ゾイドワイルドZERO NEARLY EQUAL   作:高杉祥一

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IMPRESSION

・ワイルドライガー
 多数存在する肉食獣様の形態を持ったゾイドの中でも、特徴的な性質を持つ種がワイルドライガーである。
 個体数が限られるワイルドライガーは、地球生物種のライオンと異なり群れを形成することは極めて希である。そして人間と関係を得る個体も少ないが、そのライダー、さらにライダーに連なる人々、彼らと共にいるゾイドを率いる集団の長のポジションに収まる事例が報告されている。
 それが金属生命体・ワイルドライガーが固有の性質かどうかを判断する、人間の干渉を除いた学術的観測記録は存在しないが……高い能力で周囲に影響を与え、変化を生み出していく主体となる点は、このゾイドが多分に『人間的』な存在なのではないかという仮説も生んでいる。
 一体一体が亜種と呼べるほどのバリエーションの豊富さもあたかも人間の個性のようでもある。その一個体ずつが、人とゾイドが地球で紡いでいく歴史に影響を及ぼしてくのではないだろうか。
 あるいは記録に残る時代の前にも――。


A.D.20xx『END OF THE WORLD』(前)

新地球歴三〇年 一月一日 〇六〇〇時

極東弓状列島 関東地方

 

 二一世紀初頭、地球を襲った未知の飛来物とそれに端を発する生物災害ゾイドクライシス。その結果として人類が立ち去り、しかしまた異なる星からの移住者が訪れた地上に、今年も一年の始まりを告げる陽光が降り注ぐ。

 そこは最大規模の大陸の東端に浮かぶ、タツノオトシゴにも似た形状の列島地形。その中程の東海岸には、かつてのメガロポリスの残骸が土と緑に飲み込まれつつも残っていた。

 鉄筋コンクリートの建造物が建ち並ぶ都市は、幾たびの地震に揺るがされても密林のような連なりを保っている。そしてその所々には、電源供給を断たれながらも眠り続けるデータサーバー類が残っていた。

 工業規格が異なる惑星Ziからの移住者達からは単なる都市鉱山としてしか扱われない場合が多いそれら電子機器。しかしその中には、かつて存在した地球文明の断末魔の記録が残っているはずである。

 もはや誰もアクセスすることが無いハードディスク上の残滓。しかし今、それに思いを馳せる者がいた。

 廃墟の密林にうずくまる影が一つ――。

 

西暦二〇――年 一〇月一二日 一〇四一時

東京都 町田市

 

 ここは一三〇年前の世界。地球、二一世紀。

 この地、日本の東京もゾイドクライシスの最中にあった。地中から湧き出る未知の金属生命体ゾイドは人類文明に対し襲撃を繰り返し、都市間は寸断され、防衛される大都市も日々ゾイドの襲撃に怯えていた。

 そんな中、大都市圏東京は関東平野の中で国家機能と人口が集中するエリアとして絶対防衛線が引かれ、自衛隊の奮戦によって都市外周を維持している。風前の灯火とも言うべき防衛線だが。

『町田防衛線よりヘッドクオーター。ゾイド勢力は現在境川阻塞エリアを越え、在来線路に到達。現在部隊は傾斜部にて迎撃中』

 川と線路が並行して走るこの東京の外周都市では、今日も戦いが繰り広げられている。濃緑色の戦車達を中心にした陣形が、駅からの上り坂に展開していた。

 ダムのようにそびえる駅ビルの前には、その周囲の路地から抜けてきた小型ゾイド達が溢れている。駅前通りへは普通科の自衛隊員達が発砲を続けているが、金属の体を持つゾイド達に有効なのはやはり戦車砲の砲撃だった。

 榴弾がヴェロキラプトル型ゾイド、ラプトールの数体をまとめて吹き飛ばしていく。しかしその発砲の間隔よりも、駅前通りにゾイドが増えていく勢いの方が早い。

『砲撃開始まで三〇〇秒。町田防衛線の戦力は次のラインまで後退されたし』

『了解……』

 後方の自走砲部隊からの勧告に、この地で戦う自衛官達は歯噛みする。ここは東京の最外縁であり、この地の陥落はいよいよ東京が危機に陥るということを示すのだ。

『各員撤収準備。重火器は破棄……はできんな。虎の子だ』

『やはり物量不足は深刻でしたね、我々……』

 戦い続けていた部隊は、機関銃類を車両に搭載していく。だが目前に迫ったゾイドを食い止めるためにも、最低限の火力は必要だ。

『我々戦車隊が直前までゾイドを食い止めるさ。普通科は急げ!』

『しかし、随伴抜きでは一〇式といえど……』

『幸いゾイドは火器を用いない。取り付かれても我らの車両は敵中を突破可能だ。

 先に後方陣地に戻り、我らが引きずっていくであろうゾイドを排除する準備を整えて欲しい』

 土嚢を積んで作られた陣地の前に、戦車部隊が展開する。重厚な車体ながら鋭角的な砲塔を持つそれは最新鋭MBT、一〇式戦車。

 撤収していく普通科の火力をカバーし、彼らはこの場所に残る。しかし戦車砲の間隔に、ゾイドの群れは打ち寄せる波のように接近してきた。

『我々も……』

『うむ。ラプトール・タイプは比較的速度が遅いのが幸いしたな。我らの後退速度でも……む』

 後退のタイミングを計る戦車隊だが、その隊長はなんかを発見した。それはもはやゾイドの群れに沈みつつある駅ビルの屋上に現われた機影――。

『ギルラプター・タイプ! 中型高速機です!』

『事前の斥候ではいなかったはずでは……。いや、ここで持ちこたえている間に後方から進出してきたか。

 いかんなあ、我々より優速だぞ。ヘリは?』

『他のエリアで手一杯のようです』

 履帯を鳴らし、後退に身を回す一〇式。しかし駅ビル上のギルラプターに続き、さらに至近の路地からも姿を現わす同種の姿があった。

『まずい、他にも浸透してきている!』

『中型は……いかん!』

 背面の曲刀を展開し、ギルラプターはラプトール達より長いストライドで突進してくる。エンジンから黒い排気を吹く一〇式よりもその速度は遙かに速い。

 戦車の複合装甲は、金属の刃などで切り裂けるものではない。だがそれは常識的な範囲での話だ。時速二〇〇キロ超で叩きつけられる刃渡り数メートルのものなどは常識の範疇ではない。

 そしてそれは、戦車隊の彼らの眼前に迫った。

 金属が切り裂かれる激音は形容しがたい響きだ。そしてその音を響かせ――ギルラプターが弾け飛ぶ。

 威力の担い手は、戦車部隊を飛び越えて現われた青い影。金の爪をアスファルトに噛みこませ、その影はたてがみを振り回して吠えた。

 青い獅子の――ゾイド。しかしそれは首元に操縦席を備え、肩装甲に赤い円の、日本の国籍標識を刻まれていた。

『こちらは陸自機獣遊撃隊……。ワイルドライガーブレードと操縦手来賀(くるが)(けん)三曹です。機甲科の皆さん、ここの後退時間は我々が稼ぎます!』

 スピーカーで放たれる声は通常の日本語。そしてその声と共に、青い獅子――ワイルドライガーブレードは眼前のゾイド群に咆哮する。さらにそれに合わせて、同様に現われるのは地を這うようなシルエットのアンキロサウルス種ゾイド・アンキロックス。やはり赤丸の国籍標識を甲羅に描かれている。

『来賀! 私達も乱戦に巻き込まれればどうなるかわからないぞ! 特科の砲撃に任せろ!』

『でもそれまで残り数分……それにキルゾーンを突破してくる高速個体は仕留めなければだろう葛城(かつらぎ)君!』

 半身を切り裂かれてなお向かってくるギルラプターへ、ワイルドライガーブレードは斬りかかる。爪と牙を剥くだけではなく、その背中に流れるたてがみを逆立てた剣が必殺の一撃だ。

 その斬撃で斬りかかっていく影を、アンキロックスが追う。

成川(なるかわ)隊長! 来賀はあんなこと言ってますが!』

『一〇式の部隊が大切なのも事実だよ葛城君。なあに砲撃開始まで残り一八〇秒、我々に出来ないことではあるまい?』

 最後に姿を現わすのは巨大なフリルと三本の角を持つ大型ゾイド、トリケラドゴス。一〇式同様の濃緑色のそれは、ワイルドライガーブレードとアンキロックスに指示を飛ばす。

『三分間、存分にやりたまえ! ここで数を減らすことも後々重要になるぞ!』

 追いついてくるラプトールの群れを頭角の横薙ぎで追い払うトリケラドゴス。アンキロックスはその前に出ながら、ハンマーを備えた尾を頭上に掲げた。

『わかりましたよ! じゃあ三分間、好きなようにさせてもらいますからね!

