デート・ア・ライブ~二天龍を従えし者~   作:眠らずの夜想曲

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第3話~妹とのデート~

―――デート当日。

 

 

六月二十二日、午前九時五十五分。

 

俺は昨日購入した水着とバスタオルなどを入れたエナメルバックを肩に掛けながら、天宮駅東口のパチ公前に立っている。

 

街の方から小さなシルエットが歩いてくる。

 

可愛らしいフリルに飾られた半袖のブラウスに、裾の短い焦茶色のオーバーオールという出で立ち、手には鞄を提げている。そして、その長い髪を二つに括るのは、使い込んだ黒い色のリボンだ。

二晩も顔を合わせていなかった……

我が愛しの妹だ。

 

 

「よう、琴里」

「ん、待たせたわね」

 

 

軽くあいさつすると、琴里が首肯しながら返してきた。

 

 

「―――可愛いな」

「ん、ありがとう」

 

 

少し頬を染めながら返してきた。

 

 

「それじゃあ、電車の時間もあることだし、行くか」

「えぇ、そうね。さぁ、私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 

 

そう言って、俺の顔を見ながら不敵に微笑んでくる。

 

 

「そうだな」

 

 

俺はうなずく。

 

 

「うむ!!」

「は、はい……っ」

『やー、楽しみだねー』

 

 

ん?

なんか余分な声が三つ程続いたような気がしますな……

振り返る。

そこには、お出かけの準備を万端に整えた十香と四糸乃がいた。

 

 

「十香、四糸乃。なぜここにいる?」

「ぬ?」

 

 

十香が不思議そうに小首を傾げる。

 

 

「何を言っているのだ。これからオーシャンパークとやらに行くのではないのか?」

「そうだけど……」

 

 

すると、言葉を補うように四糸乃がたどたどしく声を上げてきた。

 

 

「その……令音さんに、言われて……来たんですけ、けど……お邪魔、でしたか……?」

 

 

俺は琴里の方を見る。

琴里は突然の十香たちの登場にも、先ほどと変わらぬ顔を、作って……おっふ。

 

 

「……………」

 

 

琴里から何とも言えない雰囲気を感じ取った。

 

 

「……へぇ、なかなか思い切ったことをするのねぇ、刃。今から楽しみだわ」

 

 

表情は変わっていない。

表情はね……

 

琴里はすたすたと歩みを進め、十香と四糸乃の方へ寄っていった。そしてぽん、と二人の肩を優しく叩く。

 

 

「よし、じゃあそろそろ行きましょうか。水着はちゃんと持ってきてる?」

 

 

琴里がそう言うと、俺の反応に表情を曇らせていた二人が、はあっと明るくした。

 

 

「おぉ!!もちろんだ!!」

「水着は、昨日……刃さんに、かって、もらいました……」

「へぇ、よかったじゃない。―――優しいのね、刃?」

 

 

そう言いながら、琴里が俺の方に視線を向けてくる。

怖い……

 

 

「さ、行きましょ行きましょ」

 

 

琴里は十香たちのを引き連れて改札の方に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――オーシャンパーク。

 

 

オーシャンパークは様々なプール施設や大型浴場、屋内アトラクションから成るウォーターエリアと、屋内遊園地がメインとなるアミューズメントエリアの二つから構成されている。

夏休みになれば、遠方からも沢山の家族連れやカップルなどが訪れる人気スポットだった。

 

だが、今はまだ六月半ばである。

屋内施設や遊園地は年中利用できるものの。看板エリアである屋外プールが解放されるのは来月からであるため、ピーク時よりも随分と客の入りは少なかった。

だが、混雑しているよりはデートに向いているからいいんだけど。

 

そんなことを考えながら、着替えを終えた俺は、更衣室から屋内プールに移動した。

やはり、女性陣は着替え中か。

それにしても広い。

 

ドーム状の天井に覆われたスペースの真ん中に、浅瀬のような形をした広大なプールが広がり、その後方に、岩山を模したウォータースライダーが聳えている。

 

 

「ヤイバ!!待たせたな!!」

 

 

声がした。

俺が振り返るとそこには、着替えを終えた十香と四糸乃、そして琴里が立っていた。

十香が漆黒に近い黒のビキニ、四糸乃が、腰部分にスカートのようなひらひらがついた、淡いピンクのワンピースタイプだ。

二人とも、昨日ほど水着を恥ずかしがっていなかった。

小走りになって、俺の方に近づいてくる。

 

