島田愛里寿の戦車道   作:鹿尾菜

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第二話 練習します Aパート

試合で撃破された各車両は、自走不可能なものを除いて全車両倉庫に回収されていた。

それを見つめながら、島田愛里寿は一番手前に置かれたⅣ号戦車の車体に刻まれた傷をそっと撫でた。

使い慣れていない戦車だったと言うこともあるが傷をつけてしまうのは彼女の矜持が納得をいかせなかった。

やはり、できれば傷をつけずに戦いたいものらしい。

「島田殿!やっぱりこちらでしたか」

そんな愛里寿を呼び止める声が背後からした。振り向けば、そこには先に出て行ったとばかり思っていた秋山がいた。

「あ……秋山」

 

「これからお風呂に行くのですが一緒にどうですか?」

 

「他の人も?」

 

「もちろん一緒ですよ」

 

「……」

少し悩んだ末に愛里寿は首を縦に振った。

この数日で秋山も愛里寿のことはある程度わかってきていた。黙って首を振る動作だけで返答としては十分だった。

「それじゃあいきましょう。皆さんは先に行っていますので」

 

 

 

 

 

「せっかく髪が整ってるんだからちゃんと洗おうよ」

三十分後には髪をガサツに洗っていた冷泉と共に並んで髪のケアをされていた。2人揃って猫のように暴れていたが結局逃げられないと悟ったのか現時点ではなすがままになっていた。

「沙織は私の母親か何かか?」

 

「……」

 

「愛里寿もそうだけど髪は洗っただけじゃなくてちゃんとケアしなきゃだめよ。特に麻子は長いのに髪質がデリケートなんだから」

 

「母親ですね」

 

「彼女というよりオカンですね」

先に湯船に浸かっていた2人が同時に同じ感想をこぼした。

「そこ‼︎聞こえているわよ!」

 

 

 

「「……」」

完全に世話焼き状態になってしまった武部になす術もなく2人そろって蹂躙されていった。

 

「ふーそれにしてもすっごいドキドキした。告白されるよりも凄かったかも」

一通り2人を洗い終わった武部は、ようやくと言った感じで疲れを癒すために湯に入った。

「告白されたことないですよね」

 

「例えよ例え」

そんな例えがあるのかと愛里寿は世界の広さにただ感心していた。途中本気にしちゃダメと五十鈴に止められる。

「あんな近くで主砲を撃ったら癖になっちゃいますよね」

 

「んーでも車長はやっぱり愛里寿ちゃんね」

 

「私?」

 

「今日の試合愛里寿が的確に指示出してたじゃん」

嫌味のようにも聞き取れてしまうそれは、しかし武部の裏表ない笑みで愛里寿を安心させた。

 

「そうですね。私達あまり戦車に詳しくありませんし」

 

「島田殿が車長なら心強いです!」

五十鈴と秋山も武部の案に賛成の意を唱えた。反対意見があるとすれば先ほどから黙って隣の湯船に浸かっている冷泉だけだろうが彼女は彼女で誰がどの役をやっても良いと思っているようだった。

「……麻子」

 

「私はそれでいいと思うぞ」

半分投げやりな回答だった。ただ、数時間で彼女の性格を理解していた愛里寿はそれに不快感は起こらなかった。むしろ冷泉の反応くらいが心地よいとさえ思えていた。

「わかった。車長やる……」

「あれ⁈麻子戦車道履修するの?」

そういえばまだ他の人には言っていなかったことに愛里寿は気づいた。試合終了後各戦車が回収されている最中愛里寿が冷泉を誘い、それに二つ返事で彼女が乗った。それを伝えていなかったのだ。

「気が変わった…さっき履修届を出してきたところだ」

 

「ふーん珍しいじゃん」

 

「戦車を動かすのも悪くなさそうだからな」

後砲撃に痺れたらしい。だけれどそれは愛里寿の予想でしかない。

「それじゃあこれからみんなで買い物行こうよ。戦車の中ちょっと殺風景すぎるし椅子も硬いからクッション買いたい」

 

「良いですね。では花でも置いてみましょうか」

 

「でしたら私もご一緒します。島田殿はどうですか?」

 

「……え、うん」

誰かと遊びに行くということがほとんどなかった愛里寿にとっては初めてのことであり急なことでもあり、頭が理解するのに少しばかりフリーズを要した。

 

 

 

 

 

 

 

