あるてまれアスカちゃん劇場´ 作:立花アスカの偽猫
今回は総集編である、あるてまれ´の100話記念のお話となっています。
内容はあるてまれ最新話(194話)と連動しているので、よかったらそちらもよろしくお願いします。
※最新話を読まなくても、このお話単体でもお楽しみいただけます。
それでは本編をどうぞ。
※12月29日加筆修正
ラスト近くの会話を修正しました
「ふぅー、寒っ。早く帰って、推しの配信見よっと」
冬の寒さでかじかむ手に吐息をかけて暖を取りつつ帰路を急ぐ。
今日は12月24日。世間一般の人々はクリスマスに浮かれ、家族、或いは友人、恋人と楽しく過ごしていることだろう。
だが、クリぼっちの自分にはとんと関係のないことで、今日も今日とて仕事に追われて気づけば夜遅くの帰宅となってしまっていた。
そんな悲しいクリスマスイヴであったが、例年のように悲嘆に暮れていないのは、ぶっちゃけると楽しみがあるからだった。
だって、今日はこのあと推しのVtuberのクリスマス配信があるのだ! これは楽しまないと損でしょ!
「あの、本当にすみません」
そんな訳で、急く気持ちを抑えつつ、電車に乗ったまでは良かったものの。
電車に乗り合わせていた女性が持っていたカバンのキーホルダーに、マフラーが引っかかって取れなくなるという不運に見舞われていた。
「いっ、いえ。大丈夫です。はい」
伏し目がちで顔は良く見えないが、それでも美人と分かる女性にコミュ障特有のどもりを発動しつつ返答する。
はぁ、それにしても、なんで今日に限ってこうなるかなぁ。
たしかに、満員電車の中で彼女の胸が腕に当たって役得だとは思ったけど! だからって、推しの配信に間に合わなくなるのは、ちょっと罰が重すぎやしませんかね!
「はぁ。これじゃあ配信に間に合わないよね」
小さなため息が白い雲となって寒空へと消えていく。
手持無沙汰になって首元をさすりつつ、いっそのことマフラーを切ってしまおうかと、そう思わなくもないけど。
そこそこ愛着のあるマフラーなので決心がつかないまま、ずるずると時間だけが過ぎてしまっていた。
作業するために移動した公園には軽く雪が積もっていて、それがまたホワイトクリスマスの演出に一役かっていて、遅い時間ということもあってカップルの姿がちらほらと見え始めている。
てか、陽キャは大人しく家ではしゃいでろよ!
そんな八つ当たり半ばに、現在進行形でマフラーといちゃいちゃしているキーホルダーへと視線を移した。
「あっ」
あっ、とつい驚きの声が漏れる。
というのも、忌々しいと思っていたキーホルダーであったが、よくよく見てみると、すごく見覚えのあるものと酷似していたのだ。
「どうかしましたか?」
「あっ、その。……そのキーホルダー、だけど、えっと、Vtuberの紅葉れ」
「知ってるんですか!?」
「わわっ」
ずいっと彼女の顔が近づき、反射的に身体をのけ反らせてしまう。
いや、これは違うんだって! 急に近づいて来たからビックリしただけだから。
そんな言い訳を心中でしつつ、忙しない視線を落ち着かせようとキーホルダーへと目を向けた。
「えっと、まぁ。今日のクリスマス配信を見ようと思うくらいには……」
「私も今日の配信、すごく楽しみにしてました! わぁっ、夢みたい。こんな偶然ってあるんだぁ」
共通の趣味が見つかって余程嬉しかったのか。申し訳なさそうにしていた表情を綻ばせ、マンガや小説のような偶然に感嘆している。
女の子ってこういうの好きだもんね。
かくいう自分も、この偶然の出会いに思うところがないでもない。けれども、自分は物語の主人公にはなれないと割り切ってもいるため、ここから恋に発展するとか、そういう過度な期待はしていなかった。
まぁ、あわよくば知り合いくらいにはなれないかなと。ほんのちょっとの期待と下心は抱いていたが、
「あのっ、よかったら連絡先交換しませんか?」
「うぇっ!?」
「今日のお詫びとか、あとはその、Vtuberについて一緒にお話ししたいな。なんて」
うっすらと頬を染めてはにかむ女性。かわいい。
もしかしてこれが俗にいう逆ナンってやつなのか。陰キャの自分には一生縁がないと思っていたが、なんと実在したらしい。
「えっと、そのっ。不束者ですが、よろしくお願いします?」
「ふふっ、こちらこそ。不束者ですが、よろしくお願いしますね」
突然の事態に混乱する頭で、なんとか返答を考えようとするも言葉が纏まらず。すっかり空いた間に耐えられなくなり、焦燥に駆られて覚束ないまま返事をする羽目になってしまう。
そんな自分をバカにするでもなく、彼女は良い返事を貰えたことに笑みをこぼすとさっとこちらの腕を取った。
「あっ」
「配信、今ならまだ間に合うと思うんです。だから、よかったらあちらのベンチで一緒に見ませんか?」
クリスマスのイルミネーションにも劣らない、彼女のキラキラと輝く瞳から目が離せない。
うなづくことも忘れて魅入っていると、それを肯定と受け取ったのか、腕を引かれて促されるままベンチへと腰を下ろす。
「よかった、まだ配信してる。はい、どうぞ。外だと他の人の迷惑になりますし、片方だけですがイヤホンを使ってください」
「あっ、ありがと」
今日出会ったばかりの女性と、寒空の下、公園のベンチで一つのイヤホンを共有しながら動画配信を見る。
それ、なんて美少女ゲーム?
