刹那の夢と嘘の玩具   作:月影 梨沙

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#6 憑依。
接続+授与


 ~私たち一族 ことば 此処に刻む~

 

 

 ○●

 

 

 鳥ポケモンのけたたましい鳴き声が、国道36番線沿いのポケモンセンターに朝を告げる。窓から注ぐ陽光の光を浴びながら、瑞穂はパソコンのディスプレイを見つめていた。 

 

 キーボードを打つ、カチャカチャという独自の音が連続している。 

 

 まだ朝日が昇って間もない。ゆかりは柔らかなソファの上で静かな寝息をたてている。うつ伏せのままリングマは高鼾をしていた。リングマの腹の上に座り、グライガーは柄にもなく真面目な表情で窓の外を眺めている。 

 

 パソコンの出力結果を見ながら、瑞穂は難しそうに表情を歪めていた。すると、その背後から、優しげな女性の声が聞こえた。 

 

「あら……、起きるの早いのね」 

 

 瑞穂が声に反応して振り向くと、そこにはジョーイが微笑みながら立っていた。ジョーイは何枚ものカルテを手で抱えながら、優しげな視線を瑞穂へと向けていた。 

 

 急いでパソコンの電源を消すと、瑞穂は立ち上がった。 

 

「おはようございます。女医さん」 

 

「おはよう。こんな朝早くから、何を調べていたの?」 

 

 訊かれて一瞬、ビクリと肩を震わせたが、瑞穂は何事も無かったかのように答えた。 

 

「な、なんでもないです」 

 

「そう? ……ところで、これから、あなたはどっちの方面へ向かうのかしら」 

 

 ジョーイの言葉に、瑞穂は意味が分からず、小首を傾げた。不思議そうな瑞穂の表情を読みとり、ジョーイは付け加える。 

 

「実はね、この間、ここからヒワダタウンへ続く『つながりの洞窟』が、なぜか突然、崩落してしまったの。だから、ここからヒワダタウンへ行く場合は、ぐるっと遠回りしなきゃならないのよ」 

 

 それを聞いて、すぐさま瑞穂の顔が強張った。ジョーイは、そんな瑞穂の顔を不審げに見つめている。慌てたように、瑞穂は首を振った。 

 

「あ、そ、そのぉ……、だ、だ、だいじょぶです。私たちは、そのぉ、キキョウシティの方へ行くので……」 

 

「そうなの。それなら、問題ないわね」 

 

 さらりと、そう言うと、ジョーイはそのまま、くるりと背を向けて行ってしまった。 

 

 ホッ……とする間もなく、ふと何かを思いだしたように、ジョーイは瑞穂の方を振り向く。 

 

「そうだ。キキョウシティへ行くのなら、アルフの遺跡へ寄ってみるといいわ」 

 

「アルフの……いせき……ですか?」 

 

「そうよ。あの辺りは、謎の古代文明の遺跡があったり、古代ポケモンの化石が発掘されたりされてて、けっこう有名な観光地となっているのよ」 

 

 そこまで言って、ちょっと舌を出すと「もっとも、私は一度も行ったことが無いんだけど……」と付け加えた。 

 

 瑞穂は興味があるらしく、ジョーイの言葉に耳を傾けている。しかし、それは興味と言うよりも、むしろ疑問に近かった。瑞穂は訊いた。 

 

「古代文明の遺跡と、古代ポケモンの化石が、同じところから見つかったんですか? すごい偶然ですね……」 

 

「そうなのよ、変な話でしょう? でもね、専門家の人が言うには、古代文明の遺跡と、古代ポケモンの化石は、同じ1500年前の地層から発見されたらしいの」 

 

「同じ、1500年前……。」 

 

 瑞穂は思わず呟いていた。1500年という、二つの時間の経過が、奇妙な符号のように思えたのだ。 

 

「まぁ、百聞は一見如かず、よ。一度行って観てみるといいわ」 

 

 ジョーイは微笑みを浮かべると、そのまま行ってしまった。 

 

 ゆかりの寝顔を見つめながら、瑞穂は先程の話を思い出していた。 

 

