瑞鶴の軍令部出向が決まり、壮行会が開かれていた。
「瑞鶴、体に気をつけるのよ」翔鶴は心配そうな顔をしていた。
「翔鶴ねぇ・・さんの方こそ、気をつけてね」瑞鶴は答える。
「私には赤城さんや加賀さんが付いてくれるけど・・」
「ほかに何か心配があるの・かしら?」
「それはだな・・」気づくと提督が近くに立っていた。
「『五航戦、あなたは軍令部が初めて受け入れる艦娘。軍令部の艦娘に対する印象はあなたで決まってしまう。よくよく言動には気をつけることね・・』と加賀なら言うだろうな」提督は加賀のマネをしながら言う。その言い方が微妙に似ていたため、笑いを誘われる。
「あのて・加賀さんなら言いそうなことね・・」瑞鶴は毒気付いたものの、加賀たちが作戦に従事していることから、この場にいないことに一抹の寂しさを感じていた。
「・・提督さん、今さらだけど、本当にこの時期に私がいなくなって大丈夫、かしら?」
瑞鶴は、大規模作戦が発令されたため、翔鶴を含めた大型艦が軒並み出動か、出動予定が組まれていたため、それを案じていたのだ。
「その作戦を立てた軍令部が『艦娘を出向に出せ』と言ってきたんだ。いざとなったら、軍令部に応援を頼む。そのためにもお前が軍令部にいた方が都合がいい」提督は笑いながら言う。
瑞鶴は、提督の配慮に素直に感謝した。
軍令部に到着した瑞鶴は、事前に渡されていた参謀中尉としての正装で出頭し、まず総務課に案内された。
右肩から胸に付いている紐-鎮守府にいる参謀の人から「参謀
総務課長以下の総務課員にまず挨拶をした後、瑞鶴は、配属先の第一部第一課に案内された。
これも鎮守府にいる参謀の人から教えてもらったのだが、第一部第一課は作戦立案をする花形部署で、ここに配属されるということは、将来のエリート候補ということらしい。
それを聞いて瑞鶴はとまどっていた。確かに実戦をくぐり抜けてきていることから、戦闘そのものには多少なりとも自信はあった。しかし、軍全体の作戦となると想像がつかなかったからだ。ましてや自分が初めての艦娘。もし失敗してしまったら、それを理由に艦娘が軍令部に所属する機会が失われかねない。もしかしたら、それを軍令部は狙っているのでは、とうがった考えも浮かんでは消えた。
しかし、提督を通じて、軍令部からは事前に参謀としての勉強は一切しないで来いとはっきり言われていた。それでも一通りの事務仕事や接遇ができないと鎮守府の恥だからと提督や秘書艦に厳しく言われ、秘書艦補佐として書類や来賓を相手に四苦八苦するハメになった。特に言葉遣いについては、出発直前まで秘書艦から指導を受けた。
提督からも「お前は飾らない言い方が魅力ではあるが、今度ばかりはせめて時と場合を考えた物言いをするようにしろ」と褒められたのか貶されたのか分からないことを言われ続けた。
そのおかけで、かろうじてではあるがボロが出ないレベルまで持って行くことができた。
そんなことを思い返していると、目の前に大尉の袖章を付けた-今まで漠然としか理解していなかったため、瞬時に判別できるよう見方を叩き込まれた-人が立つ。顔を上げるとメガネをかけ、知的な印象をした男性がいた。
「初めまして、瑞鶴中尉。私があなたの指導役を命じられた大尉の松方正樹です。よろしくお願いします」
瑞鶴は直ちに直立して敬礼する。「本日、軍令部に着任致しました、瑞鶴です。右も左も分からないふつつか者ですが、ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」暗記するまで叩き込まれた挨拶をする。
「瑞鶴中尉、そんな堅苦しい挨拶をしていては疲れてしまいますよ。確かに世の中には言葉遣いに気をつけなければならない人はいますが、少なくとも私にはそんな気を遣わないでください」松方大尉は気さくに話しかける。
瑞鶴は、この人なら大丈夫そうだとは思いながらも、気づいたことを質問する。
「あ、あの、『瑞鶴中尉』というのは何なんでしょうか?」
「ああ、実は、中尉の呼び方について議論になりまして・・」松方大尉は説明する。
