刹那の夢と嘘の玩具   作:月影 梨沙

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再会は涙の予兆

 ○●

 

 

『昨日、午後3時頃、コガネシティ2-56区、コガネ百貨店の屋上から、身元不明、推定15歳ほどの女性が転落し内蔵破裂で死亡した事件で、コガネ地方警察は、目撃者の証言、現場の状況などから自殺と断定し、女性の身元の確認を急いでおり……』 

 

 ――イヤな夢、を見た―― 

 

 ベッドから飛び起きた瑞穂は、荒い息づかいで、辺りを見回した。なんだか懐かしい臭いがする。白一色の狭い部屋にも見覚えがある。 

 

 病院……、コガネ中央病院。瑞穂は即座に、ここが何処であるのかを思い出した。 

 

 瑞穂の着ている、薄い桃色のパジャマは汗で、ぐっしょりと濡れていた。ベタベタしている。 

 

 上半身を起こして、窓から外を眺めた。コガネシティ全景が見える、そして昼の強い日差しが眩しい。 

 

『……41番水道での、高速客船『グラシャラボラス号』の火災事故から、4日が経過しましたが、深い霧のため、依然、捜索は難航しており、乗客・乗員49名の生存は、絶望視されて……』 

 

 つけっぱなしになっているテレビから、ニュースが流れている。テレビの横では、リングマとグライガーが、大きな鼾をたてて眠っていた。 

 

 リングマもグライガーも、悪夢に魘される瑞穂のことを心配して、深夜中、ずっと起きて見張っていてくれたことなど、瑞穂は知る由もない。 

 

 瑞穂がグィと背伸びをすると、真っ白なドアが開いた。ドアから入ってきたのは2人の女性だった。 

 

「あ、起きてたの」 

 

 白衣を着て、ルビー色の髪をした、医者らしき女性は、瑞穂に話しかけた。医者とはいうものの、まだ17歳で、所々に幼さが残っている。 

 

「うん」 

 

 そう答えた瑞穂が、汗だらけなのをみて、女医は驚いて訊いた。 

 

「すごい汗。どうしたの?」 

 

「ちょっと、イヤな夢を見た」 

 

「そう、大丈夫? 瑞穂ちゃん」 

 

 瑞穂は少し微笑んで、首を横にふった。 

 

「大丈夫。私には、リンちゃんと、グラちゃんがいるし。この病院も、ノゾミちゃんがいるから、安心だし……」 

 

 瑞穂がそこまで言うと、女医の隣に立っているジュンサーが溜まりかねたように口を開いた。 

 

「あのね……。そういう個人的な会話は、私の話が終わってからにしてくれない?」 

 

 キョトンとしながら、瑞穂はジュンサーの方を向いた。 

 

「ごめんなさい。巡査さん」 

 

「警部補よ」 

 

 事も無げに自分の階級を訂正すると、コガネ警察署、刑事課強行犯係のジュンサー警部補は事務的な口調で、事件現場を捜索したときの話しをしだした。 

 

「アナタの言っていた場所を探したら、やっぱり遺体が見つかったわ……それもバラバラのね。状況も一致していたし、目撃証言からアナタがその犯人に襲われたのも、間違いないこともわかった。だから、その太股にデルビルタトゥの男は指名手配しておいたわ。捕まるかどうかは、解らないけど……」 

 

「絶対に、捕まえてください……!」 

 

 隣で静かに話を聞いていた、女医の桃谷望が、大きな声で言った。 

 

「許せないよ……そんなの。人を殺して、バラバラにするなんて……。瑞穂ちゃんまで、非道い目にあわせて……。絶対に許せない! そうでしょ? 瑞穂ちゃん」 

 

 小さく、ゆっくりと瑞穂は頷いた。 

 

「だから、お願いします! 絶対に捕まえてください……!」 

 

 望はそう言うと、じっとジュンサーの瞳を見つめた。ジュンサーは望の剣幕に、いささか驚いたようだが、小さく2,3回頷いて言った。 

 

「わかってるわ。こちらも出来るだけ犯人逮捕に努力するつもりよ。でも……、この街の治安の悪さは、普通じゃないから、難しいの……。最近この街、世界標準世界標準、世界標準……って、騒がしいけど、犯罪までグローバルスタンダ-ドにされちゃ、たまんないわよ……。」 

 

「大変……ですね……」 

 

 思わず愚痴をこぼすジュンサーを見て、瑞穂は同情心からか、呟いた。 

 

「ありがとう。 まぁ私が言うのも何だけど……、この国のケーサツは、不祥事多いけど、検挙率は先進諸国の中でナンバー1なんだから。心配しなくていいわ。……それよりも、いいの?」 

