「大臣、就任おめでとうございます。それで、噂の艦娘総理はどうでしたか?」司法次官は、就任した大臣に向かって挨拶をしていた。
ちなみに司法大臣は、元検事総長などの司法省の幹部であった者から選ばれるのが通例であり、瑞鶴内閣においてもその通例が踏襲されたのであった。
「頭では見た目に惑わされてはならないと分かっているんだが、なかなか難しいね・・でも、肝はすわっているし、カリスマ性も感じさせるよ・・」
「そうですか・・」
「まあ、うちの役所は、誰が総理でも粛々と仕事をするだけだよ」
「そうですね。相当大きな汚職事件でも起きない限り、総理と関わることはないと言ってもいいくらいですから・・」
「普通にやっていれば総理に迷惑をかけることもなければ、迷惑をかけられることもない・・まあ、それはそれとして、うちの役所のことで総理に迷惑をかけないよう気を引き締めてもらいたい・・」
「承知いたしました・・」次官はそう言うと大臣に頭を下げたのであった。
このとき、大臣も次官も、まさか海軍を舞台とした大型汚職事件が発覚するとは夢にも思っていなかったのであった。
……………
「・・何事かね?総長が顔色を変えてここに来るなんて?」司法大臣は検事総長の訪問を受けていた。
「・・海軍で相当大規模な汚職があります・・」検事総長は青い顔をしながら司法大臣に告げたのであった。
「!!・・それは本当か?!まさかとは思うが、帝人事件*1の二の舞はご免だぞ・・」
「帝人事件については言いたいこともありますが、我々も十分反省し、今回は慎重すぎるくらい証拠を収集し、金の流れについては、ほぼ解明できています。絶対と言っていい自信があります」
「・・確かに海軍には膨大な予算が回っている。汚職があっても不思議ではないが・・」
「これ以上捜査を進めるとなると、鎮守府なり海軍省へのガサ入れが必要です。そうなると政治的な判断が必要なので、こうしてお伺いしました・・」
「う~ん・・総長も知っていると思うが、今の内閣は海軍主体だ。この事件をやるとなれば、司法省としても相当な覚悟が必要だぞ・・」
「検察としては、ここまで証拠のそろっている事件を看過することは到底できません。存在意義が問われてしまいますので・・」
「憲兵隊に協力を求めるにせよ、求めないにせよ、法律上は何人の承諾も不要だ。しかし、実際問題として、米内さんの承諾と協力がなければ、海軍に手を出すことはできない相談だ・・」
「深海棲艦との戦争を通じて、軍部、特に海軍の一部には、我こそが国を支えていると思い上がり、私腹を肥やしている者がおります。このような者に法の制裁を加えなければ、
司法大臣から緊急かつ秘密を要する話があると言われた米内海相は、海軍省ではなく、司法省にいた。
「わざわざ私を司法省に呼び出すとは何事ですか?・・もしや汚職でもありましたか?」米内としては冗談を言ったつもりであった。しかし・・
「その、もしやです・・」司法大臣は真顔で答えたのであった。
「何と・・」
「単刀直入に申し上げます。複数の業者との贈収賄が、かなり手広くあるようです」
「海軍省内にまでですか?」
「おそらく。・・念のため申し上げますが、今回は慎重に証拠を収集しており、当局はかなり自信を持っております」
「誰にとっても帝人事件は不幸でしかありませんでしたからな。・・それにしてもシーメンス事件*2の二の舞か。・・私や海軍がどのように叩かれてもいいが、総理はこの問題に全く関係がない。この問題の責任を取らされることだけは何としても避けなければ。・・かと言って、もみ消しにしたことが分かったら、それこそ国民は海軍のみならず、総理も許さないだろう。・・やむを得まい、総理にご判断して頂くしかあるまい。司法大臣、申し訳ないが一緒に総理官邸まで来てもらえないだろうか・・」
「海軍大臣と司法大臣・・珍しい組み合わせだね。何かあったの?」米内海相らから至急会いたいと言われた瑞鶴は、直ちに二人を総理官邸に招いたのであった。
「実は、総理・・」二人を代表して、まず司法大臣が説明を始めたのであった。
「・・要するに、事件を捜査すれば、責任が追及され、内閣が吹っ飛びかねない、かと言って、もみ消したことが分かったら、政府への信用はまるでなくなり、戦争を続けることもやめることもできなくなるかもしれない・・私にどちらか選べって?」
「そのとおりです」
「じゃあ、答えは簡単だよ。事件を捜査すべきだよ。私が総理でなくても深海棲艦と交渉できる可能性は残されるけど、戦争をやめることができなくなることだけは何としても避けなきゃ。・・海軍、そして総理としても先輩である米内さんに対して偉そうで申し訳ないけど、総理として命じます。『海軍は、司法当局に全面的に協力し、この際、膿を一掃せよ』と。そして、司法大臣には、例え私相手でも遠慮なく、法を正しく適用するよう命じます・・」
「承知いたしました・・」海軍大臣と司法大臣は瑞鶴に対して深々と頭を下げたのであった。
……………
「驚いたね。鎮守府の提督クラスは言うに及ばず、軍令部や海軍省、果ては大本営の幹部クラスにまで金がばらまかれていたなんて・・」
「さんざん否認しておきながら、証拠を次々と突き付けられた挙句、しまいには黙り込むとは・・陛下から桜の階級章を賜りながら何ともみっともない・・このような奴らが数多く幹部クラスにいるとは・・恥じ入るばかりです」
「いや、海軍省内で逮捕されたのは、米内さんが肩書はあっても、実際には何の権限もない部署に押し込めた奴ばかりだったから、思ったより海軍に対する風当たりは小さかったね」
「・・これを機に、連合艦隊司令部、軍令部、そして大本営の一体化を進めます・・」
「そうだね。これでようやく海軍の意思統一がスムーズに進むと思うけど・・」
「はい、これはあくまで戦争を終わらせるためのもの。こんなに肥大しきった組織は一日でも早く適正規模まで整理、縮小しなければ、国家と国民の方が先に押しつぶされてしまいます・・」
「米内さんは海軍大臣なのに、海軍よりも大事なことがあるんだね・・」
「確かに私は海軍の利益を守る立場にあります。しかしながら、海軍のみならず、軍隊は国家と国民の平和を守るために存在するものです。武を誇ってその国家と国民を圧迫しては自らの体を食うタコと同じ・・」
「平和になったら艦娘も切るの?」
「・・・やり方は考えますが、全て現在のままとはいきません」
「安心したよ。できないことは『できない』と言う。それでこそ米内さんだ。艦娘を切るのは仕方ないけど、まず私からにしてね・・」
「・・・」米内は、ますます瑞鶴に対する敬意を深めたのであった・・