「えっとこうでしたっけ?」
「わぁ、待って!ここで動かしちゃ駄目ですよ!」
「待って!止まれ!」
「わああああ!」
「主砲旋回!あ、逆だった!」
「反対にレシーブ撃っちゃダメでしょ!」
「でもこれ後ろにも機銃付いてますよ?キャプテン」
「なるほど!前後両方に攻撃できるな!」
「撃てっ!」
「桃ちゃんあれを外す?」
「桃ちゃん言うな!」
「止まっちゃいました」
「クラッチを踏んでギアを変えるの」
「こうですか?」
「うわわ!バックしてる!バックしてるうう‼︎」
グランドを縦横無尽に戦車が駆け回り、時々暴走し、一通り戦車の動かし方を覚えた皆が次の日に集まったのは学園の駐車場だった。
「なんでここに集めたんですか会長?」
真っ先に行くとしたら戦車を止めてある赤煉の倉庫だと思っていただけに武部の疑問は全員を代表したものだった。理由を知っている愛里寿は静かに見守っている。
「特別コーチを呼んだんだよ」
時計を見ながら少し不安そうな表情をした愛里寿が会長の背中を突いた。
「……予定の時間は?」
「9時だね」
「今何時?」
「8時58分56秒」
「……教官はいないね」
既に約束の時間まで1分となっている。しかし一向に姿は見えない。流石に生徒たちの合間に不安が広がってきた。
ちょうどその時であった。燃料が延焼し吹き飛ばされる際に発生する音エネルギーが周囲に撒き散らされていく。
それを人は轟音と呼び、またジェット機が飛んでいると認識する。だけれど機体は音の割に見えない。それも仕方がないことであった。その機体は通常の機体では考えられないほどの低空を這うように飛んできたからだ。まるでエイが海底を舐めるように泳ぐかのように両翼を広げ、機体後方のハッチを開けて学園に向かい突き進む。
最新鋭輸送機C-2輸送機のハッチから送り出されたのは空挺降下用荷物パレッドに乗せられた10式戦車だった。
そのまま駐車場に飛び込むように下された10式は時速140キロ以上の速度でタッチダウンし、パレットが火花を散らしながら後方のドラックシュートによって急減速。それでも勢いを殺しきれずにアスファルトに傷を作りながら赤いフェラーリに突っ込んだ。
「あれって学園長のじゃ……」
一旦は停車した10式戦車は方向を転換するため後方に下りながら、履帯で横転したフェラーリF40を踏み潰し、生徒たちの方に向かっていった。廃車が確定してしまった瞬間であった。
停車した戦車の自動ハッチが解放され、黒髪の女性が上半身を出した。
「みんな、こんにちわ」
呆気にとられている全員の中で愛里寿と杏だけが冷静だった。
「……」
愛里寿は車については詳しくなかった。素人のそれであった。だが、破壊されたそれが高級車であるというのはなんと無く理解した。故に降りてきたその女性に近寄るなり耳元に、一言吹き込んだ。
終始笑顔だった戦車長の顔が真っ青になっていく。それに追い討ちをかけるように杏が何か話をし始めた。
「何したの?」
再び生徒たちの中に戻ってきた愛里寿に武部がそっと耳打ちする。
「……なんでもない」
実際何でもないことである。ただしそれはかなり効くものだった。
「ほんとごめんなさい!」
「あーえっと」
かっこいいところを見せようとして空挺降下を行ったようだが、場所を選ぶべきだっただろう。結局彼女は悪知恵を働かせた杏と、愛里寿に頭が上がらなくなってしまった。
少し時間をおいて場を仕切り直したところで自己紹介となった。
「特別講師の戦車教導隊、蝶野亜美一尉だ」
「戦車道は初めての方が多いと聞いてますが一緒に頑張りましょう」
1人だけ騙されたとふてくされている武部。かっこいいと目を輝かせる一年生達と反応は様々だ。
「戦車教導隊って自衛隊の…」
「そうです!富士にある教導団戦車教導隊といえば戦車戦のエキスパートですよ!」
なぜか意気投合するエルヴィンと優花里。
「ところでそこの島田…」
「愛里寿」
「愛里寿ちゃんってもしかして島田流師範のとこの娘さん?」
「そう」
「やっぱり!どこかで会ったことあると思ってたのよ」
「……もしかして半年以内に会ってた?」
愛里寿にしてみれば戦車道の世界でデビューしたのはつい最近であり、それ以前ではイベントなどにすら出席していなかったのだから顔を知っているということはつい最近会ったことになる。