 

「なにがですか?」 

 

 瑞穂は、突然の問いに、首を傾げた。 

 

「カウンセリングよ。 あんな事件に巻き込まれたのに、ホントに大丈夫なの……?」 

 

 俯き、何か考えているような仕草の後、瑞穂は言った。 

 

「やっぱり大丈夫です。あの時は、リンちゃんが助けてくれましたし……」 

 

 チラリと、瑞穂は横で眠っているリングマを見やった。 

 

「でも……、あんな非道い遺体見たら……。さっきだって魘されていたみたいじゃない」 

 

「さっきのは違うんです。昨日の事件とは関係ない夢で……。それに、人の遺体には、慣れていますから」 

 

「遺体に慣れてる……?」 

 

 驚いて、口あんぐりのジュンサーに、すかさず望が説明を加えた。 

 

「あ、その、瑞穂ちゃんは、トキ大の医学部卒なんです。医学部って、あの、解剖実習とか、よくやるんで、だから、遺体には慣れているんです。……だよね……瑞穂ちゃん?」 

 

「あ……。うん、そう……。そうなんです。正確には携帯獣医学部ですけど」 

 

 警察関係者に、変な誤解をさせるわけにはいかない、とばかりに瑞穂は、首を縦に振った。 

 

「なんだ……そうなの……。こんなにちっちゃいのに、大卒ねぇ……」 

 

 その時、ジュンサーの腰についている携帯電話が、メロディを奏でた。 

 

「ちょっと、ごめんね。……はい、私よ。え? そうよ……、わかった。今行くわ」 

 

 話し終わると、ジュンサーは、携帯を元の場所にしまった。 

 

「ちょっと事件が起こったみたいだから、私行かなきゃいけないの。それじゃあね」 

 

 そう言うと、ジュンサーは目にもとまらぬ速さで、部屋を飛び出していった。

 

 ジュンサーが去ると、瑞穂は、柔らかく微笑みながら言った。 

 

「……3ヶ月ぶりだね、望ちゃん」 

 

「うん。卒業してから、もうそんなに経つんだ……。ヒメちゃ……じゃなかった、リンちゃんも、大きくなったしね。ミズホちゃんは、どう? なにか変わったことない?」 

 

 相変わらず病室には、テレビのニュースと、リングマ、グライガーの鼾だけが響いている。 

 

 瑞穂は、しばらく俯いてから、言った。 

 

「なにがなんだか……、わからないくらい……変わった事ばっかりだよ」 

 

「え……?」 

 

 テレビから、昨夜起こった、凄惨な殺人事件の報道が聞こえてくる。 

 

『本日未明、コガネシティ2-4ナリ区で発見された、幼女のバラバラ死体は、コガネシティ在住、鋭田 昭吾さんの長女、鋭田 美子ちゃん、9歳であると断定され、コガネ地方警察は、目撃証言から、犯人の指名手配を……』 

 

 この街に来るまでの経緯を、瑞穂から聞いた望は、しんみりとした表情になった。 

 

 発作……。軽蔑の眼差し、言葉。別れ。喧嘩。いざこざ。決別。涙。危険……。事件。 

 

「そうなんだ……。いろんなことが、あったんだね……」 

 

 瑞穂は軽く唇を噛んで、俯いたままだ。 

 

「ねぇ……瑞穂ちゃん。そんなに辛い目にあうんなら、やめちゃえば……? ポケモントレーナーなんて」 

 

 それを聞いて、瑞穂はサッと顔を上げて言った。 

 

「それはイヤ……。それに、ソウちゃんを捜さなきゃいけないし……」 

 

「旅は……続けるつもりなんだ……」 

 

 こくり、と瑞穂は頷いた。 

 

「ねぇ、なんで、旅なんかするの……? 私にはわからない。瑞穂ちゃんなら、どんな病院やポケモンセンターにも、就職できるのに……」 

 

 深いため息をついて、瑞穂は答えた。 

 

「実は……私も、最近なんで旅を……ポケモントレーナーをしてるのかわからなくなってきちゃったんだ……。でもね、辛いことや苦しいことがあっても、リンちゃん達と旅をしてると、なんだか楽しいの……」 

 

「そう……なんだ。……まだ、よくわからないけど……」 

 

「うん……」 

 

 ほんの少しばかりの沈黙―― 

 

 暗い話題を少しでも明るくしようと、望は突然、語調を明るくした。 

 

「そ、それにしても、ビックリしちゃったよ……。瑞穂ちゃんがスッパダカで運ばれてきたときには……」 

 

「う゛……。それは……」 

 

