俺は今、天宮市の西部に位置する立浪駅前の広場にいる。
だが今現在この場所には、人の姿は全く見受けられない。
それもそうか。
相変らずの空間震跡である。
駅前広場は大部分が失われており、柵の一部が残っているだけだった。
霊力を探る。
どうやら南方へ移動しているようだ。
しばらく走る。
辺りを見回すと、ゴミ―――もとい、アイドルを応援するときに使うようなうちわなどが捨てられていた。
まるで、ここでついさっきまでライブが行われていたみたいだ。
そして俺は、ここで一つ気づく。
「歌……だと?」
前方―――天宮アリーナの方から聞こえてきているようだ。
壁に阻まれているせいで、よく聞こえはしないが確かに歌だ。
空間震警報が鳴り、観客も皆避難していなくなってしまったというのに、なぜ歌い続けるのだろうか。
俺は大きな扉を押し開ける。
アリーナの中に足を踏み入れる。
そのままステージが一望できる位置まで移動する。
なんだ……?
俺は見とれてしまったのかもしれない。
暗い会場の中、櫓のようにせり上がった舞台だけが、下方から幾つものスポットライトに照らされて光に溢れていた。
そして、その真ん中に。
光の粒子で縫製されたような煌びやかな衣を纏った少女が立ち、会場中に声を響かせていた。
俺の頬に何かが伝った感触がした。
「まるで歌姫(ディーヴァ)だ……」
思わずつぶやいてしまった。
歩みを止めていた足をふたたび動かす。
そしてやらかしてしまった。
会場内にカーン、という乾いた音が鳴り響く。
「あー……」
やってしまった。
まずいかも……
歌も止まってしまった。
「―――あらー?」
今まで響かせていた歌声とはまた違う間延びしたような声音だ。
俺は美九に視線を戻す。
美九は会場を見回すように視線を巡らせてから、言葉を継いできた。
「お客さんがいたんですかぁ。誰もいないと思ってましたよー」
優しげな、のんびりした声だ。
頬を伝うものはまだ止まらない。
理由はわからない。
「ふぉこにいるんですかー?私も一人で少し退屈していたところなんですよぉ。もしよければ少しお名話しませんか?」
ここで出ていくしかないのだろうが、男だとわかった瞬間に手のらを返されそうだ。
だが俺は行くしかない。
舞台に上がるために歩みを進める。
そして、
「あぁ、わざわざ上がってきてくれたんですかぁ?こんばんは。私は―――」
にこやかな笑みを胃壁ながら身体を回転させた美九は、俺の姿を確認したのと同時に、ぴたりと言葉と身体の動きを止めた。
しばらく無言のまま時が進んだ。
先に行動を起こしたのは美九だった。
ギギ……と錆びた機械のように首を回したかと思うと、すぅ……っと身体を反らしながら大きく息を吸い始めた。
そして息を吸い終えると、ギロリと俺を睨みつけてきた。
次の瞬間だった。
「わッ!!」
凄まじい大声を発した。
それと同時に衝撃波が俺を襲ってきた。
だがそんなもの、大したものではない。
「……何がしたいんだ?」
少し睨みを聞かせながら言う。
美九は少し驚いた様子を見せたがすぐに戻り、そのまま俺のすぐ前まで来た。
そして女神のように穏やかな微笑みを浮かべた。
のだが、
「え、なんで無傷だなんですかぁ?なんで落ちてないんですかぁ?なんで死んでないんですかぁ?可及的速やかにこのステージからこの世界からこの確立時空から消え去ってくださいよぉ」
「まず始めに言わせてもらおう。―――あの程度の攻撃で俺が傷つくとでも?そして俺は死ねない。最後に俺がこの世界から消えた瞬間、この世界は崩壊しつくして、この世界にいるすべてのものは破壊され尽くされるが。それでもこの世界から消えろと?」
「………………」
半分ぐらい本当だ。
さすがにここまで綺麗に返されるとは思っていなかったらしい。
フリーズしていやがる。
「何喋りかけてるんですかァ?やめてくださいよ気持ち悪いですねぇ。声を発さないでくださいよぉ。唾液を飛ばさないでください。息をしないでください。アナタがいるだけで周囲の大気が汚染されているのがわからないんですかぁ?わからないんですよねぇ?」
悪い……さすがにキレてもいいよな?
