―――???。
ものすごい数のミサイルが空を覆っていた。
きっとASTが四糸乃に向けて撃ったものだろう。
ASTも学習しないな。
ミサイルが効果ないことは分っているんだから、他の装備で攻めればいいのに。
だからと言って、ASTを援護するわけではないが。
さて、準備も整ったわけだから……四糸乃を救いに行くか。
―――交戦地。
おぉ……
ド派手にかましてませすね、ASTの皆さん。
それであそこにいるのが四糸乃か。
滑らかで無機質なフォルム。
頭部にはウサギのような長い耳。
間違いないな……四糸乃の顕現させた天使〈氷結傀儡(ザドキエル)〉だ。
「―――四糸乃ぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「………!!」
猛スピードで迫ってきた人形の背に張り付いていた四糸乃が、ぴくりと反応を示した。
どうやら俺に気づいたらしい。
凍りついた地面をいおうするように 移動していた〈氷結傀儡〉が、俺の目の前に停止する。
そして、鈍重そうな人形が身をかがめたかと思うと、その背に張り付いていた四糸乃が、涙でグシャグシャになった顔を上げた。
「四糸乃……久しぶり」
「……刃さ、ん……?」
なぜに疑問形?
あぁ、そうか。
狐の面をつけているから顔が見えないもんな。
狐の面をはずして顔を見せる。
「おう」
「………!!」
四糸乃が身を起こし、うんうんと首を縦に振る。
その際、四糸乃が〈氷結傀儡〉の背に開いた穴に差し込んでいた腕を抜く。
四糸乃の指にはそれぞれ指輪のようなものが輝いていた。
そこから〈氷結傀儡〉の内部に、細い糸のようなものが伸びていた。
もしかして、操り人形の容量で〈氷結傀儡〉を操っていたのか?
「おまえに渡したいものがある」
「……?」
四糸乃が、涙を袖で拭ってから、問うように首を傾げる。
「これだ―――」
俺が空間倉庫からよしのんを出そうとした時だった。
俺の背後から四糸乃目がけて光線のようなものが放たれた。
四糸乃の肩口と頬のあたりを掠めやがった!!
狐の面を付け直してから、ゆっくりと後ろに振り返る。
そこには、仰々しい装備に身を包んだ折紙が、巨大な訪問を掲げながら浮遊していた。
「折紙……!!」
しかもそれだけじゃない。
いつの間にか俺と四糸乃も周囲にAST共が集結していやがった。
『―――そこの狐も面をつけている人。危険です。そこの少女から離れなさい』
機械を通したような音声で、隊長と思しき女から事務的な台詞が発せられる。
「ぅ―――ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……ッ」
声の方向に視線を移す。
四糸乃が、AST共の姿を見て、ガタガタと身体を震わせている。
「ぁ、っぁああ、ぅあああああっぁぁぁぁぁぁぁ―――っ!!」
四糸乃が叫ぶ。
四糸乃は再び両腕を〈氷結傀儡〉に差し入れる。
そして、凄まじい冷気ををあたちにまき散らしながら、後方へと滑っていった。
四糸乃に操られた〈氷結傀儡〉は、ゴォォォォォォォォォォ―――――という音を立てながら、周りの空気を吸い込んでいった。
「おっと……寒ぃなぁ」
寒い。
ひたすら寒い。
そんなことはどうでもいい。
周囲に展開したAST共は、大気を吸い込み始めた〈氷結人形〉に、繰り返し攻撃を仕掛けるが、それらは全て周囲の雨には阻まれていた。
そして、四糸乃が〈氷結傀儡〉から、凄まじい冷気の奔流を放つ。
「あっぶ……」
もちろん、そんなものは俺には届くわけがない。
ATフィールドの自動防御で簡単に防げる。
これを見た四糸乃は、得体のしれないものを見たような顔を作り、すぐ〈氷結傀儡〉を操って、凄まじいスピードで逃げていった。
ASTどももスラスターを駆動させて、それを追っていく。
さて、俺も行動を起こしますか。
「影分身の術」
ボン、と音をたてて分身が一体出現する。
「それじゃ、AST共の足止めよろしくね」
「わかったぜ、俺」
そう言って、分身がAST共の方に向かった。
AST程度なら分身でも余裕だ。
俺はその間に別の行動に出る。
四糸乃の結界への侵入だ。
結界付近に着く。
うーん、どうしたものか。
突入でいいかな?
いいよね。
いいですよね?