 瑞穂の顔が、強張り、そして淡いピンク色に染まった。そして、小さな声で呟いた。 

 

「……ミタ?」 

 

「なにを……?」 

 

「だから……、そのぉ……」 

 

 火照った顔を俯かせて、瑞穂は恥ずかしそうに、拳をモジモジさせている。 

 

「あぁ……、そういうこと。しっかりと、見たよ」 

 

「やっぱり……」 

 

「瑞穂ちゃんって、まだまだ子供だね。まだまだ、私のには遠く及ばないよん」 

 

「う゛……ぅぅ。恥ずかしぃ……」 

 

 湿った瑞穂のパジャマから、勢いよく湯気が吹き出した。そんな瑞穂を見て、望はクスクスと笑った。 

 

「ふふ……。瑞穂ちゃん自身は、全然昔と変わってないね。その素直なリアクションとかさ」 

 

 熱っぽい身体を冷やすかのように、腕を2,3回廻すと、瑞穂は天井を見上げながら呟いた。 

 

「はぁ……。昔と変わってない……か。いつまでも、子供のまんまなのかなぁ……私って」 

 

「でも私は……、そんな瑞穂ちゃん、好きだよ」 

 

 ふぅ、と息をはいて、望は口元に笑みを浮かべた。そして言った。 

 

「すこし眠った方がいいね……。瑞穂ちゃん。今、替えのパジャマ、持ってくるから」 

 

「うん……、ありがとう」 

 

 望は振り返り、つけっぱなしになっていたテレビのスイッチに手を伸ばした。 

 

『……トキワ・洲先クリニックでの、点滴に不整脈用剤が混入し、お年寄りや幼児などの13人が死亡、20人以上が後遺症害を被った、事件の裁判で、カントー高等裁判所、荻菜裁判長は、森田 條馬被告に、逆転無罪判決を言い渡し……』 

 

 ニュースを聞いて、テレビを消そうとしていた望の手が、ピタリと止まった。そして、青ざめた顔を瑞穂の方に向け、言った。 

 

「み……瑞穂ちゃん……」 

 

「あれから……、もう、3年も経つんだ……」 

 

「そう……だね……」 

 

 瑞穂と望は、青ざめた顔で、お互いを見つめ合っている。汗で濡れたパジャマを、瑞穂は始めて冷たいと感じていた。

 

 

 ○●

 

 

 どこまでも流れる、河。沸き立つ湯気は、冷たいシャワーにかき消される。 

 

 冷たい。冷たい。冷たい。……しかし、動かなくなった姉の冷たさに比べれば、どれほど生温いだろうか。 

 

 しばらくして、氷がタオルを体にまいた姿で、バスルームから出てきた。ベッドに座ると、氷は携帯パソコンのディスプレイを見つめた。 

 

『1件の着信あり』 

 

 ディスプレイを徘徊していた矢印は、即座に届いたメールを開く。

 

 

 

 ------------------------------------------------------------- 

 

 差出人:法雅希 祐介 宛先:[email protected].**.** 

 

 件名:***** 

 

 ------------------------------------------------------------- 

 

 俺だ、法雅希だ。 

 

 姉さんが、自殺したそうだな。相変わらず苦労しているみたいだな。 

 

 俺も力になってやりたいが、いかんせん、今の状況じゃ身動きがとれない。 

 

 それと、お前の姉さんが死んだのは、アイツらには気付かれてない、安心しろ。 

 

 例の件は、もう少しだけ時間がかかりそうだ。 

 

 それと、パスワードを教えてくれ。でないと回覧できない。 

 

 

 

 あと、大丈夫なのか? このメールでお前の居場所とかバレたりしないのか? 

 

 今コガネシティにいるんだろ? 

 

 だったら、今日の午後8時から10分間は、気をつけた方がいいぞ。 

 

 -------------------------------------------------------------

 

 キーボードのキーを叩きながら、氷は疑問に思った。 

 

 ……今日の午後8時から、なにが起こる?……なにかが?……。 

 

 ものの数秒で、差出人への返信を書き終えると、氷は、冷やした牛乳紅茶を一口啜った。 

 

 ……気をつけた方がいい?……それは、もしかして……。 

 

 噂には聞いていた。おそらく今日、決行されるのだろう。その計画が――まだほんの一部であるとは思うが―― 

 

 窓の外から見える景色から、陰謀の囁きが聞こえたような気がした。

 

 

 

 ------------------------------------------------------------- 

 

 差出人:雪女 宛先:[email protected].** 

 

 件名:***** 

 

 ------------------------------------------------------------- 

 

 ありがとう。例の件は、わかり次第、メールで知らせて。 

 

 パスワードは『3745tr』だから。 

 

 

 

 >このメールでお前の居場所とかバレたりしないのか? 

