「私の身を縛ろうとは。身の程を知れ」
十香さんが、私に向かって黒い剣を振るってきた。
悲鳴を上げようとしても、声が出ません。
ふふ、もう、どうしようもありませんね。
私はその場にへたり込みました。
まぁ避ける力を残っていないんですけどね。
きっとすぐにあの黒い剣で私は殺されてしまうんでしょうね。
いくら霊装が解けていないといっても、あの禍々しい一撃には耐えられそうにありませんね。
仕方のないことです。
もともと私には、歌しかなかったんですから。
他に、何も持っていなかったんです。
だから、歌を、声を、音を失った今の私には何の価値もありません。
『歌』がなければ、もう誰も私を愛してくれないんです。
『声』がなければ、もう誰も私を守ってくれないんです。
『音』がなければ、もう誰も私を信じてくれないんです。
そんなことは、ずっと、ずっとまえからわかりきっていることなんですけどね。
はぁ……なぜこんなところに来てしまったんでしょうか。
魔術師がたくさんいるこんなところに来たのがまちがいだったんでしょう。
せっかく念願の精霊さんを三人も手に入れたのに。
最高の時間を楽しめていたのに。
なぜ私はこんなところに来てしまったのだろう。
そうだ。五河刃のせいだ。
自分の命を捨てることになっても十香さんを助けるだなんて、私の一番嫌いな戯言を吐いたあの男を見に来たのだ。
五河刃がDEMインダストリー日本支社に現れたと聞いたときは驚きました。
まさか本当に、自らの身を危険に晒してまで十香さんを助けに行くとは思いませんでした。
実を言えば……
一度でいいから見たかったんです。
人間に、男という生物に失望しきったから。
本当に心から、誰かを愛している人間をというものを。
結果、五河刃は最後まであきらめませんでした。
自分の大切な人を取り戻すために、胸を剣で貫かれえも、死に掛けながらも、歩みを決して止めませんでした。
もし。
もしですよ?
もしも、こんな男にもっと早くに出会えていたなら……
十香さんに向ける愛情のほんの一部分だけでも、私に向けてくれていたら。
私はきっと、もっと違う道を歩んで行けたんでしょうね。
声にならない声を出して、目をふっと伏せて、覚悟を決めました。
だけど―――
「ォォォオオオオオ!!」
雄たけびのような五河刃の声が響いてくるのと同時に、前から凄まじい音がしました。
そして私は閉じていた目をハッと見開きました。
そこには―――真っ黒な翼を目いっぱいに広げた五河刃がいました。
私を守ってくれた……?
嘘じゃなかった!!
五河刃はちゃんと私を守ってくれた!!
「無事か?」
彼は短く訊いてきた。
「ぁにを、やっぇ―――」
まだ私はうまく声がでなくて中途半端になってしまいました。
でも、どうやら伝わったらしく、
「約束しただろう?―――守るってな」
「ぇ……?」
彼も覚えていたらしい。
(―――じゃあなんですか、私がもし十香さんと同じようにピンチになったら、あなた、命を懸けて助けてくれるとでもいうんですかぁ!?)
(たとえ四肢がもぎ取られようと助けに行くッ!!)
確かに、彼はそう答えていた。
私は口元に手を当てて、小刻みに震えてしまった。
目からは、涙が……
「ぁ、ぁ……」
やはり彼は守ってくれた。
守ってくれた!!
『声』のない、無価値になってしまったたはずの私を。
守ってくれた。
あんな、小さな約束だけど!!
小さく嗚咽しながら、無意識のうちに彼に手を伸ばしてしまった。
彼の手に、指が触れる。
指先を触れるだけで吐き気が襲ってくるほど嫌いだった男の身体なのに。
彼に触れても何の不快感も湧いてこなかった。
きっと私は―――
☆☆☆
美九の前に一瞬で移動した俺は、《破壊の刀剣》で斬撃を破壊する。
そして《破壊の刀剣》を腰にある鞘に戻し、
「無事か?」
短く、簡潔に美九に訊く。
「ぁにを、やっぇ―――」
まだうまく声が出せないのだろう、だが何を言いたいのかは分かった。
俺はそれに当たり前のように答える。
「約束しただろう?―――守るってな」
「ぇ……?」
何を言っているんだ、みたいな顔で美九が声を出した。
まったく、美九が俺に約束みたいなのをさせたのに。
と、ここで異常に気づく。
たった今斬撃を放った十香が、左手で額を押さえ、くるしげにうめいていた。
「う、ぅ……ヤイバ……ヤイバ……」
俺の名前を呼んだ……?
