島田愛里寿の戦車道   作:ヒジキの木

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後悔はしていない。反省は少ししている。



プロローグ

「肩苦しくてごめんねえ。今紅茶出すからちょっと待ってて」

 

そう言いつつも生徒会長の紋章を腕につけた少女は干し芋をかじりながら他の子にお茶を出すように指示を出していた。

「大丈夫、堅苦しいのが慣れてるから」

表情も変えずに、生徒会室のソファに腰掛けた少女はじっと、じっくりと生徒会長の角谷杏を見つめていた。

そんな目線すらどこ吹く風と言わんばかりに、杏はいつもの調子でやんわりと本題に入った。そのタイミングで2人の間の机に紅茶が差し出された。

「それもそうか。じゃあ早速だけど本題に入るね。君に戦車道をやってほしいんだ」

それはある意味では驚きであり、だけれど目の前の少女は一切顔色を変えることなく首を傾げた。

「勧誘?設備は?戦車は?人員は?資金は?」

どう考えてもこの学園にそんなものはなかった。いや資金と人くらいはどうにかなりそうだけれど。

「これから揃える」

あっけらかんと言い放った杏に少女は少し不安を覚えた。

「……」

「……」

 

「本当に勧誘なの?何かの間違いじゃないの?」

「いやいや、まだ色々とこれからだけどちゃんと考えがあるんだって」

「用意もできてないのにいきなり戦車道の勧誘って……完成していない船の乗船チケットを渡すくらいなものだよ」

それはそれで船がちゃんと完成するからまだマシだろう。

入学早々こんなことに巻き込まれている彼女からしたらもう嫌で仕方がなかったのだ。折角できたであろう友人達との食事すらできていないのだ。

「まあまあ、とりあえずこっちの話を聞いてほしいんだ」

一瞬だけ杏の目線が鋭くなった。

「実はこの学園、廃校が決まって……撤回させるには戦車道の大会で優勝しろって言われて。それでちょうど君が入学してくれたからねえ。勧誘しにきたのさ」

その言葉に少女は目を見開いた。効果はあったようだ。

「……文科省の決断?」

 

「鋭いね。流石島田流の師範の娘」

 

「お世辞はいらない。それに言いたいことも大体分かった。ごねるにごねたから無理だろうと思って役人がそう言った。多分話をつけたのは局長さんでしょ」

数秒で冷静を取り戻した少女の頭脳は一気にフル回転。状況を細かく整理した。

「く、詳しいね」

流石にこれには杏も腰が引けた。なにせ相手は師範の娘。それも長らく日本戦車道を導いてきた流派の一つだ。

「学園艦の統廃合計画は前々からあったしプロリーグの誘致とかで運営資金の捻出を考えたら運用維持費がかかる学園艦を解体して後のランニングコストを削減したいって考えている……考えることはみんな同じ」

「やっぱそうなっちゃうよね。それで、出来そうかな?」

 

「ひとつ聞かせて。どうして私なの?」

 

「他にあてがないんだよ。人員をスカウトしようにも何処の学園も門前払いだし。知り合いだと後は君だけなんだよ」

プラウダ、黒森峰、コアラなどかけられそうなところは全て試したそうだ。無論取りつく島もなかったようだが。

それもそうだった。いきなり戦車道を始めたいから隊長あるいはチームの人が欲しいだなんて言って受け入れてくれるところなんてあるはずがないだろう。

「それって島田の娘だから?」

 

「愛里寿だから」

 

「……期限は?」

 

「今年の戦車道優勝が絶対条件」

ここが正念場だ。向こうもこちらの事情は十二分に理解している。杏は神にも祈る気持ちだった。正直ここでNoが出たらどんな手を使ってでも戦車道に引き摺り込むつもりだった。

「杏の頼みだし……良いよ」

島田愛里寿の表情が少しだけ柔らかくなった。いや元から答えは決まっていた。ただ、生徒会としてなのか杏個人としてなのかが気になり少し勿体ぶっていただけだ。最初の時点で誘いに乗っていてもおかしくはなかった。

程よく冷めた紅茶を飲みながら、島田愛里寿はうなずいた。

「……やっぱり砂糖欲しい。あとミルク」

味が気に入らなかったようだ。

「相変わらずだねえ」

 

「これ渋い」

 

「そう?……あー渋いね。ちょっと濃く出過ぎたかな」

愛里寿が珍しく苦虫を噛み締めたような顔をして、そんなにかと杏も口をつける。色はあまり大差ないように見えたものの、かなり渋かったらしい。杏も砂糖を少しだけ入れた。愛里寿は山のように入れている。