 アルフの遺跡。1500年前から存在するという謎の遺跡。同じ場所から大量に発見される、古代ポケモンの化石。 

 

 その地に、新たな厄災が待ち受けているなど、その時の瑞穂は思ってもいなかった。

 

 

 ○●

 

 

「アルフの遺跡やて……ホンマに行くん!?」 

 

 アルフの遺跡へ向かう途中で、ゆかりは興奮したように瑞穂に訊いた。瑞穂はゆかりのテンションの高さに呆気にとられながらも答えた。 

 

「そうだよ。話を聞いたら、すごい変わった遺跡みたいだから、一回、観てみようと思って」 

 

「え……? お姉ちゃん、知ってるん?」 

 

 きょとんとした表情をしながら、ゆかりは呟いた。瑞穂は、ゆかりの顔を覗き込んで、訊いてみる。

 

「知ってるって、何を?」 

 

「こないだテレビでやっとったんやけど、最近な、アルフの遺跡から不気味な声が聞こえてくるんやて。女の人の声でな、『たすけてェ。ここからだしてェ~』って」 

 

 「こういうのは苦手だよ」と、瑞穂は背筋をぶるぶると震わせながら答えた。ゆかりはケラケラと、寒々と震える瑞穂を笑い飛ばす。 

 

「キャハハ! お姉ちゃんって、けっこう恐がり、ビビリ虫なんやな」 

 

 心外そうに、瑞穂は頬を膨らませた。頬がほのかなピンク色に染まっている。 

 

「もう……。でもさ、ユユちゃんだって、この間、お漏らししてたじゃない」 

 

「うっ……! な、なんのことなん?」 

 

 ゆかりは、ドキリとした様子で瑞穂から、わざとらしく目をそらした。 

 

「知らないふりしても無駄だよ。洞窟でビックリして、そのまま卒倒しちゃったじゃない」 

 

 そこまで言われて、ゆかりは顔を真っ赤に火照らせて俯いた。周りの人達は何事かと、こちらを向いて笑っている。額を手で押さえながら、ゆかりは小声で瑞穂に囁いた。 

 

「は、恥ずかしいやん……」 

 

「あ、ごめん。でも、最初に私のことバカにしたの、ユユちゃんだよ?」 

 

「それは、そやけど」 

 

「そう言えば……」瑞穂は、何かを思いだしたように手を叩いた「洞窟――で出会ったあの女の子――氷ちゃんで思い出したんだけど」 

 

 ゆかりは顔を上げ、瑞穂を見つめた。 

 

「あ、ほら、あの子。てっきり年上かと思ってたんだけど、話を聞いたら、私と同い年だったみたい」

 

「まぁ、お姉ちゃん、おチビやもんな」 

 

「はいはい……どうせ、私はチビです……」 

 

 疲れたように瑞穂は頷くと、話を続けた。 

 

「実は今日の朝、戸籍データベースを調べたんだけど、そこに『射水 氷』って名前は」 

 

「なかったんやろ? あの、怪物姉ちゃんの名前。……どうせ偽名やと思たで」 

 

 ゆかりは、やれやれと、肩をすくめた。しかし、瑞穂は小さく横に首を振る。なにか不気味なものを見ているかのような表情で呟いた。 

 

「あったよ」 

 

 驚きの表情でゆかりは瑞穂を見つめた。 

 

「ホンマに?」 

 

「うん」頷くと、瑞穂の顔が少しだけ曇った。「でも――」 

 

「でも、どないしたん?」 

 

「データ上では『射水 氷』って女の子は、5年前に亡くなっているの」 

 

 ゆかりは驚いたような表情をした。それは、次第に不気味げな色合いを濃くしていく。口をあんぐりと開けたままのゆかりへ、瑞穂は自分にも言い聞かせるように呟いた。 

 

「しかも出身地とか、そういう類の情報が一切消えている、削除されているの。唯一、彼女のお姉さんの情報にまでは、辿り着いたんだけど……」 

 

「で……でも、それは、人違いちゃうの? 5年前に死んでるんやったら、おかしいやん」 

 

 もう一度、瑞穂は首を振った。そして、ポーチから何か写真のようなものを、ゆかりの前に差し出して見せた。 

 