 ワイルドブラストっ!』

 根元のタービン機関を稼働させ、尾を振り回すアンキロックス。その猛撃はラプトールの軍勢を掻き分けていった。

 そしてその先で集結してくるギルラプターと斬り合い、ワイルドライガーブレードは単騎立ち回っていく。獅子の姿が持つ威厳を存分に示して。

 

西暦二〇――年 一〇月一二日 一一五一時

東京都 前線防衛陣地

 

 防衛ライン構成部隊の後退を見届けた機獣遊撃部隊は、砲撃をもってゾイド群の進撃を食い止めた前線司令部の位置まで戻ってきた。戦闘を終え隊旗を掲げた三機の歩みに、陣地を守る自衛隊員達は複雑な視線を向ける。

 そんな中を整備用の天幕まで歩んだ三機から、それぞれのライダーが降り立つ。

「ふぅー……。今日もお疲れ、ライガー!」

 ワイルドライガーブレードから降り立った野戦服姿の男はすぐに愛機に振り向いた。穏やかながら、戦う意志を持った強い眼差しを持った青年だ。

「疲れたのはワイルドライガーだけではないんだけどね、来賀」

「げえっ葛城君!」

 ライガーを見上げる来賀の尻を背後からつねるのは、やはり野戦服姿の女性。サイドの髪が伸び肩から前に垂らされたその姿は、気の強そうな顔をしている。

「戦車隊の後退支援だけの所をわざわざゾイド群に突入しての戦いになったのは、君の意気のお陰だったよ来賀ぁ」

「いやぁっ葛城君! 悪かったとは思うよ俺も! だからそう尻をホールドされたままではろくに謝れないというかさあ!」

 訓練を欠かさぬ自衛官の膂力で尻肉を捉えられた来賀は、ライガーの足に手をついて耐える姿勢を見せる。その尻をねじりまで加えて摘まみ続ける女性に、天幕の奥のトリケラドゴスから歩いてきた男がなだめるような声をかけた。

「来賀君、葛城君。帰還早々そう漫才を見せつけないでくれよ。まずは休憩だろう?」

「成川隊長!」

 部隊章を縫い付けられたキャップを後ろ向きに被る男に、来賀と女はすぐさま敬礼を見せた。その様子に苦笑しつつ、キャップの男は二人の前に立つ。

「来賀懸三曹、葛城理英三曹。今回の作戦のデブリーフィングと行こう。

 町田防衛ラインの支援任務だが、支援の内容が後退支援になってしまったのは残念だったね……」

「はい、自身の力不足を悔やむばかりです」

「まあまあ、僕達がたどり着くよりも先に大勢は決していたよ。それも僕達の機動力のせいだとしたら無念なのは同意だけどね」

 来賀、葛城の両名の前で男、成川はただただ仕方なさそうな笑みを浮かべるばかりだ。

 来賀懸三曹。

 葛城理英(りえ)三曹。

 成川(たく)三尉。

 彼ら三人と、多数の支援スタッフ。それが陸自機獣遊撃部隊だ。それはこのゾイドクライシスの最中に、ゾイドと絆を結ぶことが出来た者達による、地球人類を守るための小さな、確かな力。

 成川のトリケラドゴス、葛城のアンキロックス、来賀のワイルドライガーブレードがその戦力の全てである。たった三体のゾイドだが、これまでの人類側戦力ではどうにもできない――金属の巨体による白兵戦に対応できる戦力だ。

 ゾイドを手懐けることが出来た人類は世界的にも例が少なく、自衛官だけでまとまった数が揃えられたのは僥倖だった。彼らはこの東京防衛圏を守る戦力のピンチヒッターとして、ゾイドの侵攻を食い止めるため転戦している。

「多磨方面のゾイド群の動きも怪しいらしい。一度拠点に戻って待機とする。大休止の後一三〇〇より移動開始。いいね?」

 成川の指示に、来賀と葛城は敬礼で応じる。自衛隊の正式戦力ではないゾイド達の整備補給が可能な拠点は限られているのだ。一度出撃する度にそこに戻らなければならない。

 昼食を摂り、撤退を助けた部隊と挨拶した来賀達は日が高い内に拠点への後退を開始する。

 後方と言っても、ここは東京都とほぼ同じサイズの絶対防衛圏だ。その目的地は東京都に面する港湾エリアであり、ゾイドの足であれば目と鼻の先だ。

 

西暦二〇――年 一〇月一二日 一三二三時

東京湾 機獣災害戦略拠点

 

『こちら機獣遊撃隊。帰投五分前』

 成川と拠点との通信を聞きながら、来賀はワイルドライガーを拠点へと進ませる。

 ゾイドとの攻防戦で傷ついた町並みに比べると、この近辺――東京湾に面したエリアはまだ平時の面影を残している。もっとも、住民達は避難所近辺の地区に移動させられているため、生活の息吹は大きく欠落していたが。

 駐車場とも揶揄された東京の道に自動車が存在しないという一点でも、町並みは姿を変えて見える。

 その点を、来賀は「ダメージ」だと思う。

「一千万都市がこのざまか……」

『今更アンニュイかい来賀。今に始まったことじゃなかろうに』

 来賀の呟きに、操縦席間のチャンネルが通じる葛城が応じる。負けん気の強い葛城は来賀の言葉尻に敏感だが、それがきっかけで話が転がることもしばしばだ。

「でも、何度見てもやっぱりショックでしょう。天下の東京がこんなスカスカなんて」

『来賀君の言うことももっともだな。でも俺は、このぐらいパンチがあるものが見えて来た方が、クルね』

 隊列の先頭を行く成川が視線を向けるのは、進行方向の町並みに見える異常な色彩だった。そこには雑な作りの立て看板や、あるいはビル自体にスプレーでメッセージが巡らされている。

選民反対!!!

国民の分断を推進する政府を許すな

全地球市民ノ脱出ヲ実現セヨ

 手作り感溢れるメッセージの数々は、避難所から抜け出した市民達が掲げたものだ。

 この混迷の状況を前に市民の不安は否定できるものではない。しかしこのような形での噴出は、一つだけ希望があるからだろうか。

 メッセージを書き連ねられた都市を抜ければ、東京湾を一望する視界が開ける。そこには煌めく海面があるべきであり――そして今は無い。海面を割ってそこに浸るのは、扁平な形状を湾内に大きく広げた一つの構造体。

 それは宇宙船だ。多くの人々を収容して、地球から遠く離れた星々へ旅立つためのそれは、地球の歴史上から見ても規格外のサイズを持つ。ロケットをもって大気圏外に重量物を打ち上げている人類文明としては異常な規模だ。

『パニックってのは、絶対に助からない状況じゃなくて、助かる可能性があるけど限られているときに起こるんだってさ?』

『まあ……これは流石に酷ですよね。地上での生存確率が少ないからって、全人類から一部だけを宇宙に脱出させるとは……』

 成川の懸念には、葛城も同意する。

 東京湾で建造されているこの宇宙船……それはゾイドの出現と前後して北米に墜落した突入体とその内部にあったデータを解析して作られた新概念の宇宙船である。その設計はアメリカで行われ、多くの人口を抱える各国各地域に命を救う手段として広められた。

 地球を埋め尽くす未知の災害から逃れるための手段。しかしそれは地球上からせいぜい数億人を救うことしかできないという。しかも、その確実性は保証されていない。

『でも、どちらにせよ助かる可能性が未確定となると目新しい方に目が向くのは仕方ないかもしれないね。

 地上で巻き返す可能性は低く見える……。僕達のような立場にとっては、責められているように感じがちだけど……。ま、その分頑張る幅があると思おうか』

 成川は仕方なさそうに言う。攻めてくるのはゾイド達だが、それに立ち向かう戦力が敵わずにいるのは批判しやすい点だ。どうにもならない現状のスケープゴートとして、来賀達は背後からも撃たれている状況にある。

