私が妖精になるのは絶対間違ってる   作:ZeroRain

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お待たせ致しました、後編です。
そしてなんか長くなった………。

8/25》唐突に芽生えた新設定で少し追加台詞を入れました。


リリルカ・アーデ 後編

 リリルカはベルから逃げるためにダンジョンを駆け抜ける、だが脚の速さではベルに勝てないとわかっている彼女は時々ルートを変えていた。ステイタスで勝てないのなら経験で差をつけろと、それにいくらベルの脚が早くても彼はまだダンジョンに潜ってから一ヶ月も満たない新人。この経験の差はどうあがいても埋められないと踏んだリリルカはそれを利用するつもりだった。

 

 ベルから奪った漆黒のナイフを大事に抱え、彼女は駆け抜ける。だがその顔には喜びはなくむしろ今にも泣きだしてしまいそうな苦しそうな顔だった。ベルから離れれば離れる程後悔が浮かぶ、彼を裏切った10階層から遠くなる程に胸が苦しくなる、頭の中ではベルが最後に浮かべた表情が消えないまま彼女の心を締め付けた。けれど脚は止まらない、何故なら彼女はベルの事以上に強く自由になりたいという願いが揺らぐ事なく存在しているからだ。

 

 たとえ心が彼らともっと一緒に居たいと願っていたとしてももうダメだったのだ。ベルはもう自分の正体を他の冒険者から聞いてしまった、いくら優しいベルでもリリルカを許す筈がない。勿論、今ではすっかり優しくなったレフィーヤでもきっとあの路地裏の時の様に再び魔法をリリルカに向けるのだろう。

 

 自分に優しかった人たちが自分を蔑む姿を見たくない、もうあの老夫婦の時みたいな目で見られたくない。今回、それが自業自得とわかっていても彼女はベル達との思い出を汚したくなかった……。たとえこれから彼らがリリルカを嫌う事になったとしてもこの一週間はリリルカにとって老夫婦と過ごした日々と同じ人間らしい幸せな日々だったから。

 

 それからしばらくすると、ようやくリリルカは脚を止めた。けれどやはりその顔は浮かない表情のままだった。

 

「……ここまで来れば、大丈夫なはず」

『響く十二時のお告げ』

 

 リリルカがそう唱えるとあるはずの犬耳や尻尾が消え去り、残るのは一般的な小人族(パルゥム)としてのリリルカだけだった。彼女の魔法『シンダー・エラ(変身魔法)』、制限はあるものの見た目、声、性別……それどころか魔物にすら化ける事が出来るレア魔法。これがあるからリリルカは今まで捕まらずに済んだのでいたのだった。この魔法はリリルカ本人以外に知っている者は少ない、【ソーマ・ファミリア】の主神や団長に副団長ぐらいだ。

 

 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 ……早くここから出なきゃ、それでファミリアから脱退して新しい人生を……、リリがずっと欲しかった自由で人間らしい人生を……

 

『あのね、リリ。困る事があったら僕に言ってね? 確かに僕は頼りないかもしれないけど、その……、リリの力になりたいんだ』

 

 突然、白い少年が言った言葉を思い出す……。

 

 ……信じ切れなかった、……だって誰も、……誰もリリに手を差し伸ばしてくれなかった……、リリがいくら苦しんでも、他人は見て見ぬ振りばかりだったから。

 

『リリちゃんは無理しすぎてない? 私は同じファミリアじゃないかもしれないけど、相談に乗るよ?』

 

 山吹色の少女が自分を心配している顔が過ぎる。

 

 リリは……他のファミリアを巻き込むのは別に構わない……ずっとそう思った、けど今は違う、この人達だけは巻き込みたくない……。巻き込んじゃいけないんです! だって最悪の場合、あの老夫婦みたいに巻き込まれて、家を失う可能性すらありえる……。

 

 確かにベル様のナイフを盗まずに過ごすとお金の溜まるまで一ヶ月も掛からないでしょう、むしろリリ自身はそっちを選ぶつもりだった……。けど今朝のカヌゥさんとの遭遇やベル様に絡んだ冒険者を見るとそれは叶わない願いだって理解している……。

 

『ねえ、リリ。明日は僕の大好物がある店に行かない? あっ、でもリリはあの店に行きたくないんだったね……ごめん! 代わりにレフィ姉が紹介する店に連れて行くからね』

 

