もし南雲ハジメが全集中の呼吸の使い手だったら 作:籠城型・最果丸
ハジメ君が更にとんでもねえことになりました……
とうとう彼のメインヒロイン登場です。
その空間を一言で言えば、不気味であった。
脇道の突き当りにある開けた場所には、高さが三メートル程の装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していた。
最初にこの空間に足を踏み入れた時、背筋がひやりとした。扉の向こうには明らかに強大な魔力の塊があった。だが、これは漸く姿を見せた〝変化〟だった。
あの扉を開けば、戦闘は避けられないだろう。だが、一向に終わりの見えない迷宮攻略に新たな風が吹こうとしていた。
「さながらパンドラの箱か。一体何が入ってるんだろうな?」
今持てる武器と戦闘術、そして技能。それらを一つ一つ確認してコンディションを万全に整えていく。全ての準備を終えた所で、俺は刀を抜き、構えた。
「俺は必ず生きて地球に戻る。父さんと母さんの待つ家に生きて帰る。それだけだ」
今の所は、な。邪魔をする奴は誰だろうと許さん。
特に何事もなく扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。
「座学に力を入れて来たつもりだったけど、何もわからないとはどういうことだ?」
魔法陣の式を全く読み取れない。そんなことは有り得ない。読み方が失われてしまう程長い年月が経ちでもしない限り。
全く解読できないので、いつも通り錬成で無理矢理こじ開けることにした。
押しても引いてもビクともしなかった扉を、錬成で穴を開けて道を作る。俺は左手で扉に触れ、錬成を開始した。
しかし、俺の錬成は弾かれた。
扉から赤い稲妻が迸り、俺の手を弾き飛ばした。掌からは煙が吹き上がっているが、薬水があるので問題はない。その直後に異変は起こった。
突然野太い雄叫びが上がり、部屋中に響き渡った。
扉から離れると、扉の両側に彫られていた一つ目の巨人が動き出した。
灰色だった体は暗緑色になり、四メートルの大剣を構えて俺を睨む。
(この扉を守るガーディアンの役目を与えられていたのか)
だが、俺の敵ではなかった。
「全集中 水の呼吸」
二体の巨人目掛けて俺は飛び掛かった。タウル鉱石の黒い刀身が、淀みの無い軌道で斬撃を繋ぐ。
「肆ノ型 打ち潮」
二体の頸は容易く斬り落とされた……と思いきや、体が一瞬発光し、刃が弾かれた。
「固有魔法か。中々厄介だな」
さっきので威力が足りないなら、より威力の高い型で攻撃するのみ。
「炎の呼吸 壱ノ型」
右の巨人が大剣を振り下ろす。透き通る世界を会得した俺には避けるのは簡単だった。
「不知火」
またしても斬り落とすまでは行かなかったが、傷跡は付いた。
(何か…弱点、急所は……)
巨人の単眼を見て、俺は作戦を思いつく。
水の呼吸・肆ノ型で攻撃する前に体が一瞬発光したが、目は発光していなかった気がする。ならば、眼球は他の部位と比べて脆いはず。
「全集中 水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き」
水の呼吸最速の突き技で、巨人の単眼を穿ち抜く。読みは当たっていたようで、巨人は目を抑えて怯んだ。
(やるなら今のうちだ…!!)
再び突きの構えを取る。今度は片手ではなく両手で刀を持つ。
「日の呼吸 陽華突」
喉笛目掛けて突きを繰り出した。
が…
バキッ!
刀が…折れた。折れた刀に気を取られて、もう一体の攻撃を避けられなかった。
「がっ……!」
大剣で部屋の向こうまで吹き飛ばされる。
「どうやら…ここが人としての俺の限界のようだ……」
五十階層にて早くも己の限界を悟った俺は、皮と一緒に剥ぎ取った肉を喰った。直後、心臓が脈打ち、体に激痛が走る。
魔物の肉を常人が喰らえば、肉に含まれる魔力で体が崩壊してしまうのだが、どうやら俺は特異体質のようだった。
「ゴオオオオオ………ホオオオオオ」
俺の体に変化が起こった。以前にも増して力が漲る。呼吸の音が変わった。そして何より……
「視界が広がった…」
まるで
「全集中 月の呼吸」
俺は折れた刀を持って、巨人の前に立つ。
「壱ノ型 闇月・宵の宮」
巨人の片腕をいとも容易く斬り落としてやった。
「どうした…? もう終わりか……?」
巨人は明らかに俺を恐れていた。
「その程度か?」
俺は刀を大きく円を描くように振るった。
「月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月」
複数の巨大な丸鋸型の刃が、巨人を無慈悲にも切り裂いた。
魔物の肉を喰らってから、異能の力に目覚めた。剣術が大幅に強化されるどころか、その気になれば刀など必要なかっただろう。
そして再び心臓は脈打つ。広がった視界は元に戻った。
「今のは何だったんだ?
