3話目の初投稿です。
信条としていただいた感想は次話投稿後に前話の感想を全て返信しさせていただきます。
※こんだけ粉微塵になっているのでアニメ版のハリベルと従属官との出会いの順番とか経緯とかは忘れてください(アニメ版の設定を使わないとは言ってない)
アジョラ・グレバドスから聖石アクエリアスを受け取ってから数年後。虚の体感としては大した事はない日数だが、主従でも隷属でもない関係で最上級大虚同士がそれだけの期間をつるんでいるのは非常に珍しい例であった。
実際、虚の王であり、虚圏の神を語っているとある最上級大虚は配下こそ軍勢のように有しているが、他の最上級大虚は全く従えられていない。
そして、ハリベルとアジョラはと言えば現在――。
『ハリベル、コノ"ゼンマイ"ハ食ベ頃ダゾ。コッチノ"タケノコ"モ中々ダ。"タラノ芽"モイイ感ジダナ』
「草食動物かお前は……」
この世界は虚のいるウェコムンドだけではなく、魂魄のバランサーであり虚とは真逆の存在である死神のいるソウル・ソサエティ、そして虚でも死神でもなくどちらかに傾く可能性のある人間のいる現世の三界で成り立っていた。
そんな虚にとっては敵の住む世界の奥山にて、どこで拾ってきたのかアジョラは農夫が被るような編笠を被っており、それが全く馴染んでおらず異彩を放っているが、本人は至って真面目かつ楽しげである。
また、仕留めたウサギを腰に付けた鞘から抜いた幅広で短い剣で解体しつつ、何とも言えない表情でアジョラと会話をしているハリベルの容姿は聖石アクエリアスを受け取る前とで明らかに変容していた。
それというのもハリベルの姿は、鮫をイメージさせる薄い鎧を纏った右手が大剣の女性虚から、下顎が虚の仮面に覆われている事を除くと簡素な着物を着た町娘にしか見えない姿をしていたのである。
実際、ハリベルは下顎の仮面と子宮部分に空いた虚の孔と幅広で短い剣身をした剣を持つこと等を除けば完全に女性の姿をしており、彼女を見ることが出来る者でも第一に虚だとは思われないであろう。
(あれからそこそこ経ったな……)
ハリベルはふと、自身に起こった進化とも言える変化を思い返す。
それは聖石アクエリアスに触れた直後、彼女の中で虚と死神の境界が消え去り、虚にも関わらず、死神の力を得た事で結果的に仮面や全身のパーツが砕け散ったのである。
これを"破面"と呼び、ハリベルも破面もどきならば希にウェコムンドでも見掛ける事があったが、ここまで完全に破面しているモノを見るのは、自身の身に起きたコレが初めての事であった。
そして、それによる霊圧を含む実力の上昇も著しい。例えば、最上級大虚ならば大人が子供を相手にするように軽く退けられ、それ以外ならば霊圧をぶつけるだけで尻尾を巻いて帰るようなレベルである。
今までの生き方が何だったのかと思うほど、相手にしたあらゆる虚を殺す必要すらない程に圧倒的な力を手にし、ハリベルとしては嬉しさ半分と複雑さ半分と言った絶妙な気持ちであった。
また、このように食べ物を取りに来ているのは、趣味や道楽を兼ねてではなく、ハリベルは破面化したことで、魂魄を喰らわずとも死神と同じようなモノを食べれば生きていける身体に変化していたため、そうして生きているのである。ウェコムンドには奇妙で小振りな仮面付きの虫や小動物しか居ないのだ。
そんな最中、ハリベルは何かに気付いたのか顔を上げ、明後日の方向を見つめる。
「こんなものか……帰るぞ」
『
遥か遠くに、ハリベルの霊圧を探知したためか、かなり高い霊圧を持つ死神らがこちらへと急行して来るのを探知したハリベルは、ウェコムンドへと帰るために
◇◇◇
ハリベルとアジョラは、ウェコムンドで拠点にしている岩山の中をくり貫いて作った居住スペースに戻っていた。
ここでは現在、ハリベルとアジョラ以外に2体の女性大虚が住んでおり、奇妙な生活が繰り広げられている。
『見ロ、"アパッチ"。コノ"ゼンマイ"ハデッカイゾ。"ステッキ"ミタイダナ。エイエイ』
「止めろバカ! オラッ!」
『ゼンマイッ!?』
アジョラが眼前に大きなゼンマイをちらつかせていたため、鹿のような容姿の女性の中級大虚――エミルー・アパッチは、そのゼンマイをポッキリとへし折った。
また、その隣には同じく女性で蛇のような姿をした中級大虚――シィアン・スンスン及び、ライオンのような容姿の女性の中級大虚――フランチェスカ・ミラ・ローズの2名は何とも言えない様子でそのやり取りを眺めている。