だが記憶が戻ったわけではなさそうだ。
それなら……
《人類最終死剣(ラスト・エンブリオ)》を取り出す。
《人類最終死剣》
名称からある程度は想像できるだろう。
そう、人類最終試練(ラスト・エンブリオ)を武具に具現化させたものだ。
人類最終試練、それは―――
最古の魔王の総称であり、人類を根絶させかねない試練が顕現したものである。
代表的な物は、閉鎖世界(ディストピア)、絶対悪(アジ=ダカーハ)、退廃の風(エンド・エンプティネス)、永久機関(コッペリア)などがいる。
簡単に言えば、人類にとっての最悪で最凶なものだ。
その人類最終試練が剣となって具現化したのだ。
最早、ただの人間では対処できないであろう。
だが、反転した〈王国〉が反転して出現した精霊(?)ならどうか?
わからない……
ほとんど予想ができない。
と、そこで、
「う、あ、ああああああああああッ!!」
十香が叫び、右手に握った〈暴虐公〉を地面に突き立て、その刃に向かって自分の左腕を振るった。
「あぐ……っ!!」
俺の反撃の余波で霊装がはげ落ちていた左手に、大きな傷が生まれ、盛大に血が流れ落ちた。
そこでようやく、十香は落ち着きを取り戻したようだ。
いや、違うな。
なぜなら、十香が俺を血走った眼で見ているからだ。
そしてそのまま、自らの血に濡れた〈暴虐公〉を引き抜き、
「面妖な手を……!!私を惑わすか、人間!!」
言って、十香は床を蹴って再び空へ舞いあがり、巨大な剣を天高く振り上げた。
「よかろう―――ならば一撃にて塵も残さず粉砕してくれる」
すると虚空に波紋が現れ、そこから、十香の身の丈の倍はありそうな巨大な玉座が姿を現した。
そしてそのまま玉座が空中でバラバラに分解し、十香の掲げた剣にまとわりついていく。
玉座の破片と同化するたびに、黒い粒子をまき散らしながら、巨大な剣は、さらに長大な、禍々しい姿へと変貌を遂げていった。
そして、最後の破片が剣に同化する。
その切っ先が、月を裂くように天を突く。
「―――わが【終焉の剣(ペイヴァーシュヘレヴ)】で……ッ!!」
十香の吼えるような宣言とともに。
〈暴虐公〉は、真の姿を現した。
ならこちらもそれに応えるのみ!!
「《人類最終死剣》―――【永遠の氷河(エターナルブリザード)】」
氷河期
氷河期(ひょうがき、ice age)とは、地球の気候が長期にわたって寒冷化する期間で、極地の氷床や山地の氷河群が拡大する時代である。
氷河時代(ひょうがじだい)、氷期(ひょうき)とも呼ばれる。
そう、人類はおろか、ありとあらゆる生物が生存できる状態ではない。
《人類最終死剣》を【永遠の氷河(エターナルブリザード)】の状態に変質させたことにより、辺りの気温が一気に下がる。
吐く息は一瞬で凍る。
ありとあらゆるものが凍り始めていく。
このままだと美九まで巻き添えを食うので、
「結」
「え―――」
結界で美九を守る。
あぁ、それとどうやら美九の声は元に戻ったらしい。
「人間……ッ!!貴様何をした!!」
「いちいち喚くな、魔王。我は神だぞ?魔王ごときが―――なれなれしいッ!!」
瞬間、俺の剣と十香の剣がぶつかりあう。
互いに弾かれ―――るわけがないだろ。
「うぐぅ!!」
十香は後方に吹き飛ばされるものの、一瞬で体制を整えた。
さすが、なのか。
俺はすぐに剣を振るう。
それと同時に、もの凄い冷気が斬撃となって十香へ飛んでいく。
「小癪な!!」
