上杉幸太郎と六等分の思い出   作:Aikk

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今回もオリジナル回です
幸太郎が日本からいなくなって何処に行くかです
詳しい内容は後日次回から姉妹の話を挟んで原作に戻ります

次の更新ですが、また暫く時間が空くと思います
色々手直しなどして行こうかと ではでは


第八十五話 不良少年と彼の選択

「うわーすげーでかい」

「口があんぐりだ…。恥ずかしいからさっさと行くよ」

「おい待て…。お前は俺を送るだけだろう…。なら今すぐ帰れ」

「それは出来ない…。身内がいるんだ…。挨拶はしないとね」

「っ…………面倒な女だ」

 

 

途中降ろされホテルのエントランスまで入った辺りで坂下が顔を出す

俺を運ぶだけの役割だと思えば…。幹雄さんに一言挨拶を何て似合わんことしようとしてんだか

因みにこのホテルは坂下の現在の父親が経営する一つ…。そう他にも幾つもの会社を抱える

やり手だとか…。

 

「あの女は気に入らないが…。男の方は羽振りがいい…。私も少しは自由で動かせる」

「ブルジョアめ…。」

「君には縁のない暮らしだろうね…。まぁ以前の私もそうだけど…。人生はどう動くか分からない」

 

ごもっとも…。

中野姉妹といい 坂下といい

周りの女子は金持ちばっかだな…。真弓ちゃんが一番普通だ…。

楽な生活を勇也さんに送ってほしいから憧れはするが暮したいとは思わない

何でも思い通りになる生活程息がつまるものは無いだろうな…。

 

歩いて行く先…。奥に目を凝らせば眼鏡をかけた一人の男性がカップ片手に優雅にお茶をしている

そんな暇があるならさっさと嫁さんに会えば良いのにな…。

 

「どうも…。幹雄さんお久しぶりです」

「おぉ! 幸太郎君に紡木ちゃんだー! いやーすっかり変わってしまったね」

「義兄さんもお元気そうで良かったです…。姉も喜びます」

 

猫かぶりやろうが…。

細身の男性はにっこり笑顔で握手を求める

何処もかしくも握手をしたがる人が多いな…。恩師であり兄のような人だ

拒む事はせず左手を出す…。細身の外見に似つかわしくない手の力

 

ハッハハハ 爽やかな笑みと清々しいまでのハンサムっぷり

勇也さんや中野先生とまた違った大人の雰囲気を醸しだす彼…。

 

坂下幹雄 某大学で教鞭を取り…。日々迷える生徒を導く大学講師

坂下水木の夫で彼女の通っていた学校の元教師…。

あの人とは教師と生徒という関係で付き合っていた…。

見た目とは裏腹に結構なことをやってのけた 一部では鬼畜眼鏡とか凄いあだ名で呼ばれている

一応は俺の恩師の一人で、俺がぐれても勉強が出来たのは彼の教え方が生きた証だ…。

 

やや天然なところもあるが善人だ…。善人過ぎるくらいに 人を導く事を生きがいにしている

故に教え子である俺がぐれたと知れば、この人が動くのもある意味では必然なのかも

 

出された水をちびちび飲み…。坂下と幹雄さんの会話を聞いている

俺の用事よりも先に姉の現状や仕事の内容など…。電話して聞けばいいのに

何でわざわざ坂下を経由して聞くのだろうな…。

 

「いって! 何しやがる」

「君は女心が分かってないな…。姉さんだって会いたいさでもね 声を聞けば抑えられない」

「お前からそんなまともな言葉が聞けるとはな…。今日は槍でも降るのか?」

「拳なら出るさ」

 

心の声は口から出ていた

無粋だよと坂下は思いっきり俺の足先を踏み…。にんまり笑顔

暴力女が…。

 

俺達の様子を見てか…。幹雄さんはふふと笑っている

何処が面白いのか、俺は一方的に攻撃を受けてるだけなんですけど

『ごめん』と一礼を入れたあとに彼の口から思いもよらぬ言葉が出て俺は絶句し 呆れた

 