どう論破してやろうかと、真剣に考えているときだった。
アリーナの天井が一瞬ベコッとうねったかと思うと、凄まじい炸裂音を伴って爆発した。
天井に設えられていた証明装置が、バラバラと崩落する。
「あ゛ぁ?」
「あらー?」
改めて天井を見る―――が、そこには天井と呼べるものはなかった。
俺の視界に映っているのは、月明かりと雲に彩られた夜空だ。
もちろんそれだけではなかった。
闇にまぎれるように、機械の鎧を纏った人影を確認した。
「このタイミングで来るか……?」
イライラしているこのタイミングで来られると困る。
なぜなら、
「手加減、しないからな」
右手を天に掲げて、そこに魔力を集める。
それを薄く、円状に、回転させる。
さらに炎を纏わせる。
これで完成だ……
「まぁくらっとけ」
それをASTの中央に投げる。
ソレはその場で停止する。
AST共は警戒する。
が、そんなものは意味がない。
「暴炎しな」
この一言で、ソレが一気に大きくなる。
周りにいたASTを全てとはいかないが、八割がた戦闘不能にしたか。
もういいか。
あとは美九がお持ち帰りとかするだろうし。
☆☆☆
「クソ眠ィ……」
左側には十香が腕を組んでいる。
肩に頬ずりしながら歩みを進めていた。
九月九日。
精霊〈ディーヴァ〉―――美九との相がううから一晩が経過した。
あのあと〈フラクシナス〉では、不可解な好感度低下についての会議が行われた。
どうせ明日は学校が休みだからと、俺も深夜にまで及んだ。
だが途中でいい加減眠くなったので、「そいつ、完全に百合だろ」と、俺の一言で会議は終わりを告げた。
そして今朝になって急に亜衣から電話があり、「今日は天央祭の各校合同会議があるからよーろしーくねー!!」と告げられた。
せめて昨日のうちに連絡しろよ。
「ふふん♪」
左隣の十香は嬉しそうに目を細めながら、頬を肩にすりすりし、鼻歌まで歌っている。
まぁまんざらでもない。
ちなみにだ、合同会議会場に向かっているのは俺と十香のみだ。
実行委員である亜衣、麻衣、美衣の姿はない。
なんでも三人は一日目のステージ部門でバンド演奏をする予定らしく、その練習で来れないらしい。
だがそれは無駄になるな。
ドンマイ。
そして、「大丈夫大丈夫、ちゃんと代役立てといたからー」と言われて待ち合わせ場所に行ったところ、そこには十香がいた。
まぁむしろ俺的にはよかったのか。
しばらく歩いたところで、ようやく合同会議の会場の学校が見えてきた。
やはり無駄に豪華だった。
赤煉瓦で構築された荘厳な校門から、鉄製の飾り格子が左右に広がろ、その合間から青々と茂った生垣が覗かせている。
さらにそこから、赤煉瓦で敷き詰められた道が一直線に伸びている。
これ、いくらかかったのだろうか?