「それで本当に受けてくれるの?」

「廃校を撤廃しないと私も路頭に迷いそうだし……私にもやりたいことがある」

 

「やりたいこと?」

 

「そう……」

 

 

 

 

 

数時間前。

 

 

大洗の港にはフェリーが係留される埠頭の隣に、一際長い埠頭があった。そこは一種の専用埠頭であり、現在その埠頭の主がそこに停泊していた。

「これが学園艦…大きい」

全長7600m、最大全幅1000m、その巨体は、しかしその種の船の中では小柄な船であった。その船が乗り入れる埠頭に、白色の車がいた。どこにでもいる普通の車だった。

その車から降りてきた少女は、真新しい制服に身を包んでいた。今日からこの船…大洗女子学園艦に入学数絵ことになったからだ。なお一年からではなく二年生への編入となっている。

「そうね。でも良かったのかしら?大学に行く道だってあったのに」

「大丈夫だよお母さん。私はここで…一から戦車道を始めるんだから」

決意を改めて師範に、母親に伝えた。

「そう、なら頑張って。荷物は寮に届いているはずだから」

入学手続きが終わった時点で。必要な荷物は送り届けてあった。

「……わかった」

最低限の荷物が入った鞄を持って島田愛里寿は、船に向かって歩いて行った。その様子を少しばかり見ていた島田千代は、運転手に出していいわと声をかけた。

車を発進させた運転手は、後席にいる師範をルームミラーで見ながら疑問を口にした。

「奥様よかったのですか?いくらなんでもまだ……」

 

「本人の願いだから。それに、自分の娘がどこまで成長したのかをみてみたいし」

 

「十分成長していると思いますが」

そうかもしれないと千代は思ったものの、実際どれほどまで成長したのかを測るのは今の所できていなかった。練習試合や中学生の大会に少しばかり同席させてみたものの正規の大会の経験は多くない。

大会に出ることによって得られる経験は最も貴重なのものだ。練習よりもいろいろな事を教えてくれる。それを活かせるかは本人次第なところがあるけれども。

「甘いわね。あの子の限界を引き出すために、過酷な状況に放り込むのよ」

だからと言って戦車道が廃止されて20年も経つ学園で一から戦車道を始めるというのはもはや戦車道の腕前ではなく経営者の腕前が問われるのではないだろうかという思いを隠せない運転手であった。

「……もし師範に楯突くようなことがあったら」

 

「若いうちはそれくらいの勢いがあった方がいいのよ。それに娘を信じてあげることくらいさせてくれないかしら?」

 

「それもそうでしたね」

 

「後奥様っていうのやめて。貴女に言われるとむず痒いわ」

 

「左様ですか」

少しづつ小さくなっているとはいえ大きさが大きさで全く小さく見えない学園艦を背後に車は来た道を引き返して行った。

 

 

 

学園艦に初めて乗った島田愛里寿は、その足で学園へ向かっていた。だが、授業が始まる頃までには着いていれば良いと考え、船の上に建造されたその街並みを少しばかり観光していた。

ちなみに入学式も過ぎたこの時期に入学するのは単純に海外に愛里寿が言っていたためである。

何をしていたかと思えば海外でも戦車道である。

 

道端でに手をつきながら必死に歩こうとしている少女だった。おそらく高校生だろうが意外にも愛里寿と同じくらい。つまり人並み以下の身長だった。

まるで負傷しながらも目的地に情報を届けに行く兵士のような姿に流石に人見知りの愛里寿も声をかけた。

「……生きてる?」

 

「大丈夫……貧血なんだ」

貧血にしても限度があるだろう。流石にこのまま放っておくのも目覚めが悪い。

「……肩貸すよ」

 

「すまない」

 

「見ない顔だが……転校生か?」

そう言われてどう答えようか迷った愛里寿は黙って首を縦に振った。

「そうか…申し訳ない。今度借りを返す」

 

「気にしなくていい。えっと……」

 

「冷泉真子だ」

 

「島田愛里寿」

この調子ではとてもじゃないが授業開始までには間に合わなさそうだった。

まあ今更乗り掛かった船だと軽く思考を切り替え、ペースを早めながら歩くことにした。

 

結果として2人は門限ギリギリに到着した。最早負傷兵を後方へ退避させているかのような緊迫した雰囲気を放つ2人(主に島田)に流石に風紀委員長の園みどり子も困惑していた。

 

「遅刻ギリギリよ!まあ今回くらいは許すけど」

 

