また、作者は戦前への回帰を希求してしているわけではなく、現行憲法では絶対に実現不可能であるものの、明治憲法であるならば一応実現可能であるため、そういう時代設定としました。
いろいろな場面で「ご都合主義」のため、現在とも、戦前とも事実と異なる点が多々あります。
最後に、お気に召さないところがある場合でも、「所詮、作り話だから」と許して頂ける方に読んで頂けるようお願い致します。
第1話 大命降下
瑞鶴は、陛下の命により宮中に参内していた。何日か前に内閣総辞職のニュースが流れていたような気もするが、自分とは何の関係もないと思っていたため、詳しいことは全く知らない。
自分が何のために召し出されたか、瑞鶴は全く予想することだにできなかった。間宮でのつまみ食いがバレたのかとも思ったが、そんなわけないと思い直した。提督ならまだしも陛下にいきなり召し出されるようなことはしていない・・はずであった。
所属する鎮守府では、上を下への大騒ぎとなった。そもそも何を着ていけばいいのかという議論になった。海軍省や宮内省に問い合わせても満足な回答は得られなかった。
それもそのはず。艦娘が陛下と直接やり取りするなど想定さえされていなかったのだから。
それでも、海軍軍人に準じるということで、左右の上下のない一種軍装が急遽用意された。階級については、これもすったもんだのあげく、海軍少将心得というわけの分からないものになった。
そんなことを思い返しているうちに、侍従武官ととも陸海軍大元帥としての軍服を着た陛下が現れる。
瑞鶴は最敬礼した。
侍従武官から声が掛けられる。
「艦娘、瑞鶴。
「ありがたき幸せ」最敬礼したまま言葉を返す瑞鶴。
「艦娘、瑞鶴。顔を上げられよ」玉音を賜った瑞鶴は、ゆっくりと顔を上げ、
陛下の言葉の内容は、瑞鶴が予想だにできないものであった。
「・・艦娘、瑞鶴。卿にソカクを命じる」
「えっ、ソカクって何?どんな字書くの?」
瑞鶴は陛下の前に立った緊張と、今まで聞いたことのない言葉に軽いパニックに陥っていた。
何も答えない瑞鶴に再度陛下から声が掛けられる。
「・・朕の言い方がよくなかったようだ。卿に『総理として内閣を率いよ』と命じたのだ」
ここでようやく「組閣」の文字が瑞鶴の頭に浮かんだ。あまりの驚きで声すら出ない。
しかし、瑞鶴は、自分みたいな政治を全く知らない艦娘が総理など務まろうはずがない、何としても辞退しなければと思い、言葉をひねり出した。
「お、
「瑞鶴、控えよ!勅命であるぞ!!」
侍従武官が声を上げる。
「いや、よい。いきなりのことで困惑しておろう」
陛下は侍従武官を制止した。
「確かに国籍法のみから言えば卿は国民・・いや、生物学的には人とも言えまい。だが、卿らはこうやって朕とも会話でき、今困惑しているように感情もある。また、わが国と国民のために命をかけて戦っておるではないか。これを少なくとも国民に準じると言わずに何と言うのか・・」
「あ、ありがたきお言葉。しかし、私に1億臣民の政治は・・」
「できる」
陛下は断言した。
「政治とは技術ではないはず。国家と国民の幸せのために働く覚悟があれば、それ以上何が必要か。さらに朕の侍従長の経験もある鈴木貫太郎を卿の後見人とさせる」
「艦娘、しかも私などに大命を下された大御心の一端をご教示願い奉りたく・・」
普段は敬語を使わない瑞鶴であっても、いざ陛下を目の前にすると、自然とこういった言葉遣いができるのであった。
「・・朕は深海棲艦との和平を望んでおる。しかし、そこに直接戦っていない人間が交渉を申し込んだところで一体どれだけの意味があるのか。現に深海棲艦はこちらからの呼びかけに一切反応すら示していない・・」
「・・誠に不遜な言い方ながら、そうであるならば総理でなくとも・・例えば大使であってもよいのでは・・」
「実は、前の内閣でそれを試みた。結果は言うまでもない。・・次は大臣、それでダメなら総理・・という意見もあったが、それでは深海棲艦はこちらの足下を見て、ますます交渉に応じないのではないか。こちらとしては最大限の誠意を見せるべきではないのか・・ということだ」
「・・艦娘が総理になる意味については理解致しました。しかし、畏れながら私より適任の者が・・」
「卿は深海棲艦との戦いで多数の武勲を挙げ、その名を轟かせていると聞く。また、あるいは卿の負担になるやもしれないが、卿の運の良さについても同様でないか」
「誰が言い出したのか知らないけど、いきなり総理に選ばれるのは運がいいのか、悪いのか・・」瑞鶴は訳が分からなくなっていた。
「・・幸い、卿らの努力をもって、現在戦局はわが国に有利に進んでいる。卿をもって交渉に当てれば、あるいは深海棲艦も交渉に応じるやもしれぬ」
「・・もし、不肖の身をもってしても交渉ができないときは?」
「・・物量に勝る深海棲艦を相手に早晩不利・・いや敗北は免れまい。敗北が文字通り滅亡を意味する以上、朕はもし深海棲艦との交渉が妥結できれば、いかなる内容でも裁可する。いかなる内容であっても・・」
陛下は「いかなる内容であっても」という言葉をわざわざ2回使われた。ということは内容については白紙委任されたということであった。
もはや進退窮まった。ここで仮に瑞鶴が固辞しても、結局艦娘の誰かが決死の思いで深海棲艦との交渉に当たらなければならない。瑞鶴は一旦は天敵とも言える加賀に責任を押しつけようかとも考えた。