一日開けた次の日。各戦車は倉庫の前に引き出されていた。

この日愛里寿は珍しく遅めに登校していた。前日年齢と世間一般を照らしわせた結果かなり遅い時間まで、武部紗織の部屋で愛里寿自身と比較してテンションが高い彼女達に半分振り回された結果寝過ごしていたのである。

それでも冷泉のように低血圧で動けないと言うわけではない分操縦士とは違いなんとか遅刻はしなくて済んだようだ。

 

「……」

流石に遅刻はしていないからか門に立つ風紀委員も何も言っては来なかった。いや、おはようくらいは言われただろうが愛里寿は軽く頭を下げただけだった。

それが気に入らないのか風紀委員が一瞬目を細めていた。少しばかり背筋が寒くなった愛里寿は小走りにその場を離れた。

 

「あれが会長の言ってた隊長?愛想悪いわね」

 

「愛想悪いのではなくて人見知りでは……」

 

「なるほどね。まあ飛び級してきているし世代もずれてる……ちょっとかわいそうに思えてきた」

実際には世間的な趣味が戦車道以外あまりない(あってもボコでは世間一般的なものとは言い難い)のが原因の一旦であった上に本人もそれを直そうとはしないのであったが園みどり子は知る余地もなかった。

 

 

 

 

「……ナニコレ」

 

 

 

そこに並んでいたのはさまざまな色に塗られた戦車だった。

真っ先に目を引いたのはM3中戦車だった。

「……ピンク」

いつのまにか隣に来ていた秋山もマジマジとカラフルに塗り替えられた戦車を見ていた。

「サハラなどで実績のある砂漠迷彩でしょうか?」

確かに砂漠迷彩にはピンク色というのも存在する。M3 に施されていたかは不明だけれどあり得ないわけではないのだ。だが塗り立てとは言っても迷彩としてはかなり異様だった。そもそも砂漠迷彩のピンクよりかなり艶が出ている。というより彩度が高かった。

「みんなで相談してピンクに決めたんですけど」

「ピンクってこれしかなかったから」

車長の澤梓と操縦手の阪口桂利奈が片付け中の塗料缶を愛里寿達に見せた。

中身が空になった塗料缶には砂漠迷彩を再現するための戦車専用塗料の文字が踊っていた。

 

 

「なので自動車部にお願いして光沢のコートを吹いてもらったんです」

その上でさらに研磨をして艶出しを行ったのだろう。鏡面仕上げとはいかないまでもかなりピカピカだ。

「だから車みたいにピカピカだったんですね」

そこまでしてしまうと迷彩色であっても隠蔽性は皆無であったが阪口の言葉で愛里寿は更に衝撃を受けることになった。

「ピカピカといえばあっちもだね」

 

「……キンキラキン」

愛里寿は唖然としていた。ここまで大胆な塗装をした戦車を戦車道では見たことがなかったからだ。一応タンクラリーなどのレース競技においてはカラフルな塗装の戦車は普通であるが愛里寿はタンクラリーはあまり知らなかった。いやタンクラリーでもこのような色はないだろう。

 

「どうよ」

38(t)はまごうことなき金色で輝いていた。黄色系の迷彩かと思いきやこれである。こちらはしっかりと鏡面仕上げをされていて輝いていた。

「成金」

 

「黄金列車ならず黄金戦車……浪漫はありますね」

 

「いやーちょっとお願いして車用の塗料使っちゃった」

その上鏡面仕上げまでしているようだった。リベットなどの出っ張りすら艶を出しているのだから一周回って感心してしまった。

「愛里寿ちゃん?」

 

「成金ヤクザ」

成金ヤクザでも精々金色の服までだろう。

「だよね……」

愛里寿の呟きに小山は苦笑いしていた。

「愛里寿ちゃんも戦車弄るんでしょー?」

干し芋を齧っていた角谷杏が毒舌評価をする愛里寿に人のこと言えないと言った。

聞けば、先に到着した武部達が色々とデコレーションをしはじめているようだった。だが昨日の買い物の時に飾るのは車内だけと決めていたため外装までは手を加えてはいなかった。

「内装……」

 

「あーなるほど」

 

「隠蔽性……無いと困る」

 

他にも幟を立てた赤と白の新撰組カラーに塗ら登りが立てられた三号突撃砲と側面に白いペンキでバレー部復活と書かれた九八式とかなり個性が出ていた。

「なんかアジ電っぽい」

八九式を見ながら漏らした呟きを車長の磯辺典子は逃さない。

「スローガンだよ。それより愛里寿ちゃんなんでそれ知ってるの?」

 