「すまない……もう無理だ」

 

「立って。立ち上がりなさい戦士でしょ」

ぐったりと門の前で倒れ込んでしまう冷泉に必死に手を引っ張ろうとする愛里寿。たかが登校にもかかわらず悲壮感漂う現場になっているその混沌に流石にツッコミを入れた。

「何やってるの⁇」

 

「ここからは自分で行く…君は先に行ってくれ」

 

「わかった……」

ゆったりと立ち上がった冷泉とアイコンタクトを交わした愛里寿は、唖然としている風紀委員長を素通りし、自らの教室に向かった。

「……転校生?」

「そうらしい」

「遅刻回数が3桁いってるからって転校生にまで迷惑かけないでよね」

「体質なんだから仕方がないだろ」

 

 

 

 

 

朝のうちに挨拶を済ませた愛里寿だったが、予想通り一限が終わる頃には机の周りを囲まれた。

人見知りの彼女にとっては無意味に人寄せパンダのような状態にされるのは嫌いではないが好きなものでしかなく、だけれどどうすることもできない状況に戸惑っていた。別に人から注目されるのは嫌いではない彼女だが、根掘り葉掘りいろんなことを聞かれたりテンションの高い状態を維持するのが苦手で疲れてしまうのだ。

唯一授業の時間だけが静かで落ち着けたものの、少しの合間は我慢するしかなかった。

 

だけれどお昼ご飯となると、やはり仲の良い生徒同士で皆食堂などに向かうためか自然と教室で愛里寿1人になっていた。一息つけるようで、少しばかり静かな教室が何か足りないような気がした。

「へいかーのじょ!」

 

「……私のこと?」

生憎教室には誰もいなかった。彼女を呼び止めたのは同じクラスの生徒だった。やや茶髪で活発そうな少女と、大和撫子が形をしたかのような子だった。

 

「そうそう、一緒にお昼どうかな?」

 

「……お弁当…ある」

まさかクラスの生徒全員が食堂でご飯を食べるなんて想定していなかった愛里寿はついそう言ってしまう。食堂でお弁当を食べるのも変だという思い込みから来るものだった。

「あちゃー。でも食道で一緒に食べない?」

 

「沙織さんそんな強引では困ってしまいますよ」

 

「別に……いいけど」

 

「え⁈いいの!」

 

「テンション高いと疲れるけど……」

別に誰かとご飯を食べるのが嫌いなわけではない。ただ慣れない環境で初日から友達を作ったり一緒にご飯を食べるのは難易度が高すぎたのだ。

「あははごめんねー。じゃあテンション下げてみるからさ」

そういってわかりやすく声のボリュームを下げた茶髪の少女に少なからず好感を覚えた。

「いいよ」

 

「やった」

友達作りの第一歩。そう考えていた。

 

「ところでそれってボコじゃなかったっけ?」

 

「知ってるの?」

 

「たまにコンビニで売っててさ。まあなんか可愛いんだけど見た目が包帯まみれでちょっとかわいそうに見えて」

愛里寿の目の色が変わった。

「ボコはね……」

いい友達ができた。既に彼女は2人を射程に納めようとしていた。

しかし3人の会話を中断させるように校内放送が島田愛里寿を呼んだ。

 

 

 

 

 

その二

生徒会との一回目のコンタクトを終えた愛里寿をなんだかんだ2人は生徒会室の前で待っていてくれて、3人は少し遅い昼食を取ることにした。

話が色々と弾んだついでにと一緒に帰らないかと大和撫子こと五十鈴 華と茶髪の少女、武部 沙織は誘ったものの生徒会に呼ばれていた為後日ということになった。

その日の放課後、彼女は生徒会室にいた。

 

「電気つけて」

意図的に薄暗くされた室内に対し不平を言う。

「あれえ?雰囲気つけたんだけどダメだった?」

 

「電気つけないと目に悪い」

仕方がないかと入口付近のスイッチを押して杏は部屋を明るくした。

どうやら部屋にはさらに2人いた。最初にここに入った時にも見かけた1人と、もう1人は初めて見る.