一時的にステータスが強化された時、俺は自分が人ではなくなったような感覚がした。魔物の肉を更に欲した。これではまるで人喰い…いや、魔物喰いの鬼ではないか。
「………まぁ、いいか。勝てたんだから」
俺はこれ以上考えるのを止めた。そして、扉の窪みを見て少し思案する。
「魔石が嵌りそうだな」
二体の巨人を解体して魔石を取り出し、扉の窪みに嵌めた。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸り魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。
扉の奥にいる存在を警戒しつつ、ゆっくりと扉を開いた。
そこは光一つ無い、暗闇が広がっていた。
中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。
その立方体を注視していると、何か光るものが生えているのが見えた。そして、それは俺に気づいたのか擦れた、弱々しい声で話しかけた。
「……だれ?」
それがユラユラと動き、差し込んだ光でそれが何なのかはっきりと分かった。
「こんな所に人がいるとは……」
上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。
これは予想外だった。紅の瞳の女の子も、俺をジッと凝視していた。そのまま通り過ぎようと思ったが、それよりも興味が勝った。
「おい、お前」
俺は取り敢えずその女の子に声を掛けてみた。
「ここで何をしている?」
問い掛けながら、俺は女の子に歩み寄る。
「こんな奈落の底の底で、どうして封印されている?」
明らかに訳ありだ。見た所封印以外何もないようだし、とても脱出には役に立ちそうにない。
「……」
声が出ない程に衰弱している。体も痩せていた。解放した所で、俺の脅威とはならないだろう。
「わ…私……」
「ん?」
「裏切られた……だけ……」
〝裏切られた〟。その言葉に俺の心は揺さぶられた。
誰かを俺が殺している場面が浮かび上がる。名前は分からないが、俺に悪意を持っていたことは憶えている。
「裏切られた、か……その裏切った奴は、どうしてお前をここに封印した?」
豊かだが薄汚れた金髪の間から除く紅眼で俺を見つめる。やがて、細々と理由を話した。
「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」
「どこかの国の王族だったのか?」
「……(コクコク)」
「殺せないってなんだ?」
「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」
「……そいつは凄まじいな。……すごい力とはそれか?」
「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」
「…ほう」
成程、波乱万丈な境遇だな。
俺も魔力を直接扱えるから詠唱は要らない。属性適正も五つあるから巨大な魔法陣も必要ない。
だが、この女の子のように魔法適性があれば反則的な力を発揮できるのだろう。何せ、周りがチンタラと詠唱やら魔法陣やら準備している間にバカスカボカスカ魔法を撃てるのだから、ハッキリ言って勝負にならない。しかも、不死身と来た。おそらく絶対的なものではないだろうが、チートであることに変わりはない。
「……たすけて……」
ポツリと女の子が懇願する。
「………」
俺は女の子を見つめた。女の子も俺を見つめる。
「……お前もここから出たいのか?」
女の子はコクコクと頷く。
「そうか。ならば……」
俺は再び先程の強化をする。鬼がかったように強くなったので取り敢えず〝鬼化〟と呼ぶことにした。
「……瞳に……模様みたいなのが……後他にも……顔の痣? みたいなのが増えて……」
女の子曰く、今の俺の両目には模様が刻まれているらしい。更に、鬼化前は左額に炎のような痣があるのだが、鬼化後は右頬にも似たような痣が発現するらしい。
「俺の体もまだまだ分からないことだらけだな」
俺は立方体に手を置いた。
「あっ」
女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。俺はそれを無視して錬成を始めた。
魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや血のように濃い紅色の魔力が放電するように迸る。
「……全く通じないわけではないが、通りが悪すぎるな……」
立方体が俺の魔力に抵抗して錬成を弾く。だが、完全には防げないようで、俺の魔力が少しずつ侵食するように立方体に迫っていく。そして、魔力を五節分流した所で、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。
それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。
(おいおい。まだ半分しか流してないぞ? 脆くないか? この立方体)
対する俺は鬼化を解いても全く息が上がっていない。力を抜いてだらりと下がった俺の手を、女の子がギュッと握った。弱々しい、力のない手だ。小さくて、ふるふると震えている。
女の子は真っ直ぐ俺を見つめていた。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。
そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。
「……ありがとう」
その言葉を贈られた時の心情をどう表現すべきか、俺は解らなかった。ただ、決して消えない微かな灯火が心に宿ったような気がした。
繋がった手はギュッと握られたままだ。いったいどれだけの間、ここにいたのだろうか。吸血鬼族は数百年前に滅んだ。歴史書にも書かれている。ならば、吸血鬼が滅びてからずっとここに囚われていたのだろうか。
話している間も彼女の表情は動かなかった。それはつまり、声の出し方、表情の出し方を忘れるほど長い間、たった一人、この暗闇で孤独な時間を過ごしたということだ。
しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られて。よく発狂しなかったものだ。もしかすると先ほど言っていた自動再生のせいかもしれない。だとすれば、それは逆に拷問だっただろう。狂うことすら許されなかったということなのだから。俺はクラスメイトについて記憶がほとんど無いから裏切られた時の心情はもう分からない。
俺は腕に力を入れて握り返す。女の子はそれにピクンと反応すると、再びギュギュと握り返してきた。
「……名前、なに?」
そう言えば、互いに名乗って無かったな。
「ハジメ……南雲ハジメという。お前は?」
女の子は「ハジメ、ハジメ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したように俺にお願いをした。
「……名前、付けて」
「付けてって……どうした? 名前を忘れたのか? それとも、前の名前は嫌いか?」
「もう、前の名前はいらない。……ハジメの付けた名前がいい」
「そうか……」
この女の子は変わろうとしている。その一歩が新しい名前なのだろう。
「なら〝
「ユエ? ……ユエ……ユエ……」
「ユエというのは、俺の故郷……俺が住んでいた国の西にある国(中国のこと)の言葉で〝月〟を表す言葉だ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」
思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、女の子がパチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。
「……んっ。今日からユエ。ありがとう」
「そうか。気に入ったのか…」
俺は着ていた羽織を脱いでユエに渡す。
「これを着ろ。少しは暖かくなるだろう」
ユエは一瞬で顔が赤くなり、羽織をギュッと抱き寄せ上目遣いでポツリと呟いた。
「ハジメのエッチ」
「……」
こういう時は何かを言った瞬間墓穴を掘ることになる。だから俺は何も言わない。ユエはいそいそと外套を羽織る。ユエの身長は百四十センチ位しかないのでぶかぶかだ。一生懸命裾を折っている姿が微笑ましい。
その間、〝気配感知〟で索敵する。俺は背筋がひやりとした。明らかに強力な魔物の気配がすぐ傍からする。場所は……俺達の真上だった。
俺は咄嗟にユエを抱きかかえ、全力でその場から飛び退いた。直後、気配の主が地響きを立てて姿を現した。
その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。まるでサソリのようだ。明らかに今までの魔物とは一線を画した強者の気配を感じる。
部屋に入った直後は全開だった〝気配感知〟ではなんの反応も捉えられなかった。だが、今は〝気配感知〟でしっかり捉えている。
ということは、少なくともこのサソリモドキは、ユエの封印を解いた後に出てきたということだ。つまり、ユエを逃がさないための最後の仕掛けなのだろう。それは取りも直さず、ユエを置いていけば俺だけなら逃げられる可能性があるということだ。
(どうする? 刀はさっき折れてしまった。作り直している時間など無い……)
腕の中のユエをチラリと見る。彼女は、サソリモドキになど目もくれず一心に俺を見ていた。凪いだ水面のように静かな、覚悟を決めた瞳。その瞳が何よりも雄弁に彼女の意思を伝えていた。
(そうだ。俺には奥の手が二つあるじゃないか。一応今使える全ての呼吸を試して、通じなければ日と月を使う)
それでも通じなければ、鬼化して直接叩くしかない。
