―――五河家、俺の部屋。
十香と家に帰宅した俺は、ベット上に寝転んでいた。
十香の方はフォローが成功したけど、四糸乃の方がな……
せっかくいい感じだったんだけどな……
すさまじいタイミングで十香も現れたもんだ。
『―――刃。ちょっといい?確認しておきたいことがあるのだけれど』
「何だ?って大方、四糸乃の力が封印できなかったことについてだろ?」
『あら、よくわかったわね。刃、あなた、ちゃんとよしのんとキスしたのよね?』
「まず、そこから訂正しろ。よしのんはパペットの名前だ。精霊の名前は四糸乃だ」
『そうだったの?わかったわ。それで、四糸乃とキスしたのよね?』
「あぁ、したぞ」
確かにしたがが、まぁ事故のようなものだったけど。
役得です。
『―――刃も言っていたように、キスしたのに精霊の力がまったく封印されてないみたいなのよ』
「ふぅん……」
『ふぅんって。それだけ?他に何かないの?』
「だってわかってたし。キスした時に十香の時みたいに力が流れ込んでこなかったからな」
『な!?先にそれを言いなさいよ!!』
えぇ……
どんどん話を進めていったのは琴里じゃん。
『まぁいいわ。それがわかっただけでもかなりの収穫だわ』
「そうか……」
『それじゃね』
「あぁ」
はぁ……
もう寝ようかな。
色々ありすぎて疲れた。
―――翌日。
「だぁ~……ねみぃ」
今何時だ?
スマホに電源を入れて画面で確認する。
八時三十九分
何かいつも三十九分に起きるな。
しかし何をしよう。
久しぶりにゲーセンにでも行くか?
そうれがいい、そうしよう。
クローゼットから適当に服を選び、着る。
そして洗面所で髪を整える。
そして家の外に出る。
琴里は寝ていたな……
鍵を閉めて行くか。
うわぁ……雨降ってるし。
―――街。
しばらく歩くと、見覚えのある後姿が目に入った。
ウサギのような耳がついた緑色のフードを見つけた。
ウサミミ、いいですね。
昨日の空間震によって破壊され、立ち入り禁止になっていたエリアの向こうに、四糸乃がいた。
俺は近くにあった塀に身を隠す。
そして、四糸乃の様子を見つめる。
まるでストーカー……
いやいや、俺はストーカーじゃない!!
それは置いておいて。
警報はまた鳴っていない。
十香と同じパターンだ。
そう言えば、前回も四糸乃がこっちに来たときは空間震は起こらなかったよな。
四糸乃はそういうタイプの精霊なんだな。
声でもかけてみるか……
「―――四糸乃」
俺の声に反応して、四糸乃がこちらに振り返る。
だが、顔を蒼白にして歯をカチカチと鳴らし、全身を小刻みに振るわせてた。
「……ひっ、ぃ……っ」
そして、今にも泣き出してしまいそうな顔を作り、右手をバッと高く掲げる。
おぉっと、これは天使を顕現されちまうな?
「大丈夫だ、何もしねぇよ」
俺はやさしく四糸乃を抱きしめる。
一瞬、ビクッとして攻撃をされそうになったが、恐る恐るといった調子で右手をもとの位置に戻し、俺の顔を見てきた。
目尻には、涙があった。
ちょっとビビりすぎじゃないか?
「そういえば、パペットはどうした?もしかして探しているのか?」
「……!!」
俺が言った瞬間、四糸乃がカッと目を見開いた。
そして、俺の頭をガッ掴み、問い詰めるように揺さぶってきた。
「……っ!!……っ!?」
「ちょ、まっ、やめなさいって」
そう言うと、四糸乃がハッとしたように俺の頭から手を離した。
「やっぱり探しているのか……」
四糸乃が、何度も力強くうなずく。
それから、不安そうな瞳を俺に向けてきた。
まるで、パペットの所在を問うように。
「ごめんな。俺もどこにあるかはまだわからないんだ」
そう言うと、四糸乃はこの世の終わりを告げられたかのような顔をして、その場ニヘナヘナとへたり込んだ。
そしてそのまま顔をうつむかせ、「ぅえ……っ、ぇ……っ」と嗚咽を漏らし始めた。
「大丈夫だ、俺が見つけてやる」
「……!!」
そう言うと、四糸乃の顔がものすごく晴れやかになった。
それを確認した俺は『答えを出す程度の能力』でパペットの在り処を探す。
Q.四糸乃パペットの在り処はどこ?
