上杉幸太郎と六等分の思い出   作:Aikk

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第七十八話 不良少年と背水の陣

暫くぶりに…。中野姉妹のアパートまで訪れた

一花は仕事の都合が合わず不在中

忙しいとなれば、何も言うまい。今はこの六人で事を進めよう…月末の全国模試まであとわずか…。この間に勉強をして少しでも学力向上を狙う風太郎は普段よりもやる気に満ちている…。

 

俺はと言えんば…。恒例の欠伸だ

 

「ふぁー…ぁぁ…」

 

家に帰っても中々寝付けず…。何故かと考えれば先日の四葉の一言だ

どうにもあれが衝撃的過ぎて…。気づけば朝とそんな日が続いた

 

目の前の少女は何時もと変わりなく勉強に取り組み

分からなければ風太郎に聞いて叱られればべそをかく…。こんな楽しい日々を送っていて…四葉にとっての風太郎は……。

 

(俺の思い違いだったのか?)

 

 

「コータロー…コータロー!」

 

「あっ悪い…。考え事だ…。悪い」

 

「お兄さん?何かありましたか…。」

 

「何もねーよ…。…!!」

 

ぼーっとしていたのか…。三玖の言葉で意識を戻した

心配そうにこっちに顔を近づける四葉に対し俺は咄嗟に後ろに下がる

『に 逃げられた!』とオーバーリアクションで対応

何事も無さそうと分かれば笑顔で『安心しました』と言っている…どうにも頭が働かない…。本格的に脳が限界に来たのか?

 

 

「コータロー…あの採点してもらっていい?」

「おう…。五月も紙くれ」

「……。」

「五月?」

「いえすみません…。どうぞ」

 

何処か上の空なのは五月も同じか…。

じーっとこっちを見たまま固まっているので何度か声をかけた

答案用紙を渡せば…。ちらりと俺の方を向き視線に気づけば慌てたように顔を伏せる…何事か?

 

「?」

「幸太郎…。そっちの二枚は任せたぞ」

「ОK」

 

俺が三玖と五月を

風太郎が二乃と四葉をそれぞれ採点

あの学年末試験を越えた…。こいつらなら今回渡した模擬試験も無事にクリア出来る

 

無理だと諦めた風太郎と挫折した俺は一筋の光明を見た

今ならきっと…。この七人で迎える筈だ…。

 

笑顔での卒業を…………

 

 

 

 

 

とここまで良い話風にまとめているが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女達は俺たちの予想を遙かに上回っていた…。採点を続けていく中で徐々に体が震えだす

持っている赤ペンがぎこちなく動き…。風太郎は『ぐぐぐぐ』と唸り始める

 

やばい事実が発覚した…。もしかしたら彼女達は本当に馬鹿なのかもしれない…。

 

「嘘だろ…。」

「ほとんど赤点だぞ…。あの頑張りは一体」

 

何と恐ろしい事に4人全員がほとんど赤点ぎりぎり…。

今回彼女達に渡した、この模擬試験の内容は以前行ったテストよりも少しだけ難易度を上げた

それも些細な程度だ…。ぎりぎりとは言え赤点を取られると次回に迫る全国模試が不安でしかない

 

「ふざけるなお前ら…。あれか学年が上がると脳がリセットされる仕組みなのか?」

 

「なるほど道理で…。おかしいと思いましたよ!」

 

「はぁ…頼む…。そこは脳内のセーブデータはきちんと引継ぎ周回してくれ…。」

 

「面目ないです……」

「できたと思ったのに…。」

「言い訳になるかもだけど…。ここ最近仕事ばかりで…。あんまり自習できてないのよね」

「そう言えば五月はアルバイトしないからそこまで下がってないな」

 

勉強とアルバイトの両立は大変で1日24時間という過密スケジュールの中でどれだけ頭に詰め込めるかが、重要で、二乃が話した通り…。確かに彼女たちも以前とは違ってアルバイトを始め出した

 

限られた時間が更に短くなり全員で勉強なんてそれこそ何時ぶりだろうと…。

言い訳と本人の口から言ってくれるだけまだましだ…。

 

 

「忙しいってのは分かってるし そこは責められないな…」

「何言ってるのよ…?さっき言ったでしょこの子だけまだ見つけてないって」

「そうだったっけ…?悪い聞いてなかった…。悪い」

「幸太郎君…。何かありましたか?」

「なーんもねーよ…。五月もバイト先見つからないらな相談してくれよな」

「はい…。もう少しだけ考えてみたいと思います」

 