「本当に君たちは仲が良いね 安心したよ」

「流石は義兄さんだ…。見る目があるね」

「はぁ…。幹雄さん みずき姐から聞いてないのか?」

「何の話だい?」

「俺とこいつはとっくに別れてる…あの事故以来 こいつと顔合わせたのはこれで3回目です」

「あぁーっと これは失言だったね」

 

彼は本当に俺と坂下の関係をあのまま続いていると思い込んでいた

坂下幹雄の中では今も俺と坂下は何処にでもいるごく普通のカップルのまま

俺が思っていたよりも2年前から時計が止まったままの人間はそこそこ多かった…。

 

話を聞けば、日本を発つ際も

『二人は大丈夫だよー』とあの人は誤解を招く発言を言い彼は、それは鵜呑みにしたまま

海外で過ごし時折電話でやり取りする際もあの人は意図的ではないにしろ

大事なところを適当に話す為…。

俺が退院し 2年をやり直し 学年末試験で点数を下げ 家庭教師をしている それしか知らない

坂下に関しても親が別になって引っ越した程度で…。母親と喧嘩をして絶賛家出中と言うのも今知ったと大学も休学中と知れば血相を変える…。 大丈夫ですそれに関しては俺も同じ反応です

 

「紡木ちゃん…。どうして大学行かないんだい!」

「幸太郎がいない大学に意味はないです」

「と 意味不明な供述しており…。俺も困惑中です」

「いやはや…。僕が知らない間に大事ばかりだね…。マルオも教えてくれれば良いのに」

「あの人に期待するだけ無駄ですよ…。」

「君は相変わらずマルオが苦手と見える…。零奈先生が取られたのがそんなに悔しいのかな?」

「み…。 幹雄さんも じょ 冗談が上手になりましたね」

「幸太郎…。手が震えすぎ 焦点もズレてる 話すなら視線を合わせようか」

「うるせー…。まったく…。」

 

坂下幹雄がここまで情報に疎いのは何も海外にいるからではない

彼は俺と同じで余り携帯関連を使っていない…。苦手とまで行かないが少し使う程度で抑えている

どうもこういった機器に縛られる生活は好まない…。

俺に電話ではなく手紙を寄越したのも俺の番号を知らないからではなく…。

純粋に文通でのやり取りを信頼している為だ…。まぁそのお陰で四葉と一花に見られるハメになり

何かと騒動にもなった…。

 

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー 

 

ーー

 

 

 

 

 

 

そのまま軽い話が続き…。聞けば聞くほどこの人は生まれ持っての教師なのだと実感した

俺が下田さんと会ったとも話したが、『勇也と間違えられた?』とやはり聞いてきた

風太郎以上に俺は父親似らしい…。嬉しい言葉だ

 

ある程度情報交換も終われば…。さて本題の始まりだ

にっこり笑顔はそのままに小さく拍手をくれた

 

「上杉幸太郎君…。全国統一学力模試…。一位おめでとう

 これは賛美すべき事だ…。君はやり遂げた…。転校の話は撤回だ」

「ありがとうございます…。自分で出せる限界に挑戦しました 知り合いにも優秀な人物が多く

 少し不安もありましたが、満点という最高の結果で納めました。」

 

全国統一学力模試は…。あと数ヶ月の俺の学園生活をかけた大一番

彼の示した10位以内に入らなければ俺は彼が選んだ学び舎で勉強漬けの毎日と過去の俺なら大歓迎

今の俺ならブーイングという事態を避ける事に成功

予想に反して一位という最高の功績も得られた

『流石は元学年主席候補』ととげのある言葉を横の女が耳元で囁く…。

こいつに言われると心が折れそうだ 誇るべき事だろう だけど坂下という人間を知ってしまった

俺は本当の意味では喜ぶことは出来ずにいる…。

 

