「司令……ッ!!」
「わかってるわよ。騒がないでちょうだい。発情期の猿じゃあるまいし」
私は口の中で飴を転がしながら、狼狽した様子の部下に言葉を返した。
〈フラクシナス〉艦橋。正面モニタには身体をごっそり削り取られて倒れ伏した刃と、精霊・十香の戦闘映像が表示されている。
部下の同様もわからなくはなかった。
状況は、圧倒的に、絶対的に、破滅的に、絶望的だった。
ようやく空間震警報が鳴り始めたのね……
住民の避難もほとんど終わっていない状態で、十香とASTの戦闘が始まってしまった。
人の住んでいない開発地ということが唯一の救いね。
でもそんな考えは一瞬で壊れたわ。
たったの一撃で広大な開発地は二分されて、中心に深淵を作った。
それよりも―――
「ま、ちょっと優雅さが足りないけど、騎士としては及第点かしらね。今のでお姫様がやられてたら目も当てられなかったわ」
私のことばにクルーたちが戦慄したような視線を向けてきた。
まぁ仕方ないわよね。
みんなは刃が死んだと思っているのだもの。
でもそんな中でも、令音と神無月は違った反応をしているわ。
令音は、平然とした様子で十香の戦闘をモニタリングし、データを採取している。
神無月は……気持ち悪いわね。
「とう」
「はうッ!?」
とりあえず、神無月の脛を蹴り飛ばした。
「いいから自分の作業を続けなさい、刃が、これで終わりなわけないでしょう?」
ここからが、刃の本当の仕事なんだから。
「し―――ッ、司令!!あ、あれは……」
と、艦橋下段の部下が、画面左側―――公園が映っているものを見ながら、驚愕に満ちた声を発してきた。
「―――え!?」
私も驚いた。
何よアレ……
私が想像していたのとは全然違うじゃない。
何で……
何で治らないのよ!!
それに腹に大穴開けたまま立ち上がるなんて……
ありえない
この一言が私の頭の中を埋め尽くした。
そして私はもう一度驚く。
「何で……炎が出ずに傷が癒えているの……?」
本当ならあの炎がでるはず。
なのに出ていない。
でも傷は癒えている。
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。
『―――ん……これでよし』
画面の中で身体を確認している刃が写る。
艦橋内が、騒然となる。
「な……し、司令、これは―――」
「私も予想外よ……傷が癒えるのは予想していたけど、あの癒え方は私にもわからないわ」
画面に視線を戻。
するとそこには刃の姿はなかった。
「さぁ、琴里。ラウンド2といこうか?」
理由は簡単だった。
フラクシナスの中にいたからだった。
☆☆☆
「―――ん、これでよし」
俺は精霊の力を無理やりおさえ、自然治癒に任せた。
そして腹の穴が完全に癒える。
次はフラクシナスに行かないとな……
転移じゃなくて瞬間移動を使うか。
☆☆☆
「さぁ、琴里。ラウンド2といこうか」
〈フラクシナス〉に転移し、琴里を真っ直ぐ見つめながら言う。
「それよりさっきのことについて説明してもらいたいのだけど」
「なんだそんなことか。俺は不老不死、ただそれだけのことだ」
「「「「「不老不死ィ!?」」」」」
やはり驚きますね、分かりきってます。
「そう、死なないんじゃなくて、死ねない。まぁ例外はあるけど」
「……だんだん刃のことがわからなくなってきたわ……」
「大丈夫だ、俺が知っていればそれでいい」
「そうね……そうかもね……とりあえず状況を整理しましょう」
「頼む」
「刃がASTの攻撃でやられて、キレたお姫様がASTを殺しにかかってるわ」
そう言ってちょいちょい、と斜め上―――艦橋の第スクリーンを指さす。
「おぉ!!超エキサイティング!!」
「バカ言ってる場合じゃないの!!」
怒られちゃったよ……
やっぱりASTでもあの程度じゃ精霊の相手にならないな。
「完全にキレてるわ。よっぽど刃が殺されたのが許せないのね」
そう言って、琴里が肩をすくめる。
「うーん……素直にうれしいねぇ」
「……ま、その話はあとにしましょ。今はもっと他にすることがあるんだから」
琴里が画面の十香に目を向けながら言う。
「他にねぇ……」
「えぇ。ウチとしても、精霊関係で人的被害が出るのは勘弁願いたいのよ」
「―――そうか」
「オーケイ、上出来よ騎士様。―――じゃあ行くわよ。お姫様を止めにね」
琴里はそう言って俺から視線を外すと、声を高らかに張り上げた。
「〈フラクシナス〉旋回!!戦闘ポイントに移動!!誤差は1m以内に納めなさい!!」
「「「「「了解!!」」」」」
操舵手と思しきクルーが、一斉に声を上げる。
次いで、重苦しい音と主に、微かに〈フラクシナス〉が震動した。
「それで琴里、具体的な方法は?」
「知らない?呪いのかかったお姫様を助ける方法なんて、一つしかないじゃない」
そう言って、すぼめた唇でキャンディにチュッ、とくちづけた。
「琴里……」
「何よ」
「深いほうがいいのか?」
「そ、そんなの知らないわよ!!」
琴里は顔を真っ赤にした。
可愛い奴め。
さぁ行こうか。
お姫様―――十香を救いに。
俺の戦争(デート)にな。
☆☆☆
俺は今、空から落ちています。
〈フラクシナス〉から落とされたのです。
どうやら向こうは俺が飛べることを知らないらしい。
よし、ここはこのまま落ちてみよう。
そして、十香の姿が見える。
今にもASTの隊員の首をはねとばしそうだった。
「十ぉぉぉ香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――ッ!!」
俺は叫んだ。
一ついいだろうか?
