ゾイドワイルドZERO NEARLY EQUAL   作:高杉祥一

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IMPRESSION

・デスレックス
 ティラノサウルス種大型ゾイド・デスレックスは地球に発生したゾイド生態系における最大の捕食者である。他のゾイドを積極的に栄養源とするその生態は、必然的に他のゾイドを上回る戦闘能力を身につけることとなった。
 しかしそれ故に本機が「最強のゾイド」であるかというとその点には疑問が残る。特に人の手で運用される場面、軍事目的などではそのエネルギー効率の悪さ、気性の荒さなどからくる費用対効果を上回る運用目的が無ければ扱い切れたものではないだろう。
 その不合理さはゾイドの力関係だけではなく、人類すらも生物的な強さでデスレックスに劣る関係だからこそとも指摘される。
 自らが生まれた星を失うことを止められなかった人類と、新たな生命の頂点。次の時代を支配するのは、支配するのに相応しいのは――どちらだろうか。


NEW EARTH ERA 30『飽食竜王』

新地球歴三〇年 九月四日 一〇〇〇時

帝国軍グラットン駐屯地

 

 フェンスの向こうに広大な敷地を見せる軍事施設の前に、公営のキャタルガ牽引式バスから一人の女性が降り立った。鞄とカメラを提げキャスケットを被った姿は、全身から『私は記者です』という空気を漂わせている。

「――うっし」

 基地のゲートを前に己に気合いを入れた彼女は、鞄からネームプレートを取り出しながらゲートに歩み寄っていく。その様子に歩哨の兵が気付き、

「ご用でしたら私が承ります」

「取材を依頼したエンパイア・スピード・ブロードキャスト(ESBC)のディーナ・クレイトンです。担当者の方はいらっしゃいますか」

「ああ、4989小隊の件ですね。今広報部から担当者を呼びます」

 歩哨がゲートの内線を手にする姿に、ディーナは緊張も露わだ。

 ゲートにはここしばらく帝国内を騒がせている反乱軍騒ぎに関する情報提供を求めるポスターが貼られており、その中に印刷された首謀者シーガル元准将の陰気な顔を見て気持ちを落ち着かせる。

「担当者が車両をこちらに回しますので、それで取材先まで案内するそうです。しばらくお待ち下さいね」

 通話を終えた歩哨がそう告げると、駐屯地の奥の方では訓練かパトロールか、配備されているスコーピアが動き出していく。ああいよいよ軍事基地を取材するのだなと、ディーナは表情を引き締めた。

 ディーナは二〇代に入ったばかりの若い記者だ。呼吸器も必要としない第二世代。熱意溢れる姿の一方で、属するESBCという報道機関は小さなネットニュース企業だった。ネームプレートの安っぽいロゴマークがどこか空々しい。

 そんな若輩のディーナにも帝国軍は紳士的な応対だ。出迎えの車両は無骨な軍事車両ではなく自家用車ベースのもの。出てくるのも平服を来た広報担当の女性士官である。

「ようこそディーナ記者、広報官のアレクサです」

 握手を求められ、わあ映画みたいだと思いつつディーナは努めて平静に応じる。そしてアレクサは車を示し、

「4989小隊の隊長を司令部に招集しています。ご案内しますね」

 恭しい手つきで開かれるドアにVIP待遇を感じつつ、ディーナは車両に乗り込む。そして司令部への移動は始まった。

 

 短い移動の間でディーナが感じたのは、基地は激しく動いているというものだった。

 出発前に見たスコーピアに加え、武装や弾薬を積んだトレーラーを曳くキャタルガとのすれ違いが多い。

 役所にも似た司令部の中でも制服を着た人物が激しく行き来をしていた。

 現在帝国軍ではシーガル元准将が率いる真帝国こと反乱軍の存在が危急の事態だ。仮にも将官である人物の反乱ということでその影響力も多く、さらに皇帝の血筋の人物を担ぎ出したこと、強力な戦略級ゾイド・オメガレックスを持ち出した真帝国には同調するものまで出てきているという。

 ディーナが帝国軍に取材を申し込んだのもこの時流に乗ってのことだ。取材対象の第4989小隊の存在に気付いたのも昨今の状況を調査してきた結果による。

 緊張感ある駐屯地の様子に気を引き締めたディーナは、司令部の一角に設けられた応接室に通される。そこに待っていたのは一人の風采の上がらない男で、

「ディーナ記者、こちらが4989小隊の隊長を務めるシールマン少尉です」

「……初めまして、シールマンです。気軽にシリーとでもお呼び下さい」

 再び握手を求められるディーナは営業スマイルでそれに応じるが、

「……シリー(馬鹿)……?」

 なにやら嫌な予感のするあだ名を名乗る相手に、内心で警戒のレベルを上げる。

 そして広報官アレクサの立ち会いの下で取材は始まった。ディーナは取材前に収集してきた情報を書き記した手帳を手に、ボイスレコーダー機能を持った端末をテーブルに置く。

「ええと、では取材を始めます。シールマン隊長が率いる部隊と……そこにいる大型ゾイド、デスレックスについて」

 ディーナが口に出した名に、シールマンはぴくりとも表情を動かさない。続きを促すように沈黙を続ける彼に、ディーナはコンセンサスとして自分が調べ上げてきた事実を並べていった。

「現在国際的な脅威となっている真帝国軍のフラッグシップ機がオメガレックスですが、その原種ゾイドにして、シーガル元准将が先に起こした事件で用いられたジェノスピノにも並ぶ大型ゾイドがデスレックスであると伺っています。

 帝国軍のみが復元に成功している貴重なゾイドだとも」

「ええ……その通りです」

 静かに口を開いたシールマンは、ディーナがよく知る民間ビジネス界にいるような男とは異なる雰囲気を醸し出していた。へばりついてくるような愛想が無く、己の立場をわきまえたドライな口調だ。

「デスレックス種は地球ゾイド生態系に発生したゾイドの中では最大の捕食者です。他のゾイドと異なり身を守るためなどの理由ではなく、純粋に他のゾイドを倒し獲物とするための身体能力を持っています。

 戦闘ゾイドの素体としては最も適切な種と言えるでしょう」

 すらすらとシールマンは淀みなく説明していく。それを聞くディーナは手帳にメモ書きを走らせるが、しかしその眉が小さく歪んだ。

「……となるとそれを戦力として配備できている帝国軍の優位は相当なものということになりますね?」

「はい。デスレックスを復元し戦闘ゾイドとして使用できる技術は帝国軍独自のものです。

 現在戦闘ゾイド部隊への配備と軍事作戦内での運用の研究段階にあり、我が隊はそのために活動しているということになりますね」

 やはりシールマンの口調はスムーズだ。しかしディーナはその言葉からあることに気がつく。

(軍の広報記事と同じ内容しか喋っていない……?)

 取材前にディーナは軍が公開している情報には念入りに目を通してきている。そしてそこで読んだこととシールマンの言葉は概ね一致していた。

 内容は、まあそうだろう。同じようにデスレックスを話題にしているのだから。だがそこで使われている単語や、その順番すらもディーナには見覚え聞き覚えがある。

 ディーナは突っ込んだ質問を試みる。

「成果はいかがですか? 最大級の戦闘ゾイドとなると多大な戦果が期待できると思いますが」

「――その点は軍事機密です」

 けんもほろろだ。だがディーナは諦めない。

「ライダーはどんな方でしょう。ゾイドライダーというと軍の花形でもありますが……」

「その点も、研究の関係者となるので詳しくはお話出来ません。デスレックスとの相性と操縦技能に優れたライダーであるとだけは言っておきましょう」

 やはり広報通り、模範的かつ当たり障りのない回答だ。まるで擬人化した公式記事にインタビューしているかのような奇妙な感覚がディーナを襲う。

「……真帝国の軍勢に対し、デスレックスは有効ですか?」

「出番となればその実力を存分に発揮します。最強の戦闘適応ゾイドであるデスレックスは反乱部隊程度には負けません」

 ようやくシールマン自身の言葉のようなものが引き出せたが、しかしその感触は弱かった。暖簾に腕押しという他無い。

 その感触を掴まされたまま、ディーナの取材は終わっていった。ほとんど何も、取材前と変わりない成果だけを残して。

 

新地球歴三〇年 九月四日 一四二一時

グラットン市街 喫茶店

 

 ディーナは激怒した。かの無味乾燥な取材結果に満足してはならぬと決意した。

 軍事機密を盾にのらりくらりと応じるシールマンから満足できる情報は引き出せぬままに取材の時間は終わり、広報から帝国軍のイメージ策に基づいた案内を受け、お土産を渡されてディーナは帰されたのである。

 そしてディーナは駐屯地から離れた喫茶店で取材メモや写真を広げて反省と今後の計画を練っていた。その写真もディーナが撮影したものではなくアレクサ広報官が用意したものであり、さらに広報サイトに掲示されていたものと同じ構図であった。

「申し訳程度に高画質版なのが腹立つわー……」

 格納庫に収まり、オリーブドラブの装甲を当てられたデスレックスを見上げるように撮影した数枚をディーナはテーブルに投げ出す。

 軍への取材ということで覚悟がなかったわけではない。だがここまで収穫が無いと何かが隠されているようにも感じるし、逆に追い求めている答えが存在しないようにも感じる。ディーナの探究心は燃え上がるばかりだ。

「もう一度取材を申し込んだところで同じか、何度も何度もしつこいってことで門前払いよね。

 戦闘部隊なら出動するところを直撃できたりは……」

「お客さんコーヒーのおかわりはいかがですね」

 他に客もいない中、コーヒー一杯で粘るディーナに店主が問う。そこでディーナはカップを差し出し、

「マスターさん、グラットン駐屯地の帝国軍に特別大きなゾイドがいるの、知りませんか?」

「なんだお客さんスパイでもしてんのかい」

「私は記者です――ぅ!」

 憤慨するディーナだが、若く可愛らしい顔立ちのせいもあってか「ふんがい」程度の迫力に留まる。しかしテーブルに広がる資料を見てひとまず店主は納得したようだ。

「そうだねえ……。そういえばジャミンガが出た時にデカいトレーラーを引っ張っていくゾイドを見かけることがある。背びれが生えたヤツと襟巻きがついたヤツとで前と横を押さえてね」

「そういう情報を聞きたかった!