「私のいない学力模試は織田のいない、本能寺の変だね」

「織田生存ルートかよ…。」

「最大の強敵と言える…。紡木ちゃんがいなかった…。確かにそれも大きいね プレッシャーも大幅に軽減だ…。でもそれは紛れもない君の成果の表れだ 卑屈になる必要はない」

「義兄さんは優しいね…。私なら文句の一つも出るよ」

「紡木ちゃんは自他共に厳しいからね…。君の考えは他には理解し難い あまり彼に君の価値観を押しつけてはいけないよ」

「勿論です…。幸太郎も聞き流していますから」

「こいつの価値観は人と言うより動物だ…。頭が良いわりに直感で物事を判別してる」

 

全くもって酷い言いようだ

攻め入った 明智が見たのはただ燃えるだけの本能寺 狙う大将は元より来てすらいないとは

俺が、言えた義理でもないが何でこうもこいつは、捻くれた考えしか持たんのか?

 

 

目的まで頑張って頑張りぬいて 目標へとたどり着いた喜びは誰しもがある筈だ

だがしかし こいつ 坂下紡木は違う 努力なんて最もこいつからは縁のない言葉

苦労なんて言葉が最も不釣り合いな人間だ…。

何もかもお見通し 分かりきったように怪訝そうにテストを受ける それが坂下紡木と言う人間だ

 

 

「勉学なんて一度聞けば、誰でも分かるさ、復習なんて意味があるとは思えないよ アホらしい」

「っ…………へいへい」

 

 

親の都合で振り回され、同情は出来る ただそれ以外でこいつに関して感情移入出来た事はあっただろうか? 

 

なんで俺は、坂下と付き合っていたんだ?

顔を見合わせれば、彼女からは皮肉ばかり 上から目線は昔から加え揶揄われる毎日と来たもんだ

時には普通に会話もした気もするし人並に感情はあるのかもと考えた時期もあった

けど思い返せば思い返す程 楽な日々と同時に二つの意味で疲れる

 

いつもいつも俺は、こいつに振り回されてばかり 息継ぎの暇さえ彼女は俺に与えようとはしなかった

学園でも日常でもだ 坂下紡木は俺を離さない 

 

 

飛びぬけた感性を持つこいつと俺は、本当に釣り合っていたのか?

 

 

 

「はぁ…………。」

「またため息か…。君は構って欲しいようだ」

「うざい…。そう思うなら話しかけるな」

「まぁまぁ落ち着いて…。じゃ 模試の話も聞けたし 君を呼んだもう一つの話をしようか」

「お願いします…。風太郎たちが心配なんで」

「マルオから許可が下って君たちは晴れて正式な家庭教師に再雇用だ…。

 素晴らしいね…。君が人に一から教えると言うのは元担任として嬉しい限りだ」

「馬鹿な姉妹の面倒見てさ…。成績落ちたら立場もないよねー」

「あぁ? あいつらはちゃんと努力して…。」

「努力ねぇ…。ならさ 何でおバカなのかな? 何もしてないからこそだよ」

「お前が努力とか口にするな」

「うん そうだね私にはない考えさ けどね人間には出来る人間と出来ない人間がいる あいつらは後者だ」

「知ったような事いうな! 分からねーくせに」

 

何でか、坂下紡木は中野姉妹に関しては針どころか剣山を刺す勢いで言葉に悪意を込める

 

 

「わかる訳ないよ?…。何かを言い訳にしてる連中さ…。逃げる事しかできない」

「いい加減黙れ…。お前の言葉は癇に障る…。」

「自覚はあるよ…。私は中野姉妹が大っ嫌いだからね」

「あぁー話が脱線していくよ…。お二人さん 一旦呼吸を整えようか…。 冷静に

 そして好きな物を頭に浮かべようね…。」

 

空気は荒れる一方で、せっかくの話し合いも止まってばかり

言うことなす事文句ばかりの坂下にいい加減、俺も我慢の限界だ…。

隣に住むくせに…。何でそこまであいつらを敵視する?