 昨日、それを聞いた時思わずベル様に聞き返してた、どうしてそこまでリリに気を配るんですか? リリはただのサポーターですよ? っと、ベル様はただ優しく笑いながら答えた。

 

『僕はね、リリに笑って欲しいんだ。リリはその……、なんて言うか、心から笑っていないって感じたから……』

 

 照れ臭そうに笑ったその顔を見て、このお人好しはこれからも誰かに利用されるんじゃないかって不安が過ぎる……。だから出来るだけ【ソーマ・ファミリア】の様な黒い部分に足を突っ込んでいる連中とは関わらない方がいいと思った。

 

 自分でもわかる、リリは最低な人間だって……。ナイフを盗みや魔石をちょろまかした癖に、あの居心地が良い空間にもっと居たかったと。悪事がバレたとしてもあの人達なら笑いながらリリを許してそしてまた三人で探索出来るんじゃないかと思った……思ってしまった。けどそんなのはあり得ない、だっていくら優しくても許してくれる筈なんてない、そんなのはご都合主義にも程がある! 

 

 リリはリリ、盗人リリルカ・アーデ、盗っ人は盗人らしく嫌われて、どこかに消えればいいんだ。そう、誰もがリリをわからない場所に消えればいいんだ。そして静かに、そう静かに罪を背負いながら生きていけばいいんだ。

 

 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 気がつけば自分の目の前には、ベル様と話してた冒険者が立っていた。ベル様の前にリリと契約した冒険者、ゲド・ライッシュ。

 

「よぅ〜、糞小人族(パルゥム)。一週間ぶりだな」

「!?」

「どうした? 俺様がここに居るのがそんなにびっくりしたのか?」

「…………」

「答えは簡単だよ、てめえがそろそろあの白髪のガキを見捨てる時期だと思って待ち伏せさせて貰ったんだよ。結果はどうだ? 見事に俺様の場所にきてんじゃねえか!」

「そう……ですか……」

「本当はあの白髪のガキも混ぜててめえをリンチするつもりだったが、あいつこんな美味しい話を蹴りやがって、何がお前なんかに手を貸すかだ! 何がそれでも僕はリリを信じるだよ! ハッ! やっぱ騙されてんじゃねえか! ざまぁみろ!」

「…………え?」

「あ゛ぁ゛? なんだ? その間抜けな顔は?」

「…………いえ」

「思い出すだけで腹が立つ! あのクソガキ、今度会ったらマジでぶっ殺す!」

 

 やっぱり聞いたんだ、リリがナイフを盗もうとする事……。それでも……態度を変えずに……いつもみたいに……リリを受け入れてくれたんだ……。

 

「…………ははは」

 

 馬鹿だったんだ……、リリは……馬鹿な小人族(パルゥム)だったんだ……。自分を受け入れてくれた人を自ら裏切ったんだ……。

 

「うぐっ!?」

「あのクソガキは腹が立つが今はもういいわ、とりあえず俺の剣を盗んだ落とし前として、てめえの荷物全部貰うわ」

 

 突然、首が絞められたリリは為す術もなく持っている物全部奪われてしまった。そう……全部。

 

「ふーん、魔石に時計にポーション……おぉ、魔剣まで持ってるのか! これはいい!」

「…………ッ!?」

「それにしても、いつも逃げ切れるてめえが油断するなんてな、あのクソガキはそんなにいいもん持ってるのか?」

「…………ッ」

「ん? なんだこりゃ? おいおいマジか!? これか!? てめえが狙ったもんはよぉ!?」

 

 そう言って彼はリリを壁際にぶん投げた。

 

 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 ゲドは驚く顔を浮かべながら漆黒のナイフを握った。そのままリリを壁に投げた彼はナイフの鞘に刻まれたエンブレムを見て笑っていた。

 

「あぐっ!?」

「これか!? あのクソガキが持っているもの? ハハハハ、マジか! こりゃはマジでラッキーだぜ!」

 

 しばらくすると笑っていたゲドに声をかけた人物が現れた。

 

「楽しんでんなぁ、ゲドの旦那」

「おいおい、見ろよ、カヌゥ。へファイストスの武器を手に入れたぜ!? 信じられるか!? ハハハハ!!!」

「……!? こりゃすげえもんを手に入れたですな、ゲドの旦那」

「だろぉ! 他にも魔剣なんて持ってやがるぜこいつ! こりゃたんまり金入るわ! ハハハハ!! ヒヒヒヒ!!」

 

