最強のチャンピオンになれる少女 作:るーく
『ポケモンはよく育てられているが──バトルの腕がまだ未熟だ』
ジムチャレンジの最後を飾る、チャンピオンとのラストバトルを終えたわたしに対戦相手──無敵のチャンピオンダンデが告げた言葉だ。
彼とのバトルは四対六という数的不利を負いながらも、意外にもほぼ互角に進んでいた。
ポケモンの能力に関してはやや優勢。ポケモンの育て方はわたしの方がダンデよりも優れていたようで、能力自体はミルナたちの方が上だった。
しかし、いかんせん練度と経験が足りてなかったようだ。故に圧倒的な差が付くことは無く、やや優勢止まりだった。
それでも劣勢に陥ることがないのはさすがわたしのポケモンだ。
そして、練度と経験が足りなかったのはわたしも同じだった。
わたしはこのジムチャレンジで初めてポケモンバトルをした。
それ以前のわたしはひたすらポケモンを育てることと探すことに注力していたため、当然ポケモンバトルをしている暇なんてなかった。
でも、それでも勝てると思っていた。
正直舐めていた。
だってポケモン
ポケモンを育てることが何よりも重要であると判断していたのだ。
しかし、蓋を開けてみればどうだ。
ポケモンを育てるのは前提条件で、実際はポケモントレーナーがやっていることは
そんなん知らんもん。
ポケモンを育てるために必要だった技の知識やタイプ相性、特性や道具などについては頑張って覚えた。
だけど、ポケモンバトルの戦術や指示の出し方、技の有効な使い方なんかは全く無知。
果てに、ジムチャレンジャーやジムリーダーの中には盤外戦術まで駆使する者までいた。
わたしも見様見真似でそれらを覚えていき、ジムバッジを八つ揃えた頃にはそれなりに様になっていたと思う。
それでも付け焼き刃なのは変わりなく。
ファイナルトーナメントでは厳しい場面が何度もあり、チャンピオンとの戦いでは指揮官として完敗だった。
敗因はわたし自身の未熟だった。
これではポケモンたちに申し訳が立たない。
一番の相棒であるミルナは、チャンピオンとのバトル後ホテルで意気消沈していたわたしのことを一生懸命に慰めてくれた。
他のポケモンたちもわたしを責めるようなことはせず、わたしが立ち直るまで健気に支えてくれた。
なんていい子たちなのだろうか。
こんな未熟なわたしに愛想を尽かせるわけでもなく。
わたしと一緒にいてくれるのだ。
故にこそ、わたしは決意した。次こそは。
次こそは絶対にあのリザードンに土を付け、無敵のチャンピオンとやらを跪かせてやるのだ。
一度負けたくらいでガラルチャンピオンになるという夢を諦めるつもりなんて微塵もなかった。
しかしそれ以上に、今のわたしを突き動かすのはこの子たちに報いたいという感謝だった。
勝ちたい。勝たせてあげたい。勝ち続けたい。
そして、あの舞台──あの頂点に一緒に立ちたい。
わたしの心にあるのはそんな思いばかりであった。
──なのでわたしは、カントーへ飛び立った。
◇
ポケモンバトルの本場。
と言うと、どこを指すのかは人それぞれに意見が違うところだろう。
我らがガラル地方をポケモンバトルの本場として語る人々も多くいる。
わたしは生まれも育ちもガラルなので、他の地方の詳しい事情は知らないが、ガラルのように年中ポケモンバトルを興業──エンターテイメントとして見ている地方は他にあまりないと聞く。
その点で言えば、確かにガラルはポケモンバトルの本場であると言えるかもしれない。
ならばポケモンバトルの聖地、となればどこを指すのか。
それは誰もが口を揃えてカントー、ジョウト地方と答えるだろう。
もっと言うとカントー地方とジョウト地方の、その境にあるセキエイ高原。
数多のポケモントレーナーがカントー、ジョウトでそれぞれで八つのジムバッジを集め、最後に辿り着く場所。
ポケモントレーナーが夢を見る、最上の舞台。
ポケモントレーナーが夢破れる最果ての舞台。
それこそがセキエイ高原はポケモンリーグ。
ポケモンバトルの聖地にしてポケモンリーグ発祥の地。
ダンデに負けたわたしがいずれダンデに勝つ為にと修行の場に選んだのはセキエイ高原だった。
ポケモンリーグに挑むという意味では無い。わたしはそもそもここのポケモンリーグに興味はあまりないのだ。
頂点に立ちたいのはあくまでもガラルの、である。