引っ越して来た初めて会ったあの五つ子にお前は何かをされたのか…。

 

このひねくれものは決して理由を話さない…。

『嫌い それに私は何もされてない』 なら一々噛みつかず黙って聞いていろ

 

割って入る幹雄さんは一旦冷静になるよう話す

平常心を心掛けようと言い聞かせる…。

彼の言葉に従い

好きな物を連想した…。浮かぶのは家族や中野姉妹などの笑っている姿 最後に六花さんのご登場

 

本当に幹雄さんがこの場にいてくれて良かった…。

 

 

「ありがとうございます…。落ち着きました」

「なら宜しい 紡木ちゃんも少しお静かにね」

「義兄さんの顔に免じて」

「あっはは…。 それでさ 幸太郎君は今何を思い浮かべた?」

「俺ですか? 家族や中野姉妹の事です」

「それが今の君にとっての支えだね…。それがあるからこそ…。君はもう一度立ち直れた

 支えてくれる人間の存在は大きい…。それは君も分かるだろう 紡木ちゃん」

「私には理解できません…。」

「冷徹人間だ…。」

 

支えがあれば、誰しも前に進める

挫折から這い上がれる…。風太郎や中野姉妹のお陰で俺は、あの馬鹿げた過去から脱却し

今一度前を向ける 人を真剣に見て見ようと思えることが出来たんだ…。

 

「今の君に何が必要で何が足りないのか…。これでハッキリ出来たね」

「?」

「幸太郎には分からないけどね」

「うるさい…。それで幹雄さん 今の言葉はどう言う意味ですか」

 

「うん…。幸太郎君はさ…。 卒業したら 何がしたい?」

 

「え…。卒業」

 

「変な話じゃないだろう? 三年なんだ 君も進路を考える時期だろ」

 

 

思いもしなかった…。そんな言葉を三年生の俺が言っていい筈もない

当然彼は、俺の今後である学園を卒業してからの未来予想図を参考までに聞いて来る

 

罰の悪い顔とどう言い返せば、良いものか? 頭に浮かんだ言葉や出かかったそれを喉に押しとどめ

何が正しく 何が不適切か そんな事ばかり脳内でシュミレートしていた

 

 

時間にして数分 体内では数時間が経過した辺りで一応は言葉も纏まり 

誤魔化すように 自分に言い聞かせるように彼へと伝える

 

 

「俺は…。そーですね 先ずはあいつらや風太郎がちゃんと卒業出来るように」

 

「話を逸らさないでくれ…。 上杉幸太郎 君は何の為に生きている?

 誰の為に勉強をし 学校に通っているんだい」

 

「俺は…。自分のために勉強してます だから模試だって」

 

 

 

ダメだ  ダメだ

 

 

「それは中野姉妹の為に君が勉強したんだ…。確かに僕は転校という条件を提示はしてた

 でも君があそこまで努力をしたのは他でもない あの零奈先生の娘さんたちの為さ」

 

 

彼には俺の言葉は届かない 誤魔化しも効かない  相手が悪すぎる

 

 

「家族のために…。バイトをしてます」

 

「うん…。君は真面目だ あの事を気に更にバイトを増やしたね

 でもさ…。君の時間は何処にある? 毎日毎日必死に働いて 帰ってくるのは明け方

 すぐ学校さ…。それに加えて 家庭教師と…。それが続いた先に君の未来図はあるかな?」

 

「俺の時間…。 俺はあいつらを守らないといけなんです…。 だって」

 

「零奈先生と約束したからだろ? 最早それは呪いだよ」

 

「!?」

 

 

俺には何もない…。

必死に働くのは家の借金の返済の為 学校に通うのは学費を無駄にしない為

家庭教師をするのは姉妹を卒業させるため…。 風太郎を支える為 彼女たちの将来を見守るため

 

 

 

俺は…。 何の為に 勉強しているんだ?