 マスター、追加でケーキ頼むんで詳しく聞かせてもらえませんか?」

「ん~? 仕方ないなあ……」

 店主は仕方なさそうに一度厨房に引っ込むと、ガトーショコラを載せた皿を持って戻ってくる。ちゃっかりメニューの中でも一番高いケーキである。

「――お嬢さんは余所から来たから知らないだろうが、このグラットンて町は単なる田舎町よ。そこにこんな駐屯地があるのは何故だと思う?」

「なにか軍事的に重要だからでは?」

「まさか。田舎だって言っただろう。

 グラットン駐屯地はな、ほとんどジャミンガ対策の基地なんだよ。ちゃちな町だが人を襲う奴が出るし、ここから他の町に広がりかねないからね。

 だからおそらくそのデカブツもジャミンガ対策で配備されてるんじゃねえかな」

 店主の語りに、ディーナはフォークをくわえながらメモを取る。濃厚な味わいのガトーショコラはカロリーが心配だったが、すでにディーナは今日取ったカロリーを燃やし尽くすような取材を想定しつつあった。

 

新地球歴三〇年 九月七日 一六二三時

グラットン郊外

 

 だいぶ傾いた西日の下で、彼は頭の後ろで手を組み秋風を浴びていた。

 開け放たれたゾイド操縦席に寝転ぶ男は、だいぶ色の色の濃い金髪と無精髭、耐Bスーツに羽織った軍服の上着が特徴的だ。

 その位置は高い。操縦席を取り付けられたゾイド自体が巨大なのだ。下から呼びかけられる声も遠い。

「ギャラン軍曹――! ジャミンガ群接近中でーす! 準備お願いしま――す!」

 軍人らしからぬ若い女性の間延びした声。それに対し男――ギャランはうたた寝から目覚めた。

「あいよ……。お前、モタモタしないで離れろよ。ディロフォスはジャミンガに似てるんだからうっかりパクッといったらシャレにならないぞ」

「軍曹こそちゃんと手綱握ってて下さいね――――!」

 ギャランに応じ、女性の声が動き出す。彼女を乗せたゾイド、ディロフォスがギャランの視界の下を去って行くのだ。

 同僚を見送るギャラン。そして彼が乗るゾイドもその声に気付いてか身じろぎした。

 ギャランを乗せた巨体は、オリーブドラブの装甲を纏った二足歩行恐竜型ゾイドだ。標準的なキャタルガ用トレーラーを二台横に繋げた上に搭載されたその姿は、ただただ規格外に大きい。

 ティラノサウルス種ゾイド、デスレックス。帝国軍公式運用番号9号機。コールサイン、

「〈スカベンジャー〉……起動準備」

 巨大な顎と、不釣り合いに小さな腕を突いて休んでいたデスレックス〈スカベンジャー〉はゆるりと身を起こす。その全身には武装ではなく、トレーラーから伸びるいくつものチューブと、図太い拘束ベルトが連結されていた。

『薬剤安全装置解除用意!』

『物理安全装置解除用意』

 デスレックスに接続された二種類の安全装置が機能を停止に向けられる。そして無味乾燥な男の声が通信越しに告げた。

『無線テレメトリ同調……スカベンジャー、イン・アクション』

 最終安全確認が下り、スカベンジャーは解き放たれた。ゾイドコアに沈静薬品を送り込むチューブの冷却剤が上げる蒸気と、拘束ベルトのロックボルトが爆破される白煙を曳いてトレーラーを降りる。

 申し訳程度に設けられたZ・Oバイザーを貫く強烈な眼光と共に、スカベンジャーはえずくような唸りを上げた。その巨体と剣呑な面構えに似合わない体調不良感を漂わせ、どこか怠そうなステップを踏むのがスカベンジャーだ。

「コンディションはほどほど……。ジャミンガ群の位置は?」

『先頭集団が前方六〇〇メートルに。坂の下、一〇〇体規模』

 後方から遠巻きに見る僚機から、ギャランがいる操縦席へと通信が届いている。あらかじめ設置された監視カメラからの映像もだ。

 ギャラン達の部隊が展開したのは森の中の街道。敵は自然発生するゾイドの弱体個体群であるジャミンガだ。

 ジャミンガは通常のゾイドよりも小柄でパワーにも劣るため基本的に利用価値は無い。その一方で人類や高度な機械・施設類を積極的に襲うため、その対処は各国軍の重要な業務の一つであった。

 スカベンジャーを擁するギャラン達の部隊がここに出動しているのもそのためだ。そして今、スカベンジャーはジャミンガの群れめがけて重たげに歩んでいく。

『ギャラン君、ワイルドブラスト戦の時間制限は最大一五分とします。しっかりスカベンジャーの腹を満たしてやって下さい』

 ギャランの操縦席に映る通信ウインドウの中には、シールマンの姿もあった。そしてギャランはシールマンに頷きを見せ、

「制御トリガー解除……と」

 操縦レバーを押し込み、ギャランはスカベンジャーをワイルドブラスト状態へと移行させていく。巨体の横に設けられたもう一つの顎門が顔を覆うように展開していくが、そのゆったりとした動きも鷹揚というよりは重みに耐えかねているようなものだ。

 その一方で、赤い警告灯のような光と共に引き出された口内のドリルだけは不気味な存在感を放っていた。ギアが噛み合う硬い音が響き、ドリルは回転を始める。

 そしてデスレックスの足が下りにさしかかると、その視線の先には錆色の波が押し寄せてきていた。

 ラプトール種ゾイドの骨格に酷似しながらも人間大のゾイドであるジャミンガは、尋常ではない数でまとまって行動する。今回の集団は一〇〇体規模だが、それでも少ない方だと言えよう。

 よたよたと歩むジャミンガ達と、重たげに進むスカベンジャー。互いに存在に気付いていないかのような低速の接近の中で、スカベンジャーは縦横の顎を開いた。

「よぉーし、腹一杯お食べってな、スカベンジャー」

 ギャランが投げやりに告げると、スカベンジャーは足下に迫るジャミンガの群れへかぶりついた。山積みの穀物でも鷲づかみにするように、二対の顎がジャミンガをまとめて頬張る。

 そして一纏めにされたジャミンガの中でドリルが旋回する。文字通りの金切り音が上がり、塊の中からあふれ出した火花がよだれのようにスカベンジャーの足下に飛び散った。

 デスレックスは他のゾイドを捕食する。それだけで生きながらえる存在だと行っても過言でもない存在だ。そしてゾイドを捕食する手段は、そのままゾイドを撃破し得る手段となる。

 ジャミンガ達をミキサーし、顔を上げたスカベンジャーはそれを喉奥へ送り込んでいく。相手がまだ動いていようが関係ないと言わんばかりの嚥下に、ジャミンガ達はただただ巻き込まれていくしかない。

 だが顔を上げてジャミンガを飲み下していくスカベンジャーの足下を、いそいそと残りのジャミンガ達が通過していく。巨体を誇るスカベンジャーでも流石に一度に頬張りきれる量ではなかった。

「お前もうちょっと行儀良く食えよな……。

 ギャランより各員、いつも通り取りこぼしの処理は任せる。よろしくどうぞ」

『了解ギャラン軍曹!』

『しっかり捕まえておきますからねー』

 スカベンジャーの後を追随してきていた二体のディロフォスが、脇を抜けようとするジャミンガの前に立ちはだかる。搭載火器からジャミンガに射撃が飛ぶと、粘性の液体がジャミンガに降り注ぎすぐさま白煙を上げて硬化し始めた。

 背後を仲間に任せ、スカベンジャーはまた無造作にジャミンガの群れをごっそりと頬張る。咀嚼によって金属のジャミンガをミンチに変えて、スカベンジャーは食事を続けていった。

 やがて取りこぼしたジャミンガ達は街道を避けて左右の森に踏み込み、ギャラン達を避けて通り抜けようとし始める。当然ディロフォスのライダー達はそれも逃さないのだが、

『うん? ……森の中に誰かいますよ』

『誰かって……どこ?』

『木の上。ほらそこ、下にジャミンガが集まってる!』

 やりとりにギャランが横目を向けると、ディロフォスのライダーがマーキングした位置がこちらにも反映されていた。森の中の地上三メートルほど、枝が茂り始める位置だ。

 ジャミンガが集まって幹を引っ掻く上で、太い枝にしがみついた人影が必死にジャミンガを追い払おうと手を振っている。大ぶりなキャスケットを被り、腕には蛍光オレンジの腕章が有り『PRESS』と記されていた。

「報道~? どこのパパラッチだよ」

 ギャランは呆れた口調で呟くと、またスカベンジャーをジャミンガの群れの処理へ向ける。

『ちょっとー、ギャラン軍曹も手伝って下さいよー。ジャミンガが積み重なっちゃって』

「人助けなんて繊細なことこいつが出来たタマかよ。そいつがしがみついてる木ごと付け合わせのサラダ感覚で食っちまうわ」

『ちぇー。はいはいそこの記者さん、危ないから動かないで下さいねー』

 ジャミンガを掻き分け、二体のディロフォスが記者を助けに行く。その一方で単調な作業に戻ったギャランだが、すかさずシールマンからの通信が割り込んできた。

『マスコミ? アビー、ベッキー、もしかしてその人物は女性では?』

『そうですよ隊長。おっきな帽子を被ってカメラを持ってますねー』

『なんか叫んでます。隊長に話を通して欲しいとかなんとか?』

 ディロフォスのライダー達からの報告に、シールマンがため息を吐く気配があった。そして彼は意を決したか、

『ギャラン君、ジャミンガの処理を急いで。アビー上等兵とベッキー上等兵は記者を保護したら丁重にお連れすること。その人物のことは私に任せるように』

『お知り合いですかー?』

『向こうが一方的に知った気になっている類いですよ……。

 ギャラン君? 君も聞いていますね?』

「あいあい、あと三口ぐらいだから急がせますよ」

 シールマン以外さほど緊張感の無いやりとり。その中で唯一金属を引き裂く撃音を立てるスカベンジャーの操縦席で、ギャランは適当に相槌を打った。

 スカベンジャーがジャミンガを概ね平らげ、取り逃した個体も捕獲と回収を終えたのはその三〇分後であった。

 そして帰投する彼ら――第4989機獣駆逐小隊に一名の人員が増えていることを、部隊外部の人間は知るよしも無い。

 

新地球歴三〇年 九月七日 一九五六時

グラットン駐屯地 一三番格納庫

 

「ディーナ・クレイトン記者……。職務への熱意感服しますが、あまり無茶をされると国民を守る身としては複雑です」

 夜のグラットン駐屯地。帰投した4989小隊の格納庫でディーナは隊員達に囲まれていた。

 再び拘束されたスカベンジャー。ハンガーに収められたディロフォスとディメパルサー。そして床面を最大限に利用できるように二階に設けられた事務所。それらが裸電球に照らされる下でディーナはパイプ椅子に座らされている。

 向かい合うのはシールマンに率いられたギャラン達隊員。腕を組むシールマンの前でディーナは膝の上で手を握り込み視線を逸らすばかりだ。

「済みません、張ってた場所が前すぎまして……」

「というかジャミンガの駆除中は一般人には避難命令が出るんですけどね。その一点だけでも警察のお世話になりかねないのですが……我が隊の実態をご覧になってしまいましたね?」

「ええ、まあ……」

 てへ、と頭を掻くディーナにシールマンは白い目を向けた。そして嘆息し、

「デスレックス……我が隊のスカベンジャーを見てどのように感じましたか?」

「え? いやまあ、重々しくて強そう! って」

「本当に?」

「そりゃあもう! 実際ジャミンガばくばく食べてたじゃないですか! すごい! 強い! 絶対に強い!」

「…………」

「…………」

「……本心ですか?」

「……済みません、結構チンタラしてるなあとか思いました。はい……」

 シールマンの圧に屈し、ディーナは白状した。そんなディーナの様子に隊員達は「そうだよなあ」と腕を組んで頷き合う。

「後ろの連中はどうでもいいですが、その認識を持たれてしまったことは問題です。

 デスレックスの実態が明らかになることは帝国にとって国益を損ねるものです。国力で共和国に劣る我が国は戦闘ゾイドの質で軍事力の優位を得ているわけですから。

 我が隊の実態があのような公式広報に隠されているのもそういうことです」

「ううむ……。帝国に害をもたらすのは私としても避けたいところです」

 唸るディーナに、シールマンは片方の眉を跳ね上げた。

「ほう……マスコミにしては殊勝な心がけのようですが」

「殊勝ってなんですか。

 私は! 真帝国なんて組織が生まれてこの帝国やフィオナ陛下を揶揄したり、現在の国家や世界情勢そのものをひねた目で見る風潮が強まっている中に! 確固たる価値観を打ち出したいんです! この世界も捨てたもんじゃないぞって……。