私立竜胆寺女学院。
それが会議の会場の学校だ。
名前の通りに、女子高だ。
「おぉ……凄いなヤイバ。これも学校なのか?」
「あぁ、本当に無駄に豪華だ」
そう言い、また歩みを進める。
十香は辺りをキョロキョロと見回している。
☆☆☆
守衛に生徒手帳を見せ、敷地に入った。
来賓用の昇降口から校舎内に入り、事務今日で入校許可証を受け取り廊下を歩いて目的の会場に向かう。
入るまでの工程が長すぎる。
面倒だ。
「ここか……第二会議室」
流石に十香に腕を抱きかかえられたままではまずいので、十香に離れてもらった。
扉を開ける。
部屋の中にはすでに様々な制服の生徒たちが何人もいた。
まだ会議の開始まで時間があるのだろう、長机が四角く組まれ、高校の名前が書かれたプレートが立てられてはいるが、席に着かずに談笑している生徒も多い。
まぁもちろん俺に顔見知りがいるわけがない。
なぜか周りの女子が俺のことをチラチラ見てくるのは気のせいだと思いたい。
それからすぐに、コンコン、と会議室の扉がノックされた。
部屋にいた各校の生徒たちが一斉に顔を上げた。
まるで操られているかのように。
扉の向こうから、優しげな声が聞こえてきた。
『失礼しまぁす』
そんな一言が聞こえてから、ゆっくりと扉が開いていく。
静々と入ってきたのは、濃紺のセーラー服に身を包んだ少女たちの一団だった。
そして、まるで大名行列でもでも迎える民衆のように、二列に並んで頭を垂れていく。
俺はもちろんそんなことはせず、席について十香と一緒に紅茶を呑んでいた。
もちろん、ここに来てから淹れた。
空間倉庫からバレないようにだしただけだ。
完全に操られているだろ。
こんなことは普通ならあり得ない。
もちろん、その頭を垂れられている中心の人物は美九である。
「―――こんにちはー。よくきてくれましたねー、皆さん」
こんなあいさつをしているときも、俺と十香は紅茶を飲んでいる。
頭を垂れる理由がないだろ。
「竜胆寺女学院、天央祭実行委員長、誘宵美九ですぅ」
☆☆☆
〈フラクシナス〉隊員たちが今度こそ一つの結論にたどり着いた。
俺が断言したのに、まだ悩んでいたようだ。
誘宵美九は百合っ子である。
やっとこの結論に至った。
遅すぎだぞ。
もっと早くに気づくべきだ。
これから美九をデレさせるの必要なものはなんだ?
議題はこれに変わった。
だがそれも過ぐに終わった。
俺が女装すればいいという結論で。
神無月が両サイドに、両手に様々な化粧道具を投擲道具のごとく挟み込んだたしか……〈藁人形(ネイルノッカー)〉椎崎と、数種類のウィッグを手にした保護観察処分(ディープラブ)〉箕輪が現れた。
どうつもこいつも変態だ。
「なんだそれ……」
神無月が二人を引き連れながらジリジリと距離を詰めてくる。
「大丈夫、怖くありませんよ。最初は少し足下がスース―するかもしれませんが、なに、そのうち快感に変わります。先輩が言うのですから間違いありません」
言って、ニィ、と唇を歪めた。
「琴里……」
一応、琴里の反応を確かめる。
「グットラック。―――おねーちゃん」
「はぁ……」
その答えを聞いた瞬間、溜息を吐き、すぐに変化の術を使って容姿を変える。
煙に辺りが包まれた。
しばらくし、煙が霧散する。
「だ、誰……?」
一番初めに反応したのは琴里だ。
目を丸くし、驚愕の表情を顔に張りつけている。
というより、唖然としているみたいだった。
「おね―――おにーちゃん、なの?」
声音が震えている。
余程驚いたらしい。
「まぁ、そういう反応になるか。ふふっ、これでいこうかな」
少し本人に似せて話してみる。
「な、なんで金髪になってるの……?それに身長も縮んでるし……」
金髪。
そう、金髪だ。
金髪といったらあの人―――吸血鬼しかいないだろ。
俺の最愛の人。
俺の奥様。
俺の嫁の―――
レティシア・D・神浄
だ。
大人の姿のな。
「ふふ、これでいいだろう?琴里」
「う、うん……」
琴里も首を傾げながらも了承してくれた。
「さ、あとはこの刃を美九を気に入ってくれるかどうかだけれど……刃、次に彼女と会えるのはいつ」
「確か次の月曜から、放課後に設営準備が始まる。だからその時には多分な」
「そ。ふむ……あんまり猶予はないけど仕方ないわね」
琴里はバッと身を翻し、
「月曜の放課後から本格的な攻略に入るわ!!」
そう高らかに宣言した。
☆☆☆
終業のチャイムの音が俺の鼓膜を震わせる。
そう、これは面倒事開始の合図なのだ。
今日は九月十一日、月曜日。
これから一般の生徒たちは各校で天央祭の準備に入る。
実行委員は、会場である天宮スクエアに赴いてエリアの確認をしないといけないのだ。
椅子から立ち上がり、教室から出て校舎の奥へと歩いていく。
そして校舎の最奥に位置する男子トイレに入り、個室に入り鍵をかける。
変化の術を使い、レティシアに変化する。
もちろん服装は来禅高校の制服だ。
そして絶対に装備が必要なのは、黒ニーソだ。
暑い?
