美九との勝負の約束から一晩が過ぎた、九月十三日の放課後。
これからバンド演奏の許可を取るために四階に位置する音楽室へ向かうところだ。
だがその前に、
「影分身の術―――変化」
影分身を作り、すぐにレティシアに変化させる。
そうしないと、俺とレティシアの両方がバンドとして出れなくなってしまうからだ。
さて、行きますか。
☆☆☆
音楽室の前に着いた。
情報によると、ここで亜衣、麻衣、美衣たちがバンドの練習をしているらしい。
いままで練習していたのに、急に譲ってくれなんて言ったら普通は断られるだろう。
だが、こちらには手がある。
そんなことを考えてると、背後から肩をガッと掴まれる。
「ようやく見つけたぞ、ヤイバ。一体どこに行っていたのだ?それにその女は誰だ?」
「十香か……少し準備をな。あとこいつは俺の―――」
そこまでで止める。
時間があまりないのに気づき、俺はさっさと音楽室の扉を開け―――ようとしたが、勢いよく向こうから開け放たれた。
「何よ、じゃああんたたちで勝手にやりゃいいじゃない!!」
「そうよ、私たちには関係ないわ!!」
どうしたのだろうか?
女子が二人、怒りながらそのまま音楽室を出ていき、のしのしと階段を下りて行った。
音楽室の方からは、会話が聞えてきた。
「けッ、ペーケヤロィ、やる気のない奴ァこっちから願い下げだってんでぃ!!」
「もう、亜衣ったら……どうするのよ、もう私たち三人しかいなくなっちゃったじゃない」
「楽器はともかく、ボーカル不在は深刻ね。―――と、ん?」
美衣が、俺たちの姿を目にして眉を上げる。
次の瞬間には、その情報は亜衣、麻衣にも伝わり、
「確保ォ!!」
叫んで、三人が俺たちに襲い掛かってきた。
☆☆☆
「なーるほど……私たちの知らないところでそんなことになっていたとはねぇ」
亜衣がうなるように言った。
今音楽室にいるのは、俺、十香、亜衣、麻衣、美衣の五人のみだ。
俺は、ステージでバンド演奏をさせてほしいと言い、重要なことは隠しながら、美九と勝負をすることになったと説明をした。
「よっしゃ、私らも鬼じゃない。レティシアちゃんの貞操のためにも一肌脱ごうじゃない!!」
ちなみに、レティシアが美九に貞操を狙われていることをポロッ、と呟いてしまったのだ。
亜衣がダン、と胸を叩く。
「まーたそんなこと言って。人数足りなくて困ってたのはこっちなのに」
「めぁいいじゃないの。追加要員三人!!これでなんとかなりそうね」
「え?」
それは違う。
「十香は俺とレティシアの付き添いのはずだが」
「そうなの?そのわりには……」
麻衣が俺の後ろを指さす。
そこには、すでに楽器を選び始めている十香がいた。
おいおい、十香は楽器弾けるのか?
「実行委員の方は安心してくれ。知り合いが代わりに出てくれている」
「そうなの?んーじゃいっか」
軽いな……
「それで……早速練習に入りたいんだけど、五河くんは何か楽器できるの?」
と、亜衣がふっと俺に視線を向けてきた。
「私がベース、麻衣がキーボード、うんでもって美衣がドラムスやってるんだけど」
「そうか。まぁ基本的にはギター、ベース、キーボード、ドラムスなどすべてできるが……俺にはボーカルをやらせてはもらえないだろうか?」
「「「え……?」」」
俺の言葉に、亜衣、麻衣、美衣の三人が驚き―――というよりもとまどいに近いような声を上げた。
「い、五河くんボーカルできるの?」
「まぁな」
「ならお願いしてもいいかな?」
「任せろ」
どうやら俺のボーカルは決定したようだ。
「じゃあレティシアちゃんと十香ちゃんはどうする?」
「私はギターをやろう。分担的にもそれがいいだろう」
「いいねーいいねーギター少女」
「かーっこいい!!やっちゃてよーやっちゃてよー」
どうやらこれも決定されたようだ。
だが問題は十香だ。
やれる楽器がない。
なので、亜衣がタンバリンを渡していた。
やたらと盛り上げていたがな。
と、亜衣、麻衣、美衣がぐるんと首を回し、俺とレティシアに視線を移してきた。
「―――っと、まぁ大体の担当楽器は決まったとして」
「ギターの用意もないだろうし、本格的な練習は明日からになると思うんだけど……」
「あぁ、それは問題ない」