「島田流って有名なんですか?」
「ええ、戦車道の流派では一二を争う流派よ」
「それは大袈裟」
だが実際のところ高校という枠に囚われない状態で見れば影響力は島田流と西住流で一二を争っているのは確かだ。幸か不幸か二つの流派は影響力を最も重視しているところが少しずれているためあまり衝突がないだけだ。
「教官!本日はどのような練習をするのでしょうか!」
優花里が待ちきれなくなり手を上げた。
「そうね、今日は本格戦闘の練習をしてみましょうか」
「いきなりですか⁈」
亜美教官の言葉に生徒達にどよめきが走った。
「大丈夫よ何事も実践実践」
「戦車なんてどーっと動かしてバーっと撃てばいいんだから」
「大雑把すぎる……」
結局、ゾロゾロと倉庫に向かって行った。
背かかされる形でそれぞれがグループになって割り当てられた車両に乗っていく中、Ⅳ号を担当になった4人は少し迷っていた。
「そういえば私達…役割決めていなかったわね」
「戦車の各担当を交代でやってはいますけどそれだけでしたね」
その時に大体全員の適性を愛里寿は確認していたもののそれに関しては口出しはしなかった。適性とやりたいことというのは案外違うことが多いからだ。楽しくやるに関しては適性よりもやりたいことの方が重要になる。
「今決めちゃおうか!あ、そうそう愛里寿ちゃんはどこの役職やりたいとかある?」
「特にない」
「それじゃあジャンケンで決めようか」
最短で決めることが可能な方法というのは限られていて、それはかなり簡単なものとなった。
「決まったね!」
公正なジャンケンの結果、砲手が秋山優花里、装填手が愛里寿、操縦五十鈴華、車長武部 沙織となった。本来は島田愛里寿が車長を勤めたかったのだがジャンケンで決まっては仕方がない。一応どの役であろうと全てをそつなくこなせるのでどこにいたも変わらないのだけれど。
「よーし!……えっとこう言う時って掛け声とかあるんだっけ?」
「パンツァーフォー」
装填手のハッチから顔を出した愛里寿が小さな声でそういった。
「うん⁇」
「戦車前進って意味ですよ」
補足するように秋山優花里が反対側の砲手ハッチから身を乗り出した。
「そうなんだ。じゃあ…パンツァーフォー!」
「いやっほお!やっぱ最高だぜい!」
「またパンツァーハイになってる……」
「ぁ…すいません」
多少の変速ショックが残る加速で、IV号戦車は動き出した。
無事に走り始めた戦車は、操縦回数2回目にあたる五十鈴 華の操縦によりフラフラしながらも指定されたスタート地点にたどり着くことができた。
他の戦車が木にぶつかったり道を間違えかけているところから考えてもまあ良い線行っているのではないかと愛里寿は思った。
それぞれが指定されたポイントに移動し、準備完了の報告を上げていく。全車両が揃ったところで亜美は試合開始に合図を出した。
試合が始まったものの、Ⅳ号はすぐに誰かと接敵するといったことはなく、武部沙織はとりあえず移動しようと戦車を移動させた。
島田愛里寿は自然とハッチを開けて車長のバックアップに回る。ついでにと接敵予想地点を書いた地図を渡す。
「これいつ製作したの?」
「さっき…大体の位置はなんとなくだけど地図を見たら大体この辺りで落ち合う」
高低差の表記がある本格的な地図だった。なるほど真ん中の盆地を囲うように各車のスタート地点が振り分けられている。あの教官も主戦場をここと設定しているのだろう。
「そこって…谷間?」
「そう。慣れていないと自然と谷間になるところに集まりたがる。特にまだみんな慣れていないからエンストの可能性やうまくやらないと登れないような坂は登らない。そう言うとき人は無意識に下の方に向かいやすくなる。途中で遭遇戦があるかもしれないけれど、最終的に全車が集まるのはこの地点」
各戦車の位置からしてもその場所はちょうど中央にあたる位置で最も谷間になったところだった。
「じゃあそこを撃ち下ろすとか?」
「無理。あそこは辺は38(t)を探しているときに通ったけど周囲の地形からして撃ち下ろしには向かない。無理に車体を乗り出せばいけるかもしれないけど下手するとずり落ちる」
