もし南雲ハジメが全集中の呼吸の使い手だったら 作:籠城型・最果丸
前回はユエちゃんが、ユエさんになりました。外見年齢が十二歳から二十三歳になりました。
そして今回は(ちょっと)改造されたヒュドラとの戦いです。首の役割が一部変わってます。
アルラウネ擬きを倒してから幾日が経った。遂に俺達は深層九十九層目まで辿り着いた。俺は装備の確認と手入れにあたっていた。相変わらずユエは飽きもせずに俺の作業を見つめている。というよりも、どちらかというと作業をする俺を見るのが好きなようだ。今も、俺のすぐ隣で手元と俺を交互に見ながらまったりとしている。その表情は迷宮には似つかわしくない緩んだものだ。
ユエと出会ってからどれくらい日数が経ったのか時間感覚がないためわからないが、最近、ユエはよくこういうまったり顔というか安らぎ顔を見せる。露骨に甘えてくるようにもなった。
特に拠点で休んでいる時には必ず密着している。横になれば添い寝の如く腕に抱きつくし、座っていれば背中から抱きつく。吸血させるときは正面から抱き合う形になるのだが、終わった後も中々離れようとしない。俺の顔に自分の胸を擦り付けて満足な表情で寛ぐ。
俺とて男である。ユエの外見は二十二、三歳と随分と妖艶になった。未だ迷宮内である以上、常に緊張感をもっていることから何とか耐えてはいるが、地上に出て気が抜けた後、ユエの完全大人モードで迫られたら理性がもつ自信はあまりなかった。もたせる意味もないかもしれないが……
「ユエにも……両目に文字が刻まれているな……」
「……ハジメと同じ?」
「あぁ……左目に『上弦』と刻まれている……こんな字だ」
俺は錬成で地面に「上弦」の文字を刻む。
「ハジメの左目にも……『上弦』って刻まれてる……」
「そうか……で、右目には『弐』と刻まれている」
また錬成で「弐」と地面に描く。
「『弐』?」
「一、二と数える時の弐だ」
「ハジメのには……別の字が刻まれてる……こんな感じに……」
ユエが地面を指でなぞって見様見真似で文字を書く。初めての漢字、意外に綺麗だった。
「これは……『壱』だな」
俺とユエの両目に刻まれた文字で位を表すならば、俺は「上弦の壱」、ユエは「上弦の弐」だろうか。現時点では二人の実力にあまり差は無い。しかし、いずれ差が生まれることだろう。
そして再び作業に戻る。ユエは文字の消えた普通の目でハジメを見る。
「ハジメ……いつもより慎重……」
「うん? ああ、次で百階だからな。もしかしたら何かあるかもしれないと思ってな。一般に認識されている上の迷宮も百階だと言われていたから……まぁ念のためだ」
俺達がいる【オルクス大迷宮】は、既に通常のものではなかった。奈落に落ちた時の感覚と、各階層を踏破してきた感覚からいえば、通常の迷宮の遥かに地下であるのは確実だ。
剣技、呼吸、魔法、錬成、そして血鬼術。いずれも相当磨きをかけたという自負が俺にはあった。そうそう、簡単にやられはしないだろう。しかし、そのような実力とは関係なくあっさり致命傷を与えてくるのが迷宮。
故に、出来る時に出来る限りの準備をしておく。
ちなみに、俺が〝鬼化〟と呼んでいた技能は正確には〝鬼人化〟だった。〝鬼人化〟とは、発動時にステータスを大きく上昇させ、自身の魔力を血に込めて〝血鬼術〟を発動させることができるようになる技能である。
鬼人状態で陽光に晒されても焼けることは無い。寧ろ長期間浴びなければ弱体化してしまう。よって、現在の鬼人化した時の俺は初めて鬼人化した時より大分弱くなっている。まぁ鬼人化前でもそこそこ強いという自負はあるのであまり気にしないが。
しばらくして、全ての準備を終えた俺とユエは、階下へと続く階段へと向かった。
その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。
俺達はしばらく警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。
「……これはまた凄いな。もしかして……」
「……反逆者の住処?」
正にラスボス戦の舞台である。本能が叫ぶ。この先はヤバいと。ユエも同じように感じているようで、うっすらと額に汗を浮かべている。
「なら、ここを突破すれば漸く安らぎが得られるということだな」
たとえ何が待ち受けていようと、止まることも後戻りも許されない。
