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「いらっしゃーい」
ここを訪れた人はクロージャさんの明るい声で迎えられます。
ロドスの一角に作られた様々な物品を扱うこの空間。
雑誌や雑貨を初めとした日用品から、飲み物やお弁当などの食料品、果ては工業素材、家具まで、ロドスで生活するうえで必要な物のほとんどはここで揃えることが出来ます。
ここはロドスの購買。ロドス内部に構えられた何でも屋さんです。
昼間はまばらに人がいるここも、今は深夜。私と店番のクロージャさん以外は誰も居ません。
そんな静かな購買で、私は今、そこにある一つの商品に釘付けになっています。
[オペレーターハイビスカス完全監修!これ一食で頑固なお通じもたちまち解決!ハイビス印のスペシャル健康食!ドクターも太鼓判を押すその効果、ぜひあなたもご体験ください!]
…ハイビスさんの、健康食。私たちも定期的に食べていますが、その効果は確かにすさまじいものがあります。健診の度に食べさせられているブックマークさんなんて見るからに健康そのもので、少し羨ましいぐらい…
その健康食が、こうして購買で売られています。大方クロワッサンさんかドクターがクロージャさんと悪だくみをした結果なのでしょうけど。
私は視線で、パッケージに印刷された文言をなぞっていきます。
ここに書いてある効果…たった一食でトイレのロールを予備も含め全て消費してしまうようなお通じが期待できる、か…
食事でそこまでの効果が出るなんて、本当でしょうか。
普段私たちが食べているハイビスさんの健康食でもそんなことにはなりません。やはりスペシャルというだけあって通常よりも効能を大きく飛躍させているということなのでしょうか。
試してみたいな…
しばらく前からお通じに悩まされていた私は、そのまま値段へと視線を滑らせます。
値段は8龍門幣。ちょっと割高な気もしますけど…
お財布の中身を確認して購買意欲が勝った私は、その商品に手を伸ばしました。
「アーミヤ…」
「ケルシー先生…?」
すると、伸ばした手が別の手と触れあいました。
商品に集中しすぎていたのか、新しいお客さんが入ってきたことに気付かなかった私は飛び上りそうなほど驚いて、反射的に振り向いて…
…とても見知った人の、私と同じぐらい驚いた顔を見ました。
○○〇
「アーミヤ…」
「ケルシー先生…?」
深夜の静かな購買に、幼さすら感じる高い声と、成熟した女性の声が小さく響いた。
眼前の少女、ここロドスの表向きの代表であるアーミヤは、その円らな瞳を零れんばかりに見開いて、その小さい口を半開きにして、
なんであなたがここにいるんですか…?
とでも言いたげな表情をしている。
それを言いたいのは私だ。
誰にも会わないよう深夜に来たというのに、よりにもよってアーミヤに会うなんて…
「アーミヤ…どうしたんだ、こんな時間に」
「ケルシー先生こそ」
「私は…研究の最中に小腹が空いてな。夜食を買いに来た」
嘘だった。
不意に出会った、出会うはずのない人に動揺した私が発した言葉は、自分でも呆れてしまうような脆い嘘だった。
何せ、私は医者だ。
不摂生が健康を崩すことなど、嫌というほど分かっている。
私はやむを得ない場合以外は決して不摂生をしない。
夜食などもってのほかだ。
定められた時間以外の食事は生活サイクルを乱し、やがては生活習慣病へと繋がっていく。
私が普段からドクターに口を酸っぱくして言っていることだ。
アーミヤもドクターの横でそれを聞いている。
だからこそ、この嘘はすぐばれる。
迂闊だった。私は内心で歯噛みする。
普段であれば、このようなミスはあり得ない。
そうだ、私は夜食を求めたわけではない。
最近女性オペレーターの間で流行っているという新商品…ハイビス印の健康食を買いに来たのだ。普段の私は流行り物に興味は抱かない。むしろ、一時の流れで右往左往する様に呆れを覚えている。
だが今回は違った。
「最近購買に追加されたあの健康食…ケルシー医師はご存じですか?」
つい最近担ぎ込まれた鉱石病患者のレントゲン写真とカルテを見ながら医療プランを考えているとき、シャイニングから声をかけられた。
職務中にシャイニングが私語をするなんて滅多にないことで、少し呆気に取られてしまったことを覚えている。
「知っているが…それがどうしたんだ?」
「その様子ではまだ試されてはいないようですね」
「あぁ…購買に行く時間もなかったからな」
それを聞いた彼女は残念そうな、見方によっては悲しそうとも受け取れるような表情を浮かべた。
「それは、勿体ないことです。あの商品は素晴らしい効果がありました。決して蔑ろにしていたわけではありませんが、改めて食事の重要性を認識させられるほどのものが…今度、監修をされたというハイビスカスさんとゆっくりお話してみたいと思いましたよ」