 

「うっす」

 

 

軽く手を上げてそう返す。

 

十香が大声を上げる。

 

 

「おおぉ!!凄いなこれは!!建物の中に湖と山があるぞ!!」

 

 

それに次いで四糸乃が、珍しく興奮気味にふんふんと鼻息を荒くし、頬を紅潮させながら口を開く。

よしのんも、パタパタと手を動かしていた。

 

 

「み、水がいっぱいです……!!」

『はー!!テンション上がるねこりゃー!!』

「ヤイバ、あの湖には入ってもいいのか!?」

「もちろんだ。それがメインの楽しみ方だからな」

 

 

十香の問いに答えると、目をさらに燦然と光らせ、声を上げた。

 

 

「よし!!いくぞ四糸乃っ!!」

「は、はい……っ!!」

 

 

元気よく二人がプールに駆け出していく。

 

 

「元気ね、二人とも」

 

 

背後から声が聞こえてきた。

 

 

「琴里か?」

 

 

そう言いながら、ゆっくりを振り返る。

そこには、十香たちと同じように水着に着替えた琴里が、腕組みをして口にチュッパチャプスをくわえながら立っていた。

 

白いセパレートタイプの水着だ。

ブラ部分がホルダーネックチューブトップになっていて、色っぽい。

 

思わず見とれてしまう。

そう、四糸乃もドストライクだったが、それ以上に琴里はドストライクだったのだ。

 

 

「何よ、ジッと見て。生物学的には近親相姦にならないからって、妹に欲情するようになったら人として末期よ?」

「そんなこと言われても、琴里が可愛いのが悪いんだ」

「……っ」

 

 

そう返すと、琴里が目を見開いて、頬をほんのりと赤くした。

が、すぐに首を振ると、不敵な笑みを浮かべながら、口にくわえたチュッパチャプスの棒をピンを立ててくる。

 

 

「あら、ありがとう。―――令音か神無月あたりからほめるように指示が出たのかしら?」

「何を言ってるんだ。インカムなんてつけてないし、完全な本心だ」

 

 

すると、琴里は鼻を鳴らすと、意地が悪そうな笑みを浮かべてきた。

 

 

「へぇ、光栄ね。……で、具体的にはどこがどう可愛いと思ったのかしら?」

「そうだな……華奢で、美しくて、それを白い水着が引き立てている。そして一番はその膨らみかけの胸だ」

「な……ッ!?」

 

 

俺が言葉を発した瞬間、琴里は顔を赤く染めると、バッと両手で胸元を覆い隠した。

 

 

「な、何言ってるのよ……!!そんなこと考えてたの!?」

「そんなことだと!?琴里のことだぞ!!真剣に考えての結果だ!!」

「な……ッ!?」

 

 

琴里がまた顔を赤く染めた。

その時だった。

 

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!?」

 

 

悲鳴がプールから響いてきた。

 

 

「なんだ?」

「刃、あれ!!」

 

 

琴里が、浅瀬のように形作られたプールの沖の方を指さす。

そこには、一部がスケートリンクのようになってしまったプールと、その上でわんわんと泣く四糸乃の姿があった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「なるほど、よしのんが流れるプールに流されて、慌ててしまったと」

 

 

プールに謎の氷(笑)が現れる事件が起こってからおよそ三十分。

琴里が持参していた電池式ドライヤーで、四糸乃の左に装着されたよしのんの身体を乾かしながら、俺は事情を聴いていた。

 

幸い大した騒ぎにはならなかった。

プールも先ほどまでの賑わいを取り戻している。

が、四糸乃がしょんぼりと肩を落としたままだった。

十香もまた、背を丸くしている。

 

 

「ご、ごめん……な、さい……」

「むぅ……面目ない。私がついていながら」

「なに、気にすることはない。大事にならなかったし」

 

 

二人に声をかけると、それに続けるように隣に立った琴里が言葉をこぼしてきた。

 

 

「そうよ。全部事態の想定を怠った刃の責任なんだから、気に病むことはないわ」

「……なんでだよ」

 

 

俺はドライヤーの温風を送りながら、よしのんの頭をわしわしとかく。

 

 

「そろそろ乾いたな。大丈夫か、よしのん」

 