まったく俺に身体にかかっているGと浮遊感が和らがない。
これってさ、完全に起動からずれたよな。
「―――」
十香が俺の声に気づいたのか、長大な剣を振りかぶったまま、顔を上にむけた。
頬と鼻の頭は真っ赤だった。
目はぐしゃぐしゃ。
みっともない―――俺はそうは思わない。
心配してくれた
そのことに感謝感激だ。
「ヤ―――イバ……?」
まだ状況を理解できていない様子で、十香が呟く。
だんだんと緩やかになっていく落下速度の中、俺はそんな十香の両肩に手をかける。
そして向き合う。
「十香……心配させたな」
「ヤイバ……ほ、本物、か?」
「あぁ、本物だ」
俺がそう言うと、十香は唇をふるふると震わせた。
「ヤイバ、ヤイバ、ヤイバ……っ!!」
「ハハハ、なん―――」
と、答えかけたところで、俺の視界の端に凄まじい光が満ちた。
十香が振りかぶったまま空中に静止させていた剣が、あたりを闇色に変えんばかりに真っ黒な輝きを放っている。
「どうしたんだ!?」
「ッ……!!しまった……!!力を―――」
十香が眉をひそめると同時に、刃から雷のように漏れ出、地面を穿っていった。
「なんだこれ!?」
「【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】の制御を誤った……!!どこかに放出するしかない……!!」
「どこに放出する気だ!?」
「―――」
十香は無言で、地面の方を見た。
つられて目をやると、そこには今にも死にそうな折紙が横たわっていた。
「それは駄目だ」
「で、ではどうしろというのだ!!もう臨界状態なのだぞ!!」
そう言っている間にも、十香に握る剣はあたりに黒い雷をまき散らしていた。
「あるぞ、方法」
「なんだ!!一体どうするのだ!?」
「俺とキスをしろ!!」
「―――何!?」
十香が眉根を寄せてくる。
「キスとはなんだ!?」
「唇と唇を合わせ―――」
言葉の途中だった。
十香が何の躊躇いもなく、桜色の唇を、俺の唇に押しつけてきた。
懐かしい感触だなぁ……
十香に唇は柔らかくてしっとりしてて、さらに甘い匂いもした。
一拍おいて。
天に聳えていた十香の剣にヒビが入り、バラバラに霧散して空に解け消える。
次いで、十香が纏っていたドレスのインナーやスカートを構成する光の膜が、はじけるように消失した。
おぉ、眼福です。
「な―――」
十香が、狼狽に満ちた声を発する。
「ナイスボディ!!」
俺は思わず叫んでしまった。
だってそこにはパーフェクトともいえる肉体がががががが。
つーか、キスしたまましゃべったからもうそれはすんばらしいことになっている。
―――十香の身体から力が抜け、地面に向かって落ちていく。
俺は十香をお姫様だっこする。
ゆっくりと落下していく。
十香の霊装が光の粒子となり、その軌跡をのこしていた。
それは傍から見ればものすごく幻想的な光景だと思う。
そして地面に着地する。
「ぷは……っ!!」
まるで息継ぎでもするように、十香が唇を離した。
そして十香を座らせる。
「わりぃ」
一言謝った。
十香はその場に座ったまま、不思議そうな顔をして、唇に不備を触れさせていた。
「十香……」
「―――ッ!!」
俺の言いたいことがわかったらしい。
十香は慌てて胸元を隠す。
「すまん……」
「み、見るな、馬鹿者……ッ!!」
キスの意味も知らなかったのに、人並みには羞恥心はあるんだな。
十香は頬を染めながら睨んできた。
とりあえず俺は目を手で覆う。
「それでは駄目だ!!指の隙間から見ているだろ!!」
「えぇ……」
俺がどうしようか考えていると、数瞬の間のあと、身体の全面に温かい感触ががががが。
「……これで、見えまい」
「あぁ……でもこれくらいは羽織れ」
俺はタオルケットを創造して、そのまま十香にかける。
「……ヤイバ」
十香が消え入りそうな声を発してきた。
「なんだ?」