『スンスン……"アパッチ"ガイジメル……』
「あらあら、可哀想なアジョラさん……。あんな如何にも肉しかお食べなさらなそうな方々に野菜を向けることが間違いだったのですわ」
『ア、ソッカァ……』
「ああん……? やんのかスンスン!? アジョラも納得してんじゃ――って肉向けてくんな!?」
「あァ? なーんでこっちにも飛び火するんだよスンスン!?」
ちなみにハリベルは様付けで、アジョラは基本的に呼び捨てである。最上級大虚にも関わらず、霊圧が一切感じられない上に、基本的に天然でモノを知らず優し過ぎるアジョラは、彼女らにとって自身たちと大差ない
(いいなぁ……)
もっともハリベルとしては慕われずに、あんな風に軽い友人のような接し方をされたいというのが本音なのだが、それを口に出せる程、彼女は口が上手くは無く、どちらかと言えば感情を表に出すのが苦手であった。
ハリベルからすれば、アジョラはコミュニケーション能力と、明るさの化身のような存在であり、羨望の
(私の意志か……)
かつて、アジョラはハリベルに守りたいものぐらいは直ぐに見つかると言っていたが、ハリベルは既にスンスンとミラ・ローズという仲間が見つかり、また"女性虚を保護する"と言った意志を持った目的によって行動するようになっており、アジョラの言っていた事は真実になったという事だろう。
ちなみに何故、女性虚を保護するかと言えば、単純に女性虚は男性虚に狙われる傾向にあるためである。理由としては、虚は基本的に本能の赴くままに行動しており、別に本能とは食欲だけを指すのではないと言ったところだ。
「アジョラ、少しいいか?」
『ンー? イイヨー』
ハリベルがアジョラに声を掛けると、いつの間にか残りの三人はギャーギャーと喚きながらアジョラを放置しつつ口喧嘩を始めたが、既にいつもの事なので、ハリベルはそのままアジョラを連れて表に出た。
◇◇◇
「なあ、アジョラ。アパッチたちのような者は今後も集まって来ると思うか?」
ハリベルは最初にアジョラにそう問う。それは女性虚と言うよりも、アジョラのように平和を愛す虚や、ハリベルのように犠牲を出したくないとまでは言わないが、喰らい合いや殺し合いに主眼を置かずに平穏を望む虚全体を対象にしているように思えた。
『ソウダナ、流石ニアノ穴蔵ニ5人以上デ住ムノハ物理的ニキツイナァ……』
「……それもあるが、そういう意味ではない」
『フム……』
それだけ言えば察しの良し悪しにムラのあるアジョラでも理解しただろう。アジョラは手で自身の顎をなぞって少し考え込む。
ハリベルはアジョラの予言のような言葉通りに自身の意思を強めたが、アパッチらを発見したのもまた、今のハリベルでもまだ比べ物にならない程に霊圧の感知範囲が広い
アジョラが、偶々個別で発見したからである。
そういう意味では、ハリベルはまだ全てを自身の力で何を成したと言うわけでもないが、他者と共にこのような何気無い日常を過ごせる事こそ彼女の本懐であり、既に彼女にとって何よりも得難いモノになっていたのだ。
そして、アジョラは顎に当てていた手をハリベルに向けると指を2本立てた。
『コノ世ニハ2種類ノ者ガイル。救ワレタ者ト、救ワレルベキ者ダ』
「………………救えない者だらけだろう?」
アジョラには悪いとハリベルは思ってはいるが、そう答えざるをえない程に彼女はウェコムンドという世界を生き過ぎていた。
最上級大虚になるまでに喰らった大虚は、ハリベルにとって救いようもないような連中であり、またこれまでにその剣で葬って来た連中も彼女にとっては生かす価値もないと考えたからこそ一刀の元に斬り捨てたのだ。
しかし、アジョラは首を横に振るう。
『真ニ救エヌ者ナドコノ世ニハ居ハシナイサ。アマネク全テノ者ハ何カシラノ救イヲ求メテイル。アルイハ、救イヲ求メル事ヲ諦メタ者――』
そこでアジョラは言葉を止め、二人が出て来た岩山にある穴蔵を見つめてから再び口を開いた。
『ソシテ、救ワレル事ヲ知ラヌ者ダ。アノ3人モソウダッタダロウ? "ハリベル"ニ会ウマデアノ3人ハ、タダノ虚ダッタ。紛レモナク彼女ラヲ変エタノハ汝ダ"ハリベル"』
『…………だっ、だとしても彼女らのように素直な者だとは限らないだろう……?』
