「初めまして。神をも浄化する刃、神浄刃だ。―――見ての通りの神様だ。そして―――十香を助けに来た」
俺は《人類最終死剣(ラスト・エンブリオ)》の切っ先をウェスコットに向けながら言い放つ。
瞬間、ウェスコットはその目を大きく見開いた。
だがそれは、《人類最終死剣》の切っ先向けられたことに戦慄したわけだはなさそうだ。
しばしの間呆けたように俺の顔をまじまじと見つめ―――
「イツカ―――ヤイバ。君が」
やがて、くつくつとのどを鳴らし始めた。
「……くく、精霊の力を扱えるのは聞いていたが、まさか神だったとは……。だが、なるほど、そういうことか。くく、はは、はははははははははは!!」
気持ちが悪い。
この一言に限る。
さっさと殺してやろうかと思う。
「滑稽じゃあないか。結局―――全てはあの女の手のひらの上だったというわけだ。―――多少の誤差はあろうとも」
この返答に、俺の隣に控えた美九が、気味悪そうに声を発した。
「……なんですかぁ、この人。どこかおかしいんじゃありません?あぁあ、だから男は嫌なんですよー」
「いや、あいつが特殊なだけだから」
まったく、あんなのと一緒にしてもらいたくないね。
「お前が気持ち悪いのはどうでもいい。それより―――十香を開放してくれ」
威圧しながら言い放つと、ウェスコットは愉快そうに肩を揺らした。
「もしもその言葉に従わなかったら、どうなるのかな?」
「殺す」
殺気を少し乗せながら言い放つ。
ウェスコットは頬に汗を滴らせた。
「そうか。―――私はエレンのように強くはないんだ。精霊一人と、神を同時に相手にするなんて、恐ろしくてできないさ」
そう言って、ウェコットが手近にあったコンソールを捜査した。
すると、部屋中に響いていた小さな駆動音のようなものが小さくなり、辺りがふっと明るくなった。
次いで、十香の手足を拘束していた錠がガチャリと音を立てて外れた。
「―――十香」
どうやらガラスの内側にも声が通っているらしい。
椅子に座っていた十香が、ふっと顔を上げた。
『ヤイ……バ……?』
そして身を起こし、微睡みを振り払うように目を擦ってから、十香が俺の方に目を向けてきた。
『ヤイバ!!』
ようやく気づいたか。
十香は身体中に張られた電極をぶちぶちと剥がしながら、俺の方に走ってきた。
そして強化ガラスに両手のひらとおでこを押し付けながら、今にも泣きそうな顔を作った。
『ヤイバ……ヤイバ、ヤイバっ!!』
「すまないな。少しばかり遅くなってしまった」
俺の言葉に、十香がブンブンと首を振った。
どうやら身体に異常はないらしい。
今の仕草からの判断だがな。
だが悠長にもしていられない。
さっさと十香を出さなければ。
「おい、開けろ」
「そんな立派な得物を持っているんだ。自分で切り裂いてみてはどうかな?」
ウェスコットが肩をすくめながら言ってきた。
馬鹿かこいつは。
そんなことをしたら、強化ガラスはおろか、そのままビルの壁を突き破り、挙句の果てには街が無くなるぞ。
俺が強化ガラスをどう破壊しようか考えていると、ウェスコットが悠然とした笑みを浮かべながら、
「あぁ―――そうそう、一つ言い忘れていたが。イツカヤイバ」
そしてそのまま、小さく唇を開いた。
「―――そこに立っていると、危ないよ」
『や、ヤイバ!!後ろだ』
ウェスコットの言葉と共に、十香が叫んだ。
そして、ぞぶ、という奇妙な音とともに、俺の胸元に違和感を感じた。
「お?」
すっかり油断してしまっていた。
俺の悪い癖だ。
まったく、今までこのせいで何回も危ない橋を渡ったというのに。
学習しないな、俺は。
胸元に視線を落とす。
ふむ、どうやらレイザーブレイドが突き刺さったようだ。
背後に視線を向けると、白金のCR-ユニットを纏った魔術師、
「―――エレン」
「―――アイクに向けられる剣は、すべて私が折ります」
普通の人間だったら致命傷を負わせることをしたとは思えない調子で言い放ったなこいつ。
『ヤイバ!!ヤイバぁぁぁぁぁッ!!』
ガンガンと震動が響く。
十香がガラスの壁を何度も叩いるせいだ。
「おや……君が傷を負うとは珍しいじゃあないか」
「油断しました。―――恐らく、上空に〈ラタトクス〉の空中艦がいます」
「ほぉう……?」