そうだ、そうしよう。
俺は結界に向かって歩き始める。
何事もないかのように、普通に買い物に行くかのように歩く。
一歩、また一歩と踏み出していく。
結界に突入する。
ガガガガガガ、と何かが削れるような音が聞こえる。
ATフィールドと結界がぶつかり合っているのだろう。
そして、結界内への侵入に成功する。
「よ、し、のん……っ……」
結界内に入ると、四糸乃のこえが聞こえてきた。
涙にぬれた声で、友達の―――よしのんの名前を呼ぶ。
『は・あ・い』
「……………ッ!?」
四糸乃はビクッと肩を震わせると、バッと顔をあげて、あたりを見回し始める。
「―――!!」
そして、四糸乃は涙をぬぐって目を見開いた。
よしのんを見つけたようだ。
俺?
あぁ、今ステルス中です。
だから四糸乃からは見えませんよ。
「!! よしのん……っ!?」
四糸乃は叫ぶと、〈氷結傀儡〉の背から飛び降り、そちらにパタパタと走っていった。
可愛い……
もう、四糸乃、最高。
もうそろそろ、姿を現しても大丈夫だろう。
「―――四糸乃」
「……!?刃さ、ん……っ」
姿を現すと、一瞬驚いたような表情になるが、すぐにパァ、と笑顔に変わる。
そして、またパタパタと走って俺に抱き着いてくれた。
抱き着いてくれたお。
抱き着いて、くれたお。
もう、満足です。
四糸乃に頼まれたらもう、何でもやっちゃうよ。
「さて、四糸乃。約束通り、おまえを助けに来たぞ」
すると、四糸乃は目を丸くして、
「う、ぇ、ぇぇぇぇぇ……」
目に涙を溜め、泣き出してしまった。
「ど、どうした!?」
「来て、くれ……嬉し……て……っ」
そう言って、再び「うぇぇぇ……」と泣き出してしまう。
俺はやさしく四糸乃を抱きしめて、右手で頭を撫でる。
「ありが、とう……ござ、ます」
不意に、四糸乃が頭を下げてきた。
「ん?」
「……よしのんを、助けて、くれて」
「あぁ……次はおまえだ。四糸乃」
「え……?」
四糸乃が不思議そうにそう返してくる。
「おまえを助けるにはな、一つ、やらなければならないことがある」
「なん……ですか?」
「キスだ」
四糸乃が一瞬キョトンとした顔を作る。
そして―――
「ほぇ?」
思わず、そんな言葉を発してしまった。
四糸乃が、俺の唇にちゅっ、と口づけをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
瞬間、身体に精霊の力が流れ込んできた。
「―――四糸乃」
「……?」
四糸乃が、小さく首を傾げた。
「違い……ました、か……?」
「いや、違わない」
俺がそう言うと、四糸乃はこくりと首肯した。
「刃、さんの……言うことなら、信じます」
と、その瞬間―――四糸乃の後方に佇んでいた〈氷結傀儡〉や、纏っていたインナーが、光の粒になって空気に溶けて消えていく。
そして、俺と、四糸乃を囲っていた吹雪の結界も、急激に勢いをなくしてかき消さていった。
四糸の肩が、驚いたようにビクッと震える。
「……っ、し、刃さ……これ―――」
四糸乃は何が何だかわからないと言った様子で、目をぐるぐると回した。
そして半裸状態の身体を隠すように、身をかがめる。
あ、そう言えば霊装も消えるんだったな。
浴衣を創造して、四糸乃の前に出す。
「これ、着てくれ」
「すいま、せん……」
浴衣を受け取った四糸乃だったが、すぐに首を傾げる。
「こ、れ……どうや、着る……ですか?」
「あぁ……えぇと―――」
まぁ結局、着せてやりましたよ。
「ん……」
四糸乃が、眩しそうに目を細めた。
雲の切れ間から―――太陽の光が注いできている。
「暖か―――い……」
まるで初めて太陽を目にしたかのように、四糸乃が小さな驚嘆を発する。
本当に初めてかもな……四糸乃がこっちに来るときはいつも雨が降ったいたからな。
「き、れい……」
ぼうっと、呟くように、四糸乃が、天を見上げて言う。
俺もつられて顔を上にやる。
灰色の雨雲が掻き消えた先には―――見事な虹が、かかっていた。