 それ故警備も厳重なゲートに到達すると、歩哨が来賀達を敬礼で出迎える。事情と、自分達の使命を知る者の視線は力あるものだった。

 機獣遊撃隊や、移民船建造のための高等技術拠点へ来賀達はゾイドを進めていく。重要な技術者も集まるそこは、不用意に近づく者がいればすぐわかるように独立した埋め立て地に作られている。

『遊撃隊三機、帰投します! 再出撃を予期し整備項目は第三リストを使用。作業開始!』

 整備天幕にアナウンスが響き渡り、整備科の作業員が固定された機体に集まっていく。生物のように発生しながらも全身に機械の体構造を持つゾイドのコンディションは、人の手で最高の状態にできる。東京全域にいつ野生ゾイドの侵攻があるかわからない現状では、整備の手を緩めることはできなかった。

 ゾイド達が人間とふれあう時間は、実はライダーである来賀達相手よりも整備員相手の方が長い。戦闘を共にする自分達の方が密度濃い時間を過ごしていると思うが、ライガー達がどう思っているかは来賀には自信が無い。彼らは言葉を話すような存在ではないのだから。

「じゃあ我々は詰め所で待機だ。夕食後は交代で仮眠――ああ、富井(とみい)博士。お疲れ様です」

 これからの指示を出しながら整備場を去ろうとする成川は、通りがかった白衣の姿に咄嗟に頭を下げた。眠そうな顔をした女性はずり落ちたメガネを押さえ、

「遊撃隊の皆さんじゃないですか。おつでーす。

 と言ってもこの後も出撃待ちですか」

 茶髪を伸ばした若者らしい髪型だが、ろくに梳かしもできずに掻いてばかりいるのかぼさぼさの塊がその頭に乗っている。

 胸元のネームプレートには『技術顧問 富井綾香(あやか)』の文字。彼女はさる大学から出向し今は軍属としてこの地で技術を担っている一人だ。

「まあいつものことです。移民船の進捗はいかがですか?」

「こちらもいつも通り。悔しいことですが、私達の技術で作ってるわけではないですしね。

 アメリカの方々からの連絡を待つ日々ですが、毎回便りが届く度に驚かされるのはホント……」

 憎たらしげな口振りだが、富井が浮かべる笑みは疲れの中にも明るい。

 ゾイドの扱い、移民船の建造技術。それら新しいテクノロジーはこのゾイドクライシスが始まったアメリカから伝わってきたものだ。

 ゾイドの発生に前後して北米には宇宙から未知の構造体が落下し、それを解析した結果としてゾイドという金属生命体の生態や、宇宙を旅する巨大船の建造方法に関する知見が得られている。

 未知の構造体――それは遠い宇宙から訪れた異文明の宇宙船。ゾイドの存在を知り、そして自らの星から逃れてきた者達の。

「北米の落着宇宙船って、私達みたいにゾイドのせいで母星を放棄した人々のものなんでしょうか」

「いや葛城さん、それがどうも違うみたいなんですよね」

 何の気無しに問う葛城に、富井は怪しげな眼光を見せる。自分が知った驚くべき事実を語りたくて仕方が無いという笑顔だ。

「北米の落着船……非公式に〈ディスカバード〉って呼ばれてるんですがね。これから回収できた記録によればその持ち主達はゾイドのいる惑星でゾイドを利用して生活していたようで。

 ゾイドを利用する技術の量は、私達みたいにゾイドが急に出現して――って量ではないのは確かです」

「じゃあ、このゾイドクライシスは……」

「『彼ら』がこの地球に移住する目的でやろうとしたんじゃないかって推測できる」

 富井の表情は怪しげだ。しかしそれを聞く来賀達は冗談ではないという顔で互いに目配せする。

「つまり……さらに宇宙人も攻めてくると?」

「ゾイドが宇宙人ってことなのでは?」

「あはは……まあまあ皆さん、この辺はあくまで私の推測なんで。

 それに、なんにせよ攻めてくるなら私達の仕事は一つってね」

 色めき立つ成川と葛城に富井は苦笑。そして二人の背後で来賀が一人黙りこくっていることに気がついた。

「ほら来賀君も、そんな深刻な顔しないで。

 確かに問題の宇宙船は地球を目的地にしていたようなんだけど、航行記録らしきデータや墜落した様子を見ると何か事故があったようにも見えるしね。あの船が地球に来るのを、あれを作った異星人は止めようとしてたのかもよ、って……」

「ああ、いえ富井博士。俺も博士の言うとおり、宇宙で何が起きていようと今はゾイドに対処するしかないと思いますけど……」

 富井の気遣いに、しかし来賀は異なる話題を振られたかのような表情を見せていた。そうして指摘するのは、

「宇宙船そのものを検分した結果が出るのはわかるんですが、その中にあった電子的データも調べられているってことになりますよね、今までの話だと……。

 でも、異星人のデータをそんな簡単に参照できるものなんでしょうか」

 その言葉に、成川がハッとした表情を浮かべた。

「確かに、記録方法なんかも全然違うはずだものね。

 地球のものでも、記録媒体が違えば読み込めないし……。お陰でフロッピーとかLDとかの再生機器が壊れると困るんだよね」

「古いですね成川隊長……。

 でも確かに来賀の言うとおり。異星人が相手なら言語も、外国語からの翻訳よりよほど面倒なはず。

 もしかしてアメリカは宇宙船を回収したという体裁で何かを隠しているのでは……」

「いやいや葛城さん……」

 話を進めていく葛城を富井が制する。その表情には、不用意な話をしたかと若干反省の色が浮かんでいた。

「確かに情報が出てくる早さには私も違和感を感じるけど、ことは科学的な問題ですんで。

 科学は事実の積み重ねで、それは全宇宙共通の言語たり得る。人類側の科学的知見と照らし合わせれば、そこから逆算してある程度のことはわかるんです。

 そして今までの科学の常識とは異なるものが発見されているから、それが人類文明の外から来たということもわかる。手がかりはゼロじゃないんですよ」

「そう……そうですか」

 葛城の表情は釈然としない。煙に巻くような形になってしまった富井は、発端の来賀に肩をすくめて見せた。

「それにしても来賀君は鋭い。

 希少な肉食獣型ゾイドとパートナーになっただけのことはあるってことかな?」

「そんなことはないですよ。

 博士も俺達がゾイド達と知り合った状況の報告には目を通しているでしょう? みんな何らかの形でゾイドの側に救われてきたんですよ」

 おだてる富井に来賀は首を振る。そして述べることは富井が葛城に説明したものと同じ、事実だ。

 機獣遊撃隊……さらには他のゾイドクライシスへの抵抗の局面で人類に味方するゾイドもおおむね同じだ。彼らはゾイドの中から出でてゾイドの前に立ちはだかる。

 そしてそのライダー達は、そのゾイドが人類の側に立った時に救った相手である場合がほとんどだ。来賀も、成川も葛城も。

「俺自身は凡庸な自衛官で、ただライガーに乗れるだけです」

「その『ただ』が尋常じゃ無い価値なんだけどな……。

 それに、ワイルドライガーが選ぶだけの何かを秘めているかもしれないよ。勿論成川さんも、葛城君も」

 そう言って隊員達の肩を叩くと、富井はくるりと踵を返した。そして肩越しに手を振り、

「君達自身も、私達やゾイド達同様今の東京に必要な存在なんだ。きちんと休める時に休んで下さいよ、と。

 ほいじゃ私はゾイドの方も見てから仕事に戻りますんで」

 格納庫に向かっていく富井を成川達は見送る。そしてこの混迷の時代に投げ込まれた新たな問いを飲み込むことも出来ず、互いに戸惑いの視線を交わし合う。

 

西暦二〇――年 一〇月一二日 二〇三四時

東京都 機獣災害避難特区

 

 答えの出ない時間に終止符を打ったのは、やはりゾイド達の侵攻の報せだった。

 食事を摂り、交代で睡眠時間にあてようかという時間に舞い込んできた急報は、昼間の戦闘があった町田地域から東、多摩川河川敷で食い止められているゾイド集団の圧力が高まっているというものだった。

