「いいの?こんないい服買ってもらっちゃってさ。それにここ高そうだよ・・」
阿久野に服を買ってもらい、入浴まで済ました瑞鶴は、高級料理店に連れて行かれたのであった。
「思ったとおり、あんたは金の卵だった。少し埃を払うだけで光り輝くんだ・・あんなところにいていい女じゃねえ・・」
「さっきの見てなきゃ、どう考えても体目的だって思うよ・・」
「そいつは違えねえ・・だが、あれは偽物なんかじゃねえよ」
「器具が使い込まれていた・・あそこまで仕込むなんて考えられない・・」
「目の付け所が違うねえ・・おっと、余計な詮索はしねえよ」
「随分律儀なのね・・」
「ああ、俺は、俺なりのルールであそこを仕切っている。『切った張った』、『女、子供、老人と頭の弱い奴をだます』、『ヤク』がご法度。あとは『正当な対価を払う』だけだ。それ以外は何をやってもいい・・あまりルールを増やしても、守られねえんじゃあ意味がねえ」
「余計なお世話だけど、警察がうるさいんじゃないの?」
「あそこは俺が仕切る前は、毎日のように殺しなんかが起きてサツだって容易に踏み込める場所じゃなかったが、今じゃあ殺しどころかケンカすらめっきり少なくなったってことで、大目に見てもらえるんだ・・」
「お互い様ってわけだ・・」
「そういうこと・・」
「・・それで、私に話したいって何のことなのさ?」
「俺の懺悔を聞いてもらいたい・・」
「どうして私に?」
「さっき、あんたの顔を見て、俺が驚いた顔をしたのに気付いたかい?」
「ええ」
「あんたは、俺の死んだ妹にそっくりなんだ・・」
「・・・」瑞鶴はとっさに返す言葉が見つからなかった。
「妹は7年前、ちょうど深海棲艦の存在が公式に認められた頃、その深海棲艦の攻撃を受けて死んだんだ・・俺を守るために・・」
「・・その頃の俺は、あらゆる犯罪に手を染めていた。ゆすり、たかり、ヤクの密売・・何でもござれで、相手も同じような奴らだったが、半殺しにしてやった奴も一人や二人じゃねえ」
「それに引き替え、妹は文字通り品行方正で、とんでもねえ
「そりゃすごい・・」戦前の学制は現在のように単純でなく、複層的で、かつ男女で完全に分かれていた。男性の場合、年数こそ現在と違うものの、ひとつの系統として現在と同じように小学校→中学→高校→大学があったが、女性の場合、小学校→高等女学校となっており、現在の高校に相当する学校がなかった時代に帝国大学に合格するというのは、それだけで相当な努力と才能があったことの証明になるというものであった。
「そんな妹と俺は、どういう訳か仲が良かったんだ。たまたま俺が妹を誘って海岸を歩いていると、いきなり深海棲艦が攻撃してきやがったんだ・・遮る物は何もない・・俺は死んだ思った。しかし、次に俺が気付いたときには妹が俺の上で死んでいたんだ。・・持ち物でやっと妹だって分かるような肉塊に変わり果ててな。ついでに言うと、そのとき俺もこんな体になったが、そんなことはどうでもいい・・」
「・・誰がどう考えたって、死んでいいのは俺で、妹に生き残ってもらいたかったと思うだろうよ。しかし、現実は逆だった・・俺は何より自分自身が許せなかった・・」
「周囲ばかりでなく、親からも冷たい視線にさらされた俺は、ここに流れ着いたんだ・・」
「ここでのし上がった俺は、ある日気付いたんだ。ここに流れてくる奴の多くは深海棲艦がらみだってことを・・」
「確かに最近は、艦娘のおかげで、直接親が殺されたっていうのは減っている。しかし、知っているかい?今年の軍事予算額を?」
「いいや」瑞鶴は総理として当然概算額は知っていたが、ドヤ街を歩いている人間が知っているのもおかしいと思い、敢えてこう答えたのであった。
「550億*1だとよ・・一体これがどれだけの金か分かるかい?この国の国民全部が1年間で作り出す富の8割を超えてるんだぜ・・*2分かりやすく1つの家で例えれば、その家の稼ぎの8割以上を飲み食い、しかも酒とか菓子といった、どちらかと言えばどうでもいいような物に使っているようなもんだ・・こんなことやってたら体だって壊すし、着る物にも困る上に、そのうち家だって崩れちまう・・」