「……んっ!」
ユエも覚悟を決めた表情で扉を睨みつける。
そして、二人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。
その瞬間、べべんという音が響き、一辺三十メートル程の障子が天井に現れ、開いた。
「今まで戦ったどの魔物よりも大きいぞこれは……」
「……大丈夫……私達、負けない……」
流石の俺も冷や汗が浮かんできた。対するユエは決然とした表情を崩さず俺の腕をギュッと掴んだ。
ユエの言葉に「そうだな」と頷き、苦笑いを浮かべながら俺も障子を睨みつける。
障子の向こうから、〝それ〟は姿を現した。
体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と数字の刻まれた赤黒い眼を持った化け物。例えるとするなら、神話の怪物としても名高いヒュドラである。赤頭の眼には「壱」、青頭には「弐」、緑頭には「参」、黄頭には「肆」、黒頭には「伍」、白頭には「陸」と刻まれている。そして俺はここに来て初めて、背筋がひやりとした。
化け物には心臓が五つ、脳が七つあった。
「「「「「「グルゥァアアアアアア!!」」」」」」
不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光が俺達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気が俺達に叩きつけられた。
それと同時に赤い頭が顎門を大きく開いて火炎放射を放った。炎の壁というに相応しい規模である。
俺とユエは同時にその場を左右に飛び退き反撃を開始する。鬼突滅哭が炎の一部を巻き取り、攻撃力を底上げする。
「炎の呼吸 壱ノ型 不知火」
横への一撃は、巨大な赤頭の頸を一撃で骨ごと断った。
まずは一つ、と次の狙いを定めていると、突然メキメキと生々しい音がした。音のする方向を向くと、先程斬った赤頭が再生していくではないか。俺がその様を見ている隙に、白頭が口から雷撃を放った。
「岩の呼吸 参ノ型 岩躯の膚」
刀を自分の周りで振り回し、雷撃を掻き消した。
俺に少し遅れてユエの氷弾が緑の文様がある頭を吹き飛ばしたが、同じように再生してしまった。恐らく他の頭を斬っても再生するだろう。
ならば、頭を全て潰してしまえばどうだろうか。
俺は〝思考共有〟でユエに伝える。
『ユエ、全ての頭を同時に潰すぞ。そうすれば倒せるかもしれない』
『んっ!』
青い文様の頭が口から散弾のように氷の礫を吐き出し、それを回避しながら俺とユエが頭を全て潰しにかかる。
「月の呼吸 拾伍ノ型 氷輪・酷死望」
「〝緋槍〟!」
五つに分かれた斬撃と燃え盛る槍が全ての頭に迫る。しかし、直撃かと思われた瞬間、黄色の文様の頭がサッと射線に入りその頭を一瞬で肥大化させた。そして淡く黄色に輝き俺の五叉の斬撃もユエの〝緋槍〟も受け止めてしまった。衝撃と爆炎の後には無傷の黄頭が平然とそこにいて俺達を睥睨している。
「盾役もいるのか……益々厄介なことこの上ない」
俺は化け物の頭上に飛び上がる。
「風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風」
剣技で発生させた斬撃を、風魔法で強化して放つ。ユエも合わせて〝緋槍〟を連発する。ユエの〝蒼天〟なら一気に頭を消し飛ばせるかもしれないが、最上級を使うと一発でユエは行動不能になる。吸血させれば直ぐに回復するが、その隙を他の頭が許してくれるとは思えなかった。せめて半数は減らさないと最上級は使えない。
黄頭は、俺とユエの攻撃を尽く受け止める。だが、流石に今度は無傷とはいかなかったのかあちこち傷ついていた。
しかしそれも瞬きをする間に癒えてしまう。
「日の呼吸 円舞」
すかさず白頭を刎ね飛ばす。勿論これも再生してしまうのだが、先程よりは治る速度が遅くなった気がした。
「ユエ、俺が日の呼吸で頸を何本か落とすから、残りはお前が…」
「いやぁああああ!!!」
突然ユエの絶叫が響いた。
「!? ユエ!」
咄嗟にユエに駆け寄ろうとするが、それを邪魔するように赤頭と緑頭が炎弾と風刃を無数に放ってくる。
(一体何が……待てよ、そういえば黒頭はまだ何も攻撃を仕掛けてない……いや、もし既に何かしているとしたら……!?)
