刹那の夢と嘘の玩具   作:月影 梨沙

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波は荒れ、熱線は放たれ

「あなたの悲しみは、私を殺す――それであなたの悲しみが消えるの?」

 

 ミカンの言葉に呼応するように、カイリューは破壊光線を発した。凄まじい威力の衝撃波が、ミカンの服を引き裂きいていく。

 

「リンちゃん! 破壊光線!」

 

 正反対の方向から、別の破壊光線が発射され、カイリューの破壊光線をはじき返した。

 

 驚きの表情を隠さず、ミカンは即座に後ろを振り返った。衝撃波によってひび割れた大地の上に、リングマの巨躯がそびえ立っていた。裂けたように大きな口からは、白煙がもうもうと上がっている。

 

「ミカンさん。大丈夫ですか?」

 

 頭の上から声がした。ミカンは眩しそうに、日差しの強い空を見上げる。リザードンが空中を旋回しながら飛んでいた。

 

 そのリザードンの背中から、一人の少女が飛び降りてきた。小さく細い身体に、水色のツインテール。白く大人しい顔に、ミカンは見覚えがあった。数日前、ジムに挑戦に来たトレーナーの少女である。

 

「あなたは、たしか……」

 

「お久しぶりです」

 

「瑞穂さん――どうしてここに? たしか、タンバシティに向かったんじゃ」

 

「途中で止めました。ミカンさんに負けたままじゃ、他の街へは行けません……って、そんな場合じゃないですね」

 

 瑞穂は身体を捻らせ、カイリューの方向を見定めた。晴れていく白い霧の中から覗くその巨体は、悲しみと怒りを内に漲らせていた。雨で洗い流すこともできず、霧で隠すこともできなかった”それ”は、涙に含んで吐き出してしまうほかに、取り除く方法はないように瑞穂には思えた。だが、このカイリューはそれすら許そうとはしない。

 

 破壊光線を相殺され、通用しないと判断したのか、カイリューは上空に雷を発生させた。辺りは再び黒雲に覆われ、雷鳴が轟く。鋭い一閃がミカンと瑞穂の上空に降り注いだ。

 

「グラちゃん! それとポニちゃん」

 

 瑞穂は咄嗟にグライガーとポニータを呼びだした。強烈な雷も、グライガーの皮膜に遮られてしまえば効果はない。グライガーが完全に電撃を防いだのを確認すると、瑞穂はポニータに飛び乗った。

 

「ミカンさんも乗ってください。ずっとこの場所にいるのは危険です」

 

 小さく頷き、ミカンはポニータに乗った。瑞穂はポニータに合図を送り、それにタイミングを合わせたようにポニータは短く嘶き、走り出した。

 

 破壊する目標を失ったカイリューは、その鋭い瞳をアサギの街へと向けた。港を跨ぎ、灯台の間をすり抜けるようにして、アサギシティに上陸した。重みで、アスファルトの地面が陥没する。

 

 カイリューは破壊光線を発射するために、再びエネルギーをチャージする。その頭上を旋回していたリザードンは、おもむろに火炎放射を浴びせた。

 

「ミルちゃん……」瑞穂が呟く。

 

 リザードンの背中から、ミルは大声でカイリューに叫んでいた。

 

「あんたねぇ、何してんのよ! 何バカなことしてんのよっ!」

 

 リザードンの火炎放射がまったく通用していないのと同じように、ミルの声もカイリューには聞こえていないようだった。

 

 カイリューは太い腕を振り上げ、うるさい蠅でも追い払うかのように、リザードンを叩き落とした。リザードンは地面に墜落し、ミルとゆかりは海へと放り投げられた。

 

「ミルちゃん! ユユちゃん!」瑞穂は思わず、ポニータから身を乗り出した。

 

 瑞穂の声に反応したのか、カイリューは疾駆するポニータの姿を目で追い始めた。口を開き、カイリューは破壊光線を乱射する。ポニータは軽い身のこなしで、次々と降り注ぐ破壊光線を避けていく。だが、避けることはできても、破壊光線を止めることはできず、辺りの地形が抉れていくだけだった。

 

「これじゃ、埒があかない。というより、こんな大きなポケモンを止める事なんて――」

 

 瑞穂は突然、ポニータから飛び降り、ポニータに叫んだ。

 

「ポニちゃん! せめてミカンさんだけでも安全な場所にお願い!」

 

 ポニータは、それに応えるかのように嘶くと、得意のジャンプで灯台を跳び越え、アサギの街の方へと走り去っていった。ミカンは懸命に何かを叫んでいたが、瑞穂は背を向け、彼女の声を聞こうとはしなかった。それどころか、瑞穂の身を案じるミカンの声を掻き消すように呟いた。

 

「とりあえず、犠牲は少ない方がいいから――」

 

 犠牲――瑞穂の中で、とても哀しい意味をもつその言葉が、胸の奥に重くのし掛かってきた。それを振り払うかのように、瑞穂は声を詰まらせながら、呟き続ける。

 