 

俺が言うと、よしのんは犬のように全身をブルブルっと震わせると、手を胸元においてハァハァと息を荒くした。

 

 

『や、やー……壮絶な冒険をしてしまったねー。死ぬかと思ったよー』

「ごめんね……よしのん」

『あぁ、大丈夫大丈夫。また無事に会えたんだし、結果オーライよ四ー糸乃』

「うん……」

 

 

よしのんに頭を撫でられ。四糸乃がこくりとうなずく。

そんな様子を見て、琴里が肩をすくめた。

 

 

「……ま、勝手がわからないのも無理はないわ。―――確かあっちに浮き輪のレンタルしているカウンターがあったから借りて来ましょうか」

「うきわ?」

 

 

十香が不思議そうに首を傾げた。

その反応を見て、琴里は「あー」と人差し指を一本くるくると回しながら視線を上にやった。

 

 

「百聞は一見に如かずね。直接見た方が早いでしょ。行くわよ」

 

 

そう言って、琴里が歩き出す。そのあとについて、十香と四糸乃も立ち上がった。

 

 

「はぁ……」

 

 

俺はドライヤーを折り畳むと、三人を追って歩き始めた。

だが、その道中、琴里がすっと身を寄せてきた。

なんだ?

 

 

「……ん、あれ、さっきのだけど」

「さっきのとは?」

「……どこが可愛いか、ってやつ」

「あぁ」

 

 

すごく可愛い。

もう、可愛すぎる。

 

 

「本心だ。嘘、偽りはまったくない」

「……………」

 

 

俺がそう言うと、琴里はしばしの間無言になった。

 

軽蔑されているかもしれない。

だが本心なのだからしかたがないじゃないか。

きっと俺のことはロリコンだと思っているのだろう。

 

そのとうりだ。

 

まではどうにか抑えていたが、琴里の姿を見て、抑えが利かなくなったのだ。

もう、堪らない。

 

つーか、俺の年齢を考えると、ほとんどがロリコンと言われてもおかしくないよね。

 

 

「……ふーん。……そうなんだ」

 

 

なんて呟きながら、水着に覆われた慎まやかな最高の乳房を、手で軽く触ったりしている。

 

 

「琴里?」

「……っ」

 

 

俺が名前を呼ぶと琴里はビクッと肩を揺らし、俺の鳩尾に裏拳を叩き込んできた。

 

 

「ハハハ、照れてるのか?可愛いなまったく」

「か、かわ……かわ……」

 

 

今までの反応とは大きさが違う。

そこまでか。

あれか?

意識してなかったからか?

 

そんなことを考えていると、、三人はすでに浮き輪やビーチボートが並んだカウンターの前におり、貸しだしの手続きをしていた。

そして、レンタルの手続きが完了したようだ。

だが、琴里たちに三人の男が近づいていくのを確認した。

 

脱色された髪に小麦色の肌。

見るからに遊び人、という感じだった。

男たちはにこやかに手を振りながら、琴里たちに声をかけた。

 

 

「こんにちはー、ねぇねぇ、君たちどこか―――」

 

 

最後まで言わせるわけないだろう。

 

 

「くたばりな。俺の琴里に手を出す野郎はゆるさん」

 

 

そう言って、三人に御札を張る。

エナジードレインの効果がある。

まぁ一週間は気絶しているだろう。

 

 

「ど、どうしたのだこの男たちは。突然倒れたぞ」

 

 

十香が言う。

 

 

「ねぇ……何したの?刃」

 

 

琴里が訝しげにこっちを見てきた。

 

 

「ん?あぁ、ちょっとおしおきをな。まぁ一週間は気絶したままだろう」

「……この三人は〈ラタトスク〉のクルーなんだけど」

「え?マジか……まぁ、琴里に手を出そうとしたからな。これくらいの報いは受けてもらわねば」

 

 

琴里とひそひそと話す。

そう言えば、十香と四糸乃がいないな。

辺りを見渡す。

すると、先ほどかりた浮き輪を装着し、プールにぷかぷかと浮いた二人の姿を見つけた。

 

 

「おぉ、凄いぞ!!見てくれヤイバ!!沈まないぞ!!」

「……!!……!!」

 

 

十香が楽しそうに声を上げ、四糸乃もまた、興奮気味にうなずいている。

なんだかんだいって、二人ともプールをを楽しんでいるようだ。

 

