----------------------------------------------------------------
差出人:法雅希 祐介 宛先:[email protected].**.**
件名:*****
----------------------------------------------------------------
調べといたぞ。それにしても、とんでもねえ奴だな。<これ>
----------------------------------------------------------------
<TR DB>
『検索完了・該当犯罪者(1)』
NO.1610146『レライエ・ミャーライズ』 年齢:26歳 性別:男 出身地:ススタケシティ
住所:不定 職業:無職(元フリーカメラマン) <現在位置><詳細>
犯歴:
傷害・威力業務妨害・強姦致死傷・強姦致死傷・死体遺棄・強盗・強姦・強姦致死傷・死体損壊遺棄・
強盗強姦致死・死体損壊遺棄・わいせつ目的略取・殺人・死体損壊遺棄・強姦致死傷・強姦致死傷
<TR DB>
データベースに記載されているレライエの犯歴を見て、氷は意識せずに目を細めた。目を細めるのは、おもに嫌悪感を感じたときの彼女の癖である。
「ごうかんちししょうごうかんちししょうしたいいきごうとうごうかんごうかんちししょう……」
男の犯歴をつらつらと音読しながら、氷はデータベースの<現在位置>の項を開いた。ディスプレイに、人工衛星によって撮られた、コガネシティの全景が写る。
拡大。拡大。拡大。……ノイズが激しいため、よく見えないが間違いなく、そこ写されている男は――
真っ黒な長髪に、本能を剥き出しにした醜い顔の野獣。レライエ・ミャーライズ。
「捕まったら、死刑、確実ね……」
氷が呟く間に、男は見られているとも知らぬまま、アパート『ハゲンティ』の一室へ入っていった。
携帯パソコンの電源を切ると、氷はおもむろに立ち上がり、壁に掛けてある時計を見やる。
午後6時58分 47秒。
窓の外を見ると、既に日は落ち、暗い闇が顔を出していた。
ホテルの外に出た氷の瞳に、消えかけの夕日、その光が差し込む。
眩しい……。眩しかった。はやく、この街が完全に闇に堕ちてしまえばいいのに……。
氷は、夕日とは全く逆の方向へと歩いていく。奴等の――そして、氷の――計画実行まで、あと3千と576秒に迫っていた。
○●
リングマは、百合ゆかりに軽い嫉妬を覚えていた。それほどまでに、瑞穂とゆかりは意気投合していたのだ。
……だが、悪い気分ではなかった。むしろ楽しい。グライガーが仲間になったときと同じ気持ちに近い。
これまでの旅のこと、リングマのこと、グライガーのこと、大学時代の思い出……。
会話の最中、瑞穂もゆかりも、本当に楽しそうだった。つられてリングマも思わず笑顔になる程に。
「ところでな、お姉ちゃんは、なんで入院してるん? 風邪やないんやろ?」
ゆかりは瑞穂に尋ねた。もう既に窓の外は真っ暗になっている。
「それはね……」
瑞穂はパジャマのボタンを外して、平らな胸をさらけ出しながら言った。
「こういうことなの」
瑞穂の白い胸、右胸には、一本の赤い筋が走っていた。それは傷跡。リングマとの決別の証……の筈だった傷跡だ。乳首は抉り取られており、みるからに痛々しい。
「あ……」
痛々しい傷跡をみて、ゆかりは顔をしかめた。
「痛そう……」
「ちょっとだけ、ね」
瑞穂は笑った。それを見て、ゆかりは不思議に思った。
……なんで、笑えるんや? こんなに酷い傷やのに……。
「そんなに深い傷じゃないんだけど、黴菌が入っちゃったみたいだから、検査してもらおうと思って」
「なぁなぁ。一体、どないして、そんな傷ついてしもたん……?」
ゆかりはいつのまにか身を乗り出して訊いていた。この酷い傷の原因が知りたかったのだ。
「それは、ね……」
そう言うと、瑞穂はチラリとリングマを見やった。リングマは申し訳なさそうに俯いている。
「リンちゃん、と、喧嘩、しちゃった、の。それで、ね……」
……え……?!
途切れ途切れに話しながらも、瑞穂は顔に笑みを浮かべていた。
……なんで、笑えるん? 悔しくないん? なんで怒らへんの……?