「慣例的に見て、この状況は川崎市内に存在するガノンタス集団が北上し前線に到達しつつあることを示している。後ろから押されているわけだね。

 そしてこちらは火力で敵を殲滅しきれないところに、ガノンタスからの砲撃を受けては前線の部隊はたまらない。砲撃が始まる前に後方に迂回して排除する役回りが必要だ」

「それを我々が?」

「いや、我々も陸路で移動するのは他の部隊と同じだからね。後方への移動に時間がかかる。

 ガノンタス排除にはヘリ部隊が向かう。そのために抽出された前線の近接支援を我々が埋めることになるからそのつもりで」

 指示を受け取ってきた成川によるブリーフィングを経て、来賀達は出撃していく。そしてその道行きは一般市民の避難所をかすめていた。

 自走で帰還した昼間と異なり、トレーラーに乗せられた来賀達のゾイドはさらにシートも被せられている。暗闇に沈んだ東京の中に浮かび上がる避難所の照明を、彼らはシートの隙間から見るしかない。

 そして避難所として使われている公共施設と、テントが立ち並んだ公園からは来賀達を乗せたトレーラーに多くの視線が向いている。シートからはみ出したゾイドの尻尾は隠しきれるものではなく、市民達も何度も出撃する機獣遊撃隊の存在を認知している。

「大手を振って出撃できないのは悲しいな……」

 トレーラーが行く道路に面した場所で子供が一人、空になった夕食のトレーを手にして自分達を見上げている。しかしその背後から親と思しき大人が駆け寄ってきて、その子供は来賀達から引き離されていってしまった。

 今まさに人類を脅かしているゾイドを扱う機獣遊撃隊に向けられる視線が単純なものであるはずがないのは事実だ。しかし、自分達の視線を考慮しない態度を取られるのはまだ若い来賀達にとっては辛い経験でもある。

 戦い続け、ゾイドクライシスを押し返し平和を取り戻せれば見られ方は変わるだろうか。来賀はそう考えるが、葛城や成川はどうだろうか。遊撃隊はこのゾイドクライシスが起き、来賀達がゾイドと巡り会ってから結成された部隊だ。実のところまだ互いのことも多くは知らない仲である。

 ライガーの首に組み付けられた暗い操縦席で物思いにふけり続ける来賀。すると、体を預けるシートが震えてライガーの唸り声が聞こえてきた。

「……ライガーは俺のことを信頼してくれるんだな。理由はやっぱりわからないけど……」

 元々は普通科――つまりは自衛隊の歩兵部隊に属していた来賀が対ゾイド戦で窮地に陥った時に現われたのが、このワイルドライガーブレード。日本各地で出現したゾイドによる混乱が拡大する中でのことで、それから今までもやはりほんのわずかな期間でしかない。

 敵対するゾイドには勇猛なライガーだが、言葉が通じないことを差し引いてもその意図は来賀には解き明かすことが出来ない存在だ。こうして唸り声を上げることすらも珍しく、しかし来賀の操縦には的確に応じる。成川達とは異なり、これからもその真意はわからないままである予感を来賀は抱えていた。

 新たなる仲間達に、未曾有の災害、向けられる眼差し。少し前まで存在した日常からは想像も出来なかったこの状況が向かう先は、明かりの消えた東京のように先の読めぬ未来。

 その中へ自分達を運んでいくトレーラーの速度に、来賀は何か異なる抗い得ぬものの存在を重ねて感じていた。

 

西暦二〇――年 一〇月一二日 二〇三四時

東京都 世田谷区

 

 夜の多摩川近辺には多数の投光器が設置され、ゾイドの動向を夜間でも監視できる態勢が敷かれていた。しかし来賀達が到着する頃にはその光だけではなく、空中で燃え上がる照明弾の輝きも対岸の川崎市側を深く照らしている。

 そしてそこには押し寄せるラプトールとスコーピアの大群が浮かび上がり、多摩川の流れに接する地点から半ば廃墟と化した対岸の町並みまでを埋め尽くしている。東京側の河川敷からの攻撃がなければ、今すぐにでも多摩川を突破してきそうな雰囲気だ。

「砲撃のための普通科陣地転換を支援するべく、敵前衛小型ゾイド群を攻撃する。

 遊撃隊は本能解放戦状態で渡河し敵群に突入! 先頭は俺が務める!」

 成川の指示に、遊撃隊は最前線へ向かう。散歩道だったであろう土手、素朴な野球グラウンドに置かれた阻塞障害物の合間を抜け、先陣を切って多摩川に踏み込むのはトリケラドゴスだ。

「成川隊長の背後は僕が。多数相手の戦いなら隊長と僕のゾイドの方が有利だからね。

 来賀は隙を突いてくるヤツを頼む」

 続く葛城のアンキロックスも川面を蹴立てていく。そして来賀の目の前で二体のゾイドはそれぞれ頭部の巨大なフリルシールドを、先端にハンマーを備えた尾を展開。

「遊撃隊、吶喊!」

「攻撃開始っ!」

 号令と共に、二体のゾイドが照明を弾いて、揺れる川面を蹴立てて突撃を開始していく。その接近に吸い寄せられたラプトールの群れめがけ、先を行くトリケラドゴスは顔面から突っ込んだ。

「徹甲破城杭っ……!」

 水しぶきと共に突入したトリケラドゴスのフリルが前方へ射出されてラプトール達を打ち据え、さらにその中央から放たれる巨大パイルバンカーが敵群を叩き割る。その激突はあたかも大波が堤防を打ち破るかのようだ。

 だが押し寄せる波のような威容は敵ゾイド群も備える。角を振り回し敵を掻き分けるトリケラドゴスへ、ラプトールとスコーピアがあらゆる方向から襲いかかってくる。

「成川隊長! この地点を確保します!

 アンキロックス、旋回重鎚! 全方位攻撃!」

 トリケラドゴスに追随する葛城のアンキロックスが前へ出た。図太い尾を頭上に掲げたその姿が、尾を支えるタービン機関を作動させていく。

 ハンマーを備えた尾の高速旋回は、押し寄せる小型ゾイドの鼻面を打ち据えて空中に吹き飛ばしてく。竜巻か嵐かという威力に弾かれたゾイド達は、落下先で仲間に踏みしだかれるか、多摩川に沈んで後方からの射撃を集中されるかしかない。

 突き込む間合いと幅、そして円の軌道。二つの攻撃がゾイドの群れの中に橋頭堡を築く。しかしその軌道はどちらも平面的なものだ。

「葛城君、上だ!」

 最後に上陸した来賀とワイルドライガーブレードが宙に舞う。そしてアンキロックスの頭上からはたき落とすのは、ドスクローを展開し跳躍していた一体のラプトールだ。ワイルドブラストで増した瞬発力頼みで高く跳躍して襲いかかってきていた一体。

「我々の出現でゾイド達も興奮している! 本能解放を仕掛けてくる相手には気をつけるんだ!」

「……了解!

 済まない来賀!」

「こっちは折角三体いるんだ、役割分担していこう! 周囲を頼む……!」

 着地点に押し寄せてくる敵を、タテガミクローによってフォークにかけた藁のように吹き飛ばすワイルドライガーブレード。その左右に並び、トリケラドゴスとアンキロックスは自分達のフィールドを広げていく。

 金属がひしゃげる轟音が響く白兵戦。それは砲戦が戦場の主役となったはずの二一世紀にはあり得ぬはずの戦いだ。だがそれを繰り広げる三体の機獣に戦場を預け、自衛隊は粛々と戦術を実行していく。

 砲撃開始に備え東京側の陣地から普通科部隊は撤収を始め、さらに上空をヘリ部隊が飛び越え、後方へ向かって加速。二つの動きの要となるのは、ここで敵を食い止めている機獣遊撃隊の三機だ。

『ヘッドクオーターより機獣遊撃隊。砲撃開始まで三〇〇秒。九〇秒前より後退支援開始。オーバー』

 この多摩川戦域の司令部からの指示が届く。長距離砲撃による駆逐はゾイド相手にもある程度有効なのが人類の生命線となっていた。それでも後から後から現われる個体の数に押し切られることは必定ではあったが。

「戦闘位置を多摩川の向こう側に移そう。小型ゾイドは川を渡る速度が遅いから撤退の時間を稼げる」

「ここの戦線が膠着したら、川底が砲撃で抉られてそう何度も使えない戦術になりそうですね……」

 ぼやきながら、葛城はアンキロックスに敵を追い払わせながら後ずさりをさせる。成川もトリケラドゴスを下がらせれば、三体は押し寄せるラプトール達を受け止めながら多摩川の流れの中に。

 体格が小さなゾイド達は川に入ることに抵抗がある様子だが、目の前の相手が逃れようとしているなら話は別のようだった。目前の相手だけではなく、周囲に群がっている個体も川に入り回り込もうとしてくるが水に足を取られ明らかに動きは遅くなっている。

