あるてまれアスカちゃん劇場´ 作:立花アスカの偽猫
◆『あるてまれアスカちゃん』◆
アスカ
「はい、こんにちは! 本日からあるてま〇期生になりました、立花アスカです! まさかオーディションに合格して、憧れのあるてまの一員になれるなんて夢みたいです!」
『アスカーーーっ! 俺だーーーっ!』
『あるてま所属おめでとー』
『今日からアスカもあるてまるのか。感慨深いな』
アスカ
「初めましての方も、そうじゃない方も、よろしくお願いしますね」
『よろしくー』
『はーい』
『よろしくね、アスカちゃん!』黒猫燦✓
アスカ
「はい、よろしくお願いしますね。あ、燦ちゃん、じゃなくて燦先輩もわざわざありがとうございます」
『そっか。黒猫も先輩なのかー』
『黒猫に先輩が務まるのか?』
『V歴ならアスカちゃんの方が先輩だけどね』
『ややこしいな』
『今まで通り燦ちゃんでいいって』黒猫燦✓
アスカ
「えっと、いいのかな? ……はい、マネージャーさんに確認を取ったのですが大丈夫みたいです。あは、これで燦ちゃんって堂々と呼べるよ!」
『てぇてぇ』
『良かったね』
『あるてま公認カップル』
『ゆいくろに強力なライバル登場だな』
アスカ
「さて、本日は簡単な自己紹介をしようかな、って考えていたのですが。せっかくなので、みなさんからの質問に答える形で、進行していきたいと思います。質問したいことがあるよ、って方は、気軽にコメントしてくださいね」
『コラボしてみたい先輩は誰ですか?』
アスカ
「そうですね。一期生なら世良先輩で、歌配信を一緒にしてみたいです。二期生なら、夏波先輩ですね。一緒に燦ちゃんのことを語りたいです。あとは、戸羽先輩とお菓子作りについてお話してみたいかな」
『お歌楽しみ』
『黒猫について語るとか大丈夫なのか?』
『修羅場かな?』
『この泥棒猫!』
『女の子の中に混ざってるのに違和感のない乙葉ちゃん』
『あるてまの女の子で見た目が好みなのは誰?』
アスカ
「見た目でいうなら、えっと、……夏波さん。ですかね」
『え』黒猫燦✓
『略奪愛!?』
『振られてやんのwww』
『ざまぁ』
アスカ
「その、綺麗なだけじゃなくて、可愛らしいところもあって、……素敵だなって」
『てぇてぇ』
『ゆいあす? あすゆい? どっちなの』
『ねぇ、私は! 私のことは!?』黒猫燦✓
アスカ
「も、もちろん他のあるてまのみなさんのことも好きですよ!」
『魔性の女だ』
『ハーレム宣言?』
アスカ
「ち、違いますから! そういう好きではなくて!? もうっ、次の質問に移りますよ!」
『きょ、今日の下着の色は?』黒猫燦✓
アスカ
「燦ちゃん、めっ!」
『今日の黒猫の下着の色を教えてください!』
アスカ
「えっと、確か……」
『ちょっ、アスカちゃん!?』黒猫燦✓
アスカ
「あは、冗談ですっ。……ふふっ、本当に楽しいな。ずっとこの時間が続けばいいのに……」
ザザッザザッ
『本当にそれでいいの?』黒猫燦✓
アスカ
「燦ちゃん?」
『ここには過去しかないんだよ。アスカちゃんが望んだ明日は、目指した未来はここでは絶対に掴めないんだよ?』黒猫燦✓
アスカ
「えっと、コメントの意味がよく分からないのですが……」
『アスカちゃん、最初に夢みたいだって言ってたよね』黒猫燦✓
アスカ
「は、はい。言いましたよ」
『全部、夢だったんだよ』黒猫燦✓
アスカ
「全部、夢だった? えっと、どういう意味ですか?」
燦
「おかしいと、思わなかった?」
アスカ
「え、燦ちゃん? あっ、え、どうしてここに……」
燦
「おかしいと思わなった? 黒猫燦は画面向こうの仮想世界の住人なんだよ。だから、ここに存在していること自体が、ここが現実世界ではないという証拠なんだよ」
アスカ
「なに、言って……。燦ちゃんは、いるよ。私の傍に、ずっと居たよね?」
燦
「ねぇ、アスカちゃん。黒猫燦の本名、現実での本当の名前を知ってる?」
アスカ
「……え?」
燦
「知らないよね。彼女の現実の姿も、本名も、自宅の住所ですら、何度も行っているはずなのに、言えないでしょ?」
アスカ
「そっ、そんなこと……。違う、違うのっ! ど忘れしただけだもん。そうだよね!」
燦
