ずっとずっと、殺したかった。
殺すことしか考えなかった。
殺すために生き延びてきた。
生まれてすぐに、母と兄弟になる筈だった卵の全てを奪っていった黒竜の姿が、目に焼き付いて離れなかった。
母の遺骨が盗まれた。
墓標には人間と血の匂いが残っていた。
人間如きが、大胆なことをする。
昔ならば、問答無用で殺していたが、今は友との約束がある。
だが、殺さないだけだ。
そいつはすぐに見つかった。
むしろ、転々と続く血の後が誘導されている気分にさせる。
それに近付くにつれ、血と死の匂いが強くなる。
嗅ぎ慣れた匂いだった。
追い付いたそれは、死体のようだった。
千切れた左腕、止血しただけの腹部の穴の上にズタズタの皮を巻いている。
それは同志の中でも、魔女の巻いていたものに似ていた。
既に死に体の様相のそれが何故、わざわざ竜の逆鱗に触れに来たのか理解が出来なかった。
何よりそれからは、友の匂いがした。
そして、黒髪の人間だった。
同志に黒髪はいない。
しかし、友が黒髪の人間の話をよくしていたのを覚えている。
友が親友と呼んだそいつが、何故。
何故、ここにいる。
何故、死にかけている。
何故、遺骨を奪った。
問い質さんと近付けば、人間が振り返った。
その瞬間に、全てを理解した。
人間の目には、かつて自身が宿した火が見えた。
奪われた者の目。
大切そうに残された手で抱え込む剣。
強い強い友の匂い、そして死臭。
死んだのだ、目の前で殺されたのだ。
その光景が、焼き付いて離れないのだ。
「…生きてたんだ」
この人間は高い地位にあると、人間達にとって価値のある存在だと、友は言っていた。
それがこの様ならば、人間の国が滅んだか、あるいは。
裏切ったのだ、人間が。
「お墓しか…見つからなかったから…てっきり…」
痛いはずだ、苦しいはずだ、悲しいはずだ。
だが、立ち止まれはしない、涙は出ない。
業火が、不要を焼き尽くす。
「えへ…ごめんね…君の友達、死んじゃった…」
これで、取り繕っているつもりなのだろう。
かつての自分もこれほどに滑稽だったのかと、笑えてくる。
『…母の遺骨を、返せ』
「あぁ、ごめんごめん…盗んだみたいになっちゃって」
遺骨を差し出す手を避けて、人間を抱え上げる。
「僕を食べても美味しくないよぉ…なぁんて…」
『そうだな、人間は不味い』
巣へとゆっくりと歩みを進める。
『泣け』
「…え?」
『泣けと言っている』
唯一、人間ではない友に伝えるためだけにここに来たのだろう。
「…やだ」
『安心しろ、涙如きにその炎は消せはしない』
母が死んでから、泣くまでに100年掛かった。
涙を流すだけ、ただそれだけのことが心の整理になった。
きっかけであり、覚悟になった。
「…や」
『俺は、母の為に泣けなかったことを後悔している』
かつて友の目の前で流した涙は、悔しさだったのだと思う。
あるいは、そこで終わる自分への不甲斐なさか。
『だから、友の為に泣いてくれ』
誰の許しも必要がない、誰も聞きはしない。
『俺もそうすることにする』
「…ふ、ぅぐ…ぅぁあ、ぁ」
『泣き疲れたら、ゆっくり眠れ』
誰にも邪魔させはしない。
それが、母も、友も守れなかった自分が今守れるものだ。
黒き炎が燃えている。
それは何も
友を殺されて黙っているはずもない。
かつての怨敵が今宵、我が力となる。