やばい全然聞いてなかった…。

二乃はケーキ屋 三玖は向かいのパン屋さん 四葉は清掃のアルバイト

一花は女優とそれぞれ働き先が見つかる中で…。

五月だけは、未だ決められてないと先ほど話に出てたとか…。上の空過ぎて耳を素通りしていた。

 

先が思いやられるのは俺の方だ…。ちゃんとこいつらを見てないと…。

『大丈夫だー』と頬を叩き起きてるアピール…。

ある程度事情を知ってしまった…。四葉は俺の様子を見てシュンとなっている

下手に動けば、こいつの動きを妨げかねない 悪循環の発生源は俺だ…………。

 

 

この空気を変えられる存在はあの男しかいない

 

 

「確かに…。これは芳しくない状況だ俺たちも模試勉強をしないといけない…。だから間違った箇所を順番に確認しておくぞ!」

 

『『お願いします!』』

 

すごく頼もしい…。

この場は風太郎に任せて俺はサポートに回るか…。

どうにも調子が出ねー…。

 

「はぁ…。」

 

 

何度目のため息だろうか…。吸っては吐いての繰り返し

変なルーチンワークが体で確立されつつある

入れ直したやる気も空回りしそうだな…。

 

 

ピーンポーン

 

考えているうちに中野姉妹のアパートのインターホン音が部屋に流れた…

この家の住人で手が空いているのは出口に一番近い五月だ

立ち上がって一旦立ち止まる『誰なのでしょうか?』

『この時間帯だ郵便だろう』と答えると五月はそそくさと玄関前まで向かう

 

 

「えっ…。」

 

玄関先で扉を開けたと同時に五月の驚いたような声が聞こえた

一体誰だと…。体を伸ばしチャイムの主を確認…

 

「……はぁ?」

 

 

俺も間の抜けた声が出ちまった…。そりゃ驚くだろう

だって訪問してきた人物が…。あの男だったのだから…。

 

「失礼するよ…。」

 

「うわー…。」

 

中野先生のご登場…。

予想よりも少々早いが昨日のあの少年が家庭教師事情を知っていた事で頭は働いてくれた…。

 

「最悪だ…。」

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー 

 

ーー

 

 

 

 

俺たちだけが驚いているわけではない

向かうに行った五月も未だ状況が飲み込めず固まり…。二乃や三玖も緊張した面持ちだ

四葉はこっちに目配せ…。たぶんその件だと俺も思います

 

彼は入ってくるなりある人物を姉妹に紹介したいと話す

入ってくるよう玄関先で待機する彼を呼んだ

 

「お邪魔します…。申し訳ない突然…。押しかける形になって」

 

「え…。君って」

 

「どういうこと?」

 

「わ 私何がなんだか…。」

 

驚く姉妹に更なる追撃

この親は娘に容赦と言う言葉はないと見た

落ち着いた物腰の彼、武田を…。中野先生は紹介する

 

 

「今日から この武田君が君たちの新しい家庭教師だ」

 

「!」

 

「はぁあ!」

 

「どういうことでしょう」

 

「お お兄さん…。やっぱりこれってあの手紙の件では」

 

「それも含まれてるだろうな…。はぁーまじか武田かよ」

 

「説明してください!」

 

新たな家庭教師として父親も公認の武田君

成績優秀で…。コミュ力も高い…。俺と四葉が動かなければ学級委員だってやっていただろう

その男が…。彼女たちの勉強を見てくれると…。くそくらえ

 

「上杉君…。そして上杉幸太郎君」

 

俺だけフルネームで呼ぶのはまじで…。やめてくれ

嫌がらせ以外の何物でもないぞ…。

声に出さず睨むように意思表示するがこの男に効果の程は見込めず区切る事無く話を続ける

 

「先の試験での君たちの功績は大きい…。 成績不良で手を焼いていた娘たちだが…。優秀な同級生に教わる事で一定の効果を生むと君たちは教えてくれた」

 

「それならフータローもコータローも代える必要なんてない」

 

「あ…。やば」

「これは不味いですよ」

「…そうだよな」

 

四葉は俺の事に関して心当たりがあり

あっと口から出す二乃…。風太郎の点数を知っているんだ

 

