に入ることにした。
「通告は終了してます。」
「何人残った?」
「30人です。」
「うん。じゃあ少し話をしよう。みんな集まってるか?」
「ええ。あれです。」
残留した冒険者が館の裏庭に集まっているのが見下ろせた。
「ちょうど良い。飛び降りる。」
地上までは20メートルほどあるが、ナルルースは階段を降りるように躊躇なく踏み出す。
「ああ、くそ。」
ヴァレールも不満混じりに短く呪いをつぶやくと屋上から身を躍らせる。
空中で彼の体は雷状のプラズマに変わり、冒険者たちの集う裏庭に文字通り落雷する。
地面に着くと同時にヴァレールは人の姿に戻る。
そして、まだ落下しているナルルースに向い呪いをつぶやき、彼女の落下速度を羽毛が舞うようなゆっくりしたものに変え、裏庭の中央へと舞い降ろす。
派手な登場で集まった冒険者達の注目に向かい、ナルルースは通る声をあげる。
「残ったみんなに拍手を。」
冒険者の拍手の中ナルルースは嬉しそうな動作で歩き始める。
庭には外から集まった冒険者以外にもハヴェルやアロン達、館内で活動する者達も集められていた。
ヴァレールもアロン達の一団に混ざり気の抜けた拍手をしながら、落雷の呪いについて聞こうとするアロンを小突く。
いつもならたしなめてくれるハヴェルはモーシャに渡された写しをにらんでいた。
「君たちこそ、真の冒険者だ。」
ナルルースは仮面越しでもハッキリわかる仕草で冒険者一人ずつに視線を送る。
「別れを告げた彼らは皆優秀だったが、君たちの方が上だ。
この町以外の遺跡探索施設でも同じ事が起こっている。
これは君たちにとってチャンスだ。
財宝の奪い合いをする者が大幅に減った。
わかるだろ?」
ここでナルルースは小さくため息を挟む。
「この先、貴族お抱えの穴掘り人達がやってくるだろう。
契約解消もまた断行される。
だが君たちは生存者であり先んじた者だ。
後続の者達とのチャンスの違いは大きい。
我々冒険者はこの方法で生き抜いて多くの勇者をも生み出してきた。
では顔を上げて冒険を再開しよう。」
再び起こる冒険者達の拍手を受けながらナルルースは館の裏口に姿を消す。
入れ替わりにヴァレールが立ち上り、今夜は館のホールで宴を開くと伝える。
「仕事の手が空いた者から飲んで食ってくれ。
明日の正午まではなるべく町には行くな。追放組とかちあったら気まずいぞ。」
猫ちゃんの描写は下記を参考にしました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%BC
転落注意。