第1話~嵐の双子~
「ふぁぁぁ……なんだ?終わったのか……」
チャイムの音が聞こえて、目が覚めた俺は辺りを見回した。
今は期末試験の最中だった。
初めの十分で全て回答し終えた俺は、時間いっぱい寝ていた。
「はいはーい、ダレてちゃ駄目ですよぉ。うしろから答案を集めてくださーい」
パン、パンとてを叩き、教卓の前に立っているタマちゃんが声をあげる。
クラスメートたちはゾンビのような挙動で身を起こすと、順にテストを前の席へ送っていった。
いつもよりクラスメートのゾンビ率が高かったような気がした。
だが、それも当然と言えるだろう。
ただでさえ範囲が広い期末考査なのに、この学校の生徒だちは、つい数日前まで、集団で病院送りになっていたのだから。
先月末、来禅高校にいた生徒・教師が皆意識不明に陥るという事件があった。
徹底的なガス管や建材、あとはガスを発する異物等の件さの末、休校は解除されたが……無慈悲なことに、期末試験の日程は一日も動かなっかたのだ。
ここの教師は鬼か。
「ははは」
プリントの束に答案を載せて前に送る際に、右隣の席に座った少女の姿が目に入った。
机にびたー、と突っ伏している。
「おいおい、大丈夫か?十香」
「う、うむ……」
俺が話をかけると、十香がゆらりと、顔を上げた。
「どうだったんだ?」
「む……むぅ、まぁまぁだ」
十香が疲れた果てた顔で、ひらひらと手を振ってくる。
今までは答案用紙に落書きをしていただけだった。
もちろん、点数は令音がチョチョイのチョイとね。
だが、俺にテストに意味を聞いてから、自分で頑張ってみると勉強を始めたのだ。
えらいなぁ……
絶対に俺だったらそんなことはしない。
「はい、ではこれで、一学期末テストは全教科終了です。皆さんお疲れ様でした」
タマちゃんが声を上げる。
教室中から歓声と放念の息が漏れた。
俺も変な体勢で寝ていたから首と肩が痛い。
「でも、今日はまだ決めることが残ってますから、帰っちゃだめですよぉ?」
タマちゃんは念を押すように言うと、答案の束を整えて、教室から出て行った。
そして、それと合わせるように、カッサカサになった十香がゆらゆらち椅子から立ち上がった。
「ヤイバ……少し、水を飲んでくる」
「大丈夫かよ……」
「うむ……心配するな。少し疲れただけだ」
十香はふらふらしながら教室を横切り、扉を開けて廊下へと出て行った。
☆☆☆
「はいはーい、皆さん席に着いてくださぁい。ホームルームを始めますよぉ」
ふと思ったんだが、ここまでふわふわな教師も滅多にいないのではないだろうか?
「さ、孵りのホームルームを始めまぁす。でも、その前に決めておかないといけないことがあるんですよねぇ」
「はーい、何を決めるんですかー?」
殿町が手を高く挙げて、質問を投げた。
タマちゃんは小さくうなずいてから小さく声を続けた。
「修学旅行の部屋割りと、飛行機の席順ですよぉ」
「うわぁ……」
確か、七月の半ば―――夏休み直前のクソ暑い時期に、クソ暑い沖縄への沖縄旅行に行くのだ。
時期考えようぜ……
熱中症で何人かノックアウトするぞ。
クラスメートの三分の一が「あー……そういえば」とうなずいていた。
忘れてたな、うん。
「うふふ、みんな忘れんぼさんですねぇ。さ、じゃ早いところ―――っと、そうだ」
タマちゃんが、何かを思い出したように眉を跳ね上げ、主席簿に挟んであったプリントを取り出した。
「その前に。―――今回の修学旅行、行先が変更になりました」
「「「「「―――え?」」」」」
クラス中の声が、見事に重なった。
修学旅行まであと半月程度しかないのに、そんな土壇場で行先が変更になるだなんてありえないからな。
「んん……まぁそうなりますよねぇ」
「えぇと、それで、どこに変更になったんですか?」
また殿町が質問を投げる。
確かに気になるだろう。
何しろ元の目的地は沖縄だからな。
通常の人間なら変更なんて聞かされたら発狂モノだろう。
青い海、白い砂浜、さーたーあんだぎーとちんすこうをかじりながらサンゴ礁とめんそーれな旅行のメッカなのだ。
この日のために水着を新調した女子だって少なくないはずだ。
これでもし海なしの県に変更にでもなったら、冗談抜きに暴動が起きるだろう。
そんな不穏な空気を肌で感じ取ったのか、タマちゃんがすこし上擦った声で続けた。
「だ、大丈夫ですよぉ。変更後の場所も、とっても素敵なところですから」
「だから、結局どこになったんですか?」
「えぇと……或美島です」
クラスの半分以上は知らないだろう。
実際、「あるびとー……」といなるような声を上げて、もう半分が首を傾げていた。
「或美島っていうと……確か伊豆の方だっけ?」
「なんだよ近場になってんじゃん。グレードダウンかよ」
