刹那の夢と嘘の玩具   作:月影 梨沙

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その視線は死の瞳

 幾重もの熱線が追いかけてくる。爆発が大地をえぐり取り、衝撃が瑞穂を吹き飛ばした。立ち上がり、後方のゆかりを確かめた。瑞穂の背中にぴったりとついてきている。 

 

「大丈夫? ユユちゃん」 

 

 顔についた泥を二の腕で拭い取りながら、ゆかりは小さく頷いた。 

 

 再び爆発の火柱があがる。瑞穂は、ゆかりの手を引いて走りはじめた。閃光が迸る。森の木々が爆裂し、粉々になって降りかかってくる。 

 

 華奢な手で木の粉を払いのけると、瑞穂はモンスターボールを地面へと投げた。光が溢れ、中からポニータが飛びだすと、すぐさま瑞穂はゆかりと共にポニータに飛び乗った。 

 

「お願い。ポニちゃん。できるだけ速く駆けて」 

 

 ポニータはいななくと大地に蹴りとばし、一目散に木々の間を駆け抜けた。 

 

 熱線が一直線に向かってきた。ポニータは鬣を白く燃やすと、跳び上がり、熱線を避けた。着地と同時に、背後から爆音が響き、抉られた地面があたりに飛び散る。 

 

 瑞穂は腕で顔を守りながら、振り向いた。目を凝らし、追いかけてくる巨体の姿がぼんやりと浮かび上がる。鋭い牙、凶暴そうな眼、長い爪……リングマだった。口から熱線をを吹きながら追いかけてくるのは、森に住んでいる、野生のリングマたちだったのだ。 

 

 数匹、全部で6匹はいるだろう。息を吸い込み、破壊光線の光が口元を照らしている。6匹のリングマが一斉に破壊光線を発射した。ポニータのいななきが大きくなる。 

 

 抱きかかえるように、瑞穂とゆかりはポニータにしがみついた。目まぐるしい素速さで、破壊光線の網をかいくぐり、ポニータは大きなリングマを跳び越える。 

 

 逃げ切れる。瑞穂ははっきりと確信した。このままいけば、逃げ切れる。 

 

 木々が入り組んで、迷路のようになっている森の中に、蹄の音が響いた。続いて爆発音。何かのはぜるような音。爆風が木々をなぎ倒し、重たい足音が追いかける。何発もの破壊光線の光が、上空へとのびて、月夜の空を明るく照らしていた。 

 

 その時だった。瑞穂が、その光の先に落ち込んでいく闇を見つけたのは。 

 

 慌てて駆けているポニータの動きを止めさせ、闇の底を見下ろした。足もとの小石が転がって、からからと渇いた音をたてながら、底へと転がり落ちていく。 

 

「そんな……」 

 

 見下ろしながら、瑞穂は愕然とした。闇に吸い込まれそうになるほど深い谷の入り口が眼下に広がっていたのだ。川の流れる小さな音が聞こえてくるが、呆然とした瑞穂の耳には聞こえてはいない。 

 

 青ざめた表情で、瑞穂は絶望に満ちた声を発した。 

 

 ボチャン、という囁きのような小さな音が聞こえたような気がした。項垂れたままポニータの背から降りる。ゆかりを抱きかかえ、ポニータから降ろして瑞穂は、背後から迫るリングマに神経を研ぎ澄ました。恐らく匂いを辿っているのだろう。確実にこちらへと近づいてきている。 

 

「お、お姉ちゃん。どないしよう……」 

 

 慌てふためき、おろおろとポニータにしがみつきながら、ゆかりは訊いた。瑞穂は苦々しい顔で、辺りを見回している。 

 

 そうしている間にも、足音、殺気に満ちた唸り声、破壊光線の爆発音は、さらに迫ってきた。 

 

 失敗だった。瑞穂は己の失策を恥じて、唇の端を噛みしめた。端整な色白の顔が、悔悟に満ちている。小さな森なのだ。明るい内に森を抜けていれば、こんな事にはならなかったはずだ。事実、ゆかりは夜の森が恐いからと、森を抜けたがっていた。だが、瑞穂がそれを許さなかった。少しだけ、体力には余裕があったのにも関わらず。 

 

 原因は、笑いたくなるくらい些細なことだった。持久力のない瑞穂は、いつの間にか体力面でゆかりに追い抜かれたのだ。瑞穂は悔しかった。拗ねていた、といってもいい。そしてゆかりも得意げに振る舞っていたのが、さらにシャクに触った。だから瑞穂は、ゆかりの「今日中に森を抜けよう」という提案を、歯牙にもかけなかったのだ。 

 

 本当に悔しかった。だが、そんなくだらないことで冷静さを失った自分を責める気持ちの方が強かった。 

 

 馬鹿みたい。内心、心の奥で瑞穂は自嘲気味に笑った。本当に、馬鹿みたい。 

 

 全然、成長していない自分がそこにいた。……自分を責める気持ちがあるだけ、成長はしたのかな……? 