 

「それは彼等が未だ優秀ならの話だ」

 

「え…」

 

「上杉君…。幸太郎君?」

 

事情を知らないのは五月と三玖だ

加え風太郎もだ…。俺は家族にすら自分の成績を隠している

特に弟には見せられない…。見られたら『お前は自分の事に集中してくれ』

きっとこの件以前に家庭教師の補佐を降りる事になっていただろう

 

「残念だが…。上杉君はどの科目も点数を落としている 順位も落ちた

 今回は2位と…。一位から転落…。更に彼の兄上杉幸太郎君」

 

「っ…。」

 

「君の場合は論外だ…。弟よりも更に点数を落とし その差は100点…順位もキープしていた3位から徐々に落ち…。今回は…10番台にすら入れない…。20位前後…。君はただ勉強が出来る生徒だ」

 

「幸太郎君…。それは本当なんですか!」

「コータロー…何で黙ってたの!?」

 

「……」

 

「そして新たに…。学年一位の座に就いたのが彼だ。家庭教師に相応しいのは彼だろう…。」

 

何も言い返せない

事実だ風太郎も俺も前回から点数を落とした 

『家庭教師のアルバイト』

この話がどう言った経歴で勇也さんの元まで来たかは分からない

二人の関係性を考えれば…。ある程度までは判断もつく

ただ彼の言う事は全うだ…。成績が優秀な人間が彼女たちの家庭教師をする方が理に叶っている

 

(宣戦布告をしておいて…。情けねーな…)

 

少し話した後に中野先生に同行してきた。彼こと武田は急に声を上げたと思えば学校では見せないほどにはテンション高めなはしゃぎっぷりだ…。

『勝った勝ったんだ』と連呼する…。

 

いつか風太郎を超えて見せると言うあの宣言を彼はやってのけた…。

どうしてここまで自分が喜ぶのか急な自分語りも始める

 

ただ満点しかとらない弟にとってはどうでもいい存在なのか全く相手にはしておらず

『誰だお前?』せっかくの喜びに水を差す発言と来た…。

何度か風太郎に突っかかっていた理由がこれだったとは…。案外武田もわかりやすい奴なのかもな?

 

それよりも問題なのは事実を隠蔽しここまで過ごしてきた兄だと

じーーっと俺を睨んでいる…。二位以下には興味ない癖にこっちみんなよ…。

 

姉妹達も同じだ…。五月なんて今にも俺に飛びかかって来そうな勢いだ……何かをずっと小さく口で呟くし怖いよ!

 

「ふぅ……」

 

深いため息の後に…。すっと父の前まで歩み寄れば五月は彼を見て堂々と宣言する

 

「わかりました…。学年で一番優秀な生徒が家庭教師に相応しいというのなら構いません…。恐らくそれだけが理由なのではないのでしょうが…。しかし…。それなら私にも考えがあります

 私が…。三年生で一番の成績を取ります!」

 

『『………え………!?』』

 

「ふむ…。いいだろう」

 

 

姉妹の声が重なり…。中野先生は感心したような表情で五月を見据える

まさか…。とは思わない五月の性格を考えれば…。言いだすだろう事は予測できた

呆れもしないが俺たちは止めもしない…。既に答えが纏まりつつある

 

それを何時言うのかタイミングを計っている…。互いに視線を送り

『まだ早い』と確認する…。流れはまだ向こうだ…。どうにか傾ける事が出来ればな…。

 

「ちょ ちょっと待って!」

 

慌てて止めに入る三玖…。どうにも頭が追い付かないと言った感じだ

 

「お父さんに何言われても関係ない…。二人は私たちが雇ってるんだもん」

「そうよ!…。ずっとほったらかしにしてたくせに…。今になって…。」

 

今行っている家庭教師は無賃だ…。彼女たちが父の元を離れ

このアパートで暮す事で…。新しく雇われた人物を蹴ってまで俺たちを雇ってくれたのは

他でもない彼女たちだ…。

二乃が言う様にこの人は…。何処か娘と距離を開けている それを今更と怒りたくなるし

文句の一言も出てくる…。ただ全てを言いきる前に遮った輩がここにいる…。

 

連れてこられた青年…。武田が会話に割って入る

 

「いい加減気づいてくれ…。上杉君と先輩が家庭教師を辞めるということ…。それは他ならぬ二人のためだ…。君たちのせいだ…。君たちが二人を凡人にした!」

 