 

 

確かにあの時までは俺にも目的はあった 道しるべとして過程として勉学に取り組み日々を謳歌していた筈だ。

 

だがどうだ?  今の俺は何を目的にして勉学に勤しんでいるんだ? 

直ぐに答えが、出ないのも当たり前だ、俺にはその当たり前の理由さえ思い浮かばない

秋の夜 一花に問われた際も俺は、確かな理由さえ告げる事は出来ず、その場で言葉を失っていたじゃないか、あの時と同じだ、 『あっ』『えっと』と焦りから出る情けない言葉に坂下は哀れむような表情を向け

 

 

     坂下幹雄も俺をじっと見る…。答えは自分で見つけるものだ…。

でも俺にはその答えが見つからない…。何を言っていいのかもわからない

 

 

咄嗟に浮かんだ言葉も真っ正面からはたき落とされる

『そうだ』など曖昧な言葉でやり過ごそうとするほどまで俺は追い詰められている

いや違うな 一花や彼に指摘や問われるまで俺は、それから目を逸らし続けて来た

無自覚に 後で良い きっと見つかる そんな楽観的な何処か皮肉った考えすら俺は持とうとしなかったそれをする度胸もないまま最後の一年へと進んでしまった

 

 

『不良少年は将来は?』『捨てましたよ』

 

下田さんとの会話の中で進路希望の事を思い出すまで俺はそれを無かった事にしていた

目を逸らし 見なかった 無かった事にしている。

 

 

 

 

考えても考えても あの日の言葉が、俺を怯ませ 前に出る事を躊躇させる

 

 

『君はもう一度 自分の将来を見つめ直すべきだ 君のそれでは…………』

 

 

 

俺にだって進路希望は渡されている 何を書いて良いのか分からず

鞄の中にしまいっぱなし…。 かつて夢見たあの思い出はもう二度と叶わない

 

 

 

 

 

 

 

叶わないと諦め同時に夢はない 夢なんてみないと言い聞かせる…。 

そんな事ばかり頭に浮かべてりゃ、将来何をしたいのかも 当然浮かんでくる事もない

卑屈でうじうじする自分自身の事など

           

             どうでもいいい

 

 

自分の夢を再び考えるより…。彼女たちが話す 未来を聞いていることが

あの子たちといる事が、とても心地よく…。この時間が大切で

 

一花や五月や二乃 四葉や三玖 風太郎だって一歩を踏み出す中

俺は前に進めない…。 三年生との決別で進んだ気でいた

 

みんながどんどん遠ざかっていく…。

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー 

 

ーー

 

 

 

 

「ねぇ…。幸太郎君」

「はい…。」

「もう一度さ…。夢を見たくないか?」

「無理ですよ…。」

「でもさ 考える時間はまだ残ってるんだ 確かに今は大切だ そこにいる事で君は

 少しづつ変わっているけど…それだけだ 君はこのまま何もないまま卒業し大人になる」

「……………」

「上杉幸太郎は…。 中野姉妹から……家族から離れるべきだ」

 

 

話を切り出した 彼は俺に彼や彼女達と一度距離を開けるよう提案をしてくる

声がつまり掠れたように弱々しい言葉と共に反論にも似た言葉で彼に返す

 

 

「ダメですよ……それだけは」

「風太郎君が心配?それとも姉妹が心配?…………いい加減自分の為に時間を使おう

 僕たち大人が勝手に決めてはいるけどさ…。 

 君には将来がある 君が生き残った意味は確かにあるんだよ……。転校の話は適当な言い訳

 僕が君にしてあげたいのは卒業してからの進路さ…。」

 

母の死を見た 零奈さんの死を見た そして俺もまた死にかけた

 

          でも俺は生き延びた…。

 