「……夢を見ることは、悪いことじゃないよ。でも、夢に逃げるのは、――だめなんだよ。それはただの現実逃避だから」
アスカ
「………………いいじゃないですか。夢に逃げたって! だって、現実の私には、燦ちゃんと一緒の舞台に立つ資格なんてないんだもん」
燦
「アスカちゃん……」
アスカ
「どんなに頑張っても、チャンネル登録者が増えることもない。フォロワーだって、末尾の増減で一喜一憂する日々で。配信したって、コメントもほとんどないし、同接は二桁いけばいい方で、その人たちだって、いつ、私に愛想を尽かしていなくなるかも分からないって言うのに……。これ以上頑張る意味、あるのかなって。そう悩んで、――あは、ここに来る前に諦めちゃった」
燦
「アスカちゃんは、Vtuberになったことを後悔しているの?」
アスカ
「後悔は、してないよ。だって、私が好きで始めたことだもん。……それを思い出させてくれたのは、ここまでVtuberとして頑張って来れたのは、燦ちゃんに出会えたからなんだよ。たとえ、画面の向こう側にいる遠い存在だったとしても、燦ちゃんがいてくれたから、その頑張る姿に惹かれて続けられたの。でも、私はもう……」
燦
「疲れたなら休んでいいよ。嫌になったなら辞めちゃってもいいんだよ。でも、アスカちゃんは諦めたっていうけど、本当はまだ諦めたくないんだよね? アスカちゃんが、こうして立花アスカとして存在していることが、その証拠だよ」
アスカ
「それは、けど……」
燦
「短い間だったけど、Vtuberとして楽しそうに活動しているアスカちゃんを隣で見てきたから。どんなに苦しくても、諦めずに輝こうとしていたのを、私も知ってるから。私が誰よりも一番、アスカちゃんのこと見てきたから。知ってるから、だから分かるんだ。アスカちゃんの本当の気持ちが」
アスカ
「私の、本当の気持ち?」
燦
「そう。アスカちゃんの本当の気持ち、本当の願いはなに? 美少女Vtuberになってちやほやされて人生イージーモードで生きたかったの? 違うよね」
アスカ
「……うん。私の、本当の気持ち。私の本当の願いは……」
『憧れの人みたいに輝けなくたっていい』
『美しく咲けなくてもいい』
『私を見て欲しい訳じゃないの』
『ただ、私の好きから生まれた”立花アスカ”だけは、――無駄だったなんて否定したくない! ううん、諦めたくない。なにも残せないまま、蕾のまま終わらせたくないよ!!!』
燦
「……うん、良かった。今のアスカちゃんなら、私も安心して見送れるよ」
アスカ
「……現実に戻る時間、なんだね」
燦
「うん。……これから楽しいことだけじゃなくて、きっと辛いことや苦しいことがたくさんあると思う。だけど、アスカちゃんは一人じゃないから。立花アスカとして紡いできた絆が、見えなくたってきっとあるはずだから。それを忘れないでね」
アスカ
「ぐすっ、燦ちゃん……。まだ、たくさん伝えたい言葉があるのに」
燦
「私もだよ。アスカちゃんと過ごした時間は短かったけど、でも、二人で過ごした時間は私にとってすっごく掛け替えのないものだって思ってる。だから、私はもう充分、アスカちゃんから言葉以上に大切なものを貰っているよ」
アスカ
「でも……」
燦
「ほら、泣かないで。アスカちゃんには笑っていて欲しいな。そうしてくれないと、私も、――笑顔で見送れないよ……」
アスカ
「………………うん。……私も、燦ちゃんには、笑っていて欲しいもん」
燦
「アスカちゃん……」
アスカ
「だから、――さよならは言わないね」
燦
「うん。アスカちゃんが望むなら、私もさよならは言わないよ」
アスカ
「燦ちゃん、ありがとう。……またね」
燦
「私の方こそ、ありがとうだよ。……またね、アスカちゃん」
『『大好きだよ』』
「……んっ」
「あっ!? 先生、先生! 葉桜さんが目を覚ましました!」
見知らぬ白い天井をぼんやりと見詰めながら、私は慌ただしくなった周囲を、どこか遠い場所の出来事のように感じていた。
しかし、時間が経つにつれて、頭が正常に働き出したのだろう。
「――そっか」
夢と現実。曖昧だった境界がはっきりとなったことで、長い夢が終わったのだと、終わってしまったことを漸く私は実感したのだった。