それがどうした。
黒ニーソは絶対に必要だ。
「さて、いこうかな」
言葉遣いも女口調でな。
出るときに万が一誰かがいたらまずいので女子トイレ転移する。
もちろん、誰もいないか気配でわかるからバレる心配はない。
女子トイレから出ると、昇降口へと向かった。
そこには既に亜衣、麻衣、美衣の三人が揃っていて、何くれと無いおしゃべりをしている。
一度息を整えるために胸に手を当てながら深呼吸をする。
その時にすばらしい感触が手に……
ここまで再現できるとは、さすが俺だ。
感触も本物とまったくといっていいほど同じだ。
「少し、いいか?」
「ん?」
「え?」
「ほ?」
それぞれ別の言葉を発しながら三人が振り向き、俺のことをまじまじと見てきた。
「どーしたの?何か用?」
「背ぇ高っ、モデルさんみたーい。ていうか、モデルさん?」
「綺麗な金髪だねー」
やはり気づいていないらしい。
というより、気づいたら何者だよ。
「山吹さん、葉桜さん、藤袴さんで合っているか?天央祭実行委員の」
「なぬ、おぬし、どこでその情報を!?」
「まさか敵国の間者か!?」
「何が狙いだ!!」
と、変なポーズを取りながら言ってきた。
まぁ本気ではないようだ。
「刃兄さんからの伝言を預かっていてな。今日の実行委員は休ませてほしいと」
「なんだとゴルァ!!」
「あのヤロウ逃げやがった!!」
「火を持て!!魔女が出たぞ!!」
「「「その前に、刃兄さんだと!?」」」
やはりそこに食いついたか。
反射で言ってしまった。
「うん?あぁ、刃兄さんとはいとこ同士でな。子供のころによく遊んでもらっていたのだ」
「「「な、なるほど……」
チョロいな……
「それで、刃兄さんから代わりに行くように言われてな。問題ないか?」
「え?」
亜衣が、キョトンと目を丸くした。
「んー、そりゃ私たちは構わない……っていうあむしろ助かるくらいだけど……」
「ま、五河くんのいとこみたいだし、問題ないでしょ」
どうやら作戦は成功のようだ。
「よろしくね。えーっと……」
「レティシアだ。レティシア=ドラクレア」
「もしかして外国の方?」
「ん、まぁそういうことになるかな」
そう言うことにしておこう。
そうしないとこの金髪と名前は殆どの確立でないだろうからな。
「よろしくね、レティシアさん」
「いっぱい働いてもらうかんねー」
「こちらこそ、よろしく頼む」
それから、十香と合流して移動を開始した。
☆☆☆
天央祭の会場となる天宮スクエアは、天宮市のちょうど中心あたりに位置する大型コンベンションセンターだ。
まぁその中でさらにいろいろなものに分けられるのだが。
美九を探すために、こっそりと《絶》を使いながら抜け出した。
霊力を探ると、どうやら位置的には一号館の竜胆時のブースか……
また厄介な―――あぁ今はレティシアの容姿だから問題はさほどないか。
みんなに見つからないように、一気に一号館に向かって走る。
まぁ走っている姿は通常の人間では確認できない速さだがな。
美九は簡単に見つかった。
一号館の奥の方に紺色のセーラー服に身を包んだ少女の集団がおり、その中心に美九が立っていたのだ。
どうにかして、まわりの生徒から美九を引き離せないか考えていた時だった。
美九が突如、集団から離れたのだ。
運がいいのか悪いのかわからないな……
俺に気づいてわざと離れたのか、それとも普通になのか。
とりあえず美九の背中を追う。
数分ほどあとをつけたが、美九破最寄りのトイレを素通りして一号館を出ると、スクエアの中央に位置するエントランスステージに向かっていった。
そしてそのまま観客席を抜けると『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたロープをくぐって、ステージ裏の方へ行ってしまった。
仕方ないので、俺も後に続く。