「さっき國鉄の団体交渉…テレビでやってた」

偶然朝のニュースでやっていた映像と八九式が重なったのだろう。

「そういえばそんな時期だったね」

 

「でもここ十数年アジ電は見たことないけど」

 

 

 

 

「ル・マン24耐 タンクラリー部門で昨年優勝した新選組号を再現してみたぜよ」

 

「まあ実車はCV-33って言うやつだけど」

 

「おお!確か最初にスピンしたけど中盤で持ち直したやつですね!」

エルヴィンと呼ばれていた隊長と秋山が意気投合。三突の横でオタトークが始まった。

 

「……新撰組って赤いんだ」

愛里寿の興味はそこだった。

「ダンダラは浅葱色のイメージが強いけど旗は赤だから」

 

「ちなみに実際の新撰組はダンダラより黒装束で目立たないようにしている時の方が多かったらしいぜよ」

 

「……コスプレ」

最もチーム含めて個性が暴走している三突のメンバー相手でも愛里寿は相変わらずだった。コミュニケーション能力が低い故に態度を変えるということができないだけではあるが……

 

とにかく車両が揃っているなら良いかと愛里寿も不満を言うことはなく、程なくして練習が始まった。

 

それらの多くが島田流の訓練を愛里寿がアレンジしたものだった。

基本的な隊列行動と周囲確認。さまざまな悪路を走行する練習など足回りを中心としたものだった。戦術の前にまずはまともに走り回避して撃つ事を覚えさせるのだ。

まだ射撃場の整備が終わっていないこともありその日は走り回るだけで終わってしまった。

 

 

 

 

本格的な射撃訓練が行われたのは次の日の昼過ぎであった。

 

「それで、どれくらいの距離を狙えばいいんだ?」

急ごしらえの射撃場に停車された三突とⅣ号。

「三突は待ち伏せがメインだから最低でも1000m…」

そもそも色合いが全く待ち伏せをする気がないように見えるがそれを突っ込むのは野暮だと愛里寿は判断した。それに三突の想定交戦距離を考えれば多少目立つ色でも問題は低い。

「それってどれくらい?」

 

ゆっくりと戦車を走らせる愛里寿。そしてきっちり1キロの地点で停車したⅣ号戦車。

「ん……」

インカム越しに小さく合図をした。

 

「まじか…」

小さな点のようにしか見えなくなったⅣ号を見てカエサルは頬が引きつった。

下手をすると山手線の駅間よりも長いのだ。軍オタ度に関しては秋山に次ぐ知識を持つエルヴィンでも1キロ先の目標を狙撃するのがどのようなものなのかまではわからなかった。

「撃っていい」

 

「えっと、じゃあ……」

三突が少しだけ車体を旋回させて砲をⅣ号に合わせていく。

 

 

「外れた‼︎」

 

「当たるまで……何度でも……」

インカムで三突にそう言った愛里寿に無選手席に座っていた武部がまさかと声をかけた。

「あのー…あたるまでってことは」

 

「砲弾の雨に晒されたときのための訓練。常に平常心」

無表情でそう言い切った。

鬼だ。その上三突の砲撃はⅣ号の正面装甲をも易々貫通する。訓練時はゴム製の模擬弾を使うものの、それでも当たれば衝撃が車内に伝わる。揺さぶられたり衝撃音だけでも慣れていなければ辛いものなのだ。

 

似たような状況は少し離れたところでも発生していた。

M3中戦車が38(t)と八九式の的にされていたのだった。

混線する無線が時々一年生の悲鳴を拾うが愛里寿はそれを無視した。その数秒後三突からいくつもの砲弾が降り注いだ。至近弾が車体を揺さぶり、巻き上がった土が車体にかぶさる。

「……撃ち返して良いですか?」

照準器をのぞき込みながら、五十鈴が呟いた。

「良いよ。演習用ゴム弾装填」

 

「装填よし!単射!」

 

装填を行なってから照準を絞るまで多少時間がかかる。

正面装甲に地面を跳ねた三突の砲弾が擦り装甲板にゴムの色をつけながら後ろに流れた。

 

「撃ち方初め」

五十鈴が引き金を引き、飛び出した砲弾は三突の側面をかするようにして後方へ飛んでいった。

「外しました」

 

「装填、次。狙いは良い…後は練習あるのみ」

 