確かに冷静さの点から言えば、自分より加賀の方がよりふさわしいかもしれなかった。しかし、瑞鶴は、冷静に練度と経験に勝る加賀に万が一のことがあってはならないと考え・・覚悟を決めた。
「・・陛下の和平に対する思い、ありがたく存じます。浅学非才の身ですが、謹んで大命を拝し、一身を賭して深海棲艦との交渉に当たります」
「そうか。すまぬ。・・卿には、艦娘であるが故にいらぬ苦労を掛けるやもしれぬ。朕は、卿に協力するよう特に勅語を出すつもりである」
「ありがたき極み・・」
「・・瑞鶴」
「は?」
「卿の普段の言葉遣いについては聞いておる。今後は普段通りに話すがよい。誰が言葉遣いで不敬に問うものか・・」陛下はわざと侍従武官の方を見ながら声を掛ける。
「はあ、慣れない言葉遣いで・・」しまったという顔をする瑞鶴。
「その方が卿らしいのではないのかな・・」陛下は笑顔を向けると何も言わずにその場を立ち去っていった。
……………
「艦娘瑞鶴に大命降下」このニュースは瞬く間に日本のみならず世界中に発信された。
すると加賀から電話がかかってきた。
「瑞鶴、あなた死ぬ気ね」加賀は、いきなり核心を突いてきた。
「・・好き好んで死ぬつもりはないけど、これは死ぬ気でやらないと活路は開けないと思う」
「何で断らなかったの?」
「私が断っても、艦娘の誰かがやらざるを得なかったから・・」
「あなたにもしものことがあったら、どうするの?」
「・・加賀さんに託します」
「ふざけないで!!」怒鳴りつける加賀。
「強情で、生意気で、散々立ち向かってきて・・それでも、いや、だからこそ優秀なあなたみたいな子が二人といるわけないでしょう・・」加賀は途中から涙声になっていた。
「加賀さん、ありがとう。もしもの話だけど、私が深海棲艦にやられても、絶対に復讐戦なんか挑まないで、この戦争が終わるまで生きて。これは総理としての命令よ・・」
「・・こんなときに総理権限を使うなんて、あなた卑怯よ・・」
「卑怯でいいわ。加賀さんに命令してやるのが私の夢だったんだから・・」
「・・個人としてなら絶対に従わない。でも、不本意極まるけど・・総理としての命令なら・・従う・・しかない・・」
「・・総理として、加賀さんの冷静な判断に感謝します・・」あくまで公人として瑞鶴は押し切った。
……………
首相官邸には、陛下から後見人と言われた鈴木貫太郎男爵が待っていた。鈴木男爵は「あの戦争」以前に連合艦隊司令長官や侍従長の経験もあり、陛下の信任も厚い。艦娘である瑞鶴の後見人として、これ以上の人選はないと思われた。
瑞鶴は、鈴木男爵に入閣と大臣候補の選定を依頼した。いかんせん瑞鶴にはそういった
海軍つながりで、自分の孫くらいにしか見えない瑞鶴の覚悟を見て取った鈴木男爵は全面的な協力を約束してくれた。
その鈴木男爵に瑞鶴は心のうちを話した。
「この内閣は短命でなければならない」と。
「どうして」と聞く鈴木男爵。
「私が、深海棲艦との交渉中にやられたら、もちろんそれで終わり。交渉が失敗するか、そもそも交渉に持ち込めなければ、その時点で総辞職。仮に交渉がうまく妥結できたとしても、その履行は人間が行うべきだからです」瑞鶴は淡々と答えた。
「私も老い先長くない。短くて結構。それでこの内閣の期限は?」
「長くて1年程度かと」
「この国では、1年と持たずに倒れた内閣も少なくない。・・しかし、最初から1年と期限を区切ってしまうのも珍しい・・」鈴木男爵は笑いながら瑞鶴の考えを受け入れてくれた。
……………
鈴木男爵が大臣候補を選定したと聞いた瑞鶴は、早速その候補者たちを首相官邸に招いた。
鈴木男爵から1人ずつ大臣候補を紹介してもらった瑞鶴は挨拶した。
「はじめまして。艦娘の瑞鶴です。・・いきなり組閣を命じられ、もう何が何だか分かりません・・」
この正直すぎる言葉に苦笑とも失笑ともとれる笑いが起きた。
「きっと、みなさんは『こんな小娘に総理が務まるか』とお思いになっていると思います。なにしろ、他ならぬ私自身がそう思っているんですから・・」一応に驚いた表情をする大臣候補たち。
「・・今回の私の役割は、深海棲艦との交渉の1点に絞られます。それ以外は、皆さんのお力をお借りするしかありません。あるいは鈴木男爵から聞いていらっしゃるかもしれませんが、この内閣は短命が宿命づけられています。短い間になると思いますが、どうか、それぞれの役割に全力で当たって頂きたいと思います」
深々と頭を下げる瑞鶴に、総理経験者で、海軍大臣候補の米内光政が発言を求めた。
「・・総理、我々は鈴木男爵から、そのお話を聞いた上で、この場に参集しているはずです。私ごとながら、私が内閣を率いたのは半年。時間の長短ではなく、なすべきことをなすべく、微力ながら総理のお力になりたいと存じます。総理がご自身を小娘とおっしゃるなら、この米内、喜んでその小娘にお仕え致しましょう・・」この発言により、場は一気に引き締まった。
宮中での親任式を経て瑞鶴内閣は正式に発足した。そして、内閣成立と同時に勅語が発せられた。それは、この戦争終結に向け、艦娘に政権を率いさせる意義を説くものであり、艦娘であることをもって不当な攻撃をしないよう求める異例のものであった。
そして、瑞鶴内閣は、発足当初から「艦娘内閣」の別名がついて回ることになった。