「ユエ。これを飲め」
ポーチから薬水を取り出し、ユエに飲ませる。石の小瓶から薬水がユエの体内に流れ込む。ユエは衰え切った体に活力が戻ってくる感覚に驚いたように目を見開いた。
「そこから動くな」
俺はユエを安全な場所まで運ぶ。
「おい、そこのサソリ。彼女を倒したくば、まず俺から倒せ」
サソリの敵視は取れた。ユエに向かないうちに仕留めるのみ。
「風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐」
体を捩じり、斜め下からサソリの頭を斬り上げる。刀身が短い分、威力も落ちているようだ。だが、それでも切り傷を付けるには十分の威力だ。
「風の呼吸 漆ノ型 勁風・天狗風」
四本の鋏を俺は透き通る世界で躱し、カウンターだと言わんばかりに鋏に攻撃を仕掛けていく。だが、外殻が異常に硬く、僅かな傷しか付けられなかった。
サソリは俺の攻撃が自分に通用しないと気づいたのか、尻尾の針から散弾針を飛ばす。
「炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり」
刀身は折れているが、噴き出る炎が散弾針を燃やし尽くす。更に、背中を斬りつけようと飛び上がる。
「水の呼吸 弐ノ型 水車」
またしてもわずかに切り傷を付ける程度。どうすべきかと、俺が思考を一瞬サソリから逸した直後、今までにないサソリの絶叫が響き渡った。
その叫びを聞いて、全身を悪寒が駆け巡り、咄嗟に〝縮地〟で距離をとろうとする俺だったが……既に遅かった。
絶叫が空間に響き渡ると同時に、突如、周囲の地面が波打ち、轟音を響かせながら円錐状の刺が無数に突き出してきたのだ。
「不味い、油断した……!」
必死に空中に逃れようとするが、背後から迫る円錐の刺に気がつき、それを躱したが、そんな俺に、散弾針と溶解液の尻尾がピタリと照準されているのが視界の端に見えた。
次の瞬間、両尻尾から散弾針と溶解液が空中の標的を撃墜すべく発射された。
「日の呼吸 幻日虹」
どうにか両方とも直前で躱すことができた……と思ったら…
「ぐぅうう!」
溶解液の方は避けられたが、散弾針は何本か刺さってしまったようだ。
激痛の余り食いしばった歯の間から呻き声が漏れる。しかし、耐えられないほどではない。
針を抜きながら視線をユエの方に向けると、ユエは俺の方へ来た。
「ハジメ!」
ユエが心配そうに俺に駆け寄る。今にも泣きだしそうだ。
「このくらい平気だ。少し硬いが、眼か口を狙えば倒せそうだ」
ユエの心配を余所に、俺は錬成で拘束している目の前のサソリを倒すべく思案する。そんな俺にユエはポツリと零す。
「……どうして?」
「ん?」
「どうして逃げないの?」
自分を置いて逃げれば助かるかもしれない、その可能性を理解しているはずだと言外に訴えるユエ。
「それでも、守れるものがあるのなら、俺は全力で守り抜く。敵が少し強くなった程度で見放したりなんかしないぞ」
俺はそんな小物ではない。俺を裏切り、俺が手に掛けたクラスメイトの誰かのようにはなりたくない。
ユエは何かを見たのか納得するように頷き、いきなり抱きついた。
「いきなりどうした?」
そして俺の首に手を回した。
「ハジメ……信じて」
「何を……!?」
〝信じて〟と言ったユエは俺の首に口をつけ、噛みついた。首筋にチクリと痛みを感じた。そして体から力が抜ける感覚がした。
(そういえば吸血鬼だったな)
〝信じて〟――――その言葉は、きっと吸血鬼に血を吸われるという行為に恐怖、嫌悪しても逃げないで欲しいということだろう。
そう考えて、しがみつくユエの体を抱き締めて支えてやった。一瞬、ピクンと震えるユエだが、更にギュッと抱きつき首筋に顔を埋める。どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。
直後、サソリが拘束を振りほどいた。こちらの位置は把握しているようで、再び地面が波打つ。サソリモドキの固有魔法なのだろう。周囲の地形を操ることができるようだ。
「それなら俺の十八番だ」
俺は地面に手を置き、錬成を発動させる。周囲三メートル以内が波打つのを止め、代わりに石の壁が俺とユエを囲むように形成される。
周囲から円錐の刺が飛び出し俺達を襲うが、その尽くを俺の防壁が防ぐ。一撃当たるごとに崩されるが直ぐさま新しい壁を構築し寄せ付けない。
地形を操る規模や強度、攻撃性はサソリが断然上だが、錬成速度は俺の方が上だ。錬成範囲は三メートルから増えていないので頭打ちっぽい上に、刺は作り出せても威力はなく飛ばしたりもできないが、守りには俺の錬成の方が向いているようだ。
俺が錬成しながら防御に専念していると、ユエがようやく口を離した。