「・・もちろん、本人が悪い場合も少なくねえ。しかし、俺が見たところ、少なくとも半分は深海棲艦との戦争が原因なんだ。それに気付いた俺は、そいつらを守りたいと思った・・」
「・・だから、最低限のルールを作ったってわけなのね・・」
「偽善でしかないがな・・」
「・・偽善だって、続ければそれで守られる人が必ずいる。そうなれば、もう偽善じゃない・・」
「泣かせること言ってくれるじゃないか・・」
「もし、お偉いさんに言えるとしたら、何を言いたい?」
「1日も早くこの戦争を終わらせて欲しい。そして、今使っている軍事費の1割でもいいから、戦争によって苦しめられている人を救うために金を使って欲しい。そうすれば、そういった連中も正業に戻ることができ、税金だって納められるようになる。そうなれば、政府にとっても悪い話じゃねえはずだ」
「立派な話だね。衆議院議員に立候補したら?・・ごめん。女の私じゃあ、投票してあげられないや・・」
「いや、女の姿をした艦娘が総理になった。早晩女にも選挙権が認められるだろうよ。そのときはよろしく頼むぜ・・」
「あんたの名前、忘れないでおくよ・・」
……………
「今日は、ありがとね」
「俺も話を聞いてもらえてうれしかったぜ。・・また機会があったら、話をしてもらえるかい?」
「あんたなら大歓迎だよ」
料理店の前で分かれようとしていた阿久野と瑞鶴を狙う黒い影に先に気付いたのは阿久野の方であった。
「危ねえ」阿久野が瑞鶴を突き飛ばした瞬間、銃声が数発聞こえた。
とっさに受け身を取って立ち上がった瑞鶴が見たものは、胸から血を流す阿久野の姿であった。
「阿久野さん・・」瑞鶴は阿久野の止血を試みようとしたが・・幾多の戦場をくぐり抜けてきた経験が、その行為の無意味さを告げたのであった。
「おそらく、ヤクを売りたがってた奴の手先だ・・バカめ。サツだってヤクを売られちゃメンツ丸つぶれになる。そうなりゃ全力でつぶされるだけだってのに・・」つぶやくように言葉を発した阿久野は言葉を続けた。
「総理・・ご無事で・・」
「・・いつ分かったのさ?」瑞鶴は、無駄な時間を使うことを避けたのであった。
「組閣の写真を見たとき、妹が総理になったのかと本気で思ったんでね。化粧や髪型を変えたくらいじゃ、俺はごまかせねえ・・それに決定打は俺の名前でなく、『この辺りを仕切っている』って言ったところで、ようやく反応したところだ。俺はガキですら名前を知ってる悪党なんでね・・」
「そんなところでバレたのか・・」
「だが、俺の話にうそはねえ・・」
「分かってる・・」
「・・総理・・」
「何?」
「・・この国に平和を・・」
「・・人には闇がある・・でも、確かに光もあるんだ。・・私は何があっても人の味方になって、この戦争を終わらせてみせる・・」瑞鶴の目から涙があふれていた。
「俺なんかのために、天下の総理が涙なんか流しちゃいけねえ・・それに、あんたには笑顔の方が似合ってるぜ・・」
瑞鶴は続く言葉を待った。・・しかし、それが発せられることは遂になかった・・
……………
「・・今日は随分人が出ているね・・何かあったの?」瑞鶴は、内閣書記官長に尋ねていた。
「ええ、ドヤ街の帝王と言われた阿久野という男の葬儀が行われているとのことです」瑞鶴が、その阿久野と知り合っていたことを書記官長は知らなかった。
「今日はしぐれているね。まるでその男の死を悼んでいるみたい・・」
「以前は、本当に人間のクズのような奴だったそうですが、ここ最近は、悪いなりに筋を通していたと聞いています」
「参列しているのは、どういう人たちなの?」
「はっきりとは分かりませんが、格好からするとドヤ街の住人たちが多いようです。・・みな、精一杯の服装に身を包み、涙を流している者も多数見受けられます・・」
「どんな組織でも、長は
阿久野の墓には、数え切れないほどの花や線香などが手向けられていた。その中にひときわ美しい花が一輪
それと同じ花が、彼の妹の墓にも手向けられていることを知る者は、この世にほとんどいない・・