目覚めた時に大切なものを全て失って…どうしていいのかも未だに定まらない

あの時本当に失ったのは、心だ…。 自分の為に生きて行こうと思える気持ちが湧いてこない

俺がここ最近自分にしてやった事は、何かあったか? 模試勉強会を一度すっぽかした程度

 

本当に俺は…………何もないな 

 

「今一度自分を見つめ直すために……僕は君を日本から連れ出す」

「義兄さんも強引だね…発想がぶっ飛んでる」

「そうでもしないと……彼は生きた屍だ…。借金を返済する為のバイトだって返上して姉妹を選んだ程さ……。今だって考えが纏まりもしない」

「知ってたんだね……幸太郎がバイトを休んでいた事」

「勇也から聞いていた…。」

「幸太郎を何処に連れて行こうとするんだい?」

「僕が今いる国にでも…暫く見知った人物がいない国に行けば、彼も自分の為に何かをすると自己防衛で考える」

「すごく斬新な考えだ…………私は大賛成」

「中野姉妹を抜きにしても?」

「あの子たちはどうでもいいですよ……。風太郎君が相手していれば勝手に纏まります」

 

 

「ねぇ…。幸太郎君 暫くは旅行なんてどうかな?」

「旅行ですか…………」

「僕から君へのご褒美とでも言えば良いかな…遠出して自分を見つめ直そう」

「あいつらに相談しないと」

「幸太郎ー…これは君の問題だよ? 何で姉妹を引き合いに出す」

「それは 俺は家庭教師で」

「5月まで大きなテストもない それに今の彼女たちなら卒業も出来る 君は風太郎君とそう考えた筈だ………何も今生の分かれということでもない」

 

幹雄さんが俺を呼びだした理由は…。今の状況から少しでも変われるよう

彼なりの助力だと話す 卒業まで残り一年 答えを得ないまま学校を終わらせるのか?

かつての担任としても一人の友人としてもこの状況は見過ごせるものではない……。

 

懸念される姉妹の事も勉強が、ある程度出来る今は…。彼女たちと弟で事足りる

むしろ俺は邪魔になるとさえ言われた……。

身近で見守る事も大切だ でも偶には遠くで見守ってもいい筈だ

自分に休みを与えても罰は当たらない……。

 

必要な物は勇也さんが、全部揃えてくれている

あとは俺の答え次第……。 期間は来月の5月12日まで かれこれ18日の間

俺をここから引き離す そして何がしたいのか答えは見つからずともきっかけは出来る

 

変われるきっかけを作って欲しい

 

(変われるきっかけ…………。)

 

高校生として不安を抱く彼女に俺が伝えた時と同じ言葉が今の俺に深々と刺さる

 

これ逃避ではなく………チャンスだ 念を押された

 

俺が選ぶ答え……何をすれば良いのか…。

 

『こうちゃんには自分の夢を叶えて欲しいなー お母さんは立派なこうちゃんが見たいんだ』

『幸太郎………お前の名前に幸という字がつく理由をもう一度考えろ』

 

(勇也さん……母さん)

 

 

 

 

 

「幹雄さん…。俺 行きます…。その旅行とやらに」

「その言葉を待っていたよ………いやー 先生らしい事すると疲れるねー」

「向こうだと違うんですか義兄さん?」

「イギリスは日本と文化も違うし……ユーモアセンスだって全然さ」

「大変そうですね……。教師も」

「憧れを超えたいからね」

「零奈さんですね」

「下田ちゃんから聞いたんだったね……。 僕は真面目だったけど 

 勇也なんか何時もげんこつさ マルオはーっとこれは秘密流石に殺される」

「あの人の秘密か…………興味あるな」

「本人から聞きだすのは指南の技だけどね……じゃあ行く前に一言風太郎君に電話してあげよう」

「わかりました……。悪いな風太郎 勝手に決めてさ」

 

 

覚悟を決める………とそこまでの覚悟が今の俺にあるとは思えない

その為に一度日本を離れ…。自身を見つめ直す

これがきっかけで、少しは改善できることも出てくれば、良いんだけど

 

