規則的に連なった銀色の円筒の中を音が幾重にも反響し、周囲にまき散らされる。
会場の空気がビリビリと震え、身体中に震動が伝わってきた。
「うるさいな……」
だがそれだけではない。
霊力が乗っていて、美九の『お願い』に似ていた。
数十秒がたち、ようやく〈破軍歌姫〉の音が小さくなってきた。
おかしい……
周りから音が聞こえない。
俺の耳が壊れたわけではない。
なら何故だ?
答えはすぐにわかった。
会場に未だにいた何千人もの観客が一人の例外もなく、皆一様に直立姿勢をとり無表情のまま身じろ一つせず、ステージの上に視線を送ってきたのである。
「はぁ……美九、面倒なことをしてくれたな」
「ふ……ふふ……ふ、仲間……でしたよねぇ?美しいですねぇ、素晴らしいですねぇ」
美九は壊れた人形のようにカラカラと笑った。
「―――こんなに、壊れやすいなんて」
言って、美九は再び光の鍵盤を弾くと、その音に呼応するように、観客たちがザッと休めの姿勢をとった。
「ふふ、うふふ、これで、あなたのお仲間さんは、ぜぇーんぶ私のものですよぉ?ねぇ刃さん、あなたの言う絆とやらは、私の指先一つでどうにもなってしまうんですねぇ」
「くくく……」
「何がおかしいんですかぁ?」
俺は思わず笑ってしまった。
仲間か……
俺が仲間と思った者は、こんな簡単に操られるわけがない。
美九はすぐに楽しげに微笑み、鍵盤を指で叩いた。
すると、ステージ上にいた出演者たちがザザッと俺の背後に回り、俺の両腕を拘束しようとしようとしてきた。
もちろん拘束されるわけがないが。
原初神の力を受け継いだことによってあらたに覚醒した力、《絶対命令権》を使う。
これは言葉に神力を乗せ、問答無用に、言葉の通りに行動させる。
故に、回避方法などなく、解除方法などなく、無効化などできず、一切の抵抗を許さない。
「おい……人間風情が許可なく俺の身体に触れるな。『跪け』」
ザザッ、と会場にいたすべての人間が一斉に跪いた。
なかなか気分がいいな。
「くくく……初めてだったがうまくいったな。どうだ?おまえが従えていた者を逆に従えさせられる気分は?」
「むぅ……だけどまだこっちには精霊さんがいます!!精霊さんたち、お願いします!!」
「はい?」
美九がそう言った瞬間だった。
四糸乃、耶倶矢、夕弦が一斉に俺に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「お……お姉様は、私が……守り、ます」
霊装を限定解除した四糸乃が言い、
「くく……愚かな。我らが姉上様に楯突こうとは、総身に知恵が回りかねているおると見える」
「肯定。短慮かつ無謀な行動です。お姉様には指一本触れさせません」
八舞姉妹が軽やかに空を舞い、美九の像空に制止した。
二人とも限定解除した霊装―――拘束具を纏い、耶倶矢は巨大な槍を、夕弦はペンデュラムのような武器をそれぞれ携えていた。
「はぁ……本当に面倒なことになった」
《絶対命令権》もまだ調節が終わっていないせいなのか、簡単に支配させかえされてしまった。
それともまだ身体に残っていた僅かな霊力が作用したのか?
「ふ……ふふ、あははは……っ!!なぁに、これ」
と、美九の笑い声が聞こえてくる。
「人が悪いじゃないですかぁ、刃さん。会場に精霊がこんなにいるなんて!!しかもみんな私好みの子たちばかり!!あぁ……いいです、最高です!!」
言って、可笑しくて仕方ないといた様子で身を捩っている。
「さぁ……もともと用はないんです。さっさと始末して、精霊さんたちと遊ぶことにします。―――さぁ、やっちゃてください!!」
美九が光の鍵盤を一層強くたたく。
すると、四糸乃と八舞姉妹が、俺に敵意に満ちた眼差しを向けてきた。
しかもだ、十香まで限定解除した霊装を纏って進み出てきた。
四糸乃が俺に向かって冷気を放ってくる。
俺はそれを防ごうと行動を―――起こす必要はないようだ。
「ヤイバ、一体何が起こっているのだ……?」
どうやら十香が防いでくれたようだ。
だがなぜ十香は操られていない?