 パパラッチみたいに人の醜聞をあげつらう手合いなんかとは一緒にされたくありません!」

 声を上げるディーナの言葉は本心からのものだ。帝国最強ゾイドであるはずだったデスレックスを取材しようとしたきっかけはまさに今言ったとおりだ。

 地球移民から三〇年、世代を重ねていけるかに不安を抱いている人々を支えられるのは、時代の最先端で戦う人々の勇姿。ディーナはそう信じている。

「へえ……」

 断言するディーナに、シールマンの背後でギャランが小さく感心を見せた。だが今は小さな反応だ。ディーナもシールマンもそれには気付かない。

「そうですか。しかし軍警察はその言い分を信用はしないでしょう。駐屯地の表から帰ることも困難だ……。

 ほとぼりが冷めるまでは身を隠すことをおすすめします。私達もあなたとは知らない仲ではないですし、場所は提供しましょう」

「えっ隊長、じゃあお客さん?」

「うわーうちの隊なんかに珍しー」

「すでに先日一度訪れているんですけどね……」

 若いアビーとベッキーが興味津々な様子でシールマンにしなだれかかると、ギャランは一人興味を失った様子でその場を離れていく。それはディーナが言いにくそうに新たな問題を切り出したからであった。

「まあ、私の責任による部分は仕方がないですよね……。ただ、時間を置くとなると一つ困ったことが」

「記事の〆切りですか?」

「はい……。もう予告も打ってしまってるんで」

 それも自業自得だろうとでも言いたげな表情を浮かべていたシールマンだが、ディーナの言葉にその眉を寄せることになる。

「予告……。サイト上などに?」

「ええ、まあ。『対クーデター軍への決定打! 帝国軍最強ゾイド独占取材!』といった風に……」

「飛ばしますねえ。御社らしいといえばそうですが」

 シールマンの言葉にディーナは愕然とした。彼女が自ら考えた予告だったからである。

 そして衝撃を受けるディーナの様子に若干呆れつつシールマンは呟く。

「まあシーガル派閥にはその手の記事に食いつきそうなのが、いるといればいますかね……」

 

新地球歴三〇年 九月七日 二一四六時

グラットン郊外

 

 夜の森の中、片道二車線の街道が木立を貫いてどこまでも続いている。だがその道を走るのではなく、外れたスペースに停車する影があった。

 トレーラーを引いたキャタルガが三台。バイザーもライトも光を消し、長い輸送の間に休憩を取っているかのようだ。

 しかしその時、風に揺れる葉の音に紛れて何かが森の中を接近してきた。黒い頭部が現われて合図を送ると、トレーラーの内部から人員が静かに出てきて誘導を開始する。その手に持つのはライダーにだけ見えるよう覆いを付けられた軍用の誘導灯だ。

 開け放たれたトレーラーのコンテナ部へと入っていくのは、四本脚と二本腕を備えた小型ゾイド。最新鋭の特殊作戦用ゾイド、キルサイス。

 集団行動で高い戦闘能力を発揮する機体でもあるが、少数での隠密行動も得意だ。この場にはわずかに二機。後者の任務にあたっていたと見える。

「ハバロフ中尉、偵察班戻りました」

 キルサイスに取り付いていた観測員が、コンテナに入っていくキルサイスを降りて別のトレーラーに向かう。それを出迎えるように現われるのは帝国軍の軍服を着た小柄な女だった。

「遅いわ! なにをしていたのかしら!」

「済みません、連中撤退に手間取りまして。それを監視していたらこの時間に」

「ふうん……なぜかしら」

「そこまでは……」

「そこを調べなさいよ!」

 プラチナブランドを編み込んだ女は、気の強そうな顔をしかめて地団駄を踏んだ。

 ハバロフと呼ばれた女も、帰還した観測員も、シールマンとは異なる徽章を軍服に付けていた。彼女らの部隊は帝国軍から脱走しクーデター組織に属した存在である。

「いいこと! 真帝国の建国は地球開拓をなあなあで済まそうとする現代国家の枠組みを破壊し、より強い社会を実現するために必須の行い!

 しかし一般市民達は生活が穏やかであればそこに疑問は抱かない――。これを成し遂げられるのは私達のような意志持つ者だけ。あなた達はその行いに参画している自覚があるのかしら!?」

「はっ、申し訳ありません! 次こそは!」

「よし、報告を聞きますわ」

 目的を統一した部隊としてのやりとり。真帝国の勢力圏から遠いこの地に進出した彼らの役目とは。

「デスレックス部隊はジャミンガ群の駆除任務に出撃。一五〇〇時現地到着、一六三〇時頃より駆除作業を開始し、一七〇〇時にはほぼこれを完了させています。

 その後完全に撤収を完了したのは二〇〇〇時前です」

「ふうん……確かに撤収に時間を掛けていたようね。トラブルかしら」

 観測員が偵察した相手はデスレックスを擁する第4989小隊。真帝国もまた、デスレックスの存在を警戒しているのだ。

「デスレックスの動きはどうだったの? 戦闘ゾイドとして強力な存在なのかしら?」

「いや、正直さほどでもないと思いましたね。ラプス島での未完成のオメガレックスの記録も見ましたが、完全体のデスレックスでもさほど変わりが無いという印象です」

「さすがはランド博士ということかしら……?」

 報告を聞きながら、ハバロフは自らが出てきたトレーラーへと踵を返す。彼女の部隊は身を隠しているのだ、立ち話を誰かに聞かれる危険を冒す必要も無い。

「ともあれ、撃破を狙うのは変わりないことよ。大柄なゾイドはそれだけ大量の武装を設けることができるのだから。後顧の憂いは断つべき」

「攻撃は決行ですね。ではここからの調査は攻撃準備を兼ねると」

「そういうこと。そして私達の成果を持ち帰ることが必要だわ」

 観測員をトレーラーに入れると、ハバロフは彼の前で姿勢を正してみせる。士官学校で習うような立ち居振る舞いよりは古風なその姿は、あたかも舞台上の演者のようでもある。

「皇帝から多くの貴族までが大衆に迎合した今、新たな規範を示せるのは一度は社交界を去った没落貴族と呼ばれる私達のような存在。

 真帝国軍の主要部隊を務めるべきなのは私達だけど、地位を上げるにも口実としての戦果が必要。私達が正しい位置に行くために、ゾイドの王の首を捧げなくてはならなくてよ」

 ハバロフ中尉――クエンティーナ・ハバロフは"帝国"という国家の黎明期に皇帝を支えた名家の末裔だ。この隊の面々も、彼女が士官学校時代に集めた同じような境遇の者達である。

「今の帝国軍にベッタリのララーシュタインの厚化粧野郎などとは違うところを世界に示す時が来たわ。各員の努力と奮闘に期待しますのよ。無論、私も……」

 トレーラー内には作戦書類が置かれたデスクなどがあるが、その奥の空間はやはりゾイドの格納空間だ。

 そこに鎮座するのは頭部に巨大なフリル装甲とレーザー機銃群を備えた大型ゾイド。Z・Oバイザーと最新兵器を装備したマシンブラスト型ゾイドの中でも最大級のスティラコサウルス種・スティレイザーである。

 最新鋭の汎用ゾイドと最大級の戦闘ゾイド。それらをもって、ハバロフ達の部隊はデスレックスに挑もうとしている。

 傍らのデスクに置かれた作戦書類の中には、デスレックスの存在を察知する上で利用された情報源のプリントもあった。ESBC――そのトップページに掲載されたディーナの更新予告もその中に含まれている。

 戦いの時は確実に接近していた……。

 

新地球歴三〇年 九月八日 〇九二一時

グラットン駐屯地 一三番格納庫

 

 かくしてディーナは4989小隊の格納庫に匿われることとなった。ひとまず次に出動した際に密かに解放されることになり、記事については無難なものを作るようにシールマンから厳重に指示を受けている。

 本社への連絡を済ませたディーナとしては、『無難』であることは承服しかねるが記事を書きたい時間帯である。しかしただで匿われるわけにもいかぬ……ということで格納庫の掃除を始める。考えを整理する時間も欲しかったところだ。

「勇み足だったかなあ……」

 こうして身動きが取れなくなるような失敗をする恐れがある取材をするべきだったか。ディーナは自問するが、答えは変わらない。

「でも私が書きたい記事には、強い事実が必要……。それを手にするには、こういうことだって……!」

 モップの柄を握りしめ、ディーナは一人視線を強める。するとそこへ、格納庫の勝手口を開けて二人組が入ってきた。

「あっ、記者さんももう起きてるねー」

「お掃除してくれてるの? ありがとー!」

 現われたのは4989小隊のディロフォスを担当するライダー、アビーとベッキーであった。姉妹ではないというがよく似た顔立ちであり、そして軍人とは思えないような幼さだ。

 地球移住からまだ間もない現代では、軍が人材の受け皿となっている側面もある。この二人もそうだろうか、とディーナは思っていた。

「おはようございます、アビーさん、ベッキーさん。お世話になりますので、せめて出来ることぐらいはって思いまして」

「いいんじゃなーい! うちの隊はミソッカスだから扱いも雑だしね」

「掃除してくれる人がいるなんて新鮮だねー!」

 二人はディーナの周りをくるくると踊り回る。やることなすこと見ること聞くこと全てが面白いという年頃なのだろう。自分にもそんな時代があったなー、とディーナは郷愁を抱いた。

 すると再び勝手口が開く金属の軋みが響く。続いて現われるのはデスレックスのライダー、ギャランだ。

「あーギャラン! おはよー!」

「ねー聞いてー! ディーナが格納庫お掃除してくれるんだってー」

「おう、給料出ねーぞって言っといてくれ」

 ちらりとも視線を向けないためか、ディーナがそこにいると気づきもせずにギャランは歩んでいく。行く先は、拘束されたデスレックスの足下に置かれたガラクタのような机とパイプ椅子である。

「あれが、デスレックスのライダー……」

「記者さんはスカベンジャーのこと取材に来てたんだっけ?」

「じゃあギャランのことも記事にしてよー。あいつねー、すっごく『つまらない』んだよー?」

「へえ? つまらない?」

 予想だにしない言葉にディーナは面食らうが、アビーとベッキーは実感を込めた頷きを交わすばかりだ。

「つまんないよねー。私達がたまに訓練でいい成績出したりジャミンガいっぱい仕留めてもさ」

「『はいはい』って感じで全然構ってくれないんだよねー。『そんなことが上手くたって俺以外誉めてくれないぞ』ーって」

「本人は誉めてくれるんだ……?」

 ギャランが無気力というのはこれまでに見ていてもわかることだ。しかしディーナは、二人が言うギャランの口振りには違和感を感じる。

 まるで何かを知った上でアビーとベッキーに忠告するような言葉。さらに真帝国の決戦兵器の近似種であるはずが妙に動きが鈍いデスレックスに、この部隊の扱い。何か裏があるだろうとディーナは勘づいていた。

「……ギャランさんとデスレックス、スカベンジャーはいつ頃からペアなんです? この部隊の設立も……」

「私達が兵隊になるよるずーっと前だよ。まずギャランとスカベンジャーが軍の研究所でペアになってて……」

「その後部隊ができてシールマンが隊長になったの。私達が加わったのは最後ー」

 隊の設立以前からギャランとスカベンジャーには繋がりがあったという。事情はその頃からあり、そしてこの部隊が生まれる原因だったのではないか。

「……もしギャラン軍曹に話を聞くとしたら、どうしたらいい?」

「ギャランは寝てるところ起こさなきゃ話ぐらいは聞いてくれるよー?」

「あとお酒が入ってると言うことがテキトーになるよねー」

 参考意見を聞いて振り向いたディーナの視線の先で、ギャランは脚を机に載せパイプ椅子状でいびきをかき始めていた。

 