推しであり憧れでもある黒猫燦を、燦ちゃんと愛称で呼ぶ間柄だったのも。一緒にVtuberとして活動していたのも。プライベートで仲良くしていたのも。そして恋人のように甘い日々を送っていたことも。全てが夢の中の出来事だった。
でも、それを振り返る中で寂しいと思う反面、欠けていた心が少しずつ満たされていくような心地もしていた。
二人で過ごした時間は、過去は、私の生み出した幻想(ニセモノ)なのかもしれない。けれども、夢の中の思い出は、泡露のように消えたりせず、確かに私の一部となって生きている。
「ちゃんと、覚えてるよ」
胸を中央にある目には見えないなにかを抱くように、ギュッと両手で押さえながらそっと呟く。
夢のお陰で、私は、立花アスカは一人じゃないって気づけた。
どんなに辛くても、苦しくても、過去に囚われるのではなく、未来を夢見て現実(いま)を生きて行こうって思えた。
蕾のままで終わらせたくないから。そして、きっとキミは知らないけど、――あのとき伝えられなかった気持ちをちゃんと届けたいから。
本当のキミと肩を並べられるように、もう一度頑張ってみようと。
思い出を振り返る度に、私の胸中は今までにないくらいの活力に満ち溢れていった。
「葉桜さん、身体の調子や気分はどうですか?」
「……は、い。だいじょうぶ、です」
「そうですか。何かあれば遠慮なく言ってくださいね」
「それ、なら。……スマホを、取って貰えます、か?」
看護師さんからスマホを受け取りお礼を伝える。
スマホを手渡してくれた彼女は、私の両親に連絡を入れてくるとのことで病室を出て行った。
途端に静寂に包まれる部屋。どうやら私だけの一人部屋らしく近くには誰もいない。
人恋しくなった私はスマホの存在を思い出し、以前よりも重たく感じるスマホを、気だるい身体に鞭を打ちながら立ち上げていく。
そして、何か月ぶりとなるつぶやいたーのアプリを、震える指でそっと、開いた。
「……ぁ」
そこには、何か月分という、立花アスカを心配し、復帰を願い、変わらず応援してくれていたファンたちの、決して多くはないが、たくさんのコメントが載せられていた。
「――ぁあ」
気づけば視界が霞み、コメントが見えなくなるほど私は泣いていた。
そのせいでコメントが読めなくなったけど、コメントに込めた想いはちゃんと私に伝わっている。
恐怖は、もちろんあった。
忘れられているかも。誰からも心配されていないのかもと。
だけど、燦ちゃんが教えてくれた、私は一人じゃないって。これまで積み上げてきたものは無駄なんかじゃないと。
その言葉は、夢だったけど、――決して嘘(ニセモノ)なんかじゃなかった。
「こんなに、嬉しいことって、……あっていいのかな」
緊張と恐怖で震えていた身体は、今ではすっかり温かくなっていて、歓喜で震えるのを抑えるのが大変なほどになっていた。
スマホの画面が濡れるのも構わず、私はつぶやきの一つひとつを噛み締めるように読んでいく。
すっかり筋力が衰えた身体は鉛のように重く、休息を求めていたが、それでも次へ次へと読み進める指は止まらない。いや、止めたくないって思った。
立花アスカ
『この度は急に音沙汰がなくなってしまい本当に申し訳ありませんでした』
『立花アスカ、ただいま活動復帰しました!』
『みなさんからのコメントは全部読みました。たくさん応援してくれて、心配してくれて、忘れないでくれて、愛してくれて、本当にありがとうございます!』
『こんな私ですが、これからもよろしくお願いしますね』
湧き上がる感情を持て余しながらも、精一杯の言葉で感謝のつぶやきを書き込んでいく。
もっと、色んなことを伝えたい。
そんなもどかしさはあるけれど、過去しかない夢とは違い、時間はたくさんあるのだからと気持ちを落ち着かせる。
ふぅ、っと。無意識のうちに力んでいた肩から力を抜いた、その直後、つぶやいたーの通知を知らせる音が鳴った。
「あっ、もう反応が、――え?」
『活動を再開してくれてありがとうございます。デビュー前のつぶやいたー動画から応援してます。これからも頑張ってください』
私はもう大丈夫。
だって、夢の続きは、――きっと、ここにあるのだから。
END1『夢の続き』
まだ続きます。