着信履歴から弟を探す

ワンコールで彼は出てくれた

さて 言いますか………。

 

「俺さ5月までさ 家に帰れないから」

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー 

 

ーー

 

 

風太郎への電話も終わった

中野姉妹のアパート前にいるのは好都合

説明の手間も省ける……。電話越し驚き文句は言うが察してくれた彼は俺の旅立ちを認めた

俺の電話だと知り五月の声が耳に残る

傍を離れないと言いつつ俺は三度あいつらの前を去る 今度は戻ってくるけど

心配をかける事に変わりはない………。

戻ってくるのも12日…彼女たちの誕生日も過ぎてしまう

向うで何か買ってお土産として渡そうかと色々試行錯誤だ

 

「うわー…………」

「幸太郎……君の知り合いは嫌がらせが好きみたいだね」

「メール300件 着信60件…………五月 お前も大概だぞ」

「これはストーカーの素質ありだねー」

「五月がんなことするかよ お前じゃあるまいし」

「案外GPSでもあったりしてね」

「…………」

「黙る辺り 可能性は考慮していたんだろう?」

「本音を言えばな……あいつは何時も俺の居場所を見つけるからな」

「怖い怖い………本格的に海外で暮すのもありだね」

「暮すきはねーよ……今回はただの旅行だ」

 

風太郎への電話の後すぐだ

大量のメールと着信でスマホが軽くフリーズしている処理落ちさせるとか

坂下程じゃないと思っていたが、別の意味で五月が怖くなってきた

日本に戻ってきた時に俺は果たしてあいつと普通に会話が出来るのか……会いたくないなぁ

 

「それよりも……お前は何時までいるんだ 帰れよ」

「同行するよ?」

「はぁ? 何処の世界に元カノと旅行する学生がいんだよ」

「私の眼前で息を荒くする白髪の男だね」

「いーやだ 帰れ……。 しっし」

「残念だけど……私も姉さんからの頼みで来てるんだよ」

「みずき姐も余計な事を」

「正確には義兄さんに変な虫がつかないようにと…。杞憂だよ 義兄さんは姉さん一筋なのに」

「ここは絶対別れないと思う」

「激しく同感だ……。羨ましい限りさ」

「お前にしては人並の意見だな」

「たまには良いだろう……君の知らない私が見れるよ」

「近づくな……。腰に手を回すな 顔を近づけるな! 息が荒い」

「やはり幸太郎は、良いね 」

「助けてください 新手の変態です!」

 

現在俺たちはパスポートセンターにいる

仕事の都合で日本を離れる事の多い 幹雄さんと違って俺はパスポート何て所持していない

飛行機に乗るには先ず必要な物だ

坂下は発行済みで胸ポケットからちらりと見せる

 

 

『今…。幸太郎君に何か良からぬ虫が』

『女の気配がする…。』

『三玖まで五月見たいになってきたよー』

 

 

坂下に体を押しつけられたと同時のタイミングで、アホ毛をレーダーのように逆立てる

五月とドス黒いオーラを放つ三玖がいる事を今の俺は知らない……。

知らぬが仏とはこの事だ…。

 

「私も女性だ…。体には自信がある…中野姉妹と同じと思っているが?」

「やめろ 押し付けるな」

「可愛いねー幸太郎♡」

「幹雄さん…。助けて」

「ははは……。保護者代わりの僕がいる間はそう言った行為はアウトだよ

 紡木ちゃんも離れてねー」

「義兄さんはケチだね……これくらい大目に見てもいいと思うけど?」

「お前は婚姻届を持ってくる程の女だ…遊びで済むかよ!」

 

