艦これの余白   作:夢幻遊人

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内閣成立秘話(下)

「・・米内、誰をもって組閣を命じるが良いであろう?卿のことだ。腹案があるのであろう?」陛下はさらに米内海相に下問された。

 

「恐れ入りましてございます。私は『空母瑞鶴』がふさわしいと存じます」

 

「瑞鶴・・名前には聞き覚えがあるが、その理由は?」

 

「まず、正規空母であることが挙げられます。今や戦場の主役の座は戦艦から空母に移っております。彼女はその空母艦娘としての戦果がございますので、深海棲艦に対してにらみが効きます。また、同時に正規空母の中では最も運が良いことも挙げられます。この際、運も味方にしなければなりませんので。・・ただ、彼女には一つ難点がございます」

 

「それは?」

 

「決して能力が低いわけでも、長幼の順なども無視しているわけでもないのですが、目上に対して敬語を用いることが少ないように思われます」

 

「それは、目上の者に対する敬意がないということか?」

 

「いいえ、むしろ親愛表現かと思われます」

 

「海軍は上下の規律もなっていないのか?」米内海相の回答に重臣の一人から声が上がった。

 

「・・いや、慇懃無礼(いんぎんぶれい)や面従腹背をやられるより、はるかにいい。また、上官たる者の度量の広さを示しているとも解釈できる」米内海相が答える前に別の重臣から援護射撃があったため、米内海相は目礼だけ返して何も発言しなかった。

 

「・・米内、ひとつだけ確認したいが、よいか?」

 

「はい、陛下」

 

「瑞鶴は、例えば駆逐艦娘たちに対してどのような態度を取っており、また、どのように思われているのか?」

 

「瑞鶴は、駆逐艦娘に対しても偉ぶった態度は取っておりません。むしろ裏表のない、明るく、素直な性格で皆から慕われております。もっとも表現を変えれば単純と言えなくもありませんが・・」

 

「素直か・・賞賛されるべき資質であるが、(まつりごと)はそれだけではできぬ。さぞ苦労するであろう・・」

 

「・・陛下、瑞鶴は物言いはともかく、全く物を知らぬ者ではございません。おそらく大命を受けてもすぐに承るとは思えません。説得を要すると思われます」

 

「・・望んで総理の地位に就こうという者以外なら、物が分かる者こそ、二つ返事で承諾するまいな・・まして今回は命の保証すらできぬ・・他に手立てがないとはいえ、申し訳ないと思う・・」

 

「・・艦娘を首班に据えるにあたり、不安をいくばくかでも減らすため、後見人を付されるべきかと・・」

 

「米内、それについても腹案があるのであろう?」

 

「返す返す恐れ入ります。私は、陛下の元侍従長、鈴木貫太郎男爵がふさわしいと存じます」

 

「鈴木か・・かの者は連合艦隊司令長官の経験もある。それにちょうど艦娘と見た目の近い孫娘もおったな。・・なるほど適任やもしれぬ。朕は鈴木を後見人となし、瑞鶴に組閣を命じたいと考える。異論ある者は今、この場で述べよ」

 

「艦娘総理やむなしとなれば、人選は艦娘をよく知る海相のご判断どおりで良いと思います。また、後見人を付することについても異論はありません。ただ、鈴木男爵はご高齢で耳も遠い上、国政経験も乏しい方ゆえ、総理の後見人たり得るのかと懸念するものであります。ここは、推薦された米内海相ご自身が後見人となられるのが筋ではありませんか」

 

「私は、小磯総理と共に大命を拝しました。総理のみに責任を負わせ、二代続けて副総理格として入閣することなどできません」

 

「米内は、この手のことは、一度言ったらテコでも動かないからな・・」陛下は苦笑を浮かべていた。

 

「恐れ入りましてございます」

 

「その他にないか?」

 

「・・深海棲艦との戦いを通じ、海軍の発言力が強まっています。先ほど海相は艦娘の管轄を動かしてもよいとおっしゃいましたが、ノウハウや設備面から考えれば現実的ではありません。さらに今回は総理が艦娘、副総理格が見込まれる鈴木男爵も海軍。万が一、万が一にも海軍が暴走したとき、これを制御できなくなってしまうおそれが・・」

 

「その懸念は理解できる・・」陛下は大きくうなずかれた。

「・・だが、今一番必要なのは、この戦争をなんとか終わらせることにある。そのため一時的に海軍に権限が集中してしまうのはやむを得ないと考える。朕は米内の統率力を信じるが、それでも万が一、海軍が権益をほしいままにし、国家と国民の利益を損なうのであれば、朕が近衛師団を率いて海軍を討伐する。それでよいか・・」

 