「軍令部に来て頂くに当たって中尉待遇にすることはすぐに決まったのですが、『艦娘の瑞鶴さん』や『中尉の瑞鶴さん』では間延びしてボツ。単に『中尉』では誰か特定できなくなるのでこれもボツ。どうしたものかという話になったのですが、第一部長が『そんなことに時間を使うな。瑞鶴中尉でいいだろう』と鶴の一声で決まったんです」
「私が瑞鶴だけに『鶴の一声』で決まったのね・・」と瑞鶴が言うと、松方大尉は「瑞鶴中尉は、なかなかしゃれっ気がある」とクスクス笑い始めた。
この様子を見て瑞鶴は、今まで冷徹に死を命じたように思えた軍令部の参謀たちも他の人間と変わらないことに気づかされた。
「・・私は、艦娘さんと初めて会ってお話しさせてもらいました。私にとっては恐怖の存在でしかない深海棲艦と直接戦われているので、どんな方だろうと勝手に想像していましたが、会ってみればなんてことはない。私たち人間とほとんど変わらないですね。・・こんな簡単なことに今まで何で気づけなかったんでしょうか」松方大尉は恥ずかしそうに言う。
「松方大尉、私も同じようなものです」瑞鶴は答える。
「・・それではさっそく瑞鶴中尉が軍令部に来られた意義があるというものです」松方大尉は、瑞鶴が何を指して話したのかを尋ねることはなかった。
「ところで松方大尉。私は『瑞鶴中尉』と呼ばれても何か、こう、くすぐったい感じがして。どうにかならないでしょうか?」
「・・さっき会ったばかりでいきなり呼び捨てにするのもどうかと思うので、『瑞鶴さん』にしましょう。それじゃあ、瑞鶴さんも私のことを『松方大尉』と呼ぶのは、なしにしてくださいね」
「・・分かりました。それでは『松方さん』と呼ばせてもらいます」
松方大尉は少し堅いところはあるものの、話しやすく、瑞鶴としてはやりやすいタイプであった。
その後、軍令部から正式に中尉としての辞令が交付された。中尉となると奏任官であるため、辞令書には御璽が押されてあり、また、翌日の官報には名前も載るという。
辞令交付後、松方大尉に案内されるかたちで各部に挨拶回りをした後、ようやく第一課に戻った瑞鶴であったが、慣れないことで疲れているであろうという第一課長の配慮から、荷物整理でその日の仕事を終えた。
翌日、朝一番に出勤した瑞鶴は、部屋の掃除をした。机の上はむやみに動かしていけないと鎮守府にいた参謀から教えてもらっていたことから、慎重に掃除をしていたところ、出勤してきた第一課長から褒められることになった。
そんな第一課長は、新聞を出したかと思うとパラパラとめくり、あるところで線を引いて瑞鶴に渡してきた。それは新聞ではなく、官報であった。
そこには「任 海軍中尉 艦娘瑞鶴」と「海軍中尉 艦娘瑞鶴に軍令部第一部第一課への出向を命じる 御璽」と面白くもおかしくもない記事が記載されていた。
第一課長は「記念に取っておけ」と言ったため、瑞鶴は慌てて代金を支払おうとしたが、「部下から百数十円徴収するほど困っていない」と言って受け取ろうとはしなかった。聞けば、第一課長には瑞鶴と見た目が近い娘がいるという。そんな瑞鶴を戦場に立たせていることに情けなさを感じているとこぼす第一課長を見て、優しい人だなと思う瑞鶴であった。
2日目の瑞鶴は、軍令部の組織と戦略の基礎について座学を受けた。特に難しい内容ではなかったが、参謀中尉として任官していることから、軍令部や海軍省以外の場所では、中尉以下の者は、瑞鶴の姿を確認できた段階で敬礼をし(同じ中尉でも参謀の方が上位扱いとなることを教えてもらった)、瑞鶴が答礼を返さない限り、見えなくなるまで敬礼し続けることになってしまうので、周囲には常に気をつけるよう注意を受けた。
座学を終え、松方大尉の隣に置かれた自分の机に戻ると、瑞鶴にもなじみのある戦闘詳報が置かれていた。
「瑞鶴さんも書かれたことがある戦闘詳報ですが、最終的にはここに集約されます。
私たちはこれを解析した上で、データベース化しています。瑞鶴さんにはまずこの仕事をやってもらいます」松方大尉は説明する。
瑞鶴は、戦闘詳報そのものについては十分すぎるほど理解していたが、何をどこまで入力するかについては、ひとつひとつ松方大尉の指導を受けながら作業を進めることになった。また、提督から聞いていたとおり、海外の艦娘からの戦闘詳報も含まれており、共通言語である英語から直接内容を読み込んでいく。