「また……、デェトに連れていってくれるか……?」
「当たり前だ。毎日連れて行ってやる」
俺は十香を抱きしめた。
☆☆☆
「………あ゛ー」
あの件から土日を挟んで、月曜日。
復興部隊の手によって完璧に復元された校舎には、もう相当数の生徒が集まっていた。
あのあと、施設で入念すぎるメディカルチェックを受けさせられた。
もういい加減施設ごとぶっ壊そうかと思った。
それに十香にも会っていない。
検査があるの一点張りだった。
あとは十香とキスしたときにいい塩梅の力が流れ込んできた。
だがこの力はまだ使うわけにはいかない。
考えていても仕方ない。
俺はノートPCを取り出し、作曲の続きを始める。
まわりが何やらざわついているが俺は気にしない。
ふむ、ここのリズムが何か引っかかるな……
こうすれば……うし。
ひと段落が付いたので伸びをした。
すると、折紙がこちらに歩いてきたのが目に入った。
「―――ごめんなさい。謝って済む問題ではないけれど」
あぁ……このまえ俺の腹を撃ちぬいたことか。
「別に気にしなくていいぞ。あの程度ならいくでもなんともでもなるからな」
「駄目、私の気が済まない」
「あー、面倒だな……気にしなくていいって言ってるだろ」
「でも―――」
その時だった。
ホームルームの開始と告げるチャイムが鳴った。
「はーい、皆さーん。ホームルーム始めますよぉー」
扉を開け、タマちゃんが教室に入ってきた。
ナイスタイミングタマちゃん!!
「はい、皆さん席に着きましたね?」
次いで思い出したかのように手を打ち、うんうんとうなずいた。
「そうそう、今日は出席を取る前にサプラーイズがあるの!!―――入ってきて!」
そう言って、教室の扉に向かって声をかける。
「ん」
それに応えるような声がした。
あれ?
この声は―――
「おっふ……」
「―――」
俺と折紙の驚愕とともに。
「―――今日から厄介になる、夜刀神十香だ。みんなよろしく頼む」
来禅高校の制服を着た十香が、ものすごくいい笑顔をしながら入ってきた。
見ているだけで身が痛くなるほどの美しさに、クラス中が騒然とする。
十香はそんな視線など意に介さず、チョークを取ると、下手くそな字で黒板『十香』とだけ書いた。そして満足げに「うむ」とうなずく。
「おっす、十香」
「ぬ?」
そう言うと、十香が視線を向けてきた。
不思議な輝きを放つ、幻想的な光彩。
「おぉ、ヤイバ!!会いたかったぞ!!」
そして大声で俺の名を呼び、ぴょんと飛び跳ねて俺の席の真横―――ちょうど、ついさっきまで折紙が立っていた位置までやってくる。
ざわざわ、ざわざわ。
あたりから、俺たちの関係を邪推する声が聞こえてくる。
「十香……許可がでたのか?」
「ん、検査とやらが終わってな。―――どうやら、私の身体から、力が九割以上消失してしまったらしい。まぁ―――とはいえ怪我の功名だ。私が存在しているだけでは、世界は啼かなくなったのだ。それでまぁ、おまえの妹がいろいろしてくれた」
「さすが俺の妹だ」
ナイスだ!!
琴里、ナイスだ!!
「さて、十香。席に着くのだ」
「じゃあ、夜刀神さんの席は―――」
タマちゃんが十香の席を探し始めるが、
「無用だ。―――退け」
十香は、俺の隣―――折紙の反対側に座っていた生徒に、鋭い眼光を放った。
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
そのプレッシャーに気圧されて、座っていた女子生徒が椅子から転げ落ちる。
「ん、すまんな」
そう言って十香は悠然とそこに腰かける。
そして俺の方に視線を送ってくる。
だがその視線は俺ではなく、折紙にぶつかる。
「……………」
「……………」
怖ぇ……
まぁいいか。
これから十香と一緒に学校生活を送れるんだ。
このくらいは我慢しよう。
「……………」
「……………」
ちょっとキツいかな?