 トリケラドゴスとアンキロックスが真正面から敵を受け止め続ける背後で、回り込んでこようとする敵を迎撃するのは来賀達の役目だ。川面を蹴立て、ワイルドライガーブレードは縦横に駆け回る。

 ライガーの高い跳躍から繰り出される前足での踏みつぶしは、ラプトールを川底に叩きつける。そのまま水中に差し込んだタテガミクローを振り上げれば、さらに複数の個体が刃にかかって吹き飛ばされた。

「やはり運動性はワイルドライガーが一番だな。その調子で頼むよ来賀!」

 成川は己の背後で立ち回る来賀達の動きもよく見ている。そのことに心強さを感じつつ、来賀はさらにライガーを走らせる。

「頼むぞ来賀君! 私達の恐竜型ゾイドも胴が水に浸かるから運動性が下がる」

 葛城が上げた声の通り、アンキロックスもトリケラドゴスも顔で水を掻き分けながら戦っているような状況だ。巨体と低い姿勢を併せ持つ二体も水中戦には向かない。だが再び対岸にたどり着くことが砲撃前に撤退するには必要な要素である。

 成川と葛城を攻撃する正面からの敵よりも、回り込んでくる敵の方が危険だということだ。そしてそれを排除しながら駆け回る来賀は、吹き飛ばしたラプトールの一体が水面で浅く跳ねるのを見た。

「…………!」

 多摩川の水深はこの近辺では人間が浸かる程度はある。現にライガーの脚もそれだけ水の中に突き込まれていた。にもかかわらずラプトールが水切りの石のように跳ねるのは――、

「九時方向! ガブリゲーター種接近――――!」

 即座に叫ぶ来賀。その声に成川と葛城が動揺した様子がゾイドの挙動からも見て取れた。瞬間、川面を貫いて姿を現わすのはゾイドの巨体を挟み込む長大な一対の顎であった。

 ワイルドライガーブレードは襲いかかる顎をタテガミクローで弾き飛ばす。しかしその使い手の影は照明弾に照らされる周囲の水底に複数見て取れた。

「ガブリゲーターだと!? 河口の閉鎖は万全だって海自から報告があっただろうが!」

 成川が思わず声を荒げる。水中を移動する中型ゾイド〈ガブリゲーター〉は、沿岸や大陸奥深くまで続く河川網を通じて人類の防衛線を引き裂く凶悪なゾイドだ。狭く急な川が多い日本列島ではその活動は沿岸に限られていたが、多摩川ほどの広さを持つ河川では話は別だ。

「複数体がいます! 二人は後退を続け――!」

 呼びかける来賀の眼前で、水面の炸裂は連続する。迫り来るガブリゲーターは三、四と数を増すが、

「……二人は下がって! うおおおっ!」

 咄嗟に怒鳴り声を上げ、来賀はガブリゲーターの群れにライガーを跳ばす。明らかに危険な相手でも、ライガーはその操縦に応じて咆哮を上げた。

 跳躍し、開かれた顎に前足の爪を叩きつけ強制的に閉じさせるワイルドライガー。下顎の牙が上顎を貫通するガブリゲーター相手にその一撃は鋭利なもの同士が激突する火花を生むが、ライガーは意に介さない。水底に押さえつけた一体はそのままに、横様に飛びかかってくる相手へ後ろ足で横様の蹴りを放つ。

 抑え込んだ相手が逆上し全身を振り上げれば、ライガーはその勢いに逆らわずに空中に飛ぶ。そして水面下の影を見据え、タテガミクローと両前足の爪を構え、

「スリー・ダウン!」

 頭と胴体を繋ぐ頸椎部への刺突。三つの威力は、三つの影の動きを止めた。その横を成川と葛城が抜け、ラプトール達が水底のガブリゲーターを掻き消すとライガーは背後に跳び、

「もう一体!」

 尾を振り回すアンキロックスに水中から迫る一体をライガーは抑え込んだ。しかし即座に身を回して振り払おうとするガブリゲーターの巨体に、ライガーは逆に巻き込まれていく。

「ぐおおお……!」

 回転が止まる時には、開かれた大顎が来賀の眼前に迫っていた。すかさずワイルドライガーブレードは閉じようとする顎を前足でつっかえさせるが、喉奥のミキサー部がすでに高速回転を始め獲物を迎え入れようとしている。

「そうは……行くかぁ!」

 来賀は前にのめりながら操縦レバーを押し込む。その動作に応じ、ワイルドライガーブレードはタテガミクローをガブリゲーターの喉奥へと突き込んでいた。金属が噛み合う耳障りな響きと、水がかき混ぜられる濁った音の向こうで刺突は突き抜ける。

 力尽きた相手を振り払うライガー。だがその間に、周囲はラプトールとスコーピアに埋め尽くされていた。成川と葛城はすでに対岸に逃れ、周囲は赤い生体金属装甲を纏ったゾイド達が水面を蹴立てる混乱の坩堝と化している。

「来賀君! 僕達はもう大丈夫だ! 早く岸に……!」

 葛城の叫びが聞こえ、二人が無事であること一瞬来賀は安堵する。そして水中でライガーを回し周囲の敵を押しのけるが、殺到する敵が多い。まるで漁船に引き上げられる網の中のような密度だ。

 跳躍しようかと振り向いた背後にはスコーピアの尾が突き出ていた。ゾイドにも有効な神経毒を秘めた針を備えたものだ。来賀は危機に歯噛みし――そしてワイルドライガーブレードも唸りを上げる。

「……ライガー?」

 同じ危機に身を置く今だからこそ来賀は気付いた。ライガーの唸りは、八方ふさがりの状況への怒りに向けられたものではない。もっと具体的な、目の前のゾイド達に向けられた感情がこもっている。

 かすかなニュアンスの違いを来賀が認識した瞬間、その時間は訪れた。

『ヘッドクオーターより機獣遊撃隊。後退支援を開始する。砲撃開始まで九〇秒』

 多摩川のさらに土手の上に配置された第二陣地から、普通科と戦車部隊による支援射撃が始まる。それは機獣遊撃隊に当たらぬよう周囲に向けられた攻撃だが、迫り来る圧が除かれるだけでも彼らには十分だった。

 一〇式をはじめとした自衛隊の攻撃は、ライガーに注意が向いたゾイド達を的確に撃ち抜いていく。十分な効果があるのは戦車砲程度だが、ワイルドライガーはそのわずかな隙にも躍り込んでいく。

 上から下へ、下から上へ、横薙ぎにと金属の激突を繰り返し、ワイルドライガーブレードは多摩川を渡りきる。仲間の二機が守る空間に滑り込み、冷たい夜の水を払えば雫が照明に浮かび上がる。

「砲撃まで七一秒。俺達も撤収だ、来賀!」

 追跡の手を川底に叩き込み、成川もトリケラドゴスを振り返らせる。葛城もアンキロックスを反転させれば、弾幕が岸の手前で小型ゾイド達を食い止めた。

 土嚢が積み上げられた前線支援の砲撃陣地の隙間に戻れば、激しい戦いの舞台も視界の一点。白兵戦と火力との役割の違いを否応なしに感じさせる視界だ。

「ふう……元々はこういう戦い方をする立場だったことを思い出すね」

 キャノピー越しにアンキロックスの操縦席から葛城が苦笑を見せてくる。確かにゾイド同士の白兵戦に身を置いた時間は、自衛官になってからの時間よりも短いが遙かに密度が濃かった。

 自分達の有り様を変えるほどに。あるいは――自分達の本来あるべきを思い出すかのように。野性の激突の中に身を置いた影響だろうかという疑問と共に、来賀は葛城との間に通じるものを感じた。

 この東京で自分達しか見ることが出来ない戦場。また一つそれを乗り越えたことで、機獣遊撃隊の絆も深まっただろうか。来賀はそんな希望を抱きながら多摩川を一望するが、

『砲撃開始。弾着――今!』

 瞬間、戦場だった空間は業火に包まれた。降り注ぐのは後方に展開した特科自走砲部隊による一斉射撃。ゾイドが押し寄せる戦場を埋め尽くす威力は近代軍事が生み出した攻撃力の極致。

 その爆炎の中で打ち砕かれていくゾイド達を前に、来賀の喉元まで出かかっていた感情は沈黙へと変わっていく。

 人類の瀬戸際の戦場に、自分達だけなどという特別な場所は存在しない。それを思い知らせるような大火力を前に、ゾイドを託された来賀達も、共にいるゾイド達も瞠目するばかりだ。