「いや、そうとも言えないぞ。観光地としちゃ悪くない」
「はいはい!!静かにしてくださぁい」
騒がしくなったクラスを静めるように、タマちゃんがパンパンと手を叩いた。
クラスの面々は「まぁとりあえず海が無くならなかっただけでもよしとするか……」という総意の下、大人しくタマちゃんの指示に従った。
どれだけ海に行きたいんだよ……
「細かい部分の説明は改訂版のしおりができてから行いますので、とにかく今は部屋割りをきめちゃいましょぉ。好きな人同士で四、五人くらいの班を作ってくださぁい」
タマちゃんが指示を出すと、皆は一瞬周囲の様子を窺うように視線を巡らせてから、ガタガタと席を立ち、中の良いグループを作っていった。
俺の方にも、殿町が歩いてくる。
「おう五河、部屋組も―――」
「ヤイバ!!」
だが殿町の声は、右方からの叫びにかき消された。
十香が、目を輝かせて机から身を乗り出している。
「その部屋割りとやら、一緒に組むぞ!!」
「むぅん……」
俺が腕を組んで首を傾げると、十香は不思議そうに首を傾げた。
「ぬ?どうかしたのか?」
「いや、そうしたいのはやまやまなんだが、それはできそうにないな」
「なぜだ?五人一組なのだろう?ならば問題ないではないか」
「だ、駄目ですよ夜刀神さん。男子と女子は別々に組んでくださぁい!!」
会話が聞こえていたのだろう。、教卓からタマちゃんが叫んできた。
「むぅ……なぜだ?ヤイバと一緒がいいのだが」
「しょうがないさ、ルールみたいなもんだし」
タマちゃんは顔を真っ赤に染めてごにょごにょと口ごもった。
一体ナニを創造しているのだろう。
「あんま先生を困らせるなよ。とにかく、部屋は男女別じゃないといけない」
「ぬ……そうか」
十香は残念そうに肩を落とした。
が、すぐにバッと顔を上げる。
「そうだ!!」
「男装してもだめだぞ」
「ぬぅ……」
もう一度肩を落として、大人しくなった。
まったく……
☆☆☆
七月十七日、月曜日。
飛行機に揺られることおよそ三時間。
俺たち来禅高校二年生一行は、太平洋に浮かぶ島に到着していた。
「お、おぉ……!!」
空港から出た十香が目をまん丸に見開いて両手をプルプルと震わせる。
それも仕方ないか。
何しろ今、彼女の視界には、首を動かさなければ把握しきれないほどの絶景が広がっていたのだから。
道路と砂浜の向こうに、大海が広がり、天と地を分けるように水平線が伸びている。
空は快晴で、太陽が燦々と降り注ぎ、海を美しいグラデーションに彩っていた。
「こ、これが……海か!!」
十香が叫んで、その大きさを測るかのように、両手をバッと広げた。
可愛いな。
それにしても体が痛い。
態勢がきつかったからな。
それに集合時間が早かったせいで、眠い。
十香は興奮気味に手をブンブンを振っているし。
「ぬ……?」
はしゃいでいた十香が、妙な声をだして辺りをキョロキョロと見回しだした。
気配だ……
「―――十香」
「……何か誰かに見られている気がしてな」
「あぁ……」
そう俺が相槌を打った瞬間だった。
カシャリという音がして、俺と十香をフラッシュの光が包んだ。
とっさに俺は光源であるカメラを掴み、そのまま握りつぶす。
カメラの持ち主を見る。
女……
ただの女じゃないな。
こいつの筋肉の付き方は殺しに特化した付き方だ。
淡い金髪に、東洋人をは違うはっきりとした目鼻。
それに白い肌。
「悪いな。内の家訓でな、不意に何かをされたら全て潰せと言われていてな」
「ハ、ハハハ、なら仕方ないですね。失敬。クロストラベルから派遣されてまいりました随行カメラマンのエレン・メイザースと申します。今日より三日間、皆さんの旅行記録を付けさせていただきます。―――先ほどは申し訳ありませんでした。カカメラの方は気になさらずに」
「そうだな……そうさせてもらおう」
自ら正体をバラしやがった。
DEM第二執行部部長にして、世界最強の魔術師。
その名は―――
エレン・ミラ・メイザース
ミドルネームのミラが抜けただけだからすぐにわかった。
こいつの動きには要注意だな。
「お邪魔しました。では」
エレンは一度ぺこりとお辞儀をして、皆の方に歩いていった。
「十香……」
「む、なんだ?」
「あいつのは気をつけろ」
「何かあるのか?」
「あいつはASTよりやっかいなDEMのとこの奴だ。あいつは精霊を単体で殺せる力がある。まぁ『神使』化した十香が精霊の力を全開にすれば楽勝だろうが……できるだけ相手にするな。いいな?」
「う、うむ。ヤイバがそう言うならそうしよう」
素直でよかった……
ここで戦ってみたいとかなったら面倒だからな。
「まだ視線が残ってるな……」
「やはりそうか……」
一体何なんだ?
