島田愛里寿の戦車道   作:ヒジキの木

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第一話。戦車道始めました Aパート

愛里寿が目を覚ましたとき目覚ましはまだ午前4時を指す前だった。

少し早く起きすぎたと思い二度寝でもしようかと思い直したものの、彼女は二度寝の時の寝つきが極端に悪い。結局寝るのを諦めた彼女は携帯(一人暮らし用にと母である千代が持たせたもの)の着信を確認することにした。

 

「うわ……」

 

案の定というべきか千代からの着信がかなり溜まっていた。常識外なほど多いわけではないのだけれどそれでも2桁に乗っている。

だけれどその着信の中に、昨日メアドを交換した友達の名前が紛れ込んでいるのを見逃さなかった。

『夜遅くにごめんね。朝一緒に登校しない?学校に続く大通りにパン屋のお店があるんだけどどうかな?』

メールの内容はそのようなものだった。実際にはもっと絵文字などが多用されていていかにも女子高生感が出たものだったけれど、生憎実年齢的には中学1年と同じ歳でしかない上にこのような文章を送る友達もいなかった愛里寿にとっては見辛いことこの上なかった。

 

それでも拒む理由が特段見当たらなかった為、OKと一言返事を送信した。

 

 

 

 

準備を整えた愛里寿が待合せの場所に行くと、すでに二人は待っていた。

「あ、来た!おはよーあーちゃん!」

 

「おはようございます愛里寿さん」

 

「おはよう…あーちゃんって?」

 

「あだ名。一晩悩んでこれにした」

 

「……悪くない」

 

 

 

教室に着いてから一度は解散したものの、また少しすれば会えるだろうと思っていた愛里寿の耳に、生徒会から全校生徒の招集を伝える放送が入った。

昨日話したこともあるのでおそらく戦車道関連のことだろうと思い、全校生徒を体育館に集めて何を始めようとしているのか、愛里寿は人の波から外れて生徒会のところへ向かった。

待っていたかのように、角谷杏と小山柚子が体育館のステージの隅にいた。桃はどうやらステージ中央のようだ。

「何をするの?」

 

「人集め」

体育館の照明が落とされ、射影機が動き出した。

戦車道入門という筆文字が体育館の大型スクリーンに映し出された。

『戦車道。それは伝統的な文化であり…』

 

「戦車道連盟の宣伝用8ミリ。初めて見た……」

 

 

「あれえ?意外だね。家元はこう言うの流したりしないの?」

 

「見たことない。イベント会場で流れているのは視界の隅にあったかもしれなけど……」

それを人は覚えていないというのだ。

と言うより物心ついた頃から戦車に乗っている身にとってみればこのような宣伝用のものとは一切無縁なのだ。

「取り敢えず正攻法。特典もたくさんつけてとにかく人を集める」

体育館舞台袖で杏と愛里寿は上演の様子を見ていた。

映像を食い入るように見るもの。戦車の砲声に驚くもの、生徒たちの反応は様々だった。ただ、その表情に嫌なものは感じられない。

「上手くいくといいね」

 

「うまくいかなかったらその時はその時」

 

そう言う会長の目が鋭く光っていたのを愛里寿は見逃さなかった。

そっと距離を取ろうと後ずさる。

「怖がらせちゃってごめんなさい。会長いつもあんな感じだから」

そう言ったのは小山柚子だった。

「……怖い人嫌い」

 

「ちょっと傷つくなあそれは」

 

「まだ年齢的には中学生なんですから脅かしちゃダメですよ」

 

「はいはい、めんごめんご」

ふと杏が視線を会場に戻した。映像はもうすぐ終了するというところだった。生徒に向けての演説があるのだろう。行ってくると一言残して彼女は壇上に上がって行った。

 

 

 

 

 

 

 

「へー結構集まった方なのかな」

放課後になって倉庫に集まっていたのはわずかに18名。千人近い生徒数を持つ学校にしては数%でしかない。だけれどそれは生徒会の予想よりも多い方だった。

「まあ少しだけ私が交渉した人もいるけどねー」

 

「ふーん」

何にせよ人が集まってくれてほっとした愛里寿だった。

「あれ?なんであーちゃんそっちに?」

武部沙織が、なぜか生徒会の面々のところにいる愛里寿を見つける。

「あれ?友人?」

 

「うん。誘った」

戦車道を履修するか否かで休み時間に話し合いをした末に、沙織たち二人は戦車道を履修することになった。

「ではこれより戦車道の授業を始める」

まだまとまりのない全員の前に立ったの桃だった。目つきの悪さを会長に買われたらしい。

「えっと…会長その子って生徒会でしたっけ?」

真っ先に生徒会にそう聞いたのは意外にも黒髪を肩辺りまで伸ばした一年生だった。

黙って首を横に振る愛里寿。首を傾げる皆。

 