そんな危ないところを初心者にやらせるのは安全第一の観点からも間違っていると愛里寿は指摘した。
「うーんこう言う地形は俯角が取りやすい野戦砲とかの方が有利なんですよね」
秋山優花里も地図を覗き込んで呟く。
「そうなるとどうするの?」
「……Ⅳ号なら三突とM3の主砲以外は中距離ならなんとかなる。ここはあえて飛び込んでみよう」
近距離に持ち込まれると厄介ではあるがその距離であればこちらの主砲だって相当あたりどころが悪くない限りは相手を撃破することは可能だと愛里寿は思っていた。
「車長の指示が大事…頑張って」
「OK!じゃあいっちょやりますか!」
爆発、それは背後からのものだった。
放たれた砲弾はIV号の右側至近に着弾。薄く小さな穴を地面に作っていた。
それは八九式中戦車に搭載された九〇式五糎七戦車砲による攻撃だった。
「わわわ⁈どうしよう!」
「落ち着いて。走っていれば当てるのは難しい」
「ぜ、前進!」
車長の慌て方と重なるように戦車も慌ただしく発進。その直後背後に着弾。次弾からかなり良いところに修正していると愛里寿は感心した。
これなら訓練次第では日本代表の選抜までは行けそうだと考えていた。
「うわわ!」
再び着弾。だがさっきより距離は遠い。双方ともに走っている状態だから仕方がないのだろう。
「落ち着いて。八九式の火力ならこの距離は撃破できない。それに動いている目標に当てるのは難しい」
「そう?」
だけれど相手は一両だけとは限らないのだった。一瞬愛里寿が険しい顔をした。
「もう一台いる」
天性の勘とでも言うのか、その姿を見るまえに愛里寿は気がついた。
「嘘⁈」
武部が叫んだ瞬間、砲塔の左横を八九式とは明らかに違う砲弾がすり抜け、背後の木を破壊した。
「っ!前からも!」
Ⅳ号の車体が森の合間を抜けて未舗装の砂利道に飛び出す。
武部は相手の車両をその時初めて確認した。
Ⅳ号の砲塔を取っ払い、車体をひと回り小さくしたようなシルエットのそれは突撃砲と呼ばれる部類の戦闘車両。
その砲身が再びこちらに向けられていた。
この二台が共闘を始めたのは実を言うと数分ほど前だった。Ⅳ号に攻撃を加えた直後の騒動は、無線をオープンにしたままの八九式伝いに三突に伝わっていた。それを聞いていたエルヴィンとカサエルはまずは熟練者であり最も脅威と捉えるべきである愛里寿が乗るⅣ号を協力して叩くべきだと考えた。
「日ソ中立条約か?」
「小田原城の戦いぜよ」
「リトアニア不可侵条約では?」
「「「それだ‼︎」」」
「まずはⅣ号からだ。秘密協定は締結済み」
車長用観測レンズを除きながら様子を見ていたエルヴィンは前進して距離を詰めるよう指示を出した。
「賽は投げられたか」
三突が動き出し、一気に距離が詰まる。
「やばいやばい!右に行って!」
「よく聞こえません!」
「右斜め前‼︎」
力一杯華の肩を蹴り飛ばした。
そのまま戦車は道を降るようにして加速していく。
「あー!挟み撃ち失敗!」
「大丈夫!このまま追いかけるよ!もう一回スパイク!」
八九式も負けじと加速する。どちらも同じ中戦車ながら、エンジン性能ではⅣ号の方が若干優っていた。だがそのポテンシャルが十分に発揮されるのはしっかりと技術を学んでモノにしてからだ。
Ⅳ号が突っ走る道のその先には浅い土手があった。大した高さはないものの、現在ここにいる戦車が乗り越えるには少々難しい程度のものだ。その土手の近くには木がなぎ倒されスロープのようになった跡があった。
「位置的に三突がやったもだね」
確かにこれなら直接この土手を降りるよりかは安全だ。特に三突の場合下手に土手を降りようとすると砲身が地面に刺さりかねない。
「沙織さん、華さん」
「なに?」
だけど愛里寿の声は沙織にしか届かなかった。
「そこのスロープ登って、って伝えて」
「スロープ…あれね!。華!左のスロープっぽい木!」
再び蹴られる華。加減がうまくいかず相変わらず痛い蹴り方だった。
肩を壊さないといいけどと愛里寿は心配になった。花道の家の人だというのは聞いている。となれば手に関するところを怪我するのはかなりまずいのだ。
