刹那の夢と嘘の玩具   作:月影 梨沙

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底見えぬ微笑

 ライチュウの背中からは、バチバチと電気が弾けている。その気になれば、チエの身体は、電撃で弾け飛び、黒こげにされてしまうだろう。そんな孫の泣き声を聞き、老人は、それまでの弱腰が嘘のように怒鳴った。 

 

「おまえら、あんなボールのために、人の命を奪うんか!」 

 

「そうですよ」冷ややかに、ヒエンは言い放った。 

 

「それに、もう既に死人はでていますよ。ご安心ください」 

 

「な、なんやと?」 

 

 老人は目を剥いて、ヒエンを睨んだ。 

 

「おや?心当たりはございませんか? 彼も、ずいぶんと薄情な師匠をもったものだ……」 

 

「まさか……」 

 

「あなたのお弟子さん……、あなたと同じで、ずいぶん強情だった。あなたからジーエスボ-ルの在処を聞き出し、盗んでくるだけで、莫大な報酬を差し上げると申し上げたのに、事もあろうに断ってくる」 

 

「……で、殺したんか?」 

 

「そうですよ」ヒエンは、ライチュウの尻尾をくわえたまま動けなくなっているチエを見やった。少しでも動こうものなら電撃を喰らわしてやる、とカヤが小声で囁き続けている。 

 

「どうやら、あなたのお孫さんも、お弟子さんと同じ方法で殺すことになりそうです」 

 

 精気抜けたように、老人はその場に萎みこんで、目を閉じた。 

 

 惨い……、惨すぎる。なぜ、あの青年が殺されなければならんのだ。そう思うと同時に、熱い、沸き立つような怒りがこみあげてくるのを、確実に、間違いなく老人は感じていた。再び目を開き、出た言葉は震えていた。 

 

「おまえら……絶対にゆるさん」 

 

「ほう……そんなふうに憤っていられるのも、そこまでです。お弟子さんの惨めで、恥さらしな死体を見たら、怒る気も失せましょう」 

 

 洞窟の中に、寒々とした空気が流れた。そこに聞こえるのは、チエの啜り泣く声と、カヤの押し殺した笑い声だけだ。 

 

 口の中の尻尾がビリビリと痺れて痛い。今すぐにでも、吐き出したい。だが、そんなことをして想像する、数秒後の自分は、頭から煙をあげ、焦げくさい臭いを発しながら、その場に横たわる惨めな黒こげの死体なのだ。そう思うと、体の震えを抑えられない、でも、動いたら……。 

 

 黒々とした岩に囲まれたその威圧感に、チエは、そのまま押しつぶされてしまいそうになる。恐怖は、太股のあたりを痙攣させ、口の中をカラカラに乾燥させた。 

 

 嫌らしい微笑みを浮かべながら、ヒエンは辺りを見回している。あの男の死体は、たしかあの辺りに……。 

 

「それは、これのこと……?」 

 

 少女の声が、洞窟に冷たく響いた。氷だった。無表情のままヒエンとカヤを交互に見つめ、その場に立っていたのだ。少女の足下には、黒く焦げ、原型もわからないほどに炭化した、男の死体が横たわっている。 

 

 突然の事に、ヒエンは驚きを隠そうともせず、叫んだ。 

 

「おまえ……氷か……?」 

 

「雑魚に用はない」 

 

 そう吐き捨てると、氷は、カヤへと目を向けた。黒いユニフォームに身を包んだカヤ。たしかに美しいが、その心は醜く歪んでいるのだ。 

 

 そんな醜い心をを隠そうともせず、カヤは怒ったような表情で、氷を睨んだ。氷も負けじと、鋭く睨み返す。 

 

「いまさら戻ってきても、遅いわよ!」 

 

 鋭く白い歯をむき出しにして、カヤは大声で叫んだ。すこし俯き、上目遣いでカヤを睨みながら、氷は言い放った。 

 

「戻ってきた、つまりはないわ。私はただ、それなりのお返しをしに来ただけ」 

 

「お返し?」ふん、と鼻を鳴らすと、カヤは腰に手を当てた。 

 

「つまり、復讐……よ」 

 

「復讐……? 私は、あんなに氷……あんたのことを愛してたのに、可愛がってあげたのに、なんでで事もあろうに、復讐されなきゃなんないのよッ!」 

 

「おまえの愛情表現は狂ってるからだ」 

 

 カヤは歯軋りし、怒り漲るような目つきで氷に言った。 

 

「おまえ? 今、あんた、私の事を”おまえ”って言ったわねっ!」 

 

「言ったわ」 

 

「この……」カヤは足を激しく踏みならし「私のペットの分際で、その態度はなんなのよっ!」 

 

