瑞鶴が乗る船を中心にし、護衛の艦娘たちが取り囲む輪形陣で中部太平洋海域を進んでいた。船には旭日旗ではなく、日章旗と日本政府を示す七五桐の旗がたなびいていた。
瑞鶴は、艦娘として加賀たちと共に大海原を駆けたい気持ちはあったが、艤装が一切許されていない状況ではいかんともしがたかった。
そこで瑞鶴は、艦娘を最低1人は交代で休ませることを提案し-加賀だけはずっと交代しないと言うのを総理命令をちらつかせて-実現させていた。
「瑞鶴、総理になって人が悪くなったようね」相変わらずの加賀の毒舌であった。
「加賀さんの毒舌なんて、かわいいよ。・・政治の世界には魔物がいる。それこそ深海棲艦以上の・・」きれい事だけでは済まされない人間の裏側を垣間見てしまった瑞鶴の言葉に加賀は驚いていた。
「素直が売りのあなたが、ここまでになるなんて・・怖いわ」
「総理なんて1日でも早く辞めたいよ、これ本音・・」
「辞めちゃえばいいのよ」
「・・それはできない」
「他の艦娘のことなら、気にすることないのよ」
「それもあるけど・・」
「あるけど?」
「・・確かに人間には闇がある。・・でも、光もあって・・私はやっぱり人間が嫌いになれない」
「・・」
「最初は、お飾りの総理だと思った。いや、それでいいと思った。・・でも、副総理の鈴木さんをはじめ、みんな少なくとも私の話は聞いてくれるし、艦娘である私の意見が多少なりとも実際の政治に反映できている。人間が作った艦娘の言うことを、人間が聞いて、実現してくれる・・その恩なり借りなりは返さなくちゃいけないと思うんだ・・」
「あなた、すごいことを考えているのね・・」
「ううん。総理なんかになる前には、こんなこと思いつくことさえできなかった・・」
「『地位が人を作る』ってこと?」
「偉そうなことを言わせてもらえば、そういうことになるかな・・」
「・・交渉がうまくいけばいいんだけど・・」
「そうね。加賀さんまで失わせるわけにはいかないからね」
「・・知っていたの?」驚いたような顔をする加賀。
「その格好見れば、誰だって分かるでしょう?それ、私の服装だよ。しかも決戦用の」
「本当に食えなくなったわね、あなた・・」
苦笑する加賀に、瑞鶴は、はち切れんばかりの笑顔を返したのであった。
その後、深海棲艦から発艦したと思われる偵察機が発見されたときは、加賀と瑞鳳から全ての戦闘機と偵察機が発艦した上、全ての電探と水中聴音機を用いた警戒態勢が取られたが、幸いいずれからも攻撃を受けることなく、ミッドウェー島に到着することができた。
ここからは瑞鶴以外の艦娘の同席は認められておらず、瑞鶴と深海棲艦との真剣勝負であった。
交渉が失敗に終われば二度と交渉ができずに戦争が継続し、人類の滅亡というかたちでこの戦争が終結しかねない。それだけは何としてでも避けなければならないのであった。
……………
瑞鶴は、深海棲艦が指定した日時に、指定された場所にたたずんでいた。すると、指定された日時きっかりに深海棲艦は現れた。
「指定シタ時間ドオリネ」見た目が人間に近い。間違いなく姫か鬼クラスであった。
「大日本帝国政府、内閣総理大臣、瑞鶴です。ご存じと思いますが、艦娘です」最もオーソドックスな方法で自己紹介した瑞鶴。
「ズイカク・・アア、ソノ名前ニハ聞キ覚エアル。貴様ニ斃サレタ仲間ノ何ト多イコトカ・・私ノ名ハ・・貴様ラノ言ウトコロデハ中間棲姫。ヤット決定権ノアル艦娘ト話スコトガデキタ・・」