「彼女は戦車道経験者さ。それじゃ自己紹介してくれ」

そう言って杏は木製の台を勧める。

 

「……」

だけれど愛里寿は沈黙したままだった。

何を話そうか迷っているのかそれとも見るからに自分たちよりも幼いであろう彼女への奇異の視線に怯えているのか。異、そのどちらでもなく彼女の視線は倉庫の中をくまなく移動していた。まるで何かを探しているかのように。

「ところで戦車は……」

 

そう、彼女が探していたのは戦車だった。

台に上がれば周囲の視界も良くなるのでついでにと探したのだが、開放されている倉庫内には一台の戦車以外戦車と呼べる存在がいなかったのだ。自動車部が何か作業をしている隣のくかくにでも運ばれているのではと思ったもののそういうわけでもないようだ。

 

「それはこれから探しに行く」

 

「……」

 

「待て待て待てなんで無言で降りる」

急に倉庫の外に出ようとした愛里寿を慌てて河嶋が止めにかかる。

「戦車を探しに行く。話はそれから」

一連の流れにただ置いてけぼりを喰らう戦車道履修生を他所に愛里寿はその場で説得を受けた。

「一応一台だけあるよ」

 

「それってティーガーですか⁈パンターですか⁈」

茶髪でどこか犬っぽい感じがする女子生徒が生き生きと尋ねた。

「んとねー」

 

倉庫の奥に押し込まれていたのは箱が組み合わさったような外見を持ち、どこか戦車道の広報用の8ミリに移っていた戦車を拡大したかのような形状の車両だった。だけれどその車体は長年放置されていたことによる汚れと錆でボロボロになっていた。

 

「IV号戦車ですか」

「ボロボロなんだけど……」

「これはこれでわびさびがありますね」

「いやわびはともかく戦車が錆びてたらダメでしょ」

生徒たちの合間に動揺が広がった。

だけれど愛里寿だけはその戦車がまだ死んでいないのを理解した。少しばかり希望が湧きがった。

 

 

 

「で……戦車を探すと」

 

「そう」

あの後、戦車がまだどこかに隠されているはずだと言う生徒会の提案により、戦車道履修の最初の授業は戦車探しになった。

「なんか思ってたのと違う!」

そもそどうして戦車が隠されているのだという話になるのだけれど、それは結局昔戦車道をやっていた人達が隠したからに他ならない。

「まあまあ、落ち着いてください」

 

「なんで華はそんな落ち着いていられるわけ?」

 

「慌てても状況は良くなりませんし」

 

「正論」

 

そんな会話を他所に愛里寿は戦車を隠しそうな場所を考えていた。学園艦に乗ってまだ二日目だけれど、それでも地図と実際の地形を見れば隠せそうなところはおおよそ絞り込むことができる。おそらく監査なども探すはずだから生半可なところには隠さない。

もちろん監査ももう来ていないと判断されてわかりやすい場所に移動されている事も考えられるから完全に否定はしないけれどまとまってどこかに隠されているという事はなさそうだった。

だとすればオブジェクトとして飾ってある可能性、あるいは池や沼の中、森の中が妥当だろう。

「ねえ、何してるの?」

 

「どの子にあるか分かりそう?」

 

「普段人が入らない森とか……」

 

「あーだとしたら林があるね」

 

移動する愛里寿達を、一人の女子生徒が一定距離でついてきていた。

愛里寿は真っ先にそれに気がついたものの、自分から話すのが苦手だったこともありそのまま放っておくことにしてしまった。

その結果流石に気がついた武部が後ろからこっそりついてくる女子生徒をひっ捕らえた。

その顔はさっき集まっていた生徒の中にいた顔だった。

「ふぇあ‼︎怪しいものじゃないですよ!ただその……」

「あ、もしかして一緒に探したかった?いいよいいよ人では多いに越したことはないし」

 

「良いんですか!あ、普通ニ年秋山優花里と言います」

少し照れたように顔を赤くして少女はそう名乗った。

「私は武部沙織」

 

「五十鈴華と申します」

 

「……私は」

 

「存じ上げてます!島田愛里寿殿ですね!」

 

「え…うん」

愛里寿は察した。秋山優花里はおそらく自分と同類かあるいは戦車が大好きな人だということを。

ボコが好きならなおよしと思い早速握手を求める。

目を輝かせてどこかうっとりした表情で優花里は握手に応じた。

「まあ飛び級で入ってきたから有名だよね」

 