 写真に写っている人物の顔を見た。ゆかりは驚愕に凍りついたまま、絶句する。震える指で写真を指さし、上擦った声をあげた。 

 

「こ、この……この人……!」 

 

 小さく頷くと、瑞穂は説明を加えた。 

 

「うん……。氷ちゃんのお姉さんで、名前が『射水 冷』っていうらしいの。偶然、顔写真が削除されてなかったから、プリントアウトしてみたんだ」 

 

 ゆかりは、まじまじと写真の中の冷を眺めてた。滑らかな紫の長髪。こおりのように透き通った白い肌。確かに洞窟で出会った少女――射水 氷によく似ている。ただ一つ違うのは、瞳が、何かに怯えるような冷たさを帯びていないことだけだ。 

 

「似てる……でしょ? その写真は、5年前に撮られたものらしいから、丁度、今の氷ちゃんの年齢と一致するんだ」 

 

「あ、うん…。」 

 

 ぎこちなく首を振ると、ゆかりは再び写真の中の冷を見つめた。不気味なくらいにそっくり。冷は氷に瓜二つだった。 

 

 水晶のような透き通った冷の瞳に魅入られながら、ゆかりは訊いた。 

 

「ねぇ、この人は今、どこに……」 

 

 瑞穂は眼を閉じた。そして、搾りきるように答える。 

 

「この人も……5年前に亡くなっているらしいの……」 

 

 その一言は、寒々と瑞穂とゆかりの間を駆けめぐった。 

 

 なにがあったのだろう。5年前に……。 

 

 皮膚を切り裂くような、冷たい風が吹き荒れ、結晶の混じった砂埃が舞った。 

 

 叫び、そして突然、異形の姿へと変貌した少女。殺気を漲らせながら、放った言葉。……復讐……。それが何を意味するのか、少女は何者なのか……。 

 

 謎だらけだ。解らないことだらけだ。 

 

 二人は思わず、灰色に濁った空を見上げ、救いを求めた。上空で、一羽の青く輝く鳥ポケモンがキキョウシティへ向かって飛んでいく。 

 

 黒雲が空を覆い、またも、大粒の雪が舞い降りてきた。

 

 

 ○●

 

 

 延々と降り続く雪を見つめる、雪肌の少女――射水 氷は、遺跡近くの喫茶店でアイスティーを啜っていた。一息つき、窓の外を見つめる。白い雲の間から漏れた光が、蒼い雪を照らし出していた。 

 

 最近は天気予報がことごとく外れている。この異常気象の原因はなんなのか。氷は、心に妙な感じを受けながら、無造作に放ってある新聞の束の中から、氷は適当に一紙を選んで広げた。 

 

 日付は昨日だった。桔梗新聞の三面には、小さく「つながりの洞窟崩落」の見出しが掲げられている。 

 

 「コガネシティ・幼女バラバラ殺人事件・犯人未だ特定できず!」「キキョウシティで原因不明の大雪!」「いま、怪談がブーム」 

 

 紙面を舐めるように読みながら、氷はカップをテーブルの上に静かに置いた。 

 

 たくさんの人間が、常に死んでいる。命を落としている。私は、死ねるのだろうか? 

 

 ふと、復讐を終え、自分が、目的を喪ったときのことを思い浮かべた。 

 

 私も、死ななければならない。今まで、私は沢山の人間の命を漁って生きてきた……酬いは受けなければならない。 

 

 ふと、物思いに耽る氷の眼に「森田修馬被告、無罪確定」の文面が飛び込んできた。 

 

 氷は思わず、細くなった眼を背けた。 

 

 あれから3年も経ったのか――あれは、悲劇だ。13人が死に、20人以上が程度の差こそあれ、後遺症害を被った。点滴用チューブに、不整脈用剤シヴェンゾリンが意図的に混入されていたのだ。院長は管理体制の甘さを指摘され、マスコミによる糾弾の恰好の的となり、事件後すぐに蒸発してしまった。しかし、マスコミは騒ぎすぎたことを反省することもなく、院長の一人娘を叩き始め、その結果、大学への裏口入学をでっち上げられたことを苦に娘は自殺した。 