「彼等には彼等の人生がある…。解放してあげたらどうだ?」

 

「それは…。」

「っ…。」

 

「それにだ上杉幸太郎君…。君は大学からの推薦も来ている筈だ…。

 ただでさえ遅れてしまった君の人生を戻す機会をみすみす不意にするつもりかい?」

 

 

『『!!』』

 

したり顔でこちらを見降ろす武田は自分の理想をこれでもかと押し付ける

言わんとしてることは分かるが、そこを指摘される筋合いはない

風太郎なんて呆れて目が点になってるぞ……。

加え中野先生は…。本当に余計な事まで言い出す始末

俺が嫌いなのか…。俺を気にかけているのか…。いい加減ハッキリして欲しいな

 

 

流れる空気は最悪だ…。誰も彼も口を紡ぐ

ただ最悪なだけで切り込むチャンスでもある

先に動いたのは風太郎だ…。武田の言葉をある程度は肯定し…。頷きもする

だが納得はしない…。風太郎も偶にはこの男にも言ってやりたい事はある

 

成績は落ちたし…。それを突かれた形で窮地に立たされた

勉強ばかりの人生で風太郎が出会った彼女たちはとてもじゃないが信じられない程のおバカたち

目も疑ったし…。何度も出した模擬試験で頭も抱えた

 

何度も辞めたいと考え…。期末で遂には実行した…。彼女たちの為として最善だと

二人で考えたからだ…。でもお節介な神様とはどこでも存在する

先に述べた通りやめた俺らがいれば拾う彼女たちもここにいる…。

 

離れたくても離れられない…。離れる気なんてとっくの前に捨てている

あの12月に既に覚悟は決めて来た…。

 

 

「君がそこまでする義理はないだろう」

 

「義理はありません…。ですが…。この仕事は俺たちにしかできない自負がある!こいつらの成績を二度と落とす事はしません…。

 俺の成績が落ちてしまったことに関してご心配おかけしました」

 

義理はないさ…。俺達はただの雇われだそれも…。正規の家庭教師ではなく

娘たちが勝手に選んだだけの…。中野先生はそれが気に食わない

風太郎と俺を毛嫌いするのがもっともな理由だ

なんだかんだと言いつつも娘を思っての行動…。でもそれは裏目に出た

 

こと勉強に関して風太郎が負けたとなればこいつは…。それを超えるまで

 

こいつは天才じゃない…。秀才だ

努力を積み重ねここまで上り詰めた…。同じ事をもう一度するだけだ

 

「俺はなって見せます…。そいつに勝ち学年一位に…。全国模試一位に!」

 

「う 上杉さん!?」

 

「全国は無茶ですって!」

 

「フータローもう少し現実的に…。」

 

今までのようにクラスや学年での一位では、この親を納得させるのは無理だと風太郎は薄々気づいていた…。ならば全国で一位になり実力を示す事で、この親にもう二度ととやかく言われないようにしようと出した結論だ……。

止めに入る間もなく風太郎が言い切ってしまい。慌てだす姉妹一同とは対照的に俺は小さく口元を緩ませた……。

 

 

四葉や五月が訂正し『全国10位以内でどうですか』と少しランクダウン

それでもこの日本で10本の指に入る男となれば実力は察せる

どちらにせよ風太郎の今後は厳しくもなり…。勉強に気合を入れないといけなくなるだろう

全く呆れる程に馬鹿で無愛想な弟だ…。でもこいつなりに出した結論だ

俺も弟に負けてはいられない

 

「中野先生…。それに武田よ…。 本気で上に上がれば撤回するんだろ?ならさ俺も上を目指す…。自慢じゃないがこれでも元学年最優秀と呼ばれてたんだ………。

          俺もなりますよ 全国一位

それ以外は認めない…。二位になった時点で下ろしてくれても構いませんし…。金輪際ここにも足を踏み入れません」

 

「って 幸太郎君まで!彼も10位以内で」

 

「幾らなんでもそれは無茶よ」

 

「武田…。気が済んだか? 随分と言ってくれたが俺も腹を括ったぞ」

 

去年の終わり頃に何やら意味深な事ばかり言って来たこの青年

風太郎を倒して実力を認めさせるのは確かに本音さ

だが…。何故俺に拘るのか…?簡単だ…。かつての勉強おバカの俺を倒す事で

真に自分を認めさせたいんだ  本当に分かりやすい奴だ

 

