刹那の夢と嘘の玩具   作:月影 梨沙

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孤独なる出逢い

 辺りは夕闇が支配を始めた。 

 

 いくらゆっくりとした雰囲気の町とはいえ、時は誰にも対しても平等だ。白い雲は空の色に染まり、鮮やかで見事なオレンジ色に輝く。 

 

 ……気持ち悪い……。 

 

 赤々とした空を民宿の一部屋の窓から見上げながら、氷は思った。少女にとって、空とは自分の心を投影するための、スクリーンに過ぎない。あれでは、まるで血の色。鮮血のカラーなのだ。 

 

「女の子が1人で長旅ねぇ……、なかなか感心な心構えだよ、うん」 

 

 民宿「あめふらし」の女将が、押入から布団を引っぱり出しながら、感心したように頷いている。ぼんやりと空を眺めていた氷は、女将の言葉に反応し、振り向いた。 

 

「あ、ごめんなさいね。狭くて。でも、狭くても精一杯サービスしますからね」 

 

 氷の白い顔を見つめながら、女将はニッと笑った。 

 

「……そうですか……?」 

 

「は……はい……?!」 

 

 突拍子な氷の言葉に、女将はわけがわからず聞き返した。 

 

「あの、それ、どういう意味で……?」 

 

「女の子が1人で長旅するのは、そんなに感心するようなことですか……?」 

 

 女将は、しばらく呆然と氷を眺めていたが、口元を引き締めて布団を広げた。 

 

「そりゃ、感心なことですよ。最近の子供は、みんな冒険心をなくしちまってるからねぇ……。まぁ、ポケモントレーナーとなれば話は別ですがね、本当に最近の子供は、外で遊ばなくなりましたよ。あたしが子供の頃は……って、だいぶ昔の事ですけどさ、よく近所の洞窟とか井戸とかへ冒険しに行ったもんですよ。ところが最近は、そういう『冒険』は、み~んなテレビゲームの中でできちまう、それは、それで別に悪いことではないんですがね、でもテレビゲームの中で冒険したからって、本当の、現実の世界を冒険したわけじゃないですがねぇ……」 

 

 女将は、しみじみと天井を仰いだ。 

 

「そうですね……」 

 

 顔色一つ変えず、微動だにせず氷は答えた。 

 

「それに、意気地なしときた。1人じゃ、な~んにもできやしない。たくさんの人間とつるまないと安心できない、なんて悲しいじゃないですか。昔は、いじめっこ相手に、ガキ大将が1対1で決闘したもんですよ。でも今じゃ、たくさんのいじめっこが、1人の子をいじめるなんてねぇ……」 

 

「怖いんですよ。1人でいるのは……」 

 

 暗くなった窓の外を背に、氷は、溜息をついている女将に言った。 

 

「誰だって、独りぼっちは怖いんです。だから、弱い人間ほど徒党を組みたがるものなんです……」 

 

 悲しげな女将の顔が、しばらくし再び明るさを取り戻していく。布団を敷き終えると、女将は朗らかな笑顔を氷に向けた。 

 

「だから、お嬢ちゃんは偉いじゃないですか。1人で、長旅するなんて、最近のヘタレた子供にはできませんよ」 

 

 氷は、ゴクリと唾を飲み込んだ。 

 

 私は、友達がいないだけなんです。 

 

 私は、仲間がいないだけなんです。 

 

 私は、帰るべき場所がないだけなんです。 

 

 次々と沸き上がる言葉を、氷は必死で制した。 

 

 できることなら、この人の良さそうな女将に、助けて!としがみつきたい。 

 

 しかし、それはできない。そんなことは、解っていた。 

 

「それじゃ、あたしはこれで……、どうぞごゆっくり。あ、それと温泉は一階ですからね、露天風呂ですよ」 

 

 女将が部屋から出ていくのを見届けると、氷は、先程敷かれたばかりの布団に横になった。そして、布団に顔を擦り付け、泣いた。 

 

 なぜ、泣く? 

 

 悲しみという感情は、大昔に殺したはずだった。でも、いま瞳から流れるのは、涙。 

 

 そう言えば、この間も森で泣いてしまったっけ……。 

 

 しばらく経ち、のっそりと起きあがった氷は、近くにあった鏡で自分の顔を眺めた。 

 

「……真っ赤……ね」 

 

 泣きはらした瞳は充血しており、艶やかだった頬は、少しばかりむくんでいる。 

 

「たしか温泉は……」 

 

 一階だったはずだ。 

 

 部屋を出て、階段を降りると「露天風呂」という看板が扉の前に立てられている。その看板の角には、小さな文字で「ポケモンの入浴もOK」と書かれていた。 

 

 氷は扉を開けて、風呂場へと入っていった。

 

 

 ○●

 

 

「ひゃー、気持ちいいね」 

 

 瑞穂は、さっぱりとした表情で空を見上げながら呟いた。 

 

 空では星々が輝き、ちりばめられた宝石のように美しい。おそらくこれほどの美しい夜空は、コガネシティのような大都市では見ることはできないであろう。 

 

 ぽかぽかと湯気のたつ白い肌は、冷たい風でキリリと引き締まって、気持ちがいい。これぞ、まさに露天風呂の醍醐味、と言ったところであろうか。 

 

「リンちゃんも、グラちゃんも今日はご苦労様。どぉ? 気持ちいい?」 

 

 うん! 