A.鳶一折紙の家にあります。
え……?
えぇ……!?
何でやねん!!
あれか?この前のデパートで何かあったのか?
そうなんだろ?てか、それしかねぇだろ!!
一応、いつどこでなくしたか聞いておこう。
「いつどこでなくしたんだ?」
「……き、のぅ……こわい……人たち、攻撃……され……気づいたら……、ぃなく、なっ……」
「そうか……」
やっぱり、AST共に襲われて、その時になくしたのか。
だから折紙の家にあると……
多分、折紙が拾ったんだろうな。
どうしようか?
このまま折紙の家に行ってもいいが、そうすると四糸乃と別れないといけなくなるな……
今はこのまま四糸乃と一緒に歩きながら探して、後で俺一人で折紙の家に行くか?
それがいいだろうな。
「それじゃ、行こうか四糸乃」
するとコクッとうなずき、歩き出そうとする。
俺は手を握ろうと手を差し出すと、
「……!?」
ビクッとふるえた。
瞬間、四糸乃の周囲の雨が突然、針のようになって俺の方に飛んできた。
もちろんそれは、ATフィールドによる自動防御で防げる。
「ごめんな、驚かせちまったか。手を握りたいだけだったんだけど……」
「……?」
四糸乃が、なんで?といった表情でこちらを見てくる。
だが、少しすると恐る恐るという感じで左手を差し出してきた。
俺は右手でそれと握る。
「あぁ、そうだ。これ」
ビニール傘を創造して、四糸乃に見せる。
「? ? ?」
「これはな、こうやって使うんだ」
不思議そうに首を傾げる四糸乃の手に握らせ、差してやる。
すると、雨粒が自分の身体に触れなくなったことに驚いたのか、四糸乃が目を丸くして頭上を見やった。
透明なビニール傘に当たって雨粒が弾け、きらきらと光りながら落ちていく。
「……!!……!!」
四糸乃が興奮気味に、俺とつないでいる方の手をブンブンと振る。
「気に入ったのか?ハハハ……」
ちなみにこの傘、かなりの大きさなので俺と四糸乃が一緒に入っても余裕だ。
そして、パペットを探し始めてから、だいたい二時間がたった。
俺は前髪をかきあげながら、隣でパペットを探す四糸乃の方を向いた。
何やら、やたらと可愛い音が響いたような気が……
四糸乃はまたも怯えるように肩を震わせたが―――少しは俺の声に慣れたのか、水の弾丸や針を放ってはこなかった。
「お腹がすいたのか?」
俺が問うと、四糸乃は顔を真っ赤にしてブンブンと首を横に振った。
しかし、そのタイミングでまたもお腹の音が鳴る。
「……………っ!!」
四糸乃はその場にうずくまると、フードを引っ張って顔を完全に隠してしまった。
精霊も、お腹はすく。
そう言えば、十香もかなりの量を食べていたな。
でも、あんなに食べてもあのスタイルとは……
すさまじいな、精霊!!
「四糸乃、少し休憩しようか」
そう言うと、四糸乃は首を横に振った。
だが、そこでまたお腹が鳴る。
「……!!」
「無理は良くないぞ。おまえが倒れたらよしのんが探せなくなるぞ」
四糸乃は少しの間、考えを巡らせるようにうなってから、躊躇いがちに首肯した。
場所は家でいいか。
ゆっくりとできるし。
それにちょうど十香は令音が連れだすって言ってたし。
―――五河家。
四糸乃をリビングにあるソファに座らせて待たせる。
でも落ち着かない様子で周りをきょろきょろ見回している。
そんな姿も可愛いです。
さて、冷蔵庫の中にはなにがあるかな?