「私は、おまえのペットなんかになった覚えはないわ」 

 

 唖然としながら、カヤと氷のやりとりを聞いていたヒエンが口を挟んだ。 

 

「だが、おまえは、カヤのペット同然だった」 

 

「黙れ、雑魚」 

 

 唇を軽く噛みながら、氷はヒエンをチラリと見やった。表情にはあらわれていないが、こめかみがピクピクと動き、氷が憤っているのは明らかだ。 

 

 そんな氷の態度をせせら笑い、頭を掻きながらカヤは言った。 

 

「ふん、まあいいわ、許してあげる。どうせ、私の愛に耐えられるのは、あんたしかいなんだもの。こんな事くらいで、あんたを殺しちゃうのは、勿体ないわ」 

 

「体は耐えられても、心は耐えられなかった……」 

 

「なに?」氷の呟きに、カヤは怪訝そうに眉をひそめる。氷は言葉を続けた。 

 

「もう、嫌なのよ……。もう、沢山なのよ……。おまえに怯えながら生きるのは、もう嫌なのよ」 

 

「だから、なんなのよ?」 

 

 氷の瞳が、妖しい光を帯びてきた。それに気付いたのか、カヤは相手に気付かれないように、身構えた。カヤの様子を伺って、ライチュウも主人に従い、いつでも氷めがけて突進できる体勢をとる。 

 

「だから、殺してやる……」 

 

 そう言い放った氷めがけ、カヤの合図でライチュウが飛び出してきた。 

 

「裏切り者は、始末される……か」 

 

 にやけ、腕を組みながら、ヒエンは他人事のように呟いた。 

 

 カヤは一歩前へ踏み込むと、洞窟中に響きわたる大声でライチュウへの命令を叫んだ。次の瞬間、ライチュウから10万ボルトに達する高電圧流が放たれる。 

 

 氷は一歩も動かず、目前まで迫った電流を見つめている。 

 

 バヂゥゥゥ! 

 

 スパークし、辺りに弾けるような音が聞こえた。氷は電撃を喰らい、その場に倒れるはず、だった。しかし、氷は火傷ひとつ負っていなかった。氷への電撃は、何者かによって、遮られたのだ。 

 

 彼女の目の前には、紫の皮膜に覆われたポケモンが、宙に浮いていた。おそらく、その紫の皮膜が電撃を通さないようになっているのだろう。そのポケモンは、完全にライチュウからの電撃を防いでいたのだ。 

 

 マントのような皮膜の中から、鋭い牙を持った、サソリのようなポケモンが姿をあらわした。両腕にはハサミがギラリと光り、尻尾は長く先は毒針になっているポケモン。グライガーだ。 

 

「危なかったぁ……大丈夫でした?」 

 

 疲労したような顔つきで、水色の髪をした少女が、背後から話しかけてきた。

 

 

 ○●

 

 

 薄暗く、冷たい洞窟は、一気にその緊迫度を増した。話す間もなく、2人の少女めがけて、電撃、第二波が襲いかかってきたのだ。 

 

 少女、瑞穂はとっさに身を屈め、グライガーの背後へと飛び込んだ。 

 

「お願い、グラちゃん」 

 

 グライガーは再び皮膜を纏った。電撃が食いつくが、皮膜は電気を通さない。連続の攻撃に消耗したと見えて、ライチュウの電撃が止んだ。 

 

 グライガーは皮膜から顔を出して、瑞穂の腕の中に潜り込んだ。 

 

「あなた……ナニモノなの……?」 

 

 電撃が止んだのを確認し、氷が瑞穂に訊いた。弾かれた電撃を受けたのか、頬が少しばかり焦げている。 

 

「私? 私は、瑞穂。あなたは?」 

 

「妖魔――バケモノよ」 

 

 意味がわからず、瑞穂はキョトンとした表情で氷の横顔を見つめた。 

 

「それ、どういう意味……?」 

 

「まって、キタわ」 

 

 2人の少女を交互に眺めながら、カヤはいきり立ったように拳を握っている。そのあまりの殺気に、瑞穂は背筋が凍るのを感じた。隣の女の子は、と見ると、足下が震えている。震えているのだ。 

 

「突然、飛び込んでくるなんて、失礼なお姫様ね」 

 

「突然、人をさらう方が失礼だと思いますけど。それに、あなた達、ロケット団ですね?」 

 

「そうよ。でも、普通のロケット団とは違う。私達は……」 

 

「やめろ」ヒエンが割って入った。「べらべら喋らず、とっとと2人とも始末しろ」 

 

 その瞬間、瑞穂の頬が緩んだ。 

 

