刹那の夢と嘘の玩具   作:月影 梨沙

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欲求×創造

 

 それは、歪んだ愛の形。 

 

 彼は罪を犯した。だけど、キミにも解るはずだよ。彼の気持ちが――そう、少年は言った。 

 

 いつの間にか少年は、氷の目の前に立っていた。白銀の髪の毛が雪と戯れている。 

 

「解らないわ」氷は答えた。 

 

「いや、キミには解るはずだ。孤独だった、彼の気持ちが。自分のために、アンノーンの力を彼は受け入れた。接続し、力を授与された」 

 

 氷は答えない。その瞳を足下へとむけ、俯いている。一歩一歩、少年は氷へと歩み寄っていく。 

 

「アンノーンは、彼のような罪人の意識を察知し、具現化する力を持っているんだ」 

 

「それは、さっき聞いた……」 

 

「なぜポケモンが、そんな力を持っていると思う?」 

 

 氷は何も答えない。口を閉じたまま、微動だにしていない。 

 

「なぜ、アンノーンは、古代文明跡から大量に発見されると思う?」 

 

 氷は何も答えない。妖しげな瞳が、いつもとは違う、悲しみに満ちていた。 

 

「どうして、その古代文明は滅んだと思う……?」 

 

 氷は何も答えはしない。降りしきる雪の中、ただそこに存在するだけの少女なのだ。 

 

 古代人も、現代人も、過ちを犯したんだ。だから、裁かれなければならない。みんな、自分だけを大切にしているんだ。裁かれなければならないんだよ――自分以外はどうなってもいいと考えている愚かな人間を。 

 

 少年の憎悪とも、悲しみともつかぬ演説が、少女を苦しめていた。 

 

「あなたに、人間を裁く権利があるの?」 

 

 氷は訊いた。少年は、とってつけたような微笑みを浮かべた。 

 

「ボクが裁くわけじゃない」微笑み撤回し。 

 

「彼も……いずれ裁かれる。そう、遠くはない、もうすぐ。キミにも、解るはずだ……解るはずだ……。キミは人間ではないのだから」 

 

「私も……人間は嫌い……」沈黙。雪も止まったかのように。 

 

「だけど……人間でも、すべてが愚かというわけではないわ」 

 

「それは、キミが人間に甘い証拠さ」 

 

 再び、沈黙。空気も止まり。 

 

「みんな……人間は、裁かれなければならない」 

 

 少年は、頬の黒いタトゥを指で撫でた。タトゥが波打つ。 

 

「彼の……あの男の裁かれる時がきたみたいだ……ついてくるといい……」 

 

 少年は突然、氷に背を向けて、歩き出した。遺跡の方角へ。 

 

「あの男には、正当な裁きが下される。キミも見てみるといい……」 

 

 そして、すべての人間への裁きが近づいていく。 

 

 ボクは、それを待っているんだ。

 

 

 ○●

 

 

 壁には先程と同じく、奇妙な模様が刻まれていた。 

 

 アルフの遺跡内部は、冷たく湿っている。韮崎は寒くないように、上着を羽織った。不気味なほどに静かな、恐ろしいくらいの静寂が辺りに広がっている。ただ足音だけが、木霊し、静寂の不協和音となっていた。 

 

 薄暗く、まるで空気のぼやけているような回廊を歩きながら、韮崎は独り言のように呟いた。 

 

「あくまで、私の仮説に過ぎないのだが」と前置きし。 

 

「アンノーンは、人間の意識……いや、心を察知し、それを具現化する力をもっている。……それは知っているね?」 

 

「はい」瑞穂は頷く。「でも、それは単なる言い伝えじゃないんですか?」 

 

「うむ……。アンノーンによって具現化された世界には、その人の心が投影される……。もっとも、それは、この遺跡から発見された碑文に、そう刻まれているに過ぎない。だがね、もし碑文に刻まれていることが本当だとしたら……」 

 

「先生は、その碑文が真実を書き示していると考えているんですね」 

 

