瑞鶴は、前総理の最後の仕事として宮中に参内していた。思いもよらなかった大命降下が昨日のようにも、はるか昔のようにも感じられていた。
停戦が成立したため、陛下は文官のモーニング姿で現れた。
「艦娘、瑞鶴。卿には苦労をかけた」
「恐縮です」瑞鶴は、限りなく普段通りに近い言葉遣いで答えた。
「卿はこれからどうする?」
「取りあえず原隊に戻りたいと思います。それから先は・・何も考えていません」
「そうか、これから卿に会える機会も減ってしまうな・・寂しくなるな」
「もったいないお言葉・・」
「・・卿に金杯を下賜し、総理としての前官礼遇を与える。・・卿の功績に比してあまりに少ないが、受け取ってもらいたい」
「功績というほどのことはしておりませんが、ありがたく受け取らせて頂きます」
「・・それでは、壮健でな」
中間棲姫との約束について陛下にすら告げていなかった瑞鶴は、陛下を騙しているような気がしたため、早々に話を打ち切ろうとしていた。
そんな瑞鶴の態度に、陛下は何か違和感を感じたようであった。
原隊の鎮守府に瑞鶴が戻ると、提督や翔鶴、加賀たちが待ち構えていた。
「ただ今帰還しました」
瑞鶴が提督に敬礼しようとすると、提督が慌てて「前官礼遇を受けている瑞鶴の方が格上だから」と制止されてしまった。
提督以下全員が瑞鶴に対して敬礼を捧げたため、瑞鶴は困った顔をしながらも、さっと答礼して、腕を戻した。
そうしなければ、いつまでも提督たちが敬礼を続けることになるからであった。
……………
瑞鶴は、中間棲姫との約束を果たすべく、東京に新設された深海棲艦との連絡事務所-事実上の大使館-に向かおうとしていた。
さすがに中間棲姫の根拠であるミッドウェー島に向かおうとしては、燃料の調達などで無理が生じ、それがきっかけとなって中間棲姫との約束が露見してしまうおそれがあったため、瑞鶴が事前に連絡を取った上で赴こうとしていたのであった。
適当な理由を作って東京に出かけることなど、総理まで務めた瑞鶴にとっては造作のないことであった。
瑞鶴は東京に向かう直前、翔鶴や加賀たちに別離の手紙を書くことにした。
最初に畏敬する加賀宛てに手紙を書くことにした瑞鶴は、便せんの前で数分考えたところでペンを走らせていた。
略啓 加賀様
この手紙があなたのお手元に届く頃、恐らく私はこの世にいないことでしょう。
思えば、私とあなたは顔を会わせるたび、いがみ合ってばかりでした。私がいなくなって、さぞ清々されたことと思います。
・・いえ、嘘です。あなたがそんなことを思うなんてつゆほども思っていません。
私に大命が降下したとき、あなたが私のために電話口の向こうで泣いてくれたことを誇りにして私は旅立ちます。あなたより先に逝くことをお許しください。
そして、どうか私の仇を討とうなどしないでください。勝手なお願いですが、私の代わりに、翔鶴姉たちや人類と共に、私たちの未来と平和を切り開いてください。これが私の最後のお願いです。
こんなこと恥ずかしくて口に出して言えなかったけど、私はあなたに鍛えられたからこそ、今日まで生き残ることができました。本当にありがとうございました。
私は、私たちの未来と平和のために、この命を捧げることを少しも後悔していません。どうか泣かないで笑ってください。あなたに涙は似合わないから。
そして、いつかあの世であなたと再び会える日を楽しみに待っています。
そのときは何をされても、そして何を言われても決してやり返さないし、また、言い返さないから。
その日が来ることが遠い未来であることを信じて・・
最後に一言だけ。
「あなた」なんてごめんなさい。加賀さんの名前を書くと涙が止まらなくなりそうだったから。
草々
不肖の弟子 瑞鶴
一気に書き上げた瑞鶴は、次々に手紙を書いていったが、さすがに翔鶴宛ての手紙だけは書いては破り、破っては書くことを繰り返した。
この手紙はすぐに見つかっても、また、逆に見つからずに終わっても意味がなくなってしまう。そこで瑞鶴は、遠方で実在しない宛先を書いた封筒にその手紙を入れて発送した。
「宛先不明」で戻ってくるタイムラグを利用したのであった。
こうして鎮守府を出た瑞鶴は、すぐにトレードマークのツインテールをほどいてロングストレートに髪型を変えた。
こうするだけでも随分印象が変わり、目立ちにくくなる。こうして単身東京に乗り込むことにしたのであった。