 そして炎に沈む多摩川の彼方、川崎市側にも雷鳴のような光が走る。戦場を通過していったヘリ部隊が、接近しつつある砲撃ゾイド、ガノンタスの集団へ攻撃を開始しているのだ。

『チョッパーよりヘッドクオーター。攻撃開始……誘導弾による攻撃は有効の模様』

 ヘリ部隊からの通信が傍受できている。ゾイド側にも飛行する種は存在するが、レーダーでその有無を確認できるためかヘリ部隊にはさほど驚異ではない様子だった。

『敵勢力は五〇体規模。殲滅中……。

 ん? どうしたチョッパー4』

 本部との通信を行う隊長機が戸惑いを見せる。直後、空中から地上めがけて浴びせられていた光の連続が、不意に空中に咲いた。

『ヘッドクオーター、未知のゾイドからの対空迎撃を受けている。犬……いや狼型だ。

 射撃が出来るようだ……。いや、あれは遠吠え――』

 空中の爆光は連続する。そして落下していく火の玉が一つ、二つ。

『チョッパーよりヘッドクオーター、戦力の温存を優先する。後退しつつ遠隔攻撃を行う……。撃墜四』

 空中から攻撃するヘリすら、ゾイドは叩き落とす。そしてこの攻撃ヘリ部隊は東京戦線の虎の子とも呼ぶべき戦力であった。機獣遊撃隊以上の機動力を持つ彼らを無為に消耗するわけにはいかない。

『複数のガノンタスの生存を目視確認している。前線部隊の退避と、自走砲部隊による長距離攻撃の実行を具申する。オーバー……』

 無念さを滲ませる声。そして撤退していくヘリ部隊を越えて、再びの自走砲部隊の攻撃。辛うじて形を残していた市街が爆煙に包まれていく。

 

 この一〇月一二日に繰り広げられた戦いは東京の県境防衛線の一部陥落と、大規模侵攻の阻止と引き替えに貴重な戦力の一部を失う結果となった。

 一千万都市に最期の時が迫っている。そしてそれでも日は昇り、人々は口々に言葉を交わす。

 未来への希望か、終わり行く時代への郷愁か。あるいは――、

 

西暦二〇――年 一〇月一三日 一〇三二時

東京都 立川市

 

 多摩川での戦いから帰投した来賀達を待っていたのは、再びの移動だった。

 東京都市圏の西部立川市の陣地に向かった来賀達機獣遊撃隊に課せられた命令は、さらに西部の奥多摩山地を抜けてくるゾイドの小集団の迎撃。動物型の体躯を持つゾイド達は、人間には踏破が困難な地からもこの東京を襲っているのだ。

「でもこの方面には空自の航空部隊が派遣されて、空爆でゾイドを食い止めているって話じゃなかったっけ?」

「入間と百里を戦線の向こうで維持している部隊がいるって話ですよね。まさかそれが……」

 成川と葛城が危惧するが、その点は問題ないようだった。到着したばかりの遊撃隊の前を爆装したF-35戦闘機が空中を渡っていき、そしてすでに数度の爆撃によって虫食いのように穴の開いた多摩山地の片隅で爆煙が上がる。

「……余裕みたいだね。いやまあ、状況自体は余裕ではないんだけど」

 天幕も無い仮の駐機場に機体を止め、成川が降り立つ。そして来賀と葛城がそれに続くと、そこに駆け寄ってくる隊員が一人。

「成川三尉、通信が入ってます!」

「ん? もう追加指示かな?」

「お相手は広島の方です!」

「……(さかい)君達か!」

 合点がいき、三人は渡される通信機の周囲に集まる。聞こえてくるのはハスキーな男の声で、

『成川はんか? 堺や。元気しとるかー? 特に来賀! お前はライガーの面倒もちゃんと見なきゃあかんでー!』

「ははは……大丈夫ですよ堺三尉」

 声の主は広島で戦っているゾイド部隊、特務機獣部隊の隊長である堺三尉だ。

 彼は来賀と同じワイルドライガー種の亜種、ワイルドワイガーイーヴィルを愛機として関西のゾイド部隊を率いている。近似種に乗る来賀のことは気になるようで、通信ばかりの交流の中で随分と前のめりに話を振ってくる相手だ。

『多摩川とか町田とかよー知らんけど大変だったらしいな。これがホントのタマらんななんかのマチがいやろがいって……。

 ……ツッコまんかい!』

「いやはやそう言われてもね……。

 それで堺君、今日は何か? 定時の情報交換以外でゾイド部隊が会話するのはいろいろ睨まれると思うのだけど」

 ゾイドに触れることで感化されるのではないか、という疑念はゴシップじみているが、ゾイドと触れるのが初めての人類にとっては無視できない恐れだ。

 ゾイド部隊のメンバーが部隊定数を無視したごく少数であるのはゾイドを手懐けた人員が少ないこともあるが、隊員同士の共謀を防ぐためでもある。故に部隊間の情報交換も、本来は制限されている状況だ。

『ああそうそう。成川はん、こっちからの連絡を立川に繋いでもろたけれど、部隊が移動しとるんやろ。

 その立川の周囲に広い場所と、なんか集められてる人おらへん? いやワシもシンゴジ見たから立川に広域避難施設あるのは知っとるけど』

 奇妙な確認を取られ、来賀達は顔を見合わせる。

「……いや、確かに防災基地はあるけれど、ここは東京エリアの避難民の受け入れは終わった場所だよ。奥多摩からのゾイドの襲撃があるからね」

『さよかー……。

 ……その調子だと成川はん達は知らんやろか。最近、そろそろ移民船が動き出すんじゃなかろかって噂が流れとんねん。

 ワシらも防衛エリア移動させられててな、近くにいい具合に空港があるんよ。呉で組み立てられてた移民船も素人目に見てももう飛べそうな感じやしなあ』

 堺の言葉に、来賀達は表情を強ばらせる。そして傍らで通信の終わりを待っている隊員が特に何も気付いていない様子なのを確認し、

「……情報ありがとう堺君。でもやっぱりこういう話を俺達の間だけでするのはまずいよ」

『なんや成川はんビビりかいな。ワシが声かける部隊はちゃっかりしてるところはあってもセコい奴らちゃうでー。立川の方もそうやで』

 自信満々の堺がそう言うのでふと視線を上げてみると、気付いていない様子を見せていたはずの隊員が振り向いてサムズアップしていた。そしてその耳には、通信内容が転送されているらしきインカムが。

『ワシはな、抜け駆けして移民船が発進するかもしれんの気にしてるのとちゃうで。

 このけったいな状況から少しでも人が抜け出せるかもしれへんてなら全力を注ご思てるからな、それならそうと覚悟を決めておきたいねん。

 ま、成川はんらがどう思てるかは知らんから、こうして連絡したことが身勝手なんは否定できんけどな』

「ああいや……。俺達にとっても、貴重な情報だったよ」

『おおきに。ま、なんにせよワシらゾイドが使える貴重な人材やしな。どんな状況だろと全力を尽くすだけやで、成川はん、葛城はん、来賀』

「なんで俺だけ呼び捨てなんです」

『んなもんライガー使い同士のライバルやからに決まっとるやろがい!