 韮崎は頷いた。そして、瑞穂を見下ろして言葉を続ける。 

 

「今までに、アンノーンの捕獲例は数えきれぬ程あった。しかし、人間の意識を読みとり、それを具現化した前例はない……それゆえ人々は、碑文に刻まれた古代文明人からのメッセージを、本気にしなかった。だが、私はずっと疑問に思っていた。これほどの巨大な建造物を造りだしてしまうほど優れた文明を誇った人々が、なぜ碑文に真実を刻まなかったのか……」 

 

 瑞穂から視線をそらし、韮崎は辺りの模様を眺める。 

 

「もしかしたら、古代文明人は碑文に真実を刻んでいたのではないか……そう思ったんだ」 

 

「でも、アンノーンに人の意識を具現化する力はなかったんですよね……?」 

 

「それが、私たち現代人の思い違いだとしたら?」 

 

「え?」 

 

 空気が震え、瑞穂は息を呑んだ。韮崎は宙の一点を見据えている。 

 

「アンノーンは個体によって幾つもの異なった形状をもつだろう? もしかしたら、それらが複数集まることによって始めて、人間の意識を具現化することができるのではないのだろうか……。私たちは、アンノーンの一体一体を別々に研究していたのだから」 

 

「あの……。それと、不思議な女の人の声と、どう関係があるんですか?」 

 

 瑞穂に訊かれ、韮崎は懐から四つ折りになっていた新聞を取りだした。 

 

 目の前に差し出され、瑞穂は爪先立ちながら新聞を覗き込む。昨日付けの桔梗新聞だった。 

 

 呆然と新聞を眺める瑞穂に、韮崎が囁いた。 

 

「ここを……」と、小さな記事を指さし「見てみるといい」 

 

 韮崎が指定した記事の見出しは『いま、怪談がブーム』となっている。 

 

 訳の解らないまま、瑞穂は新聞記事を読み続けた。そして、その一行を読んだ途端、あっ!と声をあげた。 

 

 アルフの遺跡では、ここ最近、若い女性が次々と行方不明になるという事件が続発している、と書かれていた。 

 

 歩調を早め、韮崎は言った。「アンノーンだよ……その事件の原因は……」 

 

「でも、その事件と、アンノーンに……何の関係があるんですか?」 

 

「誰かが、この遺跡で願ったんだ。アンノーンは、その願いを聞き入れ、具現化させた。行方不明になった女性達は巻き込まれ、アンノーンの創りだした意識世界に閉じこめられたのだろう。……いや、もしかしたら、彼女たちを閉じこめること自体が、目的なのかもしれない」 

 

「な……、誰が……何のために、そんなこと……」 

 

 瑞穂の疑問に、韮崎は答えなかった。お互いに無言のまま、歩き続ける。 

 

 無限に続くと思われていた回廊は、しばらく歩いたところで終わっていた。回廊の先には、無数の石像が墓場のように整然と建てられている。 

 

 石像の一つ一つに、斑模様のコケが生え、積み重なっている年月の重みが伝わってきた。灯明台の頼りない灯りが、不自然なほどの表情をもって、瑞穂と韮崎を照らしていいる。 

 

 瑞穂の背丈の2倍、韮崎の背丈の1.5倍はある、巨大な石像を見上げ、その彫刻の細やかさに瑞穂は見惚れた。とても、1500年前に造られたとは思えない。 

 

「これほどの細かい彫刻は、現代の技術でさえ、造るのは難しいのだそうだ」 

 

 歩きながら韮崎は説明した。瑞穂は躍動感溢れる石像を見つめ、思った。 

 

 これほどの優れた文明が、なぜ滅んだのか。

 

 

 ○●

 

 

「神の命令に、背いたからさ」 

 

 遺跡内部の朧気な灯りが、少年の銀髪と鍵型のピアスをオレンジ色に染め上げていた。 

 

 少年は続けて言った。だから滅んだ。裁かれたんだ。 

 