目の前の彼は…。出された条件が嫌なのだろうか いやここまで言いきるとは予想もしてなかった。少々困惑しているようで目を伏せる…。

手紙の中身もバレたんだ隠す必要もない足枷が消えてこっちも余裕が出来る

それに風太郎が10位以内と下げられたとは言え…。こいつも覚悟決めてんだ

俺も腹は括れる…。

 

「いくら…。あなたと上杉君でも無理に決まってる…。五人を教えながらなんて」

 

「わかったよ…。もしこの 全国模試でそのノルマをクリアできたのなら

 改めて君たちが娘たちに相応しいと認めよう…。」

 

「ありがとうございます。」

 

「ただし…。上杉幸太郎君…。君はクリアできなかった時点で条件を飲んでもらう

 それを忘れずにでは これで帰らせてもらおう…。 励んでくれたまえ」

 

中野先生の承諾を得た…。励むよう労いの言葉だけ残し

『ありえない』と何度も呟く彼を連れ出し去って行った

 

 

残ったのは覚悟に満ちた弟と、自ら地獄までダイブを果たしたこの俺…。

全国模試でのノルマ…。風太郎は10位以内 俺は1位

つまりはミスは一つも許されない…。覚悟はとっくに決まっている

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー 

 

ーー

 

 

 

「よし…。勉強するか…。」

 

「幸太郎君! なんであんな約束をしたんですか!?」

「あのくらい見せないと…。あの男は絶対に俺を認めない」

「でも…。一位取れなかったら…。コータローはもう2度と来れないんだよ…。勝手に決めないで…。私や五月に相談して!」

「悪いな…。どうにもあの人を相手にすると冷静を保てない」

 

駆け寄ってくる五月はかたき討ちに出るのかと恐ろしい形相でこっちを睨む

三玖も心配はしているが…。内心は怒っている

口には出さんけど風太郎もだ…。さっきから目を合わせない

五月との喧嘩は…。中間試験以来だ

 

「えっーと みんな頑張ろうねー 上杉さんもお兄さん…もファイト…エイエイオー…」

 

空気入れ替えと判断し…。四葉が割って入る

世話かけるな…。

 

 

「そう言えば…。四葉…。あんたはこいつの点数知ってたみたいだけどなんで?」

「あれーそうでだったかなー…。うーん覚えはない気が」

「幸太郎君の推薦とも言っていました…。四葉 先ほどの話は一体なんですか?」

「あぁ その…。 えーっと それはそのー」

「たく……四葉に突っかかるな…。俺から説明する」

 

何でこう五月は人の事で冷静さを無くすのか…。

聞いても教えてくれんし余計質が悪いな

『お前が言うな』と弟の言葉がぐさりと刺さる

 

喧嘩になる前に五月を四葉から引き離し 

鞄からあの手紙を取り出した 差出人は【坂下幹雄】だ

苗字は知ってるだろうけどこいつらが知らない人物で俺はそれなりに世話になった人

 

「温泉旅行の最中に…。中野先生から渡された俺宛ての手紙だ…。

 この件に関わってる以上先ずはあの人が手紙を預かる事になっている」

「手紙の内容をあなたは絶対に教えようとはしませんでした…。その手紙が今回の無茶の理由なんですね?」

「まぁ…。そんなもんだ…。何処かの誰かさんがかーってに読んで俺は焦ったがな」

「その説は本当にすみません…。脱衣所に入った際に服の上に…。」

 

ん…。今さり気に重要な事言ったぞ この四女

服の上だと…?それはない 俺は閉まっていた筈だ…。となると最初にこれを読んだ人物は四葉ではない

 

(謎が深まったな…………。)

 

今更の話だ蒸し返すのは野暮だ…。一旦置いて話を進めよう

彼女もちゃんと謝罪している事だし責めるつもりは無い

 

「それでコータロー…。なんて書いてあるの?」

 

「これは…。俺の転校手続きだ」

 

『『!!』』

 

四葉以外は固まってしまう

俺だって最初に見た時は目を疑った…。家に帰り勇也さんにも確認したら

『幸太郎次第だ…。俺はお前の意見を尊重する』 俺が言うまで知らぬ存ぜぬだったが、一応は向こうと連絡を取って俺に判断を任せてくれると言ってくれた…。

 