同行出来るとなった途端に坂下のテンションは上がっている

離れればすぐに体を押しつけすり寄ってくる……。

何がしたいのかまるで分らん、終わった関係で復縁なんてさらさらないと何度も言ってるのに

坂下にはその気はなく人目も気にしない…。天才と馬鹿は紙一重と言うが

こいつは紛れもなく馬鹿だ……。こいつの常識はやはり歪んでいる

 

「はいこれ婚姻届…私君は結婚出来る年齢だ」

「成田離婚って知ってるか?」

「結婚する気はあると…。予定より早いね」

「するわけねーだろ…はぁ」

「ふふ…。では二人共早速向かおうか…。空港まで紡木ちゃん運転は頼めるかな?」

「喜んで…。荷物はそれだけですか」

「僕の勘も捨てたもんじゃないね…。ある程度置いて来たんだ」

「幹雄さんの場合忘れたんじゃ」

「……さて行こうー」

「今のは忘れたな」

「義兄さんは抜けてるから」

 

空港までそこまで距離はないだろう

俺達が乗るイギリス行きまで時間は残ってる…。その間に心を落ち着かせ精神統一だな

 

「あいつらにメール送っておくか」

「そんなにスマホでやり取りとは君は女子かな? 前のはどうしたんだ」

「今更か…。捨てたよ」

「残念…。二人で選んだ思い出もおさらばとは君も冷徹だ」

「お前には言われたくねーよ」

「私は今でも使っているよ ほら」

「意外だな…。変えてるかと思った」

「女心と秋の空さ…。心境の変化は君だけじゃない…。それにしてもさ電話を無視とは君も最低だ」

「何の事だ? お前が何時かけた」

「この番号に見覚えは」

 

 

スマホの画面を俺に見せる。その番号に確かに見覚えはあった

店長が張り切り 二乃が、ポカを起こしてしまったあの日の謎の着信の正体だ

仕事とその際は適当に流し すっかり存在を忘れていた 間違い電話だと俺なりに解釈して放置

 

 

 

「あっ…。お前 番号は変えたのか」

「君は以前と同じ番号で安心したよ…。不用心と言った方が正しいかな」

「うるせー…。面倒だったんだ」

 

前を向くための俺の旅行は不安だらけ…。の海外へ

同行人は元担任と元カノ 全くもって変な組み合わせ…。坂下の同行は心の底から嫌だけど

みずき姐の頼みなら仕方ないだろうな…。こいつから仕掛けてくるなら迎撃すれば良いだけだ

 

 

(次に日本に戻ってくるときには…。修学旅行かぁ…。行きたくねーな

 学園行事の度に俺は面倒事に苛まれる…。それも また京都だろ はぁ)

 

 

 

空港まで向かう車で軽く鬱になる…。

修学旅行という大イベントは少々事情や思う所もあり個人的には行きたくないけど学生としての思い出は作っておかないと後になって後悔だけはしたくない

 

それに俺は18日間も日本にいないんだ…。

作れるときにきちんと作ってそれを大事にしておきたい……。

 

 

期待と不安そして本当の意味で前に進むために俺は日本を一度発つ

次に戻ってくる時には、もう少しまともになってる筈 …………

 

 

 

きっと いや 絶対 あいつらなら大丈夫 だから

 

 

みんなまた会おうな 12日以降にさ…………

 

 

(それまで行ってきます…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー 

 

ーー

 

 

 

 

 

 

「幸太郎君からです」

「本当だ コータローからだ」

「お兄さん…。何処に行くかは教えてくれないんだね」

「あいつも唐突ね…。一人旅かしら?」

「…」

「一花どうかしましたか?」

「ううんなんでも…コータローくんが戻ってくるまで私たちも何時も通りでいようね」

「そうだね…フータローにも負担にならない様にしないとね」

 

上杉幸太郎がいない間 果たして上杉風太郎と中野姉妹は一体どんな生活を送るのか

一人考え込む一花を不思議そうに見つめる五月…。

彼は誰と共に何処へ行くのか…その誰かは一花の中で一人だけ心辺りがあった……。

 

 

 

 

 


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