そんな時、不意に不思議な浮遊感に包まれる。
この感覚は〈フラクシナス〉の転送装置だな。
さすがに見つかってるよな。
あぁ……何て言われるんだろう。
―――交戦地。
「ほらほら、自慢の装備が台無しだぞォ!!」
「ぐっ!!」
おっす、オラ、分身。
ただ今ASTと遊んでいまーす。
それにしても弱いねぇ。
装備の性能は良いのだろうけど、使う奴がなぁ……
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫びながら特攻してくる者まで出てきた。
そんな風に突っ込んで来たら―――
「破ッ!!」
「うぐぅ!!」
簡単にカウンターを当てられる。
腹に拳をぶち込む。
ぶち込まれたASTの隊員はビルを貫通しながら吹き飛んでいく。
「何よ……これ……これじゃあ、精霊以上じゃない!!」
AST共のリーダーだと思われる人物が叫ぶ。
リーダーがそんなことでいいのかよ。
「あなたは一体何者なの……?」
リーダーが訊いてきた。
「何者って……人間だよ」
「人間?馬鹿を言わないで!!何の装備もしていない人間がどうしてASTにここまで―――」
そこから先は言わなかった。
否、言えなかったのだ。
四糸乃が張っていた結界が砕け散ったのだ。
おぉ、俺がどうやら成功したようだな。
それなら俺の足止めもここまでだ。
「じゃあねASTのお姉さん。また、会えたらいいね」
「ま、待ちなさい!!」
俺は、消える。
そのままの意味だ。
ボン、と音を立てて術が解ける。
そこには、分身(俺)という存在はいなかった。
―――フラクシナス。
「で?言い訳から訊こうかしら」
「……おまえに連絡してもさ、意味なくね?」
ピキ、と琴里の額に青筋が立つ。
「それでも!!連絡ぐらいいしなさいよね……」
「わかった」
琴里の心配そうな顔を見てしまったら断れるわけがないだろう。
「―――ヤイバ!!」
俺の名前を呼ぶ声がした、と思ったらすぐに背中に重量感とすさまじく気持ちの良い感触が。
「十香……」
「無事だったか!!心配したんだぞ!!」
「怒ってないのか?」
「うむ!!どうやら私の勘違いだったようだからな。それに、そこの娘も精霊なのだろう?なら仕方のないことだ」
「そういうものなのか……」
十香の判断基準がわからない。
いや、マジでわからない。
「ひ……っ」
四糸乃が怯えたような声を上げて、俺の陰に隠れた。
どうやらまだ十香のことが苦手らしい。
「大丈夫だぞ四糸乃。こいつは十香。おまえと同じ存在だ」
俺がそう言うと、四糸乃は恐る恐る十香の顔に目をやる。
「十、香……さん」
「……ぬ」
十香は少し複雑そうな表情で四糸乃を見た後、「うむ」と小さくうなずいた。
そして、俺と四糸乃は検査のために移動を始めた。
―――五河家。
「なんだよこれ……」
四糸乃の力を封印した日から二日。
検査を無理やり終わらせた俺は、ようやく家に帰ることができたのだが……その日、朝起きてみると、五河家の隣にマンションのようなものが聳えたっていた。
二日前までは空き地だったスペースに、突如として、ドン、と。
「何って……言ってなかったっけ?精霊用の特設住宅を造るって」
と、後ろから琴里が眠たげに目をこすりながら言ってきた。
「そういえば言っていたな……」
「えぇ。見た目は普通のマンションだけど、部地理的強度は通常の数百倍、顕現装置も働いているから、霊力耐性もバッチリよ。多少暴れても、外には異常が漏れないわ」
「ふぅん……」
さすが、と言ったほうがいいのか?
たった一日二日でここまで仕上げるとは……
あぁ。でも顕現装置を使えば簡単か。
「―――というわけで。明日から十香は隣の家で暮らしてもらうことになるわね。もう十香はには言ってあるわ。今頃荷造りしてるんじゃないかしら?」
「ノオォォォォォォォン!?」
クッ、やっぱりそうなのか!?
やっぱり十香と一緒に暮らせないのか!?
最近は琴里も帰ってこないし……
俺は……俺は一体どうすればいいんだ!?