「いやいや…。親父から何も聞かされてないぞ…。何でお前なんだよ?」

 

「この手紙の差出人は俺の恩師のような人でな…。何かと目をかけてくれる

 その人が俺の点数を知ってな…。成績が下がるようなら別の学校へ編入させて、勉学に励んで欲しいとさ…。世話になってる身で文句も言えない…。  

 それにあの人を黙らせる材料を俺は持ってない…。今回の全国模試は良い取引材料だ」

 

特例中の特例だ…。こんな無茶は学校関連に顔が効く坂下幹雄だから出来る芸当だ

俺自身が何かで成績を戻せばあの人も手を引いてくれると手紙にも書かれている

 

だからこそ…。俺はあの人に今一度俺の成績を見て欲しい

妥協をするつもりは無い…。俺にとってある意味では兄のような人だ

その人自ら動こうとしてる俺もそれに相応しい覚悟と度量を持たねば失礼過ぎる

こんな手紙…。簡単に出せる程あの人は狂っていない

 

ただ単に心配してくれている 一度は進級を逃し 更には成績まで落ち込んだ

となれば俺に適した環境で勉強をし…。俺の努力を他者にも認めてもらいたい

 

「お節介な人からの挑戦状だ…。 加え大学の推薦状まで出してくれるとは。至れり尽くせりだ…。でもな…。俺はそれに甘えるつもりはない、勝手に俺の進路や俺の居場所を決められるのだけは勘弁だ」

 

「幸太郎君…。本当に大丈夫なんですよね?…。もし転校に何てなったら…。」

 

「転校は可能性の一つだ…。ある程度点数を稼げば幹雄さんも納得してくれる

 ここまでお前らと来たんだ…。転校なんてする気はもうとうない…。

 だから勇也さんは俺を信じて俺に任せてくれた」

 

「五月や三玖を悲しませないでよね!…。わかった!」

 

「お兄さんの転校は絶対阻止します!…。一人は寂しすぎます」

 

「私たちも頑張るから」

 

 

温かい声援ありがとう…。

この案件は俺個人の問題だ…。そう決め込んでいたでもそれは違う

俺は彼女たちの家庭教師で風太郎の補佐だ…。もう自分勝手は許されない

こいつらとこれから頑張って行くって決めてんだ

無事にこの学校で卒業出来るように全力を尽くすのみ…。

幹雄さん…。あんたが心配する馬鹿な教え子の本気を見せてやりますよ

 

 

「幸太郎…。大事な要件を隠すのは無しにしてくれ

 もう俺たちは二人で家庭教師なんだからさ」

 

「了解だ…。俺も久々に本気で勉強して学年一位を取って見せる

 でもな風太郎、加減はするなよ?」

 

「そんな気はない…。俺も全力で挑むつもりだ…。味方であり敵同士、お互い頑張るか…。」

 

決意も固まれば後は勉強あるのみ

最大の相棒は最悪の敵…。武田は確かに強力な相手だが………。

俺の戦うべき相手は実は風太郎だ…。お互い本気で勉強での競い合いはした事がない

2位以下を気にしないと言ってのけた風太郎…。 武田じゃないが少し興味が湧いて来たな…。

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー 

 

ーー

 

 

 

上杉風太郎と上杉幸太郎の今後を左右していた中

同時刻…。中野一花は前回撮影した映画の試写会まで、近くの喫茶店で待機していた…。

 

 

手には雑誌が握られ…。ぺらぺらとページをめくり視線を動かす

読んでいるのはファッション雑誌

『気になる彼に振り向いてもらおう』と書かれたその欄を食い入るように眺めれば、何度かため息を漏らす 

 

服装を変えたところで彼は『良く似合ってる』『一花は着こなし上手だ…。』と誉め言葉は出ても関係の発展は望めないだろう

 

これで、変わればきっと自分は今のように焦ってはいない…。

仕事とは言え姉妹と違い 彼と居れる時間は限られている その穴をどうにか埋めようと

彼女も必死だ…。たとえ妹が相手でも…。我慢する気はない

 

うーーんと唸る彼女 何度かスマホに手を伸ばしさりげなく彼にメールでもと思うが、思うように指が動いてくれない…。変に意識するあまり前よりも不格好になってしまった。

『はぁ…………。』と特大のため息だ

今日で何度目だ…。昨日はせっかく彼と二人だったのにその彼は妹の三玖の所へ向かって行くし

お昼に探せば五月と二人でランチをし 更には四葉まで彼と一緒…。

 