琴里に手出したら、一瞬で破壊しつくしてやるからな。
「なにか禍々しい剣を手にしていたので、攻撃しましたが、よろしかったでしょうか」
「あぁ―――。構わないさ。むしろこちらの方が、都合がよさそうだ」
「ハァ?馬鹿だろうお前ら。何油断しているんだ」
「「な!?」」
ウェスコットとエレンが驚いたような声を発する。
胸に突き刺さっているレイザーブレイドを右手で掴み、引き抜く。
そこから膨大な量の血がが噴き出す。
だがそれもすぐに収まった。
「……さすが神と言った方がいいのかな?」
「この程度は普通だ」
適当に返し、一瞬で十香の元に移動する。
「や、ヤイバ!?き、傷はないのか!?無事か!?」
「あぁ、大丈夫だ。ほら―――」
そしてガラスを手刀で切り裂き、十香をガラスの中から出す。
「―――ヤイバ!!」
「おっと」
出た瞬間に十香が俺に抱き着いてくる。
優しく頭を撫で、床に下ろす。
だがそれと同時に俺は崩れ落ちる。
「や、ヤイバ?どうしたのだ?」
「ははは、まずい。一回落ち―――」
どうやら傷が完全にふさがりきっていなかったのと、血が一気に無くなったのがまずかったかな。
ここで俺の意識は一度途切れた。
☆☆☆
「ヤイバ……ヤイバ……ヤイバ……!!」
私はヤイバの身体をゆすりながら言う。
自分を見失いように意識を強く持ちながらだ。
刃には回復能力があるから大丈夫だ。
大丈夫なはずだ……!!
そうだ、すぐに起き上がり私を抱きしめて優しく頭を撫でてくれる……
「さぁ、精霊。〈プリンセス〉。ヤトガミトオカ。ようやく役者が揃った。―――これから君の大切なイツカヤイバを殺そうと思う」
「なんだと!!」
「止めるならご自由に。私はそれを邪魔しない。君の持ちうる全てを使って、エレンの刃を止めてみたまえ。霊装を、天使を―――そしてそれでもありぬなら、その先にすら手を伸ばして」
「何を……言っている……」
私にはあの男が何を言っているかがわからなかった。
その先?
その先をは何だ?
「じきにわかるさ。―――エレン」
あの男が手をかざすと、メカメカ団に似ている女が、ゆっくりと近寄ってきた。
二人は何かを話しているようだがそれどころではない!!
早く何かしなければヤイバが殺されてしまう!!
〈鏖殺公〉、頼む……!!
私に……ヤイバを守れるだけの力を貸してくれッ!!
「〈鏖殺公〉!!」
その名を叫ぶと、私の身体―――制服の周りに〈神威霊装・十番〉が顕現した。
よし、これでヤイバを守れる!!
そう思って、女をの方に向き直る。
向き直ったのだが……
「どこに行ったのだ……」
女の姿が見当たらない。
周りを見てみると、ヤイバに剣を刺している女が……!!
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
叫びながら女に〈鏖殺公〉を叩きつける。
だが女は簡単に剣で弾いてしまった。
さらに私の腹を蹴りを放ってきた。
「ぐふぅ……」
思わず、変な声を発してしまった。
私はすぐに立ち上がり、ヤイバの方に目を向ける。
そこには、何度も、何度も……
何度も何度も何度も剣で刺していた……
「やめろ!!やめろ!!やめてくれ……ッ!!もう―――ヤイバだけは……!!私はどうなっても構わない!!なんだってする!!だから……だから、ヤイバを私から奪わないでくれ……っ!!」
私は叫んだ。
願うように、頼みこむように。
だがあの女は聞く耳を持たなかった。
腕に力が入ったのがわかった。
このままでは、足りない。
力が足りない。
―――天使では―――足りない。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
もう天使ではなくてもいい。
ヤイバを救えるなら!!
ヤイバを救ってくれるのなら、どんなものでも構わない!!
女の持っている剣が、ヤイバの首に向かって振り下ろされた。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――-ッ!!」
その瞬間だった。
意識がふっと途切れるのと同時に、右手に、天使以外の何かを握る感触を覚えた。
いや―――
握られていたかもしれない。
☆☆☆
なんだ……?