音楽室を出ていき、あらかじめ持ってきていたギターケースを持って再び音楽室に戻る。
「ほら、持ってきているからな」
「おー!!やる気まんまんじゃん!!」
「よっしゃー!!早速練習しよ」
演奏する曲はあの曲がいいのだが……
まぁ提案してみるか。
「あのさ、演奏する曲なんだけどな、これでいいか?」
「「「どれどれー?」」」
亜衣、麻衣、美衣が同時に曲名を書いたメモを見る。
「こ、これって……」
「全部……」
「創破の曲じゃない?」
どうやらこの三人でも創破のことは知ってるようだ。
よかった。
「これ……難しくない?」
「うん……すごく難しそう」
「でもできたらかっこいいよね」
「「「そのまえに、五河くんが歌えるの?」」」
最後は三人そろって問われてしまった。
そこまで信用できないか。
「それでは歌って見せようか?」
「おーおー、実力拝見だー」
「お手並み拝見でしょ」
「まぁ聞かせてもらうよ」
俺はキーボードの元に行き、そのまま感触を確かめる。
ふむ、なかなか使いやすい。
「それでは―――『calc.』」
曲を歌い終わり、みんなを見やるとフリーズしていた。
「おい、どうした?」
「「「「はっ!?」」」」
どうやら俺が声をかけたことによって解けたらしい。
「もしかして……」
「まさか五河くんが……?」
「創破……なの?」
亜衣、麻衣、美衣が戸惑いながら問いかけてきた。
流石にわかるか。
「そうだよ。五河刃は創破でもあるよ」
「「「サ、サインくださいっ!!」」」
「え……?」
話を聞いたところ、どうやら三人は創破のファンだったらしい。
もちろん、その場でそれぞれの楽器にサインをしたりなどした。
「よし!!創破の正体もわかってサインももらったことだし、練習始めよっか!!」
亜衣の温度とともに、十香を含む皆が一斉に「おー!!」と拳を振り上げた。
「あぁ、創破の正体は当日まで秘密だからな」
「「「もちろん!!」」」
どうやら亜衣、麻衣、美衣も秘密にして驚かせたいようだ。
☆☆☆
『―――これより、第二十五回、天宮市孤島学校合同文化祭、天央祭を開催いたします!!』
天井付近に設えられたスピーカーから実行委員長の宣言が響くと同時、各展示会場が拍手と歓声に包まれた。
九月二十三日、土曜日。
天宮市の高校生が待ちに待ったであろう、天央祭の始まりである。
様々な模擬店が展開されているなか、我らが来禅高校はというと、
「おぉ!!ひらひらだな!!」
フリルのいっぱいついたエプロンの裾をつまんでひらひらさせながら笑う十香や、
「や、刃かっこいい……」
「驚嘆。かっこいいです、刃」
俺の姿を見て、ほめてくれている十香と同じ装いの耶倶矢と夕弦などが見受けられた。
メイドカフェ☆RAIZEN
それがうちの模擬店の名前だ。
名前の通り、メイド喫茶だ。
だが俺はメイド服を着ていない。
最初は着る方向で進んでいたが、執事服の方がいいと言ったところ、なんなく通ってしまったのだ。
「ホントによく似合ってるよねー」
「うんうん。もう本物の執事かと思っちゃうよねー」
「仕草もやけに板についてるしねー」
亜衣、麻衣、美衣が言う。
褒めてもらえるのは嬉しいが、早く接客しないと詰まってしまう。
なぜか女性客が多いな。
まぁそれはそれでいい。
「さて、お嬢様方を迎えに行くか」
「「「か、かっこいー」」」
なにがそんなにかっこいいのかまったくわからない。
☆☆☆
「大盛況だな」
周囲の店と比べるまでもなく、ものすごい客の入りだった。
大半が俺を指名してきた女性客だが。
「……なかなか調子がいいみたいじゃないか、ヤイバ」
会場からしばらく経った頃だった。
前方から令音の声が聞こえてきたのだ。
「まぁな、令音も来てくれたの―――」
令音の方に振り向いたが、そこで視界に麦わら帽子をかぶった女の子が映る。
「あ、あの……」
四糸乃が頬を染め、うれしそうに笑っていた。
「四糸乃も来てくれたのか。服、似合っているぞ」
「……あ、ありがとう、ございます」
そのあとは、しばらく令音、四糸乃と一応よしのんと談笑した。
執事服のことなどを主に話のネタにされた。
談笑が終わると、二人は店の中に入っていった。
それとほぼ同時だった。