 

 それなら大丈夫。 

 

 あの鯖は、元々私が構築したものだから、絶対にバレたりすることはない。 

 

 そのためにわざわざ、鯖に穴を開けといたんだもの。 

 

 -------------------------------------------------------------

 

 メールを送信し終えると、氷はベッドに横になった。灰色の天井を眺めながら、ひとり孤独に呟く。 

 

「私は……、こんな風にしか生きることが……できない。残念、だけど……」 

 

 太陽が西に傾きつつある頃、氷は短い眠りに落ちた。

 

 

  ○●

 

 

 空が赤々と染まる頃、瑞穂は短い眠りから覚めた。 

 

 大きな欠伸をすると、テレビの横で寝ているハズのリングマ達を見やる。グライガーは、相変わらず鼾をたてて眠っているが、リングマは起きて瑞穂のベッドの隣に座っていた。 

 

「リンちゃん、起きてたんだね」 

 

 瑞穂がそう言うと、リングマはぐぅと頷いた。その瞬間、瑞穂のお腹が、ぐぐぅと大きな音をたてる。それを聞いてリングマは笑った。瑞穂も、顔を赤らめながら苦笑した。 

 

「ふふ……。そんなに笑わないでよ、リンちゃん」 

 

 ドタドタドタ……。 

 

 廊下から、誰かが勢いよく走ってくる音が、響いてくる。 

 

「あれ……。誰の足音だろう……」 

 

 意識せず瑞穂がそう呟いたとき、病室のドアが勢いよく開いた。 

 

 ドアからは、紺のオーバーオールを着た、7歳くらいの女の子が飛び込んできた。瑞穂は、どこかで見覚えがあることに気付いた。昨日の同時刻、自然公園で瑞穂にビスケットを譲ってくれた、あの女の子だ。 

 

「あ……! キミは……」 

 

「グルゥゥゥゥゥゥゥッ……!」 

 

 唖然としている瑞穂の問いかけも、警戒しているリングマの唸り声も、全て無視して、女の子は言った。 

 

「かあさん! あと、どのくらいなん?!」 

 

 ……沈黙。

 

 その女の子は、百合ゆかりと名乗った。鮮やかなオレンジ色のトレーナーに、オーバーオール。ちょこんと短いポニーテールが黒く輝いている。 

 

 驚いた様子をしている瑞穂の『沈黙』という問いに、ゆかりは照れながら、答えた。 

 

「あちゃ。……ごめんなさい! 部屋、違えてもうたみたいや……。ここは……何番室なん?」 

 

「403番室……、だったと思うけど……」 

 

 呆然としながら、瑞穂は言った。 

 

「本当は、何番室にいくつもりだったの?」 

 

「303番室……。っちゅうことは、ウチは3階に行かなアカンのに、4階まできてもうたんか。あぁ……、相変わらず間抜けやなぁ、ウチは。」 

 

 ゆかりは頭を掻きながら笑った。瑞穂も、それにつられて笑うしかない。苦笑いしながらも、瑞穂は背中で唸っているリングマを気にしていた。昨日、あんな事があったからだろうか。リングマは突然の事で、今にもゆかりに飛びかかりそうだった。 

 

 リングマの警戒心を解くために瑞穂は、なおも照れ隠しの笑いを続けているゆかりに話しかけた。 

 

「あのさ……キミ。昨日、自然公園で、私にビスケットくれた子だよね?」 

 

「ん……」 

 

 ゆかりは、しばらくまじまじと瑞穂の顔を見つめた。そして驚いたように、大声で言った。 

 

「そや、思い出した!」 

 

「思い出して、くれた?」 

 

「あんときのお姉ちゃんやん! だから、言うたやろ。あんな所で寝とったら、風邪ひくって」 

 

 ……はい?……。瑞穂は、目を丸くした。 

 

「……大丈夫なん? 入院せなアカンほど、ひどい風邪ひいてしもたんやろ? はぁ……、ウチがもっと早う、お姉ちゃんを起こしとけば、こんなことには……」 

 

 ひとりで延々と喋り続けるゆかりをみて、瑞穂は思わず、本当に笑い出した。 

 

「お姉ちゃん……? なんで笑うん?」 

 

 笑い終えて、咳き込みながら、瑞穂は答えた。 

 

「違うの……。違うんだもん……」 

 

 ゆかりは、きょとんとしながら、首を傾げた。 

 

「変な、お姉ちゃんやな……」

 

 

 ○●

 

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