……食材が、ない!?
あー……十香がよくおいしいおいしいって食べてくれるから調子に乗って作りすぎたのか……
まさか食材がそこを尽きるとは……
だがそんなの関係ない!!
食材がなければ創造すればいいじゃない♪
だったらそのまま料理を創造すればいいか。
というわけで……
「はい四糸乃。虹の実のパフェだ」
虹の実を大胆に五個も使ったパフェでございます。
「さて、いただきます」
もちろん俺の分もありますよ。
俺が手を合わせてそう言うと、四糸乃もその仕草を真似るようにペコリと頭を下げた。
萌えぇぇぇぇぇぇぇ!!
もう四糸乃ためだったらなんでもしちゃうかも!!
四糸乃はスプーンを手に取り、虹の実パフェを一口、口に運んだ。
「……!!」
するとカッと目を見開いて、テーブルをぺしぺしと叩いた。
「お?」
だが、俺が目を向けると、恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。
その後も、四糸乃は何かを伝えたいらしいが、言葉を発するのが恥ずかしい、みたいな顔を作ってから、ぐっ、と俺に親指を立ててきた。
「そうかそうか、じゃんじゃん食べていいからな。まだいくらでも作れるし。でも食べ過ぎるなよ?動けなくなったら大変だからな」
どうやら気に入ってもらえたらしい。
よほどお腹が減っていたらしく、四糸乃は小さな口を目一杯広げ、すぐにそれを平らげてしまった。
でも、おかわりを催促してこないあたり、結構お腹が膨れたのだろう。
「あぁ、そういえばさ、よしのんってさ、おまえにとってどんな存在なんだ?」
俺が何気なく訊くと、四糸乃は恐る恐るといった調子で、ただただしく唇を開いてきた。
「よしのん、は……友達……です。そして……ヒーロー。です」
「ヒーロー?」
俺は思わず訊きかえしてしまった。
四糸乃はうんうんとうなずいた。
「よしのんは……私の、理想……憧れの、自分……です。私、みたいに……弱くなくて、私……みたいに、うじうじしない……強くて、格好いい……」
「理想の自分か……でも俺は今の四糸乃が好きだな」
俺がそう言った瞬間、四糸乃は顔をボンっ!!と真っ赤に染めて、背を丸めながらフードを手繰って顔を覆い隠してしまった。
「どうした?」
俺が顔を覗き込むようにしながら声をかけると、四糸乃がフードを握っていた手を離し、そろそろと顔を上げた。
「……そ、んなこと、言われた……初め……った、から……」
「そうか……でも本当のことだからな」
そう言うとますます顔を赤くしてしまった。
俺は四糸乃に向き直る。
「あのさ、おまえはASTに襲われてもほとんど反撃しないよな。何か理由でもあるのか?」
すると、四糸乃は顔をうつむかせた。
霊装のすそを、ぎゅっと握るようにしてから、消え入りそうな声を出す。
「……わ、たしは……いたいのが、きらいです。こわいもの……きらいです。きっと、あの人たちも……いたいのや、こわいのは、いやだと……思います。だから、私、は……」
気を抜くと聞き逃してしまいそうな小さな、かすれるような声音だ。
おいおい、四糸乃……おまえはどれだけ強いんだ?