「2人だけとは、限りませんよ」 

 

 瑞穂がそう言うと同時に、岩影から瑞穂と同じ年頃の少年、ツクシが飛び出してきた。その隣には、ちょこんとゆかりが付き添っている。 

 

「なに!」 

 

 ツクシは一気にヒエンの懐へと詰め寄ると、モンスターボールを放り投げた。 

 

「いけっ! 誇り高き虫ポケモンの戦士。ストライク!」 

 

 ボールが開き、中から蟷螂ポケモン、ストライクが閃光の如く飛び出した。 

 

「ストライク! 電光石火ッ!」 

 

 宙を飛んでいたはずのストライクの姿が消えた。幾つものストライクの影が飛び回り、一同が見つめる間もなく、老人とチエのロープが切れた。 

 

「ガンテツさん、チエちゃん。はやく、こっちに逃げるんだ!」ツクシは叫ぶ。 

 

「そうはさせない」 

 

 ヒエンはオニドリルを繰り出して、ツクシに連れ添いながら逃げようとする老人を取り囲んだ。老人は立ち止まる。ここまでか、そう思った。目の前にいるオニドリルの研ぎ澄まされたクチバシが迫ってくる。 

 

 しかし、そのクチバシが老人に触れることはなかった。オニドリルの首は、氷によって握られている。苦しそうにオニドリルは身を捩った。 

 

「す、すまんの……」ガンテツは氷を見つめながら言った。 

 

「邪魔なのよ。はやく、逃げて……」 

 

 ツクシ達が洞窟の出口へと消えていくのを確認すると、オニドリルと地面へと叩きつけ、氷は瑞穂とゆかりに訊いた。 

 

「あなた達は……逃げないの……?」 

 

「私は、ロケット団の人達に、ちょっと用事があって……」 

 

「ウチは、どこまでもお姉ちゃんについていくん。」 

 

「そう……、でも、邪魔はしないで……」 

 

 そこまで言って、氷はヒエンとカヤに向き直った。 

 

 あれ……? 瑞穂は氷を見た。やはり先程と同じく、足下が震えていた。 

 

「氷……あんた、私のことが、恐いの?」 

 

 全てを見透かしたように、カヤは言った。図星だったのか、ビクリ、と氷の顔が強張った。 

 

「こ、こわく……なんか……」 

 

「恐いんでしょ? いろいろ可愛がってあげたものね」 

 

 氷の頬はひきつっている。恐くない。恐くなんかない。恐がってなんかいない―― 

 

 恐れている? なにを。あの女を? 恐い? 恐いよ! 恐くないの! 

 

 ただでさえ白い顔が、青ざめていく。隠し事が見つかった子供のような、寒々とした表情をしている。 

 

「恐くない……」 

 

「私に嘘をつくと……どうなるか、わかってるわよねぇ?」 

 

 この女には逆らえない。いま、まさに、その通りだった。事実、その一言だけで、氷の体はまったく動かないのだ。なんて、愚かなんだろう。こんな簡単な事を忘れていたなんて……。 

 

 この女には、私は逆らえない。恐いのよ。睨まれるだけで、死にそうなのよ。さっきだって、簡単に避けられたはずの電撃に、なす術もなかった。 

 

「恐いわよ」 

 

「恐い。この人が……?」 

 

 隣の瑞穂が、驚いたように呟いた。抱いているグライガーが、心配そうに瑞穂の顔を見つめている。

 

「だから、おまえを殺しにきた。バイカも、フクジュも、私が殺した。次は、おまえを……オマエヲ殺す……」 

 

「バイカもフクジュも、だと? あの2人を殺したのか……」 

 

 カヤとは対照的に、ヒエンの表情が固くなった。 

 

 (さっきの、ミイラは……このコが……?) 

 

 瑞穂は先程見つけた屍体のことは口に出さなかった。だが、戦慄で背筋が震えた。先程見つけた、干からびた男達の死体が、この少女の言う、バイカとフクジュである可能性は、十分に考えられるからだ。 

 

「そんなバカな……、あの2人が、おまえみたいな子供に……」 

 

 信じられない、といったように、ヒエンは1人首を振った。 

 

 笑いながら、しかし無表情で、 

 

「なにも、知らないのね」 

 

 カヤと氷は、まったく同時に、呟いた。 

 

 ヒエンは驚いたように、カヤと氷の顔を見比べる。 

 

「私が、なにを”知らない”というのだ?」 

 

「全部よ」カヤは、口に手を当て、何かを考えている。「そう、何も知らない」 

 

「何がだ! 私は大体のことは知っている。おい!」ヒエンは氷を睨んだ。「おまえ、何を隠している!」 

 