「いえ、そうではなくてですね」

 

「言わなくていい。私は島田流を背負ってここにきたわけじゃないから」

 

「え?あ…すみません…つい」

 

「気にしてない」

 

 

 

林と言っても学園艦に造られている人工的な林であるがゆえにそこまでの大きさはない。しかしいざ中に入ってみれば木々によって見通しは悪く、想像していたものより広いと愛里寿は感じた。

「林って言ったのは私だけどそう簡単に見つかるのかな?」

数分歩いてコンパスと地図を何度も見返し、太陽の位置も確認しながら迷わないように進んでいく。

 

「こっちから鉄と油の混ざった匂いがします」

華が林の中に入っていく。

太陽の方向とコンパスで現在位置を確かめながら愛里寿達もそれに続いた。

 

「華匂いでわかるの⁈」

 

「多少は……」

 

「すごいですね!」

 

「すごいっていうか花道やってるとそんなに匂いに敏感になるの⁈」

 

「私だけかもしれません」

少なくとも家族にそのような芸当ができる人は誰もいないようだった。やがて背の低い草や木に隠れるようにして、ダークグレーの車体が現れた。

それは何十年もの合間放置されていたにもかかわらず、汚れた車体は洗えば復活しそうな雰囲気を醸し出していた。

「38(t)……」

愛里寿が呟いた。

「さっきのより小さいしなんかビスでゴツゴツしてる」

 

「溶接を取り入れていませんからね。でも競技車両なので実際の接合は溶接、ビスは飾りです」

安全性に配慮した結果ですと秋山は戦車に近づいた。

「そうなんですか。なんだか可愛らしいですね」

 

「可愛いだけじゃなくてちゃんと実績もあるんです!ロンメル将軍の第七師団の主力を務め初期のドイツ電撃戦を支えた重要な戦車なんですから」

 

語っている時の秋山はどこか生き生きしていた。服が汚れるのも厭わずに無心に戦車に抱きついてる。

我に帰る頃には愛里寿は生徒会に戦車発見の電話をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー結構見つかるもんだね」

他の生徒たちも次々に戦車を見つけることに成功し、日が傾いた頃にはかなりの数が発見、回収されていた。

自動車部の大型牽引車を使って倉庫の前まで運び込まれた戦車は、合計で4台。元からあったIV号戦車を含めると5台だ。

「三突と38(t)、M3リーに八九式……雑多」

並べられた戦車を見ながら愛里寿はつぶやいた。

 

 

「車両が揃ったところ悪いけど自己紹介お願いできるかな?」

再び杏が自己紹介を催促する。それに対して軽くうなづいて愛里寿は全員に向き直った。

「島田愛里寿。以上」

 

「それだけ?もっと自己紹介とかあるんじゃないの?」

流石に名前だけしか言わない自己紹介では会長も納得はしないらしい。普段めんどくさがりで最低限のことしかやりたがらない彼女だけれどその彼女すら焦った。

「…島田流師範の娘」

声も小さく、あまり人と話すのは得意そうではない。第一印象は例外なくそうなっただろう。

「島田流?」

流派だというのは理解できたものの、それがどれほどのものなのか。それを知っている秋山以外は皆首を傾げた。

「気にしないで。一応生徒会が戦車道経験者だからってことでここに立たされただけだから」

 

「それじゃあ一言お願い」

「それじゃあ改めて…戦車は楽しく面白く。以上……」

「それだけ?」

「うん、面白くなかったら続かない」

結局下校時間が近づいていたため、その日はそれで解散となった。

 

 

 

 

 

次の日に早速朝から集まった愛里寿館がまず最初にするのは戦車の修理と修繕だった。

見つかった戦車のうち38(t)やM3は劣化した部品や破損した電装品、オイルの交換をしカーボンを張り替えればすぐにでも動かす事が可能だったが、八九式とIV号は履帯が紛失して部品発注が必要な上に八九式に至っては装甲の一部が割れていた。

さらに沼地に沈んでいた三突に関してはエンジンとクラッチをオーバーホールでバラす必要がありとてもじゃ無いが1日では終わりそうもなかった。

「でも修理するにしてもこんな汚れてたら……」

中もまずいのではと秋山はつぶやいた。

愛里寿が試しにとIV号戦車に乗り、キューポラから中を覗いてみる。

「バラす前に水抜きして錆落とししないと……」

「取り敢えずエンジンとか機械的修理は自動車部に依頼しておいたし……洗車だね」

杏の提言で各員が見つけた戦車の洗車とメンテナンスをすることになった。

若干数名が水着に着替えていたものの亜里寿達は勿論、多くの生徒は体操着で洗車を開始していた。

 