彼は姉妹と妹同然としか見ていないのが救いだが…。悲しい事にその一人に自分まで含まれる

どうすれば五月や三玖のように彼と特別な接点を持てるのか…。

 

そのせいだろう…。彼と父のやり取りを見てしまい

彼の持っていた手紙を勝手に見ていたのは…。

 

(五月ちゃんや三玖に嫉妬して…。私だけしか知らないコータローくんの秘密って思って

 覗いたけどまさか…。コータローくんが転校するかもしれないなんて…。

 彼は何時もの調子だし…。なんだかなーだよ…。)

 

 

悩める長女…。自分の選択は果たして正しかったのか…。

四葉に押され…。我慢をやめ 隙を見つければ彼と同行

 

その度に…。彼と真っ正面からぶつかる三玖を思い出し胸がちくりと痛くなる

だからと言って二乃が風太郎にしたような告白が出来る程の気持ちの整理も度胸もない

 

 

「臆病でずるいな…。でもさ これが私なんだよね」

 

自嘲するような笑みであの日に撮った彼の寝顔をスマホに写す

こんな風に自然に彼と接すること出来れば…。この胸の痛みもなくなるはずだ

 

 

 

決まらない自分の心を何とか落ち着かせ…。迫る風太郎へのプレゼントを考えようとする中

トントンと誰かに肩を叩かれる

後ろをちらりと覗けば

『やー元気かい…一花さん』とお隣に住んでいる 雨宮紡木がにっこりと微笑んでいる

何処か不思議なお隣のお姉さん…。接点は五月や三玖程なく

時折顔を合わせる程度…。仲が悪いという訳では無く何故か…。つい距離を開けてしまう

自分でもその理由が分からず一花は不思議に思っている

 

 

「お隣良いかな?」

「あっはい…。どうぞー」

「ありがとね…。この時間帯は込むから席もなくて…。でも君を見つけて安心したよ

 一花さんは目立つからね」

「そうでもないですよー…。」

「そうかな…?男性なら誰でも君を見るさ…。」

「誰でも…。そうですね…。一応は顔が知られるお仕事なんで」

「でも…。君が本当に見て欲しい彼は…。君を見ない」

「えっ…。何の話ですか…。」

「ねぇー…一花さん」

「はい」

「幸太郎の昔話に興味はないかな?」

 

「!」

 

突然現れた隣人

彼女の口から出たその名前は今まさに自分が想う彼の名だ

でも何故引っ越して来た彼女が…。彼の名をそして過去を知ったような風に語るのか

彼と一応は幼なじみである一花は珍しくただの隣人相手ににムキになっていた…。

 

「何故かまぁーうん…。その話はおいおい…。それでさ興味ない」

「いえ…。大丈夫です…。勝手に聞いたと知ったら彼は気にするんで」

「そうだね…。いじめられていた幸太郎だもん…。外で自分の名前が出たとなればね」

「なんで…。その事を あっ!」

「いいよ…。口元抑えなくても …。彼が噂のせいで孤立していじめに逢った事も

 彼の詳しい過去も知ってるよ…。君たち中野姉妹より

 だからーー…。同じ彼の昔を知る 一花さんにだけ教えてあげる 

         彼の初恋の相手」

 

なんだ…。この人は…。まるで読めない

話を逸らそうにも全てあしらわれる…。目の前に映る女性が悪魔にも天使にも見えてしまう

底が知れない…。この仕事をして来て様々な人と出会って来たが

ここまで自分の気持ちを見せない相手を一花は知らない…。

いますぐ動きたくても足が動かない…。いや動いてくれない

 

彼女の発した一言彼の初恋…。それが知りたくてしょうがない

五月や三玖も知らない彼の一面を知りたいという自分の欲求が自分の行動を鈍らせる

 

ニヤリと微笑み 彼女は言った

 

 

「上杉幸太郎の初恋はね…。 中野一花さん 君だよ」

 

「コータローくんの初恋が…。私…。」

 

「ずーっと ずーっと 君に片想いしてたんだよ…。彼は…。」

 

 

聞いてはいけなかった…。耳を傾けるべきじゃなかった…。

こんな事聞いたら…。自分はもう止まれない…。

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