 

 思い起こし、氷は唇を強く噛みしめた。唇が切れ、赤黒い血が滲んだ。 

 

 本当に悪いのはマスコミでも院長でもないのだ……。なぜなら……私が―― 

 

 雪は降り止む気配すらない。いつまでも降り続け、やがて、その中に埋没できたなら、どれだけ幸せなことだろう。 

 

 過去は、いつまで私を縛り付けているつもりなのだ――

 

 同じ頃、瑞穂達は巨大な人口丘の前に佇んでいた。雪が隙間なく敷き積まれた丘は、まるで大理石でできた墓石のようにも見える。 

 

「ここが、アルフの遺跡……かぁ……」 

 

 アルフの遺跡は、1500年前から存在するといわれる、謎の古代建築物である。誰が造ったのか、なんのために造ったのか。この遺跡に関する研究は10年前から行われているが、いまだに、その謎は解き明かされていない。 

 

 正体不明の遺跡。……UNKNOWN…… 

 

 受付嬢からパンフレットを受け取り、瑞穂は入り口の奥へと進んだ。ひんやりと冷たい空気が、遺跡内部を充たしている。人工的な照明に照らされた遺跡の障壁には、幾つもの奇妙な模様が浮かび上がっていた。 

 

 朧気な回廊には、人の気配が全くない。 

 

 この大雪では、人々は遺跡を観光しようという意欲が出ないのであろうか。瑞穂とゆかりは無言のまま、回廊をゆっくり歩いていた。 

 

 瑞穂の関心は、もはや遺跡の見学どころではなかった。気になって気になって仕方がなかった。射水 氷の冷たい瞳の奥に浮かんだ、怒りの意味が。 

 

 少女という偽りを纏った、忌まわしき本性――咆哮したときの、おぞましき顔。 

 

「なんや……不気味なところやね……」 

 

 ゆかりが辺りを見回しながら、寒々しく呟いた。その言葉に同調し、瑞穂も頷く。影が正気を切り裂くかのように激しく上下した。 

 

「そうだね……、そろそろ出ようか」 

 

「うん」 

 

 その時、瑞穂は背後に視線を感じ取り、振り向いた。だが、そこには誰もいない。不気味な模様の壁が延々と続いているだけだ。 

 

「なんやの? いきなり振り向いて……」 

 

 不思議そうにゆかりが訊くと、瑞穂は怪訝な表情で呟いた。 

 

「今……誰かに見られていたような気がしたの」 

 

「そんなことあるわけないやん。ここにはウチらしかおらへんねんで?」 

 

 瑞穂は納得できないながらも、ゆかりの言葉に頷いた。 

 

「そうだね」 

 

 口ではそう言いながらも、確実に何かがいる、と瑞穂は思っていた。次第に足取りが速くなる。意識が何かに吸いとられるようにぼやけていく。変な感じだ。 

 

 影は光の死角で標的を見つめていた。瑞穂もゆかりも何かに憑かれたかのように、駆け出した。気配だ。何かの気配を感じる。 

 

 誘き寄せられたのか。はたまた自分達の意志によるものなのか。辿り着いた先は、行き止まりだった。息を荒げ、瑞穂は突然立ち止まる。ゆかりはその場に座り込んだ。 

 

「なんだか、変な感じがしない……?」 

 

「するする。なんでやろ……誰もおらへんのに、誰かいるような気がすんねん」 

 

 怯えたように瑞穂は辺りを執拗に見回した。だが、あるのは自分達の影だけだ。ゆらゆらと意識でもあるかのように揺れている。 

 

 その時、モンスターボールがピクリと揺れた。ボールから、グライガーが、何かを感じているような様子で飛び出してきた。 

 

「グラちゃん、どうしたの?」 

 

 瑞穂は訊いた。グライガーは今にも泣きそうな表情で瑞穂に抱きついた。 

 

「グラちゃん……?」 

 

「どないしたん?」 

 

 横から、ゆかり訊いた。瑞穂は腕の中で震えるグライガーを心配そうに見つめながら答えた。 

 

「何かに……怯えてるみたい」 

 

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