新地球歴三〇年 九月八日 一三五一時

グラットン駐屯地 一三番格納庫

 

 ギャランを観察していたところ、昼過ぎまでそのまま眠りこけていた。ディーナはアビーが運んできた昼食をベッキーが片付けるのを見送っても監視を続け、ついに伸びをする瞬間を捉える。

「ふ、ん……が。ああ、起きちまった」

 ぼやき、ギャランは机に置いていた酒瓶をグラスに傾けようとする。そこへすかさず、ディーナは小走りに接近した。

「ギャラン軍曹! ちょっとお話よろしいですか!」

 手帳片手に詰め寄るディーナに、ギャランは眠たげながら珍獣でも見るような目を向ける。そして無言で酒瓶を傾け続けようとするが、

「お話よろしいでしょうか! よろしいでしょうか!? むしろこう、よろしくお願いしますというか!」

 咄嗟に突き出したペンで、ディーナはギャランの酒瓶の口を下から押さえた。ギリギリ一滴が注がれるところで阻止され、ギャランは面倒くさそうな目をディーナに向ける。

「なんだよパパラッチ。俺のあられもない姿が撮りたいなら出てこないで隠れてるべきだぞ」

「パパラッチじゃないですよ! あの手の輩と一緒にしないで下さいって!」

 全身を駆使してディーナは不服の意を示す。そんな様子に、張り合うのも馬鹿らしいと思ったかギャランは酒瓶を下ろした。

「冴えないアラサー相手に何訊こうってんだよマスコミさんがよう。大人しくしてろってシールマンも言ってたろうに」

 腕を組んで訊ねてくるギャランに、ディーナの勘が働く。今彼は上官たるシールマンのことを呼び捨てにしていた。

「あれ? ギャラン軍曹はシールマン少尉より年上とかなんですか?」

「シールマンは士官学校出で今二六だ。俺は二八だかんな」

「第二世代でも結構上の方なんですね。あ、ちなみに私は二三です」

「訊いてねえぜ?」

「まままあ、お互いを知ることがスムーズな会話には大切ですから」

 掴みはばっちり、ディーナは内心拳を握る。対するギャランは珍獣を見る目を強め、エサでも放るような態度で言葉を放ってくる。

「で、何についてインタビューしたいんだって?」

「デスレックスと、あなたについてです。帝国の技術の粋をこらしたあの大型ゾイドが、この国を支えうる強力な存在であることを私は証明したい――」

 ディーナの切々とした声に、ギャランは鼻で小さく笑う。

「なら俺に訊くのはやめておいた方がいい。スカベンジャーが今この部隊にいるわけは笑っちまうようなことだぜ」

「笑うかどうかはわかりません。あなたにとっては当然のことでも、多くの人々にとっては帝国の最先端の現場なのですから。全て興味深いことですよ?」

 ディーナの切り返しに、ギャランは眠たげな視線を改めた。

「……その興味の結果、この国の根幹を揺るがすようなことを知る羽目になったとしてもか?」

「……スカベンジャーの背景にはそのような事実があるんですか?」

「~~……」

 ギャランの言葉を足がかりに切り込んでくるディーナに、ギャランは辟易した様子だった。面倒くさいという雰囲気が強くなっていく。

「……そうやって使命感を前面に置いて頑張った結果、全く目的と違う場所にたどり着いた。そういうことがあったのさ。今のあんたと同じようにな。

 後は名探偵さんなら想像でわかるんじゃないのか?」

 真実の一端を垣間見せながらも、突き放すような言葉。話はこれで終わりだ、という空気をギャランは醸し出す。だがディーナは諦めなかった。

「想像ではなくて、真実を知りたいんです。それが隠されたことであるならば尚更。

 帝国軍が最強のゾイドをどれだけ御することができているのか。この国の根幹が揺らいでいる今、この国の柱を認識することは、それが想定以上であることも、想定以下であることも、絶対に財産になるんです!」

 力強いディーナの言葉に、ギャランは唸る。腕を組んで虚空を見上げた彼は、やがてディーナに視線を戻す時には鋭い視線となっていた。垂れ気味な目つきを補って余りある眼光だ。

「……俺の独断では明かせないなあ、記者さんよ。何もかもつまびらかにするにはとんでもなく上の方まで交渉しなきゃならねえことがあるんだ。

 だがまあ……シールマンに掛け合ってやるぐらいはしてもいいかな」

 そう言うと、ギャランは酒瓶を手にパイプ椅子から立ち上がった。そしてシールマンが詰めている格納庫の事務所フロアへ向けて歩み始める。

「も、もし許可がいただけたら!?」

「完全な許可は出ないさ。俺が持ちかける相手はたかだか少尉のシールマンだけなんだから。

 しかしお前が真実を求めていることはわかったぜ……」

 そうは言うが、ギャランの足取りは投げやりだ。不安げな眼差しを向けるディーナの前を左右に揺らめきながら進んでいく姿は、そのまま事務所の中に消えていった。

 

新地球歴三〇年 九月八日 一九三四時

グラットン駐屯地 一三番格納庫

 

 結局、特に何も起こらずに駐屯地は夜を迎える。ジャミンガも、真帝国軍も出現することは無かった。

 ギャランとのやりとりの後、アビーとベッキーの相手をしていたディーナは4989小隊の扱いを痛感する。旧式のカセット式ゲーム機で遊ぶアビーとベッキーはティーンエイジャーにしか見えないし、格納庫から見える基地の動きはこの格納庫を無視しているかのようだ。

 掃除に使ったモップをはじめ備品類も痛みが酷い。酷使されているというよりは中古のかき集めなのだろうという風情だ。明らかに人や予算を出し渋られている。

 実験を任せられている部隊なのに。そう疑問を抱きながら夕飯の糧食を平らげたディーナをシールマンが呼びに来た。

「クレイトンさん、ちょっと」

 声を掛けられて連れてこられた事務所にはシールマン達のデスクがあり、ギャランが昼間と同じように机に脚を載せて椅子に寄りかかっている。

「記事のために取材を続けているようですね。しかし今までに提供した情報で記事は十分に書けるのでは?」

「いや、でも、真実を……」

「穏便な記事が必要なのですよ。我々の事実は、必要ありません」

 シールマンは無表情だがぴしゃりと告げる。だが今日一日この部隊を見てきたディーナとしては言っておきたいことがあった。

「でも、この部隊のことを報道できれば私の目的だけじゃなくて……皆さんの待遇も改善できるかもしれませんよ?

 おかしいですよね? デスレックスを任せられている部隊がこんな……冷遇されているなんて」

 ディーナの言葉に、ギャランが小さく吹き出す。そしてシールマンは顔をしかめる。

「……それはあなたが気にすることではありません。

 あなたが気にするべきは自らの身の振り方と、そのために当たり障りの無い記事を書くことです。それに集中することです」

「取り付く島も無いですね……」

 思わず呟いたディーナの言葉にも、シールマンのポーカーフェイスは崩れない。

「今夜も狭いところですが、ゆっくりお休み下さい。必ずあなたを元の職場にお返しします。

 ですがそのためには、あなたの協力も必要です」

 話は終わりだ、という様子でシールマンは手元の書類に視線を落とした。ディーナはそれ以上問うことも言葉を差し込むことも出来ず、歯噛みして事務所を後にする。

 金網の足場と階段にパンプスを打ち付け、ディーナはカッカと燃え盛る不満を表現していく。するとその足取りを追って、ブーツの重たげな足音がふらふらとついてきた。

「気を落としなさんな。シールマンは堅物だからな。俺の口八丁も通用しなかったなあ」

「……真面目に説得してくれたんですか?  呑みながら話したりしたんじゃ」

「俺の肝臓を買い被りすぎないでくれよ。呑むならこれからさ」

 ズボンのポケットに手を突っ込んで並ぶギャランの姿に、ディーナは訝しげな目を向ける。しかしギャランはそこに耳打ちした。

「いいかい記者さん、シールマンはああ言うが別にあんたの上司ではないだろう? 駐屯地を出られたら、あんたの裁量で好きに書いてしまえばいい」

「そのためのネタが手に入らないんですよ!」

「任せな」

 そう言うとギャランは手招きし、スカベンジャーの横に置かれた机にディーナを誘う。そして壁に立てかけられた予備のパイプ椅子を対面に置き、さらに薬品用冷蔵庫から酒瓶と炭酸水瓶を取り出して机に置いた。一瞬スカベンジャー用の鎮静剤の金属缶などが垣間見えたがギャランは気にしない。

「いいか記者さん、世界的に酩酊している人間の行動に公的な価値は認められない。酔っ払いがすることは与太話だ。

 だからそこでうっかり真実が漏れ出したとしてもなんの問題も無い。わかるか?」

「今から呑むからそこから秘密を抜き出せと?」

「俺だけじゃねえあんたも呑むんだよ。一方がシラフじゃ『ちゃんとした場』になっちまうじゃねえか。

 意気消沈したあんたが俺と管巻いてるって体じゃないとシールマンは兵舎に帰らないぜ」

 そう言ってギャランは、いつの間にか用意していたグラス二つに酒瓶から透明な液体を注いでいく。冷気を纏って流れ落ちていくのは帝国ではよく見かける安物のジンだ。

「ま、軽く呑んでストレス解消してからインタビューするんだと思いねえ」

 柑橘類の香り付けがされたトニックウォーター風炭酸水でジンが割られる。大雑把なその比率にディーナは思わずえずきそうになるが、覚悟を決めてギャランの対面に腰を下ろした。

「付き合おうじゃあないですか」

「ジャーナリズム魂に乾杯」

 グラスがぶつかる硬い音が、拘束されたスカベンジャーの表面で跳ね返る。

 

しんちきゅうれき三〇ねん 九がつ八……九?にち まよなか

さけのせき

 

「だいたいですねえ! ジャーナリストだからってみんながみんな揃いも揃って国家や権力者に楯突きたいわけじゃないんですよねえ!

 私は事実を! それも人が生きる活力になり得る真実を伝えたいんですよ! ところが誰も彼もそれをパパラッチだのデバガメだのねえ!

 聞いてますギャランさん!? あなたもそうでしたよっ!?」

「きーぃてーるぞーぉ?」

 いつの間にかつまみや次の酒瓶、氷などが増えた机を挟んでディーナとギャランは騒ぎ続けていた。すでに基地の消灯時間は過ぎて、頭上では勝手に配線を引いた灯火管制用の電灯が二人を照らしている。

 かすかに漏れる光にスカベンジャーの横顔が浮かび上がるが、それ以外の誰も闇の中にはいない。シールマンもとっくに事務所を出た後だ。

「周りもそうなら会社の人だってねえ! 私がネタを持ってきたり企画を立ててみたりしても適当な返事ばっかりで、毒にも薬にもならないような記事ばっかり掲載すんですよ!

