艦これの余白   作:夢幻遊人

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海軍大臣 米内光政

 ハンモックナンバー・・海軍兵学校での席次が、そのままその後の出世の順番となるとまで言われていた海軍にあって、せいぜい中の下の成績で卒業した*1彼は、本来それほど出世することはあり得なかった。

 しかし、時代が彼を求めたとしか言いようがなかった。1936(昭和11)年に発生した二・二六事件の際、横須賀鎮守府司令であった彼は、陸戦隊を帝都に派遣し、反乱部隊鎮圧に貢献したのであった。

 その後、あれよあれよと連合艦隊司令長官に上り詰めたかと思ったのも束の間、海軍大臣に横滑りし、独伊と同盟を結べば米英との対決は不可避になるとして、三国同盟に一貫して反対の立場を取ったのであった。

 

 その態度が、米英との対決を嫌っていた昭和天皇の信任を得ることとなり、1940(昭和15)年1月、組閣の大命を拝することとなったのであった。

 

 しかしながら、あくまでも独伊との同盟を望む陸軍はおもしろく思わず、軍部大臣現役武官制*2を悪用してわずか半年で内閣総辞職に追い込んだ―というのが正史である。

 

 この物語は、その米内が、いかに艦娘たちと関りを持つようになったかという物語である。

 

 

 

 

 深海棲艦が現れたのは、米内内閣の後を継いだ第二次近衛内閣により、三国同盟が締結され、いよいよ米英との対立が決定的になったまさにそのときであった。

 

 当初は、日米とも相手が偽装して攻撃を仕掛けてきたのかと疑ったのであったが、国籍も船種も全く関係ないといった感じで被害が続出したため、さすがにこれは違うということになり、これまでの対立から一転、日米英の三大海軍国が協力して調査する事態となった。・・このようなときにまともな海軍を持たないドイツや、地中海から一歩も外に出ようとしないイタリアでは全く役に立たないのであった。

 

 こうして結成された三国連合艦隊によって、深海棲艦の存在が確認されたのであったが、人類の攻撃が全く通用しないため、人類はたちどころに制海権を失い、資源の大半を海外からの輸入に頼るわが国は苦境に立たされることになったのであった。

 

 この間、米内も予備役に回され、事実上の引退かと思われたら、一転して今度は米英協調だということになり、一旦総辞職した後、再度組閣の大命を拝した第三次近衛内閣*3において、海軍大臣に返り咲いたのであった。

 

「思いがけないかたちで、米英との戦争は避けられましたが・・」海軍次官は米内に向かって告げていた。

 

「そうは言っても、こちらの攻撃が全く効かないんじゃ、どうしようもないじゃないか・・資源の大半を海外からの輸入に頼るわが国が干上がってしまうの時間の問題だぞ・・」

 

「『深海棲艦が陸に上がってこない』というのも何の慰めにもなりませんし・・」

 

「全くそのとおりだ。広大な国土と豊富な資源を持つアメリカなら自給自足もできるだろうし、海岸部から遠く離れた場所に新たな拠点を作ることもできるかもしれんが、人の活動に適した平野が、海岸近くのごく狭い範囲にほぼ限られているわが国では、深海棲艦からの脅威から(のが)れられん・・」

 

「このままでは・・」

 

「皆まで言うな・・」

 

「大臣!!大変です!!」普段冷静沈着な軍務局長が慌てた顔をしながら大臣室に駆け込んできた。

 

「冷静沈着な君が何事だ?」米内が、このように慌てふためいた表情をする軍務局長を見るのは初めてのことであった。

 

「・・そ、それが・・大臣、恐れ入りますが、何も言わず、映写室までお願いします・・口で説明しても、気が触れたとしか思えないので・・」

 

「?」米内は不思議に思ったが、この軍務局長が冗談で言っているのではないことは理解できたので、言われるがまま映写室に向かったのであった。

 

「これからお見せする映像は、映画などではなく、わが撮影隊による、実際の映像です・・」深海棲艦の出現がなかなか信じられなかったことから、米内は海軍内に撮影隊を組織し、その記録映像を広く世界に公開することで、ようやく深海棲艦の存在が広く認知されるようになったのであった。

 

 映像が流れ始めると、小学生かせいぜい高等女学生*4くらいにしか見えない少女たちが映っていた。

 

 その少女たちがツカツカと海に向かう。何事が始まるのかと思った瞬間、彼女たちは何と海の上に浮かび、進み始めたではないか!!