 二・二六事件の際、反乱部隊に同情的だった陸軍の態度に激怒し、近衛師団を陣頭指揮してまで鎮圧させようとした陛下の言動を思い出した重臣たちは、これが単なるこけおどしでないことを十分すぎるほど理解していた。

 

「・・それでは、鈴木男爵を後見人となした上で、瑞鶴に大命を降下させることに決定ということでよろしいでしょうか?」木戸内大臣は、会議に参加した重臣たちを見回し、意見が出ないことを確認してから散会を宣言した。

 

「・・内大臣。さっそく鈴木を呼んでもらいたい。鈴木を説得しなければ、瑞鶴の説得もままならぬでな・・」陛下はさっそく新内閣成立へ向け、行動を開始されたのであった。

 

 

……………

御上(おかみ)、何事でございましょうか・・」鈴木男爵は陛下の前に直立した。

 

「・・鈴木、早速で申し訳ないが、朕はこの度、艦娘たる瑞鶴に組閣を命じたいと思う。そこで卿に総理の後見として、総理を支えてもらいたいと思う」

 

「・・私は、高齢で耳が遠く、ただ今、枢密院議長などという顕職にありますが、国政経験がほぼございません。これは、明治大帝陛下が定められた軍人勅諭により、軍人が政治に関わるべきでないと思っているからでございます。瑞鶴に対し、含むところなどございませんが、何とぞ辞退をお許し願いたく・・」

 

「卿がそう言うであろうことは予想していた。だが、ここは曲げて卿にこの任を受けてもらいたい」

 

「他に人はいくらでもおりましょう・・」

 

「いや、卿は連合艦隊司令長官を務めた上、年頃の孫娘もおるから、艦娘のことも理解してやることができる。・・この際は年が離れていることも良い。親子ぐらいの年齢差であると、お互いにやりづらいところもあるやもしれぬでな・・」

 

「・・孫はかわいいですからな」

 

「・・鈴木、朕は今度の内閣でこの戦争に終止符を打ちたい。さもなくば経済の方が先にやられてしまう。・・艦娘は、これまで政治に全く関わらなかった。深海棲艦との交渉は艦娘に任せなければならぬとしても、それまでには落としどころなども覚えさせねばならぬ。・・だが、例えこちらが賠償金なり領土・・いや、場合によっては朕の命を差し出してでも、この戦争は終わらせなければならんのだ。鈴木・・卿は、朕の侍従長を務めたゆえ、ここまで伝えた。政治など知らなくてよい。その代わり卿には経験があるではないか。その経験で艦娘総理のよき相談相手となり、導いてやってくれまいか・・」

 

「・・御上のお覚悟、しかと承りました。至らぬ身でありますが、最後のご奉公と思い、総理の後見の役割をお引き受け致します・・」

 

 

……………

「鈴木に後見人の件、承諾してもらった・・次はいよいよ瑞鶴を呼び出し、組閣を命じることとしよう。瑞鶴にとっては、迷惑以外の何物でもあるまいが・・」

 

「何と言って呼び出せばよろしいでしょうか?」

 

「『組閣を命じるため』と言えば、どのような理由を作ってでも来るまい。・・だまし討ちとなってしまうが、理由は告げず、ただ朕が『会いたがっている』とのみ伝えよ・・」

 このとき陛下は、ぬぐいきれない想いが浮かんでいた。

「人は深海棲艦より罪深いのかもしれぬ・・果たして艦娘が命を賭けるだけの価値が我々にあるのだろうか」と。

 

 

……………

「御上、艦娘瑞鶴、参内いたしました・・」

 

「いよいよだな・・瑞鶴は引き受けてくれようか・・一方的な命令でなく、あくまで本人の意思で引き受けてもらわなければ、総理など到底務まらぬ・・」陛下はそのようにつぶやいた後、侍従武官に告げた。

「瑞鶴に自由な物言いを許す。言葉遣いで責めてはならぬ。卿の方からその旨伝えてくれぬか」

 

「御上の仰せのままに・・」

 

 陛下が侍従武官とともに松の間に向かうと、海軍一種軍装に身を包んだ瑞鶴が最敬礼していた。

 

「艦娘、瑞鶴。顔を上げられよ」

 

 ゆっくりを顔を上げた瑞鶴の表情は、困惑と緊張としか表現のしようがないものであった。

 陛下は、あるいは目の前に立つうら若き瑞鶴を、いわば生け贄にして深海棲艦との戦争を終わらせようとしているのではないかとの呵責がこみ上げてきたのであったが、例えそうであっても、ほかに取るべき道が見当たらなかったため、心を鬼にして玉音を下されたのであった。

 

「艦娘、瑞鶴。卿に組閣を命じる」

 

 こうして幕は開いたのである・・

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