 手に有った漆黒のナイフに魅入られたゲドはカヌゥ達の怪しい目に気付く事もなく———

 

「アガッッ!!?」

「悪いね、ゲドの旦那。その武器全部渡してくれねえか?」

「て、てめえら……最初からこれが狙いかよッ! だがいくらてめえらの人数が多くても俺様のステイタスには敵わないぜ!」

「そりゃ、言わなくてもわかりますぜ旦那。だからなぁ、これをちょっと武器に塗ったんだよ」

「そ、それは……て、てめえら……」

 

 そう言ってカヌゥは一つの薬をゲドに見せた。その薬は即効性が高い毒薬でギルドから販売禁止され裏取引からでしか手に入れる事が出来ない品物だった。

 

「わ、わかった! 荷物は全部渡すから、だ、だから解毒薬をくれ! このナイフもやるから早く!」

「流石はゲドの旦那。話が早くて助かる」

 

 ゲドはカヌゥにリリルカから奪った物を渡した後、彼から解毒薬を貰い、その場から逃げて行った。

 

 ——————だが。

 

『あがぁぁあああッ!!!!!』

 

 ゲドの断末魔が遠くから鳴り響いた。

 

「おっと、どうやら俺は解毒薬じゃなく毒を強める薬を渡してしまった様だ、失敗失敗」

「ははは、カヌゥはおっちょこちょいだなぁ」

「やっぱ俺ってちょっとドジっ子だわ、ガハハハ」

「仕方ねぇな、カヌゥの旦那は! そう思わねえかケイ!」

「…………うっす」

 

 それを聞いたリリルカは戦慄した。毒を強める薬は暗黒期にて闇派閥(イヴィルス)が広めた、解毒薬にそっくりな薬。その見た目に騙されて、死んだ人の数は数え切れなかった。

 

(……どうやってそんなモノを)

 

 目の前に広がった恐ろしい光景にリリはただ立ち尽くした。そんなリリの横目にカヌゥ達はゲドから奪った荷物をまとめた後立ち去ろうとしていた。

 

「おっと、忘れるとこだったぜ。なぁ、アーデ」

「ッ!? な、なんでしょう……」

「お前の金庫の番号教えてくれや、なぁ? 仲間だろ?」

「そ、そんなものはありません」

「嘘はよせよ、アーデ。お前が保管庫(セーフポイント)でノームの宝石を隠しているのを俺らはわかってるんだぜ?」

「……ッ!? な、何故それを!?」

「なんせ俺らがお前を狙ったのはだいぶ前からだからなぁ」

「そ、そんなぁ……うぐっ!?」

 

 今度はカヌゥは乱暴にリリルカの髪を引っ張った。

 

「だからよ、嘘はいいって。それともこれを味わいたいのか?」

 

 カヌゥは毒に塗られた剣をリリルカの顔に近づけた。リリルカは恐怖で震えだした。

 

「わ、わかりました! おし、教えます! 教えますからッ!」

「流石はアーデ、話がわかってて助かるわ」

「ば、番号は1945です!」

「鍵は?」

「……へっ?」

「おいおい、鍵がねえと開けられねえだろ? ささっとくれや」

「は、はい……」

 

 リリルカは靴の裏に隠した保管庫(セーフポイント)の鍵をカヌゥに渡した。今度こそカヌゥは満足げな顔になった。

 

「いやぁ、やっぱお前は役に立つわ。そんじゃな、アーデ」

 

 そう言ってカヌゥはリリルカに向けて剣を振り下ろした。一方リリルカは状況を理解出来ないまま倒れ込み、自分の血が流れ出していくのが感じ取れた。

 

「あっ……えっ……」

 

 カヌゥ達はその場から消え去り、リリルカはただ一人、身体が冷たくなっていく感覚に襲われた。あるはずの傷や毒のによる痛みは感じず、鋭くなった彼女の聴覚はカヌゥ達の会話を聞いてしまった。

 

「いやぁ〜、楽に稼げていいね。毎回こんな楽で楽しい仕事だったらいいのにな」

「楽しいと言えばあれ、楽しかったっすね。あの老害共の店を焼く時!」

「アァ! 確かにアレは最高に楽しかったなぁ! ザニスの旦那も偶にいい命令をくれたもんよ。お前はそう思わねえか、なぁケイ!」

「……俺その時まだいないっす」

 

 優しい老夫婦の店をザニスの命令で燃やしたのはこいつらだったのか……。そう納得したリリルカだが、それとは別に新たな疑問が生まれた。

 

 なんで? 