その理由もすぐにわかった。
十香の耳にイヤホンが着いていたのだ。
どうやらこれで霊力の侵入を防いだのだろう。
いや、乱したというのが正しいのかもしれない。
「美九がみんなを操っている」
俺の言葉に、十香はステージの美九を見下ろした。
だがすぐに中断した。
美九が〈破軍歌姫〉の音色を変えて攻撃をするように命令したせいだ。
面倒だから〈フラクシナス〉に連絡を……
いや、無駄か。
多分琴里たちも操られているだろう。
はぁ……面倒だ。
「まぁいい機会だ。すこしお灸をそえるついでに、俺の力がどこまで精霊に通用するか試してみるか」
ニタァ、と笑う。
隣で十香が少し青い顔をしていたが気にしない。
新たな武具でも試そうか。
今回試すのは《グングニール》シリーズだ。
神槍グングニール
魔槍グングニール
滅槍グングニール
と、様々な種類と能力がある。
なぜ一つに纏めなかたのだ?
と思うだろう。
理由は一つ一つバラバラにしたほうが力が強力だからだ。
そしてバラバラにすることによって、神である俺でなくとも使用が可能となるのだ。
纏めると力が大きくなり過ぎで、俺以外の奴が一切使用できなくなってしまったのだ。
「さぁ、開演だ!!《神槍グングニール》」
黄金に輝く《神槍グングニール》を右手に持ち、それをそのまま投げる。
ただ投げただけなのだが、槍の周りが歪み始めた。
そのまま周りの空間を歪めながら四糸乃に向かっていく。
「ひっ……」
短く叫んだ四糸乃は、氷の防壁を何重にも重ねて槍の一撃を防いだ。
うーむ、まだまだ調節が必要か。
それとももう少し神力を注いだ方がよかったか?
次いってみるか。
「魔に染め上げろ、《魔槍グングニール》」
漆黒に淀んでいる《魔槍グングニール》を右手に持ち、先ほどと同じように投げる。
空間を歪めるのではなく、闇を纏いながら、一筋の漆黒を描きながら飛んでいく。
今回は耶倶矢に向かって飛んで行った。
「かかか……小賢しいぞ!!」
そう叫びながら、竜巻で槍の軌道を変えた。
槍はそのまま地面にささ―――え……?
槍が刺さったと思われる場所には、そこが見えないほど深い穴が開いていた。
さらにその穴からは、闇が少し漏れ出していた。
威力はなかなかだが、外部からの影響を受けやすいか……
ここまでで一つ思ったことがある。
両方とも外部からの影響を良く受けるということだ。
まぁそれは簡単に改良できるだろう。
次、行こうか。
「滅せよ、《滅槍グングニール》」
紅く染まっている《滅槍グングニール》を右手に持ち、先ほどより力を込めて投げる。
槍の周りには何も変化がない。
いや、変化はある。
何もなくなっているのだ。
今回は夕弦に向かって投げた。
「落胆。何度も同じ手とは」
そんなことを言いながらやはり竜巻―――台風といってもいいような風量を起こして、槍にぶつける。
これで槍が弾き飛ばされるとでも思ったのだろう。
だが今回は槍の能力上それはない!!
「驚愕。ありえません……ッ!!」
槍が立つ向きに触れた瞬間、竜巻を消したのだ。
そう、滅したのだ。
これが《滅槍グングニール》の能力。
ありとあらゆるものを触れた瞬間に滅する。
夕弦はギリギリで身を捻り、槍の攻撃をかわしたようだ。
《滅槍グングニール》はなかなかいいな。
改良しなくても、このままでも使える。
「さて、そろそろお遊びもここまでだ―――行くぞ朱蓮」
『久しぶりだな!!もう少し出番をくれよ!!』
「すまない。最近は歯ごたえのある相手がいなくてな」
『それでもだよ!!』
朱蓮は少しイラついているようだ。
もう少し使用頻度を上げるのを検討しよう。
だが俺の力だけでも精霊は余裕で倒せるのだ。
ここに朱蓮のブーストがかかったら……はじけ飛ぶんじゃないか?
朱蓮―――《赤龍帝の龍刀》は十秒ごとに自身の能力を二倍にする。
凄い能力だ。
元々のステータスがバグな俺が倍化されたらどうなる?