押し黙ったままのゆかりを見て、瑞穂は心配になった。
「ユユちゃん。どうかしたの……?」
「え……? な、なんでもないで」
瑞穂の一言で、我に返ったゆかりは、大きく頭を振った。
「そう、それならいいんだけど……。それと私、心臓が弱いから……、それも検査してもらおうと、ね」
「お姉ちゃん。心臓が……弱いんか……」
瑞穂も、今度は笑っていなかった。笑えるはずがない。このことが彼女……、瑞穂の人生を大きく狂わせる事になったのだから。こんな体にならなかったのなら、瑞穂は今、ここにはいなかったであろう。それは、それでいいのだが……。でも……。
笑っていない瑞穂の、整った白い顔を見ながら、ゆかりは思い出していた。
……どこか、似てる……、と。
「ところでさ、ユユちゃんは、どうしてこの病院にいるの?」
今度は、瑞穂がゆかりに訊ねる番だ。
ゆかりは”待ってました”とばかりに、ニヤリとして答えた。
「ウチな、もうすぐな、お姉ちゃんになんねん!」
「それって……、つまり」
「母さんな、もうすぐ、赤ちゃん産むねん。男の子なんや」
そう言うと、ゆかりは満面の笑みを浮かべた。それを見て、瑞穂も思わず微笑んだ。
○●
冷たい風が吹き荒れる中、アパート『ハゲンティ』の前で、氷は立ち止まった。
一息おいて見上げた寝待月は、へそ曲がりな黒雲によって、隠されてしまっている。
チッと舌打ちすると、氷は、拳を握りしめた。心の準備のために。ふと、思いついたように見やった腕時計は、きっかり7時58分を示していた。
ゆかりは瑞穂と別れた後、駆け足で、母のいる303番室へと急いでいた。
「あちゃ~、すっかり、お姉ちゃんと話し込んでしもた……」
多少後悔はしたが、その分、楽しかった。瑞穂と話していると、なんだか懐かしい感じがしてくる。
……なんでやろ……。階段を駆け降りながら、ゆかりは思った。もしかしたら、こんな感じやったんかな。妹って。でも、ウチはもうすぐお姉ちゃんや。
303番室の前では、看護婦が急いでいる様子で、あたりを見回していた。
「あの……、どないしましたん?」と、ゆかりは訊いた。
「今まで、どこに行っていたの!」
看護婦はゆかりを見つけたとたん、強引にその手を引いて歩き出した。
「痛い! なにすんの!?」
たまらず、ゆかりは叫んだ。看護婦はゆかりを睨み付けながら言った。
「弟くんが産まれそうだっていうのに、何言ってるの!?」
「えっ!?」
遠隔操作装置のボタンを押すと、テレビから、賑やかな音が聞こえてきた。
「ぐら……?」
その音で、今までグースカと鼾をたてて眠っていたグライガーが、目を覚ました。
「あ、グラちゃん。起こしちゃった? ごめんね」
そう言うと瑞穂は、遠隔操作装置を操って、テレビの音量を下げる。
テレビに映っているのは、民間放送局の低俗バラエティ番組『ハチャメチャ、ヤッてる』である。
どうやら今日は、特別に2時間枠で放送しているらしい。他にいい番組ないかな。などと思いつつ、チャンネルを入れ替えていると、 国営放送のアニメで『剣道キャプター柘榴』の再放送が始まろうとしているのを見つける。
これにしよう、と決めた。この一応表向きには少女向け、なアニメは、瑞穂のお気に入り番組なのだ。
ちなみに他に瑞穂が好きなアニメは『剣道一直線』『美少女剣士』など、やたら剣道に関するものが多い。
ドキドキしながら、瑞穂は壁掛けの時計を見た。7時59分、54秒。
あと6秒。あとそれだけで、アニメの主題歌が始まる。
瑞穂は、テレビと時計を、交互に見つめた。あと3秒、2秒、1……。
バチンッ!