 氷は何も言わない。澄んだ瞳だけが、濡れたように少年のいる風景を包んでいる。 

 

 少年の冷弁は止まらない。 

 

 ――人間は、過ちを繰り返した―― 

 

「過ち……?」 

 

「人間の意識は、強くなりすぎた……。欲望へと姿を変えてしまった。意識は言葉となり、言葉は偽りとなり――やがて、罪が生まれた」 

 

「三流の詩──戯れのポエムね。まるで」 

 

 嘲るように鼻をならし、氷は少年から眼を背けた。 

 

 しかし、次に少年の口から発せられた言葉の意味が、氷の唇を強張らせた。 

 

「人間は、存在すること自体が間違っていたんだ」 

 

 人間は、存在すること自体が間違っている。 

 

「なぜ……?」氷は、訊いた。 

 

「人間は、人間自身を、同種族ですら理解できないほど愚かなんだよ。理想を理想とも思わず……、ひたすら自分の視点からしか、物事を考えられないんだ。その結果がキミだ。人間は、キミのようなキメラを平気で生み出した。これは生命に対する冒涜だと思わないかい? 人間は神を気取っている……それも罪だ」 

 

「私を否定しないで」氷は鋭い目つきで、少年の首筋を睨んだ。 

 

「それに私はキメラじゃない……」 

 

「だけど、人間でも、ポケモンでもない」 

 

「確かに私は人間でも、ポケモンでもない。それに、自分の身体は嫌い……自分を呪うこともある。こんな身体になんてなりたくなかった。なんで、こんな身体にされなければいけないのか。ずっと考えたこともなる。でも、答えはでなかった。でるはずない。運が悪かった――その一言で、すべて説明がついた。納得できないけれど、そうとでも考えなければ、やりきれないのよ……。納得できる答えなんて、見つからないもの。だって、これは私が望んだこと。生きるために、私は自分の身体を売った。それだけのこと……なのに――」 

 

 そこまで言って、氷は自分の頬が濡れていないか、確かめたくなった。人前で涙を流すことは、心に傷をもつ少女にとって、耐え難い苦痛であるのだ。 

 

 少年に気付かれないよう、氷はさり気なく頬を小指で拭った。濡れていた。 

 

 少年に笑われた。そんなに苦しかったんだね……。同情ではない、嘲笑を含んだ言葉が氷を襲った。

 

 少女は吠えていた。次の瞬間、腕だけが破裂し、紫色をした邪蛇が飛び出し、少年の頭を引きちぎろうと牙を剥きだした。 

 

 しかし、少年は動かず、少女の……氷の怒りに燃えた瞳を直視した。異形の右腕は少年の目前まで迫ってきている。 

 

 倒れた。口をあんぐりと開き、喘ぎながら首もとをしきりに掻きむしっている。白く濁った唾液が口元からこぼれた。充血した瞳は、そのまま相手へ向けられていた。まるで金縛りにあったように全身をヒクつかせ、呻き声を上げて、視線が地面に落ちた。 

 

 そこで不思議な痙攣は治まった。氷は震えながら起きあがり、少年を見つめた。直視できなかった。

 

「キミに、ボクを殺すことはできない。でも、ボクもキミを殺すことはできないけれど――」 

 

 氷は怯えたようにその場に座り込んだ。もう二度と、少年の瞳を直視できそうにない。 

 

 ボクが怖いんだね? あんた、私のことが怖いのね? 

 

 悪魔の声が、頭の中に渦巻いた。怖いの? 怖い? 怯えてるのね。私のことがそんなに怖い? 

 

 自分が、酷く弱々しく感じられた。 

 

「ふふ……。そんなんじゃ、レライエやサミジマに、笑われるよ?」少年は笑った。 

 

「ええ……そうね――」小さく弱々しい声が、氷の口から辛うじて発せられた。 

 

 かつて自分が裂き喰らったサミジマが、最期にみせた恐怖の表情を、氷は思い出していた。 

 

 私も今、あんな惨めな表情をしているのね――

 

 

 ○●

 

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