相変わらずの直球の賛美にハリベルは少し顔を赤くしつつもそこだけは譲れないのかそう返す。それに対し、アジョラは歓迎するように手を広げて見せた。
『ダカラコソ我ハ話スノダ。ドンナ者デモ、救エル何カガソコニアルノダ』
「お前は本当に極端だな……」
『マア、無論我程トハ言ワンガ、話モセズニ相手ノ何ヲ理解出来ヨウカ? 話サズニ決メツケル事ヨリ愚カデ独リ善ガリナ事モ無カロウ。セメテ、ソレグライシテモ"バチ"ハ当タラナイト我ハ思ウ』
「…………はぁ、お前には口で勝てる気がしない」
溜め息と共に吐かれたハリベルの溜め息を聞き、アジョラは心底面白そうにクツクツと笑う。論は述べるが、強要はしていないため、宗教家のようなアジョラと全く性格の異なるにも関わらず、ハリベルは不思議と嫌悪感を抱かないのであろう。
また、そもそも宗教家とはアジョラのような者を指すのかも知れないともハリベルは考えていた。それにアジョラは、歯の浮くような理想を語れるだけの実力があり、理想に自らを殉じている。説得力だけは不思議とあるのだ。
「とすると……やはり目先の問題は"バラガン"か」
『……………………』
大帝バラガン。ハリベルが溢した呟きに出て来た最上級大虚の名であり、自らをウェコムンドの王あるいは神と語る者である。
権力欲と支配欲にまみれ、ウェコムンド全土を自身の勢力で纏めようとする覇道を掲げる最上級大虚であり、他の大虚等を見付ければ手当たり次第に自身の勢力に引き入れようとするため、ハリベルが一人の頃に放浪を続けていた最大の理由でもあった。
ハリベルを含む他の有力な最上級大虚ともなれば、バラガンと交戦しないで済ませるか、交戦しても生き残るだけの能力はあるため、大多数の最上級大虚は彼を避けて生きているのである。そのため、バラガンに下る最上級大虚は少なく、それが彼をより躍起にさせるという悪循環が発生してもいた。
とは言え、昔の彼女からすれば途方もない力を手にした今のハリベルには最早関係のないこと。それこそ火の粉を払うように簡単に殺せてしまう事だろう。逆にバラガンを殺さなかった場合、ハリベルの細やかな理想を叶えるには余りにも巨大な障害と言える。
「ところでアジョラ?」
『ンー?』
「アイツらを聖石で私のようにすることは本当にできないんだな?」
話を変えるついでにハリベルはそんな事をアジョラに聞く。
それは前にもハリベルがアジョラに聞いた事であり、ハリベルのひとつの細やかな夢としては、あの3人が今のハリベルのように魂魄を食わずにいれるようになり、5人で食卓を囲みたいというものである。また、人間に近くなったアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンを見てみたいという純粋な想いも裏にはなくもない。
『残念ダガ……聖石ニ取リ込マレルノガ"オチ"ダロウ。確カニ聖石ハ万人ニ使用ハ出来ルガ、汝ガ思ウ程素敵デ素直ナ代物デハナイ。余程ノ確証ガ無ケレバ使ワナイニ越シタコトハナイヨ』
つまり、ハリベルにアジョラが聖石を渡したのは、その余程の確証が得られる程に特殊な事だったのだろう。アジョラは自分の事のように残念げに首を振る。
『ソレニ我ガ身ニアル聖石ハ後、11ツダ。我トシテモ残念ダガ、数ヲ用意出来ル代物デモナイ』
「…………おい、それは聞いてないぞ」
つまりアジョラは自身の力を分割し、渡したものだとハリベルは解釈した。自己犠牲と言うべきか、アジョラならばそれぐらい普通にやりそうなことだと容易に考えられたのだ。
しかし、それについてハリベルがアジョラを問い質しても、アジョラはのらりくらりと言葉で避けるばかりでまるで暖簾に腕押しである。
流石にアジョラが磨り減るのを見るのはハリベルとしても寝覚めが悪いため、ハリベルは今後聖石の動向を確認しておこうと決意するのだった。
「まあいい……。一応、言っておくが……敵地――バラガンのところに行くような真似はするんじゃないぞ?」
『ハハハハハ! 流石ノ我モ
「そうだな……。お前もそこまでのことは流石に……な」
ハリベルとしてもアジョラがそこまで愚かな事をするとは思ってはいないため、一応釘を刺しておいた。まあ、これまでもハリベルの言い付けで、アジョラはバラガンの配下の者が来れば、相手はハリベルに回すようにしている。また、アジョラが対応する場合にも死なない程度にデコピンで弾き飛ばす事で対処している。