それに気づいた松方大尉は「海外の艦娘さんの場合、わが国にない装備を持っていると思いますので、分からないことがあったら、ここをこうして・・」と装備解説のデータベースへのアクセス方法も教えてくれた。
瑞鶴が解析、入力した内容は全て松方大尉のチェックを受けることになっていた。真剣な表情で確認していた松方大尉であったが、「さすがですね。ちょっとした表記ミスは直させてもらいましたが、仮にそのままでも意味は通じますし、入力すべきところはきちんと入力されています。解析内容についても非常にわかりやすいです」と褒めてくれた。
「褒めてもらえてうれしいのですが、全然追いつけなくて・・」山のように積み上がった戦闘詳報を見て瑞鶴は落ち込んだ。
「いや、入力スピードが速くても内容が伴わなければ意味がありません。その点、瑞鶴さんの内容については、表記ミスさえ気をつけてもらえれば文句の付けようがないので、あとは慣れです。このままやってもらえれば何の問題もありませんよ」
「松方さん、指導すべきところはきちんと指導してください。表記ミスって具体的にどんなミスだったんでしょうか?」瑞鶴は、松方大尉の優しさに感謝しつつも、それに甘えないように尋ねた。
「・・『深海棲艦』のセイの字が木偏でなく、にすいになっていました・・」松方大尉はバツが悪そうに答える。
「松方さん、それ一番ダメな奴じゃ・・」瑞鶴は、情けなさで顔から火が出ていた。
軍令部の作戦室は緊張に包まれていた。瑞鶴の原隊の大型艦が軒並み出動している作戦が佳境を迎えようとしていたからだ。
瑞鶴も第一課員の一員として出席していた。最近、軍令部と各鎮守府、警備隊とは専用回線でつながれたため、盗聴等を心配する必要はなくなり、戦闘中でも情報交換がさかんになされていた。
そして、これまでの攻略により明らかになった各海域での敵の艦種と想定される装備がパネルに表示されている。
理由は明らかでないが、深海棲艦は、ある地点に配置した艦種は、仮にこちらからの攻撃で全滅しても全く同じ艦種しか再配置しないことが分かっているため、こちらとしては途中までは有利に戦いを進めることができるのであったが、問題は敵の本陣にいる姫であった。
この姫は、1人で戦艦、空母双方の数艦隊分の能力を持つばかりでなく、その打たれ強さや復旧能力は尋常でなかった。これを攻略するため、瑞鶴の原隊の大型艦は、それこそ入れ替わり立ち替わりで間断ない攻撃を加え続けていたのであるが、姫は屈することなく応戦を続けていた。
当然、こちらが受ける損害も甚大で、何とか撃沈だけは避けているものの、大破は当たり前で、バケツを使った修復を繰り返していたため、各鎮守府や警備隊からも手配した資材が尽きかけていたのであった。
そこで、最後の資材をかき集めて出航した艦隊が総攻撃を仕掛けているところであった。その機動部隊には、瑞鶴のよく知る加賀や飛龍、そして姉の翔鶴などが含まれていたのであった。
旗艦加賀から提督宛に通信が入る。それを同時中継して軍令部でも聞く。
「こちら機動部隊旗艦加賀。攻撃は成功。姫の航空戦闘能力はほぼ壊滅と認めます。しかしこちらも私が中破して攻撃能力を失いました。その他の艦娘は小破未満です」軍令部ではどよめきが起きる。本来なら歓声が上がってもおかしくなかったのであるが、他でもない瑞鶴の同僚が中破となったため、遠慮があったのかもしれない。
「よくやった。機動部隊は帰還、後は戦艦部隊が姫を仕留める」提督は答える。誰もがそれを認めようとしたとき、反論が聞こえた。
「提督、今回で確実に姫を仕留めなければなりません。戦艦部隊を支援するため、航空攻撃を続行させてください」声の主は加賀であった。
「しかし、姫の航空戦闘能力は奪ったとしても、その砲撃能力は尋常ではない。1発でも食ったら撃沈しかねないお前を姫のいる戦場に行かせられないし、敵の生き残りがいるかもしれないこの段階で単独での帰還もさせられない」提督の言うことは正論であった。