目的があるのはセキエイ高原から入ることができるシロガネ山だ。
シロガネ山は標高4000mに近く、生息するポケモンも鬼の様に強い過酷な山だ。
そのあまりにも高い危険性故に一般のトレーナーが立ち入る事は許されておらず、万が一にでも迷い込んでしまっては死者が出てしまう可能性が高いため、ポケモンリーグ委員会に厳しく取り締まられている。
そんなところに修行に行くなんて誰かに言ってしまえば当然止められるため、お父様にはカントーに旅行に行くとしか言っていない。
お父様の言い付けを今まであまり破ったことも無い身としては大きな罪悪感を感じる。
それと同時にイケない事をしているというゾクゾクとした不思議な昂揚感もあるのは内緒だ。人はこうやって不良になってしまうのだろうか。
しかし、旅行とはいえたった一人でカントーに行くなんてことをお父様は許してくれず、結果として侍女を一人付けることになった。
彼女には悪いかもしれないが、途中で上手いこと撒いてシロガネ山に逃げ込むつもりだ。
心配されると思うけど、書き置きを残しておけば大丈夫だろう。
◇
「『修行に行ってきます、探さないでください』……と。これでいいでしょう」
侍女──シャリーが眠っている間に書き置きを残し、こっそりと部屋を出る。
現在の時刻は朝の5時。まだ太陽も上がりきっていない朝早くだ。
夜中に出て行こうとも思ったが、さすがに賑やかなクチバシティの夜に女子供の一人で出て行くのは憚られた為にこんな時間になった。
「おはようミルナ。気持ちのいい朝ね」
「ミー」
ホテルから出て早速ミルナをボールから出す。
ミルナは一声鳴くと、わたしの胸に飛び込んできたので抱えてやる。
ミルナは甘えっ子で昔からよく抱っこをせがむのだ。かわいいので受け入れている。ミルナはゴーストタイプらしく軽いから負担にもならないしね。
「まずは道具を買いに行かないとね、ポケモンセンターは……あぁ、カントーでは道具を売っているのはポケモンセンターではなく、フレンドリィショップだったわね」
フレンドリィショップに訪れると、店内には丁寧に陳列された道具が並び、寝ぼけ眼の女性の店員が迎えてくれた。
フレンドリィショップはポケモンセンターと同様に、年中無休の二十四時間営業を行なっている。
わたしのようなポケモントレーナーからしたらありがたい限りだけれど、ご苦労なことだ。
「ふあぁ……っ失礼しました。ようこそフレンドリィショップへ! お買い物ですか?」
あくびが漏れてしまい照れたように顔を赤くする店員に苦笑し、買い物をする。
『かいふくのくすり』を200個。げんきのかけらを50個。緊急時のあなぬけのひもを1個とピッピ人形を5個。
本当はもっと買い込みたかったのだが、これ以上は持ちきれない。セキエイ高原にもフレンドリィショップがあればいいのだけど。
お金は1000万円しか持ってきていなかったが、この分なら十分そうで安心した。
買い物を終え、フレンドリィショップを出たわたしはいい感じの空き地に来ていた。
「来て、アーマーガア!」
「クルル」
わたしの投げたゴージャスボールから現れたのは黒く大きな身体を包む強靭な鎧に、立派な翼持った『カラスポケモン』のアーマーガア。
わたしが三番目に捕まえたポケモンだ。
わたしの声に応えるように小さく喉を鳴らし、控えるようにわたしのそばに佇む。
彼はミルナと違ってあまり甘えたりはせず、どっかりとしてわたしを支えてくれるポケモンだ。
ミルナがアイドルなら、アーマーガアは仕事人といった感じだろうか。
さすがにミルナほどではないが『個体値』もかなり高い。
「アーマーガア、わたしを乗せて飛んで欲しいのだけど、頼めるかしら」
アーマーガアは静かに頷き、わたしが背に乗りやすいように身体を低く屈めた。
クチバシティからセキエイ高原まではかなりの距離があり、歩いて向かうのでは何日かかるかわからない。
そのため、アーマーガアに乗って行くことにしたのだ。
ガラルではポケモンに乗って空を飛ぶということは一般的ではなく、飼いならされたアーマーガアがワゴンを掴んで空を移動するアーマーガアタクシーというものを使用するのが一般的だ。
当然、わたしのアーマーガアも人を乗せて空を飛ぶ経験なんてないので少し心配だったが、何の気負いもなさそうなアーマーガアのこの様子なら問題はなさそうでホッと胸を撫で下ろした。