 反権力カルトよりはマシですけどぉ? 食べてけるだけの収入が得られればいいんですようちの会社の人らは! 隙間産業どころか虚業ですよキョギョー! 求人に書いてあった理念なんて影も形も無いの!」

 氷だけが入った空のグラスごと、ディーナは拳を机に叩きつける。泥酔したその様子に、同じく赤ら顔のギャランは腕を組んでしきりに頷く。

「つれーよなー。周りの連中にやる気が無いと空回りして珍獣扱いだもんなあ。つってもやる気満々の真帝国みたいなとこはそれはそれでブラックだもんなあ」

 適当に話を合わせつつ、しかしギャランは緩み気味な表情の中から鋭い眼光をディーナに向けていた。そしてぐずり気味に突っ伏すディーナの胸元にゆっくりと手を伸ばす。

「お前の言いたいことはよくわかるぜ、っと……。あー、この辺に入れておくもんじゃないのか?」

「ぬ、ぬふふ、どこ触ってんですかあギャランさん。そんなちっこいの触ってたらさもしいっすよ~。

 って誰がさもしい胸ですか! 余計なお世話ですわ!」

 虚空にツッコミを入れて上体を起こしたディーナに、ギャランは目的のものを見出す。上着の胸ポケットに入っているマイクロボイスレコーダーだ。

 無言でそれを取り出したギャランは、まじまじと機器を見つめる。記憶媒体を出し入れするようなタイプではなく、内蔵メモリに録音する簡易タイプである。ディーナの収入が窺える。

 そして電源は切れていた。ギャランはため息交じりにその電源を入れ、録音ボタンも押し込むと机の隅にそれを据える。

「スカベンジャー……と俺も同じだよ、記者さんよお。

 知ってるかい、デスレックスってゾイドはただ生きているだけでも他のゾイドをぶっ殺して食べちまう奴だ。戦闘ゾイドにするにはうってつけだって誰だって考えるよな?」

「知ってますよぉ~軍が自分でそう言ってますもぉ~ん」

 酔っ払いの反応は表面的だ。机の上に伸びるうら若き乙女の姿を前に、ギャランは徐々に表情を落ち着けていく。

「ところがなあ、ゾイド本来の格闘性能がいくら高くても一度に相手できる数は頭打ちがあるってんだよ。おまけに凶暴だし、温厚で火器を同じぐらい積めるグラキオサウルスの方が使いやすいんじゃないかって、デスレックスの配備計画は疑問符付きになっちまったのさ。

 特に他のゾイドを食べるってのがネックでなあ。ゾイドって引く手数多だろ? それを食っちまうってんじゃ維持費がかかりすぎるし、食べた分のゾイド以上の仕事が出来るかってのも怪しいんだわ」

 それはシールマンが食い止めていた真実の一端。つらつらと語るギャランを止める者はここにはいない。

「間違いなく強いんだけど、使いこなせない。それがデスレックスってゾイドに与えられた評価さ。

 それでも研究費を取り戻すためになんとかならねえのって、一番大人しい個体を、一応ゾイドであるジャミンガを食い放題の現場に放り込もうってアイディアで配備されたのがスカベンジャーさ。復元通算九号機……。

 ところがそれでも安全対策に金がかかるせいで赤字ギリギリの不採算部門さ、この部隊は。集められるのも困った人材ばっかになっちまった」

「アビーさんとベッキーさんとかむちゃ若いでしょう? あれなんなんですぅ?」

「軍が拾った孤児だってよ」

 こともなげにギャランは言う。そしてグラスの酒を回して氷を鳴らし、

「シールマンは士官学校時代に派閥争いに巻き込まれて睨まれた類いだし……。

 そして俺は、復元されたデスレックスの中でも一番のウスノロと相性が良かったダメテストライダーというわけだな」

 自嘲の笑みを浮かべるギャラン。自分を刺す表情を浮かべつつ、視線を向ける先はスカベンジャーだ。

「大きすぎる夢も力も、社会に収まりきらなきゃゴミってわけなんだよなあ。

 そんな世界を窮屈だと思えることだけが報酬なのかね、俺達にとっては……」

 問いかける先はスカベンジャーから、またディーナへ。しかしギャランが視線を落とすと、ディーナは酔いつぶれて寝息を立て始めていた。

 ギャランは意表を突かれた様子だったが、すぐに手を伸ばしてボイスレコーダーの録音を停止させる。

「……目を覚ました後に、この話をどう評価してくれるか。どうですかねえ?」

 ギャランはボイスレコーダーをまたテーブルに置くと、背後の闇の中に問いかける。

 そしてそこから現われるのは、兵舎に戻ったはずのシールマンだった。ギャランの肩越しにため息交じりの言葉を掛けてくる。

「……随分あけすけに語ってくれるじゃあないですか、ギャラン君」

「へへへ、酔っ払う作戦だからそこは誤差の範囲ってことでね」

 言葉を交わすギャランとシールマンの雰囲気は決して敵対的ではない。シールマンはディーナに情報を与えることを拒否していたはずなのにだ。

「消灯時間後の酔っ払いの言うことなら仕方が無いですね。規則もこの時間は眠っているというものです」

「お前があっさりとこういうことを許すとは思わなかったよ。付き合い長いのにな」

 ギャランはそう言いながら、余っていたグラスをシールマンに差し出す。しかしシールマンはそれを軽く制し、

「私だって現状に甘んじているのは耐えがたいことなんですよ、ギャラン君。かといって、シーガル派の真帝国に鞍替えするのもまっぴらですが」

「そこでコイツを利用しようってわけだ。悪党め。

 しかし、三文ゴシップメディアの記事なんかに希望を託せたもんかな?」

「タカ派のシーガルには無視できない内容になるでしょう。それにこういうことにすぐ食らいつく間抜けについて、あの派閥の中には一人心当たりがあるのです。

 そしてそれは我が隊の価値を高めることになるでしょう」

「へえ……どなたが釣り餌にかかってくれるんで?」

 面白がっている様子でギャランは訊ねる。次の酒を慎重に注いでいるギャランが真面目に聞いていないのを承知の上で、シールマンは遠い目で呟いた。

「士官学校の同期です。向こうは一応貴族の出ということで、ツテがあるのか義務教育を飛び級していましたが」

「ハハハ! ブルジョワ万歳!」

 一人で乾杯するギャランから完全に視線を逸らし、シールマンは格納庫の採光窓から見える夜空を見上げる。

 隣で騒がしいギャランの一方で、夜は圧倒的な沈黙を湛えていた。その中に何者かが潜んでいたとしても気付かせないほどに。

 だがシールマンの眼差しは確信がこもったものだった。己が立てた計算を信じる、知性と決断の光がそこにはある。

 

 そして翌日。

 二日酔いのギャランとディーナは格納庫裏にできたての肥料を雑草の茂みに吐き出す羽目となった。

 ディーナが録音に気付くには、今しばらくの時間が必要である。

 

新地球歴三〇年 九月一〇日 〇五二〇時

グラットン郊外

 

 地方都市の夜が明けていく。そしてその周囲の森にも陽光が差し込んでいくと、木々の合間に潜む者達も姿を現わす。偽装ネットを被ったキルサイス――ハバロフ隊だ。

『全機に告ぐ、攻撃開始一〇分前よ。準備よろし?』

 ハバロフからの通信は一方的なものだ。攻撃前の傍受を警戒している。

 攻撃前……ハバロフ隊はグラットン駐屯地を攻める構えだ。キルサイス達はグラットンの周囲に分散し、複数方向から駐屯地に向かう。

『戦力差は大きいけれど、各員がそれぞれの役割を果たせば目標を達成することはできる。あなた方を信頼しますわ』

 穏やかな通信に、ハバロフ隊の隊員達は静かに奮起した。キルサイス達は一層姿勢を落とし、攻撃開始に備える。

 

 一方通信を発したハバロフ本人は、通信の暗号化機器を搭載したトレーラーにスティレイザーを有線接続させていた。

 飛行できるキルサイスに比べて機動力に劣るため、その場所はグラットンに近い。道から外れた森の中に、より厳重な偽装ネットを被せられて潜んでいる。だが操縦席のハバロフは遠慮も無くため息を吐くと、

「いやーまったく情報管理が意外と厳重で困ったものね。お陰で情報部のディープスロートの世話になるし……でもそしたらわかっちゃったものね。あのシールマンの間抜けが隊長なんて傑作」

 他人に見せられたものではない嘲りの表情を浮かべ、ハバロフはシート上でふんぞり返る。

「あんな奴が任せられているんじゃ部隊もデスレックスも大したものじゃないわね。ま……その辺は知ってるのも少ないだろうし、デスレックスのネームバリューの方を利用させてもらうけれども」

 ほくそ笑むという言葉を辞書に載せるなら見本として添付できそうな表情のハバロフは、独り言を呟きながら耐Bスーツのグラブ部の据わりを改める。部下と異なり行動開始までまだ余裕があるためか余裕綽々だ。

「士官学校での恨みを完全に果たさせてもらうまでのことよシールマン……。あの時はアンタにとどめを刺せなかったけれども、戦場ではそうはいかないわ……!」

 息巻くハバロフ。そしてその上空を、偽装を解いた部下達のキルサイスがフライパスしていった。

 

新地球歴三〇年 九月一〇日 〇五三二時

グラットン駐屯地

 

 二日酔いでへろへろになり、ぶちまけた吐瀉物を掃除する一日を過ごしたディーナはようやく一心地付いていた。格納庫の隅で眠る顔に日の出の輝きがかかり、しかし不意にその光が陰る。

 直後、突然の爆発音にディーナは飛び起きる。格納庫内のゾイド達もスカベンジャーを除いて小さく身じろぎした。

「わああああなんですか! 戦争!? 真帝国!?」

 寝ぼけよろめいたディーナは、スカベンジャーが乗せられたトレーラーに顔面から激突する。そこで完全に目が覚めると、視界を求めて採光窓と隣接するキャットウォークに駆け上がった。

「うわーっ真っ白!?」

 格納庫間の連絡路や軽飛行ゾイド用の離着陸ポートが並んでいるはずの駐屯地が、窓の外に確かめられない。もやか霧か、白い気体が格納庫のすぐ外に充満しているのをディーナは目撃した。

「ええー……どうすりゃいいってのよこれは。人を呼ぶ……いや私はここにいないことになってるしなあ」

 狼狽えるディーナに、再び爆発音が届く。白い闇の奥で戦闘が繰り広げられていることは明らかだ。なにか風を切るものが上空を通過していくのも気配でわかる。

「うわあああ……ギャランさーん、シールマンさーん……」

「クレイトンさん! いますか!」

 情けない声に応じるように、格納庫の勝手口を蹴飛ばしてシールマン達が格納庫に駆け込んでくる。ギャランも、アビーもベッキーも揃ってこの煙幕の中を強行突破してきたらしい。

「いまぁす! こんな状況でどっか行ったりなんてできないですよ!」

「それは結構。

 現在グラットンは不明な勢力から攻撃を受け煙幕を撃ち込まれています。恐らく真帝国軍……駐屯地機能の破壊が目的だと推測されます。危険ですので、私のディメパルサーの操縦席に」

「ゾイドに!?」

 思わず問い返した次の瞬間、窓の外で至近距離への着弾が爆煙を上げた。煙幕を吹き散らす威力は、隣の格納庫への直撃弾だ。

「の、乗ります! 乗せて下さい! 乗らないと死ぬ流れだこれ!」

「その通りだから急いで下さいね。

 アビーとベッキーはディロフォスを先行させて周囲を確保。ギャラン軍曹はスカベンジャーのトレーラーに鎮静剤カートリッジを搭載し出動準備。出来次第私が牽引し格納庫から離脱します」

「アイアイ隊長!」

「行くよーみんなー!」

 耐Bスーツをすでに着込んだアビーとベッキーが手振りをすると、バイザーを発光させそれぞれのディロフォスが駐機スペースから前進する。二人は慣れた身のこなしでその体を駆け上がり、操縦席に飛び込んでいった。