この嫌な感じ……
まるで、まるでなじみがの分身が死んだときみたいだ。
意識が強制的に覚醒させられたような感覚の中、俺は考える。
その時だった。
ウェスコットの声が聞こえてきた。
「〈王国〉が、反転した。さぁ、控えろ人類」
ウェスコットが両手を広げた。
「―――魔王の、凱旋だ」
それを聞いた瞬間、俺の身体にも変化が訪れていたのに気づく。
白くないのだ。
黒いのだ。
漆黒といっていいほど黒に染まったものを纏っていた。
そう、創造神の姿から破壊神の姿に変わっていたのだ。
世界が反転した影響なのか?
だが―――気分は悪くない。
ゆらりと立ち上がる。
「おや、まだ生きていたのかい?姿が変わったようだけど」
ウェスコットがくつくつと笑いながら言ってくる。
俺は感情を込めずに言い放つ。
「先ほど貴様が言ったことを忘れたのか?反転した、『控えろ』人類。と」
「「な―――」」
《絶対命令権》が発動し、ウェスコットとエレンが跪いた。
跪いたというよりも、床に縫い付けられるようにしゃがみこんでいる。
エレンは何とかして抜け出そうとしているが、無駄だ。
そのはずだ……
辺りを見回すと、十香のその身を黒い光の粒子が覆い尽くしていった。
一体何が―――そうだ、反転したんだったんだったな。
十香のシルエットを塗りつぶした禍々しい黒光が、放射状に晴れて行った。
同時に十香の全貌が見とれるようになる。
「へぇ……」
今までの霊装を装備した十香と違った感じだ。
だが―――悪くはない。
と、そんなことを考えている隙はなかったな。
十香が口を開けた。
「―――なんだ、ここは」
やはりこれも反転の影響なのか、様子がおかしい。
十香は美九を指さし、
「貴様。答えろ。ここはどこだ?」
と、美九に問いた。
「えっ?えぇと、DEMインダストリーの日本支社……じゃないんですかー?」
「聞き覚えのない場所だな。―――それで、私はなぜこんなところにいるのだ?」
「いや、そこの魔術師さんにさらわれてきたからじゃ……」
美九が困惑した様子で、床に縫い付けられているウェスコットとエレンの方を向いた。
そしてその視線を追うように、十香もまたそちらに目をやった。
するとウェスコットが、凄絶な笑みを浮かべる。
「素晴らしい。こうも見事な反転体を見たのは初めてだ。―――見ろエレ「『黙れ』誰が発言を許可した」…」
《絶対命令権》を使い、ウェスコットを黙らせる。
「―――〈暴虐公(ナヘマー)〉」
十香が冷徹な声で言い放ち、〈暴虐公〉をこちらに向かって振るってきた。
もちろん、そのまま何もしないわけがない。
腰に携えていた《破壊の刀剣》で斬撃を弾く―――というより、破壊する。
余波が美九の方にも言っていたようなので、一瞬で移動してすべて破壊する。
「無事か?美九」
「え、えぇ……、っ、ていうか、別に私あなたに助けられなくても大丈夫でしたからねー!!そっちが勝手にやっただけですからねー!!」
美九は不本意極まりないといった顔をして目を背けた。
面倒だな……
ウェスコットとエレンは適当に大陸に飛ばすか。
《境界を操る程度の能力》でスキマを開き、そこに二人を放り込む。
後は知らない。
生きるも死ぬも知らない。
「あとは……貴様らか」
十香が言って、冷たい目でこちらを見てきた。
どうやら今の一連のことを見ていたらしい。
「……ちょっと、あなたの知り合いじゃないんですかー?ていうかあの子、助けにくる必要もないくらい激強じゃないですかぁ。一体何がどうなっているんですー?」
美九が小声で問いてきた。
「ウェスコットが言っていただろう。―――反転したと。おかげで俺もこのありさまだ」
「……まぁいいです。それ以前に、あなた胸貫かれましたよねぇ?なんで生きてるんですー?」
「神だから」
その時だった。
十香が〈暴虐公〉を振るって、斬撃を飛ばしてきた。
「ああああああああああああああああああッ!!」
俺が反応する前に、美九が対処してくれたようだ。
「すまない」
「勘違いしないでくださいよー。言ったでしょう?私は『好き』とか『大切』とか『死んでも』って言葉を軽々しく使って、簡単に翻すような男が一番大っ嫌いなんですー」
「む?」