「水の呼吸 拾壱ノ型 凪」
俺は凪で攻撃を掻き消しながら一気に黒頭との間合いを詰める。
「日の呼吸 烈日紅鏡」
黒首を二度斬りつけ、黒頭を落とした。同時に、ユエがくたりと倒れ込んだ。その顔は遠目に青ざめているのがわかる。そのユエを喰らおうというのか青頭が大口を開けながら長い首を伸ばしユエに迫っていく。
「雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷」
青頭の真下から斬り上げ、青頭を宙に舞わせる。
「錬成!!」
化け物の真下に大穴を開けてそこに落とす。更に、棘を突き刺して身動きをしばらく封じた。その隙に俺はユエを抱きかかえて柱の影に隠れた。
「おい! ユエ! しっかりしろ!」
「……」
俺の呼びかけにも反応せず、青ざめた表情でガタガタと震えるユエ。ペシペシとユエの頬を叩く。〝念話〟でも激しく呼びかけ、神水も飲ませる。しばらくすると虚ろだったユエの瞳に光が宿り始めた。
「ユエ!」
「……ハジメ?」
「そうだ。大丈夫だったか? 一体何をされた?」
パチパチと瞬きしながらユエは俺の存在を確認するように、俺のよりも少し大きなその手を伸ばしハジメの顔に触れる。それでようやく俺がそこにいると実感したのか安堵の吐息を漏らし目の端に涙を溜め始めた。
「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」
「どういうことだ?」
ユエの様子に困惑する俺。ユエ曰く、突然、強烈な不安感に襲われ気がつけば俺に見捨てられて再び封印される光景が頭いっぱいに広がっていたという。そして、何も考えられなくなり恐怖に縛られて動けなくなったと。
「精神攻撃か……かなりの強敵だな」
「……ハジメ」
ユエは不安そうな瞳を向ける。よほど恐ろしい光景だったのだろう。俺に見捨てられるというのは。何せ自分を三百年の封印から命懸けで解き放ってくれた人物であり、吸血鬼と知っても変わらず接してくれるどころか、日々の吸血までさせてくれるのだ。心許すのも仕方ないだろう。
そして、ユエにとっては俺の隣が唯一の居場所だ。一緒に俺の故郷に行くという約束がどれほど嬉しかったか。再び一人になるなんて想像もしたくない。そのため、植えつけられた悪夢はこびりついて離れず、ユエを蝕む。ヒュドラが混乱から回復した気配に俺は立ち上がるが、ユエは、そんな俺の服の裾を思わず掴んで引き止めてしまった。
「……私……」
泣きそうな不安そうな表情で震えるユエ。俺は何となくユエの見た悪夢から、今ユエが何を思っているのか感じ取った。そして、普段からの態度でユエの気持ちも察している。そもそも俺は仲間を見捨てるという行為自体に異様な嫌悪感を向けている。
慰めの言葉でも掛けるべきなのだろうが、今は時間がない。それに生半可な言葉では、再度黒頭の餌食だろう。俺がやられる可能性もあるのだから、その時はユエにフォローしてもらわねばならない。
言葉で伝えるのが無理ならば、行動で示すしかない。
「ユエ……立て」
俺は頭を掻きながらユエを立たせる。
「? ……!?」
いきなり立たされて首を傾げるユエを、俺は抱き寄せてキスをした。
ほんの少し触れさせるだけのものだが、ユエの反応は劇的だった。マジマジと俺を見つめる。物凄く麗しい。
俺は羞恥心より目線を逸らす。
「まずは奴を倒す……そして、地上に出て……一緒に暮らそう……一生な」
「んっ!」
ユエは綺麗な笑みを浮かべた。瞳には「上弦」、「弐」の文字が刻まれていた。
「ユエ、今から奴の頭を一度に全て潰す。援護を頼む」
「……任せて!」
いつもより断然やる気に溢れているユエ。静かな呟くような口調が崩れ覇気に溢れた応答だ。先程までの不安が根こそぎ吹き飛んだようである。
どうやら色々吹っ切れてしまったようだ。普段からの俺に対する甘えっぷりを思い出し、今後のことを思うと、ちょっと早まったかもしれないと俺は頬を引き攣らせた。だが、化け物はリア充爆発しろ! と言わんばかりに咆哮を上げ、俺達のいる場所に炎弾やら風刃やら氷弾やらを撃ち込んできた。
俺達は一気に柱の陰から飛び出し、反撃に出た。
「血鬼術 粉凍り」
何とユエは魔法ではなく血鬼術を使った。いや、血鬼術も魔法の一種なのだが。周囲がひやりとする。ちなみに、俺の使う月の呼吸もベースは血鬼術だ。