アオハル真っ最中のような急展開に、どこか他人事のような心地が抜けきらないが、推しの配信をリアルタイムで見れるという誘惑には勝てずイヤホンを耳へとつける。
アオハルかよ!? アオハルだよ!!!
遅れてきた青春にドギマギしつつ、推しの配信を小さな画面を共有しながら一緒に見ていく。
「くしゅんっ」
何度目かの短い会話を終えた頃。
流石にずっと寒い中にいたため身体が冷えたらしく、彼女の可愛らしいくしゃみが静かな公園に響いた。
くしゃみ助かる。って違った。
このままだと風邪引くかもしれないし、なにかないかな。
「あの、よかったらこれ」
「え?」
ふと目に入ったのは、こうなった元凶のマフラーであった。因みに同じく元凶のキーホルダー付きだ。
それを手に取って彼女に渡すと、一瞬ぽかんとしたが、すぐにその意図に気がついてくれたらしい。
だが、彼女はこちらに遠慮してか、躊躇した様子を見せて一向に受け取ろうとはしてくれない。
とはいえ、こちらとしても、気障なことをして恥ずかしい気持ちもあるので、耐えられなくなる前に有無を言わさず押し付けるように手渡した。
「優しいんですね。ありがとうございます。……あっ、そうだ! こうすれば二人で使えますよ」
名案とばかりに彼女はマフラーを二人の首に巻き始める。でもこれ、どう考えても無理があるんだけど。
一人用のマフラーでは長さが足りず、幸か不幸か、密着するように自然と二人の距離が近くなった。
だから、アオハルかよ!
そんなツッコミを内心でしてないと正気でいられないほど、初めての経験に、心臓は今にも爆発しそうなくらい激しく音を立てていた。
まつ毛、長いなぁ。なんかいい匂いするし。あんまり気にしてなかったけど、胸、おっきいよね。
「あの、ちゃんと見てますか?」
「み、見てるよ。胸、大きいよね!」
「もぅ、……えっち」
「あっあっ、ごめんなさい。でも、違うんです!」
推しの胸が大きかったことで、なんとか彼女の胸をチラ見していたことはバレなかったが。その代償としておっぱい星人と思われてしまった。
いや、まぁ大きなお胸は好きだけど!
とはいえ、流石に初対面の女性に、巨乳好きを知られるのはちょっと……。せっかく仲良くなれそうだったのに。
すっかり黙ってしまった彼女。その間、配信の音声が流れ続けていたのは正直助かった。気まずかったし。
だが、その配信もつい先ほど終わってしまい、嫌な静寂が二人を包み込んでいた。
「えっと、さっきのはその、あの」
「……もぅ、仕方ないなぁ。男の子、だもんね」
困ったように笑みを浮かべると、他の女の子にああいうことを言ったらだめだよと、お叱りの言葉を彼女から貰った。
天使か? 天使だわ。
それに引き換え、お前ってやつはホントにもう。……反省してます。
「あっ。そう言えば連絡先、まだ交換してませんでしたね」
「あぁー、そう言えばそうだっけ」
「そう言えばそうですよー」
少しだけ縮まった距離感を嬉しく思いつつ、慣れない手つきで交換を済ませると、家族と仕事関係しかなかった連絡先に彼女の名前が追加された。
あ、今まで名前すら知らずにいたんだ。
そこでお互いに名乗っていなかったことに漸く気がついた。とはいえ、普段から相手の名前を呼んだりしないので、不便さを感じたりはしていなかったが。
「あは、おかしいですね。一時間くらいずっと一緒にいたのに、お互いに名前を知らずにいたなんて」
「あはは、そうだね」
彼女も同感だったらしく、二人しておかしいと笑い声を溢す。
一頻り笑ったあと、彼女は改めて名前を名乗って自己紹介をしてくれた。きっと彼女なりに思うところがあったのだろう。
出会い方は決して良いとは言えず、名前を知らないまま盛り上がり、連絡先の交換でお互いの名前を知ったなんて。文章に起こすと、まるでナンパみたいだし。
「あなたのお名前を聞かせてくれませんか?」
あまりにあんまりな始まり方だったけど、そのお陰でこうして出会い仲良くなれたのだから、ヨシッってことなのかな。
そう考えると、このマフラーには感謝しないといけないかな。運命の赤い糸ならぬ赤いマフラーかもしれないし。
何はともあれ、彼女と出会えたことで、止まっていた時計の針が漸く動き出したような、なにかが始まりそうな予感がするのだ。
だから、もっと知って欲しい。名前だけじゃなくて他にもたくさんのことを。もっと知りたいと思う。彼女のことを。
つまり、なんて言えばいいのか、えっと、端的に言うと。
「友達に、なってくれませんか」
「はいっ、もちろんです!」
大丈夫、キミがいなくても私は今日も幸せだよ。
だから、いつの日か再会したキミに、友達ができたんだよって、胸を張って言えたらいいな。
「好きな食べ物はチョコレートかな」
「じゃあ、お誕生日はいつですか? 私、お菓子作りが趣味なので。よかったら、あなたの好きなチョコレートを、たくさん使ったケーキを用意しますよ」
「本当に!? あはは……、でも実は、今日が誕生日だったんだ」
「あっ、そうだったんですか!? お誕生日、おめでとうございます。それなら来年は一緒にお祝いしましょうね!」
「っ。……ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
「はいっ!」
花が咲いたような笑顔を浮かべる初めてできた友達に、自然と流れ出る涙を誤魔化すように微笑みを返す。
あの日から癖になっていた、首元をさする手は、いつの間にか止んでいた。
END2『キミの隣で』