人混みが左右に割れ、その中心から、モーセのごとく制服姿の少女が一人、悠然と歩いてきた。
その周囲には彼女と同じ濃紺のセーラー服に身を包んだ女子高生の一団が見受けられた。
テレビカメラを抱えた撮影クルーまでもが彼女の姿を追っている。
もうあいつしかいない。
誘宵 美九
ゆったりとした足取りのままメイドカフェの方に近づいてきた。
「……何かご用でしょうか。お嬢様」
「話しかけないでくださいー」
相変らず男が嫌いなようだ。
だが、すぐに言葉を続けてきた。
「レティシアさんはいますかー?」
「はい。中で接客をしております」
それを聞き、美九は店の中に入っていった。
その際、
【―――邪魔です。どこかへ行ってください】
と、ついてきた集団に言い放っていた。
しばらくすると、レティシアが美九と共に店から出てきた。
念話によると、どうやら二人で天央祭を周るようだ。
☆☆☆
時刻は十二時。
ステージ裏の控え室には、各校の代表が続々と集結し始めていた。
控え室というよりも、ホールだな。
俺も仕事を他のメンバーに引き継ぎ、控室に来たんだが……
だがここに集まったのは俺とレティシアと十香だけで、いつまでたっても亜衣、麻衣、美衣が来ないのだ。
集合時間を二十分も過ぎているのだ。
さすがにおかしい。
電話をしても一向に繋がらない。
「むぅ……皆はいったいどうしたのだ?」
十香が首を傾げながら訊いてくる。
だが俺は何も返せない。
仕方がないのでもう一度だけ電話を掛ける。
数秒のコール音のあと、電話口から亜衣の声が聞こえてきた。
『もしもーし……五河くん?』
「どこにいるんだ?早く来てくれ。残りの二人はどこにいるんだ?」
『あー、麻衣と美衣?それならー』
『こーこーにー』
『いるーよー』
電話口の向こうから、麻衣と美衣の声が聞こえてきた。
『悪いんだけどさー、私たちステージ出るのやめとくわ』
『美九お姉様が、やめろっていうんだもーん』
「そうか、ならいい」
すぐに電話をきる。
美九……
もう手加減しねェぞ。
すぐに他の集団から離れて、人数を補給するために影分身の術をつかう。
三人抜けたから三人作る。
それぞれ、朱乃、黒歌、ティアマットに変化させる。
服装も来禅高校の制服から変更しよう。
俺は白のスーツで黒シャツに白ネクタイ。
その他の女の子は赤いジャケットに赤いチェックのミニスカート。黒シャツに赤いネクタイだ。極めつけは―――黒ニーソだ。
これで準備は万端だ。
今は美九がステージでライブをしている。
観客に紛れ込ませている分身からの情報だと、途中で霊装を纏ったらしい。
まぁそれは大した問題ではない。
仮に、霊力で観客が俺たちのライブでブーイングしてきたとしても、すぐに霊力を霧散させればいいのだから。
☆☆☆
『―――次は、都立来禅高校勇士による、バンド演奏です』
俺たちの番が来た。
「さぁ、行こうか!!」
「うむ!!」
俺の声にかえしてくれるのは十香だけだ。
分身に返されてもしょうないからな。
薄暗い舞台袖からスポットライトの当たったステージに出る。
暗い会場の中、唯一光に溢れたステージ。
埋め尽くされた観客席。
注がれる視線。
どれも初めての経験かもしれないな。
俺はステージ中央のマイクスタンドの前に立つと、左右後方に視線をやる。
右方に十香。
左方にレティシア。
後方に朱乃、黒歌、ティア。
全員が所定の位置に着き、俺の視線に返すようにうなずいてくる。
『どうも、こんにちは。今日は記念すべき創破の初ライブに来てくださったことを、感謝しよう』
俺のあいさつに、会場がざわつく。
中には、ブーイングをしてくるやつもいた。
まぁそれだけ創破は知れ渡っていて、人気なのだろう。
『まぁいきなり何を言っているんだ。と、皆は思うだろう。だがしかし、俺が創破なのは事実だし、―――これからわかることだ』
この一言で、会場が静かになる。
『さて、一曲目からいきなり盛り上がっていこうか。一曲目、「ディストピア・ジパング」』
瞬間、ドラムスの演奏が始まった。
一曲目を終えると、そのまま二曲目、三曲目と順調に進んでいった。
『今日は創破の初ライブに来てくれてありがとうッ!!また会える日を楽しみにしているぞ!!』