「あなた、言いましたよねー?命を懸けても十香さんを助けるって。なら、最後まで責任持ってください。私を……失望させないでください。私は……それを見るためにここまで来たんですから」
「そうだな」
俺が美九の方を向くと、美九はうなずてきた。
「さぁ十香。お遊びはここまでだ。―――一瞬で、と言いたいところだが、少しお灸を添えようか」
美九の方を向く。
「美九、十香の動き、止められるか?」
美九は無言になった。
だが、その場でくるりと身体を回転させ、タップダンスのように、カッ、カッ、と地面に靴底を打ち付けた。
「〈破軍歌姫〉―――【輪舞曲(ロンド)】」
すると、美九を囲うように、地面から何本もの銀筒が出現し、その先端をマイクのように美九の方に向けた。
それだけではない。
半分ぐらいパイプオルガンの金属管が現れ、十香に向けてその先端を可変させた。
「……いいですよー。特別です。十香さんのために短針ここまで乗り込んだ、果てしなく馬鹿で愚直なあなたに、一度だけチャンスをあげます」
「ほぅ」
「防御の声を全方位から十香さんにぶつけます彼女相手では難病持つか分かりませんが、少しの間動きを止められるはずです。その間に、どうにかしてくださいねー」
「まかせろ」
「では、いきますよ―――」
美九が身をそらしながら息を大きく吸い、
「―――――――――――――――ッ!!」
耳の奥に響くような高音だ。
〈破軍歌姫〉の銀筒は美九の声を幾重にも反響させ、目に見えない手で締め付けるように十香を拘束した。
十香の両腕が不自然に歪み、ロープで締め付けられるかのようにぐぐっと身体に密着した。
「む―――なんだ、これは」
十香が不快そうに顔を歪めた。
拘束を剥がそうと腕に力を入れた。
そのたびに、美九の声が苦しそうに上擦る。
この一瞬を大切にするため、一気に十香に近づく。
「ふん……」
俺に気づいたのか、十香は床を蹴り、散弾のように床材が飛んできた。
それらを全て手刀で弾きながらさらに近づいていく。
と、十香が、ち、と苛立たしげに舌打ちをした。
「―――鬱陶しいぞ」
言って大きく息を吸い、身体を軽く前掲させ、おとの 高速を引き千切るようにめりめりと両腕を開いていった。
「―――――――――――!?」
美九の声が段々とかすれていき―――そして。
「―――――」
美九は絶望に目を見開いていた。
どんどん力の増す十香に抵抗するために、拘束の強度を上げていっていたのだろう。
だがそこで、不意に声が出なくなってしまった。
「―――、―――」
読唇術を使う。
なんで。
そう言おうとしていたらしい。
だがひゅうひゅうと息が漏れるのみだった。
「ふん」
十香が鬱陶しげに声を発した。
美九の声が途切れるのと同時に、周囲に立っていた〈破軍歌姫〉の銀筒がガシャンと音を立てて倒れ、十香を拘束するおとの 壁が完全に消え去った。
美九は霊力を使い過ぎたのだろう。
だがまずい……
これでは美九は十香の攻撃を防ぐ術を失ってしまったことになる。
「ふん、小賢しい真似を」
十香が鼻を鳴らし、〈暴虐公〉を振り上げる。
その先にある者は―――
美九だ。
「私の身を縛ろうとは。身の程を知れ」
言って、十香は剣を振り下ろした。
「―――」
美九は悲鳴を上げようとしたのだろう。
だが声は出ない。
美九は力啼く笑い、その攻撃を避けようとせず、その場にへたり込んだ。
多分避けるような力が残っていなかったのだろう。
だが、ここで美九を死なせるわけがない。
「ォォォオオオオオ!!」
雄たけびを上げながら、俺は美九の前に一瞬で移動する。
そして―――
《人類最終死剣(ラスト・エンブリオ)》
名称からある程度は想像できるだろう。
そう、人類最終試練(ラスト・エンブリオ)を武具に具現化させたものだ。
人類最終試練、それは―――
最古の魔王の総称であり、人類を根絶させかねない試練が顕現したものである。
代表的な物は、閉鎖世界(ディストピア)、絶対悪(アジ=ダカーハ)、退廃の風(エンド・エンプティネス)、永久機関(コッペリア)などがいる。
簡単に言えば、人類にとっての最悪で最凶なものだ。
その人類最終試練が剣となって具現化したのだ。
最早、ただの人間では対処できないであろう。