「………そうか」
「ケルシー医師も、機会があれば是非試してみてください。きっと驚きます」
「あ、あぁ…………」
心底驚いた。
シャイニングがこれほど饒舌に、医療以外の話をする姿を見たことが無かった。
そしてそれ以上に、それまでただの一過性の中身のない流行だと思っていたものを、ここまで彼女が評価していたことに驚いた。
彼女は優秀な医師だ。それもロドスでも指折りの…そんな彼女がここまで絶賛する例の商品に、私はどうしようもなく興味を抱いてしまった。
私はすぐに監修を担当したというハイビスカスに話を聞きたかったが、彼女は戦闘オペレーター達と共に戦役に出かけたばかりだ。
こんな個人的なことで任務中に通信するわけにはいかない。
だから私は購買に来た。自分であの商品を手に入れるために。
人のいない深夜に訪れたのは、普段から流行りに無関心な私が白昼堂々買い求めるのは何だか気が咎めたからだ。あと、少しだけ…周りの視線も気になった。
結果的にアーミヤと鉢合わせしてしまったのだが。
「…そうなんですね。ケルシー先生にもそんなときがあるなんて、知りませんでした」
「私だって人の子だ。たまには自分を甘やかしたくなるときもある…」
まっすぐに私を見つめるその視線が、まるで質量を伴っているかのように深く突き刺さる。アーミヤにそんな素振りが無いにも関わらず、本音を隠すために薄っぺらな嘘をついたことを糾弾されているような、そんな錯覚に陥ってしまう。
私はたまらず目を逸らし、言葉を濁した。
「…」
「…」
しばしの沈黙。
この居たたまれない空気にこれ以上触れていたくないという思いが膨れていく。
さっさとこの健康食を買って、研究室に帰ろう。
そう思って伸ばす手はアーミヤの手に触れた位置から動かない。
アーミヤが、私の手をしっかりと握りしめていたから。
「アーミヤ…?」
「ケルシー先生…これは夜食にするには少し味気なさすぎますよ。どうせ自分を甘やかすのなら、ああいうものの方がいいんじゃないかなって…私は思うんです」
アーミヤが指を差した先…そこには、極東で熱烈な人気を誇るラーメンなる食料があった。
透明なパックの中に納まった肉の煮込みの薄切りと、ネギ、表面が変色するほど調味料をしみ込まされたゆで卵、もやし、よくわからない茶色の長方形。そしてそれらを受け止める、黄色い麺の大地。その隙間から見え隠れするスープのパックが、時折己の存在を主張している。
私は思わず眉を顰める。なんて健康に悪そうな、しかし魅力的な料理だろう。
眼が痛くなる配色の新発売ポップに彩られたそれは、いっそ冒涜的ですらある。
「ホシグマさんの熱い要望で入荷したそうです。今、ロドス内ではちょっとしたブームなんですよ?」
ほんの少しだけ得意げに、可愛らしく情報を追加するアーミヤだったが私の手に込めた力を緩めはしない。
やはりな…
その行動で確信する。私の嘘はバレている。
そしてアーミヤは嘘を逆手に取り、私がそれを諦めざる負えないよう誘導しようとしている。
彼女に健康食を譲る気は無いことは明白だ。
アーミヤの目を見る。強い光を宿した目…こうなったアーミヤは引き下がらない。
「アーミヤ…生憎だが、私はああいった食事に興味が無い」
「そうですか…」
「そういう君こそ、こんな夜更けに健康食を食べるのか?」
だが…悪いな、アーミヤ。私も引き下がるつもりはないよ。
一度気になったものは、どうしても調べたくなってしまう。それが研究者という生き物で、私もそんな研究者の一人だ。
「…えっと、ちょっと気晴らしに購買にきて、目についてしまって」
「そうか…だったら別に、これに拘ることもないだろう?」
「えへへ、たまには挑戦もいいかなって」
「奇遇だな。ちょうど私もそんな気分だった」
「でもケルシー先生は健康食を食べなくても体調はいいですよね?」
「するとアーミヤ。君は最近あまり調子は良くないのか?」
「あ…えっと」
私には健康食は必要ない。その一言を起点とするつもりだったのだろう。
あっさりと返されたアーミヤはたじろぎ、反応が遅れている。
この隙は致命的だぞ、アーミヤ。
「だとしたら、夜食なんて見てないで早く休んだほうがいい」
私は隙に乗じて一歩踏み込む。
彼女を労わる言葉によって流れを変える。
先ほどまでの拮抗した流れから、私に有利な流れへと。
「さぁ、こうしてないで自室に戻るんだ」
「あの、ケルシー先生。私まだお仕事が…」
「明日やればいい。私も手伝おう。無理をして倒れられるほうがずっと大変だ…」
自分が不利に陥ったことで焦ったのか、彼女の手に込められた力が緩んでいた。