何かが弾ける音がする。それと同時に、コガネシティ全体が光の波で覆われた。そして次の瞬間、光の波はその姿を消した。代わりにやってきたのは、闇。
「キャ……。ま、まっくら……?!」
瑞穂は驚いた様子で辺りを見回した。もちろん何も、見えない。リングマと、グライガーにも、緊張が走った。あたりから、悲鳴に似た叫び声が聞こえた。泣き声も聞こえた。怒鳴り声も聞こえてくる。
停電。
この出来事を一言で表せば、それだけで済む。しかし事態は、これで終わらなかった。
「これは……まだ、第一段階に過ぎない……みたい」
レライエの住むアパートの部屋の前で、氷は独りで呟いた。そして部屋の扉を強く叩いた。突然の出来事にパニックになっていたレライエが、部屋から飛び出してきた。
「いい……タイミング、ね」
「誰だ……? テメェ……」
自分の胸よりも低い背丈の、色白の少女の微笑を前に、レライエは怪訝そうな顔をするしかなかった。
○●
停電は、発生から10分後ピッタリに回復した。
それから数時間後の、午後10時42分。就寝時間直前に布団に潜り込んだ瑞穂は、ふと不審に思った。
「ここ、病院だよね。 それじゃ停電しても、自家発電できる設備になってる筈なのに……なんで……」
ニュースでは、コガネシティの大停電については、原因不明としか報道されていない。
原因がどうであるにしろ、病院は停電するはずはないのだ。それなのに、なぜ……?
……どうしたの?……とでも言いたげな顔で、リングマは瑞穂の顔を覗き込んだ。考えてるの。ポツリと瑞穂は独り言を呟いた。
「やっぱり変だよ……。病院が停電したら、大変な事になるのに……」
大変な事は、既に起こっていた。瑞穂の呟きから数秒も経たぬ間に、廊下から涙声の叫び声が聞こえてきたのだ。
「嫌や……。もう嫌やッ!」
そして走る足音。それは、段々と403番室へと近づいてくる。
……どこかで聞いたことのある声……。
瑞穂がそう感じた瞬間、病室の扉がガチャンという音と共に、開いた。
「あ、ユユ……ちゃん?」
開いた扉の向こうに立っていたのは、ゆかりだった。体中汗だくのまま、泣きはらしていると思われる真っ赤な瞳で、瑞穂を呆然と見つめている。普通ではないゆかりの状態に、息を呑んでから瑞穂は訊いた。
「どうしたの……」
しんだ。しんで、しもうた。
「死んだ……? 誰……が?」
そんなことは、訊くまでもなかった。
信じたくなかった。
「よーたいきゅーへん、やて。ウチの目の前でな、めっちゃ……苦しそうに死んだんや」
「おかあさんも……亡くなったの……?。」
微動だにせず、ゆかりを見つめながら瑞穂は訊いた。ゆかりは、ゾンビのように首をぎこちなく縦に振った。その時、望が看護婦と一緒に、403番室に飛び込んできた。
「よかった……。突然、飛び出して行くから……。ずっとこの部屋にいたの?」
そう言うと望は、棒立ちになっているゆかりの肩に手を掛けた。
「サワラんといて!」
そう叫ぶとゆかりは振り返り、いきり立ったように望の手を払い除けた。
「何が『よかった』や! ちっともよかないワ! この、人殺しッ!」
「あ、その……」
「やっぱり、そや……。医者はな、みんな人殺しや……! みんな人殺しなんやっ!」
「そんな……」
ゆかりにそう言われ、望はガクリと、その場に項垂れた。瑞穂は、ゆかりの剣幕に驚きながらも、声を掛ける。
「ユユちゃん。気持ちはわからなくもないけど、お、落ち着こうよ……ね?それにお医者さんは、人殺しなんかじゃ、ないよ……。」
激しく床を踏みならし、腕を振り回しながら、ゆかりは叫き散らした。
「ウルサイ!だまっとけ! 医者は人殺しやッ! ひとごろしぃ……ひとごろしひとごろしぃッ!」
怒りに歪むゆかりの目から、涙が流れた。透き通った綺麗な涙――だと、瑞穂は感じた。
みんな死んでしまえばええんや。ウチの事なんか、誰も本気で心配なんてしてくれへんもん……。
ゆかりは看護婦を突き飛ばすと、走り去っていった。涙を残して。
○●