だが華の荒っぽい操縦で、戦車は速度を緩めずスロープに半ば体当たりのように飛び乗った。車体は大きく跳ね上がり、まるでジェットコースターのように後ろに大きく傾く。履帯が若干空回りをしながら強引に押し上げていく。
重量に耐えきれず太い木が折れるがその頃にはもうⅣ号は坂を上り終えていた。
「これで少しは時間稼ぎができる」
草木の合間を縫うように激しく揺さぶられながら突っ切ると、目の前に開けた土地が現れた。森の中にある草原のようなところだった。
「この先って確か……」
「例のポイントですね」
周囲への注意が散漫になってしまっている武部の補助で愛里寿もハッチから身を乗り出し周囲を確認していた。
「…⁈」
その愛里寿が、進路上に寝ている人影を発見した。とっさに停車措置を取る。
だが操縦二日目の人に素早く停車を指示してもすぐに止められるはずもなく、ましてや車長位置ではなく装填手ハッチから身を乗り出しているため足で指示することもできず、そのまま人影に戦車は突っ込んでいった。
だが戦車に轢かれるという最悪のシナリオはなく、とっさの判断で戦車に飛び乗り、滑って転んだ少女がそこにはいた。
「…なんだこれ?」
「この前の……戦友?」
愛里寿と少女の目があった。お互いに何かを感じ取ったのか無言でうなずく。
「あー!麻子!」
「沙織か。眠りを邪魔しないで欲しかったんだが」
「今は授業中でしょ!」
その直後後方の地面を砲弾がえぐり、爆風が車体を揺さぶった。もう追いついてきたかと愛里寿が後ろを確認する。どうやら三突が狙撃で撃ったようだ。
「そんなことより乗って。車外は危険」
だけれど車内は車内で麻子にとっては地獄でしかなかったようだ。篭る熱気と振動。そしてそうしても発生する密閉された車内による酸素不足。
「うー……酸素が薄い」
「麻子は低血圧だからね」
幼なじみだという沙織は苦笑していた。
「大丈夫ですか?」
優花里に懐抱される形で麻子はグロッキーになっていた。
「酸素ボンベ持ってくるべきだった?」
そう言ったのは愛里寿だった。
「あるのか?」
「ない」
「無いのか……」
あったら真っ先に愛里寿が使っているだろう。彼女も意外なことに酸素の薄いところや閉鎖空間は好きでは無い。
家元での練習も作戦指揮に専念する時は車外に出て行っているほどだ。
何度か戦車道連盟にもオプションで良いので付けて欲しいと嘆願書を出したことはあるが審議中と言う一言で済まされてしまっている。
多分審議通過はないだろうと半分諦めている。
ついに橋に出てしまった。他の車両はまだいないようだった。
ここで待ち構えるのは危険と判断し、また車長の沙織も恐怖心からか早く逃げようと橋を渡る事にした。だが古い吊り橋は戦車を通すにはかなり狭いものだった。足場もあまりない。戦車が急停車。直後砲弾斜め横をすり抜けていった。あのまま走っていれば命中してはだろうと思うと少しばかりゾッとする沙織達をよそに愛里寿は戦車の外に飛び出した。
「……私が誘導する」
「外は危ないって言ったじゃん!」
「そうですよ!また砲撃がきますよ!」
「少しの合間なら大丈夫」
次弾が飛んでくるまでには時間がある。そう判断した愛里寿だった。
愛里寿の誘導に従ってⅣ号はゆっくりと吊り橋に入った。
だが誘導指示を出しても戦車をうまくコントロールできなければ、意味がなかった。
左にずれた戦車の履帯が、吊り橋のワイヤーを切断、橋自体が大きく揺らいだ。全体が大きく揺れ、Ⅳ号が落ちそうになる。
まずいと愛里寿が思った時には、既に立て直しができない状態になっていた。
だが戦車は結果として川に落ちたりはしなかった。後方から飛んできた75ミリ砲弾が車体後部ラジエーター区画に命中。爆発の衝撃でⅣ号は再び橋の上に戻ることができた。幸いにも撃破判定は出ていない。
あたりどころがよく砲弾は左ラジエーターを破壊するだけにとどまったものの、衝撃で華が気絶してしまったのだ。
「みんな大丈夫?」
「あ、華!」
「操縦手失神!移動不能です!」
すぐに気絶した華を車内に引き込む。優花里と沙織が隣にある無線手の座席に華を移した。
すぐに戻ってきた愛里寿が容体を確認する。
「気絶してるだけ。外傷はない」
「良かった」
「私が運転……」
愛里寿が操縦席に移ろうとした直後、Ⅳ号は唸りを上げて車体を橋に戻した。