 格納庫のシャッターが開き、密度濃い煙幕が格納庫にも入り込んでくる。その中に残された三人は、ギャランがトレーラーへと走り出し、

「ではこちらに。本来一人用の操縦席なので狭いですがご容赦を。あと、ヘルメットの着用も……」

「こ、こちらこそ。

 しかしシールマン隊長。この敵襲、もしかして、敵の狙いはデスレックスなんじゃあ……」

 キャットウォークから滑り降りたディーナが訊ねると、シールマンは一瞬動きを止める。しかし表情をディーナに見せないように踵を返し、

「攻撃されているのがこの駐屯地そのものである以上、うちのスカベンジャー『も』狙われているというのは間違いないですね。

 まあ、なんであれ全力で対抗するしかないですよ。

 急ぎましょう。この格納庫ごとやられては悔やんでも悔やみきれない」

 そう言うシールマンの声は今まで通り平板な調子だ。

 だがそこにことの成り行きを悠々と見守っているような、そんな余裕を感じてしまうのは、ディーナが戦いの現場を知らないからだろうか。

 

新地球歴三〇年 九月一〇日 〇五三六時

グラットン駐屯地

 

 市街地を駆け抜けたハバロフのスティレイザーは、駐屯地のフェンスを踏みつぶして敷地内に侵入した。

 先行したキルサイスがスモーク弾をばらまいた駐屯地は白い煙幕に包まれ、さらにタイムボムの投下と斬り込みによって混乱に陥っている。スティレイザーの出現に気付いたのは、駐屯地の外にいる市民の方が多いほどだ。

「警察のゾイドが出てきたらそれは多少厄介だけど、駐屯地の中に入ってしまえば手出しはできないでしょうね」

 軍と警察の間には緊張が生じるものだ。それはこの帝国でも変わらない。そして今や真帝国の一員であるハバロフはそれを鼻で笑って機体を駐屯地内に進ませていく。

 ハバロフ隊のスティレイザーは計三体。ただでさえ帝国軍の正式採用ゾイドの中でも最重量級の機体が複数、しかもこの煙幕の中では駐屯地側のゾイドは同士討ちを避けるために警戒を余儀なくされている。負けようが無い陣容だ。

「先行チーム、敵の情報を頂戴。ターゲットのデスレックスは確認できているのかしら?」

『いえ、事前情報で確認していた格納庫はもぬけの殻でした。ですが照明などは点いていたのでタッチの差だったはず』

「ふぅん……。急いで探しなさい」

 指示を下すハバロフは、そこで煙幕下のために起動していたサーモビジョンからの反応を見る。煙の奥でこちらに射撃体勢を取っているゾイドが三体。

「散開! スティレイザー班、戦闘開始!」

 号令に部下は素早く応じる。訓練を経ているのもあるが、皆没落すれど貴族の子息だ。プライドに裏打ちされた士気の高さはただの帝国軍に真似できるものではあるまい。

 そしてそれはハバロフ自身も同じだ。

「相手はバズートル。

 ふん、どこの馬の骨が乗っているかわからないけれども、私とこの〈サンダーボルト〉号に傷を付けるには至らないわ」

 ハバロフのスティレイザーはバズートルめがけて距離を詰めていく。その足取りは一直線の力強い物だが、巨大なフリルを備えた頭部を振り乱す姿はあたかも左右に回避運動を取っているかのようで、相手に狙いを定めさせないはず。

「サンダーボルト号は真帝国のエースであるアルドリッジ少佐が以前愛機としていた個体! 経験豊富なゾイドにこのハバロフ家の私が乗ることでその戦力は相乗効果により――」

 口上を上げていると、バズートルからのミサイルがフリルをかすめていった。思いの外正確な狙いに、ハバロフはピタリと口を噤む。

「――下劣な者は余裕が無いものね!」

 青筋を浮かべ、ハバロフはスティレイザーを敵の隊列に突入させた。頭部ガンブレードを展開した側面ランチャーに突き刺して密着発砲すれば、誘爆の勢いで敵の一体は派手に横転していく。

 さらに振り向きざまに、ハバロフは操縦レバーを押し込みマシンブラストを起動。フリルが前進し、電撃端子にスパークが漲ることで強烈なシールドバッシュが繰り出される。

 直撃を受けた隊列中央の、恐らく隊長機は電装系が焼き切れることで生じた黒煙を煙幕の中に噴き上げ、マーブル模様を生じさせながらも下がろうとした。通信機も破損したか、拡声器で無理矢理部下に指示を飛ばしている。

『クラップ! トランパ! 下がれ下がれ! インファイトじゃ勝ち目が無いんだよこんな奴!』

「フン、なんたる惰弱。諦めるのが早いというもの!」

 響く男の声に応じ、さらにハバロフは電撃を相手に叩きつけていく。バズートルは悲鳴を上げ、しかし這ってでも動こうとしていた。残る二体も、部下達の機体を相手に抵抗を繰り広げながら逃走を試みている。

「やはり堅い機体ではあるわね。しかしこれまで――」

 とどめにバズートルの頭部を踏みつぶしてやろうと操縦レバーを押し込んだハバロフだが、そこで通信機に走ったノイズを聞き逃さない。視線を左右に走らせ、

「強制割り込み……電子戦機?」

『グラットン駐屯地で戦闘中の全部隊に告ぐ。こちらは第4989小隊』

 響く声に、ハバロフは思わず顔を上げた。忘れるはずも無い、この声は、

「シールマン! ディメパルサーから呼びかけているんだわ……。どこから」

『基地司令より許可を取り、ただいまより我が隊のデスレックスの全力稼働を開始する。格納庫エリア、並びに離発着ポート近辺の部隊は直ちに退避されたし。

 ……特にゾイドを装備した部隊。デスレックスに捕食される危険がある。最優先で退避を』

 強制入力での通信は当然ハバロフ達にも聞こえている。それを失念するようなシールマンではあるまい。ハバロフにはそれを確信する記憶があった。

 さらにシールマンの声も、

『そして当駐屯地を攻撃している武装勢力に告ぐ。

 因縁に決着を付けようか。覚悟は決めてきているんだろう。存分に蹂躙されるといい』

「あの野郎……」

 シールマンはこちらの正体を理解している。そのことにハバロフは歯噛みしたが、しかし即座に余裕の笑みを浮かべてみせた。

「自分からデスレックスを差し出してくるとは、根っからの庶民根性はそのままのようね!

 各員、打ち合わせ通り対デスレックスの陣形を取りなさい! この作戦の要点よ!」

『中尉、ジャミングが始まりました。至近の通信以外妨害されています』

「は!? 自分は言うだけ言って!? シールマァン……!」

『中尉……?』

 歯ぎしりするハバロフに、部下は怪訝そうだ。しかしハバロフはすぐに顔を振り、

「いいえ、問題なくてよ。もとより対デスレックスシフトはスティレイザー班によるもの。このまま仕掛けるわ。

 あなた達も構えなさい!」

 ハバロフが呼びかければ、部下の二体のスティレイザーは当初の予定通りハバロフのサンダーボルト号と背中合わせになり三方向への警戒の態勢となる。全機がマシンブラストを起動すれば盤石の構えだ。

 敵の火力が集中すれば危険だが、周囲には隊員達のキルサイスが展開している。バズートルの部隊もいたが彼らがとどめを刺しているだろう。他の駐屯地の部隊も、恐らく。

 その時、ハバロフの眼前に一発の砲弾が落ちる。炸裂でまき散らされた弾片や土は前進したフリルの表面で弾かれ軽い音を立てた。

 そしてその爆風によって、突如として周囲の煙幕が晴れ朝の日差しが差し込んでくる。

「……? まだスモーク弾の継続時間内のはず!」

 キルサイスのスモークディスチャージャに装填されていたスモーク弾は、落下した場所で煙幕を吐き続ける仕様だ。まだ爆風程度で晴れ上がるような時間帯ではない……そう疑念を抱いたハバロフは、煙の切れ目に小さな機影を見た。

 煙を噴くスモーク弾を、一機のディロフォスが抱えているのだ。そして踵を返して煙幕の中に消えていく。

「て、手作業……。

 よくも! 待ちなさ――」

 フリルに装備された対空レーザーを一斉に稼働させ、ディロフォスに掃射を浴びせようとするハバロフ。しかし消えていくディロフォスと入れ替わりに現われるものがある。

 水中から浮かび上がるように、白煙を掻き分けて出現するのはオリーブドラブの巨大ゾイド。デスレックス、スカベンジャーだ。

「ぐっ……現われたわね。

 ん……?」

 分厚く巨大な顎を備えたその頭部に、ハバロフも流石に気を引き締める。そして改めて見る相手の姿に、ハバロフは目をこらした。

「武装が……?」

 増えている。先日ジャミンガ相手に出動する時には存在しなかったはずの装備が各所にマウントされている。空中に向けられたミサイルランチャーと、折りたたみ式砲身を備えたインパクトキャノンが二門だ。

「それが対戦闘ゾイド用の装備というわけかしら……!?」

『お、気になってるな?

 この武装はだなあ、お前らのお仲間がさっきぶっ壊した余所の格納庫からガメてきた物品だ。

 こんな上等な装備うちの隊には回ってこないぜガハハ』

 警戒するハバロフに、スカベンジャーからギャランの無遠慮な笑い声が響き渡る。こちらの声は聞こえていないはずだが、見透かすようにギャランは続けた。

『下調べとかはしっかりやってたろう。アンタのことはうちの隊長から聞いてるぜ。

 クエンティーナ・ハバロフ。真帝国に出奔する前の最終階級は……中尉だったか』

 見事に言い当てられたハバロフは息を呑んだ。そして止める間もなく、ギャランは言った。

『あんた、士官学校の頃うちの隊長をシーガル派に引き込もうとして声を掛けたのにけんもほろろに追い返されて、逆ギレして仲間に嫌がらせを指示してたんだってなあ。

 お可愛いいじめっ子ですこと。おほほ』

「し……シールマァァァン!」

 五年ほど前のやりすぎた記憶をほじくり出され、ハバロフは激昂した。

 

新地球歴三〇年 九月一〇日 〇五四四時

グラットン駐屯地 九番格納庫

 

「そんなことがあったんですか?」

 襲撃で破壊された格納庫にあえて潜むディメパルサーの中で、ディーナはシールマンに訊ねていた。前傾したライド姿勢のシールマンは、操縦席後部の簡易ベルトで体を固定するディーナからは背中しか見えないが、

「まあ……お恥ずかしい限りです。

 士官候補生の囲い込みは当時は様々な派閥が行っていましてね。今真帝国問題で世を騒がせているシーガル元准将の派閥も候補生に働きかけをしていました。

 特に元准将は現状に不満を抱いている者を刺激するのが得意でしたからね。惑星Zi時代は名家であったハバロフ家の息女である彼女も早い段階でシーガル派の勉強会に加わっていました」

「と、特ダネですよそれは。シーガル准将の手がそんなに前から……」

 ハーネス状のベルトに固定されたまま、ディーナはメモ帳とペンを取り出した。すぐに今聞いたことを記録し始めながら、彼女はシールマンに問う。

「ちなみになぜ当時のハバロフ中尉は、シールマン隊長に声を……?」

「私が主席になる見込みがあったからですかね。

 しかし断った結果、彼女らの嫌がらせなどによって試験に出席できなかったこともあって残念ながら今の私はこんな閑職ですが。

 シリーというあだ名を戴いたのもその時でしたね」

「お、おう……」

「なにかロマンスでもあった方がよかったですか?」

 シールマンは振り向いて、小さな笑みを見せる。ハバロフ某に向けたような『見透かし』の気配を感じたディーナは憤慨した。

「そんな芸能記者みたいなこと思いませんよっ」

「その調子で報道して下さいね」

 初めて報道に前向きな言葉を聞き、ディーナは自分の耳を疑った。しかしシールマンはすぐに視線を前に向け、

「おっと、こちらにも敵が来ましたね。戦いますから舌を噛まないように」

 シールマンと同じようにディメパルサーも身じろぎした。

 ジャミングをかけるにあたり「相手の会話に大音量で妨害をかけるようなものです」とシールマンは説明していた。軍用ゾイドなら『音の出所』ぐらいすぐに発見できるということだろうとディーナは納得する。

「アビー……はスモーク弾の処理中でしたね。ベッキー!」

『オッケー隊長!』

 瓦礫に潜むシールマンのディメパルサーの前、未だ残る煙幕の中にキルサイスの影がよぎる。それはディメパルサーの存在に気付くと接近してくるが、そこへ横様からディロフォスの蹴りが突き刺さった。

『でぇ――い!