「……吸ったらダメ」
ユエは化け物を指差しながら言う。その化け物は吐血していた。肺を見ると、肺胞が凍りついて壊死していた。これで赤頭、青頭、緑頭、白頭はしばらく魔法を使えまい。だが俺は吸っても平気なようだ。
「日の呼吸」
俺は化け物に飛び掛かり、刀を灼熱の龍の如く振るう。が、黄頭に再び阻まれる。黄頭が咆哮を上げると、近くの柱が波打ち、変形して即席の盾になった。サソリの劣化版といった能力だ。
「陽華突」
俺はそれを一突きで穿ち抜く。盾の向こうで、黒頭が俺を睨む。
瞬間、胸中に不安が湧きあがり、地上に出た後ユエが俺に向かって魔法を撃つ光景が見えた。俺も心中の何処かで、「仲間の裏切り」を恐れていたのかもしれない。
だが、その苦しみには余裕で耐えられた。今更味わった所でどうということは無い。
「烈日紅鏡」
再びこの技で黒頭を斬り落とす。再生速度を落とされながらもなお再生しようとするが、俺は更に追い討ちとばかりに黒い首を斬り刻む。
黒首はずたずたに引き裂かれていた。これなら再生に時間が掛かるだろう。
俺は残りの頭を狙う。次の標的は、黄頭だ。
黄頭は魔力操作で〝金剛〟らしき魔法を発動させ、自身の防御力を上昇させた。硬さを大きく上げた頭が俺に向かってくる。
俺はそれを跳び越え、頸の中程へと重力に引き寄せられる。
「日の呼吸」
天に円を描くこの技で、硬さを増した頸を両断する。
「碧羅の天」
その刃は、まず鱗を打ち砕き、次に肉を斬り裂く。そして最後に骨を断った。その後すかさず切り口を岩の呼吸で潰した。
白頭が俺を狙うが、雷撃を放つよりも先に俺が反応した。
「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」
白頭は一瞬、自分が斬られたことに気づいていなかったようだ。これで頭は半分潰した。急いで残りも潰さなければまた最初からやり直しだ。
「ユエ! 魔法を撃て! 強力な一撃を、奴に叩き込め!!」
「んっ!」
ユエは残りの頸を焼き尽くさんと強力な上位魔法を撃ち込む。
「〝天灼〟」
かつての吸血姫。その天性の才能に同族までもが恐れをなし奈落に封印した存在。その力が、己と敵対した事への天罰だとでも言うかのように降り注ぐ。
三つの頭の周囲に六つの放電する雷球が取り囲む様に空中を漂ったかと思うと、次の瞬間、それぞれの球体が結びつくように放電を互いに伸ばしてつながり、その中央に巨大な雷球を作り出した。
中央の雷球は弾けると六つの雷球で囲まれた範囲内に絶大な威力の雷撃を撒き散らした。三つの頭が逃げ出そうとするが、まるで壁でもあるかのように雷球で囲まれた範囲を抜け出せない。天より降り注ぐ神の怒りの如く、轟音と閃光が広大な空間を満たす。
そして、十秒以上続いた最上級魔法に為すすべもなく、三つの頭は断末魔の悲鳴を上げながら遂に消し炭となった。
いつもの如くユエがペタリと座り込む。魔力枯渇で荒い息を吐きながら、無表情ではあるが満足気な光を瞳に宿し、俺に向けてサムズアップした。俺も頬を緩めながらサムズアップで返す。シュラーゲンを担ぎ直しヒュドラの僅かに残った胴体部分の残骸に背を向けユエの下へ行こうと歩みだした。
だが、その直後、俺は脳がまだ一つ残っていたことを思い出した。
「ハジメ!」
そしてそれは、ユエの切羽詰まった叫び声と共に現実となる。
「グルゥァアアアアアア!!!!」
七つ目の、銀色に輝く頭が、メキメキと音を立てて姿を現す。そして俺……ではなくユエを狙って極光を放った。予備動作すら無かったので反応が一瞬遅れた。極光は無慈悲にも魔力枯渇で動けないユエに瞬く間に迫る。
極光がユエを消し飛ばす前に、俺は再び立ち塞がることができた。が、しかし、俺は極光に包まれた。ユエはどうなった? ちゃんと守れただろうか。
極光が収まると同時に、俺はユエの方に振り向く。先程の衝撃で吹き飛ばされたようだが、命に別状はないようだ。
「ハジメ……!」
ユエの悲痛そうな声が響く。自分の体を見てみると、全身の至る所から出血していた。肋と背骨が露出していた。右腕は千切れかけ、左腕は手首から先が無くなっていた。顔の右半分は消し飛んでいた。
(くそっ…くそっ、くそォオ!! 死ぬ!! 体が少しずつ崩れていく。止められない……!)