 

 私は自分勝手な女だ、と心底そう思った。他の人からは、優しいとか、思いやりがあるとか言われるが、全然そんなことはないではないか。 

 

「お姉ちゃん! 何してるん……?」 

 

 いきり立ったようにゆかりは、瑞穂のシャツを引っ張っている。 

 

 小さく頷き、瑞穂は冷静さを取り戻した瞳で、崖の周りを見渡した。吊り橋が見えたが、落ちていた。足音が近づいてくる。 

 

 ここは野生のリングマの縄張りなのだ。瑞穂は足音の聞こえる方を見やりながら考えていた。今日は満月。ちょうどリングマ達の出産の時期なのだ。当然のことながら、リングマは警戒心を強めている。のこのことやってきた自分達の方が悪いのではないか? 

 

 怯え竦んでいるゆかりを腕に抱きかかえ、瑞穂は悲しげに呟いた。 

 

「ご、ごめん……。ユユちゃんの言うとおりに、この森を昼間に抜けていれば、こんなことには……」

 

「いまさら、そんなこと言うてもしゃあないやんか!」 

 

「でも……私は……」 

 

「知っとるで。お姉ちゃん、悔しかったんやろ? そやからウチが言ったこと無視したんやろ?」 

 

「……私、どうしたらいい?」 

 

「お姉ちゃんは、お姉ちゃんのままでええんや。それよりも、どないするん?」 

 

 破壊光線が茂みを突き破り、瑞穂達に襲いかかった。ゆかりを抱き寄せ、瑞穂は横に跳び、破壊光線を避けた。爆音が響いた。 

 

 すぐさまポニータをボールに戻しすと、立ち上がり別のモンスターボールを宙へ放った。もう一方の熱線が瑞穂の目前まで迫ってきていた。慌てて、瑞穂は身構えたが、遅かった。 

 

「お姉ちゃん!」 

 

 叫んだゆかりを余所に、破壊光線が瑞穂を直撃した。少なくともゆかりには、そう見えた。だが、爆発はしなかった。不思議そうにゆかりは閃光の末端を見やった。 

 

「ありがとう……リンちゃん」 

 

 瑞穂のリングマが煙の奥に中に立っていた。瑞穂の声も聞こえてくる。煙を振り払い、リングマは吠えた。瑞穂はリングマの背中にしがみついていた。 

 

 いつかと同じだ。また助けられた。瑞穂はゆっくりとリングマの背中から手を離した。 

 

 野生のリングマ達が、茂みの中から飛び出してきたのを見つめ、瑞穂のリングマは一歩、足を踏み出した。巨大な、リングマを目の当たりにして、野生のリングマ達は狼狽えているようだ。 

 

 咆哮した。先程まで威勢の良かった野生のリングマ達が、驚いて跳び上がり、小さく竦んでいた。 

 

 駆け寄ったリングマは、野生のリングマへ向かって手を振り上げ、振り下ろした。地響きが足もとを揺るがす。リングマの剛腕によって、数匹の野生のリングマたちが、一斉になぎ払われた。野生のリングマ達も負けじと応戦するが、瑞穂のリングマの巨体には、なす術もない。 

 

 数匹いた野生のリングマの中で、一番巨大なリングマが、瑞穂のリングマと組み合った。瑞穂のリングマは咆哮し、放り投げ、破壊光線を発射した。衝撃波が瑞穂を襲う。野生のリングマの破壊光線とは威力が段違いだった。もうもうと土煙が吹きあがる。吹き飛ばされておののくリングマ達へ、瑞穂のリングマはもう一発、破壊光線を撃とうと腹の奥に力を込めた。 

 

「ま、待ってリンちゃん!」 

 

 慌てたように瑞穂は、自分のリングマの前へ立ちふさがった。溜めていた破壊光線のエネルギーを上空へ吹き出すと、リングマは瑞穂の澄んだ瞳をじっと見つめる。 

 

「この野生のリングマ達は、別に悪気があって私たちを襲ったわけじゃないと思う。……というより、この出産期に、勝手に野生のリングマ達のテリトリーに侵入した私たちの方が悪いの。だから、これ以上はやめて。お願い」 

 