「私は艦載機を発艦させられなくても、他の空母の艦載機や随伴する重巡洋艦、駆逐艦の砲雷撃力は小さくありません。姫攻略にこれだけの戦力を使わず、それが原因で姫を仕留め切れなかったら、私は一生後悔に悩まされます。どうかこのまま進撃を命じてください」加賀の願いは必死であった。
確かに2隻分の空母の艦載機と重巡洋艦2隻、そして駆逐艦1隻の攻撃力は無視しえない。しかも相手の姫は、今でこそ航空戦闘能力を失っているとは言え、戦艦としての攻撃能力だけ取ってみても戦艦部隊の合計を上回ってしまう。常識的に考えるなら、機動部隊からの攻撃は必要不可欠である。しかし、中破した加賀を伴えば、その加賀に攻撃が集中して加賀が撃沈しかねない。
練度が極めて高く、搭載できる艦載機が一番多い加賀に万が一のことがあっては一大事となるため、軍令部でも意見が割れた。
そんなとき加賀からさらに連絡が入る。
「瑞鶴、軍令部にいるんでしょう。話は聞いているわ」
モニター越しに加賀の顔が映る。加賀もモニター越しに瑞鶴を確認したらしく、顔つきが一瞬だけ緩む。加賀の様子は、確かに飛行甲板に損傷が認められたが、戦意はいささかも失われていないようであった。
「あなた、その胸に付いているのは何?参謀だっていうあかしでしょう?参謀は必要なときに味方に『死ね』って命じられるのよ。そして今がそのとき。その責任と覚悟がないなら、さっさとその紐を外して逃げ帰ってきなさい!」加賀の声は冷徹ですらあった。しかし、瑞鶴には激励が含まれていると感じた。
「・・さすが、加賀さん」瑞鶴は恐れ入ったという声を出したかと思うと「意見具申!」と声と同時に手を挙げた。榎本部長が発言を許可する。
「加賀の言うとおりです。ここは機動部隊を戦艦部隊の支援に充て、もって姫を撃滅すべきです。・・私の知る加賀なら、例え中破でも敵の砲撃は見事かわしきります」
自信を持って言い切る瑞鶴にさすがの参謀たちも息をのんだ。
榎本部長が口を開く。「・・今、前線に立っている艦娘たちと肩を並べて戦う瑞鶴中尉がそう言い切るんだ、それを我々が信じなくてどうする。・・軍令部第一部長より旗艦加賀に命じる。卿ら機動部隊は後続する戦艦部隊と協力して姫を撃滅せよ。ただし、撃沈は許さない。なお、これに伴う責任の一切は不肖榎本が取る。この旨記録に明記せよ」静かな口調であったが、聞く者にすごみを感じさせる命令であった。
「第一部長、感謝致します。・・それに瑞鶴も」加賀が答える。
「武運を祈る。これにて通信を終了する」榎本部長は見事な敬礼をして通信を切断した。
長い長い戦いが終わった。最後は加賀に随伴していた重巡洋艦と駆逐艦の魚雷にとどめを刺された姫は海の藻屑と消えた。
そして加賀は・・生き残った。よくぞ撃沈しなかったと思えるような痛々しい姿ではあったが・・
入渠する寸前、加賀は、翔鶴に「撃沈していたら、軍令部で大見得を切ってくれた瑞鶴
しかし、翔鶴は、加賀のその言い方に、瑞鶴に対する冷やかしのほかに、仲間が軍令部にいる誇らしさを確かに感じていた。
「加賀さんというのは、厳しい方なんですか?」松方大尉は瑞鶴に尋ねていた。
「厳しいもなにも。あのやり取りそのままの人よ」瑞鶴は答える。
「『参謀の責任と覚悟のない者は、この紐を外して逃げ帰れ』という言葉は効きました・・」
「いや、あれは私に言ったことで・・」
「そうかもしれませんが、あの場にいた者は皆、参謀とは何たるかを今一度思い返したはずです」
「・・あと、これは私に言われたくないかもしれませんが、お互いがお互いを心から信頼している姿を見せつけられ・・正直うらやましかった」松方大尉は独り言のように言ったため、瑞鶴は何も言うことができなかった。
本編で触れられなかった瑞鶴と松方大尉が初めて会うシーンを書き始めたところ、瑞鶴に参謀らしいことをさせたい!という思いから、エピソードが本編より長くなってしまいました。何とか本編と矛盾しないようにしました。ちょっと辻褄が合わないようにも受け取れる部分は出てしまいましたが、解釈の仕方でごまかせるかなと思っています。
なお、「中尉が奏任官で辞令に御璽が押してある」とか「官報に載る」というのは戦前の例から引用していますが、官報の記載方法は全くの創作であるなど全てを引用しているわけではありません。念のため記載しておきます。