それを十香は弾き返そうとしたのだが、剣ごと凍ってしまった。
足も、床と共に凍っている。
だが十香はあきらめない。
霊力(?)の質を上げ、凍結を無理やり解除したらいい。
「―――十香」
「……ッ!!」
十香の名を呼ぶと、怯えるように肩を揺らした。
だがそれを振り払うようにかぶりを振ると、絶叫じみた声を上げて巨大な剣を振り下ろした。
「〈暴虐公〉―――【終焉の剣】!!」
「《人類最終死剣》―――【永遠の氷河】!!」
十香の剣が空間ごと闇に染め上げにかかる。
だがそれごと俺の剣は凍りつかせていく。
そのまま、今度こそ十香を凍らせ、ビルも凍らせていく。
やがてビルは、完全に凍りついた。
「さて、十香。いい加減―――戻っておいで」
十香の元に一瞬で移動し、そして上半身だけ凍結を解く。
目を開けないところから推測するに、気絶でもしたのだろう。
だが関係ない。
俺は十香にキスをする。
何かが流れ込んでくるのを感じた。
今までにあった霊力ではなく、違うものまで流れ込んできたような気がする。
と、キスが終わったタイミングで十香は目を覚ました。
「―――ヤイバ」
今度は確かに、ヤイバ。
そう言ってくれた。
「そうだ。俺だよ」
「ヤイバ!!」
十香が抱き着いてくる。
俺はそれを受け止め、やさしく髪を撫でる。
「おにーちゃん、また女の子を誑かせたの?」
フランめ、いいところで。
なんてタイミングで帰ってきた。
まぁそのまま一緒にフランも撫でたがな。
☆☆☆
『五河刃さま
天央祭三日目、午後二時五〇分に、セントラルステージの楽屋に来てください。
ふたりっきりでしたいお話しがあります。来なかったら怒っちゃいますからね!!
あなたの美九より』
ふむ、どうやら美九がデレたようだ。
キスマークまでついているとは。
この手紙が俺の元に届けられたのは、DEM社での一件があった日の夕刻のことだ。
九月二五日、月曜日。
天央祭開催三日目にして、DEMインダストリー日本支社での攻防戦から一日が経った日である。
〈フラクシナス〉で身体検査をさせられそうになり、逃げだした俺は、天央祭会場である天宮スクエアにやってきている。
一日目に比べると、日とは格段に少ないな。
まぁそれもそのはずだ。
天央祭三日目は一日目と違い、参加校の一〇校の生徒だけが文化祭を楽しむ、いわば後夜祭みたいなものだった。
そんなことよりもだ。
せっかくフランを呼んだのに、全然触れあえなかった!!
一ヶ月に一日しか呼び出せないのに……
ちくしょう……
まぁフランのおかげで魔術師が侵入してこなかったんだけど。
さて、そろそろ美九のライブが終わるころだ。
楽屋に向かいますか。
☆☆☆
美九の控室の前に来た俺は、扉をコンコン、と叩く。
『はい、どうぞー』
中から美九の声が聞こえてくる。
俺はそれを確認し、扉を押し開ける。
控室の中には、美九が一人、椅子に座っているだけだった。
それもそうか。
「来てくれたんですね、だーりんっ!!」
美九は弾んだ声でそう言い、椅子から飛び上がり、俺に抱き着いてきた。
「あれだけライブ頑張ってたのに元気だな」
「うふふ、だーりんが来てくれたんですから。あたりまえですー」
言って、さらに身を寄せてきた。
ふむ、美九の胸はなかなかだ。
いや、最高といっても過言ではないな。
この前の一件から美九の精神状態は非常に良好らしい。
というよりも、最高らしい。
うーむ、美九の性格というか価値観は子供と同じなのか?