そういえば周りに誰もいないんだが……
「置いてかれたのか……?はぁ……急ぐぞ十香」
話し込んでいたせいですっかり置いてかれてしまった。
「うむ、そうだな」
「確かこっちだ」
頭に叩き込んだ地図を思い出しながら、分かれ道を左に進む。最初に向かう資料館はこっちだった。
「ぬ……?」
横にいる十香が怪訝そうな声を出す。
空を見上げていた。
「何だ―――」
そこから先は言葉が出なかった。
十香につられて空を見たのだが……
あれほど綺麗に晴れ渡っていた空に、灰色の雲が渦巻き始めていたのだ。
そして段々と、ものすごい速さで、あたりの様子が様変わりしていく。
快晴が暗雲に。
凪は烈風に。
穏やかな水面は荒れ狂う大波に。
一分もかからない出来事だ。
台風ですか……?
もの凄い暴風だ。
「結」
結界で俺と十香を守る。
それにしてもどうしようか?
資料館に行くか?
無理だ。
こんな状態で行ったら俺何者?
みたいな感じになる。
……あれ?
荒れ狂う空の中心に二つの人影が見えた。
あ、精霊の仕業ですか。
ならさっさと、さくっと解決しなければ。
と、思ったその矢先にだ。
上空で幾度なく激突を繰り返していた二つの影が、一際大きな衝撃波を伴ってぶつかりあう。
そして、互いに弾き飛ばされるように地面に落下した。
ちょうど、俺と十香をはさんで右と左に。
「うわぁ……」
最悪でもないか。
でもさ、なんか嵐の中心に入ってしまったみたいだ。
なんだか台風の目みたいだ。
「く、くくくくく……」
右手から、長い髪を結い上げた少女が、不敵に笑いながら歩み出てきた。
歳は十香たちと変わらないだろう。
橙色の髪に、水銀色の瞳。
整った造作の面は、しかし今嘲笑めいた笑みの形に歪められている。
装いは暗色の外套を纏い、身体を各所を、ベルトのようなもので絞めつけている。
おまけに右手右足と首に錠が施され、そこから先の引き千切られた鎖が伸びているときた。
咎人かマゾヒストみたいだな。
「―――やるではないか、夕弦。さすがわ我が半身と言っておこう。この我と二十五勝二十五敗四十九分けで戦績を分けているだけのことはある。だが―――それも今日で終いだ」
なんか中二臭い言葉づかいだ。
今度はそれに応ずるように、左側から人華げが進み出てくる。
「反論。この百戦目を制するのは、耶倶矢ではなく夕弦です」
こちらは、長い髪を三つ編みに括った少女だ。
耶倶矢とうり二つの顔だ。
表情はどこか気怠そうな半眼に彩られている。
夕弦もデザインは異なるが、耶倶矢と似たような拘束服を身に纏っていた。
錠の位置は、首に左手左足と、夕弦の反対側になっている。
「ふ、ほざきおるわ。いい加減、真なる八舞に相応しき精霊は我と認めたらどうだ?」
「否定。生き残るのは夕弦です。耶倶矢に八舞の名は相応しくありません」
「ふ……無駄なあがきよ。我が未来視の魔眼にはとうに見えておるのだ。次の一撃で、我が―――」
などと、ものすごーく、訳のわからないことを話していた。
しばらくすると、場が動いた。
「漆黒に沈め!!はぁぁッ!!」
「突進。えいやー」
もの凄く気合の入った声と、気の抜けた声とともに、全く同時に地を蹴った。
この時を待っていたぞ!!
「はい、そこまでー。『跪け』」
「な―――」
「驚愕」
甲種言霊で夕弦と耶倶矢を跪つかせる。
「何、これ……えぇと、そう―――」
「『黙れ』」
「ひぐぅ!?」
耶倶矢が長くなりそうだから黙らせる。
「質問。貴方は何者ですか?」
夕弦が俺に訊いてきた。
「ん?ただ万能なだけの人外、神浄刃。今は五河刃だよ。よろしくね」
夕弦は何を言っているかわからないといった様子だ。
「おまえら少し周りのことも考えろ」
「む、むぐぅ、むぅ……」
「疑問。何故ですか?」
何故って……
ねぇ?
「つか、だいたい何かもめてんだったらもっと平和的に解決しろよ」
そう言い、甲種言霊を解く。
すると、それを確認できたのか二人がすぐに立ち上がった。
「い、いきなりなにするんだし!!」
「同意。もうすこしレディに対しての対応を考えるべきでは?」
こいつら何馬鹿なこと言っているんだ?
「だいたいお前らが暴れてたのが悪いんだろ?」
「ぐぅ……」
「……………」
反論できませんか。
少し二人が考え込む。
すると、耶倶矢が何かを思いついたようで、イイ顔をしながら口を開いた。
「くく……よい方法を思いついたぞ、夕弦よ。我と貴様は様々な勝負をしてきた。それこそ、もう思い当たる種目がなくなるくらいにな」
歌劇でも演ずるように大仰な身振りをしながら耶倶矢が続ける。
「だが……一つ、まだ勝敗を決していないものがあると思わぬか?」
「疑問。勝敗を決していないもの、とは?」
夕弦が首を傾げると、耶倶矢がくくく、と含み笑いをを漏らし、俺を一瞥する。
うわぁ……
面倒事の予感。