 こいつら普段見ないゾイドですよね? どこのでしょう?』

 キルサイスを背後から押さえつけるベッキーはのほほんと問う。シールマンもディメパルサーを前進させながら唸り、

「去年の軍関係報道で開発中だと報じられた新型のように見えますね。カマキリ種ゾイドの発掘はかなり早い段階で始まっていましたし活用したい資材ではありましたしね」

『じゃあ将来私達もこれに?』

「うちの隊に新型はなかなか回ってこないでしょうし、スカベンジャーに対するセーフティとしてディメパルサーとディロフォスという組み合わせは崩せませんよ。

 ……今のままではの話ですが」

 ベッキーに応じつつ、シールマンは無造作に操縦レバーを操作し煙幕の中に火器を向けた。発砲と同時に両腕に鎌を備えた影が仰け反り、倒れ伏していく。

「ま、ギャラン君の活躍次第かもしれませんがね。

 クレイトン記者、カメラは忘れていませんね?」

「え? ええ、まあ……」

「戦場まで前進しますので特ダネを撮り逃さないように。

 ベッキー――アビーも、援護をよろしく」

 サムズアップを見せ、シールマンはディメパルサーをさらに前進させていく。ディーナは唖然とした。

「ちょ――マジですか!?」

「安心して下さい。我が隊と、我が愛機〈ミス・スクリーチ〉はギャラン君のスカベンジャーにも負けない優秀なゾイドですよ。

 あなたの安全は保証しましょう。アビーとベッキーもいますしね」

 ディメパルサーが煙幕の中を突き進んでいく。シールマンの指示でカメラを取り出したディーナは、自分の想像以上の出来事の最中であることを自覚し生唾を飲み下すのだった。

 

新地球歴三〇年 九月一〇日 〇五四九時

グラットン駐屯地

 

 逆上したハバロフのスティレイザーが突撃してくるのを前に、ギャランは一度手を組んで腕を伸ばし、肩の関節を鳴らす。そうして据わりを改めてから操縦レバーを握り、

「キチンとした武器を使って戦えるなんて久々だぜ……っと」

 よその部隊の物ではあるが、ベッキーのディロフォスの手を借りて装着した武装。普段はデスレックスの最大スペックに武装の能力が上乗せされては危険と言うことで支給されていない物だ。

「緊急避難行為! いい響きだぜえ!」

 突進してくるスティレイザーを、スカベンジャーは横に躱す。そしてその土手っ腹に、体側に負ったインパクトキャノンの砲身を押しつけた。

 発砲と着弾。その爆炎はギャランの想像より大きかった。だがギャランは薄笑いを崩さず、

「スティレイザーは全身をリアクティブアーマーで覆っているからな。その手のを貫通できる装備がありゃ良かったんだが……!」

 リアクティブアーマーは、装甲ブロックに封入された爆薬によってある種の砲弾が生じさせる破壊力を打ち消す装甲だ。単純に装甲を貫通する砲弾には効果が薄いのだが、あいにくインパクトキャノンはリアクティブアーマーと相性が悪い。

 スティレイザーは傾ぐが、突進の勢いから振り向いてスカベンジャーに振り返る。砲弾が直撃した機体側面からは煙が上がり続けるが、その動作は淀みない。ダメージを感じさせない動きだ。

「だが全裸になるまで撃ち続けりゃあぶっ壊せるだろうよ! 存分にやろうぜスカベンジャーよぉ!」

 スカベンジャーはギャランの操作に従い、反転してくるスティレイザーを攻撃し続けた。砲撃に加え咆哮も浴びせかける。

 だがスティレイザーはその直撃をフリルで受けながら再度の突進を完遂する。下から抉り込むように、電撃端子を備えたフリルはスカベンジャーの顔面を打ち据えた。

 スパークが散り、スカベンジャーは後ずさる。そして突進してきたスティレイザーはそのまま頭部に備えた多彩な火器を連射し、スカベンジャーを追い詰めようとしてくる。

 装甲と頑強な骨格が攻撃を弾けさせる轟音の連続に、ギャランは思わず興奮して前のめりになった。

「はっはーっ! ジャミンガ相手じゃこうはいかないよなあ!

 おおっ!?」

 よろめくスカベンジャーの上で笑うギャラン。そんな彼を背後から突き飛ばすような衝撃が走る。

 スティレイザーは他に二体が存在する。彼らもスカベンジャーへの攻撃に加わっていた。レーザーと砲弾の嵐の中で、スカベンジャーは右に左へと揺れるばかりだ。

『どうしたのかしら? 総身に知恵は回りかねということかしらね、デスレックス閣下!』

 スティレイザー〈サンダーボルト〉号からハバロフが猛々しい叫びを上げる。そして僚機からの攻撃で釘付けしたスカベンジャーへ、ハバロフは再び突進した。

『その馬鹿でかい首を真帝国と帝国貴族の未来のために捧げなさい!』

 身をよじるスカベンジャーを打ち据える一撃。さらに残る二体のスティレイザーも突き飛ばされたスカベンジャーを弾き飛ばすようにマシンブラストで激突していく。連続する電撃はスカベンジャーの各部から煙を上げさせ、鋭く分厚い牙の隙間からは唸り声が漏れる。

『いかがかしら。シールマン程度に任せられる部隊ではやはり私達の相手は困難で?

 しかしあなた方がどの程度であろうと、その撃破を大々的に利用させていたくことは変わりなくてよ』

 ハバロフの声は死刑宣告じみた毅然さをたたえていた。だがそれに対してギャランの笑みは崩れない。

「ヒヒヒ……偉そうなことを言っちまったか。じゃあここまでかな、あんたらの全力は。

 スカベンジャー、ぼちぼち蹴散らしてやるかあ」

 ギャランは操縦レバーに取り付けられたセーフティを解除しつつ、外部拡声器をまた起動する。

「ハバロフ中尉殿、勝ち誇るのは相手にトドメを刺してからじゃないとなあ」

『――なにを……?』

「この程度で始末できるような伊達な代物だったら、デスレックスなんてみんな処分されてるはずなんだよ。扱いきれないんだから。

 それが他は眠らされて、このスカベンジャーだけどうにかできないかと渋々ながら試されている理由ってのを、少し考えるべきだったな」

 告げながらギャランが操縦レバーを押し込めば、スカベンジャーのワイルドブラストが解放される。体側のデスジョーズの展開――そして火器の影に隠れていた鎮静剤カートリッジのイジェクト。

「さあ……もう取り返しがつかないぞ。

 普段はトレーラーから十分な量の鎮静剤が供給されてた所、今日はちょっと前からカートリッジからの最低量だった上にこんだけバチバチ電気流されちゃあな。

 スカベンジャーが大人しめだとしても、そろそろ抑えが効かなくなる頃だ。そうは思わないか? 貴族様よう」

 そう告げながら、ギャランは操縦レバーから手を放し機体コンディションを写すコンソールに触れる。そしてそれに応じるように、スカベンジャーはおどろおどろしい叫びを上げた。

「お前も試されてばかりで辛いよな、スカベンジャー。

 逆に試してやろうじゃないか。お前達は俺達を押さえ込めるのかって、な」

 声が向かう先は眼前のスティレイザー達。ギャランの視線は、バイザーの奥で敵ゾイド達の本能が震えるのを見た。

 

「フン! いくらご託が立派だろうと実力は誤魔化せなくてよ!

 総員かかれ!」

 愛機の身じろぎを抑え込み、ハバロフは前進させた。だがまるで、膨れあがるスカベンジャーの気配に押し出されるように操縦レバーを握る手に負荷がかかる。

「くっ……」

 気圧されているのは自分か、ゾイドか。生粋の捕食者を前に、ハバロフは未知の感覚を覚えていた。貴族たらんと人の世に向き合う身が知ることは無いはずの猛々しい野性。

 それ故か、恐れを知らぬ者もいる。

『中尉! 先に行きます!』

 部下のスティレイザーがハバロフの隣を追い抜いていく。その駆け足はスカベンジャーに到達するが、

『ばぁ』

 ギャランがふざけたような声を上げれば、スカベンジャーはデスジョーズを翼のように広げスティレイザーを待ち受ける。巨体が膨れあがったかのような対面の変化に、スティレイザーの行き足が鈍った。

『ようやく怖がるとか本能死んでんじゃないの? ゾイドはともかく、ボンボンのお前はさあ!』

 閉じるデスジョーズがスティレイザーの頭部を捉えた。そして挟み込まれた頭部めがけ、裂けるように開かれた本来の顎が襲いかかる。

「ブーフハイム!」

 思わず名を叫んだハバロフの声は、金属が激しくひしゃげる激音に掻き消された。部下のスティレイザーは四肢を突っ張り尾を振り乱し、死の顎を逃れようとしていた。

「テューダー! 援護なさい!」

 肌が粟立つ感覚を覚えたハバロフは突進の足を止めさせ、部下と共に救出の射撃を放つ。だがスカベンジャーはその名に反して、もがくスティレイザーを旺盛に咀嚼していった。

「ぐっ……やめなさい! ケダモノ!」

 ハバロフはサンダーボルト号を背後に回り込ませ、電撃突撃をスカベンジャーの横尻に叩きつける。流石に思わぬ刺激だったか、スカベンジャーは顎を四方に開いて横っ飛びに逃れた。

 ブーフハイムのスティレイザー〈ハルバード〉号は健在だった。しかし、そのフリルは右側を全て失い、頭頂部の対空砲も一方が引きちぎられていた。

 スカベンジャーの口の中では、軍用の防弾鋼板も砲身を形作る鋼も、最新鋭のレーザー機銃も一緒くたに噛みしめられている。今更ながらにリアクティブアーマーの爆薬が誘爆するが、スカベンジャーにはそれすらも味わいの一端でしかなかった。

 口内で回転するドリルが全てをミキサーする。その様子にハバロフは戦慄するばかり。

「最新技術製の合金がまるでパイ生地……。これが金属生命体の捕食者ということかしら……!?」

 狼狽えながらも、部下達を率いる責任感がハバロフの冷静さをつなぎ止めていた。

「背後を狙いなさい! 口が最大の武器である以上、前に出ない限り危険は無いはず!」

 指示に、テューダーのスティレイザー〈タービュランス〉号が駆け出す。ハバロフもサンダーボルト号をスカベンジャーの背後に走らせれば、バイザー越しの粘っこい視線が追いかけてくる。

 スカベンジャーの視線が自分を追ってくるのを確認し、ハバロフはテューダーの攻撃のために火力で注意を引くことに専念。しかしその一方で、火力を集中しているにも関わらずじっと視線を向けてくるスカベンジャーの巨体は先程までとはもはや別種の生物だ。