「「「「「ヤーーーーーーー!!」」」」」
最後の曲を終え、終了のあいさつをした。
途中から、俺が本物の創破と分かったようでノリノリでライブを盛り上げてきてくれた。
☆☆☆
天宮スクエアセントラルステージには、一日目の出演者たちが勢ぞろいしていた。
皆緊張した面持ちで息を呑みながら、司会者の声を待っている。
すでにステージ部門の二位と三位は発表されている。
残りは一位のみだ。
だが俺はにこやかに笑っている。
対して美九はと言うと、悔しそうにこちらを睨んできていた。
もうこれでわかるだろう。
結果は、
『そして、ステージ部門第一位の栄冠を手にしたのは!!』
穴うすが響き渡り、同時に、カッ!!と俺にスポットライトが集約された。
『まさかのダークホース!!来禅高校ッ!!』
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――ッ!!」」」」」
大歓声会場の空気を激しく振動させた。
そう、勝者は我らが来禅高校だ。
美九がふらふらしながら近づいてきた。
だがその間にもアナウンスは響き渡る。
そして、最後の、本当の勝者が決まった。
『―――と、いうわけで!!天央祭一日目の総合一位は、来禅高校に決定いたしましたぁぁぁぁッ!!』
やはり来禅高校の勝利は揺るがなかった。
美九は俺のすぐそばまで来ていた。
俺と言うよりも、レティシアの。
ここでネタばらしをかねて、レティシアたち分身をこっそりと消す。
「あ、あれ?レ、レティシアさーん。どこですかぁ?」
「レティシアならもういないよ」
「なんですかぁ?話しかけないで「だいたい俺の女に手を出すんじゃねぇよ」…え?」
美九は完全に止まった。
固まってしまった。
「な、レティシアさんがあなたの女……?嘘を言わないでください!!」
「仮にそうだったとしても、俺たちが勝ったのだから、レティシアは俺の元にとどまることになるがな」
この一言で、美九は俯く。
そして何かを呟き始める。
「うそだ……そんなのうそだ!!わ、私が本当は勝ったんだもん!!あなたが……あなたが絶対になにかしたに決まってる!!」
往生際が悪いな。
いい加減負けを認めてほしい。
「お前の敗因は仲間を信じなかったことだ。なんでもかんでも一人でやろうとした。俺はそのせいで何度も大切な者を失いかけた」
「……な、かま」
美九が忌々しげにつぶやく。
「へたしたら、ステージでは勝っていても総合で負けていたかもしれない。だが仲間がしっかりと店を回してくれていたから総合優勝もできた」
「な、何よ……それ。ふざけないでください……仲間……?ははっ、人間風情が、そんな役に立つはずないじゃないですか……」
「でも人間風情に負けた。それにな、人間だって第三宇宙速度で動き回ったり、ベクトルを操作したり、奇跡を人為的におこしたり、―――しまいには神の奇跡でさえ右手一つで打ち消したりできるんだ」
「………ます」
「ん?」
美九が何かを呟いた。
「仲間?絆……?教えてあげます。そんなもの、私の前では無意味だって……ッ!!」
すると美九は、俯かせていた顔をバツと上げ、両手を大きく広げた。
「―――〈破軍歌姫(ガブリエル)〉!!」
美九が会場全域に響き渡るような絶叫を上げたかと思うと、次の瞬間、美九の足元の空間に放射状の波紋が広がっていった。
美九の声に呼応するように、その波紋の中心部kら、何か巨大な金属塊ようなものがステージにせりあがってくる。
まるで巨大なパイプオルガンのようだった。
観客もそれに気づきどよめきを始めた。
その間にも美九は行動を起こす。
美九の周りを囲うように曲線を描いたそれには細やかな線が幾つも走っており、ピアノかオルガンの鍵盤のようになっていた。
天使だ。
美九は天使を顕現をしたのだ。
それが意味するのは、
「歌え、詠え、謳え―――〈破軍歌姫〉ッ!!」
演劇の開演だ。
今宵の演目は『殺ツリ人形(あやつりにんぎょう)』。
―――ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――ッ!!
瞬間、美九の後方にそびえたっていた巨大な天使が、凄まじい音を発し始めた。