 関西が虎キチばっかだと思ってるんやないでえ。ライオンも譲らへんでえ』

 散々に空気をかき回して、堺からの通信は切れる。そして目を白黒させる三人から通信機を受け取った『やり手』の隊員は、

「今の噂話、正直こっちの方でも流れてはいるんですよ。

 でも成川三尉達が知らないとしたら、湾岸拠点の人達は気を遣ってたんでしょうね。

 無論、その点では立川の部隊も負けませんよお」

 片腕でガッツポーズを見せ、隊員は去って行く。

 そしてそんな彼の姿を見送る来賀達は、覚悟や割り切りを持った彼や堺達の一方でその瞳に困惑を宿していた。

 

西暦二〇――年 一〇月一三日 一五四一時

東京都 福生市

 

 その日の内に、機獣遊撃隊には一つの出動命令が下った。

 多摩の山地を抜けてきたはぐれゾイドの拘束。それはゾイドの検体を確保する重要な任務であると同時に、もしかしたら自分達のようにゾイドと共に戦う仲間を増やせるかも知れない機会。

 そして今回来賀達が迎え撃ったのは、三体のカイコガ種ゾイド、キャタルガだった。拘束ワイヤーによってアスファルトに固定された三体の内、激しく抵抗する一体を来賀とライガーが抑え込み成川と葛城が周囲を確保する。

 相手がさほど攻撃的なゾイドでもないために、昨日のダブルヘッダーに比べれば穏やかな状況だった。すでにキャタルガの内一体は沈静され、トレーラーに積み込まれつつある。

『キャタルガは戦闘用としてはな……』

『でも体当たりはすごいぜ。この前一六式が一台おシャカになったし……。地中にも潜れるとか』

『輸送にしか使えないとしても大助かりなんだけどなあ。車両の消耗が多すぎるんだよ……』

 捕縛を担当する普通科のぼやきも、ゾイド操縦席の外部聴音機は捉える。ゾイドの圧倒的な生存力に守られた来賀達には見えなくなった戦況が、やはり存在するようだ。

 そしてキャタルガを抑え込むワイルドライガーブレードは沈黙を保っているが、蠢く眼下のキャタルガに合わせ鋭く爪を立てている。そこには、明らかに相手を抑え込む以上の力がかかっていた。

「ライガー……」

 レバーを軽く握るだけの来賀は思わず呟く。昨晩の多摩川と言い、ライガーが時折見せる奇妙な敵意。富井らとは別のゾイド生態解析チームにも報告はしているが、その正体について明確な回答はまだ得られていない。

 さらにゾイドの生態がわかっていけば解明できることだろうか、と来賀は首を傾げる。しかしその思考を中断させる電子音が操縦席に響いた。

「来賀、そのキャタルガの様子はどう? 施設科の部隊が拘束具の追加を持ってきたそうだけど」

「まだ活発に動いているよ。装着は気をつけるように」

 葛城のアンキロックスに話を振った部隊が向かってくるのを来賀も確認するが、振り向いたアンキロックスは姿勢をそのまま、葛城も通信を続けてくる。

「……堺三尉の言っていた噂、本当なのかな。地球を捨てての移住がもうすぐ実行されるなんて」

 声音は深刻だ。話のインパクトを真正面から受け止めてしまったのが葛城のようだ。

「まあ移住とはいうけれど、移民船に乗るのは人口のごく一部だって言われてるけどね。報道では全世界でも一億人程度とか……。上手く行けば地球と移住先とで二つの星に人類が住むことになるんじゃないか」

「でも地球もこんな感じだし、他の星に住むなんて……どっちもダメになっちゃうんじゃないかな……」

 葛城はすっかりネガティブな方向に意思が向いている。多くは知らないが、人を呼び捨てにするし果断な人物だと思っていた来賀にとっては意外な様子だ。そしてそれ故に、かける言葉もすぐには思い浮かばない。

「そりゃ心配だけど……。ゾイド達もこの星に根付こうとしてるし、なんとかなるんじゃないかって――ライガー?」

 来賀が葛城に意識を向けている間に、施設科のキャタルガの拘束強化作業は始まっていた。そしてそれによってライガーがかけるべき力も少なくなっているはずだが、ワイルドライガーブレードは歯を食いしばりかすかに震えていた。それほどまでに漲らせる力のわけは……。

「ライガー……ライガー!?」

 来賀の視界が広がる。ワイルドライガーブレードが立ち上がり、キャタルガから足を降ろして顔を上げたのだ。

『来賀三曹、ライガーを動かさないで!』

 施設科隊員が声を上げるが、来賀としてはどうしようもない。操縦レバーは握っているが、動かしていないはずなのだ。つまりこの動きはゾイド自体の動きである。

『制御不能か!? 対ネコ科型用拘束具用意!』

「来賀君! ライガーはどうしたんだ! 緊急停止信号は……」

 成川もトリケラドゴスを振り返らせ、ゾイド操縦の正しい手順を的確に伝えてくる。

 そして葛城が狼狽える一方で、来賀はライガーの挙動になにか確固たる意思を感じていた。故に操縦席の隅に設置された緊急停止ボタンに見向きもせず、操縦レバーを握り直す。

 ワイルドライガーブレードは数歩を多摩の山渓に向けて進む。慌てふためく周囲をよそに遠い瞳で見渡すと、その四肢に力を漲らせ、咆哮を一つ。

 東京の市街地に響くはずが無い獣の咆声。それはコンクリートのビルと、アスファルトの道を震わせて降り積もった粉塵を舞い上がらせる。思わず周囲の人々は耳を塞いでうずくまるが、同じような騒ぎが多摩の山中でも巻き起こった。

 音圧に驚き飛び上がる鳥の群れがそこかしこに見える。そしてその甲高い声が山麓に響き渡るが――それに入り交じって、明らかに何か巨大な存在の声も響いた。巨大な管楽器が立てる低音のような叫びは、ライガーと同じゾイドの存在を予感させる。

「……ライガー、何かいるのか!? そいつを察知していた……!?」

 返ってくる声に、ワイルドライガーブレードはさらなる咆哮を繰り返す。その大音声がもはや圧として周囲に降り注ぐ中で隊員間に伝令が走った。

『……山中の対ゾイドセンサーが対象を捕捉した。今朝の爆撃を逃れた敵集団が健在!

 機獣遊撃隊の皆さんには緊急出動の指令が出ています!』

 伝えられた命令に、成川と葛城が息を呑む気配がわかる。今ライガーは距離を隔てたゾイドの存在を感知し叫びを上げたのだ。高度な計測機器からも姿を隠していた相手を、いち早く捕捉して。

「……成川隊長!」

「ライガーに何があったかはわからないが……とにかく出動なら急ごう! 葛城君も、移動準備だ!」

 成川の切り替えは早い。再びの端的な指示に、葛城も沈みがちだった意識を任務に向ける。

 そして今にも飛び出しかねない様子のライガーが、また操縦レバーの動きに従っている。

 来賀は思う。ライガーは戦いに向かおうとしている。それも、自分と共に。その感触は錯覚か自惚れの類いだろうか。

 だがライガーの力強い動作の一方で、自分との繋がりを保ち続ける姿に来賀は小さな確信を抱く。

 

西暦二〇――年 一〇月一三日 一六二〇時

東京都 日の出町

 

 敵発見の報を受けた機獣遊撃隊は多摩丘陵の山地に分け入っていったが、トリケラドゴスとアンキロックスは起伏の激しいエリアでの機動は困難だ。

 舗装路を伝う成川と葛城に先行し、来賀とワイルドライガーブレードと随伴の偵察ヘリOH-1が山中を突破していく。

『テングよりシシマイ。目標は次の稜線を越えた先を逃走中。数は五、中型一、小型四。小型種はラプトール型に近いが相違多数。中型は未知の形態を持ち現在国際記録と照合中』

 テングことOH-1から索敵結果と後方の動きの報告がある。まだ混乱を感じさせるその内容の一方で、ライガーの疾走は一直線だ。道なき道を突き抜け、急な斜面も駆け上がり複数の稜線を越えてきた。

「未知のゾイド……特徴などは?」

『先行したレンジャーからの報告では四足歩行、巨大な背びれを一つ持っている模様。戦闘能力の詳細は不明だが、通信不良が断続的に発生しており関連が疑われる』

 偵察ヘリテングからの通信は平板な調子を保っている。それ故に来賀の想像にバイアスをかけることなく、その呟きを引き出した。

「四足歩行、背びれ……スピノサウルス、いや、ディメトロドン型か?」

『大方そんなところだろう。そして恐らくその背びれが通信不良の原因となる器官なんだろうな。真っ先に壊すべきだが、サンプルも確保したいところだ。

 加減は貴官とそのゾイドに任せる。テングはこれより戦闘の記録を開始。シシマイの奮戦に期待する』

 上空で旋回し距離を取っていくOH-1。それはちょうど来賀達が最後の稜線を越えるタイミングだった。最前線で観測を行う者の視野は広いということだろう。

 そして稜線を越えれば、そこはゾイド同士の戦場と化す。確かに来賀の目の前には、冬枯れの気配を感じさせる山中に溶け込むような緑の装甲を持ったゾイド達の姿がある。

 ラプトールと同格に見える小型恐竜ゾイド、これは報告の通りだ。一斉に振り向き、襟巻きを広げてくるシルエットは意外なものだったが。

 そしてその隊列中央には、テングからの報告通り背びれを持った中型ゾイド。前後に長い頭部装甲を持ったその姿を認めた途端、操縦席を後ろから蹴飛ばしたような加速感が来賀を襲った。

「ライガー……っ!?」

 思わず呻いた来賀の視界の中で、ラプトール級ゾイドの姿は背後に吹き飛んでいく。ワイルドライガーブレードの突撃は一直線に背びれのゾイドに向かっていた。

 相手は振り向き、牙を剥いてくる。しかしその獰猛そうな姿に対して、ライガーが上げる唸り声は一切気圧されている気配が無い。それどころか強い敵意を、敵を圧倒する気迫を感じさせるものだ。

「ライガーはこいつの気配を捉えていたのか……!

