瑞鶴は、晴れて新社会人としての初日を迎えた。
瑞鶴は、学校では割と優秀で、大手航空会社からも「是非・・」と声を掛けてもらえていたのであるが、会社訪問でアットホームな雰囲気のこの会社が気に入り、採用を申し込んだところ、かえって人事担当の鳳翔から「うちでいいの?」と言われ、即採用が決まったのであった。
会社訪問中に知り合った翔鶴とは不思議と馬が合い、同じ会社に採用されることが分かると、誕生日が数か月しか異ならない翔鶴を「翔鶴姉」と呼ぶようになった。
そして、翔鶴もまた瑞鶴のことを実の妹のようにかわいがった。
この年の新採用のCAは翔鶴と瑞鶴の2人きりであった。
「鎮守府」は創業5年目のため、瑞鶴たちは
まだまだできたばかりの小さな会社のため、瑞鶴たちの指導は先輩が専任で指導してくれることになっていた。
翔鶴の指導役は
赤城と加賀はその名のとおり、「鎮守府」創業のときから在籍するCAで、大手航空会社のCAの経験も持つベテランであった。
翔鶴と瑞鶴は、さっそくその2人と顔合わせを行っていた。
「今年の新人は、2人そろって専門学校で優秀な成績であったと聞いています。楽しみですね」赤城は2人に気さくに声を掛けた。
翔鶴は「いえ、学校と現場は違います。ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」と丁寧に頭を下げる。
瑞鶴も続いて「・・私もご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」と頭を下げた。
「よかったわ。最低限の礼儀は備わっているようね」加賀はつぶやくように言った。
「・・それと、あなたたちの言うとおり、学校とここは違う。私たちが対応するのはお金を出して乗って頂いている大切なお客様。そのことは決して忘れないでね」
「はい、肝に銘じます!」瑞鶴は気を引き締めた声で答えた。
「・・なかなかいい返事じゃない。それなりに期待させてもらうわ・・」加賀の表情に変化はない。実は、瑞鶴は、こういったタイプが一番苦手であったが、自分の指導役である以上、何とか食らいつくしかなかった。
この様子を見ていた赤城は「まあ、加賀さんが初対面で褒めるなんて・・瑞鶴さん、あなた加賀さんに気に入られたみたいよ。大丈夫、この人、見た目よりずっと優しいし、面倒見もいいから」と声を掛けてきた。
すると加賀は、顔を瑞鶴から背けたが、わずかに顔を赤らめているのは隠しようがなかった。
こうして一航戦の指導の下、翔鶴たち新人五航戦も即戦力として搭乗する。さすがに優秀と言われた2人だけに、大抵のことはそつなくこなしていく。しかし、航空会社ごとに細かくルールは異なることから、それについては指導を受けながら作業を進める。
指導は特に加賀が厳しかった。瑞鶴が少しでも手順を誤ると容赦ない指導が入った。
瑞鶴は、加賀を半ば憎みながらも必死に食らいついていたが、あるとき
初め瑞鶴は、同期の翔鶴に愚痴をこぼしていたが、翔鶴は直接加賀から指導を受けていないことから、慰める言葉に困っているようであった。
そしてアルコールが入った瑞鶴は、周囲の先輩たちに愚痴をこぼし始めた。
「私もお給料を頂いているから、指導が多少厳しくても文句は言いません。でも私、何か加賀さんに恨まれるようなことをしちゃったとしか思えません。だって加賀さんの態度が、まるで親の仇を相手にしているようで・・
「やっぱり・・」蒼龍たちは顔を見合わせた。
「・・実は、私たちも加賀の君に対する態度は厳しすぎると思っていた」一同を代表して、前職でかなりの地位にあったにも関わらず、CAに転職してきた異色の経歴を持ち、かつ、一番の理論派である日向が口を開いた。
「そこで社長に言ったんだ『あまりにも加賀が厳しい』と・・」
「そうしたら、社長は加賀の過去を教えてくれた。加賀には、人には話せない過去があることを」
「・・加賀は前にいた大手航空会社でも指導役を務めていたらしい。そこに期待の新人が入社してきた。彼女は優秀で、何でもそつなくこなしていたらしい。そんなあるとき、加賀はその新人の手順ミスに気づいたが、それを黙認してしまった。・・ところが、そのミスがきっかけとなって、あやうく飛行機が墜落しそうになってしまったらしい。幸い機長の適切な操縦で大事には至らなかったが、それでも軽傷者が出てしまい、結局その新人は辞めてしまった。・・ミスに気づいていたのに、それを修正させず、会社に損害を与えてしまったばかりか、1人のCA人生を狂わせてしまったことを悔やんだ加賀も結局その会社を辞めたということだ・・」
「・・君には迷惑な話かもしれないが、加賀には君がその新人に重なって見えてしまったのかもしれない。優秀でそつなく仕事がこなせるところも含めて・・」
「優秀?毎日のようにさんざん指導されている私が?」瑞鶴は悲しそうな顔をして答えた。
「いや、この前、加賀が君を指導している内容を聞いて驚いたんだが、あれは中堅以上の人間に言うような内容だ。そんなことはベテランである加賀自身が一番よく知っているはず。そんな内容を無能と思っている奴に言うわけがない。・・だが、そうだとしても、君はよくそれに耐えている・・」日向は瑞鶴の肩を軽く叩いた。
瑞鶴は、きちんと周りが見てくれていたことに自然と涙がこぼれた。
「・・さあ、今日は私たちのおごりだ。加賀の悪口でも何でも言っていいぞ。とことんまで付き合ってやる」
「大丈夫、私だって未だに加賀さんから文句・・じゃなかった、指導を受けているんだから」飛龍がさらっと告白すると、「実は、私も・・」と次々と手が挙がり、結局全員が手を挙げていることに気づいた。
「何だ、みんな加賀さんから指導を受けてたんだ・・」瑞鶴は、このアットホームな環境を選んだことが間違いでなかったと心から思うことができた。
翌日、瑞鶴は懸命に働いた。その様子を加賀は黙って見ていた。そして、1日の業務が終了した直後、加賀から声を掛けられた。
「五航戦・・何か指導することはないかとずっと見ていましたが・・何も見つけることができませんでした。よく頑張りましたね」加賀は初めて瑞鶴に笑顔を見せた。
その笑顔は、これまでの苦労を全て溶かすようであり、瑞鶴は、うれしさのあまり涙が出そうになった。
「・・しかし、ひとつだけ。全般的に力が入りすぎています。これでは体が持ちません。手を抜いていいところは手を抜きなさい」これまでとは異なり、言い聞かせるように言うと加賀はそそくさと立ち去っていった。
「卑怯だよ、こんなときだけ・・」瑞鶴は目頭にハンカチを当てながらつぶやいた。
実はこのとき加賀の目にも涙が浮かんでいたのであるが、それに気づいた者は誰もいなかった・・
鬼ならぬ加賀の目に涙・・