「紹介しておくよ副会長の小山柚子と広報を担当してる河嶋桃だ」

 

「よろしく」

 

「よろしくね」

目つきが少しだけ怖いメガネの人とスタイルがいい人が愛里寿の中で名前に紐付けされた。

「で、本題だが戦車道の大会で優勝を狙う場合どうしたら良いかな?」

 

「……正攻法で行くなら最低でも決勝戦までに戦車20両」

戦車道のルールはフラッグ戦であり、また投入できる最大車両数も決まっている。愛里寿の言う20両は決勝で投入される車両数である。

「そんなの無理だ。資金が持たない」

直ぐに河嶋が案を却下した。生徒会とはいえ使用可能な予算は毎年学園から支給される分しかない。一応廃校回避のため理事長から特別に予算編成が組まれているとはいえ戦車二十両を一気に集めるなんていうのは無理だった。

それに車両を揃えてもそれの維持費がかかる。決勝戦まで保てばいいと割り切ればやれなくもないがそれはあまり褒められたものではない。

「……難易度が上がった」

 

「そんなにかな?」

いまいち実力がピンとこない杏達。

「いつも決勝にいるような強豪校は正直強いよ。ううん、強いんじゃなくて化け物が多いかな」

 

「……そんなに?」

 

「まず史上初の大会十連覇を成し遂げた黒森峰の隊長と副隊長。多分副隊長の方が厄介。後的確な指示と数の暴力で決勝常連のサンダース。シモヘイヘでも取り憑かれてるんじゃないかって思える砲手がいる上にカリスマがある指導者がリーダーのプラウダ」

 

「聴けば聴くほど素人集団でしかない私達がどうにかできる相手じゃなくなってきました」

そもそもまだ募集すらしていない。

「だけどやるしかないよ桃ちゃん。じゃなきゃ廃校なんだから。この際資金は気にしなくていい。私がどうにかするから面倒だけど……」

 

「とりあえず戦車がないとどうしようも無い」

実際それをどうにかしようと彼女は考えてこの学校にきたのだからこの状況は既に想定していたものだった。資金についてもある程度はこちらで用意する段取りも付いていた。だけれど生徒会がやってくれるというのであればそちらに任せることにした。

「それなんだけどねえ…一応あてはあるんだ」

 

「あるの?」

 

「20年前に戦車道を止めた時の記録でね。どうも戦車二十数量のうち10両近くの売却履歴が無いんだ。その代わりにいくつも紛失届が出ていてね」

 

「そうなると車籍が抹消されてるか……」

戦車道に使用される戦車は全て特殊車両として国土交通省によって登録がなされている。(そのため一般道路を走行することが可能となっている)だが紛失や部品取りとして使用不能な状態を10年続けているとその車両の車籍は抹消される。

あまり事例はないがあり得ないというわけではない。

ただ悪用されて車両を密売される可能性もあるためかなり念入りに調査されるのが普通だ。

 

「現状分かっているのは車籍が残っていて書類上では休車扱いになってるのが倉庫に1両後はねえ……探すしかない」

休車扱い、それは部品取りなどで一時的に使用不能な状態になっている車両のことである。

「修理に手間とお金がかかりそう」

 

「そのあたりはこっちで考えるよ」

何せ20年も前の車両では例え問題なく動けても今の大会基準と合わないところもいくつか出てくる。それらの改修費用にどれだけかかるか。

「とりあえず明日どうにかするわ。人もその時に集まるだろうしさ」

 

「明日?まあいいけど……」

明日なにをしようというのか……予想をいくつか立てたものの、やはり予想の範疇でしかなく彼女は気になった。

 

 

それからもできるところから始めようと基本的な戦車の構造を教えたり戦術を教えたりしていると、唐突に、意表をついて角谷杏が口を開いた。

「それでさ、できたら隊長やってくれる?」

 

「私が?」

 

「多分戦車道一番知ってるの愛里寿ちゃんだけだろうし」

確かに最も合理的な判断だと愛里寿は思った。元から隊長かできれば副隊長をと考えていたから渡に船だ。

「……いいよ」

 

「ほんと⁈やった!」

 

 

 

 

 

細かいことは任せたと島田愛里寿が学校を出ていくのを、生徒会室の窓から見下ろしていた河嶋桃は、終始感じていた疑問をついに言葉にした。

 

「会長本当に大丈夫なんですか?」

それは外見的にも内面的にも彼女が幼いからだろう。

「大丈夫」

それを会長は一刀両断のように切り捨てた。

「ですが飛び級とはいえまだ中学生ですよ」

 

「平気平気、一度あの子の指揮する戦車を見ればわかるよ。素人の私だって凄いって思ったくらいだからさ」

 

「知ってるんですか?」

 

「去年だけどね。地方のイベントであの子が操縦してる戦車を見たことがあるんだ」

 

それは凄かったよ。と角谷杏は目を輝かせた。




愛里寿が家で普段乗っている戦車はBT-2

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