操縦席には華に変わって麻子がすっぽり収まっていた。
「あんた操縦できたの⁈」
「今覚えた」
「覚えた⁈」
なるほど彼女の目の前には戦車のマニュアルが開かれていた。いやそれだけで操縦できるあたり物凄い適応力だが。
「さすが学年主席!」
愛里寿もこれには驚いていた。
後方から八九式の機銃がⅣ号の車体を叩く音がした。
すぐに、前進したⅣ号のすぐ後ろに三突と八九式の砲弾が落下。吊り橋にかけてあった鉄板が吹き飛んだ。だがⅣ号にダメージはない。
だが進行方向前方にも別の戦車が現れた。
それは会長達が乗る38(t)型とその後ろからついでについて行こうという魂胆で自然と共闘することになったM3中戦車だった。だが橋の上では逃げ場がないと悟った愛里寿は、ハッチから身を乗り出して周囲を確認、最善策を打つことにした方
「……一旦橋を渡って草むらに飛び込む。そこから反転して先にM3と38(t)を叩く」
「わかった」
だがそれには38(t)あるいはM3の至近攻撃を回避する必要があった。そしてその瞬間はすぐそこに迫っていた。
「ふふふ、ここがお前らの死に場所だ!」
真っ先に発砲したのは38(t)だった。とっさに車体を傾けて対処したものの、38(t)の砲弾はⅣ号のはるか後ろを通り抜けて行った。わざわざ停車して狙いを絞ったはずなのだがどうしたことだろうか。
「えー……桃ちゃんここで外す?」
照準に捕らえていたはずなのにと河嶋桃は呟いた。
「……どこ狙ってるんだろう?」
M3は38(t)と射線がかぶってしまっているため攻撃不可能。ここで先に38(t)を叩いておくべきかと愛里寿は考えたものの、背後から狙いを定めようとしている三突と八九式からの視線がチクチク首元を指していたためやめることにした。
直後背後の鉄板が吹き飛び、衝撃で車体がまえに吹き飛ばされた。やはりあそこで止まっていたら攻撃されていただろう。
そのままⅣ号は木々の合間をすり抜けて草むらに飛び込んだ。
「……合図で左に回って。秋山さんいつでも撃てるように準備はしていて」
こちらを追いかけようと砲塔を回して追尾している二台の真横に、Ⅳ号が飛び出した。すぐ真横に飛び出してきたことで38(t)とM3の副砲は狙いが狂う。
「停車」
履帯の回転が止まり車体がまえに仰反るように慣性の法則によって傾く。
あらかじめ回してあった砲塔と僅かな調整で、照準はM3を捕らえた。
「射て」
75ミリ砲弾が爆音と衝撃波を伴い砲身から飛び出した。
それは吸い込まれるように真っ直ぐ旋回中のM3の車体側面に命中。貫通判定を与えた。
ーーーーM3行動不能!
「車体左旋回30度。次の目標38(t)」
次弾が装填されるより先に38(t)が撃ったものの、それはあらぬ方向へ飛んでいき、車体を擦ることすらなかった。
「えーまた外す?」
「……撃て」
容赦なしに38(t)を攻撃するⅣ号。38(t)のグレーの正面装甲に貫通判定が入り白旗が上がる。
ーーーー38(t)行動不能!
「ふふふ、そこだ!」
立て続けに二台を葬ったことと、Ⅳ号が微妙に移動したおかげで照準を合わせることができた三突が狙いを定めた。この距離なら素人でも当てようと思えば当てられる距離だ。
「車体を右に旋回。傾けて」
麻子が車体を回すのと三突が発砲するのはほぼ同時だった。そして砲弾はタイミングよく旋回を始めたⅣ号の車体側面に当たり、貫通判定を与えずに弾いた。狙ってできるような芸当ではない。
「嘘⁈」
「停止。距離67m、上げ角2度。照準絞って……撃て」
放たれた砲弾は後退しようと動き出した三突の操縦手正面装甲に命中。垂直になっていたところに命中し撃破した。
ーーーー三号突撃砲行動不能!
「やっば!私たちだけ⁈」
「慌てないで!根性だよ!」
八九式が機銃と同時に主砲弾を放つ。
それは急に進路を変えたⅣ号の真横を通り抜けていった。
素早くⅣ号が停車。照準を合わせる。
意外なことに次弾が八九式より飛んできたものの、焦っていたのか照準が浅く手前に着弾し土埃を上げるだけだった。惜しいと愛里寿は思ったものの、この距離ではたとえ命中しても八九式の砲弾ではⅣ号の装甲は撃破できない。
「撃て」
無慈悲な愛里寿の声が響いた。