俺が目覚めた時には、全てが終わっていた。
「知らない天井だ」
目が覚めて最初に目にしたものは、木製の天井。
横に目を向けてみれば、安楽椅子に身を預け眠る、幼馴染の姿。
体を起こして周りを見渡しても、やはり見覚えのない部屋。
窓の外には、巨大な木。
世界樹だ。
「…ここは、世界樹の麓なのか」
窓から目を離した瞬間、目が合った。
声は無く、暫し見つめ合った。
「…おはよう」
沈黙に耐えかねて、声を掛けても反応は無い。
かと思えば、ただ静かに涙を零し始めた。
それに慌てて体を寄せようとすれば、顔から床へと突っ込む羽目になった。
「ぐおぉ…」
ここでようやく、永い間体を動かしていなかったかのように体が重いことに気づいた。
安楽椅子の目の前で、無様に藻掻くことしかできない。
呻く俺の耳に、微かに笑い声が聞こえた。
仰向けになって見れば、安楽椅子には座ったままに少し前傾姿勢でこちらを覗き込む幼馴染の顔が、良く見えた。
「くふっふっ…」
涙はそのままに、けれど確かに笑っていた。
確かに涙を止めようとはしたが、複雑な気持ちだ。
「ぁはっはっぁ…」
どうにか気持ちを落ち着けてゆっくりと立ち上がり、さっきまで寝ていたベッドへと座ることに成功した。
俺のムスッとした顔がよほど面白かったのか、笑い声は響き続けていた。
安楽椅子に体を預け、何処か弱弱しく笑う姿を見て、違和感を覚えた。
「なぁ、俺はどれぐらい寝てたんだ?」
違和感の正体を探して、確信を持って聞いたつもりだった。
だが返答は俺の予想など遥かに超えたモノだった。
「…千年ぐらい?」
「は…?」
意味が分からない。
いや、意味は分かる、だが理解が出来ない。
それは、人間の寿命など遥かに超越した時間を俺達は生きていることになる。
…生きている?
いや、俺は、
「そう、死んでた」
「千年死んで」
「わた…ぼくが蘇らせて」
「今目が覚めた」
「…錬金術でか?」
「そう、錬金術で」
創作ではよくある話でも、実際に体験すると驚くばかりで、何も反応が出来ない。
だが、これだけは聞かなければならない。
「どうやって」
「うーん…簡単に言うと」
「死体に色々混ぜて不老不死の体にして」
「魂を入れなおした」
「…ツッコミどころしかないが、何を混ぜたんだ?」
「世界樹の葉とか実とか、竜の鱗とかそういう伝説等級の素材…」
「あぁ…もしかして他の人間とか考えたの?」
「そんなこと、しないよ」
「…そうか」
ひとまず安心…安心か?
体は安心じゃないが、倫理は安心…安心か?
「くふっは…何一人で百面相してるの」
「いや、うーん…」
「まぁ、いいや、お腹空いた?それとも、もうちょっと寝る?」
「え?あー」
返事の代わりに腹の虫が鳴いた。
「そっかそっか」
今更ながら涙を拭って、穏やかに微笑む姿に色んな意味で顔が熱くなった。
「じゃあ、はい」
そう言って両手をこちらに伸ばす姿に、気恥ずかしさやら、気まずさやらを通り越して思考が完全に停止した。
どういうことなんだ…?
「どういうことなんだ…?」
「ん?あー…わ、ぼく足動かないからさ、抱っこしてよ」
「は…?」
言葉の意味が呑み込めず、思わずマジマジとローブから覗く足を見つめてしまった。
「ほら、早くしてよ」
「あぁ…?」
言われるがままに背に手を回せば、彼女の両手が首の後ろに回り、安心しきったように体を預けられた。
彼女の仄かな香りに、気恥ずかしさと、懐かしさが溢れた。
「色々聞きたいことはあると思うけど」
「あぁ」
「とりあえず、一緒にご飯にしようね」
耳元で待ちきれないとばかりに弾む色で、優しく囁く声に俺は逆らえなかった。
彼女自身や彼女を取り囲む人たちから聞いた話を纏めると、
・国が勇者を裏切って殺した
・勇者殺害の罪を被せられた同郷の錬金術師は処刑された
・甦った錬金術師が人間の三大国家を滅ぼした
・数多の人体実験の末に、勇者の復活を成し遂げた
湧き上がる怒りや哀しみが、今この場に満ちる雰囲気を壊したくなくて、萎んでいく。
少し…いや、だいぶおかしくなっているが、かつての仲間たちとも再会できた。
実験体にされたにもかかわらず、嘆きでも哀しみでもなく、感謝で溢れる人々がいた。
だから。
「…よく頑張ったな」
「寂しい思いをさせてごめんな」
「また会えて嬉しいよ」
「ありがとう」
彼女を抱きしめて、ただ素直な気持ちを伝えることができた。
だけど。
「うん、ぼくは間違ってない」
「あいつらが悪くて」
「きみが悪いんだ」
「ぼくを置いていったから」
聞きたくなかった。
「置いていかれもするでしょ?」
彼女の肉体の稼働限界が近いなんて。
「これでも綺麗なの選んだんだよ?」
「千年も保存されてて」
「足しか壊れてないモノが残ってたんだから」
「仕方ないよ」
「
「むしろ再会できたのは奇跡なんだから」
「だから、ぼくは悪くないもん」
首筋に顔を埋める彼女を撫でる。
俺は目覚めたその日の内に、彼女との残された時間の使い方を考えなければならなかった。
「…っていうことがあったのさ」
「ふーん…」
「あはっは、興味なさそうだねー」
「うん」
「ぐはぁ…」
「そんな話より今度は本読んでね」
「冷たいねぇお嬢ちゃん」
「約束ね」
「はいはい、約束な」
「次は──」