知らない人はいない、この国で一番有名で身近な悪魔のお話。
“夜にお外を出歩くような悪い子は攫われてしまうよ”
親は子供に決まってそう言ってくる。
実際そうかもしれない。
オレ達はその悪魔と隣り合わせで生きている。
ここはそういう場所だ。
疑問に思う必要はない、ここで暮らせば自然と理解させられる。
恐怖は無かった、その恐怖の対象にオレ達はなってしまったんだと。
あの日までは、そう思っていた。
ここでは人が居なくなるのは日常だ。
昨日まで、元気に怒鳴っていた酒臭いおじさんは、ついさっき冷たくなっていたし。
一昨日、オレらから食べ物を奪った子は、同じ様に奪われて殺された。
このスラム街では、明日は約束されていない。
そんな場所で夜に出歩くなんて以ての外だ。
そうでない場所でも、危ないのは隠れてるし。
一応、
そうじゃない奴の区画は、当然狙い目だけど、やり過ぎれば番犬が交代する。
だから、適度に長引かせて、交代したらまた穴場を探す。
そういう感じ。
なんで、こんなとこで暮らす破目になったか。
親に兄妹揃って捨てられたから。
名前も無く、最後の慈悲か教会の前に。
一応、孤児院でもあった。
そこで育って予定通り、オレが10歳で外に出された。
この国は15歳で大人、酒が飲める。
労働に年は関係ない。
使い捨てのガキでも、無いよりはマシ。
ちゃんと払ってくれるだけ、マシ。
妹が追い出されるまでに、真面に暮らせるようにしたかった。
土台無理な話だった。
そんなある日の仕事帰りの夜。
そう、夜だ。
オレみたいなクソガキが、真面なとこで働けるわけもないし。
番犬のうろつく治安が良い場所でもない。
何がなんて言うまでも無い。
有り金全部持ってかれた。
ボコボコにされて明日から働くのも無理だし。
心が折れそうだった。
たぶん、それは幸運だった、ってことにしておく。
同じ孤児院を出た奴らに拾われた。
スラム暮らしの盗人集団。
クズには、クズの相応しい場所があったってことだ。
盗人なんてやってる癖に、変に情がある奴ら。
教会で教わったことを、曲解して守り続ける奴ら。
馬鹿の寄せ集めは、不幸なことに今日まで続いていた。
ついに、追い出された妹も喜んで迎え入れて。
泣いてしまいそうだった。
妹には何もさせなかった。
いや家事はさせたし、外に出るのも、まぁ心配だけど自由だった。
ただ、盗人稼業だけは絶対に隠し通すつもりだった。
仲間は何一つ文句は言わなかった。
よくあることだし、大概女の勘でバレるらしい。
…バレててもいいから、手伝うなんて言い出さないでくれ…
そうやって、毎日を乗り越えていたら、ついに出会ってしまった。
悪魔に。
スラム街を、しかも夜にうろつく、高そうな服にフードを被った奴だった。
見るからにヤバい奴だった。
そいつの周りだけ、やけに静かで、いつもなら群がって襲い掛かるような奴らの気配が無かった。
ゆっくりと、音を立てない様に離れようとして、石が転がる音がした。
咄嗟にそいつの方を見て、漆黒の瞳と目が合った。
逃げた。
叫ばず、足音を立てず、遠回りをして、細道を使って、オレ達の住処に逃げた。
帰り道は異様に静かだった。
心臓の音がうるさい。
住処が見えて、一旦立ち止まった。
上下左右前後を見渡しても、さっきの奴は見当たらなかった。
逃げ切ったとそう思った。
安心しきって、ドアに手を掛けた瞬間に…
「やっと追い付いた」
理解したくない。
振り返りたくない。
逃げないと…何処へ?
仲間を、妹を置いて?
「いやぁ、お家に案内してくれるなんて親切だね」
してないよ。
逃げてたよ。
全力疾走だったよ。
「今回は、君たちにするね」
あれ、教会の絵本にはなんて描いてあったっけ。
攫われた子供たちは…
「大丈夫、安心してよ、同じものになれるからね!」
錬金術の材料だったっけ。
肩に手を乗せられた。
女の子みたいな叫び声が出た。
跳ね起きた仲間たちが開け放った扉はオレに直撃した。
オレ達が本物の悪魔に攫われて数日。
リーダーは悪魔と契約した。
悪魔の予定通りオレ達は錬金術の材料になるが、リーダーが最初に被験体になり、失敗したらそれ以外は解放されることになっている。
悪魔は契約に忠実で、それ故に誠実なんだとリーダーは言っていたけど…
それ、悪魔本人の言葉じゃないか…
今日も悪魔はオレ達の世話をする。
いくら快適と言っても、妹だけは守り抜くからな!