 小揺るぎすらしないその姿を睨み付けるハバロフ。そしてその視野の奥でテューダーがスカベンジャーの背後から突撃する。

 長い胴体の先に頭部を持つスカベンジャーは、振り向いている以上テューダーの側を見ることは出来ない。その隙を突いてタービュランス号がマシンブラストを仕掛けた。

 だがその瞬間、完全に視線を切ったままに図太い尾がタービュランス号の双眸を横薙ぎにする。バイザーの破片が飛び散り、その下に残るゾイド本来の目が驚きに見開かれるままに露わだ。

「見えていないはずなのに……!?」

 捕食者のセンスは人類の理解の外だ。そうハバロフは息を呑むが、

『俺が見張ってるって忘れてるだろ』

 ギャランのにやついた種明かしの一方で、スカベンジャーは機敏な反転を見せた。目眩を覚えたように首を振るタービュランス号を、スカベンジャーの捕食口が上から押さえつける。

 捕食の乾いた音は先程と同じ。だがテューダーはパニックの叫びを上げながら、スカベンジャーの顎の中で抵抗の射撃を放つ。弾ける光が隙間から漏れ出るが、金属が潰れる音と共にその勢いも弱まりつつあった。

「テューダーを放しなさいっ!」

 まるで後回しにされたかのようになったハバロフは複雑な怒りに声を震わせる。仲間を、それも食い散らかすように脅かす敵の不作法へか、まるで己を品定めされメインディッシュに残されるような侮りへか。ハバロフには形容する言葉も間も無い。

「でやあああっ!」

 裂帛の気合いを乗せた突撃。だがそれを迎え撃ったのは、吐き捨てるように放り投げられたタービュランス号の背中だった。

 

 他のゾイドのような前傾姿勢ではない、玉座のような操縦席でギャランは全てを睥睨していた。

 やはりフリルを噛み砕き投げ飛ばしたスティレイザーが、ハバロフ機と激突し地表に転がる。だがハバロフは怯まず、仲間を庇うように機体を前に出した。

「……いいねえ」

 貴族がどうの、シールマンとの因縁がどうだのはギャランにとってはさほど重要ではない。必死、決死の敵と相対していることこそがギャランと、彼に伝わるスカベンジャーの喜びである。

 帝国のデスレックス達が受けた、人の手に余るか確かめるためのおっかなびっくりの試験。その結果として最強の捕食者の一角でありながら、最も愚鈍だとされ腐肉食者(スカベンジヤー)などと名付けられたこの機体。

 だがそんな不敬はもはやこの戦場には残っていない。最強の捕食者に相対するは、命振り絞る抵抗者ばかり。

「まあ楽が出来る分にはお前にとっては悪いことじゃなかっただろう。だが血湧き肉躍る戦いもお前の本能が求めるもののはず……」

 ギャランの呟きに、対空レーザーを噛み砕きながらスカベンジャーは吐息を漏らす。引きつったようなその唸りは、確実に含み笑いに聞こえた。

 スカベンジャーの闘争心は勿論存在する。そしてそれ故に、ギャランがうちに秘めるものも見抜いているのだろう。

「ま、俺もゾイド乗りだものな……」

 ギャランは視線を上げた。見下ろしていた敵を、前のめりになって睨め上げる。そうして自分を投げ出すようにして、スカベンジャーを敵に突っ込ませていった。

「ハハッ! 楽しいなあ!

 全力で頼むよ真帝国! 俺もスカベンジャーもこんな戦い初めてなんだ!」

 興奮でうわずった声に、ハバロフは気圧されたようだった。

『――キルサイス隊、援護しなさい! なんとしてでもこいつを仕留めますわ!』

 叫びと共に、背後の仲間を守るように吠えるスティレイザー。そしてその指示に応じて、周囲に残る煙幕の中から黒い影がスカベンジャーに殺到する。

「ハッ! 数に群がられるのも大物の宿命だな!」

 電磁サイスの閃きがスカベンジャーの装甲を苛んだ。突撃の一歩を強く踏んで足を止めた巨体が、その鼻先から尾先までをうねらせてキルサイスを振り払いにかかる。

 ダイナミックな動作は細身のキルサイスを容易く吹き飛ばすが、振り下ろした鎌を食い込ませた何体かはそれを引っかかりに食らいつく。手が届かないスカベンジャーには対応しにくい位置。

「大したガッツだ」

 ギャランの笑みは賞賛に満ちている。そして背後の敵に振り返る一方で、その手元でトリガーが引かれた。

 背面にマウントされたミサイルランチャーが、キルサイス達の顔面めがけて放たれる。至近距離のため弾頭は安全装置に封じられているが、射出の衝撃が直撃する威力は小型ゾイドには耐えがたいものだ。

 そして再びキルサイスを振り落とすうねりから、スカベンジャーは全身を前に捻り込んでいく。

 だがその眼前に迫るのはカーキの一面。電撃混じりのシールドバッシュはハバロフの一撃。

『怪物……悪魔め!』

「相手にとって災難であることは捕食者の誉れだよなあ!」

 拡声器越しにぶつけ合う声。その応酬の一方で、食らいつくスカベンジャーと迎撃するスティレイザーの打撃はタイミングを一致させていた。

 スカベンジャーの機先を制さなければ巨大な顎はスティレイザーを捉える。抵抗者の戦いは一瞬を押さえ続けなければならない。タイミングがずれた瞬間が決着だ。

 激突は金属の響きに、スティレイザーが響かせる大気焦がすスパーク。そしてスカベンジャーが漏らす焦れたような唸りは、明らかに相手を捕食対象と捉えた禍々しさがこもっていた。

 交錯は一度、二度、三度。そして金属を引き裂く高い音が響き、スカベンジャーの口の端に鋼がなびく。

『くっ……うう……』

『中尉、スティレイザーが全機損傷しては……』

 フリルを引き裂かれた三体のスティレイザーの前、幾度もの電撃と斬撃を浴び蒸気を上げながらスカベンジャーはその巨体を大地の上にそびえさせていた。その口内から響く咀嚼音に、三体はうずくまる。

『ぐうう……こうなれば仕方ありませんわ……。

 撤ッッッ退ッッッ!』

 ハバロフが上げる苦渋の声。そしてスティレイザーに搭載されたなけなしのスモーク弾と信号弾が一斉に放たれた。

『その首預けましたわよ……デスレックス・スカベンジャー号!

 その禍々しきさま、真帝国がいずれ必ず打ち取りますわ!』

「おお……また来てくれるのかい。さすがクーデター軍だ、ギラギラしてんなあ」

 再びの白い闇、そして信号弾の赤い光が散乱して染まる中にスカベンジャーは残る。まるで黄昏のような景色の中に独り。

 スカベンジャーは頭上からの光を浴びて深い影を帯びていた。その中でギャランも前のめりの姿勢を緩め、シートの背もたれに体を預けた。

「俺達は……おしまい。

 楽しかったな、スカベンジャー。次はあるかな」

 扱いが困難なデスレックスを、細々と活用するための4989小隊だ。この激しい戦いの後、いかなる扱いがこの部隊を待っているか。

『――ギャラン君、お疲れ様です。ハバロフ達の追跡は帝国航空隊が引き継ぐそうです。』

 シールマンの通信がギャランを労う。

『グラットン駐屯地は防衛に成功しました。

 ……まあ、彼女達の目的は君のスカベンジャーだったんでしょうけどね』

「またこいつの疫病神遍歴に新たな一ページかな」

 自嘲気味なギャランに、仕方なさそうなシールマン。その懸念は小隊に根付いたものだ。

 それに立ち向かえるのは一人。

『大丈夫です! ギャランさん達の戦いは咎められるようなものではありません! そんなの……当たり前じゃないですか!』

 声はシールマンの背後にいるディーナのものだ。シールマンの肩越しであろうに、通信機のスピーカーに音割れを起こしかねないほどに張り上げられた声だ。

『真帝国の攻撃を追い返したのは皆さんの功績ですよ! それだけは……絶対に事実です!

 だから、事実があるなら……ここから先は私が戦います!』

 ディーナが力説する間に、朝の風が煙幕を流していく。信号弾も落ち、本来のグラットンの街が周囲にその姿を取り戻す。

 傷一つ無い素朴な地方都市。それはハバロフ達の目的がスカベンジャーただ一体であったことの証左にして副産物――。

「……ま、よろしく頼むよ、ジャーナリストさん」

 ギャランがスカベンジャーを振り返らせると、シールマンのディメパルサーやアビー、ベッキーのディロフォスが駆けつけてくる。さらにその背後には、キルサイスの迎撃に向かいスカベンジャーから距離を取っていた駐屯地の他の部隊の姿もある。

 畏れられるべき存在。それに向かう答えは、すでに生まれつつあった。

 

新地球歴三〇年 一〇月二三日 一五一一時

真帝国占領エリア某所

 

 そして一ヶ月の月日が流れた。

 真帝国軍は一時帝国首都を占拠するも、決戦兵器オメガレックスの撤退と女帝フィオナの救出をきっかけにその優位も手放すことを余儀なくされた。

 だが各地での抵抗は続き、さらに未知の勢力の後ろ盾までついたことで混乱は広がっている。今日も大陸の一角にて――、

「帝国臣民の皆様こんにちは、軍広報部のディーナ・クレイトンが本日もデスレックス部隊の活躍を現地からお届けします」

 戦場を遠巻きに見る位置に、中継設備を乗せたトレーラーを引いたキャタルガが停車していた。その傍らに立つのは、帝国軍服に身を包んだディーナだ。

 4989小隊の一件は確かにディーナの手によって記事となった。だがそれはディーナが務めるESBCには扱いあぐねられ報道されることはなく、社を飛び出したディーナを受け入れたのが帝国軍の広報部であった。

 そして彼女と4989小隊は今日も活動を続けている。その場所を変えて。

「シールマン()()? そちらはどうですか?」

『こちらシールマン。我が隊は真帝国に占拠された拠点に進攻します。

 デスレックス・スカベンジャーを突入させることで真帝国軍を拠点からあぶり出すことが期待できますので、それを周囲の部隊が撃破する算段です』

 生中継だが、作戦行動が筒抜けでも4989小隊には関係ない。むしろこの報道は真帝国に対する情報戦略でもある。ゾイドの捕食者デスレックスが攻めてくるという恐怖心を植え付けるための。

 グラットンでの戦いと、それがディーナによって報道された成果だ。そしてそれは帝国軍に利用される形ではあるが、ディーナやシールマン、ギャラン達の居場所をここに作っている。

 それは広く自由なものではないが、かの巨体の持ち主には関係ない。

『こちらギャラン! スカベンジャー拘束解除! 突入するぞ、アビー、ベッキー!』

『よっしゃーやるぞーっ!』

『イエーイディーナ! 綺麗に撮ってねー!』

 丘の向こうに望む真帝国の拠点を前に、ディメパルサーとディロフォスと引き連れたスカベンジャーがトレーラーから降り立つ。そしてその周囲の帝国軍部隊が彼らに向ける視線は、以前とは違う。ディーナが引き連れた撮影スタッフ達の視線も。

 不遇を抜けて勝ち取った視線は、まだ好ましいものではない。だがスカベンジャーの力はこの戦乱の時代に突き立つ絶対的なものの一つだ。

 そしてその力が支えるものが増えていけば、この視線はまた違う形に変わるかもしれない。咆哮を上げるスカベンジャーの姿を遠目に、ディーナはそんな未来を予感する。

「デスレックス9号機・スカベンジャーが出撃します! それでは引き続き戦闘状況を俯瞰しつつ追っていきましょう!」

 向けられたカメラに向けてディーナは呼びかける。その向こうから見ている視線に向けて、時代を変えていく力の在処から。

 


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