 目の前に突っ立っている瑞穂を抱きかかえ、リングマは渋々と頷いた。よろよろとゆかりは、その場に腰を抜かして座り込んでいた。

 

 

 

 少しの間、両者の対峙には重い沈黙があったが、それを破ったのは意外なことに野生のリングマ達だった。 

 

 脅えていた野生のリングマ達は、敵意を見せずに、ゆっくりと瑞穂へと近づいてきたのだ。リングマは、瑞穂を抱きしめたまま唸り声をあげ、野生のリングマ達を、鋭く睨み付けた。 

 

 思わず後ずさる野生のリングマ達を見て、瑞穂は自分のリングマに近寄ると、耳元で囁く。 

 

「待ってリンちゃん。だから、私が悪かったから……。」 

 

 リングマの腕の中から飛び降りて、瑞穂は怖ず怖ずと野生のリングマ達の様子をうかがった。野生のリングマ達は、その巨体をひしめきあわせて、暗がりから訝しげに瑞穂の小さな体を見つめている。 

 

 数歩前進し、瑞穂は野生のリングマ達を直視した。相手は瑞穂の方を怪しんでいるかのように囁きあっている。 

 

 ぺこり、と頭を下げた。そんな瑞穂を見て、野生のリングマ達は立ちすくんだまま、驚きの表情を浮かべた。 

 

「勝手に縄張りに入ってごめんなさい。……あの、すぐにこの森から出て行くから……」 

 

 もう一度、深々と頭を下げると、瑞穂は後ろを振り返り、ゆかりとリングマを連れて森の出口へと歩き始めた。 

 

 ……ガウ……! 

 

 待って、と野生のリングマが言ったような気がして、瑞穂は振り向いた。自分のリングマの巨体が側まで寄ってきて、ぼそぼそと耳打ちしてくる。 

 

 ……お前、人間か?……って姉さんに訊いたんだよ……。 

 

 やや気抜けした表情で瑞穂は呟いた。隣ではリングマが唸りをあげて、野生のリングマ達を牽制している。 

 

「人間か? って聞かれても……。私は、人間だけど……」 

 

 リングマが瑞穂を押しのけ、威嚇するように野生のリングマ達の前に立ちふさがった。野生のリングマ達が脅えたように小さくなり、一カ所に集まって震えはじめる。 

 

「り……リンちゃん。駄目だよ、そんな脅かすようなことしたら……」 

 

 慌てて止めさせようする瑞穂を無視して、リングマが何か早口で捲し立てている。不思議なことに、野生のリングマ達は次々と頷き、立ち上がって茂みの奥へ消えていった。 

 

 最後に残った一匹の野生のリングマが、瑞穂に手招きをしている。ぼんやりとその場に立ちすくしたまま、瑞穂はリングマと顔を見合わせた。 

 

 リングマが頷く。瑞穂も戸惑いながら頷いて、野生のリングマの元へと歩き始めた。 

 

「お姉ちゃん……どこいくん?」 

 

 駆け寄って瑞穂と手をつなぎながら、ゆかりが訊いてくる。 

 

「どこ……って言われても、私にもわからない」 

 

「なんやそれ。罠やったらどないするん!」 

 

 思わず苦笑して、瑞穂は口元を手で押さえながら答えた。 

 

「それはないよ。それに、この野生のリングマ達が私のことを呼んでいるのは間違いない」 

 

 呆れた様子で、ゆかりは溜息をついた。 

 

 瑞穂はリングマの暖かい腕を抱きながら、野生のリングマの後に付いていった。歩きながら瑞穂は頭の中に地図を思い浮かべてみた。どうも、野生のリングマ達は湖の方向へ向かっているようだ。

 

 

 

 歩き続ける野生のリングマ達を、茂みの奥から、何者かが危険な目つきで見つめている。満月の光を浴びて、反射し、何者かの瞳が一瞬だけギラリと光った。 

 

 危険な視線を感じて瑞穂は振り向いた。茂みの奥を凝視したが、何者かの姿は既になかった。 

 

 ……どうしたの……? 

 

 隣で瑞穂を護るようにして歩いているリングマが、瑞穂の顔を覗き込みながら訊いてきた。 

 

「う、ううん。なんでもない。気のせいだよ……」 

 

 気配がないのを確認すると、瑞穂は振り返り、小さな笑みを浮かべた。 

 

 茂みの中で気配を消していた何者かは、誰にも聞こえないような小さな声で通信機に声をかけた。 

 

「標的は、まだ確認できません。偵察を続行します……」 

 

 まだ、瑞穂は何も気付いていない。死の瞳が、遠くから、再び自分達を見つめていることに。

 

 

○●

 

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