 

 瑞穂の隣で湯に浸かっている、リングマとグライガーは、同時に答えた。グライガーは、生まれて初めての温泉にハシャギっぱなしだ。リングマは、なぜか顔を赤らめ、瑞穂の方を向こうとはしない。 

 

「はぁ~。」と、ゆかりは虚ろで眠そうな瞳で、星空を眺めている。ナゾノクサだけは温水を嫌い、1人で、隣の冷水に浸かっていた。 

 

 そんなナゾノクサを見つめながら、瑞穂はゆかりに声を掛けた。 

 

「なんやの? お姉ちゃん」と言い、ゆかりは瑞穂を見やった。 

 

「あ、あのね。ナゾちゃんの事なんだけど……」 

 

「あの、ナゾノクサがどないしたん?」 

 

「あの時のナゾちゃん……、なにかに操られてるみたいじゃなかった?」 

 

 赤い瞳、野獣のような唸り声……、あれは普通のナゾノクサには見られない特性だ。 

 

 瑞穂は考えていた。もしかしたら、あのナゾノクサは、誰かに、何かによって、意図的に操られているのではないか、と。もしくは人為的に、なんらかの法則によって人やポケモンを襲うように、仕向けられているのではないか。 

 

 瑞穂の考えを聞かされたゆかりは、難しい話はわからへん、と断りをいれながらも、 

 

「そやけど、誰が、なんのために、そんなことするん?」と、小声で言った。 

 

「そう、なんだ……。もしナゾちゃんが、操られてるとしても、誰が何のためにそんなことをするのか、全然わからない……。でも、もしかしたら……、これは推測なんだけど、ナゾちゃんは、森でのナゾノクサ大量虐殺の犯人のポケモン、とまではいかなくても、犯人と何らかの関係があるんじゃないかな……」 

 

「え……。でも、ナゾノクサの死体の傷痕と、あのナゾノクサのはっぱカッターは一致しないんやで?」 

 

 うん、と意味深に瑞穂は頷くと、近寄ってきたグライガーを胸に抱いた。グライガーは、瑞穂の胸に刻まれている傷痕を、ぺろりと舌で気付かれないように舐めはじめた。 

 

「こうは考えられないかな……。例えば、ナゾちゃんは、その犯人のポケモンで、犯人はナゾちゃんに命令……もしくは、ナゾちゃんの特殊な能力を利用して、森のナゾノクサを殺させるように仕向けたんじゃないかな? ……でも、ナゾちゃんは、命令に従わなかった。だから犯人はナゾちゃんと同じ能力をもったポケモンをつかって、命令に従わなかったナゾちゃんを殺そうとしたんじゃないかな? それでも、ナゾちゃんはなんとか生き残って、重傷のまま彷徨っているところで、私達と出会った……」 

 

「って、ことは……」 

 

「ナゾちゃんに傷を負わせて、森のナゾノクサを惨殺した張本人は、もしかしたら、ナゾちゃんと同じ能力をもっているかもしれない……。でなきゃ、いくらトレーナーの命令でも、ポケモンがあんな非道いことできるわけないよ」 

 

 悲しげに呟く瑞穂を励ますように、ゆかりは瑞穂の手をとった。 

 

「まぁ、キキョウで詳しく調べれば、ある程度わかってくるんちゃうかな? 考えるのは、それからでも……あ」と、ゆかりは入り口を見やった。 

 

「誰か、入ってきよるで」 

 

 ガチャと音をたて、ガラス張りの入り口から、独りの少女が露天風呂へと入ってきた。年齢は――そう、10歳ぐらい……しかし、大人びた顔つきのせいで、14歳ほどにも見える。色白の瑞穂よりも、さらに白い肌をしており、髪は紫色で長い。……射水 氷だった。 

 

 氷は、無表情のまま冷水へと入って、目を閉じた。 

 

「うわ……。寒くないんかな、あの人……」 

 

 温水に浸かっている小さな女の子が、隣の水色の髪の少女に呟く声が聞こえる。チラリと彼女らの方向を見やり、氷は、その少女に見覚えがあることに気付いた。 

 

 艶やかな水色の髪を左右で束ねている、白い肌で、胸に傷のある少女……。 

 

「……あの」 

 

 氷は、瑞穂の方を向いて言葉を掛けた。ゆかりは慌てて目をそらし、瑞穂は氷の方向へと向き直り訊いた。チラリと、胸に刻まれている傷が、お湯の中からのぞいた。 

 

「え……、私ですか?」 

 

「えぇ」氷は小さく頷く。「以前に、どこかで、お会いしませんでしたか……?」 

 