 

「何だこれは!!」米内や同席した次官は声を上げていた。

 

「驚かれるのは、この先です!!」軍務局長が言うと、その少女たちは次々と深海棲艦大の標的に攻撃する様子が収められていた。

 

「これはどういうことだ・・」米内は呆然とした表情を浮かべていた。それもそのはず。彼女らの動きは、まさに自分たちが動かしてきた日本海軍のそれでしかなかったのだから・・

 

「・・彼女は自ら駆逐艦を名乗り、『連合艦隊の魂を受け継ぎ、深海棲艦の脅威に立ち向かう者』と申しております」

 

「駆逐艦だと?・・というと他の艦種もあるということか?」

 

「はい。軽巡に重巡、空母に戦艦・・連合艦隊そのままです」

 

「・・確かに、これは映像を見なければ、とてもじゃないが、信じられないだろうよ・・だが・・」

 

「どうされました?」

 

「敢えてこの表現を使うが、彼女たちは人間とは違うのかもしれん。・・だが、こんな女児のような姿をした者を戦場に送り込まなければならんのか・・」米内は、この世の禁忌(タブー)に触れてしまったような表情を浮かべていた。

 

「大臣、それは危険です。・・確かに彼女たちなら、あるいは深海棲艦に対抗できるかもしれません。しかしながら、彼女らが我々の味方、あるいは味方であり続ける保証は何もありません・・」

 

「・・それでは聞くが、彼女らが深海棲艦のスパイだった、あるいは深海棲艦に寝返ったとして、我々に何か対抗策はあるのか?」

 

「それは・・」

 

「・・何もあるまい。もはや我々に残された手段はないのだ。ならば彼女たちを信用するしかあるまい。・・さっそく彼女たちの長なり代表に会おうではないか。その名前は何というのか?」

 

「はい、『戦艦長門』を名乗っております」

 

「・・ほう、それは面白い。俺は2か月ほどではあったが、連合艦隊司令長官としてその長門に乗艦した。やはり連合艦隊の長は長門なのか・・」米内は懐かしそうな顔をして(つぶや)いたのであった。

 

 

……………

 米内は、かつて司令を務めた横須賀鎮守府に赴くと、鎮守府司令たちが出迎えたのであった。

 その中に、下は小学生から上は二十歳(はたち)前後に見える女性たちがいた。

 

「彼女らが、映像に映っていた『駆逐艦』か・・」

 

「はい」同行した軍政局長は(うなず)いていた。

 

「・・ひょっとして、艦の大きさと見た目の年齢は比例するのか?」

 

「・・よくお分かりになりましたね・・」軍政局長は驚いた顔を浮かべた。

 

「おいおい、俺だって海軍軍人だ。彼女らの艤装で何となく見当がついた・・」

 

 米内が艦娘たちからの敬礼に答礼していると、ある艦娘の目の前で立ち止まった。

「・・ひょっとして、君は扶桑なのか?」

 

「はい、『戦艦扶桑』です。・・大臣、いえ、米内艦長、お久しぶりです・・」

 

「おお、俺が艦長だったのは、十数年前の、たった4か月弱だったのに、覚えていてくれたのか・・」

 

「姿、形が変わってしまったのに、私だとお分かりになった艦長の方がすごいですよ・・」扶桑は恥ずかしそうに答えたのであった。

 

「すると、そこにいるのが陸奥と長門か・・長門との付き合いは短かったが、陸奥には1年あまりいたからな・・リベットの数まで覚えているぞ・・」

 

「長官、お久しぶりです・・」長門は見事な敬礼を捧げた。

 

「艦長、年輪を重ねて渋くなったんじゃない・・」陸奥は気さくに声をかけてきた。

 

「おい、長官に対して失礼じゃないか・・」長門は顔色を変えて陸奥を諫めた。

 

「長年連合艦隊の旗艦を務めた長門はいかにも武人らしく、それを支える陸奥は気負うことがない・・なるほど・・もし人であったなら、こうなのかもしれん・・」米内はしきりに頷いていた。

 

「・・私たちを疑わないのか?」長門は尋ねた。

 

「ああ、俺の心が『間違いない』と言っている。・・俺の乗った(ふね)は、今や全て海の底に沈んでしまった・・だが、こうやって戻ってきてくれたことをうれしく思う・・」米内の目にうっすら涙が浮かんでいた。

 

「それなら話が早い。・・是非、私たちに深海棲艦の討伐を命じてほしい」長門は真剣な表情をして訴えかけたのであった。

 

「知ってのとおり、作戦指揮は軍令部なり、連合艦隊司令部が行うものである。・・しかし、俺から双方に口添えしてみよう・・」米内は、長門たちに約束した。

 

 こうして艦娘は、米内という後見人を得て、活躍の場を得たのであった・・

*1
彼の場合、頭が悪かったと言うより(そもそも頭が悪ければ海軍兵学校の試験に合格しない)トコトンまで突き詰める要領の悪さが原因だったらしい

*2
陸海軍大臣は、現役の大将又は中将から選任するという制度。これにより主に陸軍は自らの方針に従わない内閣の場合、大臣を辞任させて、後任の大臣を推薦しないという方法でその内閣を総辞職に追い込んだ。戦前の日本を米英との戦争に追い込んだと言っても過言ではない。

*3
先述のとおり、戦前の総理には大臣の任免権がないため、辞職に同意しない大臣がいるときは総辞職するしかなかった

*4
現在の中学に相当する学校。戦前は小学3年以降は完全に男女別学です


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