そんなことを考えているときだった。
可愛らしいワンピースを纏い、頭に顔を覆い隠すようなキャスケットを被った少女が、飛び跳ねるように走ってきた。
「四糸乃!!」
身に纏っているものは霊装ではないがわかった。
なぜなら、左手にはウサギのパペット、よしのんを着けていたのだから。
『やっはー。刃くん』
よしのんがパクパクと口を動かしながら、甲高い声を響かせてくる。
『やー、やっと会えたねぇ。助けてもらったのにお礼が言えなくてごめんねー』
「んにゃ、別にかまわんよ」
『あ、そうだ。検査が終わったらまたデートしよーねー』
「おう、いいぞ」
『ふふ、うんじゃ、まーたね』
よしのんが小さな手を振る。
四糸乃がびくりと肩を揺らした。
すると、躊躇いがちに顔を俺の方に向けてきた。
「どうした?」
「―――あ、の……また……おうち、に遊びに、行っても……いい、ですか……?」
恐る恐るといった様子で俺の方に視線を送ってくる。
「当たり前だ。いつでもこい」
俺がそう答えると、四糸乃は顔を明るくしてから頭を下げ、パタパタと走っていった。
『ふふぅ、偉い偉い。頑張ったねー』
「……うんっ」
なんて会話をよしのんと交わしながら。
ぐふぅ……
可愛過ぎんだろ。
俺は家に戻り、階段を上って俺の部屋に入―――ろうとした時、廊下の奥に位置する客間の扉が微妙に開いていて、そこから十香が顔を半分ぐらい覗かせて俺の方を見ているのを見つけた。
「どうした?」
「……………」
そう言うと、十香が無言のまま扉の隙間から手を出し、ちょいちょい、と手招きをしてきた。
「来いってことか?」
「……………」
十香がこくりとうなずく。そして、そのまま部屋の中に引っ込んでいく。
俺は客間の前まで移動して、一応コンコン、とノックしてから扉を開ける。
十香は、部屋の左手側―――壁際に置かれた棚の前あたりに立っていた。それと向き合う形になるように、部屋の中程まで歩みを進める。
「どうした?」
俺が問うと、十香は唇を小さく唇を噛むようにしてから顔を上げてきた。
「……ん。琴里から聞いているかもしれないが、明日から、隣の家に住むことになった」
「あぁ」
「それで……ん、今のうちに、ヤイバと話しておきたいことがあるのだ」
「話?」
「……うむ」
十香が、何か言いだしづらそうに、目線を微妙に逸らす。
「昨日、琴里や令音にいろいろと、聞いた」
「いろいろ、ねぇ……」
いろいろってなんだ?いろいろって。
「ん……琴里たちは、私たち精霊を助けようとしてくれていて……ヤイバもそれに協力しているのだと」
十香は深呼吸をしてから、俺に向き直ってきた。
「話というのは、それに関してだ。―――ヤイバ、お願いだ。もし今後私や四糸乃のような精霊が現れたなら、きっと救ってやって欲しい」
「あぁ……もちろんだ。これから何体精霊が出てこようが、全員まとめて救ってやる」
そう言うと、十香は複雑そうな顔をして笑った。
「ん……恩に着る。あと……もう一つ、いいだろうか?」
「なんだ?」
「ん……」
よ、十香が何かモゴモゴ口を動かしながら、ふっと顔をうつむかせてしまった。
「どうした?」
俺の聴力ももってしても聞き取れない。
十香に近寄ろうと、足を踏み出した時だった。
急に顔を上げた十香に身体を寄せられ、息を詰まらせた。
十香は俺の首に腕を回すと、そのまま俺を近くにあったベットに押し倒した。
そして―――
「むぐぅ」
十香は俺にキスをしてきた。
押し倒されてからのキス?
これはもう、ヤるしかないのか!?
ヤるしかないのか!?
鼻腔をくすぐる女の子特有の甘い香り。
目前に迫った十香の貌。
身体全体ののしかかった心地のよい負荷。
そして、思わず抱きしめてしまった柔らかい肢体。
もう理性が……
「……今回は、これで手打ちにしてやる」
「むぅ……」
「……なぜだろうな。ただ唇を触れさせるだけの行為なのに……悪くない感じがする。不思議と―――ヤイバ以外の人間とは、したいと思わないのだ。……それと同じ……なのかどうかわからないが、ヤイバが……その、ビルとやらの中で四糸乃とキスをしていたときは、なんというか……いやな感じがした」
え……
それってもしかしてヤキモチ!?
ヤキモチですか!?
「……だから。その、なんだ。……もう、私以外t―――」
それ以上は言わせねぇよぉ!!
今度は俺から十香にキスをする。
そして一言。
「ハハハ、そうだな」
「うむ!!」
今度は、嬉しそうに十香がうなずいた。
四糸乃編、終了です。