「さぁ……、ごめんなさい。記憶にないです……」 

 

「そう……。私の勘違いみたい……」 

 

 氷は、それだけ言うと、再び目を閉じた。ゆかりはそれを確かめると、瑞穂の肩をつついた。 

 

「お姉ちゃん。そろそろ、あがろうや。もうウチ、のぼせそうや」 

 

 瑞穂とゆかりは、ポケモンをモンスターボールへと戻すと、足早に風呂場から出ていった。 

 

 独りになった氷は、夜空を見上げた。星が輝いている。それでも、氷の心が晴れることはないし、モヤモヤとした黒い獣の欠片は、どこまでも少女の心につきまとう。当然、一つの疑問も、然り。 

 

「どこかで……、どこかで遭っているはず……」 

 

 どこだったであろうか……。 

 

 あの少女には、見覚えがある……。しかし、詳しくは思い出せなかった。 

 

 氷はゆっくりと立ち上がった。透き通るような純白の裸身が星々の光に照らされた。辺りには誰もいない。恥じる必要はないのだ。 

 

 しばらくは星を眺めていよう、と氷は思った。

 

 

○●

 

 

 民宿「あめふらし」の灯が消えた。 

 

 夕食を終えて、瑞穂とゆかりは布団の中で安らかな寝息をたてていた。 

 

「まま……ぱぱ……どこにいるの……」と、親指をしゃぶりながら、瑞穂は寂しげに寝言を呟いている。 

 

 外は、田舎特有の静けさに満ちていた。 

 

 薄暗く狭い部屋で、氷は携帯パソコンのディスプレイを食い入るように見つめている。 

 

 ……未確認の情報だが、既に1人殺されているらしい。明日、別の作戦を決行するようだ。気をつけろよ。その作戦は、SCに一任されてる。SCのえげつなさは……いや、カヤの性格は、お前が一番よく知ってるだろ? 無理はするな。いや、今ならまだ手を引ける。やめておけ。お前は無理して、そんな事する必要なんかないんだぞ? 俺は、お前に、そのまま普通の生活に戻って欲しいと思ってる。でなきゃ、なんのためにお前の姉さんが犠牲になったんだ? お前の姉さんは、お前がこんな事をするのを望んでなんかいないぞ。どうしても、そうしなきゃ、お前の気がすまないというのなら教えてやる。奴等は今、つながりの洞窟っていう場所に寝泊まりしてるはずだ。いいか、無理はするなよ……。 

 

 そこで、メールは終わっていた。 

 

 眼を細め「余計な、お世話よ……。」と、氷は吐き捨てた。手を伸ばし、パソコンの電源を切った。しばらく俯いたまま氷は物思いに耽っていた。 

 

 ごめん。……と詫びた。 

 

 でも、もう遅いんだもの。 

 

 私は、もう普通の生活には戻れない。 

 

 今、どう足掻いても、私は独りぼっちだから……。 

 

 あなたに来て欲しいけど、それはできないんだよね。 

 

 そう、もう遅い。 

 

 遅すぎる。なにもかもが―― 

 

 だって今更、失われた過去が戻ってくるはずないもの。今の私は、過去という名の迷宮に雁字搦めにされている。それはわかっていても、もう、どうしようもない……。 

 

 薄暗かった部屋は、完全に闇に閉ざされた。少しずつ夢に引き込まれるのを感じながら、それでも横になろうとはしない。 

 

 悲鳴が聞こえる。 

 

 何かが、燃えている。 

 

(逃げなきゃ……、氷、はやく逃げなきゃ!) 

 

(姉さん……、でも、母さんと父さんが……) 

 

 二つの断末魔の叫びが、耳を貫いた。ぎゃぁぁぁぁぁっ、と。聞き覚えのある声だけに、首筋が震えるのを抑えることができなかった。 

 

(父さん……? 母さん……なの?)震えながら、呟いた。そして叫んだ。呼んだ。父の名を。母の名を。しかし、返事が返ってくることはなかった。 

 

(もう、ダメだよ……。はやく逃げないと、私達まで……) 

 

(姉さん。あの人達は、あれはなんなの? なんでこんな非道い事するの……! それに父さんは? 母さんは……、死んじゃったの?) 

 

(わからない! わからないよ! そんなの!) 

 

 そう怒鳴られながら、どれだけ走っただろうか。 

 

 いつのまにか町の外れまできていた。水の流れる音が聞こえる。川だった。小さな水の流れがある。

 

 一時の躊躇いもなく、飛び込んだ。 

 

 冬の川に。 

 

 数人の男の子達も、一斉に飛び込んでくる。 

 

 その内の殆どは、そのまま沈んでいった。もう二度と、彼らは浮かんでくることはない……。 

 

 寒かった。だから叫んでいた。 

 

(寒い。寒いよ……、凍えそうだよぉ……) 

 

 光もない、音もない……、ただあるのは目の前に漂う、波紋だけ。 

 

 そして、なにもかもが途切れた。

 

 

○●

 

 

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