 

「琴里、ウォータースライダーでも滑らないか?」

 

 

ウォータースライダーを指さす。

琴里は俺の指の先をしばらく眺めていたが、ふぅと行きを吐くと身体の向きを変えた。

 

 

「ベタな気はするけど……まぁ、妥当なところからね。いいわ、いきましょう」

 

 

冷たいな……

 

俺と琴里の様子に気付いたのか、プールでぷかぷか浮いていた十香と四糸乃が、こちらに視線を寄越してきた。

 

 

「ヤイバ、琴里。どこかに行くのか?」

「あぁ、ウォータースライダーでも滑ってこようかとな」

「うぉ-たーすらいだー」

 

 

十香が目を丸くしながら首を傾げる。

俺はウォータースライダーを指さす。

 

 

「あれのことだ」

「おぉ……!!人が流れてくるぞ!!」

 

 

十香は目を輝かせると、浮き輪を腹部に填めたままプールから上がってきた。

 

 

「私も、私も行きたいぞ!!」

「……………」

 

 

少し考える。

だがやはり駄目だ!!

 

 

「ごめんな十香。今回は勘弁してくれ」

「むぅ……」

 

 

あからさまに悲しそうな表情になる。

俺は十香にだけ聞こえるように言う。

 

 

「今度二人で来た時に滑ろう」

「うむ!!ならいいぞ!!」

 

 

一変して、パァと表情が明るくなる。

 

 

「それじゃ行こうか」

「そうね」

 

 

少し嬉しそうな声音だった。

 

階段を上り終え、岩山の頂上にたどり着く。

スライダーの滑り口に係員がおり、客を順に水の流れに載せていった。

幸い並んでいる人数は少なかった。

すぐに俺たちの順番が回っていた。

 

 

「よし、一緒に滑るぞ」

「え―――っ」」

 

 

俺の提案に、琴里は一瞬目を見開いたが……すぐに咳払いをして目を逸らした。

 

 

「い、いいわよ。ちっちゃな子じゃあるまいし」

「折角だからさ」

「ぐ……いいって言ってるでしょ!!」

 

 

琴里が再び腕組みをし、つん!!と顔を背ける。

なら、強硬策だ。

 

 

「よっと」

「ふぇ!?」

 

 

琴里を抱き上げる。

そして、そのまま滑り口に向かい、俺の足の間に琴里を座らせる。

 

 

「ちょ、ちょっと!!」

「えーい、やかましい!!」

 

 

更に抱き着く力を強くして抑え込む。

すると、琴里も行動に出た。

俺の方に向きを変えて、気にしがみつくコアラのような感じだ。

 

そして、滑り始める。

 

思いっきりスタートダッシュをかます。

人外パワーを使い、速度を出す。

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「……!!……!!」

 

 

意外にスピードがついた。

いや、つきすぎてしまった。

 

コースアウトすれすれの軌道を描く。

そして、もっとも鋭角のカーブに差し掛かった時だった。

勢いがつきすぎてしまったせいで、俺たちはコースを外れ、ぽーん、と宙に投げ出された。

 

 

「おっふ……」

「……っ」

 

 

俺の全身を包む浮遊感が消えるのを感じ、そのまま直下のプールに落下した。

 

凄まじい水しぶきが上がり、プールに波を起こす。

 

水面から顔を出して、立ちあが―――重くない?

何か、重くない?

とりあえず、立ち上がってみると、鯨飲が判明した。

 

 

「ぇ……っ、ぇ……っ」

 

 

小さな嗚咽のようなものを漏らし、小刻みに肩を揺らしながら、琴里が最初の状態のまま、俺の身体にしっかりとしがみつていた。

よく見ると、その髪を二つに括っていたリボンが解けていしまっていた。

 

 

「大丈夫か?」

「お、おにーちゃぁ……」

 

 

琴里が鼻の詰まったような声で言いながら俺の顔を見上げてくる。

な、泣いてる?