鬼人化しても体が再生しないのは初めてだった。それほどまで俺は弱くなっていたのか?
「ハジメ!」
ユエが焦燥に駆られるまま痛む体を無視して駆け寄ろうとする。しかし、魔力枯渇で力が入らず転倒してしまった。もどかしい気持ちを押し殺して薬水を取り出すと一気に飲み干す。少し活力が戻り、立ち上がって俺の下へ今度こそ駆け寄った。
鬼突滅哭が無ければ即死していたかもしれない。だが肝心のそれは刀身がもう五分の一しか残ってない。もし先程の攻撃を回避し損ねれば、今度こそ死ぬ。
ユエは急いで薬水を飲ませようとするが、そんな時間を化け物が待つはずもない。今度は直径十センチ程の光弾を無数に撃ちだしてきた。まるでガトリングの掃射のような激しさだ。
ユエは俺を抱えると、力を振り絞ってその場を離脱し柱の影に隠れる。柱を削るように光弾が次々と撃ち込まれていく。一分も持たないだろう。光弾の一つ一つに恐ろしい程のエネルギーが込められている。
ユエは急いで薬水を俺の傷口に降り掛け、もう一本も飲ませようとする。だが、俺には飲み込む力すら残されていなかった。むせて吐き出してしまった。ユエは自分の口に薬水を含むと、そのまま俺に口付けした。むせる俺を押さえつけて無理矢理飲ませた。
すると、出血が止まった。それと同時に体の崩壊も止まり、再生が始まる。だが、再生速度は極端に遅くなっていた。まるで何かに阻害されているようだ。
「どうして!?」
ユエは半ばパニックになりながら、手持ちの薬水をありったけ取り出した。
ユエが何とか俺の傷を治そうと手を尽くしている中、俺は走馬灯を見ていた。
『ならば、鬼になれば良いではないか』
城の天守閣に、男が座り込んでいた。顔は病人みたいに青白く、今にも死んでしまいそうな姿をしていた。
『鬼となれば、無限の
「何だ…この記憶は……」
男は
『お前は技を極めたい。私は呼吸とやらを使える剣士を鬼にしてみたい。どうだ? お前は選ぶことができるのだ。他の剣士とは違う』
『よかろう。お前を鬼にしてやる。精々私の為に役に立つことだな』
そして両手の血を飲み干した。
「ぐっ……ガァァ………!!」
体中が痛い。まるで魔物の肉を喰った時と同じだ。
『心身共に鬼となった暁には、この名を名乗るが良い』
あまりの激痛に意識が朦朧としている中、男の声が響く。男は
『……「黒死牟」とな』
次に意識が覚醒した時、俺はユエの前に立ちはだかっていた。
「ハジメ!」
いきなりユエに抱きつかれた。体の傷はすっかり癒えていた。化け物は頸を全て再生させていた。一瞬で再生した俺に臆することなく問答無用で光弾を放った。
「ハジメ、逃げて!」
ユエが必死に叫ぶ。だが、今の俺には届かなかった。
「月の呼吸 陸ノ型 常夜孤月・無間」
縦方向に無数の斬撃を放ち、光弾を相殺する。
「拾弐ノ型 斜月燈籠・叢雲」
俺はその場から一歩も動かずに化け物の背後を斬りつけた。
「漆ノ型 厄鏡・月映え」
複数方向に地を這う斬撃を放つ。五つの斬撃は化け物を斬り裂く。化け物は他の型で斬った時と同じ速度で傷を治してみせた。
「玖ノ型 降り月・連面」
上から斬撃を五月雨のように降らせ、頸を七つ全て斬り落とした。が、化け物は何事もなかったかのように頸を再生させる。
(やはり日の呼吸でなければだめか)
俺は刀の柄を強く握った。刀身はほとんど失われた刀で、俺は化け物に立ち向かう。
「日の呼吸」
俺は勢いよく化け物に向かって飛び出した。
(頸を全て斬っても死なないのならば、再生できない程斬り刻むのみ!)