 氷は答えない。ヒエンを完全に無視し、カヤだけを睨んでいた。 

 

 瑞穂とゆかりは、唖然としながら、その場に立ちすくんでいる。 

 

「答えろ!」 

 

 ヒエンはしびれを切らした。所詮は悪人。いくら紳士を気取っていても、短気なのだ。そんな中、瑞穂は意を決して言った。 

 

「あの……! 少し、訊きたいことがあるんですけど……」 

 

「何よ」と、カヤは瑞穂を見つめる。 

 

「え、っと。つい最近、私のポケモンが、ロケット団に誘拐されちゃってて……」 

 

 カヤは突然吹き出した。唇をピクピクさせながら、腹を抱えている。 

 

「知らないわよ。そんなこと!」 

 

「……でも、同じロケット団だと思って……」 

 

「全然。言ったでしょ? 私達は普通のロケット団とは違う、って。私達は……」 

 

「言うな!」 

 

 怒り心頭のまま、ヒエンは遮る。カヤはヒエンを睨み付けた。 

 

「いいじゃない! そのくらい。私達は、ロケット団の独立工作部隊なのよ」 

 

「独立……工作部隊。あ、独立……?!」 

 

「察しがいいわね、お姫様」 

 

 隣で黙っていたゆかりが、瑞穂の服を引っ張った。 

 

「どういうことなん?」 

 

「独立……。つまり、ロケット団ではあるけれど……」 

 

 その時、氷が独り言のように呟いた。 

 

「ロケット団特殊独立工作部隊……。通称、影の妖星……Shadow Comet……。ロケット団の一部隊に過ぎないが、ロケット団のボス、サカキですら、その実体を掴みきれていない程、謎に包まれている。上層部や他の機関の束縛をまったく受けず、ロケット団の中では、ある意味、孤立している……」

 

「その通りよ」 

 

 カヤは面白くなさそうに呟いた。「私が説明するつもりだったのに」 

 

 ギリギリと歯軋りの音が響いた。ヒエンは、拳を振り上げる。 

 

「ベラベラ組織の秘密を喋るな! とっととこのガキ共を始末しろ!」 

 

「ふん……。うるさいわね」 

 

「私は上官だ! 命令に従え!」 

 

「上官のくせして、何も知らないのね……。笑わせるわ」 

 

「なんのことだ! どうでもいいから、はやくしろ! 逃げられたらどうする!」 

 

 カヤは瑞穂と氷を指さした。目を見開いて、獲物を探した。どちらを可愛がろうか。ニヤリと笑うと、カヤはライチュウへ命令を下した。 

 

「ライチュウ! 10万ボルトよ!」 

 

 三度、ライチュウの電撃が、瑞穂を襲った。すぐさま、グライガーが飛び出し、電撃を弾き飛ばす。効果は全くない。グライガーに電撃が通用しないのを見るや、ライチュウはその標的を変更した。 

 

 氷に向き直り、電気ショックを放つ。氷は軽やかに、電撃を避けた。こんどは、ちゃんと避けることができた。そして、掠れる声で言い放った。 

 

「いつまでも……私が……弱虫だと、思うな……」 

 

「やっぱり恐い? 私の事が恐いでしょう?」 

 

 せせら笑うカヤを、氷は今にも泣き出しそうな顔で、睨み付けている。 

 

 感情……憎悪。表情、変貌。 

 

「泣け! 私、あんたが泣くのを見るのは久々なのよ!」 

 

「私を、泣けなくしたのは、オマエだ! 私の涙を枯れさせたのは、オマエだ!」 

 

 氷は叫んだ。その瞬間、肩に激痛を感じていた。思わず左腕を見やった。左腕は、もぎ取られていた。ライチュウの鋭い牙が、氷のか細い腕を引きちぎっていたのだ。 

 

 瑞穂は短い悲鳴をあげた。目の前で人間の腕が弾け飛ぶなど、始めて見た。氷の肩から、赤黒い血が、ドッと溢れて吹き出す。洞窟は深紅に染まった。ゆかりは、その場に崩れ倒れた。眼を真ん丸にして、怯えている。 

 

「ハハハハハハッ! 痛い? 痛いわよねぇ?」 

 

 カヤは歪んだ笑みを浮かべている。 

 

 瑞穂は、氷がカヤに対して恐怖を抱いていた理由が、解ったような気がした。笑っている。笑っているのだ。何か、異様な、人間ではないような、人間。 

 

 夥しく吹き出す鮮血を見つめながら、氷はカヤを睨み返した。 

 

 そして、微笑を浮かべる。不気味な、それでいて底の見えない悪魔のような微笑みだった。 

 

 

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