 

 

ある程度汚れを洗い流し、車内の錆び取りが終わった各戦車は自動車部の整備場に運び込まれて分解されていた。

天井に設けられた大型クレーンで車体が吊り上げられ、シャーシとエンジンなどのコアがあらわになる。元々戦車道で使用されていた設備らしく戦車の重たい装甲も難なく持ち上げていく。

「ごめんねー苦労かけちゃって」

角谷杏は島田愛里寿と共に自動車部に差し入れを持ってきていた。半分は賄賂のようなものに近いかもしれないが。

「いいってことよ。久しぶりに弄りがいのある子達がきてくれたんだし」

 

ナカジマが杏達と話している最中にもシャーシからエンジンが取り外され作業台に移動させていた。

「お、キャブ制御のエンジンだ」

「最近は古い車もレストアとかじゃ電子制御に変えているからねー」

各戦車の様子を見ていたスズキは、頭の中で大まかなスケジュールを立てた。

「とりあえずそこの二台は見た感じ今日中にどうにか出来るかな。そっちの子は…部品が揃ってからだね」

遠目ではエンジンブロックはオイルが変質して黒く塊のようにこびりついているように見えた。

「旋盤の用意できたから寸法測ればいつでもいけるよ」

何がどういけるというのか。まさか戦車の部品を自作しようとでもいうのだろうか。

「部品…今日中には揃う」

黙って話を聞いていた愛里寿が、そっと呟いた。

「本当⁈」

 

「そろそろ来る」

 

「あーたしかにそろそろだったね。それじゃあ受け取りに行きますか」

外が騒がしくなった。それは生徒の声だけでなく、ローターが空気を下に突き出すようなあの独特な音も混ざった雑音だった。

「あ、きたんじゃね?」

 

「そうかも」

 

 

 

 

それはヘリコプターにしては異様な構造をしていた。

普通のヘリからキャビン部分をなくし、テールとコクピット、その両者をエンジンがつないでいるような構造だった。ポッカリと開けられた胴体中央部分には貨物コンテナが装着されておりまるでヘリというよりかは港でコンテナを積み下ろしているクレーンのようなものだった。

そんな異様な構造のヘリコプターはコンテナを倉庫近くに下ろし始めた。

「おお!S-64スカイクレーン‼︎」

秋山が一人興奮するなか、コンテナを下ろし終えたヘリはどこかへ飛び去っていった。

愛里寿がコンテナに近寄り、厳重にロックされていた留め具を外していく。中身は戦車の部品だった。

「いやあ戦車って整備部品だけであんなにするんだね。修理に必要な最低部品だけで予算ギリギリだよ」

生徒たちの後ろから杏がぼやいた。

「……大丈夫なの?」

 

「学園長から特別編成の予算とってきてるからまあなんとでも?」

最悪どっかから分捕ってくればいいと言う物騒な呟きを愛里寿は聞こえないふりをした。

「よし!ツチヤ、フォークリフト持ってきて!コンテナごと運び入れるよ。ホシノは誘導準備!」

 

「そんじゃよろしくー」

 

後を全て自動車部に任せて、生徒会長角谷杏は本当に帰った。他の生徒も出来ることが無いかと考えたものの、機械の修理なんてやったことはないので何もできず、唯一例外なのは愛里寿と麻子だけだったもののその二人も下校時刻が近づくと、さすがに帰ることにした。

その翌日修理が終わった戦車が、ガレージの前に並べられていた。

どうやら徹夜で修理を施したらしい。

「すごい…1日で」

 

「基本設計は全部おなじだから意外と簡単だったよ」

簡単だったよで済んでいるにしてはかなり手際が良いだろう。

「……戦車整備にスカウトしたくなってきた」

 

「あー気持ちは嬉しいけど私らは私らで色々やりたいからさ」

 

「残念……」

 

「それじゃあ早速…割り当てられた戦車を動かそうか」

 

 

 

 

 

エンジンの音が倉庫の中に響き渡る。ディーゼルエンジンやガソリンエンジンのサウンドが反響して増幅されていく。

ゆっくりと動き出した戦車は、ぎこちない動きで倉庫を出たところで停車した。その数四台。

 