 テング、こちらシシマイ! ワイルドライガーに特異な活動が見られる。バイタルデータの拠点への転送を頼む!」

『もうやっている。えー……それで敵の照会データが到着した。

 中型機がディメパルサー、小型機がディロフォスだ。国内では初めて発見されたタイプだが、電子機器にダメージを与える能力があるらしい』

「なんだってっ……!」

 当然、ワイルドライガーブレードに増設された来賀の操縦席もその範疇である。影響が出始めているのか、テングとの通信にもノイズが混じり始めていた。

『機獣遊撃隊所属機の到達まで一八〇秒と予測されている。それまで接近戦は回避せよ。

 なお本機は敵の能力を警戒し退避中。オーバー』

 山麓に木霊するローター音が遠ざかっていく。微妙に心細い状況だが、来賀はライガーを制御するのが精一杯だ。すでに福生で敵に気付いた時同様操縦レバーとライガーの同調が切れている。

「ライガー! お前一人じゃ……なんのために俺を乗せてきたんだ!」

 噛み合い掴み合う相手との視野の隅で、ディロフォスが遠巻きに花開く。

 知っている。子供の頃映画で見た動きだ。生物学的に正しいかは怪しいらしいが、今目の前で起きているならば現実だ。

「ライガー! 狙われてるぞ!」

 戸惑いではなく確信を持った叫び。それにワイルドライガーブレードが取っ組み合う爪を止め気付いた瞬間、ディロフォスが叫びと共に電磁波のインパルスを叩きつけてきた。

「ぐあっ……!」

 周囲のモニター、計器類が過電流で破裂やスパークを上げる。そんな状況を古典的だなと感じる余裕がまだある己に驚きつつ、来賀は通電されている気配が抜けたレバーの軽い感触を握りしめる。

 もはやこのコックピットの機能はダウンしている状況だ。己はゾイドの首筋にしがみついているだけの存在に過ぎない。だがかつてこのライガーに守られ、これまで操縦してきた存在だ。

「ライガー……なにをそんなに頭に来てるんだ!?

 こいつがなんなんだ!?」

 ディメパルサーと噛み合うワイルドライガーブレード。激しく振り乱されるその視界の中で、互いの視線の交錯が操縦席の来賀からも見える。

 そしてディメパルサーの目が燃え上がるような光を宿した。厚みのある背びれが中央から二つに分かれ、花開くように広がっていく。その隙間にはスパークが網を張り、凄まじいエネルギーを帯びているのが一目にもわかる。

「……これは、ワイルドブラストか! ライガー! いい加減に離れ――!」

 手応えの消えたレバーを握る来賀の前で、ディメパルサーの背びれからより強烈な電磁波の衝撃が走る。周囲のディロフォスや、ライガーのたてがみの表面でも火花が散るほどの炸裂は、生身の来賀ですら衝撃を感じるほどだった。

 電流に親しいであろう金属の体を持つワイルドライガーブレードであればいかほどのものか。それは血を吐くような叫びを上げるライガーの様子からも伝わってきた。

「……ゾイドにも影響を与えられるのか、このディメパルサーは!」

 地に突っ伏し呻くライガー。さらに周囲のディロフォス達も頭を抱えてのたうち回る中、ディメパルサーだけは身を起こす。そしてにやつくような口元を見せつつ、背部で激しく背びれを打ち振るいながら、地を這う影はにじり寄ってくる。

「ライガーはこの力を感知していたのか! くそっ……もしかして他のゾイドが人間をやたらに襲うのも……」

 苦しむワイルドライガーブレードの一方で、来賀は思考を走らせる。曲がりなりにも自衛官の身だ。ゾイドは何故人を襲うものが多いのか、自分とライガーのような関係がある一方でなぜなのか程度のことは考えていた。

 だが今は、疑問に答えを与えるよりも現状の打破が先だ。

「エマージェンシーリブート!」

 操縦席の緊急停止ボタンと並んで設置された保護ガラス付きのボタンへ、来賀は拳を振り下ろす。それは機能が狂った基板から予備のシステムへ操縦席の電装系を切り替える機能だ。

 操縦専用の軍用システムの起動は早い。そして再起動で計器が光を取り戻すと同時に、ライガーも操縦系の復活に顔を上げる。そして再び手応えを取り戻した操縦レバーを握り、来賀はライガーに活を入れる。

「ワイルドライガーっ!」

 その操作に、ワイルドライガーブレードは一瞬ためらった。しかし次の瞬間には動きだし、来賀が指示した敵――周囲でのたうつディロフォスをその爪にかける。

 ディメパルサーの周囲を一巡りしながら獣の爪を振るったワイルドライガーブレードは、斜面に立ちはだかる。それは戦場を見下ろすのに適したポジションであり、来賀が選んだ位置だ。

「ライガー! 危険な相手に飛びかかってはダメだ! 突撃は相手を仕留められる時以外は蛮勇でしかない……わかるか!?」

 来賀は体重をかけ、ライガーをその場に押さえつけるべくレバーを押し込む。そしてその微力を敏感に感じ取り、ライガーは姿勢を低く沈めた。

「仕留めるべき敵こそ、正しい時に仕掛けなければならないんだ! ライガー!」

 呼びかける声に、操縦席の前でライガーの首が小さく振り返る。確かにライガーが自分の声を聞いたような気がして、来賀は声を荒げた。

「お前の敵なら、俺の敵でもある! 俺と共に戦うことを選んだなら、俺の力も使え! なんのために俺を連れてきたんだ、ワイルドライガー!」

 その叫びに、ライガーは唸り声を喉の奥に轟かせながら敵を見据える。その瞬間に、ゾイド自身の高揚によって稼働しえるワイルドブラストの起動ランプも点灯する。

「ワイルドブラスト――! 破甲切断爪! いやぁぁぁぁぁっ!」

 展開するタテガミクロー。そしてその切っ先に視線を向けた瞬間、ワイルドライガーは今こそ咆哮を上げた。

 来賀とライガー。二つの意思は一つの刃に宿る。そしてその先には、赤い眼光を宿すディメパルサー。

 のど笛へ鋭い光が跳んだ。ディメパルサーの首を刎ねる弧は、二つの力を合わせた速度で走る。

 飛んだ頭部が土煙を上げる頃、辛うじて舗装されている山道を伝ってきた成川と葛城の機体が山間に顔を出した。山道を疾走してきたからか二体は荒い息のように蒸気を吐いていたが、葛城と成川は息を呑んでいる。

「来賀君、やったか!?」

「見覚えの無いゾイドみたいだけど……」

 二人の声がクリアに聞こえてくるのは、ディメパルサーが倒された証拠だ。そして唸り声を上げながら戦っていたライガーは今、切り落とされた相手の首を正しい角度に転がし、じっと見つめている。

 そこには先程までの憎悪のような感情は無い、と来賀は思う。そして葛城達に振り向き、

「回収を手伝って下さい、成川隊長。多分このゾイドは重要な存在です。よろしくお願いします」

「ん? 来賀君にしては随分とがっつくじゃないか。

 これは無碍には出来ないな、葛城君?」

 来賀の声音になにか察するところがあるか、成川は一足先にトリケラドゴスを接近させてくる。

「トレーラーを連れてくるのはまた時間がかかる。葛城君、アンキロックスで運ぼう。載せるのは俺が。頭部は来賀君がライガーにくわえさせていくといいだろう。

 もう夕方だ。急いで帰ろうぜ」

 暮れなずむ秋の空は平和な茜色。直前まで繰り広げられていた戦いを忘れさせる色合いだ。そして力尽きたディメパルサーの姿は、山間に深く刻まれた影の中に静かに横たわっている。

 その傍らで悼むように佇んでいたワイルドライガーブレードは、葬列のように運ばれていくディメパルサーに寄り添い続ける。その足取りは立川の拠点まで続き、そして到着した後も傍らで沈黙し続けていた。

 

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