一度の倍化で、ものすごいことになる。
『Boost』
そうこう考えているうちにもう十秒だ。
「いくぞ」
一瞬で美九の背後に回る。
「え―――」
美九がゆっくりと俺の方を向く。
そのまま一撃をかまそうとしたがそこで俺の動きは止まり、美九の前に立つ。
そしてそのまま、
「誰だ」
「なかなかやりますね」
乱入者の一撃を防ぐ。
「だ、誰ですかぁ?」
美九も遅れながら反応した。
やはり反応出来ていなかったか。
あのままだった真っ二つだったな。
そして、
「おまえか―――最強の魔術師」
「……………」
俺の言葉に反応しないな……
エレンは俺から距離を取った。
「ベイリーたちは結局失敗しましたか。……まぁいいでしょう、想定内です」
目を細めながら、エレンが静かな口調で言った。
こいつは何が狙いでこの場に来た?
何か理由があるはずだ。
そうしなければ最強の魔術師であるこいつはこんなところまで足を運ぶわけがない。
そうだ、余程のことだ。
あり得ないことがあれば来る。
まさか俺を狙っているのか?
それはありえる。
なんせ霊力をこの身に封印できるのだから。
まずいな……
エレンとの戦闘はかなり余波が出るはずだ。
「―――目標、夜刀神十香に、五河刃……の反応がある女生徒を発見。これより捕獲に移ります」
今、なんて言った?
十香を捕獲?
何を馬鹿なことを。
そんなことを考えているうちに、一瞬でエレンが十香の元に移動した。
「させねぇ!!」
俺も遅れながらに十香の元に移動―――できなかった。
目の前に百を超えるDEMの手先であろう女たちがいるからだ。
こいつらを始末していたらエレンは十香を連れ去ってしまうだろう。
ここで俺は考える。
ここで無理に十香を取り返すために動くべきなのかと。
十香は《神使》だ。
だから死ぬことはない。
狂ってしまうことはあるかもしれないが、死なない。
死なないから助けないというわけではないが。
欲を言えば助けたい。
助けたいが―――ここで手札をさらすわけにはいかない。
俺の手札はほぼ無限に近いが、新しいものほど練度が少なく扱いにくい。
《グングニール》シリーズがいい例だ。
だから、俺は、今は、助けに、いけない。
だがこれだけは十香に伝える。
「十香!!絶対に助けに行くからな!!」
俺はエレンに連れられて、空中にいる十香に向かって叫ぶ。
「うむ!!待ってるぞ、ヤイバ!!」
十香は笑いながらそれに応えてくれた。
それと同時に、エレンと十香の姿が完全にこの場から消え去った。
安心反面、すまないと思う面もある。
だがまぁ、これからやることはただ一つだ。
「ATフィールド展開、モード《天災(ディザスター)》!!」
叫んだ瞬間、背中から紅色の翼が出現する。
そして空は紅い渦が出現する。
「指定、DEMの魔術師共!!」
瞬間、俺の眼前にいた魔術師共が、宙に浮く。
そしてそのまま紅い渦に吸い込まれていく。
「なによこれ……」
「やだ……やだぁ……たすけてぇ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
辺りには魔術師の叫び声が響いている。
だが関係ない。
先に仕掛けてきたのはおまえたちだ。
そして全ての魔術師を吸い込んだのか、紅い渦が閉じる。
それと同時に俺の背中に出現していた紅い翼も霧散する。
「はぁ……あーあ……」
見捨てちまったな……
だがここで嘆いても仕方がない。
さっさと準備をしてDEMに仕掛けなければ。
ふと、辺りを見回す。
そこには、美九に操られた観客がいた。
全員俺の方を向いている。
ここにいてはまずいか。
俺は人の気配がしないビルの屋上を目指して転移をする。
☆☆☆
さて、これからどうするべきか。
すぐに攻撃を仕掛けるもよし。
それとも、DEMのビルごと消しとばすもよし。
なんだ?
今どこからか、笑い声が聞こえたような……
―――くすくす
まただ、また聞えてきた。
辺りを見回す。
だが人影は見当たらない。
なら残るは―――影だ。
影の中から一人の少女が這い出てくる。
血のような紅と闇のような黒で構成されたドレス。
左右不均等に結われた黒髪。
右目に浮かんだ時計の文字盤と、一秒ごとに規則的に時を刻む針。
そして端整な貌は、愉悦と嘲笑とも取れる生々しい笑い顔に彩られていた。
「うふふ、随分と悩んでいらっしゃいますねの」
「狂三か……」
やはり狂三だった。
影、という点である程度予想していた。
最悪の精霊と言われた者が俺の前に姿を現した。
何のようだろうか?
狂三は怪しく笑った。
そして、静かに唇を開いてきた。
「お困りの様子ではありませんの。―――ねぇ、刃さん。少し、お話ししませんこと?」
To be continued
次章に続きます。