 

 どうして? 

 

 リリに何を期待しているの? 

 

 わからない、それにわかったとしても、もう意味を為さない……。そう感じてしまった。

 

 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 身体が冷たくなるにつれて、自分が死に近づいていく恐怖にリリルカはただただ泣いていた。

 

 でも心の何処かで納得してしまった、これが悪い自分への罰だと、他人の優しさを利用したリリへの罰だと。

 でも……これで……全てが終わる、……これで全てが“リセット“される……それにもしかしたら、生まれ変われる事だって出来るかも知れない……、あぁ……そうしたら……もしそんな事が起きればリリは——————

 

 ベル様とレフィーヤ様の家族になりたい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリィイイイイイイイイ!!!!!」

 

 そんな声が、聞こえた様な気がした…………。

 

 ➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 遠くなった意識が戻ってくる、冷たくなった身体の感覚が戻ってきた。暖かい何かが自分を包み込み、傷が癒される感覚があった。

 

 目を開くとそこには心配そうな顔で自分を覗き込んだ白髪の少年が居た。

 

「…………ぁ」

「リリ!? よかった! 意識が戻ったんだね!」

「……べるぅ……さぁ……ま?」

「うん、僕だよ?」

「……どぅ……て?」

「何が?」

「……どぅして……りりをたすけた……です……か?」

「え? そんなの……、僕がリリを助けたいからに決まってるでしょう」

「……りりは……べるぅさまをだましたんですよ? さいていなぱるぅむです……べるぅさまのぽーしょんやませきをちょろまかしてるわるいこです……」

 

 リリの告白を聞いたベル様は少し驚いたが、すぐにいつもの様に笑顔になっている。

 

「そんな事してたんだ……それで?」

「なのにどうしてですか?」

「リリが苦しそうな顔をしているから」

「そんなの……」

「それに僕は言ったでしょ? リリには笑顔で居て欲しいって」

「あんなえがおなんて……えんぎです」

「そうかな?」

「……そうです、べるぅさまをだますために……りりのえんぎです」

「うーん、でもそれって最初だけだよね?」

「……え?」

「リリは気付いてないかもしれないけど、この数日間のリリって凄く楽しそうに笑ってたり、怒ってたりしてたんだよ?」

「……そんなの」

「レフィ姉が来ないと逆にしょんぼりしてるのも僕は知ってるよ」

「…………そん……なの」

「はじめて僕がリリを助けたのは確かにリリがか弱い女の子だったからだけど」

「…………」

「でも、今は違う。僕がリリを助けたのはそれはリリがリリだからだよ?」

「……なんですか……それ」

 

 その答えを聞いた途端、今まで我慢していた涙が溢れ出した。そんなリリに対してベル様は微笑みながら、ただただ優しくリリの頭を撫でた。

 

「僕はね、例えリリが最低な小人族(パルゥム)でも僕からポーションや魔石をちょろまかしても、僕はそれでも……君を助ける」

「いみが……わかりません」

「えっと、僕はただ、みんなに笑顔で居て欲しいんだ」

「そんなのありえません」

「そうかな? やってみないとわからないでしょ?」

「物語の中の英雄だってそんな馬鹿なことは言いません……あるとしてもそれはただの道化の話です!」

「あははは、そうか」

 

 困ったそうな顔を浮かべながらもベル様はリリを撫でるのやめなかった。

 

「……ベル様」

「どうしたの?」

「ごめんなさい、ベル様のナイフは奪われました……」

「……そっか」

「……これでも怒らないのですか?」

「うん、怒らない……。あっ、でも」

「……でも?」

「神様とレフィ姉に謝るの手伝って欲しいかな?」

「……はい」

 

 これだけは避けられない道だから、ちゃんと謝って、罰を受けて、新しい人生を歩もう……。

 

「ねえ、リリ」

「…………はい」

「僕のファミリアに入らない?」

「…………ッ!? そんなの……出来ません」

「どうして?」

「リリのファミリアは脱退時に大量のお金が必要です。そのためにお金を集めていたんですが、先ほど全部奪われてしまいました……」

「……そっか。とりあえずここから離れよう……」

 

 そう言ってベル様はリリを抱き上げた、所謂お姫様抱っこ……。恥ずかしいが動けない自分はただベル様に身を委ねた。ここで再びリリは意識を失った。




ここまで読んで頂きありがとうございました。
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。

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