めっちゃ可愛いんだけど。

 

 

「リボン……リボンとって……!!」

「はいよ」

 

 

左右に首を振り辺りを見る。

すると、水面に解けた黒のリボンが二つ浮いているのを見つけた

それを回収して、琴里に手渡す。

琴里は、リボンを握ってその場に沈んだ。

 

そしてぶくぶく……と泡を発してから数秒後。

 

 

「……まったく、無茶をするわね」

 

 

再び水上に現れた琴里は、司令官モードに戻っていた。

ただ、鼻と目がちょっとだけ赤かった。

 

 

「……………」

「……何よ」

 

 

琴里が、半眼で見返してくる。

そういえば気になることがある。

 

 

「琴里、なんで今日は黒いリボンなんだ?」

「何よ、これじゃあ不服なの?」

「んにゃ、別に」

 

 

別に気にしてはいない。

気にしてはいないが、やはり気にはなる。

結局どっちなんだろ。

 

琴里は少しあごを引きながら続けてきた。

 

 

「……駄目なの。白の私は、弱い私だから。黒の、強い私じゃないと、今は、駄目なの」

「そうか……」

 

 

俺は簡単に返す。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

時刻は二時十分を周った。

俺たちは、オーシャンパークにあるフードコートで、遅めの昼食を摂っていた。

俺、十香、四糸乃、琴里の四人が着いた白いプラスチック製のテーブルの上に、クラブハウスサンドの並べられた大皿と飲み物の入った紙コップが置かれている。

 

 

「うむ、美味しいなヤイバ!!」

 

 

十香がもっしゃもっしゃとごうかいにサンドイッチを咀嚼して、満面の笑みを浮かべる。

なんとも美味しそうに食べるな。

対して四糸乃は、小さな口で少しずつサンドイッチを齧り、こくんとうなずいた。

 

 

「美味しい……です」

「そりゃよかった」

 

 

しかし……琴里がなぁ。

俺の真向かいに座り、つまらなさそうに手と足を組んでいる。

先ほどからまったくサンドイッチに手を付けていない。

 

琴里がまたも飲み物に口を付け、それに咽せたかのように数度咳き込んだ。

 

 

「ッ、けほっ、けほっ……」

「大丈夫か!?」

「……えぇ、少し気管に入っただけよ」

 

 

言うと、琴里は足を崩し、席を立った。

本当に大丈夫なのか?

発作が出たんじゃないのか?

怪しい……

琴里が少し離れたのを確認して、『絶』で気配を消す。

 

 

「少し待ってろ。俺もトイレに行ってくる」

「うむ」

「はい」

 

 

十香と四糸乃に言い、尾行をする。

 

そして、琴里が止まるのを確認した。

場所は……自動販売機の裏だ。

そこはポケットのような空間だった。

何も、なかった。

そこに、二人の人間がいた。

 

琴里と令音だった。

令音は黒い鞄から何かを取り出していた。

琴里は―――壁にもたれかかって、苦しそうに息をしていた。

 

その場から琴里の元に向かいそうになる。

だが、耐える。

 

 

「……大丈夫かい、琴里」

「えぇ……なんとかね。でも、危なかったわ。―――お願い」

 

 

琴里が片腕を令音に差し出す。

しかし令音は、躊躇うように唇を噛んだ。

 

 

「……今朝の辞典でもう既に、通常の五十倍もの両を投与しているんだ。これ以上は命の関わる恐れがある」

「ふふ……精霊化した今の私なら、薬物程度で死にはしないわよ」

 

 

令音が渋面を作る。

しかし琴里は、荒い呼吸の合間を縫うように口を開いた。

 

 

「……お願い。刃との……おにーちゃんとのデートなの」

 

 

それを聞いた俺は、その場から離れ―――ようとしたがとどまった。

そうか……そんな風に思っていてくれたのか。

 

 

「―――ね、お願い。もしかしたら、これが最後かもしれないの。もし失敗したなら、今日で、私は私でなくなる。―――その前に、おにーちゃんとのデートを、最後まで」

 

 

令音はしばしの間逡巡のようなものを見せたが……小さく息を吐くのと同時に、傍らに置いていた鞄の口を開け、中から、注射器を取り出した。

 

 

「……ありがとう。恩に着るわ」

「いや。しかし、これが最後だよ」

 

 

言いながら、令音が琴里の左腕を取り、注射針を刺す。

すると数瞬あと、琴里が大きく吐いた。

段々と呼吸が落ち着いていくのがわかった。

顔色も良くなった。

それを確認した俺は、その場から離れた。

 

あーあ……

あんなの見せられたら、ねぇ。

最高の一日にしてやるしかねぇじゃねぇか。

 

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