そして、何よりもアジョラは嘘を吐かない事も信条にしているらしいので、これでアジョラは危険なことに首を突っ込んでは行かないだろうとハリベルは安堵する。
元々、自身のエゴのため、バラガンを殺すのならば己一人でいい。アジョラを
"
翌日。眠りから覚めたハリベルが目にした岩壁にはたったその一文だけが刻まれていた。
アパッチらのとても気まずそうな視線が非常に印象に感じつつ、ハリベルは全身をぷるぷると震わせながら慟哭する。
「アジョラァァアァァァアアァァァ!!!?」
後にアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンは語る。
あんなにぶちギレたハリベル様を見たのは、後にも先にも初めてだった――と。
◇◆◇◆◇◆
そんなラス・ノーチェスは現在、最上級大虚の大帝バラガンの居城になっており、広間にある王座にバラガン――黒い法衣のような服を纏った骸骨というある意味これ以上ないほど虚らしい姿をした最上級大虚が肘掛けに頬杖を付いている。
そのがらんどうの眼孔は急な来訪者を見下ろしていた。
『拝謁、痛ミ入ル』
「ほう……」
血のように赤い翼をした異形の骸骨のような最上級大虚――アジョラ・グレバドスは恭しく頭を下げ、バラガンに礼を尽くしていた。明らかにウェコムンドでは全く見ないレベルに折り目正しい礼節を持つアジョラは、それだけでもバラガンの御眼鏡に叶う。彼の側近も表情こそいつも通りだが、目を丸くしているように見えた。
まあ、最上級大虚同士の格付けや縄張り争い等、どうあがいてもいがみ合いからの殺し合いにしか発展しないため、人間等とは比べ物にならないほど生きているバラガンから見ても、このような奇遇は数えるほどもないのであろう。
加えて、こうして自身の前に来たこの最上級大虚は、どれほどバラガンが勧誘しても決して首を横に振らないティア・ハリベルの片割れである。
最近になり出現した者ではあるが、その実力は確かであり、バラガンの配下を指一本で戦闘不能にし、幾度となく生きたまま追い返している事からも確かであろう。また、一切霊圧を体外に漏らしておらず、まるでなんの力もない人間のようにさえ感じてしまう事から、その余りにも卓越した技量か霊圧にまつわる能力を持っている事も伺えた。
「面を上げよ。霊圧も抑えんでいい」
『………………? 抑エル?』
何故か小さな疑問符を浮かべるアジョラ。それにバラガンも会話が噛み合わない違和感を覚えたが、既にバラガンの中で、アジョラの株はかなり上昇しているため、礼節のひとつか、易々と他者に能力を露呈させないためと勝手に解釈する。
『汝ガ"虚圏ノ王、アルイハ神"。"バラガン・ルイゼンバーン"デ違イナイカ?』
「如何にも、我こそは大帝。バラガン・ルイゼンバーンである」
アジョラの質問にバラガンは名乗りを上げる。バラガンは自身がウェコムンドの王であり、神であると信じて憚らないが、それ故に礼節を持って相対すれば、それなりに寛容である。王者の余裕という奴であろう。そのため、アジョラが敬語ではなくとも特に思うところはない。
もしくはただでさえ、我が強過ぎる最上級大虚たちが、他の最上級大虚に敬語を用いるなどあり得ないと最初から諦めているため、減点対象になっていないとも言える。
『アア……ソウダ。ウン、コレダ。コウイウ、対応ガ普通ダヨナァ……』
すると何故かアジョラは酷く感心した様子で、うんうんと何度も頷いている。王や神を敬うのは当然の事のため、バラガンは特に思うことはなく、己の軍団に引き込む言葉を投げ掛ける前に、彼は相手の要件を促した。
無論、これまでが全て演技であり、突然襲い掛かって来る事も想定しているため、その点についてもバラガンに余念はない。そうでなければ王を名乗る実力者は務まらぬと言ったところであろう。
するとアジョラは"失礼"と一言謝ると、再び恭しく頭を下げてから歓迎するように両腕を広げつつその口を開く。
『デハ……我ハ汝ト話シニ来タ。サア、隣人ヨ、友ヨ。話シ合オウ。我々ノ明日ヲ見ツメヨウデハナイカ』
そう一言言うとアジョラは、一切の武力を放棄しながらその場に座り込むと、暗い眼孔を歪めて笑みを浮かべ、バラガンを射ぬく。
その熱を持つ仄暗い眼光と、アジョラ・グレバドスという存在の違和感に気づき始めたバラガンは、酷く視線の温度を下げつつ口を開いた。