私はそこから優しく手を引き抜き、そして彼女の背後に手を回して緩やかに押しながら出口へと共に歩いていく。
このまま彼女の体を労わりながら、自室へと押し返す。
そのあとゆっくり、あれを手に入れる。それで目標は完遂される。
アーミヤ、最初は悪くなかった。だが…まだまだ成長が必要だな。
「あ、あの…!」
「大丈夫、アーミヤが努力していることは皆理解している。ただ、休息も大切な仕事というだけだ」
アーミヤが縋るような眼で見上げてくるが、私はそれを慈しみの仮面で黙殺する。
良心が痛む。少女相手に大の大人が、容赦のないことだ。
だけどアーミヤ。社会とはこういう場だ。
そこに大人も子どもも無い。ただ経験を積んだ人間と、積めていない人間がいるだけ。
出口まであと数歩。
アーミヤはもうすっかり俯いてしまった。
すまない。今度埋め合わせはするよ。
眼前で自動ドアが音もなく開く。
私はそっと彼女の背を押した。
さぁ、アーミヤ。
「お、一個残ってるじゃん。ラッキー」
今まさにアーミヤが購買の境界を跨ごうというときに店内から聞こえた陽気な声に、私たちはぎょっとして振り向く。
「クロージャちゃん。これ一個ちょーだい」
「はーい毎度ありー」
そこにいたのは今まさに会計を済ませようとする、健康食を持ったエフイーターだった。
○○〇
「でもエフイーターちゃんもこういうの買うんだねー。鍛えてるからこういうのとは無縁だと思ってたよ」
「いやぁ実際若い時は無縁だったんだけどね。やっぱ寄る年の瀬には勝てないわ」
「何言ってんの。まだまだ若いじゃん」
「あはは、お世辞を言ってもこれ以上買わないよ」
「なんだ、言って損したよ」
「んだとテメー」
二人の談笑が頭を上滑りしていく。
私が手に入れるはずだったそれは、今はもうエフイータの物になっていた。
いつ購買を訪れたのかは知らない。
きっとアーミヤとのやり取りで気が付かなかったのだろう。
私は失敗した。幼気な少女を大人気なく言い負かしてまで手に入れようとした物を、自分の不注意からみすみす横取りされてしまった。
とんだ笑い話だ。
「あれ?ケルシー先生とアーミヤちゃんじゃん!一緒に夜食あさり?仲いいねー」
「ええ、エフイーターさん。そんなところです」
入り口付近にいた私たちを見て、エフイーターは笑顔を浮かべる。社交的な彼女の笑顔はとても明るく、眩しい。きっと今の私は、それと真逆の顔をしているのだろう。
そんな私を気遣ってか、私が口を開く前にアーミヤが彼女の応対を行った。
本当に、優しい子だ。
「うんうん、お仕事も適度な休憩挟まないとね。それじゃ、私はこれで失礼するよ。お休みー」
「はい、お休みなさい」
「あんま根詰めすぎんなよー」
「エフイーターさんも、体調にはお気をつけて」
手を振って購買から去るエフイーターを、二人で並んで見送った。
彼女が見えなくなった後、私とアーミヤは顔を見合わせて、呆れたように笑い合った。
○○〇
「……ケルシー先生。結局、なんであれが欲しかったんですか?」
購買前の小休憩場。空いたスペースに長椅子と自販機を置いただけの簡易なものだが、時折ここでお昼を食べるオペレーター達が居たりする、意外と需要のある空間だ。
私とアーミヤはそこで、それぞれが選んだ飲み物を飲みながら長椅子に腰かけていた。
「嘘には気付いてたんだな、アーミヤ」
「はい。下手すぎてちょっと驚いちゃいました」
拙いとは思っていたが、まさかそこまで下手だったとは。
少し頬が熱くなるのを感じる。羞恥を感じるなんていつぶりだろう。
「それで…?」
「あぁ…シャイニングから聞いたんだ。彼女が絶賛していたから気になった」
「そうだったんですね。…シャイニングさんも、流行りの物とか買われるんですね」
「私も知らなかった。話されたときはとても驚いたよ」
穏やかな時間だ。
さっきまでアーミヤを追い払おうとしていたのが、なんだか馬鹿らしく思えてくる。
私も疲れていたのかもしれない。
「なぁ…アーミヤ」
「はい?」
「さっきは、済まなかった」
「…また交渉のやり方を教えてくれたら、それで許してあげますよ」
「ああ、わかった。今回で課題も見つかったしな」
「う…お手柔らかに」
「それは出来ない。お詫びに教えるのだから、しっかりと身に着けてもらわなければ」
「もう、ケルシー先生。意地悪しないでくださいよ」
小休憩場に二人の笑い声が響いて、緩やかに時間が流れていく。
静かで、優しくて…
本当に、穏やかな時間だ。
その後、二人が健康食を求めていることを聞きつけたドクターは、普段お世話になっているお礼として卸す用に置いていた在庫から健康食をプレゼントした。
後日、二人は無事自室のトイレットロールを全消費した。
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