怪文書第283号   作:樋口アグナコトル円香

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1円

「アイドルじゃない桑山千雪の価値は1円しかないんです…」

 

人の価値はお金ましてやオークションで決まるものじゃない。

そんなことは分かっている。

分かっているけれど、アイドルの桑山千雪として出品したきんちゃく袋がとんでもない金額で落札されたのに対して、アイドルの桑山千雪であるということを隠して出品したきんちゃく袋は入札すらされなかったというのは、何年も手芸をやってきた身としては相当こたえるものがあった。

 

「こんな日は、ね…」

帰り道のコンビニ。カゴにはたくさんの缶チューハイ。こんな日は、こんな日だからこそ、お酒を飲んで「やっほー♪」って嫌な気持ちを吹き飛ばそう。

そう思ってレジまで来たら無性に、無性に

 

「あ…それと…72番…お願いします…」

 

タバコも吸いたくなってしまった。

今までタバコなんて吸ったことなんてない。

なんなら吸おうなんて思ったこともなかった。

でも、いつも会計の時に目に入る、右下のほうにある薄い桃色と水色の綺麗で可愛いパッケージのタバコが、無性に吸いたくなってしまった。

 

パッケージが可愛くて気になっていたというのもあったけど、それよりも、アイドルの桑山千雪に傷をつけたかったから、私はつい、それを買ってしまった。

 

いつもラジオを聞いてくれてるおむすび恐竜や、絶対にマイスイート巾着を落札すると言ってくれた小物将軍さんは、桑山千雪がこうして缶チューハイを何本も開けて、台所の換気扇の下でヤニを吸ってると知ったらどう思うんだろうか。

想像しただけでゾクゾクしてしまった。

 

そんな感じで。

初めてのタバコの味なんて分からず、苦しい以外感想はなかったけど、とても心地がよかった。

そう、私は知ってしまったのだ。

自虐の気持ち良さを。

 

煙を吸った時の喉の苦しさ、そして、苦しいのにまた吸いたくなってしまう衝動に負けるダメな自分。

アイドルの桑山千雪も、アイドルじゃない桑山千雪も、私は私なのに、アイドルじゃない私は、アイドルの私を自分ごと傷付けるのに夢中になっていた。

 

毎晩晩酌をするようになった。タバコはおいしい。ギャンブルは楽しい。

 

あれ。

あれあれあれ。

 

私は、何になりたかったんだっけ。

 

G.R.A.Dの準決勝のステージ、観客のすごくつまらなさそうな顔が氷柱のように冷たく突き刺さった。

 

その中にはいつもアルストロメリアのイベントでいっぱいの笑顔を見せてくれていた人もいた。

 

『いつもラジオを聞いてくれてるおむすび恐竜や、絶対にマイスイート巾着を落札すると言ってくれた小物将軍さんは、桑山千雪がこうして缶チューハイを何本も開けて、台所の換気扇の下でヤニを吸ってると知ったらどう思うんだろうか。』

缶チューハイを何本飲もうが、ヤニ吸ってようが関係ない。

彼らの大好きなアイドルの桑山千雪を傷付けようとしたこと自体が、もうダメなのだ。

 

自分を貶めることで、ファンのみんなを裏切ることはもちろん、甜花ちゃんにも甘奈ちゃんにも迷惑をかけるということに、なんで気付かなかったんだろう。

 

 

悔しい。

本当に悔しかった。

 

 

その後、控え室で私はプロデューサーさんに全部打ち明けて、ライターを預けた。

 

また明日から、一から、頑張ろう。

 

 

「ところでプロデューサーさん、今晩お暇ですか?心を入れ替えるのに…ちょっと一杯、どうですか?」

 

 

はい♪お酒は辞めません♪やっほー♪




喫煙したことないのでタバコよくわかりません。
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