その後互いに6発程の至近弾を与えたのちに、ようやく三突の砲弾が正面に直撃した。

「特殊カーボンがあるとはいえやはり衝撃は最高ですね!」

「撃たれて喜んでいるのはゆかりんだけよ」

「ボロボロになりながら戦う戦車ってかっこいいじゃないですか!ルビコンの虎とか」

「秋山……古いな」

「子供の時に一度読んだことがありますがその時点でかなりボロボロの漫画だった記憶があります」

「鋼の墓標とかおすすめですよ」

会話に入ることができずキューポラから上半身を出す愛里寿だった。

 

射撃が終わり、少ししてⅣ号の隣に三突がやってきた。

Ⅳ号の攻撃は車体上部に命中したらしく赤い塗料に黒い砲弾の跡があった。

「1000先を狙うだけでも大変だな」

そう感想を漏らしたエルヴィンだったが、愛里寿はそこに爆弾発言を落とした。

「大会に出るなら2000」

 

「二倍⁈」

流石のエルヴィンも驚いた。砲手の左衛門佐も頬が引きつっていた。

「まあ、当てるのは難しい。だから待ち伏せ状態で2000。停車3秒後の射撃は1500」

 

「お、おう……」

要点だけを伝えて愛里寿はふと思い出した。

「シュートリヒ計算……」

 

「シュートリヒ?ああ、あの三角形のやつか」

 

「さっきやってた?」

 

「いや、まだちょっと慣れてなくて感覚で合わせてた」

それでも目標との相対距離はあらかじめ分かっている。それでも照準器側で調整しなければ当たるものも当たらないのだ。

「……散布は悪くなかった。相対距離さえ正確に出せてたら3射で当てられる」

 

 

 

 

夕焼けとなった空があたりを赤く染め上げようとしている。

練習が終わり、一息ついた皆は戦車を倉庫に移動させようとしていた。Ⅳ号も例外ではなかったが、愛里寿は何かを考えているらしく、キューポラから頭を出したまま移動指示を出さなかった。

「……」

 

「麻子、麻子、ちょっといい?」

何を思いついたのか愛里寿は操縦席の方に向かった。空いたキューポラから外に出ようとしていた武部が何をしようとしているのかと興味を持つ。

 

「どうした?」

 

 

「操縦変わって欲しい……」

良い悪いの返答は無かったが、冷泉は手招きをして合図した。

「ん……」

中央を走るドライブシャフトとトランスミッションを跨いで隣の無線士席に冷泉が移り、空いたところに愛里寿が収まる。

 

 

先ほどまで動かしていたから十分エンジンは暖まっている。

クラッチをつなぎながらアクセルを踏み込みⅣ号を加速させた。開け放たれたハッチから吹き込んだ風が愛里寿の髪を後ろに流していく。急発進で車体前方が少しばかり浮き上がり、沈み込んだサスペンションが車体を揺らすように車体を水平に保とうとする。

 

「愛里寿ちゃん‼︎ぉっと!」

丁度車長席にいた武部が突然の発車に驚く。そんな彼女を他所に訓練用に設けられた段差を飛び跳ねるように勢いよくⅣ号は駆け抜けていく。コーナーをいくつか高速でパスし、穴を飛び越えていく。

「戦車操縦できたのでありますか!」

 

「半年ぶり」

操縦は半年ほどやっていなかったものも腕が落ちている訳ではないようだ。

滑らかなクラッチ操作でショックも無くギアが繋ぎかえられていく。

速度の乗ったⅣ号の車体が振り回されるコマのように回転し、車体が真後ろを向く。

 

大きく車体が揺れて傾き、ようやく停車した。

Ⅳ号は戦車壕に潜り込みようにして止められていた。

砲身の先は丁度練習用の的に向けられていた。

「……滑りやすいけど悪くない」

 

「すごいであります」

 

「……操縦楽しい」

再びアクセルを踏み込み、Ⅳ号は後ろ向きのまま戦車豪から飛び出した。

武部の悲鳴が練習場にこだましていく。

急減速と急旋回の繰り返しでコースを散々暴れたのちにⅣ号は倉庫に入っていった。心なしか愛里寿の肌は艶々としていた。対照的に武部などはぐったりと顔を青くしていた。

 

「すごい……戦車ってあんな動きできるんだ」

 

一部始終を遠巻きながら見ていた生徒会チームやM3中戦車に乗る一年生達は、戻ってきたⅣ号から降りてきた愛里寿を取り囲むように移動し始めていた。特に阪口桂利奈は今にも飛びかからんとする有様だった。

 

「……?」

 

しばらくの合間彼女は皆に操縦方法を細かく教えることになった。

 


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