「今まであなた方と交渉できなかったのは・・」
「・・私ハ人間ト話スツモリナドナイ。マタ、人間ニ従ウダケノ艦娘トモ話スツモリモナイ・・」
「少なくとも、一国の決定権を有する艦娘が現れるのを待っていたのね・・」
「ソウ。オ飾リデナク、実際ニ政治ヲ動カセルカドウカヲ見テイタ」
「じゃあ、私に政治を動かす権限があるって認めてもらえたってわけね・・」
「完全ニハ程遠イガ、ソレデモ人間ヲ従エル可能性ノアル艦娘ガ登場シタ。話ダケデモシテミル価値ガアルト判断シタ」
「・・わが国は、海上およびその上空の安全かつ自由な交通さえ保障してもらえれば、要求することは何もありません。そちらの要求は?」
深海棲艦の要求が全く分からない以上、矛盾を避けるため、こちら側の要求は、日本がこれから生き延びるために必要な最低限なものに絞るというのが瑞鶴たちの結論であった。
「コチラノ要求ハ人類ノ削減ト服従」
「えっ・・」瑞鶴は、全く予想していなかった返答に息をのんだ。
「・・コレニハ説明ガ必要カナ。ズイカク、地球上ノ生命ハ、ドコカラ生マレタカ知ッテイルカ?」
「地球上の生きとし生けるものは全て海から生まれて、そこから進化したと聞いています」
総理就任後に猛勉強した成果が現れていた。予想外の中間棲姫の言葉に、たちどころに反応することができているのだから。
「ゴ名答。次ニ、地上ノ多数ノ生命ヲ絶滅ニ追イヤッタバカリカ、気候変動マデ引キ起コシ、ソレデモ飽キ足ラズ、全テノ生命ノ起源デアル海マデモ汚ス愚カナ生命ガコノ地球ニハ存在スル。ソレガ何ダカ分カルナ?」
「それは、人類・・」
「ソウ。地球ヲヒトツノ生命ニ見立テレバ、モハヤ人類コソ最大ノ脅威。我々ハ、ソノ人類ヲ削減、服従サセルタメ、地球ガ生ミ出シタモノナノダ」
「・・・」
「人類モ地球ガ生ミ出シタ生物。故ニ滅ボシマデハシナイ。地球環境ニ負荷ヲ掛ケナイ程度ニマデ削減シタ後、我々ノ指揮ノ下、生産活動ヲ抑エ込ム」
「なぜ、こんなことを艦娘の私に言うの?」
「我々ハ貴様ラ艦娘モ人類カラ虐待ヲ受ケテイルコトヲ知ッテイル。人類ノタメ命ヲカケテ戦ッテイルニモ関ワラズ、『バケモノ』、『兵器』ナドト呼バレテイルバカリカ、性的ニ犯サレルコトサエアルコトヲ。ソンナ人類ヲ共ニ懲ラシメテヤロウデハナイカ・・」
「馬鹿にするな!!」瑞鶴は怒鳴り声をあげた。
「あなた、神にでもなったつもり?どういう基準で人類を選別するっていうの?それで、その後、産業革命以前の生活に戻せって?無茶すぎるよ。こんな話、絶対に乗れない。そもそも、あなた方だって人類への攻撃というかたちで街や船を焼き、地球を汚しているじゃない。まさか、これまで人類に責任を転嫁しようっていうの?」あふれる怒りを何とかコントロールしながら、問い詰める瑞鶴。
「武力ヲ使ワナケレバ人類ハ従ワナイカラダ」
「何を言ってるの?人類を削減するだけなら、戦争に訴えるよりもっとスマートな方法があるじゃない。まさか、分からないってことないよね?」
「例エバ伝染病カ?ウイルスヲ使ッテモヨイガ、ソノ後、人類ガ我々ニ従ウト思ウカ?武力ノ背景ナシニ覇権ヲ築イタ体制ナド人類ノ歴史ニナイ」
「武力で一時支配できても、そんな体制永続するわけないじゃない!これも歴史を見れば明らかでしょう」
「ソレハ建前ダ。全ク武力ノナイ国家ナド地球上ニ存在シナイ」
「武力に警察力まで含めるなら、それは否定しない。でも、一方的に武力で押さえつけるだけの体制は間違っている」
