二度と会えなくなる訳じゃないんだ。
良かったじゃないか。
悪魔の森に暮らすとある獣と、始まりの村娘のお話。
獣は森に最も近い村の守り神でした。
村に近づく盗賊を狩る、或いは森から迷い出た動物や魔物を森に連れ戻す姿が時折見られ、村人達からは神獣様と呼ばれ、崇められています。
神獣様は白い毛並みに大きな狼のような姿をしており、年に一度村に姿を現し、村人達はその日に合わせて祭りを開きます。
神獣祭と呼ばれる、その祭りは神獣様へ信仰を捧げる儀式であり、伴侶を選ぶ大切な場でもありました。
成人を迎えた年若い村娘達は皆着飾り、そしてその中から選ばれた一人の娘だけが、神獣様の前で舞を踊るのです。
三年連続で同じ娘が選ばれました。
既に適齢期など過ぎてしまった娘を。
村人達が娘を疎んでいるという訳でも、生け贄にしたいという訳でもないのです。
ただ村人達は知っているのです。
時折、神獣様が村の外から娘を見つめていることを。
神獣祭の度に、神獣様がその娘を見つめていることを。
一年目の神獣祭に神獣様と娘が結ばれると、村人達は思っていました。
しかし、そうはならなかったのです。
獣は知っていました。
娘には心に決めた人が、いることを。
それが村の誰かまでは分かりません。
娘のことを思うのならば、きっと獣は村に来るべきではないのです。
しかし、もし獣が村に寄り付かなくなれば、娘のせいであると村人達が糾弾するのでは、と思うのです。
いいえ、これは言い訳です。
一年目の神獣祭で、別の娘を娶れば良かった。
遅くとも二年目に、別の娘を選べば良かった。
それは、獣には出来ませんでした。
娘の為だけに、村を守っていました。
祭りを理由に、娘に会いに来ていました。
娘だけを愛していること、それだけは嘘にしたくありませんでした。
娘は知っています。
神獣様が心から村を大切に思っていること。
娘を殊更、特別に思っていること。
これから死ぬ気でいることを。
神獣であるから、村人達に悪意を抱かせる。
ならば、ただの獣に堕ちてしまえば良いのだと。
そう、涙と共に零す神獣様を見たのです。
優しい優しい神獣様。
待ち人、想い人にどこか似ている神獣様。
病に倒れた娘の為に、薬草を求めて森に入ったという彼。
彼の代わりに、薬草を村まで届けてくれた神獣様。
分かっているのです。
もう彼は帰って来ないのでしょう。
大好きな村人達の為に。
大切な神獣様の為に。
なにより自分自身の為に。
「貴方の伴侶となります」
神獣祭の前夜のことでした。
「…いいのか」
当日、村人達が盛大に祝福する中、ポツリと獣は零します。
「貴方のことも好きになれます」
娘は微笑みました。
幼き日の笑顔を思わせる綺麗なものでした。
「それは、良かった」
そう言いつつ、浮かない表情の獣に娘はそっと口づけをして。
見る見るうちに娘は獣へと姿を変えました。
一匹は二匹に増え。
「そして、いつか三匹になるでしょう」
その時は、また伴侶を。
そう言い残して、二匹は森の中へ姿を消しました。
今や村だった場所には大きな獣人の国ができ、獣人は一種族として存在します。
始まりは一匹の獣と村娘の親交だったと言われています。
真偽は定かではありませんが、少なくとも今でも神獣祭には二匹の白い獣が姿を現すようです。
めでたしめでたし。
一説には、彼と獣は同一存在だとか。