俺や十香とはベクトルのちがう強さだけど、それよりもすごいものを四糸乃はもっているようだ。
四糸乃が全身を小刻みに震えさせながら言葉を続ける。
「でも……私、は……弱くて、こわがり……だから。一人だと……だめ、です。いたくて……こわくて、どうしようも、なくなると……頭の中が、ぐちゃぐちゃに……なって……きっと、みんなに……ひどい、ことを、しちゃい、ます」
後半は涙声だった。
ずずっと洟を啜るようにしてから、さらに続けてくる。
「だ、から……よしのんは……私のヒーロー……なんです。よしのんは……私が、こわく、なっても……大丈夫って、言って……くれます。そした、ら……本当に、大丈夫に……なるんです。だから……だ、から……」
俺は四糸乃を優しく抱きしめた。
そして自分の膝の上に乗せて後ろから、また抱きしめる。
やさしく頭を撫でる。
「……っ、あ……っ、あの―――」
「大丈夫だ」
「―――っ、……?」
「俺がお前を守ってやる。救ってやる」
四糸乃表情は見えない。
でもじたばたしてないということはこのままでもいいということだろう。
「絶対によしのんを見つけ出す。そしておまえに渡す。それだけじゃない。もうよしのんに守ってもらわなくてもいいように、俺が、おまえに『いたいの』とか『こわいの』なんて絶対に近づかせねぇ。俺が、おまえのヒーローになってやる」
ガラでもない。
でも言う。
四糸乃は強い。
そして、優しい。
でも、その優しさは一切自分には向けられていない。
だったら、それを俺が与えてやる。
俺にできるのはその程度。
だって俺は―――
万能なだけの人外だから。
「……?……?」
四糸乃はしばしの間目を白黒させていたが、数十秒ののち、小さく唇を開いてきた。
「……あ、りがとう、ございま……す」
「あぁ」
四糸乃は素直にそう言ってくれた。
そして、声を発した際に、その可愛わしい唇に目がいった。
「……?刃、さん……?」
四糸乃が小首を傾げて俺の方を見てくる。
「あー……そう言えばこの前はすまなかった」
「え……?」
「いや、事故とはいえキスしちゃったからな」
俺はもちろんうれしいよ。
でも、女の子の四糸乃からしてみれば一大事のはずだ。
しかし、四糸乃は、キョトンした様子で目を丸くし、再び首を傾げた。
もしかして、キスの意味をしらない?
「……キスって、なんですか?」
「ん?あぁ、唇と唇を合わせる―――触れさせることかな」
俺が説明をすると、四糸乃はまたもよくわからないといった表情を作ると、俺の目の前に顔を突き出してきた。
「こう、いうの……です、か?」
「まぁ、そうだな」
少し顔を前に出せば、キスできる距離だ。
四糸乃は少しうなると、これまた小さな声で言った。
「……よく、覚えて、いません」
「……そうか」
そんな返答を聞いた俺は、少し安心したような、残念なような気持ちになった。
その瞬間だった。
「ヤイバ!!ただいまだぞ!!」
突然扉が開かれたかと思うと、朝方家を出たはずの十香が、リビングに入ってきた。
そして、今にもキスをしてしまいそうな距離でいる俺と四糸乃の姿を見るなり、ぴき、と身体を固まらせる。
「あ、十香。おかえり」
「……ひ……っ」
四糸乃は異常感じたらしく、小さな声を漏らした。
でも、それは仕方のない事だと思う。
だって、リビングの入口に静かに佇む十香からは、言葉にはしにくいプレッシャーが漏れ出している。
「………………」
十香は、無言のまま、穏やかぁーな笑みを作ると、そのままゆっくりとした足取りでリビングに入ってきた。
もちろん目にはハイライトが入っていない。
ビクッ、という感触が身体に伝わってきた。
どうやら四糸乃が身を震わせたらしい。
「十香、これはな―――」
最後まで言えなかった。
十香は俺たちの脇を通り過ぎると、リビングを抜けてキッチンに向かい、冷蔵庫や棚からありったけの食料と飲み物を持ち出し、そのまま廊下へ出て行ってしまった。
でも、冷蔵庫には何も入っていないぞ……
扉の先から、ダダダダダダっ、という足音が聞こえ―――それが二階に到達すると、今度はバァン!!と、乱雑に扉を閉めるような音が聞こえてきた。
……部屋に閉じこもってしまったらしい。
そして、膝からも重量感が消えているのに気が付く。
「四糸乃も帰っちまったか……」
それにしてもタイミング悪すぎだろ……