「・・コレ以上議論ヲ続ケテモ無駄ダナ。ヤハリ艦娘ハ人類ノ手先カ・・期待シタ私ガ馬鹿ダッタ・・サッサト帰レ。今ハ殺サナイ。ダガ、日本カラ総攻撃シテヤル。日本ガ滅ブ
交渉をまとめられないどころか、よりによって日本を最初に総攻撃するという。
瑞鶴は、内閣総辞職程度では責任を取ったことにならない、日本を守るため、死ぬまで戦うことでお詫びするしかないと思った。
しかし、内なる自分が、それは自己満足に過ぎないと警告を発していた。
中間棲姫は明確に日本を滅ぼすと言った。そう言い切るからには、かつてない攻撃が日本に加えられることは火を見るより明らかで、勝てる見込みが極めて乏しかったからだ。
いや、仮に勝てたとしても、相当な被害を受けることは間違いなく、再起不能に陥る危険性も十分にあった。
一国の総理として、地獄しか行き着くところのない選択は絶対に避けなければならない、他に何か方法はないか・・必死に思考を巡らし、そして、ふとあることを思いついた。
それは・・
「ねえ、私の命をあげるから、停戦してもらえないかな。恒久的でなくていい。・・10年、そう10年だけでいいから。こう見えても私は現職の総理で、さっきあなたが言ったとおり、あなたの仲間の多くを斃した仇でもある。私の命に、それぐらいの価値があると思わない?」
自分の命と引き替えに停戦を求めるものであった。
「ソノ間ニドウスルツモリダ?」
「削減や服従なんかしなくても、人類が生き残るにふさわしい種族だということを証明してみせる」
「ソレガデキナイトキハ?」
「あなたの好きなようにすればいい」
さらっと答えたが、瑞鶴は本気で言ったわけではない。しかし、あまり条件を付けてしまっては中間棲姫が受け入れないだろう・・苦渋の判断であった。
「停戦シテイル間ニ、我々ヲ殲滅スル武器ヲ開発スルノデハナイカ?」
「原爆や水爆、果ては中性子爆弾を使っても吹き飛ばせなかったあなたたちに何を使えばいいの?逆に教えてよ。あっ、言うわけないか・・」
「面白イ。確カニ貴様ノ命ニハ10年停戦スル価値ハアル。ココマデ言ッタンダ、マサカ逃ゲルナヨ」
「随分こちらのこと調べているようだから、逃げられるなんて思っていないよ。でも、いくら私が総理でも批准が必要なのは分かっているよね。批准が済んで・・新内閣が成立した時点で私の命をあげる。その時点で現職じゃなくて前職になっちゃうけど・・それはあからじめ謝っておくわ」
「サスガニ現職ノ総理ノ命デハ、貴様ラノ立場モアルダロウ。前職デ十分ダ」
「それじゃあ、交渉成立ね」
瑞鶴が合意書案を作成し、中間棲姫がそれを了承した。
それは、瑞鶴が持参したノートを使用するという前代未聞のものであった。
作者:「いや、驚きました」
瑞鶴:「何に驚いたの?」
作者:「こちらの世界の総理が辞意を表明しました」
瑞鶴:「突然だったよね」
作者:「評価はともかく、『お疲れ様でした』と申し上げたいと思います」
瑞鶴:「それはそうと、今さら中間棲姫って古くない?」
作者:「太平洋海域を取り仕切っている設定にしたので、他の場所だとちょっと無理があるかな・・と」
瑞鶴:「太平洋の真ん中を押さえているから、全体を押さえられるっていうこと?」
作者:「そういうことでお願いします」
瑞鶴:「う~ん。無理があるような、ないような・・あと、中間棲姫のセリフが読みづらいよ」
作者:「深海棲艦のセリフはカタカナというのがお約束になっているので・・それでも全部カタカナよりはマシになっていると思います」