「それじゃあ、行きましょうか。早く行かないとシャリーにバレてしまうわ。ミルナも危ないから一度ボールに戻って────」
「──誰にバレてしまうのですか?」
道具も購入して、アーマーガアの背中に乗って空を飛べそうだと確認してさあ出発──というところで、わたしの背後から底冷えするような冷たい声が聞こえる。
ギギギっと音が鳴りそうなほどおそるおそる背後に振り向くと、長い黒髪をポニーテールにした二十歳ほどの年齢に見える侍女服を着た綺麗な女性が立っていた。
彼女はシャリー。カントーにも付いてきたわたしの専属の侍女である。
「あ、あらシャリー……えぇと、
「えぇ、おはようございます。それで、これは何ですか?」
その手にはわたしが朝書いてホテルの部屋に置いてきたはずの書き置きが握りしめられている。
声音の割に穏やかに笑みを貼り付けたその表情はかえって恐ろしさを助長させ、「ぐちゃぐちゃに握りしめられたこの書き置きがお前の末路だ」と声無き声を感じさせるほどに──怖かった。
「えっと……あの、その──ごめんなさいっ!!」
こういう時は、素直に謝るに限る。
以前わたしがまだ幼かったときの話だが、就寝前に小腹が空いてしまい厨房に忍びこんで、お菓子を好き放題食べ散らかしたことがあった。
当時のわたしは、一日に決められた数しか食べさせてくれないクッキーやチョコレートをいくらでも食べられると思って、天国だと思って、遠慮手加減無く食べまくった。
しかし、不運にもたまたま近くを通りがかったシャリーがちょっとした違和感からわたしの存在に気付き、それはもう怒られた。盛大に怒られた。烈火の如く叱られた。
わたしがシャリーの言い付け──ついでにお父様の言い付けを絶対遵守するようになったのはこの時からだ。
端的に言ってトラウマなのだ。
しかし、わたしは失敗から学ぶかしこい貴族なのだ。
わたしに非があるときは即謝る。
これが処世術というものだ。
「……まぁ、いいでしょう。お嬢様が色々とお悩みでいられたのは存じています。あのクソ男に勝つための修行、というのはお嬢様にとって大切なことなのですよね。ですが、素直に一言言ってくだされば別に止めたりはしなかったのですが……」
シャリーが困ったように微笑む。
その表情はさっきまでの貼り付けた笑みとは異なり、心から漏れ出た苦笑のようでホッとする。
シャリーが怒ったら激烈に怖いのだ。二度とゴメンである。
ちなみにクソ男とはダンデのことだ。
わたしがダンデに負けたとき、シャリーは泣いた。ともすればわたし以上に悔しがり、「あのクソ男を殺してやる」なんて言い出すほどにシャリーは荒れた。そのときはお父様と一緒に必死で止めたが。
わたしがミルナたちに慰められたとはいえ、あっさりと立ち直ったのはある意味ではシャリーのおかげだ。
人間、どんなに悔しいことや辛いことがあったとしても、それ以上に荒れている人を見ると多少の冷静さを取り戻す生き物だ。
放っておくと警察のお世話になりそうなシャリーを抑えるのに夢中だったとも言える。
何はともあれ、シャリーのおかげであった部分は確かにあるので感謝しているし、今となっては笑い話の一つだ。
しかしシャリーの怒りを未然に防ぐことはできたが、これからどうしようか。
当然ながらこのままシロガネ山に行くなんて無理だ。
再三言うがシロガネ山は超危険なのだ。そんな場所で修行なんて絶対に許されるはずがない。
そして、シャリーもまた失敗から学ぶ人間である。
もう今朝のような脱走をするチャンスは二度と来ないだろう。
仕方ない。無難にカントーのジムバッジを集めてポケモンリーグに挑戦しようかな。
修行の強度はかなり下がってしまうが、致し方ないだろう。
何もしないよりかは良い。
「ところでお嬢様。どこに修行に行くつもりだったのですか?」
「……ん? あぁ、シロガネや……ま……」
やばい。
考え事に集中しすぎていたせいでついうっかり口を滑らしてしまった。
シャリーの表情が、とても綺麗な笑みを作る。
しかし、その瞳は一切笑っていない。
「──お嬢様、お話があります。当然、聞いてくれますね?」
「…………はい」
わたしたちの一部始終を見ていたアーマーガアはやれやれと首を振った。
このあとめちゃくちゃおこられた。
ガラルのチャンピオンを目指す話なのに、二話目にしてカントーに飛ぶ暴挙