「もちろん、このまま死ぬつもりなんて、ないよ――」

 

 ポニータを見失ったことにより、カイリューは破壊の標的を瑞穂へと変更したようだった。短いが鋭い爪が、頭上から一直線に振り下ろされる。

 

 瑞穂は目をつむり、腕を空高く掲げ、リングマに自分の入る場所と、次の攻撃指示を出した。

 

「リンちゃん! 破壊光線!」

 

 リングマの放った破壊光線が、カイリューの腹部に命中した。カイリューは衝撃波で弾き飛ばされ、海へと転落した。

 

「もう、やめよう――こんなこと。こんなことしたって意味ないよ!」

 

 起きあがり、海から顔を出すカイリューに、瑞穂は自分の限界とも思えるほどの大きな声で話しかけた。

 

「こんな事したって、あなたの探しているものは、見つかりはしないよ」

 

 その時、瑞穂の背後でリングマが倒れた。息を呑んで、瑞穂は振り向き、リングマの重い上半身を抱き起こした。破壊光線の連続発射はリングマの身体に、瑞穂が思っていた以上の負荷をかけていたのだろう。

 

「リンちゃん――ごめん」

 

 瑞穂は、自分の全身の血液が一気に冷えていくのを感じていた。こんな巨大なポケモンにかなうはずがないことはわかっていたが、頭で考えるのと、実際に追いつめられるのとでは、だいぶ違っていた。

 

「リンちゃんは、もう戦えないし、いくらグラちゃんの防御皮膜でも、あの破壊光線は防げない――か」

 

 瑞穂は腰のポーチから、ナゾノクサとイーブイのモンスターボールを取り外すと、グライガーに手渡した。

 

「グラちゃん。ナゾちゃんとイーちゃんをお願い。私は、ここでリンちゃんを看ててあげなきゃいけないから」

 

 グライガーの表情が曇った。いやいやと首を横に振る。瑞穂はグライガーの態度に、戸惑いを隠さなかった。

 

「どうして? お願いだから、私の言うことを聞いてよ」

 

 グライガーはモンスターボールを放り投げ、瑞穂のか細い胸にしがみついた。瑞穂が呆れ半分でグライガーの身体を引き離そうとしたも、グライガーの鋏は強く瑞穂の服を捉えて放さない。

 

「もう……グラちゃんったら。いいよ、もういい。グラちゃんには頼まないから」

 

 瑞穂はグライガーの放り投げたモンスターボールを拾い上げ、開いた。中からはナゾノクサとイーブイが飛び出す。

 

「ナゾちゃん達だけでも逃げて!」

 

 ナゾノクサは瑞穂の言葉には反応しない。聞こえていないような素振りで、そっぽを向くだけで、その場から離れようとはしない。イーブイも瑞穂の言葉に耳を傾けることはなく、戸惑いながらも瑞穂の足に頬をすり寄せるだけだった。

 

「二人とも何してるの? どうして、私の言うこと――みんな、聞いてくれないの?」

 

 瑞穂の瞳は悲しみに覆われているかのように、潤んでいた。白い頬を赤く染め、精一杯の声で叫んでも、誰も動こうとはしないから。

 

 一方、カイリューは再び上陸し、瑞穂へ狙いを定めていた。紅蓮の炎が口の奥に広がり、そして一斉に放たれる。

 

 瑞穂は目前まで迫った炎に気がついた。頬がジリジリと熱くなる。咄嗟に、胸にしがみついたグライガーとイーブイを庇うようにして、姿勢を低くする。全身が熱い。瑞穂は半ば諦めたように、目をつむった。

 

 突き刺さるような熱さが、瑞穂の身体を突き抜けた。だが、痛みはなく、意識も途絶える気配はない。瑞穂は恐る恐る顔を上げた。全身は、さっきまでの焦げるような熱さではなく、柔らかい暖かさに包まれていた。

 

 ゆっくりと瞳を開く。ゆっくりと呟く。自分の目の前に駆けつけてきた、ポニータへ向けて。

 

「どうして――戻ってきたの?」

 

 カイリューの大文字は、瑞穂へ到達する前に消えていた。ポニータの白い炎の前では、どんな炎であろうと効果は失われるのだ。

 

「ポニちゃんまで……みんな、何を考えてるの?」

 

「バカね――」

 

「え?」

 

 少女の声がした。瑞穂はハッとした様子で、ナゾノクサの方を見つめた。自分を睨む瞳が、そこに二つ輝いている。瞳は紅い色に染まっていた。底の見えない瞳で、瑞穂を見据え、ナゾノクサは話しを続けた。

 

「バカよ。こんな簡単なことに気がつかないなんて」

 

「簡単なこと?」

 

「みんな――あなたに傷ついて欲しくない。それだけよ」

 

 瑞穂はポカンとした表情で、呟いた。

 

「私に、傷ついて欲しくない?」

 

「あなたも、この子達が傷ついたら哀しいでしょ」

 

 俯き、小さな頷きを瑞穂は返した。

 