嫌い嫌いと思っていたものが、一つのきっかけで大好きに変わる。
そのスイッチがDEMの一件だったのだろう。
「それで?話とはなんだ」
「あぁ、そうでしたー」
美九は思い出したように小さくうなずいた。
そして何でもない動作で俺に目を向けて、そのまま爪先立ちをして、俺にちゅっと口づけを……
えー……
美九はがっしりと俺の身体を抱いたまま、唇を離そうとしなかった。
「んむぅ」
「……んっ」
そうしているうちに、俺の身体に霊力が流れ込んできた。
それと同時に、美九が纏っていた霊装が、光の粒子になって空気に溶けて消えた。
「わ……きゃっ!!」
それに気づいたのか、美九はやっと俺から唇を放した。
長くて、深かった……です。
「なんて早技……だ、だーりんたらえっちさんですぅー……」
「否定はできないな」
「そ、そうですかぁ。―――まぁ四糸乃ちゃんたちに訊いて、全部、知ってましたけどー」
言って、美九は俺に寄り添ったまま微笑んだ。
ふむ、どうやら封印後のことは琴里たちから説明されたのだろう。
ということは、自分の霊力が封印されることを知っていたのだろう。
その上で、俺にキスをしてきたのだ。
「美九……」
あれほど『声』を失うことを恐れていた美九が……
美九は小さく唇を開いた。
「あのとき……あなたが、約束してくれましたから」
「あぁ、そうだったな―――」
「はいー……もし私が―――」
「「今の『声』をなくして、ほかの みんなにそっぽ向かれても、刃さん(俺)だけはファンでいてくれる(いてやる)って。」」
「あれは―――本当ですよね?」
美九が少しだけ心配そうな顔をして言ってきた。
もう答えは決まりきっている。
「当たり前だ」
そう言い返し、美九を抱きしめる。
「ふふ、だーりんはえっちさんですねぇ」
「ははは、……否定はできないな」
そして、この後予想外のことが起きた。
控室の扉が開け放たれ、そこから龍胆寺女学院の制服を着た女子が入ってきてたのだ。
「美九さん!!アンコールが凄すぎて、次に進めません!!もう一曲―――ってえ……」
あ……
これアカンやつや。
絵面的には、裸のトップアイドルを抱きしめている、男……
まぁ当然……
「だ、誰かっ!!誰かぁぁぁぁぁッ!!」
「あーあ……」
叫びながら出て行った。
これをポカンとした様子で見ていた美九破、やがてくすくすと笑いだした。
「あはは、早く逃げた方がいいんじゃないです?このままだと捕まっちゃいますよー?」
「大丈夫だ」
大丈夫な……はずだ。
「……でも、今の子、アンコールって言いましたよね」
「あぁそうだとも」
「じゃあ……いかないと。衣装は……そうですね、メイドカフェさんにでも頼み込んで貸してもらいます。―――見ててくれますか?だーりん」
美九が言ってくる。
目には不安と、それを超える、強い意志の光が宿っていた。
「もちろんだ―――衣装はこれで頼みたいがな」
☆☆☆
『はーい、皆さん。また会いましたねー』
ミニスカ和装の美九の登場に、再び大歓声が巻き起こる。
ちなみに俺はステージ脇で控えている。
『アンコール、ありがとうございますー。でも駄目ですよー、運営の人を困らせちゃ』
美九が少し怒ったように言うと、会場中から「ごめーん」と声が響く。
『でも、うれしいですよー。―――なので、今日は特別に、私の大事な歌を歌おうと思います』
言って、美九がパチンと指を鳴らす。
その瞬間、俺はステージに走っていき、肩から下げたキーボードを弾き始める。
ステージにはアップテンポの曲が流れ始める。
もいろん、会場は沸いたのだが、同時にどよめきのような声も聞こえてきた。
それもそうだ。
この曲は、『宵待月乃』の曲なのだから。
『―――――――――――――――――――――!!』
昔失声症を患わった美九が、ステージで歌うはずだった曲。
ながらく歌っていないのに、軽やかに歌っている。
もうその声に、人を惑わす霊力は乗っていない。
観客たちも、いつもの美九の『声』との違いに、微かながら戸惑っているようだ。
だが、曲が進むにつれ、それはなくなり―――一昨日のライブに負けないくらい熱狂していった。
それこそ、アンコール前の局に負けないくらいに。
やがて曲が終わり、ステージが大きな拍手と大歓声に包まれる。
『……っ』
歓声に溢れる会場を見たせいか、美九がマイクを握りながら、ぽろぽろと涙を流した。
『皆さん……ありがとう、ございまひゅ……っ」
客席からざわめきと、美九を元気づける声がいくつも響き渡った。
だがな……
「ありがとう……ございます、だーりん……大好き……っ!!」
それは言ったらアカンやろ!!