一台だけ来ないことを不思議がっていた愛里寿のところに、ホシノがやってきた。

「戦車のエンジン始動って教えられるかな?」

問題が起こっていたのは一年生達だけで動かすことになっていたM3戦車だった。

どうやらエンジンをかける方法が分からないらしい。

「一昔前のものとか種類によってはエンジンをかけるときにクランクを使って始動するけどここにあるのはIV号以外全部キーを回せば動かせる」

IV号戦車はレストア車であるためキーではなくイグニッションボタンを押して軽くアクセルを踏み込みながらエンジンを始動させる。それに対してレプリカやレストア車でも一部共通部品に変えられているものでは戦車は防犯上の理由から国交省の指導の元、安易にエンジンをかけられないようキーを差し込んで回すイグニッションスタートとなっている。

 

「戦車道に使われる戦車は大きく分けて実物をレストアしたものと部品を一から作り直して組み上げたレプリカがあります。主にレプリカの方がキーで簡単にエンジンをかけることができるんです。もちろん例外もありますけど」

 

「…ん、でもそのキーがこの戦車にはない」

他の戦車はのほどの場合キー自体が戦車に残っていたり沼地に沈めてあった三号突撃砲などはスペアのキーが学校に残されていた戦車道関連資料の中から見つかっていた。

しかしこのM3に関しては今のところ鍵穴はあるもののその鍵がない状態だった。

「どうするんですか?このままじゃエンジンかけられないですよね」

 

「大丈夫、裏技がある」

 

「「裏技?」」

 

「はいクランク」

 

「まさか……」

秋山だけがそれに気がついた。実は各戦車には通常の操作で動かない場合に備えて非常用にクランクが入っている。ふた昔前ほどでは一般的な自動車にも緊急時のエンジン始動用として用意されていたものだ。

 

 

「まずイグニッションの下にあるスイッチをオフに入れて。ギアはニュートラルに。サイドブレーキをかけておいて」

操縦席のハッチから中に座っていた阪口桂利奈に指示を出していく。

「これでいいのかな?」

 

「クランクを入れるところは戦車の後方、車体下あたり。持ち方があるし下手すると骨折したりするから……防具をしっかり身につけて」

テキパキと防具を着込み、愛里寿が車体の後ろに設けられた穴にクランクを差し込み、用意をしていく。

だけれど彼女一人の力ではクランクはピクリとも、うんともすんとも言わなかった。

「「……」」

結局一番体力があるバレー部の近藤がクランクを回す事になった。最初は重そうに回していた近藤もやがてオイルポンプがエンジンオイルを流し始めるとクランクの抵抗力も減ってきたのか軽く回し始めた。

運転席で座って待っていた阪口桂利奈の側に愛里寿が移動し、操作補助を始めた。

クランクによってオイルが循環する音がだんだんと早くなっていく。

「もう十分。一旦クランクを下にして止めて」

 

「わかった!」

戦車に乗ったまま声をかけて再び操縦席の操作に戻る。

 

「えっと……」

 

「ここの点火時期を調整。クランクで始動する時は遅角に入れて。この車両なら後はアクセルペダルを踏み込んで」

「こう?」

恐る恐るアクセルペダルを踏み込む阪口。

「そう……それでマニホールドに燃料が送られるからそのままで待機」

 

再び後ろにいる近藤のところに愛里寿が戻る。

 

「一気に上にクランクを引き上げて」

 

「わかった。せーの‼︎」

勢いよくクランクが一番上まで持ち上げられた。

しばらくしてエンジンが自力で動こうとする身震いのような音が聞こえ、そして一瞬の間を置いてM3が咆哮を挙げた。

「かかった‼︎」

ようやくエンジンがかかったことに阪口は興奮していた。

「これで大丈夫……後は点火時期を元に戻して」

 

「ありがとう!」

 

 

最初は用も終わったのでIV号戦車に戻ろうとした愛里寿だったものの、すぐに一年生たちに囲まれてしまった。学年としては上なものの、年齢が自分たちより下ということで親しみやすいと考えたのだろう。

「でもエンジンの手動始動なんてよくわかりましたね」

リーダー的存在である澤梓が愛里寿に尋ねた。

「おすすめではない。できれば補助セルモーターで始動する方が安全」

 

「でもこの戦車の動画だともっとたくさん回してるよ?」

携帯で動画を再生しながら今度は、大野あやが入れ替わるように彼女に聞いた。のその問いには秋山が答えた。

「本当はM3だと航空機用エンジンを搭載しているので航空機と同じプロセスでエンジンを作動させるのですが…戦車道ではエンジンは競技用のものに換装されていますからね」

 

その後も少しばかり話をしたものの、愛里寿が戦車の動かし方を教えると言い、その場はお開きになった。

 

 




次回
多分一週間後くらい
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