「円舞」
最初の一撃で赤頭を斬った。
「烈日紅鏡」
次に黒頭を斬り落とす。
「日暈の龍・頭舞い」
青と緑の頭を切り裂く。黄頭が迫ってくる。
「幻日虹」
それを躱し、「碧羅の天」で両断した。
白頭は半ばやけくそ気味に雷撃を放つ。
「灼骨炎陽」
太陽を描くように刀を振るって相殺する。
銀頭は再び極光を放つ。が、今度は上に跳んで避けた。
「斜陽転身」
背後から銀頭を斬り落とした。この頭だけ、他の頭より硬かった。
「飛輪陽炎」
白頭は避けようとしたが、目測を見誤って斬られた。
「輝輝恩光」
化け物の胸部を大きく抉った。傷口からは心臓が五つ、ドクンと脈打っていた。
「陽華突」
心臓の一つを貫く。
「火車」
もう一つを両断する。
「炎舞」
二連撃で心臓を二つ斬った。
「円舞」
〝円舞〟と〝炎舞〟が繋がり、また十二つの型が繋がっていく。それを延々と繰り返し、円環を成した。〝円舞〟と〝炎舞〟が繋がるたびに化け物の体はどんどん削れていった。
頸を全て斬っても死なないこの化け物を確実に倒せる、唯一の手段。日の呼吸の十二つの型を繋げて円環を成す、十三つ目の型。
化け物は拾参ノ型を前に、再生する間もなく敗れ去ったのだった……
オリジナル技紹介
月の呼吸 拾弐ノ型 斜月燈籠・叢雲
その場から動く事無く敵の背後を斬りつける。血鬼術無しで出そうと思ったら敵を飛び越して背後に回り込み、天地を入れ替えた状態で斬る。
月の呼吸 拾伍ノ型 氷輪・酷死望
斬撃が途中で複数に分かれる。一撃目を敢えて避けさせてから枝分かれさせて不意打ちを叩きこむことも可能。血鬼術無しなら体を捩じって天に円を描くように刀を振るう。
「「よっ」」
ユエ「あの時のハジメ、まるで別人のようだった……」
ハジメ「俺も自分が自分で無くなっていたような気がしていた」
ユエ「腕が六本くらいないと、誰もハジメには敵わない」
ハジメ(天守閣に座っていたあの男……一体何者なのだろうか……)
ユエ「ハジメ?」
ハジメ「あっ、何でもない。それよりも、俺達の両目に刻まれた数字、何処まで続くのだろうか」
ユエ「六まで続くんじゃない?」
ハジメ「陸か……それ以降はかなり面倒だな……」
ユエ「もう直ぐ三が来そうな予感が……」
ハジメ(『黒死牟』か……娑婆で一回名乗ってみよっかな…)
ユエ「次回 第十二話 最奥の城」
ハジメ「しまった…トータスこそこそ噂話をするスペースが無くなってしまった」
ユエ「むぅ……」
つづく
神域にて。
???「ふむ………なかなか面白そうな手駒達を見つけたぞ。治癒師の女はかれこれ五日程眠り込んでおる……む? あの女、見事なまでにどす黒い欲望を抱えておるな。どれ、少し弄ってみるとしよう」
金髪の男性が千里眼で少女二人を見ている。
???「さぁ、我に力を貸し給え。鬼舞辻無惨、貴殿の力の源は何処にあらん」
千里眼で映し出されたのは、自害したハジメの遺体が埋められた墓地。墓石の傍には、陽光に照らされ輝く空のように青い彼岸花が生えていた。
???「あの人の子とは到底思えぬ化け物は、もう居らぬ」
青い彼岸花を見据えて薄っすらと微笑む男――エヒトは片手を伸ばした。
つづく
誰を鬼にしてほしいですか?(事前に決まってるけどアンケート次第でもしかしたら変わるかも)
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勇者(笑)
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死山(檜山)
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雫
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恵里
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幸利
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香織