「それは、そうだよ――だ、だから私はみんなを傷つけたくないと思ったから、みんなを――苦しませたくなかったから――」

 

 言い訳しながら、瑞穂は自分の言葉に矛盾と偽りを感じていた。違う、違う、違う――私は――

 

「それは嘘よ。思い上がりでもある。あなたは、ただこの子達が苦しむのを見て、自分が悲しくなるのがいやだっただけ。違う?」

 

 瑞穂に、反論の言葉は見つからなかった。

 

 ナゾノクサは瑞穂に抱きかかえられているリングマに視線を移した。

 

「この子達が、今まで――そして今も、何のために闘っていたと思うの?」

 

「リンちゃん達が、闘ってた理由……」

 

 瑞穂はナゾノクサから眼を背けた。そんな瑞穂へ、ナゾノクサは蔑するような視線を流した。

 

「みんな、あなたが好きなのよ。あなたが、みんなを好きなように。だから、闘う。あなたのために」

 

 ナゾノクサの鋭い視線を避けるように、瑞穂は押し黙った。

 

「あなたにできることは、この子達を逃がす事ではなく、この子達を信じてあげることじゃないの? それが、トレーナーとして、ポケモンに対する、最低限の礼儀ではないの?」

 

 頬に手を当て、今にも泣き出しそうな顔で、瑞穂は一度だけ、こっくりと頷いた。

 

「そうだよね。私、みんなの気持ち、もっと受けとめてあげなきゃいけなかったんだ……」

 

 瑞穂は眼を伏せた。

 

「私、みんなのこと考えてるふりして、自分のことしか考えてなかったのかも――」

 

 項垂れる瑞穂。ナゾノクサは、少女の細い腕を優しく撫でた。

 

 そんな中、グライガーとポニータは、カイリューの進行をくい止めるために、必死の抵抗を続けていた。カイリューの強力な攻撃を、素速い動きでグライガーが引きつけ、その隙にポニータが炎の渦で、カイリューを足止めする 。その繰り返しだった。空中、海上ではともかく、地上での動きは遅いカイリューにとって有効な戦い方ではあるものの、相手にダメージを与えるところまでは行き着かない。カイリューの分厚く強靱な表皮の前では、グライガーの爪も、ポニータの炎も圧倒的に力不足だったのだ。

 

「誰も、戦いたくなんかない。戦うのは、理由があるからよ。あの子達もあなたも、私も――ライムも――」

 

 ナゾノクサの言葉が不明瞭になり始めた。それに従い、彼女の瞳の紅い輝きが薄れていく。自分の内で張り裂けそうなほどに満ちている意志を、搾りきるようにして言葉を吐き出し、ナゾノクサは倒れた。

 

 瑞穂は立ち上がった。倒れたままのナゾノクサを胸に抱きかかえ、一人で呟いた。

 

「戦う理由――か」

 

 瑞穂は屈み込み、ナゾノクサをリングマの横へと寝かせた。

 

「あなたは、何のために。どうして、暴れているの?」

 

 小さな声で、素速く、誰にも聞こえないような、囁きにも等しい呟きを発し、瑞穂は駆け出した。目の前で無数に転がっている瓦礫やアスファルトの破片を押しのけながら叫ぶ。

 

「やめて! もうやめて! こんな戦い誰も望んでない! 怒りにまかせて誰かを傷つけても、そのあとに残るのは何もない――いや、あなたには”力”がある分だけ、あなたの"力"が大きい分だけ悲しみだけが残る!」

 

 カイリューは咆哮した。大きな音が辺りに響いた。あの歌声のような美しい鳴き声が、どうしてここまで醜く歪んでしまわなければならないのか。瑞穂はその疑問の答えに、悲しみと怒りだけでないもう一つの感情を見つけた。

 

「似てる。似てるよ……駄々をこねてる子供に。子供の私が言うのも変だけど。一人で、独りぼっちで遊んでる子供に似てるよ」

 

 大きな叫び声で瑞穂の言葉はかき消せても、言葉の意味まではかき消せない。

 

「私の周りにもいた。独りぼっちで、人形を壁に叩きつけたりして、壊して遊んでる子供」

 

 寂しいこと、周りに誰もいないこと、孤独なこと。感情はストレートに、誰の制止も受けることなく、行動へと移る。負の感情は、直接に破壊衝動へとつながっている。

 

「だけど、それは本当にあなたが望んでいることじゃない! 自分の中にある殺意なら、自分で捨てることができる!」

 

 瑞穂は胸に手を当て、続けた。

 

「自分を見失ってしまったら、あなたはそこで終わってしまう」

 

 ――自分を見失う――

 

 その言葉に反応したのか、思い出したくもない過去が、瑞穂の脳裏を掠めた。まるで記憶をピンポイントに検索したかのような精度で、映像が何度も何度も切り替わる。一瞬であっても、自分を捨ててしまったあの日のこと。怒りに任せるままに、男達を半殺しにした、白銀に光る満月の夜のことを。

 

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