壁を一枚隔てただけで、辺りの景色が驚くほど様変わりする。
華やかで煌びやかなステージとは対照的に、なんとも雑多な空間である。
その道を歩いていき、ステージに続いていると思しき扉まで辿り着く。
「む……」
ステージの中央に美九が立ち、会場を一望していたのだ。
アイドル特有のオーラなのか知らないが、妙な威圧感が身を襲った。
まったく苦しくはない。
このままここに居ても仕方がないので、ステージへと歩み寄っていく。
だが足音で俺の存在に気づいたのか、美九がくるりと振り向いてきた。
「あらー?」
驚いた様子で目を見開き、美九が観察するように全身を睨め付けてくる。
まるで値踏みをしているようだ。
「あなたは……?」
「私はレティシア=ドラクレアだ」
「レティシア=ドラクレア、さんですかぁ。もしかして外国の方ですかぁ?」
「まぁそうだな」
どうやらここまでは特に失敗はしていないようだ。
さて、ここからが正念場だ。
「ここは立ち入り禁止のはずだが?」
「ふふ、そうですねー。ごめんなさい、ちょっといけないことしちゃいました」
なんて言いながら、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
まぁ可愛かった。
「でも、そうなるとあなたもいけない子ですねー」
「ん?ふふ、そうだな」
「ふふ、そうですねー」
そう言いながら、ゆったりとした歩調で俺の方に近づいてきた。
そして互いの息づかいが聞き取れるくらいの位置までやってきくると、「しーっ」と俺の前に指を一本立ててきた。
「二人だけの秘密にしましょう?いけない子同士の約束ですよぉ」
「あぁ、そうだな」
ニコリと笑いながら答える。
しかしまぁ、対象の性別が違うだけでここまで対応が変わるとは……
これで俺が男とバレたときが怖いな。
「あなた―――その制服、来禅さんですかー?」
「あぁ、そうだが」
「んー……一昨日の会議に来てましたっけー?」
「いや、転入後の手続きで忙しくてな。天央祭のことを聞いてから、わざわざ無理を言って実行委員にしてもらったのだ」
「あぁ、そうだったんですかー」
信じたよ。
この娘、信じたよ。
まぁそっちの方が都合がいいのだがな。
「では、改めましてー。竜胆寺女学院の誘宵美九です。よろしくお願いしますねー。一緒に天央祭を成功させましょぉ」
「あぁ、よろしく頼む」
右手を差出し、美九と握手を交わす。
そして俺は本題に入る。
「美九はこんなところで何をしていたんだ?」
問うと、美九は握手を解き、くるりと身体を回して観客席の方を剝いた。
「―――私ね、ステージが好きなんですよー」
「ステージがか?」
「はいー。みんなが私の歌を必要としてくれる。そんな空間が、たまらなく愛しいんですよー。だから、移動中にこの場所を見た時、つい立ってみたくなっちゃったんです」
「そう、なのか……」
俺が言うと、美九はまたも可笑しそうに笑う。
「レティシアさんは珍しい方ですねー」
「ん?どうしてだ」
「―――もしかして、私の名前、聞いたことないんです?」
「すまない、最近までほとんど娯楽と縁がない生活をしていたものでな」
「そうなんですかー」
間違いなく、美九のことを言っているのだろう。
正体不明のアイドル・誘宵美九のことを。
「さ、そろそろ戻りましょー?」
そしてくるちと首を回し、俺に視線wの送ってきた。
「そうだな。誰かに見つかったら厄介かもしれないからな」
「いえー、それは別に構わないんですけどねー」
「む?」
わざと首を傾げる。
美九が再び指を一本立てて「しーっ」と鼻先の前に立てた。
「せっかくの、二人だけの秘密じゃないですかぁ」
「ふふ、そうだな」
そのあとは無事、誰に見つかることもなくステージ裏から脱出し、十香たちの元に戻ることができた。
その道中で美九がやたらとスキンシップをしてきたがな。