どこか熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐める。その仕草と相まって、幼い容姿なのにどこか妖艶さを感じさせる。どういう訳か、先程までのやつれた感じは微塵もなくツヤツヤと張りのある白磁のような白い肌が戻っていた。頬は夢見るようなバラ色だ。紅の瞳は暖かな光を薄らと放っていて、その細く小さな手は、そっと撫でるように俺の頬に置かれている。
「……ごちそうさま」
そう言うと、ユエは、おもむろに立ち上がりサソリに向けて片手を掲げた。同時に、その華奢な身からは想像もできない莫大な魔力が噴き上がり、彼女の魔力光なのだろう――黄金色が暗闇を薙ぎ払った。
そして、神秘に彩られたユエは、魔力色と同じ黄金の髪をゆらりゆらゆらとなびかせながら、一言、呟いた。
「〝蒼天〟」
その瞬間、サソリの頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。
直撃したわけでもないのに余程熱いのか悲鳴を上げて離脱しようとするサソリ。
だが、奈落の底の吸血姫がそれを許さない。ピンっと伸ばされた綺麗な指がタクトのように優雅に振られる。青白い炎の球体は指揮者の指示を忠実に実行し、逃げるサソリを追いかけ……直撃した。
サソリにはかなり効いている。苦悶の悲鳴を上げている。着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たし何も見えなくなる。俺は腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を唯々呆然と眺めた。
やがて、魔法の効果時間が終わったのか青白い炎が消滅する。跡には、背中の外殻を赤熱化させ、表面をドロリと融解させて悶え苦しむサソリの姿があった。
ユエはさっきの魔法で魔力が枯渇したのか、肩で息をしながら座り込んだ。
「ユエ、無事か?」
「ん……最上級……疲れる」
「はは、やるじゃないか。助かったよ。後は俺がやるから休んでいてくれ」
「ん、頑張って……」
俺はサソリとの間合いを一気に詰めた。サソリは未だ健在だ。外殻の表面を融解させながら、怒りを隠しもせずに咆哮を上げ、接近してきた俺に散弾針を撃ち込もうとする。
「日の呼吸 灼骨炎陽」
それを刀で薙ぎ払う。
「終わりにしよう」
俺は高く飛び上がった。狙うは頭と胴体の付け根…頸だ。
「日の呼吸」
サソリの頸に立つと同時に、体を捩じって円を描くように刃を振るう。
「碧羅の天」
半ばから折れた黒き刃は、融解した外殻ごと巨大なサソリの頸を断ち切った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
断末魔を上げながら、サソリは息絶えた。
サソリを仕留めた俺は、無表情だがどこか嬉しそうに俺を見つめるユエの許へ歩み出した……
「「いよっと」」
ユエ「ハジメ。さっきの剣技、炎が揺らいだように見えたんだけど、あれどうやってるの?」
ハジメ「習得して上達すれば、陽炎が揺らいでいるように見えてくる」
ユエ「でも他の剣技は魔法と合わせていたみたいだったけど……」
ハジメ「丁度いい属性適正があったからな……呼吸が強化されて助かる」
ユエ「呼吸?」
ハジメ「ああ。肺を大きくして体中に酸素を行きわたらせ、瞬発的に力を発揮できるようになる呼吸があるんだ」
ユエ「私も……使えるようになるかな?」
ハジメ「厳しい鍛錬を積めば、必ず習得はできる」←厳しい鍛錬を積まずに習得した男
ユエ「そう……なら私も、頑張ってみよう……かな……」
ハジメ「ここで、トータスこそこそ噂話。鬼化した状態の俺の血を摂取すると、眷属となる形で鬼化が使えるようになるらしい」
(いや普通ユエと逆だと思うのだが……)
ユエ「ハジメの両目……模様が浮き出ることがあるけどあれは何?」
ハジメ「さぁな。どんな模様か見てみないと判らん」
ユエ「鏡か何かを見つけないと……」
ハジメ「それ今そんなに重要なことか? まぁいいが」
ユエ「次回 第十話 鬼と姫の実力」
ハジメ「ひょっとして文字だったりして……」
ユエ「じゃあ私は読めない……」
つづく
誰を鬼にしてほしいですか?(事前に決まってるけどアンケート次第でもしかしたら変わるかも)
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勇者(笑)
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死山(檜山)
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雫
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恵里
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幸利
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香織